NO.13 2011.2.15 ILE 通信 Institute for Language Education Research and Development 【巻頭挨拶】 2011 年度に向けて 研究所長 佐々木 倫子(大学院言語教育研究科) 桜美林大学言語教育研究所の「ILE 通信」 も『言語教育論叢』も号を重ね、 「ILE 通信」 は 13 号、 『言語教育論叢』は7号となりま した。 唐突な質問ですが、 読者の中のどれぐらい の方が童謡「すずめの学校」と「めだかの学 校」をご存知でしょうか。先日、南米で日本 語を教えている一世と二世の先生方への教 師研修の機会をもち、 その先生方に聞いたと たん、皆さん声をそろえて歌われました。中 年以上の方には親しみのある童謡だと実感 しました。 歌詞に描かれた学校の風景を比べてみる と、 「すずめの学校」では、先生は「ムチを 振り振りちいぱっぱ」と教え、生徒のすずめ は 「輪になって、 お口をそろえてちいぱっぱ」 と教えられ、 「まだまだいけない、ちいぱっ ぱ、 もいちど一緒にちいぱっぱ」 とくり返し、 それが「ちいちいぱっぱ、ちいぱっぱ・・・」 と続きます。一方、「めだかの学校」では、 そっとのぞいて見てみると、 「みんなでおゆ うぎしている」情景が見えます。特に、めだ かの学校のめだかたちは、 「だれが生徒か先 生か、だれが生徒か先生か」という状態で、 「みんなで元気に遊んでる・・・」 と続きます。 つまり、この教室を言語教育の場で考えると、 すずめの学校は教師主導型、 訓練型の教室風 景であるのに対して、めだかの学校は、生徒 が主体となって協働学習が進行し、 教師はサ ポート役に徹している教室のように見えま ILE 通信 (1) す。 2010年8月に「日系定住外国人施策に関す る基本指針」がまとめられ、そこには「定住 を認める以上、日本社会の一員として受け入 れ、社会から排除されないようにするための 施策を国の責任として講じていくことが必 要」だと述べられています。ひとつの具体例 が、2009年ごろから日本全国でかなりの規 模で様々な形態で展開されている定住外国 人のための日本語教室です。 先日もそういう生活者のための日本語教 室を見学したのですが、先生が「さー、みな さん、ご一緒に」と何度も初級教科書の繰返 し練習をしていました。すずめの学校です。 これが日本滞在歴4年から20年までまちま ちで、年齢も日本語能力もばらばらで、学習 目的もそれぞれ異なる15人の立派な社会人 に対する教え方として適切でしょうか。15 人の学習者に必要なのは、自立した地域住民 となるための日本語コミュニケーション能 力です。そして、現在の日本語能力を出発点 に、今後の日本語学習や、生活設計、仕事な どを進めていく力です。めだかの学校でこそ 育まれる力でしょう。ところが、そのような 自律学習や協働学習の力の育成を視野に入 れた日本語授業にはなかなかめぐり合いま せん。日本語教員の養成にあたっている身と して、日本語学習者の多様性、個別性を出発 点に、学習者の能力を引き出し、自立に向け て背中を押すような教員を養成しなければ と痛感しているこの頃です。 さて、本年度も残すところひと月半となり ました。本ニューズレターでは、例年になら い、 本年度の言語教育研究所のプロジェクト 研究の経過をご報告します。2010 年度の運 営助成に選ばれた 8 件の研究プロジェクト、 2 件の関連研究については、それぞれ報告が 来ています。以下に、各プロジェクトの研究 成果の要旨を掲載致します。2 月 18 日の、 研究成果の公開研究会(桜美林大学四谷キャ ンパス地下ホールにて開催) に多くの方がご 参加くださり、 言語教育について共に考える 機会が持てることを願っています。 なお、7 ページに、2011 年度の研究プロ ジェクト運営助成の募集要項が掲載されて いますのでどうぞご覧ください。多くの言語 教育研究に関するプロジェクトの応募があ ることを期待しております。 また、3 月末には『桜美林言語教育論叢』 第7号を刊行いたします。現在応募された論 文 14 本を鋭意査読中ですのでどうぞご期待 ください。過去の論文については、CiNii で 「桜美林言語教育論叢」 を検索していただく と出てまいります。来年度の論文公募の締め 切りも本年同様、2012 年 1 月 15 日を予定 しています。どうぞふるってご応募ください。 以下、本年の事業全体について、報告をさ せていただきます。 桜美林大学言語教育研究所 2010 年度の活動報告 1.2010 年度事業方針について 2010 年度は基本的に 2009 年度の事業計 画を踏襲しました。運営委員は半数留任、半 数交代の形をとり、事業は 2010 年 4 月早々 から順調に滑り出しました。 