Liverpool Care Pathway(LCP)日本語版 一般病棟での使用経験と導入のコツ 札幌南青洲病院 緩和治療科 中島 信久 第34回日本死の臨床研究会年次大会 ワークショップ (2010.11.6 盛岡) 一般病棟における終末期ケアの問題点 近年,わが国におけるホスピス・緩和ケアについては, 緩和ケア病棟,緩和ケアチームなどの充足とともに, その質は向上してきているが,がん患者の多くがその 最期を過ごす一般病棟において提供される緩和ケア の質はいまだ十分とはいえない. 終末期ケア,特に看取りの時期にある患者・家族への ケアにおいても改善すべき点は多い. 一般病棟では,「初回治療(手術など)~再発に対する 化学療法~終末期」という一連の経過を経て,看取りの ケアを提供することが多い. そうした経過の中で,予後が「月単位」から「週単位」へ, ついで「週単位」から「日単位」へと切り替わる時期を意 識することは,この時期のケアの質を高めていくうえで重 要である. ある日の外科病棟でのスタッフのつぶやき。。。 いつも病棟でそれなりに緩和ケアを意識して取り組んでは いるけれども,“週単位”から“日単位”に差しかかるあたり の判断が難しいなと思います. あとから振り返れば,「ああ,あのタイミングだったのかな」 と思えることもありますが,その時はなかなか気づくことが できなくて・・・. ケアが後手に回り,十分な関わりができない中で,最期の 時を迎えてしまうことが多いです. 患者さんが今こうした時期にあることに気づけたら,ケアの 見直しを図ることができたんじゃないかなと思います. そこで考えたこと。。。 終末期,“看取り”が近づきつつある中で, 「何をどうすればよいのか」を具体的に示してくれる “道しるべ”のようなものがあったらなあ~ そうした共通のツールを活用して,スタッフ同志が 共通の目線で患者・家族ケアに関わりたいなあ~ イギリスにおいて看取りのプロセスの指標として広く 普及していたLiverpool Care Pathway(LCP)のオリ ジナル版の導入を試みた. 一般病棟におけるLCP導入の試み 緩和医療学(9) 147-153, 2007 急性期一般病院外科病棟においてLCPを導入した. (札幌社会保険総合病院:274床,緩和ユニットなし) 導入は2期に分けて行った. 第1期:2004年4月~6月の3ヶ月間. 第2期:2004年12月~2005年2月の3ヶ月間. 第1期に経験したバリアンスを抽出,検討した. これをもとに,第2期はSTAS日本語版を運用している状況 下でLCPによる評価を行った. その際に用いたオリジナルのシート( Hospital version )を 以下に示す. Section 1 初期アセスメント(1) 患者のアセスメント 診 断 原発 入院年月日 転移 人種 身体症状 嚥下困難 嘔気 嘔吐 便秘 混乱 不穏 身のおきどころのなさ 精神的辛さ あり なし □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ 認知力がある 意識清明である 排尿に関する問題 カテーテルチューブなど 気道分泌 呼吸困難 疼痛 その他 あり なし □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ Section 1 初期アセスメント(2) 初回評価 「いいえ」なら バリアンスへ Goal 1 投薬内容を再評価,必要でない投薬の中止. ・経口投与の皮下(静脈,直腸)への変更.必要でない投薬の中止. はい / いいえ Goal 2 頓用の指示を得る.(疼痛時,不穏時,嘔気時,呼吸困難時,発熱時) はい / いいえ Goal 3 治療目的に一致しない治療・検査の見直し ・定期採血・・・患者,家族の希望が無ければ中止 ・輸液・・・・・・・浮腫,胸腹水,気道分泌の悪化→減量(<500ml/日) ルート確保で苦痛を伴う場合,中止or皮下輸液に変更 ・心肺蘇生・・・DNRの確認(Dr. ,年月日 . . ) はい / いいえ Goal 4 治療目的に一致しないケアの見直し・・・体位交換,バイタルサイン はい / いいえ Goal 5 病状認識の評価(患者・家族) 病名; 知っている / 知らない / 不明 死が近いこと; 知っている / 知らない / 不明 はい / いいえ Goal 6 家族への連絡方法の確認.家族への施設の情報の提供. はい / いいえ Goal 7 紹介医への患者の状態の連絡 はい / いいえ Section 2 継続アセスメント(1) 4時間ごとに記載 苦痛の緩和 苦痛の理解 : Goal : 患者が何を苦痛としているかの理解 疼痛: Goal : 痛みがない 気道分泌: Goal : 気道分泌による苦痛がなく,かつ呼吸が 気道分泌のために障害されない 不穏: Goal : 不穏がない 尿閉,便秘の除外.