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第2章 化学結合と分子間相互作用
(量子化学入門)
化学という学問は原子、分子のレベルで現象を考察する。その
原子や分子の性質を理解するためには、それらの中の電子の状
態を知ることが不可欠である。
元素の性質に周期性があるという事実は、原子の電子状態を知
ることによってはじめて理解できる。100種類程度しかない元素
が結びついて数え切れないほどの分子が生まれ、その分子の性
質はそれらを構成している元素の性質とは全く異なり、しかも
バラエティーに富んでいる。これは分子を作ることによって、
それを構成する原子の中の電子の状態が、それぞれの分子に特
有の電子状態に変化するからである。さらに、液体や固体のよ
うな原子や分子の集合体は、個々の分子が示す性質とは大きく
異なる性質を示す。これも集合体を作ることにより、それを構
成する原子や分子の中の電子状態が、それぞれの集合体に特有
の電子状態に変化するからである。
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このように、原子や分子あるいはその集合体の性質を理解する
ためにはそれらの電子状態を理解することが重要であり、その電
子の運動状態を記述するのが量子力学なので、これを理解するこ
とは化学を学ぶ上で大変重要なのである。
電子間、電子と核の相互作用は電気的なものである(3)が、それ
に加えて、ミクロな世界に特有な量子力学的効果が働いているこ
とを理解する必要がある(6)。
量子的特質を考慮したうえで静電相互作用を考える。単なる電
荷ではなく、量子力学的原理に従う電荷の間の静電相互作用を考
える。
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7a. 原子や分子あるいはその集合体(液体、結晶など)が示す構造
・性質はそれらの内部の電子状態が決めている。そして、その
電子状態は静電相互作用(3)と量子力学的効果(5, 6)に依存してい
る。
物質の性質を電子状態が決めている例として、第1章で物質の色
について学んだ。
この章では、序章と第1章で学んだ知識をもとに、高校で学んだ
原子の構造と性質、化学結合と分子間相互作用について、その
電子状態に注目して考えてみよう。
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2・1 原子の構造と性質
2・1・1 原子の構造
a オービタル(軌道関数)
6. 原子や分子を理解するためには量子力学的性質を理解する必要
がある。
それがオービタルである。
6a. 原子あるいは分子内の電子はオービタル(軌道関数)と呼ばれ
る、量子化されたエネルギー値と一定の運動領域を持った状態
を占めている(=占有している)。
原子オービタル(原子軌道関数 AO)
分子オービタル(分子軌道関数 MO)
注意:オービタルは単に軌道と呼ばれることも多い。
原子オービタル:sオービタル、pオービタル、dオービタル ・・・
sオービタルを占める電子はs電子、pオービタルを占める電子はp電
子、・・・と呼ばれる。
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オービタル
原子は原子核と電子から成るので、マクロな粒子のような明確
な境界を持っていない。また、電子は原子核の周りを、一定の軌
道上を運動しているのではない。もしそうなら、水素原子は円形
をしているはずであるが、水素原子は球形をしている。原子核の
周りを電子が一定の軌道上を運動しているなら、原子の中の電子
の位置を測定すれば、いつもその軌道上で見つかるはずであるが、
実際には電子はある領域内の至る所で見つかる。その領域がオー
ビタルである。例えば水素原子の1s電子の位置を測定したとき、
その中に電子が見つかる確率が例えば95%である領域の境界面が
レジメp.11、スライド6図2-7においてsオービタルとして示されて
いると考えられる。言い換えれば、オービタルの図はそのオービ
タルを占める電子の運動領域の境界面を表している。ただし、こ
の領域外に電子が見いだされる確率は零ではない。
オービタルには正負の符号がある。例外はsオービタル。レジメ
p.11スライド6の図2-7とスライド8図2-6を参照せよ。
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6b. Pauliの排他原理:一つのオービタルを占めることのできる電
子の数は二つまでである。この二つの電子を電子対という。
Lewis構造(高校の教科書では電子式と表記されている。スライ
ド8図1)では2個の電子が組みになっているが、これは一つの
オービタルを占める電子対なのである。
電子殻と原子オービタルの対応(かっこ内の数値はそれらに収容
できる電子の数)
K殻(2) ・・・1sオービタル(2)
L殻(8) ・・・2sオービタル(2)+2pオービタル(3種類、6)
M殻(18)・・・ 3sオービタル(2)+3pオービタル(3種類、6)
+3dオービタル(5種類、10)
(レジメp.6スライド5図13・8参照)
1s、2s等の1、2という数は主量子数と呼ばれている。例えば、s
オービタルは各電子殻にあるので、K殻のsオービタルは1sオー
ビタル、L殻のsオービタルは2sオービタル、・・・というように表
記する。
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b 電子配置
6c. 電子がどの様にオービタルを占有しているかを表したものを電
子配置という。原子や分子の電子状態は電子配置によって表さ
れる。基底状態の原子の電子配置は、エネルギーの低いオービ
タルから順にPauliの原理に従って占められる(これを構成原理
という)。
AOのエネルギー:1s<2s<2p<3s<3p<4s~3d・・・
平均して、K殻の電子はL殻の電子より、L殻の電子はM殻の電子
より原子核の近くにいるので、原子核と電子の静電引力(3)が大
きい=オービタルのエネルギーが低い(オービタルのエネル
ギーは負の値なので、絶対値は大きくなる)。
s、pオービタルのエネルギーは原子番号の増加とともに単調に
減少するが、d、fオービタルは不規則な変化をする。
レジメp.14スライド5図13・23参照
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基底状態の原子の電子配置(第1~3周期) 1s<2s<2p<3s<3p
H:1s1、He:1s2、Li:1s22s1=[He]2s1、Mg:1s22s22p63s2=[Ne]3s2
第4周期:
3p<4s~3d<4p
K:1s22s22p63s23p6 4s1、
↑1s22s22p63s23p63d1 ではない
Sc:1s22s22p63s23p63d14s2、Cu:3d104s1 、 Br:3d104s24p5
第5周期:
4p<5s~4d<5p<4f
Mo:1s22s22p63s23p63d104s24p64d5 5s1
I: 1s22s22p63s23p63d104s24p64d10 5s25p5 ← 4fオービタルは使われ
ない
第6周期:
5p<6s~4f~5d<6p
Cs:1s22s22p63s23p63d104s24p64d10 5s25p6 6s1 ← 4f, 5dオービタル
Ba:1s22s22p63s23p63d104s24p64d10 5s25p6 6s2
は使われない
La:1s22s22p63s23p63d104s24p64d10 5s25p65d1 6s1 ← 4fオービタルは
Ce:1s22s22p63s23p63d104s24p64d104f15s25p65d1 6s1
使われない
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第1章で取り上げた幾つかの現象をオービタル・電子配置に基づ
いて考察しよう。6c. 電子がどの様にオービタルを占有しているか
を表したものを電子配置という。原子や分子の電子状態は電子配
置によって表される。
☆ 炎色反応と電子配置
ナトリウムの基底状態の電子配置:[Ne]3s1=1s22s22p63s1
熱エネルギーによって励起状態([Ne]3p)に励起され、そこから
基底状態([Ne]3s)に落ちる際に、3pオービタルと3sオービタルの
エネルギー差ΔEに相当するエネルギーεを持つ電磁波、すなわち
ΔE=ε=hc/λを満足する波長を持つ電磁波(589.16 nmと589.76 nmの
電磁波=黄色い光)を放出する(5b)。
ナトリウムの価電子は3pの他に4s、5s、6s、・・・、3p、4p、・・・、3d、
4d、・・・などのオービタルにも励起され、そこから3sに戻る。これ
らを全て記録したものが原子発光スペクトルで、その中でpオービ
タルからの発光が最も強く観測される。
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☆ 遷移金属錯体の色とdオービタル
遷移元素の電子配置の特徴は価電子がd電子ということ。これに
対して、典型元素の価電子はs電子あるいはp電子である。この電
子配置の違いが遷移元素と典型元素の性質の違いに反映されてい
る。
遷移金属イオンが配位子と配位結合することにより五つあるd
オービタルのエネルギー準位が分裂し、その分裂の間隔ΔEが可視
光のエネルギーεに相当する(5b) 。スライド14図1参照。
☆ 水素原子スペクトルとグロトリアン図
ライマン系列(1s←p)、バルマー系列(2s←p、2p←d)、パッ
シェン系列(3s←p)
スライド14図10・17、図2-1参照
原子スペクトルの解析から原子のエネルギー準位図が得られる。
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c スピン
例えば、Liの基底状態の電子配置1s22s1を次のように図示するこ
とがある。
↑
2sAO
↑↓
1sAO
↑は上向きスピンあるいはαスピン、↓は下向きスピンあるいはβス
ピン。
スピンはマクロな粒子にはなく、電子、中性子、陽子といった
ミクロな粒子のみが持つ自由度である。
一つのオービタルを占める二つの電子(6b)は、そのスピン状態は
異なっていなければならない。電子対とはαスピンの電子とβス
ピンの電子から成る。
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☆ 核スピンとNMR(核磁気共鳴)・MRI(磁気共鳴イメージング)
原子核は中性子と陽子からなるので、スピンを持っている。こ
れを核スピンという。
電子スピンや核スピンのエネルギー準位は磁場がないときは重
なり合っている(=エネルギー準位の間隔ΔE=0である)が、磁場
が作用するとエネルギー準位の重なり(これを縮退という)が無
くなり、有限のΔEが生じる。その結果スペクトルが観測できる(5c)。
核スピンの場合、このスペクトルをNMR(核磁気共鳴)という。
NMRスペクトルを画像化(イメージング)したものがMRI(磁気
共鳴イメージング)である。
NMRは未知化合物の分子構造を決定するときの重要な測定手段
であり、MRIは医療分野で重要な診察手段である。
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2・1・2 原子の性質
原子の性質はその電子状態に基づいて考察することができる
(7a)。そして、原子の電子状態は(力学や電磁気学からは決して導
かれない)電子配置という量子的状態によって示される(6c)。
原子の性質はその電子配置を反映しているので、電子配置に基
づいて静電相互作用を見積もる。単なる負の電荷ではなく、オー
ビタルという量子的状態を占めている電子の静電相互作用を考え
る。このとき、特に重要なのが価電子である。
例えば、元素の周期律はこの電子配置に基づいて理解すること
ができる。イオン化エネルギーと電子親和力
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a イオン化エネルギー I レジメp.13の表参照。
価電子が占めるオービタルのエネルギーが低いほどI が高い。
① 同族元素のI を比較すると、原子番号の大きいものほどI が小さ
い。 例:Li(2s)、Na(3s)、K(4s)
オービタルのエネルギー:2s<3s<4s
② 同一周期の元素のI を比較すると、原子番号が大きくなるにつれ
ておおよそ I も大きくなる。これは核電荷が増大するから。
例外:ホウ素([He]2s22p)とベリリウム([He]2s2)、pオービタ
ルがsオービタルよりもエネルギーが高いため。
酸素([He]2s22p4)と窒素([He]2s22p3)、pオービタルを
二つの電子が占めるようになり、電子間反発が大きくなるため。
2p3=2px12py12pz1 、 2p4=2px22py12pz1
単なる負の電荷ではなく、オービタルという量子的状態を占め
ている電子の静電相互作用を考える → まずは電子配置
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b 電子親和力
レジメp.13の表参照。
注意:電子親和力は力ではなく、エネルギーである。
イオン化エネルギーは常に正の値をとるが、電子親和力は負の値
をとるものもある。
①アニオンあるいは希ガス元素への電子親和力は常に負である。
②電子親和力はフッ素の付近で最大である。
③pオービタルに注目すると、一般に同一周期の元素では原子番号
が大きくなると、電子親和力が大きくなる。
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2・2 オービタルに基づいて化学結合を理解する
なぜ原子どうしはくっついて分子になるのだろう?原子は電気的
に中性なので、電気的な力でくっつくとは思えない。あるいは、
原子は原子核のまわりに電子が存在しているので、電子どうし
が反発して分子になれないようにも思える。
→疑問① 共有結合において、電気的に中性な原子どうしがなぜ電
気的な力で分子を作ることができるのか(くっつくことができ
るのか)?
