チアミンとプリオンタンパク質 Thiamin binds prion protein

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チアミンとプリオンタンパク質
Thiamin binds prion protein
チアミンは,ヒトや高等動物では体内で生合成され
抗体,PrP SC 変性などに着目した様々な研究が行われ
ない水溶性ビタミンであり,外界から摂取しなければ
ている.しかしながら,PrP C の生理機能ですら不明で
ならない必須の栄養素である.チアミンの最も重要な
あるため,確立された治療法,ワクチンなどは存在し
機能は補酵素としての作用である.補酵素の本体はチ
ないのが現状である.
アミンのリン酸誘導体であるチアミン二リン酸(TDP)
PrP と結合するリガンドについては,特に PrP と銅
であり,脱炭酸反応並びにケトール基転移反応に寄与
し,糖代謝において重要な役割を果たす 1)2).
イオンに関する報告が数多く存在し 5)6),その解離定
数 KD 値は数 fmol/L であることが知られている.結合
チアミンが様々な疾患に関与していることは周知の
部位の構造に関しても,N 末端のアミノ酸配列が P(Q/
事実である.栄養学的チアミン欠乏症では,多発性神
H)GGG(G/−)WGQ の 5 回繰り返し配列オクタリピー
経炎(乾性脚気),うっ血性心不全(湿性脚気)といっ
ト領域であることが明らかにされている 7).また,PrP
た末梢神経症状を呈する.アルコール誘発性チアミン
の外因性リガンドとして,テトラサイクリン 8),シン
欠乏症では,多くの場合で多発性神経炎も併発するが,
バスタチン 9)などが知られているが,生体内における
ウェルニッケ−コルサコフ症候群など主に中枢神経系
金属イオン以外の低分子リガンドに関する報告はほと
2)
に影響を与える .これらの神経症状発現にはチアミ
んど存在しない.近年,新たな知見として,PrP とチ
ンの補酵素以外の作用が関与すると考えられている
アミンの結合に関する報告がなされたので以下に紹介
が,詳細は明らかにされていない.
する.
プ リ オ ン(PrP:preteinaceoys infectious particle)は,
Rolando ら 10)は,一次元 NMR 並びに表面プラズモ
動物の膜タンパク質(GPI アンカー型タンパク質)の 1
ン共鳴(SPR)法を用いて,物質間相互作用を解析し,
つであり,脳,脊髄,心臓,腎臓,肺,白血球,リン
パ節など,広範に発現しており,とりわけ脊椎動物の
チアミンが PrP の特異的リガンドであることを明らか
にした.彼らは,PrP に対するチアミンの KD 値をシュ
神経細胞に多く存在する.正常プリオンタンパク質
テルンフォルマーの式で算出し,生物種(ヒト,マウ
C
(PrP :Cell prion protein)は,その生理機能に関しては,
スおよびハムスター),pH,銅などの影響はなく,い
銅の代謝制御や活性酸素消去などに関与するとの報告
もあるが,明確にされていない.一方,異常プリオン
ずれの条件においても約 60μmol/L であることを報告
した(表 1).銅イオンの KD 値は 8 ∼ 44 fmol/L6)であ
タンパク質(PrP SC:Scrapie prion protein)は,プリオン
るため,チアミンと PrP の結合は銅イオンと比較して
病の原因タンパク質として知られている.プリオン病
かなり弱いが,チアミンは銅イオンと異なる部位に結
は伝達性海綿状脳症(TSE)ともいわれ,中枢神経系に
合することが判明した.銅などの金属は N 末端のオク
おいて神経細胞変性をおこす致死性の疾患であり,ク
タ リ ピ ー ト 領 域 の 29 と 98 残 基 の 間 に 位 置 す る が,
ロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)や家族性致死性不眠
症(FFI)ウシ海綿状脳症,ヒツジやヤギのスクレイピー
Rolando らは 1H-15N NMR 法とコンピュータシミュレー
ションによる in silico ドッキングスタディにより,PrP
などがある.