抑制せず,薬物的鎮静を図る. 嘔気,嘔吐: Goal : 嘔気,嘔吐がない 呼吸困難: Goal : 呼吸困難がない その他の症状 治療・処置 口腔ケア: Goal : 口腔内が湿潤で清潔 排尿: Goal : 患者にとって快適な排尿 患者の価値観にあった排尿方法,利尿剤,夜間点滴の中止 薬物投与 Goal : 確実な薬物投与 08:00 12:00 16:00 20:00 24:00 04:00 Section 2 継続アセスメント(2) 12時間ごとに記載 体位 Goal : 患者が快適で,安全な環境である ・苦痛緩和のみを目的とした体位交換, ・移動しない除圧,マットレスの交換 排便 Goal : 患者が便秘,下痢のために苦痛を感じない ・摘便,GEを行う ・患者の価値観にあう方法(パッドなど) 患者への精神的ケア Goal : 患者が精神的の穏やかにいられる ・患者に意識があるときと同じように接する(あいさつ,声かけ,タッチなど) ・どのような処置を行うか,あらかじめ伝える 家族へのケア ・患者の状態(死が近いこと)に関する認識の確認,不安の把握, ・苦痛緩和の手段についての情報提供 ・身体的疲労に対する配慮。悲嘆が強い場合,傾聴,感情表出の促進 ・予測される死の過程についての説明 08:00 20:00 一般病棟におけるLCP導入の試み Ⅰ.導入第1期(2004年4~6月) 対象:この期間に当病棟に入院中であった全終末期がん患者 8例(消化器がん;6例,乳がん;2例). 実際の運用にあたっては,最初からLCPを病棟全体で共通の ツールとして用いるためには,その導入に向けての教育やトレ ーニングなどに多くの時間や労力を要する ⇒ スモールグループによる試験的な運用を試みた. 医師+プライマリーナース+各勤務帯の担当ナースが, 随時,病状や問題点の確認などを行いながらパスを運用 ~ 8例全例でパスを遂行. 評価期間(初期アセスメントから死亡まで) : 3~13日(平均7日) 初期アセスメントにおけるバリアンス (第1期) Goal 1:投薬の再評価・中止 3/8 (37.5%) Goal 2:頓用指示 2/8 (25.0%) Goal 3:治療・検査の見直し,DNR 4/8 (50.0%) Goal 4:ケアの見直し 3/8 (37.5%) Goal 5:病状認識(死が近いこと) 5/8 (62.5%) Goal 6:家族への連絡,情報提供 3/8 (37.5%) 継続アセスメントにおけるバリアンス (第1期) 苦痛の緩和・・・・・・・・・・・ 初期アセスメントで問題点を解決した のちは,良好なコントロールが可能 治療・処置 薬物投与 体位 バリアンスはほとんどなく,良好な経過 のまま,最期を迎えることができた. 排便 患者への精神的ケア 家族へのケア・・・・・・・・ ・キーパーソンを中心とした家族関係の 把握が不十分 ・・・3/8 (37.5%) ・家族の思いの表出・理解が困難 ・・・5/8 (62.5%) バリアンスの発生理由と対処方法 発生理由 ・ 病状認識度の低さ ・ 患者・家族とのコミュニケーションの不足 (一連の治療プロセスの中で,行われるべきことが行われていなかった) 対処方法 病棟全体で,STAS-Jを用いた緩和ケアの普及を目指す ⇒看取りの時期に至るよりも早い段階において,病状 認識やコミュニケーション面での問題の解決を図る ⇒その延長線上でLCPを使用するという流れに沿って ケアを展開していく. 一般病棟におけるLCP導入の試み Ⅱ.導入第2期(2004年12月~2005年2月) この期間に当病棟に入院中であった全終末期がん患者7例 (消化器がん;5例,乳がん;2例)を対象として,STAS-Jによる 評価に続いて,LCPの運用を行った. 運用方法は第1期と同様 (医師+プライマリーナース+各勤務帯のナース ) ~ 7例全例でパスを遂行 評価期間(初期アセスメントから死亡まで): 4~14日(平均8日) バリアンス (第2期) 第1期 第2期 Goal 1:投薬の再評価・中止 3/8 (37.5%) 2/7 (28.6%) Goal 2:頓用指示 2/8 (25.0%) 2/7 (28.6%) Goal 3:治療・検査の見直し,DNR 4/8 (50.0%) 3/7 (42.9%) Goal 4:ケアの見直し 3/8 (37.5%) 2/7 (28.6%) Goal 5:病状認識(死が近いこと) 5/8 (62.5%) 2/7 (28.6%) Goal 6:家族への連絡,情報提供 3/8 (37.5%) 2/7 (28.6%) 家族のケア:家族関係の把握 3/8(37.5%) 1/7(14.3%) 5/8(62.5%) 2/7(28.6%) 家族の思いの表出 導入にあたっての注意点とコツ 一般病棟における緩和ケアの質の向上を目指して いく中で,よりよい看取りのケアの実践を目的として LCPを導入したプロセスを紹介した. ここでの経験をもとに,一般病棟でLCP日本語版を 用いる際の注意点やコツなどについて整理する. 