実際はほとんどの元素は不安定である=原子どうしが集まって分
子や結晶(言い換えれば化学結合)を作ろうとする。しかし、
希ガス元素は単独で安定に存在している。希ガス元素もそれ以
外の元素もどちらも電気的には中性という点では同じであるの
に、どうしてこの様な違いがあるのだろうか?
→疑問② なぜ希ガス元素だけが安定で、それ以外の元素は不安定
な(=結合を作ろうとする)のだろうか?
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例えば、水素原子は二つ以上の原子と結合することはできない。
これを結合の飽和性という。
分子は固有の形をしており(言い換えれば、結合の方向性があ
り)、分子どうしが衝突しても、その形は変わることはない。
しかし、イオン結合や金属結合には飽和性も方向性もない。
→疑問③ 分子は固有の形を持っており、共有結合には飽和性があ
る。これはなぜだろう?
これらの疑問は古典力学や電磁気学だけでは解決できない。量
子力学的性質を理解する必要がある(6)。それがオービタルであ
る。電子と原子核は電荷を持っているので、電気的に相互作用
するが、原子内の電子は単なる負の電荷ではなく、オービタル
という状態を占めている電荷である。オービタルという概念
(6a)と電子間、電子-核間の静電相互作用(3)に基づいてこれらの
疑問について考察してみよう。
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化学結合を考察する基本姿勢
価電子の電子配置(=価電子がどのオービタルを占めているか)
に注目し、それらの相互作用を考える。オービタルという量子
的状態を占めている電子の静電相互作用を考える。
基本事項
6a 原子や分子の中の電子はオービタルという状態を占めることに
よって、原子や分子の中で安定に存在できる(量子力学的特性
)。
6b このオービタルを占めることができる電子の数は制限されてい
る(Pauliの排他原理という量子力学的原理)。
6c 原子・分子の電子状態は電子配置によって表される。
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2・2・1 分子オービタル
a 分子オービタル
原子を電気的に中性な一つの粒子として考えるのではなく、原
子核と電子から成る一つの系と考えよう。
さらに原子内の電子を内殻電子と価電子に分けて考える。
内殻電子+原子核を原子心という。原子心全体は正に帯電して
いる。
価電子はAOを対を作って占めているが、対を作らずに単独で
AOを占めている電子もある。これを不対電子という。
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一つの不対電子を持った原子二つからなる系を考えよう(例え
ば水素原子やハロゲン原子)。
二つの原子が近づくと、それぞれの原子の(不対電子が占めて
いる)AOは重なり合うようになる(これをオービタルの重なりと
表現する)ので、孤立原子のときから電子状態が変化し、MOがで
きる。
オービタルの重なりについては、電子どうしの反発が強くてと
ても起こりそうに思えないかもしれないが、原子心と電子の間の
引力も考慮すると、これが可能なことが示される。
水素分子を例にMOを説明しよう。
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基底状態の水素原子Hは1sAOに電子が一つある(電子配置1s1)。
二つのHが互いの1sAOを使って、化学結合を作る。
二つのAOは接近すると重なり合うようになる(オービタルの重
なり)ので、孤立原子のときと電子状態が変化しMOができる
= H2分子ができる= H-H共有結合ができる。
不対電子
↑
↓
・
・
A
B
原子オービタル
共有電子対
↑ ↓
↑↓
→
・ ・
→
・・
σ
オービタルの重なり 分子オービタル
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反結合性MO σ*( AOよりΔ *だけエネルギーが高い)
Δ*
AO(A) ↑
↑ AO(B)
エネルギー
↑↓
Δ
Δ <Δ*
結合性MO σ (AOよりΔ だけエネルギーが低い)
分子オービタルのエネルギー準位図
二つのAOから二つのMO (一つの結合性MOと一つの反結合性
MO)ができる(1対1)。
各原子から供給された2個の不対電子が対(共有電子対↑↓)を
作って結合性MOを占めることによって共有結合が形成される。
結合性MOはAOよりもエネルギーの低い状態なので、分子の状
態は二つの原子がばらばらの状態よりエネルギー的に安定化す
るので、共有結合が形成される。
不安定化エネルギー Δ *は安定化エネルギー Δ より常に少し大き
い。
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原子Aと原子Bの間に化学結合が形成されたとき、その電子状態
を分子全体に広がったMOψMOで記述する。オービタルを表す記号
にギリシャ文字のψ(プサイ)を使うことが多い。
ここで問題は、このψMOをどの様に表すかということである。電
子が核Aの近くにあるときは、電子に働く力は主に核Aからのポテ
ンシャルによる。従って核Aの近傍ではψMOは原子Aのオービタル
ψAO(A)に似ているだろう。逆に電子が核Bの近くにあるときは、
ψMOは原子BのオービタルψAO(B)で近似できるであろう。従って、
ψMOをAOψAOの重ね合わせとして、
ψMO=ψAO(A) ± ψAO(B)
σ= ψAO(A)+ψAO(B)、 σ *= ψAO(A)-ψAO(B)
で表現するのが自然である。この様に、原子オービタルの重ね合
わせ(数学的には一次結合あるいは線形結合という)から作られ
る近似的なMOをLCAO-MOという。結合性MO σはAOが同位相で
重なり合い、反結合性MO σ*は逆位相で重なり合う。
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b σオービタルとπオービタル
H2分子の様に、原子核どうしを結ぶ軸の周りに円筒形の対称性
を持つ分子オービタルをσオービタルという。
σオービタルを占める電子をσ電子という。
2個のσ電子が電子対を作り、その結果形成される共有結合をσ結
合という。
反結合性オービタルを*で表示する表記法と、エネルギーの低い
順から通し番号で表記する(σ1、σ2、σ3、・・・)表記法がある。
σオービタルはsオービタルどうしだけから作られるわけではな
い。スライド30参照
位相の同じオービタルどうしは重なりによって強め合い結合を
作るが、位相の異なるオービタルどうしは重なりによって弱め合
うので結合を作らない。スライド30不可能な軌道の組み合わせ参
照。
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30
pオービタルどうしが同位相で重なり合って結合性オービタルで
あるπオービタルが形成され、逆位相で重なり合って反結合性オー
ビタルであるπ*オービタルが形成される。
πオービタルでは、紙面に直交し核間を結ぶ線を含む面の上下に
対称的に広がっている。
πオービタルを占める電子をπ電子といい、π電子によって形成さ
れる共有結合をπ結合という。
σオービタルとπオービタルは空間的に異なる領域を占めている。
従って、三重結合は一つのσオービタルと二つのπオービタルを
使って形成されるが、一つのπオービタルは紙面に直交し核間を結
ぶ線を含む面の上下に対称的に広がっており、もう一つのπオービ
タルは紙面に平行で核間を結ぶ線を含む面の前後に対称的に広が
っている。
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c 等核二原子分子の分子オービタル
H2分子のように、二つの同じ原子から成る分子を等核二原子分
子という。ここでは、例として、N2分子とO2分子のMOエネルギー
準位図を示す。レジメp.14、スライド33
第2周期の原子は基底状態において、その価電子が2s、2pオービ
タルを占めるので、これら計4個(二原子では8個)のAOから、8
個のMOが作られる。
図11・31を見ると、πオービタルの方がσオービタルよりも安定化
エネルギーが小さいことが分かる。これが、二重結合・三重結合
において付加反応が起こる=π結合が切れる、原因である。
このO2のMOに、原子と同様に構成原理(6c)に従って電子を分配
すると、基底配置が得られる。
基底状態のO2の電子配置:1σg21σu22σg21πu41πg2
ここで、gとuはオービタルの対称性を表している。
32
33
二原子分子における結合性の物差しは、次式で定義する結合次
数bで与えられる。
b=(1/2)(n-n*)
nとn*は、それぞれ結合性オービタルと反結合性オービタルにある
電子の数である。例えば、
H2:b=(1/2)(2-0)=1
He2:b=(1/2)(2-2)=0
となり、He2では結合しないことが導かれる。O2については
O2:b=(1/2)(8-4)=2
これは、Lewis構造の二重結合O=Oに対応する。
結合次数は結合の特性を理解するための有用なパラメータであ
るが、これは結合次数には結合長および結合強度と相関があるか
らである。
34
N2のMOはO2のそれとは少し異なる(スライド33レジメp.14)。
