文語文法・動詞活用早わかり

動詞活用の歴史的変化
金水 敏
大阪大学大学院文学研究科
2012年2月22日
於篠山鳳鳴高等学校
動詞活用:現代口語と古文
• 動詞活用の型には、現代口語と古文との間
に、歴史的変化によって結ばれた、強い対応
関係がある。
• 歴史的変化の方向性を知れば、現代語の動
詞活用から、古文の活用を推測することがで
きる。
現代口語と古文の活用の対応
現代口語
五段活用
上一段活用
下一段活用
カ行変格活用
サ行変格活用
古文
四段活用
書く、笑う、飛ぶ…
ラ行変格活用 あり、をり、~なり、~たり…
ナ行変格活用 死ぬ、去ぬ、~ぬ…
(下一段活用) 蹴る
上二段活用 起く、落つ、恥づ…
上一段活用 見る、居る、似る…
下二段活用 受く、とどむ、~る・らる…
カ行変格活用 来
サ行変格活用 す
現代口語・動詞活用の整理
• 活用の型の見分け方
• まず、カ変とサ変を覚えよう→来る、する
• 打ち消しの「~ず」で全て見分けがつく。
「~ず」の前がア列→五段活用(書かず)
「~ず」の前がイ列→上一段活用(起きず)
「~ず」の前がエ列→下一段活用(受けず)
サ変(せず)cf. 「~ない」なら「受けない」「しない」
cf. 「~ず」の前がオ列→カ変(こず)
動詞活用の歴史的変化の原理
• 最も重要なのは、
「終止形と連体形の合流」
「二段活用の一段化」
• 五段(四段)活用の音便の義務化
• ナ変と下一段(蹴る)は特殊な動き
• 地域的な違いに注意:
古文の文法は西日本型文法、
現代口語文法は東日本型文法
五段活用(現代口語)と四段活用(古文)
はほとんど同じ
「書く」
現代口語
古文
未然
かかない
かこう
未然
かかず
連用
かいて
かきます
連用
かきて(かいて)
終止
連体
已然
命令
かく
かく
かけば
かけ
終止・ かく
連体
仮定
かけば
命令
かけ
四段活用・上一段活用の動詞と
“アクセント”
• 表記の上で、四段活用動詞や上一段活用動
詞は、終止形と連体形の区別が付かないが、
当時の発音では、メロディ(アクセント)が違っ
ていたことが分かっている。
終止形
あるく
みる
連体形
あるく
みる
アクセント資料『類聚名義抄』
観
智
院
本
『
類
聚
名
義
抄
』
(
一
二
五
一
年
書
写
)
四段活用(古文)とラ行変格活用(古文)の
違いは終止形
ラ変(古文)「あり」
四段(古文)「刈る」
未然
あらず
未然
からず
連用
ありて
連用
かりて(かって)
終止
あり
終止
かる
連体
仮定
命令
ある
あれば
あれ
連体
仮定
命令
かる
かれば
かれ
ラ行変格活用は文語文法にとって重要
• 本動詞:
あり、をり、はべり、いまそがり(いますかり)
• 断定の助動詞、形容動詞語尾:
「今日は雨なり」「明らかなり」
• 形容詞カリ活用:
「美しかりけり」
• さまざまな助動詞:
「~り」「~たり」(完了)
「~なり」(断定・推量)
「~けり」「~めり」(過去・推量)
上一段活用(現代口語)と
上二段活用(古文)
「起きる」
現代口語
古文
未然
おきない
おきよう
未然
おきず
連用
おきて
連用
おきて
終止・ おきる
連体
終止
連体
已然
命令
おく
おくる
おくれば
おきよ
仮定
おきれば
命令
おきろ
上一段活用(古文)と上二段活用(古文)
上一(文語)「着る」
上二(文語)「起く」
未然
きず
未然
