特別講義信託法 2008年10月21日10時20分 22番教室 東京大学法学部信託法講義② 樋口 範雄 [email protected] 参照→http://ocw.u-tokyo.ac.jp/ 1 目次 1 信託と契約 2 英米における信託の発生 3 信託の効用 2 先回の復習 東山魁夷の道 どのようにして適切な運用を図るか 1つは委任(所有権の留保) 他の方法として信託(所有権も譲渡) いかなる違いがあるか どちらを選択すべきか 選択の feasibility 3 アメリカの契約・日本の契約 1995年のがん告知事件最高裁判決 胆嚢がんの疑いのある患者に、医師がそれを 告げなかった事件 債務不履行による訴え(説明義務は債務) 医師側の反論(説明義務は含まれない、 または本件の場合、裁量による) 以上の説明に疑問があるか? →ミシガン大学での授業での経験 4 医師患者関係の性格 準委任契約説が通説 医師の服する法は、 契約法・不法行為法・業法(医師法など) 索漠とした法の理解 →fiduciary law(信認法)の必要性 樋口範雄「医療と法を考える―救急車と正義」 (有斐閣・2007年) 5 弁護士・依頼者関係 伊藤眞その他編『法曹倫理』(有斐閣) ◆ハミルトンとマディソン法律事務所の関係 コカコーラ運搬トラックの交通事故、学バス に衝突し21人の児童死亡、運転手ハミル トンも病院へ。コカコーラから弁護士派遣。 ◆病床で聞いた事故の模様を検察に。業務 上過失致死で起訴。ハミルトンは弁護士 を訴える。 ◆抗弁としての契約関係不存在→信認関係 6 契約だけですべてをまかなう日本 信認関係・信認義務というもう1つの法的概念が 有用ではないか? →日本にはなじみのない新しい概念? →実は信託法には80年前から存在する 7 アメリカの信託・日本の信託 アメリカにおける信託法の重要性 日本において信託に脚光が・・・ 1 信託の授業 2 信託法改正・信託業法改正 3 信託の広がり 「受託者責任」への注目 8 契約関係と信認関係 1 2 3 4 5 契約 自己責任 義務は限定 救済=損害賠償 私的自治 財産は無色 信託 依存関係 義務は広範 利得吐き出しなど多様 公的介入ありうる 財産に色づけ 9 1 自己責任・依存関係 (アメリカでの)契約関係 (contractual relation) リスク配分の明確化=責任限定の手段 互いの自己利益の追求が合致 それぞれに自己責任 信認関係(fiduciary relation) 一方が他方に依存 権限・財産を相手方に 委ねられた者に信認義務=受託者責任 10 2 義務は限定・義務は広範 契約 義務を限定する仕組み 合意された義務のみ負う 信託 任意規定ではあるが一定のセットメニュー 注意義務 ★分別管理義務 ★忠実義務 ★情報関連義務(守秘義務・情報提供義務) 11 義務の違いの一例 例1:継続的な売買契約を結んでいた売主が、 満了後の新規契約のために別の業者Cと交 渉した。まだ契約関係にあるBとの関係でこ のことに問題があるか?Bからの新たな提示 額をCに伝えることはどうか? 例2:土地を受託したTが、売却権限を委ねられ、 委託者の希望額は1億円。しかし、売却先を 探す過程で土地は1億5000万円の価値が あることがわかった。1億円で売却してよい か、さらに自ら購入するのは? 12 3 救済 損害賠償・利得吐き出しなど多様 契約違反に対する救済 損害賠償が原則(金銭で損害を賠償) 信託違反に対する救済(アメリカ、日本は*) 損害賠償 * (但し基準時の相違あり) 利益(利得)吐き出し 第三者へも効果の及ぶ救済 * (さらに懲罰賠償もありうる) 13 4 私的自治・公的介入ありうる 契約=私的自治 自己責任原則で裁判所その他の公的介入も限 定的 信託=依存関係で、強者・弱者の関係 弱者保護のための公的介入がありうる 同じ私的関係でありながら、(裁判所の)後見的 役割が認められ、信託法が発展してきた 14 5 財産は無色・財産に色づけ 契約=債権関係 関連する財産も一般財産 他の債権者と競合 信託財産=受益者の財産として色づけ 委託者の財産からの隔離 受託者の財産からの隔離 受益者の財産からの隔離 Bankruptcy remote=Nobody's Property 15 契約と信託 英米ではまったく異なるもの 信託は契約より古い 日本 契約こそ中心、信託も契約の一部 日本では、信託の特殊性は信託財産に関する特 