これは、窒素原子と酸素原子で2sオービタルと2pオービタルの間
隔ΔEspが大きく異なることに起因する。
酸素原子ではこのΔEspが比較的大きいので、1σ uは2sのみから、
2σ gは2pzのみから成る。
OA-OB
1σu=ψ2s(OA)+ψ2s(OB)
2σg=ψ2pz(OA)+ψ2pz(OB)
窒素原子ではこのΔEspが比較的小さいので、1σ uには2sに加えて
2pzも少し寄与し、2σ gには2pzに加えて2sも少し寄与する。
NA-NB
1σ u =a(ψ2s(NA)+ψ2s(NB))+b(ψ2pz(NA)+ψ2pz(NB))
a≫b
2σ g =c(ψ2s(NA)+ψ2s(NB))+d(ψ2pz(NA)+ψ2pz(NB))
c≪d
その結果、 N2では2σgは1πuよりエネルギーが高くなっている。
35
この例が示すように、一つのMOが(同一原子内の)複数のAO
から作られる場合がある。
すなわち、(同一原子内の)エネルギー差が小さいAOどうしほど
それらの相互作用が大きく、エネルギー差が大きすぎるとほとん
ど相互作用しない。
このMOに構成原理に従って電子を分配すると、基底配置が得ら
れる(6c)。
基底状態のN2の電子配置:1σg21σu21πu42σg2
また、 N2の結合次数は
N2:b=(1/2)(8-2)=3
となる。これは、Lewis構造の三重結合N≡Nに対応する。
36
ところで、酸素分子と窒素分子の基底状態の電子配置から、こ
の二つの分子の反応性の違いが分かる。
酸素分子の電子配置を正確に書くと、
1σg21σu22σg21πu41πg1 1πg1
となる。1πgMOは二つあるので、二つの電子はそれぞれの1πgMO
を占有している。つまり、不対電子が二つある。
これに対して、窒素分子は不対電子が無い安定な電子配置となっ
ている。
この様に、オービタル(量子力学的性質)に基づいて分子の性
質を考察すると、分子の性質の違いを理解することができる。
Lewis構造では不対電子の存在はあり得ない。
d 異核二原子分子の分子オービタル
HCl分子のように、二つの異なる原子から成る分子を異核二原子
分子という。ここでは、例として、HF分子のMOエネルギー準位
図を示す。
37
38
分子オービタルの一般的な形は、
ψ(HF)=cHψ(H)+cFψ(F)
である。ここで、ψ(H)はHの1sオービタルで、ψ(F)はFの2pオービ
タルである。
H1sオービタルは、エネルギーが0の位置(プロトンと電子が離
れた状態)より13.6 eV低いところにあり、F2pオービタルは18.6
eV低いところにある(スライド38参照) 。
一般に、異核二原子分子のMOを形成するAOのエネルギーは、
等核二原子分子と異なり、同じではない。その結果、等核二原子
分子のMOに対する二つの原子のAOの寄与は等しいが、異核二原
子分子では異なる。
等核二原子分子:ψ(AA)=cAψ(A)+cAψ(A)
異核二原子分子:ψ(AB)=cAψ(A)+cBψ(B) cA≠cB
39
HFの場合、結合性σオービタルは、主にF2pオービタルであり、
σ(HF)=0.19ψ(H)+0.98ψ(F)
反結合性σ*オービタルは、主としてH1sオービタルの性格を帯びて
いる。
σ*(HF)=0.98ψ(H)-0.19ψ(F)
結合性オービタルにある2個の電子はほとんどF2pオービタルに
見いだされることになり、従ってF原子には部分負電荷が、H原子
には部分正電荷があることになる。従って、この結合はかなりイ
オン結合の性格を持っている。
等核二原子分子の結合は共有結合であるが、異核二原子分子の
結合は程度の差はあれ、部分的にイオン結合の性格を帯びている
。任意の結合の共有結合性とイオン結合性については、2・3・3で詳
しく考察する。
40
2・2・2 共有結合の形成とその飽和性
a 共有結合の形成
不対電子を持つ化学種をラジカル(遊離基ともいう)という。
ラジカルは不安定で、結合を作ろうとする傾向が強い=反応性に
富んでいる。反応性に富んでいる理由は、共有結合を作ってエネ
ルギー的により安定した化学種を作ることができるからである。
結論②-① ほとんどの原子は不対電子を持っているので、原子ど
おしが集まって分子を作って安定化しようとする:不対電子を
持った原子は(不対電子が占める)互いのオービタルが重なる程度
まで接近することができるので、原子オービタルから結合性分子
オービタルというエネルギー的により安定な電子状態が生成され、
それを不対電子どうしが電子対(共有電子対)を作って占める=
共有結合の形成。
41
酸素分子が反応性に富んでいるのは、不対電子を持っているか
らである。酸素分子が酸化力が強い(=電子を受け取りやすい)
のもこの不対電子の存在に起因している。そして、この不対電子
の存在はオービタルを考えることによって初めて明らかとなった
。
☆ 孤立電子対と空のオービタル(配位結合)
孤立電子対(非共有電子対)は既にAOが二つの電子で占められ
ているので、一般に不対電子とは反応しない。しかし、ある原子A
の孤立電子対で占められたAO(A)と別の原子Bの空のAO(B)(=電
子で占められていないオービタル)から、結合性MOが作られると
、そのMOをAO(A)を占めていた孤立電子対が占め、エネルギー的
に安定化して結合が形成される。これを配位結合という。
共有結合と配位結合に本質的な違いはない。
42
b 共有結合の飽和性
水素分子HA-HBの二つの電子は対を作って結合性MOを占めるの
で、ここにもうひとつの水素原子HCが近づいてもH3分子(HA-HBHC)はできない(=水素原子の原子価は2にはなれない)。その理
由は次のように説明される。
水素分子HA-HBと水素原子HCが接近すると、HA-HBのMOとHCの
1sオービタルの重なりが生じるはずであるが、実際には有効な重
なりが生じない。その理由はPauliの排他原理が、オービタルを三
つの電子が占めることを許さないからである。
このように、電子対どうしあるいは電子対と不対電子では、
Pauliの排他原理のためそれらの電子が占めているオービタルの間
に重なりが生じない(これに対して不対電子どうしは重なりが生
じる)。
43
これは言い換えれば、希ガス元素や分子がそれら同士あるいは
別の原子と結合を作らないのは、これらの間に反発力が働くから
であり、この反発力を交換斥力という。これは分子や希ガス元素
の間には常に存在するもので、後述する分子間相互作用の一つで
ある(2・4・2参照)。
この斥力はPauliの排他原理がその原因であり、Coulomb相互作用
とは関係がないことに注意する。同じスピン状態の電子どうしは
Pauliの排他原理のため空間的に同じ領域を占めることができない
が、スピン状態が異なっている電子どうしはそのような制限はな
いので、空間的に接近することができる。接近できるといっても、
電子間に引力が働くわけではなく、電子間にはCoulomb斥力が働い
ている。
Coulomb相互作用
Pauliの排他原理
電子対-電子対
斥力
接近できない
電子対-不対電子
斥力
接近できない
不対電子-不対電子
斥力
接近できる
44
ヘリウム分子He2がなぜできないかの分子軌道法による説明:
He原子が二つ近づいて1sオービタルから結合性MOと反結合性
MOが作られる。このとき、排他原理のため結合性MOを二つの
電子が占め、残りの二つの電子は反結合性MOを占める。不安
定化エネルギー Δ*は安定化エネルギーΔ より常に少し大きい。
結果として、エネルギー的に不安定化するので、結合は作られ
ない。
反結合性 MO σ*
↑↓
1s
↑↓
Δ*
↑↓ 1s
エネルギー
↑↓
Δ
結合性 MO σ
Δ <Δ*
45
結論③-① 不対電子を二つの原子が共有して共有電子対が形成さ
れることによって共有結合が生じる(=不対電子が占める原子
オービタルが重なり合い結合性MOが形成される)。ある原子A
がその原子価を満たす結合を作ってしまうと(=Aの不対電子
が全て共有電子対を作ってしまうと)、Pauliの排他原理のため
、Aのオービタルをそれ以上他の原子Bの不対電子が占めること
ができないので、AとBの間でオービタルの重なりが生じず(=
交換斥力が働き)それ以上結合が生じない=共有結合に飽和性
がある。
46
2・2・3 共有結合の方向性と分子の形
水分子H2Oの平衡構造は折れ線型をしているが、同じ三原子分子
でも二酸化炭素分子CO2は直線型をしている。
O
O=C=O
H
H
なぜこのように平衡構造が異なるのだろうか?
簡単な分子の形は直線型、折れ線型あるいは四面体型のように
幾つかの形に分類できる(レジメp.15スライド48図2.2)。
分子の数は何万とあるのに、その形は数種類に分類できるのは
なぜか?
47
48
その答えは分子の電子状態を考察することによって得られる。
なぜなら、電子間にはCoulomb斥力が働く(3)ので、その静電エネ
ルギーが一番低くなるように電子が分布するから。
この時重要なことは、原子・分子内では電子はオービタルという
固有の運動領域を持った状態を占めている(6a)ということ。
単なる静電相互作用ではなく、オービタルを占める電子間の静電
相互作用を考える。
その結果、静電エネルギーが最も低いオービタルの空間配置が分
子の平衡構造として反映される。
49
H2O :酸素原子の価電子は6個、水素原子の電子まで含めると8個
の電子がある。4個のオービタルが必要。このオービタルをそれら
の反発が最も少ないように配置するにはどうしたら良いか?