2.2010 年度研究プロジェクトについて 本年度採択された全8プロジェクトは、 運 営委員会決定による助成金通りの予算にそ った研究計画が再提出され、 研究運営が進め られました。 3. 『ILE 通信』について 『ILE 通信』No.12 を 2010 年 9 月 27 日に、 『ILE 通信』No.13 を 2010 年 2 月 15 日に発 行いたしました。両号とも、運営委員会、お よび、メール討議を経て企画され、堀委員に よる編集が行われました。 4. 『言語教育論叢』第7号について 2010 年度も論叢を刊行いたします。論叢 ILE 通信 (2) 掲載論文については適切な研究分野の複数 の査読者が丁寧な査読をおこない、査読報告 書様式にのっとって結果を提出、2 月中旪の 編集会議において採否を決定します。査読委 員兼編集委員の依頼を 2011 年 1 月中旪に行 い、現在、査読結果をまとめつつあります。 論叢の刊行は 3 月 31 日を予定しています。 5.他組織との共催・後援について 中島和子客員研究員を研究代表者、佐々木 倫子研究所長を分担者とする、 科学研究費補 助金基盤研究(B)「継承日本語教育に関する 文献のデータベース化と専門家養成」を 2010 年度も継続致しました。事務局も言語 教育研究所に継続して置いています。2010 年 8 月に、母語・継承語・バイリンガル教育 【MHB】研究会の 2010 年度研究大会の共催、 および、第4回継承語教師養成ワークショッ プ「週末学校(補習校・継承語学校)で母語・ 継承語教師にできること」の後援を行いまし た。 また、酒井邦嘉東京大学大学院准教授を研 究代表者、 佐々木倫子研究所長と古石篤子慶 応義塾大学教授を分担者とする、基盤研究 (S)「言語の脳機能に基づく手話の獲得メカ ニズムの解明」も中間年度を迎え、一定の成 果を出し、研究会、論文などで報告をいたし ました。 6.2011 年度の運営体制について 2011 年度は、所長、全運営委員とも、2 年の任期の 2 年目にあたります。 <所長> 佐々木 倫子 (大学院言語教育研究科) <運営委員> 掛川 真市(BM 学群) 齋藤 伸子(基盤教育院) 新屋 映子(LA 学群日本語教育) 川畑 愛 (桜美林高等学校) 中村 雅子(LA 学群) 山岡 洋 (大学院英語教育) 堀 潔 (LA 学群) 堀口 純子(大学院日本語教育) 山川明子 (桜美林中学校) 以上、2010 年度の活動の概況をご報告 しました。 桜美林大学言語教育研究所 2010 年度プロジェクト研究成果報告 【研究プロジェクト①】 読みへの橋渡しを目指した日本語支援の 提案-ダブル・リライト教材使用の試み- 平田 昌子 JSL の子どもたちが、学習言語としての 読む力を獲得しようとする際、 認知的にも精 神的にも大きな負担となる。そのため、日本 語で書かれた読み物を前にすると、 固まって しまったり、 拒絶したりするなど読みへのア レルギーを抱えている子どもたちは尐なく ないのではないだろうか。そこで、彼らの負 担を軽減し、 スムーズに読みの活動に移行で きるよう何らかの支援が必要となる。 本研究では、 「母語リライト」と「易しい 日本語リライト」の 2 種類を用いた二言語 併用リライト教材(国語科編)を使用し、子 どもたちとのやり取りから読みの姿勢の変 化を観察するとともに、 「予測」 「再生(要 約) 」 「内容理解度」の観点から「読む力」に ILE 通信 (3) ついて調査・分析を行った。また、ダブル・ ダブルリライト教材(算数編)を用い、子ど もたちの得意科目に読みの活動を取り入れ た実践を行い、学習言語としての読みへの橋 渡しとなるような支援を提案する。 【研究プロジェクト②】 自律的な学習を支援する大学教師の悩み -新任者と経験者に対する調査から- 藤田 裕子 本研究では、 大学において「自律的な学習」 という新しい教育理念で行われる授業を担 当する新任者と経験者の悩みを分析し、 支援 のあり方を探った。両者の「自律的な学習を 取り入れた授業における悩み」 に対するイメ ージを PAC(Personal Attitude Construct: 個人別態度構造)分析によって分析した結果、 新任者の場合は同僚の重要性が示唆された が、 経験者の場合は同僚が悩みとなっている ことが判明した。 新任者で教師の生涯発達に おいて「前期」にある者に対しては、教師個 人の能力や努力に頼るだけでなく、 熟達化へ の動機付けが高まるような条件を整え、 教師 の生涯発達の次の段階へ進めるよう手助け をすることが必要であると言える。一方、経 験者で教師の生涯発達において「後期」にあ る者に対しては、 管理職からの情緒面でのサ ポートが効果的であると考えられる。 【研究プロジェクト③】 自律学習を目指した日本語授業 「チュートリアル」における教師の役割 三宅 若菜 自律的な学習は、学習支援者の重要性、学 習プロセスへの注目が特徴とされている。 