1. 2. 3. 4. 開始時期について LCPを導入する前にしておくべきこと バリアンスへの対処方法-病状認識 円滑な導入のためのポイント 1. 開始時期について LCPによる評価の開始時期については,「パスの適応基準」を もとに,おおむね「最期の1週間」としたが・・・ 実際の評価期間は3~14日と幅があり,開始時期の判断を 正確に行うことが難しかった. LCP発祥国であるイギリスと比べて,わが国ではやや早い時期 に「寝たきり」や「内服が困難」になる患者の割合が高い. ⇒ パスの適用期間は長くなる可能性あり! その分だけ看取りのケアの準備に充てる時間的余裕がある! と,前向きに捉えることもできる!! ☆ このパスに習熟し,より適切な運用が可能となっていくことで, この問題は解消していくでしょう. 2. LCPを運用する前にしておくべきこと バリアンス分析の結果から明らかなように,看取りの時期 のケアの質は,そこに至るまでの経過の中で行われたケ アの内容の影響を受ける. 患者が現在抗がん治療中であり,今後徐々に緩和ケア のニードが高まってくることが予想される時期から,患者・ 家族との関わりの中で生じる様々な問題を,その都度適 切に解決しておくことが重要である. ここで注意してほしいこと・・・ 「STAS→LCPという流れでケアを行いましょう!」と いうことを勧めているわけではないのです。。。 当時われわれが働いていた一般病棟では,よりよい緩和ケア を提供したいが,何を拠りどころにすればいいのかが分からず に困っていた. その時,「STAS日本語版」に出会い,これが病棟全体に普及 していく過程で,予後「月単位」の時期からの緩和ケアの質が 充実していった. そうした状況において,「“残り1週間”以降の時期にLCPを用 いることで,看取りの時期のケアの質が向上した」という“1つ の取り組み”を紹介したのである. 3. バリアンスへの対処方法-病状認識 第1期においては,初期アセスメントの中でバリアンス発生率の 高い項目は,「病状認識(死が近いこと)」と「DNRの確認」 「病状認識(死が近いこと)」については,この時期に至ってから, そのズレを修正することは難しいし,これによって得られる効果 も不明瞭! より早い時期から修正しておくことが重要だが・・・, その一方で,この時期に至るまでに十分な病状理解が得られて いない場合は,患者・家族に病状認識の修正を促すのではなく, “患者・家族の認識にどの程度のズレがあるのかを,医療者側 が理解し,そしてそれをもとにケアに携わっていく”というスタンス を目指すのが良いであろう. 4. 円滑な導入のためのポイント ・上からの押しつけで始めない! ・・・ “評価自体が目的化”する危険あり! ・ 最初は小規模から~~ 関心を持った仲間を徐々に増やしていく . ・ 部署全体での運用開始後も,限られた業務量の中で,対象を 限定して行う. 導入当初,「アセスメント項目が多くて,仕事量が増えそう!」 という意見が 聞かれた. “丁寧なアセスメント”を心掛け,まずは1例1例を大切に! ・成功の秘訣・・・その「良さ」をスタッフが実感できるか否か! 困難な壁にぶち当たった時こそ,仲間との話し合いを大切に! LCPの運用に関わった病棟スタッフの声 ・ 「最期の1週間」すなわち「看取りの時期」に至っている ことを意識するきっかけになる. ・ 看取りの時期に必要なケアの見直しができる. ・ 看取りの時期に必要なケアが一目でわかり,見落とし が減る. ~「今,何をしなければならないのか」に気づくことが できる. ・ 必要なケアをもれることなく提供できる. まとめ 一般病院における終末期ケアの質を高めることを目的と して,LCPの運用を試みた. 緩和ケアの必要な,なるべく早い段階から,患者,家族と の関わりの中で生じるさまざまな問題を,その都度適切 に解決することを目指し,円滑なギアチェンジを行う. その延長線として“看取りの時期のケア”につなげていく. LCPは,「これを使えば“看取りのケア”の 質が向上する」 という“魔法のツール”ではありません! でも,うまく活用すれば,いくつもの“気づき”を与えてくれ るでしょう!
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