[序] - Japan Times Book Club

 沖縄県・尖閣諸島の日本領海内で 9 月 7 日、
漁業中の中国のトロー
ル漁船に対し海上保安庁の巡視船が領海内からの即時退去を求め
たところ、漁船は巡視船の船尾に接触させながら逃走し、急に方
向転換して船首を別の巡視船の右舷に衝突させて、2 時間近くも
[序]
逃げ回るという事件が起きた。中国人船長は、公務執行妨害容疑
で日本側に逮捕、送検されたが、25 日に処分保留で釈放され、石
2010 年下半期の動き
垣空港から空路帰国した。
この間、尖閣諸島の領有権を主張する中国側は、
船長が日本の法律に基づいて処罰されると尖閣諸
島の領有権が日本にあることを間接的に認めることになるため、
司法手続きに強く反発。閣僚級以上の交流停止や上海万博訪問団
の受け入れ拒否に続き、ハイテク製品などの生産に不可欠な希少
資源であるレアアース(希土類)の対日輸出にブレーキをかけ、
軍事管理区域に許可なく侵入したとして日本人 4 人を拘束するな
ど、対抗処置を次々と打ち出してきた。
尖閣諸島をめぐり、中国や台湾は領有権を主張しているが、歴史
的に見れば日本領であることは明らかである。1895 年に沖縄県に
編入され、現在は無人だが、かつては住民が建設した船着き場や
かつお節工場などもあった。第二次世界大戦後は、米国の施政権
下に置かれ、1972 年に沖縄とともに日本に返還された経緯がある。
中国は、尖閣諸島周辺海域で石油などの埋蔵資源が確認される
以前は領有権をまったく主張せず、中国側の地図や政府声明でも
「琉球列島の一部」
としていた。中国が尖閣領有を求めるようになっ
たのは 1970 年代の初めごろからで、尖閣諸島は古代より一貫して
台湾領であり、第二次大戦終結後に台湾とともに中国側に返還す
べきだったと主張し始めたのである。1992 年には「釣魚島」の名
称で、尖閣諸島を中国領と明記した領海法を制定し、同諸島及び
周辺海域への侵犯には実力で対処する方針を示した。
中国は、この領海法で海洋における自国領の範囲を定め、離島
保護法を制定してその範囲内に点在する島々の保護管理を規定し
ている。勝手に決めたこの 2 つの国内法を根拠に、中国海軍の活
動範囲を南シナ海にまで広げて、南沙諸島や西沙諸島の領有権を
主張し、ベトナム、フィリピン、インドネシアなどを悩ませている。
最近、尖閣諸島の周辺に大量の漁船が入り込んできているのも、
iii
漁師たちにとってそうした中国政府のお墨付きがあるからだとい
2010年下半期の動き
わけである。
われている。
この日中関係が微妙な時期に、クリントン国務長官は尖閣諸島
こうした中国の拡張政策は、主に漁業のような海洋資源と石油
が米側の日本防衛義務を定めた日米安保条約の対象になると明言
のような海底資源を確保するためのものと思われてきた。しかし、
した。北京の指導部に対しては、この発言が強力なメッセージに
空母建造を含む最近の急速な海軍力増強からは、経済成長の成果
なったのではあるまいか。日本の将来の安全保障を確立するには、
をアジア近海の戦力強化に充てようという海洋戦略がありありとう
まず日米安保をさらに深化させ、堅固なものにすることである。
かがえる。このことに焦点を当てた上で考えると、今回の尖閣事
そのためには、日本が応分の役割を果たすにあたり、軍事力も含
件に対する中国の反応ぶりに見られた強引さがわかりやすくなる。
めて国力の増加を図らねばならないこともあるだろう。それとと
尖閣諸島は、魚釣島を起点として、沖縄本島とは約 424 キロメー
もに、平和志向の健全な民主主義国との関係を常日ごろから堅固
トル、中国とは約 389 キロメートル、台湾とは約 200 キロメートル、
にしておくことが、独裁色の濃い国が力を盾に横紙破りをしよう
石垣島とは約 157 キロメートルのところにある。仮に、尖閣諸島
とするのを封じ込めるために重要である。
の最大標高約 350 メートルの丘陵にレーダーを設置すれば、半径
600 キロメートルに及ぶ海空域を監視範囲にすることができると
[序]では毎回、主だった社説についての短いコメントを列記し
いう。ここにそうした施設を作られては、中国の海洋戦略要衝に
てきましたが、各社説の注釈の冒頭にもコメントが付いているこ
監視塔を建設されるにも等しいわけだ。
ともあり、今回は、これからたびたび問題になる可能性のある尖
中国の肩を持つために、こういったことを指摘しているのでは
閣諸島をめぐる領有権に解説の焦点を当てました。
ない。尖閣諸島問題とは、このような地理的条件を持つ小島群を