立方体の中心に中心原子(核)があるとする。オービタルがレジ
メp.15、スライド48図5に示すような四隅と中心原子核の間に分布
するとき、オービタル間の反発は最も少なくなるであろう。
→ sp3混成オービタル(レジメp.15、スライド48図5・4参照): 一つ
のsオービタルと三つのpオービタルから成る等価なオービタル4個
から成る。
h1=s+px+py+pz h2=s-px-py+pz
h3=s-px+py-pz h4=s+px-py-pz
この4個のオービタルの内二つを水素原子との共有結合に使い、残
りの二つは結合には使われず、孤立電子対が占める。この結果、
水分子の平衡構造は折れ線型をしている(レジメp.15、スライド48
図5参照) 。
50
アンモニア分子NH3(レジメp.15 、スライド48図5)(あるいは
アンモニウムイオンNH4+)の平衡構造も同様に理解できる。
このような構造を四面体構造という。
H2O分子のHOH結合角は104.5°
NH3分子のHNH結合角は106.7°
CH4分子のHCH結合角は正四面体角(109.47°)
ダイヤモンド、SiO2、氷の結晶構造(スライド52の図参照)
H2S分子のHSH結合角は92.1° Sの電子配置は[Ne]3s23px23py3pz
PH3分子のHPH結合角は93.42°Pの電子配置は[Ne]3s23px3py3pz
51
52
CO2 :炭素原子の価電子は4個ある。酸素原子の価電子は6個であ
るが、孤立電子対は二つなので、二酸化炭素では8個の電子が結
合に関与することになる。4個のオービタルが必要。これらは全
て共有結合に使われるので、炭素原子と二つの酸素原子との間
に二つずつオービタルが局在することになる(二重結合)。
結論③-② 原子や分子の中で電子は一定の運動領域(したがって
一定の形)と量子化されたエネルギーを持つオービタルという
状態を占める(量子力学的特性)。分子を構成する各原子の結
合に関与する電子は、それらの間の電気的な反発が一番少なく
なるような配置のオービタルを占めるので、分子はそれぞれ固
有の形をしているし、その形は数種類に分類できる。
53
2・2・4 混成オービタルと分子の形
混成オービタルとはその名の通り、sオービタルやpオービタル
あるいはd、fオービタルを混ぜ合わせたオービタルである。分子の
形は中心となる原子について混成オービタルで考えれば定性的に
理解できる。
a sp3混成オービタル
sp3混成オービタルの場合、4個の等価なオービタルは次のような
混ぜ合わせ(重ね合わせ数学的には一次結合あるいは線形結合と
いう→スライド48参照)によって作られる。
h1=s+px+py+pz
h2=s-px-py+pz
h3=s-px+py-pz
h4=s+px-py-pz
54
炭素の電子配置は[He]2s22px2pyなので、s電子がpオービタルに昇
位して、[He]2s2px2py2pzという配置になったと考えればよい。
電子を昇位させるためにはエネルギーが必要であるが、
[He]2s22px2pyの電子配置では結合は二つしかできないのに対して
、混成オービタルでは結合が四つできるので、昇位して混成オー
ビタルを作った方がエネルギー的に有利なのである。
昇位は、原子がとりあえず励起されてから結合を作るというよう
な現実の過程ではない。これは、結合が生成されるときの全体と
してのエネルギー変化への寄与のことである。
55
b sp2混成オービタル
エチレンでは、炭素は一つのsオービタルと二つのpオービタル
から成る等価な三つのオービタル
h1=s+(2)1/2py
h2=s+(3/2)1/2px-(1/2)1/2py
h3=s-(3/2)1/2px-(1/2)1/2py
を持つsp2混成オービタルを使って、σ結合を一つのCと二つのHと
の間に作り、残りのpzオービタルを使ってCとの間にπ結合を作
る。スライド57図6参照。
c sp混成オービタル
アセチレンでは、炭素は一つのsオービタルと一つのpオービタ
ルから成る等価な二つのオービタル
h1=s+pz
h2=s-pz
を持つsp混成オービタルを使って、σ結合を一つのCと一つのHと
の間に作り、残りの二つのpオービタルを使ってCとの間に二つ
のπ結合を作る。スライド57図7参照。
56
57
多原子分子の形は中心原子について混成オービタルで考えれば
定性的に理解できる。
代表的な混成オービタルを示す。レジメp.15
混成オービタル 立体構造
例
sp
直 線 C2H2, HCN, BeH2, BeCl2, HgCl2
sp2
正三角形 BF3, BCl3, NH3+, C2H4, C6H6
sp3
正四面体 CH4, NH4+, SiH4, SO42dsp2
正 方 形 [Ni(CN)4]2-, [AuCl4]sp3d
三方両錘 PCl5, PF5, AsF5, SbCl5
d2sp3
正八面体 [Co(NH3)6]3+, [PtCl6]2sp3d2
正八面体 SF6
《化学実験・物理化学1・2》ヨウ素酸イオンIO3-、亜硫酸水素イオ
ンHSO3-、塩素酸イオンClO3-の分子構造を予想してみよう。
これらはどれも中心原子(I、S、Cl)がsp3混成オービタルを使っ
ていると考えられる。IO3-とClO3-はNH3と類似の三角錐型、HSO3は四面体型構造をしている。
58
2・2・5 オービタルと原子価
典型元素
1
2
リチウム ベリリウム
価電子の数
1
2
原子価
1
2
電子配置
[He]2s
[He]2s2
分子
LiH
BeH2(sp)
13
ホウ素
3
3
[He]2s22px
BH3(sp2)
15
16
窒素
酸素
価電子の数
5
6
原子価
3
2
電子配置 [He]2s22px2py2pz [He]2s22px22py2pz
分子
NH3(sp3)
OH2(sp3)
14
炭素
4
4
[He]2s22px2py
CH4(sp3)
17
フッ素
7
1
[He]2s22px22py22pz
FH
59
価電子の数+原子価 = 8 にならないのは、Li、Be、B。
価電子の数と原子価が一致しないのは、N、O、F。
原子価と価電子の数の関係はオービタルを考えることによって
理解できる。
オクテット則:Lewis構造(スライド62図1)では価電子のみを考
え、原子の周囲にオクテット(8個の集まり)を形成するように電
子対を分布させる。
これは典型元素のみに適用可能。遷移元素は当てはまらない。な
ぜなら、オクテット則はsオービタルとpオービタルを使った電子
配置だから。
遷移元素はdオービタルを使うことができる。Cu(NH3)42+(dsp2正
方形)、K2Pb[Cu(NO2)6](d2sp3正八面体)→銅原子の周囲には12
個の電子がある。
60
オクテット則の例外(スライド62参照)
◎ Li、Be、B(1族、2族、13族の元素)ではオクテットに満たな
いことがある。BeF42-、BF4-などはオクテットを満たす。
例)BeH2、BeCl2(sp) 原子価2(4)
BF3(sp2) 原子価3(6)、しかしB12では原子価5(Bの電子配置
これらを電子不足分子という。
[He]2s22px)
◎ 第3周期以降ではオクテットより大きくなることがある。これは
dオービタルを使うことができるから。
例)ClF3(sp3d) 原子価3(10) PCl5、AsF5、SbCl5(sp3d) 原子価5(10)
SF6(sp3d2) 原子価6(12)
XeF4(sp3d2) 原子価4(12)
61
62
結論②-① ほとんどの原子は不対電子を持っているので、原子ど
おしが集まって分子や結晶を作って安定化しようとする。
2族の元素(Be、Mg等)の基底状態の電子配置はs2なので、不対
電子はない。しかし、sオービタルとpオービタルのエネルギー
差は小さいので、このpオービタルを使って共有結合を形成する
ことができる。例)BeCl2(sp混成オービタル)、BeF42一部の遷移元素もその基底状態において不対電子を持たないも
のがあるが(例えばPd:4d105s0、Pt:5d106s0)、dオービタルと
sおよびpオービタルのエネルギー差が小さいので、結合を作る
ことができる(d2sp3混成オービタル)。
第3周期以降では空のdオービタルのエネルギーが低いときは、
これを使って結合を作ることができる。
Cl:3s3p33d(ClF3)S:3s3p33d2(SF6)
63
エネルギーの高い空のオービタルを使って結合を作ることはエネ
ルギー的に不利のように思えるが、結合を作ることによる安定
化がそれを上回れば、その結合は作られる。
結論②-② 希ガス元素以外でも、2属元素および一部の遷移元素は
不対電子を持っていない。しかし、これらの元素はエネルギー
の低い空のオービタルを使って結合を作ることができる。これ
に対して、希ガス元素は不対電子は無いし、エネルギーの低い
空のオービタルもない。そのため、希ガス元素は安定であるが、
それ以外の元素は結合しようとする。
注意:He(1s2)の1sと2sAO、Ne(1s22s22p6)の2pと3sAO、
Ar([Ne] 3s23p6)の3pと4sAOのエネルギー差は大きいが、
Xe([Kr] 5s25p6)の5pと5dAOのエネルギー差は比較的小さいの
で、混成軌道5s5p35d2を使って安定な分子XeF4を作る。
64
2・3 電子密度分布に基づいて化学結合を理解する
2・3・1 電子密度分布の導入
現在、化学結合はその生成機構によって共有結合、イオン結合、
金属結合の3種類に分類される。
化学現象を考察するとき、基本的に重要な相互作用は静電相互
作用だけである(3)。
疑問④どの化学結合も基本的には静電相互作用、つまり電気的な
相互作用でできているのに、なぜ異なる3種類の結合様式が存在
するのであろうか?どこが違うのであろうか?