本 研究は、自律的な学習を目指した日本語授業 「チュートリアル」 における学習支援者とし ての教師の認識及び認識が生成されるプロ セスを明らかにし、チュートリアルの意義と 支援する上での課題を示すことを目的とす る。調査及び分析は、修正版グラウンデッ ト ・ セ オ リ ー ・ ア プ ロ ー チ ( Modified Grounded Theory Approach 以 下、M - GTA)を用いた。その結果、教師は教師主 導型による一斉授業とは異なる認識を持つ こと、 学習管理の主体が教師から学習者へと 移行した状態に不安を感じており、 この不安 が起因となり自律的な学習に関する定義を 探究していくプロセスを生成していること が示された。また、一斉授業との差異を認識 することが、 ニーズへの注目や学習観の変化 を生み出していることが明らかになった。 以 上の分析結果を踏まえ、 チュートリアルの意 義と支援上の課題を考察した。 ILE 通信 (4) 【研究プロジェクト④】 e ラーニングを利用した 高校における学習支援の試み 家田 章子・福島 智子 高校における外国につながる生徒たちの 学習支援は、小中学校に比べても十分な対策 がされているとは言いがたい。 このような状 況を改善するため、桜美林大学と高大連携を している相模原青陵高校では、 学習支援の一 つとして e ラーニングの積極的な活用を試 みた。具体的なコンテンツは Moodle の小テ ストの機能を使ったもので、日本語支援とし てこれまで行ってきた漢字に加え、自動詞・ 他動詞を、教科支援として現代史の用語を扱 った。これらは、自学自習型の教材ではなく、 一度授業等で学んだものを練習を通して確 認するという位置づけで、対面授業を補う教 材として導入したものである。 事前に e ラー ニングのレディネス調査、学習の効果を確認 するための調査として自他動詞の理解度と 現代史の用語知識の確認を行い、教材を試用 した。授業時間外での学習機会の提供や各自 のレベルにあった学習が可能になるなど、e ラーニングによる支援の可能性を実感でき た一方で、コンテンツの充実、高校教員との 連携など多くの課題も見つかった。 【研究プロジェクト⑤】 日本語学習者のメディア使用の実態 -6カ国における質問紙調査から- 三國 喜保子・谷口 美穂・岩下 智彦・ 川崎 タルつぶら・張 世襲・岩 尚希 本稿は,日本語学習/教育における有効 なメディア活用の可能性を探ることを目 的に,学習者の教室外における日本語によ るメディア使用の実態を分析,考察したも のである。日本,中国,タイ,ニュージー ランド,ドイツ,トリニダード・トバゴの 6カ国における学習者 533 名を対象とした アンケート調査を行い,得られたデータの クロス集計を行った。その結果,インター ネット,ビデオ,DVD,音楽メディアを介 した日本語使用については,学習環境に関 わらず使用頻度が高いことが明らかにな った。その中でも,インターネットで映画 を見たり音楽を聞いたりするという項目 については,どの地域でも比較的高く,オ ンライン辞書の使用については海外にお いて高い数値を示した。学習者属性との関 わりでは,日本語学習歴が長くなるに従い, インターネットの使用目的が学習から趣 味や情報収集,コミュニケーションなど, 探究的,双方向的な使用に変化することが 示唆された。 【研究プロジェクト⑥】 English Language Anxiety In Learners During Study Abroad - Language Use In Homestay Context – 田島 千裕・サイモン クックソン 留学環境では、 言語を使用する機会に恵ま れるために、 より自然に言語習得が起こると 思われがちである。一方で、留学中には、外 国語を使用して人間関係を築かなければな らないために、 外国語不安と呼ばれる情意要 因が、 言語使用を妨げる要因としてより強く 作用する可能性をはらんでいる。本稿では、 日本人大学生 26 名の、15 週間に渡るカナダ での留学経験において、 留学前と留学中の外 国語不安度を比べ、 外国語不安が留学中にど のように変化したかを調べた。さらに、外国 語不安の高かった学習者の留学中のインタ ビューを検証し、 どのような経験が外国語不 安と関わりがあるかを探った。 結果は以下で ある。まず、留学経験は、外国語不安を下げ る傾向があった。しかし、これに当たらない 例として、 内気であると自己判断した学習者 の外国語不安が高くあり続けたこと、 そして、 ILE 通信 (5) 英語能力の低く不安が高かった学習者の外 国語不安が高くあり続けたことも確認した。 