“More is different”の話 東京工業大学 大学院総合理工学研究科 樺島祥介 2006/12/17 H18年度DEX-SMIチュートリアル @大手町サンケイプラザ 1/31 概要 • More is different というモノの見方 – P.W. Andersonの論文から • モノにおける More is different – 磁石のモデルを例として • コトにおける More is different – CDMAマルチユーザ復調問題を例として 2006/12/17 H18年度DEX-SMIチュートリアル @大手町サンケイプラザ 2/31 More is different というモノの見方 • More is different – P.W. AndersonのScience(1972)誌掲載の論文の題名 – 要素還元論一辺倒の当時の風潮への反論 – 複雑系科学の源流の一つ • 自然の階層性(絶対的な事実として存在している) – 素粒子⇒原子⇒分子⇒細胞⇒生物⇒社会⇒… – 下位階層を支配する法則を明らかにしたところで,かならずしも上位階 層にある集合体の振る舞いの理解にはつながらない • 構成要素が沢山集まると予想もつかないことが起こる • 予言力の高い法則は階層毎に異なり得る • 下位⇒上位を導く研究も重要な基礎研究(構成的接近法) モノの科学には,量が増えれば(階層が上がれば)質が変わる, という身体的な感覚がある 2006/12/17 H18年度DEX-SMIチュートリアル @大手町サンケイプラザ 3/31 例)アンモニアNH3 • 大学院時代のAnderson氏の混乱 – 化学:アンモニアはピラミッド型をした極性分子 – 物理:定常状態においてアンモニアには極性はない • 矛盾しないか? N H - 2006/12/17 H (a) + H + H H H H18年度DEX-SMIチュートリアル @大手町サンケイプラザ - N (b) 4/31 ダブルウエルポテンシャル • 2つの配置はH3の面に関する反転に関して エネルギーが不変(対称性) N H 2006/12/17 H - H + H + - N (b) (a) ¡ a H H H18年度DEX-SMIチュートリアル @大手町サンケイプラザ a 5/31 トンネル効果 • 古典系では障壁を越えることのできない低エネルギーでも量 子系では「トンネル効果」ですり抜けることが可能 – 反転運動 ¡ a a • アンモニアの場合 – 3×1010回/秒 – ものすごく頻繁 ⇒定常状態ではプラスとマイナスがキャンセル 2006/12/17 H18年度DEX-SMIチュートリアル @大手町サンケイプラザ 6/31 見たい現象と意味のある理論 • 化学の講義の目的 – 反応現象の解説 – 瞬間が大切 • 物理の講義の目的 – 簡単な系の解析で勘所をつかむ – 定常状態が大切 • 化学も物理も両方が正しい – 知りたいこと,やりたいことで実質的に意味のあ る理論,法則が変わる 2006/12/17 H18年度DEX-SMIチュートリアル @大手町サンケイプラザ 7/31 分子量を増やしてみる • PH3 – アンモニアの約2倍の質量.トンネル効果の頻度は約1/10 • PF3 – アンモニアの約5倍の質量.トンネル効果は実験的に観測 できない • 量子力学による「極性はない」という結論は徐々にと 意味がなくなる(対称性が実質的に破れる) →徐々に化学が基礎理論になってくる 2006/12/17 H18年度DEX-SMIチュートリアル @大手町サンケイプラザ 8/31 分子量をもっと増やしてみる • 量の増加に伴い現れる現象の理解には対称性へ の着眼が有用 –糖 • 約40個の原子.生物が作るのは右手系ばかり. – 超伝導 • N無限大の極限で対称性が破れる(相転移) – DNA,文章,映画 • ある種の規則性があるが,情報を表現する個別性がある – それ以上になると対称性の破れというより,複雑性の増 大と呼んだほうが良い. • 量の増加に伴い現れる対称性の破れに呼応して, 有用な基礎理論が移り変わっていく 2006/12/17 H18年度DEX-SMIチュートリアル @大手町サンケイプラザ 9/31 Anderson論文からの教訓 • すべてのスケールに対し単一の理論で立ち 向かうのは無理 – 心の問題を素粒子理論で解決するのは無理 • 見たいスケール,見たい現象に応じてコロア イの良い理論のあり方が定まる – 量が増えると難しくなる一方で,自然は(対称性 の破れの結果)新しい規則性を示す • このモノの見方は,様々なスケールで簡単な法則に従 う,という自然の客観的姿に寄り掛かっている 2006/12/17 H18年度DEX-SMIチュートリアル @大手町サンケイプラザ 10/31 コトの科学にも有用ではないか • 量が増えれば質が変わる – 量が増えれば難しくなる • 組み合わせ爆発で手に負えない – 量が増えれば易しくなる • 視点を適切に選ぶと単純な法則が見えてくる – 適切なモデル,接近法,理論の推移 • コトの科学にもAIC理論などはあるが,もっと踏み込めないか • 対象に対する楽観的な姿勢 – 証明されていなくても実在する – 実験(事実)を(「証明する」のではなく)理解する理論 2006/12/17 H18年度DEX-SMIチュートリアル @大手町サンケイプラザ 11/31 教材としてのモノの科学 • スローガンを理論の中に反映させるためには それなりの練習が必要 – 観念論には陥りたくない • モノの科学は優れた教材 – 自然という「正解つき」の問題集 – More is differentがモノの科学の実際においてど のように反映されているかもう少し詳しく見てみる 2006/12/17 H18年度DEX-SMIチュートリアル @大手町サンケイプラザ 12/31 磁石のモデル • 磁石は微小磁石(スピン)の集合体 – 実験事実として解っている • イジングスピンモデル – スピンを上向き,下向きで表現 – スピンどうしを相互作用させる • 伏見-テンパリーモデル J X H (S) = ¡ Si Sj N i> j 2006/12/17 Si = + 1 Si = ¡ 1 (J > 0) H18年度DEX-SMIチュートリアル @大手町サンケイプラザ 同じ向きになる方が得13/31 磁石の平衡統計力学 • ボルツマン分布 P(S) / exp [¡ ¯H (S)] • 磁化 N X N X X 1 1 m= Si P(S) = hSi i N i= 1 N i= 1 S ボルツマン分布での平均値 これが有限の値をとれば磁石 H18年度DEX-SMIチュートリアル 2006/12/17 @大手町サンケイプラザ 14/31 伏見-テンパリーモデルは磁石に なれない!? • 伏見-テンパリーモデルの磁化は必ずゼロ – 理由:対称性 J X J X H (S) = ¡ Si Sj = ¡ (¡ Si )(¡ Sj ) = H (¡ S) N i> j N i> j P(S) = P(¡ S) プラスとマイナスが打ち消しあう • 実際 N = 2では hS1 i / + 1e ¯J 2 (+ + ) 2006/12/17 ¡ + 1e ¯J 2 (+ ¡ ) ¡ ¡ 1e ¯J 2 + ¡ 1e (¡ + ) H18年度DEX-SMIチュートリアル @大手町サンケイプラザ ¯J 2 = 0 (¡ ¡ ) 15/31 それでも伏見-テンパリーモデル は磁石になる •N ! 1 となる確率 では 無限小の外場 T=2 ² = 0:1N ¡ 2006/12/17 T=0.8 1=2 ² = 0:1N ¡ H18年度DEX-SMIチュートリアル @大手町サンケイプラザ 1=2 16/31 磁 石 が 出 来 た ! 磁石モデルにおける“More is different” • 法則の実質的変化(cf. 大数の法則) – 少数自由度では:確率的(=ボルツマン分布) – 大自由度極限では:決定論的(=自由エネルギー) 少数のマクロ変数に関する自己無撞着方程式に帰着 される m = tanh (¯J m) • 対称性の破れ – 法則の実質的変化に伴い,下位階層の法則が有する 対称性が破れる 予期しない現象(不連続性)の創発 2006/12/17 H18年度DEX-SMIチュートリアル @大手町サンケイプラザ 17/31 情報学における“More is different” • こういう視点を情報学にも取り入れよう • 例)CDMAマルチユーザ復調問題 1 1 1 1 t t (-1)x Noise 1 2 1 (+1)x 0 1 2 1 1 同期した2値の信号をNビッ トのランダム系列で変調 2006/12/17 1 2 H18年度DEX-SMIチュートリアル 18 s = (s ; s ; : : : ; s ) @大手町サンケイプラザ 18/31 CDMAモデル • K ユーザモデル s s s 拡散系列 K bits b1 b2 1 2 K bK 復調問題: 2006/12/17 y から n 0 N received signals ノイズ を推定する H18年度DEX-SMIチュートリアル @大手町サンケイプラザ 19/31 復調問題に求められること • リアルタイム通信の制約 – すばやく出来ないとダメ – エラーが多いとダメ • は離散変数 ⇒これらを両立させるのは容易ではない 線形方程式: でも離散変数だと 解くのは大変 2006/12/17 H18年度DEX-SMIチュートリアル @大手町サンケイプラザ 20/31 便利な性質 • ランダム系列の性質 – ランダムな系列は統計的にほぼ直交している User k’s SS 2006/12/17 User j’s SS H18年度DEX-SMIチュートリアル @大手町サンケイプラザ 21/31 シングルユーザ復調 • 簡便な復調方式(実用化されている) – 受信信号 に拡散系列 Signal を作用させる Cross-talk noise Channel noise • 利点 – 計算コストが掛からない • 欠点 – ビット誤り率が大きい(#ユーザが増えると). 通信効率の向上のためもっと良い方法が求められる 22/31 H18年度DEX-SMIチュートリアル 2006/12/17 @大手町サンケイプラザ 最適な復調方式 • 曲がったコインの問題 表が確率 p で出ることが解っている曲がったコイ ンがある.