めぐる国家間の領有権争いなのである。目覚ましい経済発展を遂
2010 年 12 月 論説顧問 又江原
裕
げ、海軍力の増強を図る中国はこれまで以上に強硬に領有権を主
張するだろうから、今回のような衝突が再発する可能性が強い。
日本は、そうした事態を明確に認識しているのであろうか。
9 月に尖閣事件が発生した際、国民が何よりも不安に感じたの
は、即座に政治的解決の道を探るべき政府関係者が、国民に向かっ
て打開策について何も語らないまま、出先機関に終止符を打たせ
るかのような形で終らせてしまったことである。後に残ったのは、
政府の拙劣な外交に対する不安と、中国の圧力に屈したかに見え
る弱腰を非難する偏狭なナショナリズムだけだった。
しかし、落ち着いて考えると、これには歴史的背景があるよう
に思える。1972 年に沖縄返還問題が解決されて以来、歴代の自民
党政府は、ソ連(のちにはロシア)との北方領土問題を除いて日
本には領土問題は存在しない、という虚構を語ってきた。この点
に関しては、
現政権についても同様である。虚構の呪縛にかかって、
政府も国民も中国との間にホットな領有権問題があることを十分
認識していなかったといえる。それだけに、事件は衝撃的だった
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v
目次
The Japan Times 社説集 ● 2010年下半期
序■ 2010 年下半期の動き
第1章
❶The
iii
国際
U.N. pulls its punches
Tracks 2-6
2
国連は断固たる措置を ● 2010 年 7 月21日
❷Dealing
with disaster
of Operation Iraqi Freedom
Tracks 7-11
8
to rule North Korea
Tracks 12-16
14
track to succeed Mr. Hu Jintao
Tracks 49-54
78
❷Basel
tries to close the cracks
Tracks 55-59
86
❸Dilemma
for the G20
Tracks 60-65
94
Tracks 66-70
102
G20 のジレンマ ● 2010 年 11月14 日
Tracks 17-22
20
軍部支配の続く北朝鮮の新体制 ● 2010 年 10 月1日
❺On
at a double dip
欠陥の修復に努めるバーゼル ● 2010 年 9 月20 日
「イラクの自由作戦」の終結と現実 ● 2010 年 8 月22 日
❹Epaulets
❶Looking
二番底懸念に直面する米国経済 ● 2010 年 8 月26 日
災害に対処する ● 2010 年 8 月20 日
❸End
経済・財政
第3章
❹Key
trade deal concluded
米韓が自由貿易協定を締結 ● 2010 年 12 月 8 日
Tracks 23-27
26
Tracks 28-29
32
Tracks 30-34
36
108
第 3 章 訳
習近平副主席、胡錦涛氏の後継へ ● 2010 年 10 月21日
❻COP10
steps forward 一歩前進した COP10 ● 2010 年 11月2 日
❼Angry
wave breaks against House
第4章
社会・文化
❶Clarifying
the betrayal of trust
Tracks 71-76
118
Tracks 77-80
124
Tracks 81-84
128
Tracks 85-87
132
Tracks 88-93
136
信頼失墜の解明へ ● 2010 年 10 月5 日
議会に吹き荒れた怒りの逆風 ● 2010 年 11月5 日
42
第 1 章 訳
❷Chemical
researchers shine
輝く化学者たち ● 2010 年 10 月 9 日
第2章
❶A
❸Haneda
国内政治・外交
setback for Mr. Kan
Tracks 35-40
56
菅氏の失敗 ● 2010 年 7 月 3 日
❷Accelerate
nuclear disarmament
Medvedev on Kunashiri
❹Lay
judges opt for life
裁判員裁判初の死刑求刑、判決は無期懲役 ● 2010 年 11月 3 日
Tracks 41-45
62
核軍縮を加速せよ ● 2010 年 8 月 6 日
❸Mr.