6d. 原子や分子の中の電子の状態を考えるとき、(ある場所に)電子
を見出す確率、電子密度、電子分布、という考え方、見方をす
る。原子内、分子内の電子状態は電子密度分布(電子雲)によ
って考察できる。
オービタルと電子密度の関係:オービタルψの絶対値の二乗|ψ|2が
電子密度に比例する。
65
66
原子や分子の中で電子は確かにある種の運動を行っているが、
その運動の軌跡を考えるのではなく、原子や分子の中で電子がど
の様に分布しているかと考える。複数の粒子の分布を考えるとい
うことではなく、1個の電子から成る水素原子でも、その1個の電
子がどの様に分布しているか(どこで見出される確率が高いか)、
と考える。
電荷の偏り・極性 → 電子分布の偏り
電子が0.8個!?
電子密度分布(電子雲)とオービタルとは同じではない。オー
ビタルψの絶対値の2乗|ψ|2が電子密度に比例する。オービタルは一
般に位相の異なる部分を含んでいるが、電子雲はそのようなこと
はない。スライド66図2・14、4・4、レジメp.11図2-7(b)参照。
67
2・3・2 化学結合
共有結合の最も簡単な例は水素分子イオンH2+である。この分子
は二つの陽子と一つの電子とからできている。電子がいなければ
陽子は互いに反発しあって離れてしまうはずだから、電子が二つ
の陽子を結びつける糊の役割をしているのは明らかである。核間
領域の電子密度が高いので、電子を中にして二つの陽子が向かい
合っている。近い電子による引力が遠い原子核どうしの反発力を
上まわるので陽子は中央に向かって引かれる。
水素分子H2の場合、結合に関与する電子は二つある。この場合
も電子が二つの陽子を結びつける糊の役割を果たしている。実験
的に、核間領域の電子密度の高いことが分かっている。スライド
68図2(a)参照。
68
69
電子が核間領域に集中すると、電子間の反発があって不安定に
なるように思えるが、それ以上に一つの電子が二つの核と相互作
用することによる安定化が効いているのである。つまり、共有結
合も電気的な相互作用でできていることが分かる。
簡単な見積もり:
例えば粒子間距離rを、r(e+-e+)=8、r(e--e-)=6、r(e+-e-)=5とする
・eV(r) = q1q2 /(4πεr)なので、e2/(4πε)=Xとおくと、
e+・
・e+ 赤:斥力=V(r)=X[1/6+1/8]=7X/24~0.3X
・e青:引力=V(r)=-X[4×1/5]=-4X/5~-0.8X
なぜ、核間でこのように電子密度が高くなるのだろうか?核間
領域の電子密度が高くなるのは、オービタルの重なりの結果であ
る。同位相で重なり合うことによって電子密度を強め合うのであ
る。その結果、結合性MOはAOよりエネルギー的に安定化する。
70
2・2で希ガス原子間や分子と原子間に結合が生じない理由をPauli
の排他原理とオービタルの重なりに基づいて説明した。
電子対どうしあるいは電子対と不対電子では、Pauliの排他原理の
ためそれらの電子が占めるAOの間に重なりが生じず(=交換斥力
が働き)それ以上結合が生じない。
これを電子密度の観点から考えてみよう。
AOの重なりが起こらないと、核間領域の電子密度が低くなって
しまい、結果的に核と電子間の静電引力よりも原子核間の反発力
が上回るので、結合は形成されない。スライド69図2(b)参照。
71
MOと電子密度の関係:二つのAOが同位相で相互作用するときに
は、常に相互作用領域に電子をためるように相互作用し結合性
MOを作る。逆位相で相互作用するときには、常に相互作用領
域から電子を排除するように相互作用し反結合性MOを作る。
σ* =1s-1s
+ +
+ -
↑
↑
1s
↑
↑
↑↓
1s
エネルギー
強め合う
弱め合う
σ =1s+1s
結合性MOσは、核間領域でAOが強め合い、電子密度が高くなっ
ている。その結果、このMOのエネルギーはAOのそれより低く
なっている。
反結合性MOσ*は、核間領域でAOは弱め合い、電子密度が低く
なっている。その結果、このMOのエネルギーはAOのそれより
高くなっている。
72
結論① 化学結合を原子核と電子のレベルで考察すれば、共有結合
も電気的な力で原子を結びつけている。すなわち、核間領域に
共有結合電子密度が高いと、電子と原子核の引力が電子間・核
間の反発力を凌駕して、全体として引力効果が働く。
結論②-①と③-①を電子密度の観点から書き直してみる。
結論②-① ほとんどの原子は不対電子を持っているので、原子ど
おしが集まって分子を作って安定化しようとする:不対電子を
持った原子は(不対電子が占める)互いのオービタルが重なる程
度まで接近することができるので、オービタルが重なり合い、
その結果、不対電子どうしが核間領域に共有電子対として見い
だされる確率が高くなり、エネルギー的に安定化する=共有結
合が形成される。
73
結論③-① 不対電子を二つの原子が共有して共有電子対が形成さ
れることによって共有結合が生じる(=不対電子が占める原子
オービタルが重なり合い核間領域の電子密度が高くなる)。あ
る原子Aがその原子価を満たす結合を作ってしまうと(=Aの不
対電子が全て共有電子対を作ってしまうと)、Pauliの排他原理
のため、Aのオービタルをそれ以上他の原子Bの不対電子が占め
ることができないので、AとBの間でオービタルの重なりが生じ
ず(=核間領域の電子密度は高くならず)、それ以上結合が生
じない=共有結合に飽和性がある。
74
☆ オービタルの重なり(電子雲の重なり)と結合強度
共有結合の本質は核間領域の電子密度が高いこと。これは結合
に関与するオービタルが同位相で重なり合って強め合った結果。
この意味で、共有結合の本質はオービタルの重なり(電子雲の重
なり)であり、重なりが大きいほど結合が強くなる。
二重結合、三重結合の方が単結合よりも結合エネルギーが大き
い(=結合が切れにくい、安定である)にも関わらず、付加反応
を起こしやすいのは、π結合が比較的容易に切れるからである(=
π結合はσ結合より不安定)。なぜπ結合の方が結合が弱いかという
と、オービタルの重なりが小さいからである。
H3C-CH3 では、C-C単結合の周りでメチル基は回転できるが、
H2C=CH2 では、メチレン基はC=C二重結合の周りで回転できない。
σ結合は結合軸の周りで回転してもオービタルの重なりが変わらな
いが、π結合は結合軸の周りで回転すると、pオービタルの重なり
が小さくなり、エネルギー的には不利な状態となる。そのため、
二重結合の周りでは回転が起きないのである。
75
混成オービタルの特徴の一つは核間領域の値が増幅され、その
反対側では減衰している、という意味で強い指向性を持っている
こと。これは混成オービタルを形成するAOが強め合ったり、弱め
合ったりした結果である。核間領域の増幅の結果として、sまたは
pオービタルだけの結合よりも結合強度はずっと大きくなる。スラ
イド77図5・3参照。
同じC-H結合でも、炭素原子の混成オービタルの違いによって結
合強度も異なる。s性の高いオービタルを使ったC-H結合ほど結合
強度が強くなる。
混成オービタル 例
結合距離(Å) 結合エネルギー(kJ mol-1)
sp
アセチレン 1.060
506
sp2
エチレン
1.069
443
sp3
メタン
1.090
431
76
77
2・3・3 化学結合における電子密度分布
化学結合は、どれも電子が仲立ちとなり、電気的な力で原子を
つないでいる。
では三つの結合様式で何が異なっているのか?
典型的な共有結合、イオン結合、金属結合では原子間の電子密
度分布がはっきりと異なっている。つまり、三つの結合様式は電
子分布の異なる三つの様相である。
結晶中の電子分布の様子はX線回折という実験によって知ること
ができる。
X線は主として電子によって散乱されるので、X線回折の実験によ
り、各原子核に何個の電子が付随しているかを見積もることがで
きる。
このとき得られるのは、図(レジメp.17、スライド69)のような電
子密度の等高線である。等高線の値が大きいところでは、電子の
存在する確率が高いと解釈できる。
78
NaCl結晶において、Na原子核の周りにはほぼ10個の電子が、Cl
原子核の周りにはほぼ18個電子がそれぞれ存在し、かつNa+、Cl-イ
オンの中間には電子密度がほぼゼロの領域があって、陽イオン、
陰イオンは離れている(と見なせる)ので、NaからClに電子がほ
ぼ1個移っていることが分かる。
Alの電子密度を測定してみると、原子間の電子密度はどこもゼ
ロでなく0.18 eÅ-3である。この密度はAl原子1個につき3個の(自由)
電子が原子間の隙間に一様に分布していることを示している。ま
た、Al原子核の周りの電子数を求めてみると10.2個となる。これは
Al原子(原子番号13)がAl3+の状態にあることを示している。
このように金属結晶では、各原子は価電子を放出して陽イオンと
なり、放出された電子は陽イオン間を運動しながら、各陽イオン
と引力的な相互作用を行って原子同士を結びつけている。これが
金属結合である。
ダイヤモンド結晶では、炭素原子間(核間領域)の電子密度が
高く、それ以外の領域の電子密度が低いことが分かる。
79
なぜ物質によってこの様に電子分布が異なるのか?異なる結合
様式が存在するのか?
