たつ りゅう 辰(竜)にまつわる民話 左甚五郎の竜(京都府) むかしむかし、宮津(みやず)地方では、田 植えが終ったにもかかわらず一滴の雨も降 らなかった事がありました。 困った村人たちは、 「せっかくの稲が、これでは台無しだ。雨が 降らないのは水の神さま、きっと竜神さまの たたりに違いない」 1 左甚五郎の竜(京都府) と、成相寺(なりあいじ)の和尚さんに、雨乞 いのお祈りを頼んだのです。 すると和尚さんは一晩中お経を唱えて、仏 さまからいただいたお告げを村人たちに教 えました。 「何でも、この天橋立に日本一の彫り物名人 が来ておるそうじゃ。生き物を彫れば、それ に魂が宿るといわれるほどの名人らしい。そ の名人に竜の彫り物を彫ってもらえば、それ に本物の竜の魂が宿り、きっと雨を呼ぶであ ろう」 左甚五郎の竜(京都府) 2 そこで村人たちが手分けをして探してみる と、和尚さんの言う通り、左甚五郎(ひだりじ んごろう)という彫り物名人が天橋立の宿に 泊まっていたのです。 村人たちの熱心な願いに、左甚五郎は深 くうなずきました。 「仏さまのお告げに、わたしの名前が出てく るとは光栄です。わかりました。未熟者です が、やってみましょう」 しかし引き受けたのは良いのですが、左甚 五郎には竜がどんな姿なのかわかり 3 左甚五郎の竜(京都府) ません。 他人が描いたり彫ったりした竜の絵や彫り 物は、今までに何度も見た事があるのです が、しかしそれはその人が考えた竜の姿で、 本物の竜ではありません。 「他人が作った物の真似事では、それに魂 が宿る事はない」 そこで甚五郎は成相寺の本堂にこもり、仏 さまに熱心にお祈りをしました。 「仏さまのお導きにより、竜の彫り物を彫る 事になりましたが、わたしは竜を見 4 左甚五郎の竜(京都府) た事がありません。名人と言われています が、いくらわたしでも見た事もない物を彫る 事は出来ません。お願いです。どうぞ、竜の 姿を拝ませて下さい」 そして数日後、甚五郎の夢枕に仏さまが 現われて、こう言ったのです。 「甚五郎よ。そなたの願いを叶えてやろう。こ の寺の北の方角に深い渕(ふち)がある。そ の渕で祈れば、きっと竜が現れるはずじゃ」 「はっ、ありがとうございました!」 左甚五郎の竜(京都府) 5 さっそく甚五郎は案内人の男と二人で、世 屋川(せやがわ)にそって北の方へ進んで行 きました。 しかし奥へ進むにつれて人の歩ける道は なくなり、とうとう案内人は怖がって帰ってし まい、甚五郎は一人ぼっちで奥へと進んだ のです。険しい道でしたが、竜を見たいとい う甚五郎の心には、恐さも疲れも感じません でした。そしてついに甚五郎は、竜が現れる という、大きな渕にたどり着く事が出来たの です。 左甚五郎の竜(京都府) 6 甚五郎は岩の上に正座をすると、そのまま 三日三晩、一心に祈り続けました。 (この渕に住む竜よ。一目でよい、一目でよ いから、その姿を見せてくれ) すると、どうでしょう。急にあたりが暗くなっ たかと思うと、大粒の雨がバラバラと降り始 め、渕の奥から大きな竜が姿を現わしたで はありませんか。 竜は口からまっ赤な火を吐きながら、今に も甚五郎に襲いかかろうとしました。 しかし、甚五郎は逃げません。その竜 7 左甚五郎の竜(京都府) の姿をまぶたに焼き付けようと、まばたきも せずにその竜を見つめました。 そして竜は真っ直ぐ甚五郎に向かって来て、 身動き一つしない甚五郎にぶつかる直前に、 すーっと消えました。その途端に、甚五郎の 全身にあふれんばかりの力がみなぎりまし た。 まるで竜の霊力が、甚五郎の体に宿った かのようです。 「おおっ!竜を見た!わたしは竜を見た ぞー!」 8 左甚五郎の竜(京都府) 甚五郎は雄叫びを上げると急いで成相寺 に戻り、それから何日も休む事なく、一心に 竜を彫り続けました。そしてやっと彫りあがっ た竜が成相寺にかかげられ、雨乞いの祈り が行われたのです。 すると不思議な事に、今まで晴れていた空 が急に曇ると、ザーザーと大雨が降り始め たのです。 「雨だ。雨が降ってきたぞー!」 「竜のおかげだ! 甚五郎さまのおかげ だー!」 9 左甚五郎の竜(京都府) 村人たちは大喜びです。 そして今にも枯れそうだった稲も、みるみる うちに元気になりました。 この事があってから、甚五郎が竜に出会っ た渕は『竜ヶ渕(りゅうがふち)』と呼ばれる様 になり、甚五郎が彫った竜は今も成相寺に 大切に残されているそうです。 福娘童話集許可転載<http://hukumusume.com/douwa/> おしまい 左甚五郎の竜(京都府) 10
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