殊な取扱いが中心となる 16 参考文献 『フィデュシャリー[信認]の時代』 (有斐閣・1999) 『アメリカ信託法ノートⅠ・Ⅱ』 (弘文堂・2000,2003) 『入門 信託と信託法』(弘文堂・2007) 17 アメリカでの新しい受託者像(1) ①従来の受託者像 信託条項で定められた権限のみ 信認義務の違反をしないことを重視 →事情変更に弱い 無償が原則 厳しい忠実義務(自己利益は論外) 18 アメリカでの新しい受託者像(2) ②新たな受託者像 より積極的な権限行使 受託者の専門的裁量を重視 →ただし、信認義務がかかる 有償が原則 忠実義務も任意規定であることを確認 有限責任・過失免責も認める 19 アメリカでの新しい受託者像(3) ◆現在の趨勢 かつての牧歌的な受託者像に変化 専門家を使う場合には、それなりの期待はして よいものの、結果責任や過度の忠実性は要求 できない →一種の契約・取引としての信託 ★「箱・スキーム・アレンジメント」の意義と限界 20 それでも地球は動く それでも信託は契約と異なる アレンジメントとして信託を用いると 1)忠実義務 ― 全部解除はできない 2)救済における利益吐き出し ― これも解除できない 3)財産の色づけ 契約中心の発想の限界はいずれ明らかになる 21 人はなぜ信託するのか イギリスにおける信託発生の事情 1 中世封建制の特色2点 ①土地所有の安定 強行法規としての長男子相続制度 primogeniture at common law ②土地所有者からの上納・負担 feudal incidents(封建的付随負担) relief, wardship, marriage, escheat 22 信託と信託法の発生 S → T → B1、B2、B3 ①長男子以外にも土地からの受益権を ②封建的付随負担を逃れる方策 Sが土地をもっている限り2つの制約 →Sが土地を手放すことによって回避 Tには名義だけ完全に移転 問題はTの裏切り→コモン・ロー裁判所は× 大法官へ→エクイティ裁判所の成立 23 イギリス中世における信託の利用 封建制を背景として Sの自由な所有権(処分の自由)を拡大 Sの不当な負担を軽減・廃止 問題はTの背信 エクイティ裁判所によるBの保護 エクイティは対人的に働く コモン・ロー上の所有者はTだが・・・ Tには fiduciary duty あり(良心・倫理) ★効果は物権的に→そもそも物権的とは? 24 受託者責任・信託財産の性格 エクイティの判例法理の発展 1 受託者には重い責任 忠実義務・注意義務・分別管理など 2 信託財産 イ)受託者の個人債権者が差押え × ロ)受託者の死亡→相続財産 × ハ)受託者は対外的に無限責任 かつ一次的には固有財産で ◎ 25 日本の信託の起源 担保附社債信託法 株式会社に信用なし 担保を付ける→登録のコスト 担保の管理 一元的にするには→信託譲渡 受託者の下で そもそも信託とは???→1922年信託法、信託業法 日本の信託=商事的性格 便宜的性格 26 現代における信託の利用 人はなぜ信託するのか=存在意義 (中世の存在意義を超えて) S → T 財産を信託する WHY? Bへの受益(利益供与) なぜ直接あげないのか? 27 信託利用の理由 1 Bの財産管理能力なし・不足 →専門家の時代・社会的分業の手段 2 Bは未存在→財産処分能力の拡大 3 Bは複数で順序を付けたい →財産処分能力の拡大 4 Bは複数で利益の差別化 優先劣後 →受益権の複層化・条件付け 5 Bに与える利益を柔軟に (専門家の)裁量 28 信託が可能にするもの 1 専門家の利用→専門家の時代・分業の時代 2 1つの所有権を複数に →受託者の所有権・受益者の所有権 3 委託者の意思・支配権の拡大―時間・対象 4 受益権=自由自在な物権 →日本では債権説が通説 →物権法定主義 5 安全な信託財産 倒産隔離など 6 限られた限度での節税 29 なぜアメリカ型の民事信託が 行われなかったか 信託法では遺言信託など明らかに民事信託を想定した 規定が認められていたのに? 妨げる理由 1 民事法の不明確さ 例:遺言信託 受益者連続が許されるか 遺留分との関係・相続手続きとの関係 2 業法との関係→信託会社としての許可? 3 最大は税法 誰にどう税をかけるか 信託法改正でどのように変化したのか 30
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