これは原子の性質(電子を受け取りやすい、電子を放出しやす
い)の違いによる。
電子を受け取りやすい(=電子親和力が大きい)原子と電子を
放出しやすい(=イオン化エネルギーが小さい)原子があると、
価電子が移動してイオンになり結合を作り(イオン結合)、電子
を放出しやすい原子が集まると、価電子を放出して陽イオン間に
電子が分布して結合を作る(金属結合)。電子を放出しにくい
(=イオン化エネルギーが大きい)原子は価電子を共有して結合
を作る(共有結合)。
結合の様相は結合する原子の性質を反映している。
80
Li([He]2s1)やBe([He]2s2)はイオン結晶(LiCl、Li2O、BeCl2な
ど)を作ったり、金属結合により単体金属を作る(しかし、反
応性に富んでいるので単体の金属は天然には存在しない)。
B([He]2s22p1)は共有結合により分子(B12、BF3など)を作る。し
かし、同族のAl(I=577.4)はイオン結晶(Al2O3など)を作っ
たり、単体金属を作る(天然には存在しない)。
C([He]2s22p2)は共有結合により結晶(ダイヤモンド)や分子(有
機化合物の骨格など)を作る。
N([He]2s22p3)は共有結合により分子(N2、NH3など)を作る。
O([He]2s22p4)は共有結合により分子(O2、H2Oなど)を作り、イ
オン結晶(酸化物MgOなど)を作る。同族のSは硫化物を作る。
F([He]2s22p5)は共有結合により分子(F2など)を作り、イオン結
合(フッ化物NaF、CaF2など)を作る。
C、N、Oは単体で天然に存在している。
単位はk J mol-1
Li
Be
B
C
N
O
F
イオン化E 513.3 899.4 800.6 1086.2 1402.3 1313.9 1681
電子親和力 59.8
23
122.5 -7
141
322
81
結論④-① 化学結合は、本質的にどれも電子が仲立ちとなり、電
気的な力で原子をつないでいる。原子は単独で存在するよりも、
集合して分子や結晶を作ろうとする。このとき、原子の性質
(電子を受け取りやすい、電子を放出しやすい)の違いによっ
て原子間の電子密度分布が異なるので、それを三つの結合様式
(共有結合、イオン結合、金属結合)として分類した。
結論④-② 一般に、分子内の化学結合は共有結合性とイオン結合
性を併せ持ち、結晶内の化学結合は共有結合、イオン結合、金
属結合の性質を、それぞれある程度同時に併せ持っている。言
い換えれば、化学結合は一般に程度の差はあれ、典型的な共有
結合、イオン結合、金属結合の電子分布とは異なっている。
分子の化学結合=a(共有結合性)+b(イオン結合性)
結晶の化学結合=a(共有結合性)+b(イオン結合性)
+c(金属結合性)
a~1、b~0、c~0のとき典型的な共有結合、a~0、b~1、c~0のとき
典型的なイオン結合、a~0、b~0、c~1のとき典型的な金属結合
82
HClのように異なる原子が結合を作るとき、電気陰性度の大きい
原子の方に結合電子の分布が偏る。このとき、この結合は共有結
合性と同時にイオン結合性を持っていると表現する。
同じ原子間の化学結合は恐らく100%共有結合であるが、異なる
原子間の化学結合は程度の差はあれ、共有結合性とイオン結合性
を同時に持っている。
遷移金属の結晶では原子間に金属結合の他に、dオービタルを使
って共有結合も作っているので、典型金属の結晶に比べて、融点
が高い。
83
☆ Be、Mgとアルカリ土類金属(Ca、Sr、Ba)の違い
レジメp.13のイオン化エネルギーの表参照。
Beはそのイオン化エネルギーがかなり大きいので(I=899.4)、
電気陰性度もかなり大きく、その酸化物や塩類(BeF2、BeO)には
イオン結合よりも、むしろ共有結合化合物の性格を表すものが多
い。
Mg(I=737.4)の化合物は、Beに比較すると、そのイオン結合
性がかなり強くなるが、周期表上直ぐ下に位置するCaやBaなどが
明らかにイオン結合性の化合物を作るのに対して、中間的な結合
をしていると見てよい。
BeやMgが、他の2族元素(アルカリ土類金属)とかなり異なっ
た性質を示すのは、イオン化エネルギーが比較的大きく、その化
学結合に共有結合的な性格を持つためである。
結論④-③ 結合状態を定性的に言葉で表現する場合、3種類の結合
様式-共有結合、イオン結合、金属結合-が便宜的に使われる。
84
☆ 量子力学的共鳴
ある結合が共有結合性とイオン結合性を持っているとき、その
結合は共有結合構造H-Clとイオン結合構造H+ Cl-の間で共鳴し
ている、と表現し次のように表記する。
H-Cl ⇔ H+ Clここで、H-ClやH+ Cl- は共鳴構造式あるいは極限構造式と呼ばれ、
実在する分子を表す構造式ではなく、実在する分子をその線形
結合(=重ね合わせ)で近似するための仮想構造式である。
HClの正確な分子構造=a(H-Cl)+b(H+ Cl-) a2+b2=1
あるときはH-Clとなり、またあるときはH+ Cl-となり、時々刻々こ
の二つの構造の間を飛び移っていると考えてはいけない。
85
86
オゾンでは、各酸素原子は四面体をとるので屈曲構造をとると
推測される。これを混成オービタルで考えると、真ん中の酸素原
子にsp2を、二重結合にπ結合をあてはめる。共鳴しているので、真
ん中の酸素原子をはさんで、左右対称の分子構造となる。
O = O+-O- ⇔ O--O+= O
ペプチド結合はタンパク質の構造を決める重要な役割を果たす
。四つの原子(C, O, N, H)は同一平面内にある。これはCN結合周
りの回転が制限されていることを示唆している。CN結合距離は
1.33Åで、これはC-N単結合(1.49Å)とC=N二重結合(1.27Å)の中
間の値である。アミド部位が平面である理由として、次のような
共鳴構造による説明が考えられる。
O
O-C-N- ⇔ -C=N+H
H
87
2・4 分子間相互作用(分子間力)
広い意味で分子間力と呼ばれるものは大きく分けて次の四つが
ある。
a Coulomb力(静電力)
引力 or 斥力
b van der Waals力
引力
c 交換斥力
斥力
d 電荷移動力
引力
狭い意味では分子間力はvan der Waals力を指すことが多い。
水素結合を分子間力と呼ぶこともあるが、水素結合とは上記の
分子間力が総合して現れた現象であり、水素結合という特別な
力があるわけではない。
b~dも基本的にはCoulomb力であるが、aはイオン間に働くのに
対して、b~dは中性分子の間で働く。なぜ中性分子の間で
Coulomb力が働くのだろうか?それは量子力学的効果による。
88
2・4・1 van der Waals力
van der Waals力は一般に
a 配向力 極性分子間
b 誘起力
〃
c 分散力
〃
無極性分子間
という3種類の力の総称である。この三つのうち、分散力が特に重
要なので、しばしば分散力の意味でvan der Waals力という言葉
を使うことがあるので注意する。
van der Waals力の特徴を共有結合と対比させながら見てみよう。
① van der Waals力は化学結合力と比べて格段に弱い。一般的に結
合エネルギーが一桁から二桁低い。
② 共有結合に見られるような結合の飽和性、方向性というものは
ない。
van der Waals力の場合は電子雲の重なりは小さく、無視できる。
89
a 配向力
配向力は極性分子の持っている永久電気双極子モーメント(1・
4・3参照)の間の相互作用によって生じる力である。
これは双極子モーメントの相対的な配向等によって引力にも斥力
にもなるが、平均すると引力として働く、この相互作用のポテ
ンシャルエネルギーは分子間距離の6乗に反比例する。
V ∝- 1/ r6
静電相互作用のポテンシャルはV ∝- 1/ r であり、これと比較する
と、配向力は距離rの6乗に反比例しているので、距離の増大と
ともに急激に減衰することが分かる。
つまり、静電相互作用と比較して、分子がかなり接近したとき初
めて配向力が働くようになる。
90
b 誘起力(Debye力)
極性分子1は永久電気双極子モーメントを持っているので、その
周囲に電場Eを作る。このときその周囲に存在する分子2はこの
電場の影響を受けてその電子雲がひずむ(=分子内の電子分布
が変化する)。その結果、分子2に双極子モーメントが誘起され
る。誘起双極子モーメントμ*は電場Eに比例する。
μ*=αE
この比例定数αは分極率である。
誘起力とは、分子1の永久双極子モーメントが作る電場によって
生じた分子2の誘起双極子モーメントと、分子1の永久双極子
モーメントの間の相互作用によって生じる力である。これも平
均して引力として働き、そのポテンシャルエネルギーは分子間
距離の6乗に反比例する。
V ∝ -α2 / r6
ここで、 α2は分子2の分極率である。
91
☆ 分極率
分極率は電場によって原子や分子の電荷分布がどれだけ歪むかを
表している。
原子分極率
=電子分極率
無極性分子分極率=電子分極率+原子分極率
極性分子分極率 =電子分極率+原子分極率+配向分極率
電子分極率:分子内、原子内の正負の電荷分布の重心がずれる事
による分極。電子分布が歪みやすい(電子雲が柔らかい)ほど
大きい。重原子ほど電子分極率は大きくなる。
原子分極率:分子等(の形)が歪むことによって生じる分極。
配向分極率:永久電気双極子モーメントが平均して電場方向を向
くために生じる分極。
92
c 分散力
無極性分子や希ガス元素の電荷分布は時間平均すると双極子
モーメントを持たないような分布になっているが、瞬間的には
双極子モーメントを持つような電荷分布をとっている。この瞬
間的な双極子モーメントは周りの分子や原子に瞬間的な双極子
モーメントを誘起する。この瞬間的な双極子と瞬間的な誘起双
極子の間の相互作用が分散力である。
分散力も引力として働き、そのポテンシャルエネルギーは分子
間距離の6乗に反比例する。
V ∝ -α1α2 / r6
ここで、 α1は分子1の、α2は分子2の分極率である。
93
分極率が大きいほど、分散力が強くなる。そして、分散力は原
子あるいは分子が大きくなるにつれて強くなる。これは重原子ほ
ど電子分極率が大きくなるからである。
分子結晶の凝集力はvan der Waals力である。
分子結晶の融点/℃と沸点/℃
レジメp.18参照
元素 分極率 融点 沸点
化合物 融点 沸点
Ne 0.395 -249 -246
F2 -220 -188