airport goes international
羽田空港が国際化 ● 2010 年 10 月25 日
❺Looking
less like a secret
ますます機密情報には見えない ● 2010 年 11月18 日
Tracks 46-48
68
142
第 4 章 訳
メドベージェフ大統領の国後島訪問 ● 2010 年 11月 3 日
第 2 章 訳
72
エディター…………… 霜村 和久
編集協力……………… 堀内 友子
カバーデザイン……… 倉田 明典
本文デザイン………… 梅村 城次
写真提供……………… 共同通信社
ナレーター…………… クリス・コプロウスキー/ルース・アン・モリズミ
●CD録音時間………… 72分
vi
vii
上半期版の内容
第 1 章 国際
❶Pipeline
politics in Central Asia(中央アジアのパイプラインをめぐる駆け引き)
❷The will to succeed Kyoto(京都を継ぐ意志)
❸Tough first year for Mr. Obama(真価が問われる2年目のオバマ政権)
❹The reconstruction of Haiti(ハイチの再建)
❺China’s leaders walk a fine line(難しい舵取りを迫られる中国政府)
❻Boost for nonproliferation(核廃絶に向けたさらなる国際協調を)
❼An inconclusive vote in Britain(不透明な結果に終わった英国総選挙)
January 5
January 23
January 24
versus public prosecutors(民主党と検察の対決)
❷China-Japan frictions at sea(海上の日中摩擦)
❸A disappointing departure(期待を裏切った辞任)
battle to save the euro(ユーロを守る戦い)
❷Toyota promises reform(トヨタが改革を約束)
❸Budget passed, but battles ahead(予算成立後に待ち受ける難題)
❹Promising U.S. economic signs(米国経済の有望な兆し)
❺Deflation’s end on the horizon?(デフレ脱却の兆しは見えたか)
April 17
May 12
to Canada(カナダを祝して乾杯)
❷Spotlight on China’s censorship(注目を集める中国の検閲制度)
❸China’s summer showcase(中国の夏の見本市)
viii
● 翻訳・語注執筆者紹介(50 音順)
岩本 正恵 いわもと・まさえ
January 22
May 25
June 3
February 20
February 27
March 26
April 9
May 5
第 4 章 社会・文化
❶A toast
1935 年生まれ。早稲田大学政経学部卒業。
ジャパンタイムズ論説顧問。
同社編集局長、主幹、専務などを歴任後、現職。
March 27
第 3 章 経済・財政
❶The
又江原 裕 またえばら・ゆたか
January 28
第 2 章 国内政治・外交
❶DPJ
● 監修・執筆者紹介
March 3
April 10
1964 年生まれ。東京外国語大学英米語学科卒業。
翻訳家。訳書に『ノーホエア・マン』
『石の葬式』
『四月馬鹿』
『青い野を歩く』
(以上、白水社)
、
『シェル・コレクター』
『世界の果てのビートルズ』
『最終目的地』
(以上、新潮社)
、
『信頼』
(青土社)などがある。
桑田 健 くわた・たけし
1965 年生まれ。東京外国語大学英米語学科卒業。
翻訳および語学関係の辞書・書籍の編集に従事。
訳書に『We
Nomo! アメリカ現地紙はこう報じた』
(共訳、文藝春秋)
、
『痛いほどきみが好きなのに』
(ヴィレッジブックス)
、
『すべてはゲームの
ために――マイ・ストーリー』
(ソニー・マガジンズ)
、
『マギの聖骨』
『ナチの亡霊』
(以上、竹書房)
、
『オバマノミクス』
(サンガ)などがある。
小川 貴宏 こかわ・たかひろ
1962 年生まれ。東京外国語大学英米語学科卒業。
同大学修士課程(ゲルマン系言語専攻)修了。英国 Exeter University で
応用言語学修士号を取得。防衛大学校准教授を経て、現在、成蹊大学教授。
著書に『Sound Right! 14 のグループで覚える英語の発音』
、
翻訳・解説執筆に『英語で見る! 聴く! BBCドキュメンタリー&ドラマ
BOOK 1』
(いずれもジャパンタイムズ)がある。
May 1
ix
国際 —— 1
The U.N. pulls its punches
About
This
Editorial
国連は断固たる措置を
Wednesday, July 21, 2010
Tracks 2-6 / 訳 pp. 42-43
1
Track 2