トスをした際に出る目を予想する場合,ど のような予測法が最適か? Head: Tail: 2006/12/17 p 1¡ p Head or Tail? H18年度DEX-SMIチュートリアル @大手町サンケイプラザ 23/31 ベイズ決定理論 q • 混合戦略:確率 で表を予想 • 予想が的中する確率 R q | p p q (1 p) (1 q) (2 p 1)q 1 p 混合戦略 p R(qjp) 1 2 p 1 2 • 最適戦略 ½ p > 1=2 ! p < 1=2 ! q = 1 (表) q = 0 (裏) 0 1 q 2006/12/17 24/31 H18年度DEX-SMIチュートリアル 確率的要素があっても最適な戦略は決定論的 @大手町サンケイプラザ CDMAにおけるベイズ決定 • CDMAに対しても同様の議論を行う Prior Prob.: P (b) = 1 2K (uniform dist.) ¹ ¹ P (y jb; f s k = 1;2;:::;K g) Channel: " # K 1 1 1 X ¹ ¹ 2 p = p exp ¡ (y ¡ s b ) k (Gaussian) k 2¾2 N k= 1 2¾2 • y = f y¹ gを受信した後の事後確率 YN P (bjy ; f sk g) / P (b) ¹=1 " P (y¹ jb; f s¹k = 1;2;::::K N XK ¹ 1 X 1 g) / exp ¡ (y¹ ¡ p sk bk ) 2 2 2¾ ¹ = 1 N k= 1 #これがコイン問題の「表が出る真の確率」に対応 2006/12/17 H18年度DEX-SMIチュートリアル @大手町サンケイプラザ 25/31 # マルチユーザ復調 • 最適戦略は目的関数に依存する ^6 – MAP 復調:Minimizes Prob( b = b0 ) (block-wise) ^ = argmaxf P(bjy ; f sk g)g b b – MPM 復調:Minimizes Prob( b^k 6 = b0k ) (bit-wise) ^bk = argmaxf P (bk jy ; f sk g)g bk All users’ SSs X = argmaxf P (bjy ; f sk g)g bk bnbk – これらはマルチユーザ復調と呼ばれる 最適性が示されてもどのくらい良いかはわからない 2006/12/17 26/31 H18年度DEX-SMIチュートリアル @大手町サンケイプラザ マルチユーザ復調問題における “More is different” • 基礎法則(ベイズの公式:確率的) P(y jb; f sk g)P(b) P(bjy ; f sk g) = P b P(y jb; f sk g)P(b) 量が増えると 質が変わる! • 大自由度極限では(自己無撞着方程式:決定論的) Z m= Z q= ¡ z 2 =2 dze p 2¼ ¡ z 2 =2 dze p 2¼ tanh tanh2 ³p ³p ´ q^z + m ^ ´ q^z + m ^ m ^ = 1 ¾2 + ¯(1 ¡ q) ¯(1 ¡ 2m + q) + ¾02 q^ = [¾2 + ¯(1 ¡ q)]2 2006/12/17 27/31 H18年度DEX-SMIチュートリアル 大自由度極限で,どのくらい良いか,がわかる! @大手町サンケイプラザ 理論と実験の比較 • 理論は実験結果を舞いを精度良く予言する Comparison with MCMC experiments of K = 1000. 2 ¾ = 2 ¾0 = 1=20 +:SUD x:MPM Pb Waterfalling (不連続性) x:MAP Uda&Tanaka (2000) ® = ¯¡ 2006/12/17 1 = N=K H18年度DEX-SMIチュートリアル @大手町サンケイプラザ 28/31 復調アルゴリズムの開発 • 実際的な復調アルゴリズムの開発にもつながる : Proposed X : MSD + : TAP eq. Lines : Theory YK (2003) ‘Exact values’ predicted by the replica method. 2006/12/17 H18年度DEX-SMIチュートリアル @大手町サンケイプラザ 29/31 まとめ • More is different – 量が増えれば(法則,現象ともに)質が変わる – 「モノの科学」の特徴を際立たせる視点 • 情報学でも“More is different”! – 情報学の多体問題に対しても“More is different” は有用 – 理論研究にもっと Physical な感覚を! – コトの研究に新しい潮流を生み出せる可能性 2006/12/17 H18年度DEX-SMIチュートリアル @大手町サンケイプラザ 30/31 最後に (Anderson 論文の締めくくりから) In closing, I offer two examples from economics of what I hope to have said. Marx said that quantitative differences become qualitative ones, but a dialogue in Paris in the 1920’s sums it up even more clearly: FITZGERALD: The rich are different from us. HEMINGWAY: Yes, they have more money. 2006/12/17 H18年度DEX-SMIチュートリアル @大手町サンケイプラザ 31/31
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