Ar 1.64 -189 -186
Cl2 -101 -34
Kr 2.48 -157 -153
Br2
7
59
Xe 4.04 -112 -108
I2
114
184
分極率の単位は×10-24 cm3。Cl2の分極率は46.1×10-24 cm3
94
分散力は極性分子においてすら、配向力あるいは誘起力と同程
度あるいはそれ以上の大きさになることが多い(特に大きな分子
においては)。従って、極性分子においても、この分散力は重要
な凝集力となっていることが分かる。
無極性分子ヘキサン(分子量86、双極子モーメント0、沸点
69℃)は同程度の分子量を持つ極性分子エチルプロピルエーテル
(分子量88、双極子モーメント1.2 D、沸点64℃)より沸点が高い。
2・4・2 交換斥力(2・2・2参照)
共有結合に飽和性があるということは、言い換えれば、分子間
に引力だけではなく、斥力も働くということである。交換斥力の
原因はPauliの排他原理である。
95
2・4・3 分子間ポテンシャル
分子間のポテンシャルエネルギーV分子(レジメp.4図1・21)は、
引力と斥力の二つの項から成る。短距離力であるvan der Waals引力
に対して、交換斥力は更に近距離で、しかも急激に働く。 V分子は
一般的に
V分子=Cn/rn-Cm/rm
(#)
または
V分子=λe-r /ρ- Cm/rm
の形に書き表される。右辺第一項が斥力、第二項が引力に対応し、
普通mを6、nを(9~)12とすると、これら経験式は実験結果とよく
一致する。式(#)はLennard-Jonesのポテンシャル
V分子=4ε{(r0/r)12-(r0/r)6}
(19)
として知られているものを一般的に書いたものである。
96
97
2・4・4 電荷移動力
分子間で電子が移動することを電荷移動という。
ある分子Dから別の分子Aへの電荷移動で生じたDδ+とAδ- の間に結
合力が発生し、DAという新しい分子間化合物ができるとき、こ
の結合力を電荷移動力、新しい分子間化合物を電荷移動錯体あ
るいは電子供与体-電子受容体錯体(EDA錯体)という。
電子を与える分子Dを電子供与体(ドナー分子)、電子を受け取る
分子Aを電子受容体(アクセプター分子)という。
98
Dδ+とAδ- というイオンができて、その間にイオン結合が生じる
のではなく、DとAという分子の間で部分的に電子雲の重なりが起
こり部分的に電子の非局在化が起こる、つまり、DとAの間に共有
結合性が生じると考えられる。
分子Dに局在化していた電子が、分子DとAに非局在化することに
よって安定化するといってもよい(1・2・1b共役二重結合系参照)。
van der Waals力とは違い電子雲の重なりが無視できないことに注意
する。
電荷移動錯体が形成されている状態を、電子が供与体から受容
体に移った状態A-・D+と移っていない状態A・Dの量子力学的共鳴と
して表す。
A・D ←→A-・D+
電荷移動錯体= a(A・D )+b(A-・D+ ) a≫b
A-・D+という状態では、両分子とも不対電子が出来るので、それを
使って共有結合が出来ると考えられる。
99
σ*
↑↓
↑
↓
σ
D
↑↓
A
D+
A-・D+
↑↓
A-
電荷移動の結果、もとの分子DとAには存在しなかったエネル
ギー準位(σ、σ*)ができ、その間の電子遷移がスペクトルと
して観測される場合がある。これを電荷移動スペクトルという。
例)ヨウ素-でんぷん反応
大雑把に言って、Dのイオン化エネルギーが小さいほど、Aの電
子親和力が大きいほど、電荷移動による安定化エネルギーは大
きい。
100
☆ 電荷移動錯体
ヘキサメチルベンゼンでは電子を少し押し出そうとするメチル
基(電子供与基)が、ベンゼン環の電子密度を高くしているが、
1,3,5-トリニトロベンゼンでは、電子吸引性のニトロ基がベンゼン
環上のπ電子を引き寄せるので、電子密度の低い状態になっている
。そこで両分子がその環状部分を互いに背中合わせにして近づく
と、前者から後者へπ電子が移動できるようになる。
電子供与体:π電子が関与する芳香族化合物の例が圧倒的に多いが、
n電子(非共有電子)を含む化合物(アミン、エーテルなど)もこ
の役割をよく担う。
電子受容体:π電子とそのオービタルを含む化合物が多いが、この
ときにはニトロ基やシアノ基などの電子吸引性の官能基が分子内
にいくつか存在することが必要である。
101
102
2・4・5 水素結合
氷の最近接酸素間距離は2.76Åで、水素原子はO・・・O線上の一方
の酸素原子から約0.96Åの位置にある。酸素原子と水素原子のvan
der Waals半径(2・5・2参照)はそれぞれ1.52、1.20Åなので、もし
氷の凝集力がvan der Waals力であれば、最近接酸素間距離は3.7Å
(=0.96+1.52+1.20)程度になると予想される。
また、水分子は球に近い形をしているから、もしvan der Waals力
で凝集しているなら、12配位の最密構造またはそれに近い構造を
示すであろう。実際、H2S結晶ではそのような結晶構造をしている。
それに対して氷は4配位構造をしている(スライド51参照)。つま
り、水素結合にはかなりの方向性が認められる。
水素結合ではvan der Waals力と違って、(電子雲の重なりが起こ
り)電子の移動が起こる程度まで原子が互いに接近している。
103
2・2・3でH2O、NH3とH2S、PH3の結合角の違いを考察した。これ
はこれらの水素結合にも影響を与えている。前者はsp3混成オービ
タルを占める非共有電子対が水素結合を作るが、後者はpオービタ
ルを占める非共有電子対が水素結合を作ることができない。前者
の融点、沸点が高いのは水素結合の影響による。
融点
沸点
融点
沸点
H2 O
0℃
99.974℃
NH3 -77.7℃ -33.4℃
H2S -85.5℃ -60.4℃
PH3 -133.8℃ -87.8℃
スライド97図18参照
水素結合X-H…Yのエネルギーは通常の共有結合のエネルギーと
比べて1桁以上小さいし、同じタイプの水素結合であっても結合エ
ネルギーはかなり異なる。
水素結合距離というときは、通常X原子とY原子間の距離X・・・Y
を指しており、この距離は、例えば同じO・・・O水素結合であって
も、物質によって異なる。
104
水素結合の間に働く力は、これまでに紹介した静電力、分散力、
電荷移動力、交換斥力などの力の総合されたものであって、それ
自身に特有な力があるというのではない。
水素結合=a(静電力)+b(分散力)+c(交換斥力)+d(電荷移動力)
a:静電力(=Coulomb力)は電子雲の変形も電子交換もない原子
または分子の間に働く力を意味するが、これは配向力や誘起力で
ある。
b:水素結合におけるような短い原子間距離の範囲では、分極が起
こり、電子雲のひずみが生じ、その結果分散力が働く。
c:このひずみの大きい場合、電子の移動すなわち電子の非局在化
が起こり、電荷移動力が働く。
d:これら引力の働く近距離では、原子間に斥力を引き起こす。
105
☆ 水素結合の検出
水素結合が形成されているかどうかを検出する方法は幾つかある
。一般に水素結合X-H…Yが形成されると、X-H結合は若干結合が
弱められるので、X-H伸縮振動は振動数が低下する。そこで、振動
スペクトルを観測して、振動数の低下が認められれば、水素結合
が形成されていることの証明となる。
水素結合の評価:水素結合が強いほど、振動数は大きく低下する
。スペクトルの強度比から、水素結合錯体の濃度が見積もられ、
さらにそこから水素結合形成反応の平衡定数が導かれる。
スライド107参照。フェノールのOH基は強いプロトン供与体で
ある。また、例えばジペンチルエーテル(C5H11)2OのOは強いプロ
トン受容体である。
5c. スペクトルはミクロの世界の情報を得る重要な・基本的な実験
手段である。
106
107
☆ 水素結合による構造形成
会合体:2個以上の同一分子が共有結合以外の分子間相互作用に
よって結合し、1個の分子のように行動する現象を会合といい、そ
の分子全体を会合体という。2分子会合体を二量体、3分子会合体
を三量体と呼ぶ。
酢酸、ぎ酸などは気相で水素結合により二量体(スライド106図
5(i))を作っている。
クラスター:数個から数百個の原子または分子が凝集して形成さ
れる原子または分子集団。
水、メタノール、エタノールなどは液相で水素結合によりクラ
スター(スライド106図6)、あるいは分子会合構造を形成してい
るが、気相ではこのようなクラスターは形成されない。
108
109
水素結合にはかなりの方向性が認められるので、高分子などの
構造を作るもとになる。水素結合を含めた分子間相互作用は高分
子の構造形成に重要な働きをしている。
タンパク質は生体内で様々な機能を発現させるが、それはその
構造と密接に関連している。
タンパク質ではアミノ酸がペプチド結合 -CO-NH- によって繋が
って直鎖状の分子(高分子鎖)を作っている。このとき、アミノ
酸の配列順序の違いによって膨大な種類のタンパク質が作られる
。この高分子鎖におけるアミノ酸の配列パターンは、一括して一
次構造と呼ばれる。
タンパク質においても同じコンホメーションを持ったアミノ酸が
連続的につながった領域では、CO・・・HN水素結合によりαヘリッ
クス(らせん状)やβシート(層状)など一定の立体構造をとる。
このようにタンパク質のある領域が局所的にとる立体構造を二次
構造という。スライド111図6参照。
110
111
DNAを構成している塩基のうち、アデニンとチミンは二重の水
素結合、グアニンとシトシンは三重の水素結合を持っており、水
素結合をする組み合わせの相手が決まっている(スライド111図4
参照)。このことによりDNAの転写における相補性が担保されて
いる。つまり、水素結合を通じて、遺伝情報の保存、複製、発現
が行われている。
生体内では至る所で水素結合が使われている。その結合エネル
ギーは構造を形成するには十分であるが、必要に応じて解離しや
すくもあるという性質が、生体にうまく利用されているのである
。
分子の熱運動エネルギー=(3/2)RT ~4 kJ mol-1 (300 K)
エネルギー等分配則(1・5参照)
水素結合エネルギー 10~30 kJ mol-1
化学結合エネルギー ~ 1000 kJ mol-1
112
2・4・6 分子間相互作用のまとめ
大雑把に言って、分子間相互作用は静電力と分散力(van der