It is hard to escape the conclusion that the U.N. Security Council
blinked—again. Offered the chance to make a forceful denunciation of the attack on the South Korean naval corvette Cheonan, the
council pulled its punches. Three months of intense negotiations
yielded a statement that looks good until it is parsed. Then it falls
apart as it offers a little something for everyone. Any condemnation of North Korean behavior that Pyongyang can openly label a
diplomatic “victory” is clearly not tough enough.
国連安保理の中で常任理事国として強い影響力を持つ中国。冷戦時代
から同じ共産主義国として強いつながりを持つ北朝鮮に対しては、しば
しば擁護する姿勢を見せてきた。だが真に地域の安定を願うならば、
国連が世界平和に強い力を発揮できるよう協力すべきである。
1
■[タイトル]pull one’s punches 拳を
引っ込める→弱腰の態度に転じる
■ escape 免れる
■ corvette コルベット艦→比較的小型
の軍艦の一種
■ Cheonan(
哨戒艇)
「天安」
号
■ conclusion 結論
■ intense 集中した
■ U.N. Security Council 国連安全保障
■ yield 生み出す
■ parse 詳細に解析する
理事会
(UNSC)
■ blink 見て見ぬふりをする
■ forceful 強硬な
■ denunciation 非難
■ fall apart 失敗に終わる
■ offer a little something for everyone 全方面に少しずついい顔をする
■ condemnation 非難
2
2
The South Korean Navy vessel Cheonan sank as a result of an
unexplained explosion March 26, resulting in the loss of 46 lives;
a diver died in the days after the sinking during the search and
rescue operations. The South Korean government stilled the urge
to immediately denounce North Korea and instead convened a
multinational investigation group—with members from South
Korea, Australia, Britain, the United States and Sweden—to examine
and explain what happened. The investigation concluded that the
ship sank as the result of a “strong underwater explosion generated
by the detonation of a homing torpedo.” The torpedo was made in
North Korea and “the evidence points overwhelmingly to the conclusion that the torpedo was fired by a North Korean submarine.
There is no other plausible explanation.”
■ vessel 艦艇
■ unexplained 原因不明の
■ multinational 多数の国が参加する
■ investigation 調査
■ explosion 爆発
■ result in ... …という結果になる
■ loss 死
■ generate 生み出す
■ detonation 爆発
■ homing 自動誘導式の
■ operation 任務
■ torpedo 魚雷
■ still 抑える
■ point to ... …を指摘する
■ overwhelmingly 断然
2
■ urge to do 一刻も早く~したい気持ち
■ denounce 非難する
■ instead そうはしないで
■ fire 発射する
■ plausible 妥当な、納得のいく
■ convene 集める、結成する
3