に対するチアミンの結合部位を推定し,シリアンハム
C
プリオン病の発症メカニズムは,PrP が β-sheet 構
スター(Syrian hamster)PrP(90-232)ではアミノ酸残基
造を豊富に含むプロテアーゼ難分解性の変性タンパク
の Trp145,Tyr149 および Tyr150 が作用することを示
質 PrP SC に変化し,脳内に蓄積することによると考え
した(図 1).また,チアミンリン酸エステルであるチ
られている 3)4).PrP C の減少により細胞機能が障害さ
アミン一リン酸(TMP)や TDP も,PrP と結合するこ
SC
が細胞毒性をもた
とを明らかにした(表 1).チアミンや TMP 及び TDP
らしているのか定かではないが,これらの仮説に基づ
が PrP と結合することによりもたらされる生理機能に
れるのか,細胞内に蓄積した PrP
C
き,治療薬開発を目的として PrP 分解酵素や抗 PrP
ついては明らかにされていないが,Rolando らは PrP
12 号(12 月)2014〕
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4000 コピー,中枢において 50,000 コピー発現すると
されており 11),糖代謝が盛んな組織に分布している.
TDP は糖代謝に必須の補酵素であるため,これらの組
織に高い濃度で存在する.すなわち,糖代謝が活発な
組織における PrP 発現量とチアミン濃度は相関関係に
あると推察される 12).このことからも,PrP がチアミ
ンの濃度調節に関与している可能性は高いと考えられ
る.
Roland ら 10)は,PrP に対してチアミンおよびチアミ
ンリン酸エステルが同程度の結合活性を有することを
報告したが,その理由は明らかにしていない.これに
関して Pagadala ら 13)は,PrP とチアミンおよびチアミ
ンリン酸エステルの結合に関与する水分子の相互作用
図 1 チアミンと Syrian hamster PrP(90-232)の結合
図は,Research Collaboratory For Structural Bioinformatics Protein Data Bank(RCSB PDB)より PDB:2LH8 のデータを引
用し,PyMOL(www.pymol.org)を用いて作成した.
について詳細に検討した.NMR は分子間相互作用の
解析に有効な手段であるが,PrP とチアミンの結合に
対する水分子の分子間相互作用に関しては,NMR を
用いて解析できなかった.また,他のチアミン結合タ
ンパク質(ピロホスホキナーゼ,ピルビン酸デヒドロ
とチアミンの結合が生体内でのチアミン濃度調節に重
ゲナーゼ複合体,ヒトトランスケトラーゼなど)では,
要な役割を果たす可能性を論じている.KD 値が約 60
水分子の相互作用については X 線結晶構造解析が用い
μmol/L であることについて,PrP が組織でのチアミン
られていたが,天然の PrP はアイソフォームが存在す
濃度を調節する役割を担うとすれば,ある程度弱い結
合であるほうがチアミンは細胞内へ吸収されて,利用
るため高分解能の X 線回折を生じる結晶を得ることが
困難であった.そこで,Pagadala ら 13)は,in silico ドッ
されやすいと述べている.一方で,実験で用いた PrP
キングスタディによって水分子の影響を検討した.そ
は精製された膜タンパクであり生体内の環境(脂質二
の結果,チアミンは他のチアミン結合タンパク質結合
重層やタンパク質間相互作用)を考慮すると,得られ
時と同様のドッキング構造を示し,チアミンのリン酸
た結果よりも生体内では強く結合する可能性があると
基部位と Asp147,Arg151 などの荷電性アミノ酸側鎖
も考察している.いずれにせよ,チアミンと PrP が結
間での水素結合に水分子が関与することが明らかと
合することは間違いない.