Waals力)と電荷移動力と交換斥力からの寄与によっており、違
いは各力の寄与の割合が異なるだけである。
分子間力=a(静電力)+b(分散力)+c(交換斥力)+d(電荷移動力)
一般には電子雲の重なりは無視できてa ~0、d ~0で、そのときポ
テンシャルはレジメ式(19)で表されるが、電子雲の重なりが無
視できない水素結合系や電荷移動錯体では、この四つの効果が
寄与している。
☆ 蒸気圧と分子間相互作用
蒸気圧の値を分子間力に基づいて理解することができる。
表:蒸気圧が760 mmHgになる温度(℃)
Na 892 H2 -252.8 F2 -188.7 He -268.9
K 774 N2 -195.8 Cl2 -34.1 Ar -185.9
Ag 2212 O2 -183.0 Br2
58.6 Xe -108.1
I2
184.4
113
☆ 沸点と分子間相互作用
アルカン分子内の共有結合は非常に強いが、分子間相互作用は極
めて弱い。しかし、分子が大きくなるにつれて強められる。
鎖状アルカンの性質
化学式 名称 沸点/℃ (燃料)形態
常温の形態
CH4
メタン -164
天然ガス
気体
C2H6
エタン
-89
C3H8
プロパン -42
C4H10 ブタン
0
ライターオイル
C5H12 ペンタン
36
石油
液体
C6H14 ヘキサン
69
〃
C7H16 ヘプタン
98
〃
C8H18 オクタン 126
〃
C9H20 ノナン
151
〃
C10H22 デカン
174
パラフィン(ロウソク~C28)
脂肪酸の沸点/℃
ギ酸CH3 COOH(100.8)
酢酸C2H5COOH(118.1)、ステアリン酸C17H35COOH(383)
114
2・5 結晶の凝集力
原子や分子が集合して結晶や液体を作るとき、それらを結びつ
ける力を凝集力と呼ぶ。それは化学結合力と分子間力である。
固体をその凝集力に従って分類すると、四つの型に分類するこ
とができる(括弧内は凝集力)。
a イオン(性)結晶(イオン結合)
b 共有結合(性)結晶(共有結合)
c 金属結晶(金属結合)
d 分子(性)結晶(van der Waals力)
115
2・5・1 固体の分類について
前記の結晶の分類は便宜的なものであり、ある結晶が必ずしもこ
の分類にそぐわないことも多い。スライド117参照。
①グラファイト:炭素原子が共有結合して作った蜂の巣格子の層
(グラフェン)が弱いvan der Waals力で積み重なった層状構造
をしている。π電子が層内を自由電子のように動くので、金属の
ように電気伝導度を示す。二次元の共有結合結晶と見なすこと
もできるし、分子性結晶ともあるいは金属結晶とも見なせる。
②ヒ素の結晶は二重の層になっていて、各As原子は2.51Å離れた所
に3個の隣接原子を持っている。層と層の間の距離は3.15Åで、
層間の化学結合も少しは存在する。アンチモン、ビスマスも同
様で、これらは共有結合結晶と金属結晶の中間型である。
③セレン結晶はSe原子が共有結合で繋がってゆるやかならせん状
の長鎖を作り(つまり隣接原子は2個)、この長鎖が平行に凝縮
した結晶である(テルル結晶も同様)。一次元の共有結合結晶
と見なすこともできるが、長鎖を1個の巨大分子と考え、分子性
結晶の一種と考えることもできる。
116
2・5・6 固体の分類について
これまでみた結晶の分類は便宜的なものであり、ある結晶が必ず
しもこの分類にそぐわないことも多い。
①グラファイト:炭素原子が共有結合して作った蜂の巣格子の層
が弱いvan der Waals力で積み重なった層状構造をしている。π電
子が層内を自由電子のように動くので、金属のように電気伝導
度を示す。二次元の共有結合結晶と見なすこともできるし、分
子性結晶ともあるいは金属結晶とも見なせる。
②ヒ素の結晶は二重の層になっていて、各As原子は2.51Å離れた所
に3個の隣接原子を持っている。層と層の間の距離は3.15Åで、、
層間の化学結合も少しは存在する。アンチモン、ビスマスも同
様で、これらは共有結合結晶と金属結晶の中間型である。
③セレン結晶はSe原子が共有結合で繋がってゆるやかならせん状
の長鎖を作り(つまり隣接原子は2個)、この長鎖が平行に凝縮
した結晶である(テルル結晶も同様)。一次元の共有結合結晶
と見なすこともできるが、長鎖を1個の巨大分子と考え、分子性
結晶の一種と考えることもできる。
117
四つの分類は典型的な物質には当てはまるが、その他多くの物
質については中間的なものも多く、その凝集力も多少の差はあれ、
複数の力が寄与している。
2・5・2 結合半径
原子の大きさとは何か?原子の周りの電荷分布は野球ボールの
ような明確な境界を持たない。
それぞれの結晶状態における結合半径は、イオン半径(イオン
結晶)、共有(結合)半径(共有結合結晶)、金属結合半径(金属
結晶)、van der Waals半径(分子結晶)と呼ばれる。共有(結合)
半径、金属結合半径、van der Waals半径を総称して原子半径と呼ぶ
ことがある。
これらの結合半径はあくまでも目安である。イオン半径はイオ
ンの配位数によってかなり異なるし、任意性がかなりある。
118
第2章のまとめ
この講義の目的は、原子・分子のレベルで化学現象を考察する
ことができるようになることである。従って、原子・分子間の
相互作用である化学結合と分子間相互作用を理解することが重
要である。
7a. 原子や分子あるいはその集合体(液体、結晶など)が示す構造
・性質はそれらの内部の電子状態が決めている。そして、その
電子状態は静電相互作用(3)と量子力学的効果(5, 6)に依存してい
る。
3. Coulombの法則
5. エネルギーの量子化
6. 原子核や電子の間には電気的相互作用が働いているが、電磁気
学や力学だけで原子や分子を理解することはできない。量子力
学的性質を理解する必要がある。
量子的特質を考慮したうえで静電相互作用を考える。単なる電荷
ではなく、量子力学的原理に従う電荷の間の静電相互作用を考
える。
119
ここでは量子力学的性質として、オービタルと電子密度分布とい
う考え方を導入した。
6a. 原子あるいは分子内の電子はオービタル(軌道関数)と呼ばれ
る、量子化されたエネルギー値と一定の運動領域を持った状態
を占めている(=占有している)。
原子オービタル(原子軌道関数 AO)
分子オービタル(分子軌道関数 MO)
原子オービタル:sオービタル、pオービタル、dオービタル ・・・
分子オービタル:LCAO-MO、結合性MO σはAOが同位相で重な
り合い、反結合性MO σ*は逆位相で重なり合う。
σオービタルとπオービタル
結合次数は結合の特性を理解するための有用なパラメータ。
混成オービタル:sp3、sp2、sp、 dsp2 、 sp3d 、 d2sp3 、 sp3d2
分子の形は中心となる原子について混成オービタルで考えれば
定性的に理解できる。
120
6b. Pauliの排他原理:一つのオービタルを占めることのできる電
子の数は二つまでである。この二つの電子を電子対という。
スピンはマクロな粒子にはなく、電子、中性子、陽子といったミ
クロな粒子のみが持つ自由度である。
一つのオービタルを占める二つの電子は、そのスピン状態は異
なっていなければならない。
電子対とはαスピンの電子とβスピンの電子から成る。
同じスピン状態の電子どうしはPauliの排他原理のため空間的に同
じ領域を占めることができないが、スピン状態が異なっている
電子どうしはそのような制限はないので、空間的に接近するこ
とができる。
接近できるといっても、電子間に引力が働くわけではなく、電子
間にはCoulomb斥力が働いている。
121
6c. 電子がどの様にオービタルを占有しているかを表したものを電
子配置という。原子や分子の電子状態は電子配置によって表さ
れる。基底状態の原子の電子配置は、エネルギーの低いオービ
タルから順にPauliの原理に従って占められる(これを構成原理
という)。
原子内の電子は単なる負の電荷ではなく、オービタルという状態
を占めている電荷である。電子配置に基づいて静電相互作用を
見積もる。単なる負の電荷ではなく、オービタルという量子的
状態を占めている電子の静電相互作用を考える。
6d. 原子や分子の中の電子の状態を考えるとき、(ある場所に)電子
を見出す確率、電子密度、電子分布、という考え方、見方をす
る。原子内、分子内の電子状態は電子密度分布(電子雲)によ
って考察できる。
オービタルと電子密度の関係:オービタルψの絶対値の二乗|ψ|2が
電子密度に比例する。
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化学結合を考察する基本姿勢
価電子の電子配置(=価電子がどのオービタルを占めているか)
に注目し、それらの相互作用を考える。3 6 7a オービタルとい
う量子的状態を占めている電子の静電相互作用を考える。
キーワード:オービタル(6a)、Pauliの排他原理(6b)、電子配置(6c)、
電子密度分布(6d)
共有結合の本質は核間領域の電子密度が高いこと。これは結合に
関与するオービタルが同位相で重なり合って強め合った結果。
この意味で、共有結合の本質はオービタルの重なり(電子雲の
重なり)であり、重なりが大きいほど結合が強くなる(最大重
なりの原理)。
核間領域の電子密度が高くなるのは、オービタルの重なりの結果
である。重なり合うことによって電子密度を強め合うのである。
量子力学的共鳴の意味を良く理解しよう。
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分子間相互作用(分子間力)
a Coulomb力(静電力)
引力 or 斥力
b van der Waals力
引力
c 交換斥力
斥力
d 電荷移動力
引力
van der Waals力の場合は電子雲の重なりは小さく、無視できる。
交換斥力の原因はPauliの排他原理である。
電荷移動力は電子雲の重なりが無視できない。
水素結合ではvan der Waals力と違って、(電子雲の重なりが起こり)
電子の移動が起こる程度まで原子が互いに接近している。
水素結合を含めた分子間相互作用は高分子の構造形成に重要な働
きをしている。
水素結合にはかなりの方向性が認められる。
生体内では至る所で水素結合が使われている。
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