おきず
連用
きて
連用
おきて
終止
連体
已然
命令
きる
きる
きれば
きよ
終止
連体
已然
命令
おく
おくる
おくれば
おきよ
文語における上一段と上二段
• 「射る」「着る」「似る」「煮る」「居(ゐ)る」等、語幹
無し動詞
→語幹無し動詞の上二段動詞は存在しない
• 多音節動詞の上二段活用動詞:
「うしろみる」「かへりみる」「かんがみる」「ひきゐ
る」「もちゐる」等
(語幹無し動詞を後部に持つ複合動詞が多い)
下一段活用(現代口語)と
下二段活用(古文)
「受ける」
現代口語
古文
未然
うけない
うけよう
未然
うけず
連用
うけて
連用
うけて
終止・ うける
連体
終止
連体
已然
命令
うく
うくる
うくれば
うけよ
仮定
うければ
命令
うけろ
下二段活用(古文)の助動詞
下二(古文)「~つ」
下二(古文)「~る・らる」
未然
読みてむ
未然
読まれず
連用
読みてけり
連用
読まれて
終止
連体
已然
命令
読みつ
読みつる
読みつれば
読みてよ
終止
連体
已然
命令
読まる
読まるる
読まるれば
読まれよ
活用の「段」とは何か
• 五十音図の列(段)のこと
か
き
く
け
こ
上二段
四段
五段
下二段
カ行変格活用(現代口語)と
カ行変格活用(古文)
「来る」
現代口語
古文
未然
こない
こよう
未然
こず
連用
きて
連用
きて
終止・ くる
連体
終止
連体
已然
命令
く
くる
くれば
こ(よ)
仮定
くれば
命令
こい
サ行変格活用(現代口語)と
サ行変格活用(古文)
「する」
古文
現代口語
未然
しない
しよう せず
未然
せず
連用
して
連用
して
終止・ する
連体
終止
連体
已然
命令
す
する
すれば
せよ
仮定
すれば
命令
しろ
カ変・サ変は、一・二段活用に近い
ナ行変格活用(文語)は
四段活用と二段活用の混合
ナ変(文語)「死ぬ」
未然
しなず
連用
しにて
終止
連体
已然
命令
しぬ
しぬる
しぬれば
しね
ここまでは四段
ここからは二段
ここは四段
ナ行変格活用(古文)の助動詞
ナ変(古文)「~ぬ」
未然
咲きなむ
連用
咲きにけり
終止
連体
已然
命令
咲きぬ
咲きぬる
咲きぬれば
咲きね
• 動詞連用形に「去(い)
ぬ」が膠着したものか。
咲き+いぬ>咲きぬ
終止形と連体形ー終止形の働き
• 文を終止させる:
織女(たなばた)し船乗りすらしまそ鏡(かがみ)清き月夜(つくよ)に雲立ち
渡る(雲起和多流)(万葉集・巻十七・3900番)
(……清い月夜に雲が立ち渡っている。)
• 助動詞(なり、べし、まじ、らむ、らし)を接続する:
男もすなる日記といふものを女もしてみむとてするなり(土左日記)
• 接続助詞(とも)を接続する:
にほ鳥の葛飾早稲(わせ)を贄(にへ)すともその愛(かな)しきを(曽能可
奈之伎乎)外(と)に立てめやも(万葉集・巻十四・3386番)
(葛飾早稲の稲を神に供える時でも…)
終止形と連体形ー連体形の働き(1)
•
連体修飾節
[[筑波嶺の裾廻(すそみ)の田(た)居(ゐ)に秋田刈る]妹(いも)がり遣らむ](秋田苅妹許
将遺)黄葉(もみち)手(た)折(お)らな(万葉集・巻九・1758番)
(筑波嶺の麓の他で秋田を刈る乙女のもとに贈る黄葉の枝を手折ろう。)
•
準体句
にほ鳥の葛飾早稲(わせ)を贄(にへ)すともその[愛(かな)しき]を(曽能可奈之伎乎)外