なった.さらに,チアミンのピリミジン環と Tyr150 と
PrP は,末梢組織や臓器において細胞あたり 2000 ∼
のπ-πスタッキング相互作用が結合に関与すること
表 1 チアミンと PrP の親和性(Roland ら 10)の表 1 を改変)
PrP construct
KD(mol/L)
Thiamin
huPrP
(23-230)
62.11×10−6
Thiamin
moPrP
(90-231)
58.82×10−6
Thiamin
shPrP
(90-232)
65.36×10−6
Thiamin
shPrP
(29-232)
66.66×10−6
Thiamin monophosphate
shPrP
(29-232)
72.72×10−6
Thiamin +CuCl2
moPrP
(90-232)
56.82×10−6
Thiamin monophosphate +CuCl2
moPrP
(90-232)
65.79×10−6
Thiamin diphosphate +CuCl2
moPrP
(90-232)
59.88×10−6
Thiamin(pH 6.0)
shPrP(90-232)
67.71×10−6
Thiamin(pH 8.0)
shPrP(90-232)
68.90×10−6
Ligand and Experiment condition
hu:human, mo:mouse, sh:syrian hamster
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が示唆された.これらの結果から,PrP とチアミンリ
文 献
ン酸エステルの結合の安定化に,水分子やπ - πスタッ
キング相互作用が寄与することが明らかになった.し
1)山田和子,田鶴谷惠子,野坂和人,渭原博,橋詰直孝,栗
かし,水分子の相互作用は結合に影響を与えるほど大
山勝,竹内亨(2010)ビタミン B1.ビタミン総合辞典.pp.
きくないため,リン酸基の有無に関わらず同程度の解
離定数を示すという Roland ら 10)の報告と一致する.
チアミンと PrP が結合することで如何なる生理作用
をもたらすかについては不明である.しかし,Roland
ら 10),Pagadala ら 13)の報告により,チアミンは PrP と
結合すること,生体内で PrP はチアミンと緩やかに結
合し,チアミン濃度調節に関与する可能性が示された.
生体内におけるチアミン濃度については,微生物や植
物において,リボスイッチにより厳密に調節されてい
るが,ヒトではどのように制御されているのか明確に
されておらず,PrP の関与があるのか否かについては
興味深い.また,チアミンあるいはそのリン酸エステ
ルが PrPC の安定化に寄与し,PrPSC への構造変化を抑
152-182,朝倉書店,東京
2)田鶴谷(村山)惠子,廣村信,山元誉子(2014)チアミン.最
新栄養学 第 10 版(木村 修一,古野 純典翻訳監修).
pp. 232-243,建帛社,東京
3)Prusiner SB (1982) Novel proteinaceous infectious particles cause
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sites on the human prion protein. Proc Natl Acad Sci U S A 98,
8531-8535
7)Brown DR, Qin K, Herms JW, Madlung A, Manson J, Strome R,
制する機能を有するならば,プリオン病の治療薬にな
Fraser PE, Kruck T, von Bohlen A, Schulz-Schaeffer W, Giese A,
り得る可能性も考えられる.さらに,ヒト病態時の
Westaway D, Kretzschmar H (1997) The cellular prion protein
PrP とチアミンの挙動が明らかになれば大変興味深い.
PrP に関する研究は進捗しており,チアミンと PrP に
関する新たな知見が報告されることを期待する.
binds copper in vivo. Nature 390, 684-687
8)Tagliavini F, Forloni G, Colombo L, Rossi G, Girola L, Canciani B,
Angeretti N, Giampaolo L, Peressini E, Awan T, De Gioia L, Ragg
E, Bugiani O, Salmona M (2000) Tetracycline affects abnormal
properties of synthetic PrP peptides and PrP(Sc) in vitro. J Mol
Key Words:thiamin, thiamin derivative, prion protein,
structural analysis, in silico
Biol 300, 1309-1322
9)Mok SW, Thelen KM, Riemer C, Bamme T, Gültner S, Lütjohann
D, Baier M (2006) Simvastatin prolongs survival times in prion
Daiichi College of Pharmacy,
Yasuko Yamamoto, Makoto Hiromura,
Keiko Tazuya-Murayama
第一薬科大学
山元 誉子,廣村 信,田鶴谷(村山)恵子
infections of the central nervous system. Biochem Biophys Res
Commun 348, 697-702
10)Perez-Pineiro R, Bjorndahl TC, Berjanskii MV, Hau D, Li L,
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