(と)に立てめやも(万葉集・巻十四・3386番)
(……あのいとしい人を家の外に立たせなどするものですか。)
[あしひきの荒山中(あらやまなか)に送り置きて帰らふ]見れば心苦しも(蘆桧木笶荒
山中尓送置而還良布見者情苦喪)(万葉集・巻九・1806番)
(荒涼とした山の中に送って置いて(=葬送)、(参列の)人々の帰るのを見ると心
が苦しい。)
終止形と連体形ー連体形の働き(2)
•
係り結び
敵見たる虎か吼ゆると(敵見有虎可〓吼登)諸人のおびゆるまでに(万葉集・巻二・199番)
(敵を見て猛り立つ虎でも吠えるのかと、人々がおびえるまでに)
右京の大夫(かみ)宗于(むねゆき)のきみ三郎(らう)にあたりける人、博奕(ばくやう)をして、親(おや)にもは
らからにもにくまれければ、あしのむかん方へ行(ゆ)かむとて、人の国(くに)へなんいきける。(大和
物語・五十四段)
(……足の向く方向に行こうということで、よその国へ行った。)
•
終止用法
山辺の御井を見がてり神風の伊勢娘子どもあひ見つるかも(相見鶴鴨)(万葉集・巻一・81番)
(……(神風の)伊勢の乙女たちに図らずも出逢ったよ)
「雀(すゞめ)の子を、犬君(いぬき)が逃がしつる、伏篭(ふせご)の中(うち)に、篭(こ)めたりつるものを」(源
氏・若紫)
終止形と連体形ー連体形の働き(3)
• 「を」「に」「が」を接続して接続節を作る
水なしの池こそ、あやしう、などてつけけるならんとて問ひし
かば、「五月など、すべて雨いたうふらんとする年は、この池
に水といふものなんなくなる。また、いみじう照るべき年は、
春のはじめに水なんおほくいづる」といひしを、「むげになくか
はきてあらばこそさもいはめ、出づるをりもあるを、一すぢに
もつけけるかな」といはまほしかりしか。(枕草子・三五段)
終止形と連体形の合流(統合)
• 14~15世紀の間に、京都の話し言葉では、終止形がほとん
ど用いられなくなり、連体形が終止形の機能を兼ねるように
なった。
• 「文を止める」という共通した機能を持つ二つの活用形のうち、
機能の乏しい終止形がいわば“リストラ”されたか。
• 終止形・連体形の合流後は、終止形のアクセントが消滅する。
つまり、全ての動詞において、終止形はリストラされた。
終止形
あるく
みる
連体形
あるく 豚
みる 心理
合流の効果:ラ行変格活用の消滅
ラ変(文語)「あり」
→四段に合流
四段(文語)「刈る」
未然
あらず
未然
からず
連用
ありて
連用
かりて(かって)
終止
あり
終止
かる
連体
已然
命令
ある
あれば
あれ
連体
已然
命令
かる
かれば
かれ
二段活用の一段化:
上一段と上二段の合流
上一(文語)「着る」
上一へ合流← 上二(文語)「起く」
未然
きぬ
未然
おきぬ
連用
きて
連用
おきて
終止・ きる
連体
おきる
終止・ おくる
連体
已然
命令
已然
命令
きれば
きよ
おきれば
おくれば
おきよ
下二段活用は下一段へ
下二段「受くる」
→下一段「受ける」
未然
うけぬ
連用
うけて
終止・連体 うける
うくる
已然
うければ
うくれば
命令
うけよ
ナ行変格活用が四段活用へ合流
ナ変「死ぬる」
未然
しなぬ
連用
しにて
終止・ しぬる
しぬ
連体
已然
命令
しねば
しぬれば
しね
→四段「死ぬ」
• 終止・連体の
合流のあと、
多数派の四段
活用に吸収
「蹴る」の特殊な動き
• 上代:ワ行下二段活用「くゑず:くゑたり:くう」
(くゑはららかす)
• 中古:カ行下一段活用「けず:けたり:ける」
• 近世:ラ行四段活用:「けらぬ:けった:ける」
四段活用から五段活用へ
• 「かかむ」→「かかん」→「かかう」→「かこう」
kakamu→kakaN→kakau→kakoo
という経路を経て、オ列活用語尾が発生
cf. 「神戸」の発音
音便の義務化
• 平安時代、四段(五段)動詞連用形に「て」「たり」「つ」等が付いた
ときに音便化(義務的でない)
※他にも、「去んぬる」「おはんぬ」等
• 室町時代、音便形が義務的になる。
イ音便:「書いた」(カ行)「指いた」(サ行)
※サ行イ音便は後になくなる
イ音便+濁音:「漕いだ」(ガ行)
ウ音便:「仕舞うた」(ハ行→アワ行)
撥音便+濁音:「呼んだ」(バ行)「読んだ」(マ行)
「死んだ」(ナ行〈もとナ変〉)
※「呼うだ」「読うだ」等の形式が用いられた時期もある
カ行変格活用とサ行変格活用の
変化
カ変「来る」
サ変「する」
未然
こず
こぬ
未然
せず
せぬ
連用
きて
連用
して
終止
連体
已然
命令
く
くる
くれば
こよ
こい
終止
連体
已然
命令
す
する
すれば
せよ
せい
西日本系活用と東日本系活用
• 打ち消し「書かぬ」
→関西・西日本方言の「書かん」
• 一段活用・サ変の命令形「受けよ」「せよ」
→関西・西日本方言の「受けい」「せい」
• アワ行五段活用のウ音便「仕舞うた」
→関西・西日本方言に受け継がれる。
• 「書かない」「受けろ」「しろ」「仕舞った」は東日本系
→江戸語から東京語、共通語へ
(省略)
東
西
方
言
の
境
界
線
現代口語と古文の活用の対応
現代口語
五段活用
上一段活用
下一段活用
カ行変格活用
サ行変格活用
古文
四段活用
書く、笑う、飛ぶ…
ラ行変格活用 あり、をり、~なり、~たり…
ナ行変格活用 死ぬ、去ぬ、~ぬ…
(下一段活用) 蹴る
上二段活用 起く、落つ、恥づ…
上一段活用 見る、居る、似る…
下二段活用 受く、とどむ、~る・らる…
カ行変格活用 来
サ行変格活用 す
形容詞:ク活用とシク活用
ク活用形容詞
区別がなくなる
シク活用形容詞
未然・
連用
あかく なる
未然・
連用
かなしく なる
終止
あかし
終止
かなし
連体
あかきい
連体
い
かなしき
已然
あかけれ ど
已然
かなしけれ ど
形容詞:カリ活用(補助活用)
• 形容詞に助動詞を接続するた
め、「あり」の力を借りてカリ活
用が成立
あかく+あり>あかかり
• 従って、ラ行変格活用
• 終止形・已然形は通常用いら
れない。例外「多かり」
• 「あかかった」はカリ活用起源
未然
あかからず
連用
あかかりけり
終止
ーーー
連体
あかかるべし
已然
ーーー
命令
あかかれ
形容動詞・断定の助動詞
形容動詞
断定の助動詞
未然
あきらかならず
未然
雨ならず
連用
あきらかなりけり
あきらかに
連用
雨なりけり
終止
あきらかなり
終止
雨なり
連体
あきらかなる
連体
雨なる
已然
あきらかなれど
已然
雨なれど
命令
あきらかなれ
命令
雨なれ
形容動詞・断定の助動詞
• に+あり>なり (従ってラ変型)
• 形容動詞連体形「あきらかなる」>「あきらかな」
• 現代語の終止形は「~にて+あり」>「~であ
る」から
• ~である>~でぁ> ~じゃ (西日本)
~だ
(東日本など)