【研究プロジェクト⑦】 学習者の体験に基づいた作文の教室活動 ―Language Experience Approach(LEA) を用いて― 小島 裕子 筆者は学習者が効果的にリテラシースキ ル を 身 に つ け ら れ る よ う Language Experience Approach(以下 LEA)を用いた 作文の活動を行ってきた。構成主義的教育観 に基づき,新しい言語知識を与えるのではな く,学習者自身の中にある言語知識と経験を 利用することを原則としている LEA は,学 習者の目の前で話し言葉を書き言葉に展開 し,作文を書く最初のプロセスを共有できる。 本論文では中級日本語学習者を対象とした 二つの授業分析を行い,LEA を用いた作文 の教室活動は文法,内容,文のスタイルなど 多岐に渡る内容を議論することができるこ と,文法外のルールは学習者間で発見されに くいことがわかった。また,教師は協働推敲 を行う上で,誤用訂正ができなくとも気づき があれば,発言するよう促したり,グループ ワークによって学習者の参加度を上げたり, 話し合われた内容の明確化や可視化をした りするなどの介助が必要であることがわか った。 【研究プロジェクト⑧】 移動動詞の意味的特徴を基盤とした 英語語彙指導の提案 松久保 暁子 近年、語彙習得に関する研究が盛んに行な われているが、4 技能を育成するための学習 法や指導法と比べると、語彙学習は最も体系 化されておらず、そして学習者に十分に提供 されていないと指摘されている。 また現在使 用されている中学校検定教科書の配列順序 は文法中心になっており、 扱われる文法や内 容によって語が選定されている。 しかしなが ら語彙学習は外国語を学習する上で重要な 要素である。 本論では単なる指導法ではなく、 語の意味的特徴を基盤とした語の提示方法 と配列順序を提案するために、 起点指向動詞 leave と着点指向動詞 come といった多義的 な語を考察対象とし、 これらの語の意味的特 徴を分析した。 さらにこれらの教育の現場に おいてこれらの研究結果が反映できるよう にするために、 現在使用されている中学校英 語検定教科書と、昭和 47 年度に出版された 教科書とを比較考察し、 これらの語がどのよ うな環境で提示されているのかを考察し、語 の意味の本質を理解することを目的とした、 より実現可能な提示方法や配列順序を提示 した。 力に関する文献を増やすこと、(3)上記の 作業を通して継承語教育専門家と質の高い 継承語教師の育成に寄与する、ことである。 現在世界6地域(アジア,中南米、オースト ラリア、カナダ、米国、EU)24か国、11言 語で、延べ約 87名の調査協力者が文献収 集・各種の調査に従事、継承語1000点以上 の文献収集を終えたところである。100年以 上の歴史を持つ継承日本語教育は、専門家不 在の零細な教育的営みであったため文献や 情報が入手しにくくまた未整理のままであ る。この領域の知見をまとめて、現代日本が 抱えるマイノリティー児童生徒の言語・文化 教育に資することを究極の課題とする。 【関連研究②】 ろう児のための日本語ゲーム ―開発と試行― 佐々木 倫子 【関連研究①】 継承日本語教育に関する文献の データベース化と専門家養成 -マイノリティー児童生徒の言語・ 文化教育に関する総合的研究- 中島 和子 マルチリンガル環境で育つ子どもが親と のコミュニケーションの絆である親の母語 (=子どもにとっての継承語) を失うことは、 健全なアイデンティティーの確立、 年齢相応 の学力を獲得する上で大きなマイナスであ る。 このため現地語教育と並んで継承語教育 は、 国を越えて移動する子どもたちにとって 必要不可欠なものである。本研究は、(1) 継承語教育一般また継承日本語教育に関す る文献を収集、整理、統括してデータベース 化し、 現場教師や研究者にホームページ上で 公開すること、 (2)言語能力調査・アンケ ート調査を実施して継承語学習者の言語能 ILE 通信 (6) 本研究は、聴覚に障害をもつ子どもたちの 言語能力の育成と評価を採りあげるもので ある。はじめに、ろう児の第一言語である日 本手話と、第二言語である書記日本語の位置 づけをおこなう。聾学校によって、ろう児の 保護者によって、ろう者自身によって2言語 はどう位置づけられてきたか。 日本の聾学校 はろう児に対して基本的には音声言語であ る日本語を重視する教育をおこなってきた が、2008 年にスタートした私立学校の明晴 学園は、日本手話を基盤とするバイリンガル 教育をおこなう。本研究では、明晴学園の独 自の教材開発と試行結果を採りあげる。 2007 年の教科書、2008 年の教師用指導書の 開発の経緯と試行結果を簡単に述べた後、 2009 年に開発した日本語ゲームを紹介する。 そして、その試行結果のうちから、全体の回 答傾向にしぼって分析をおこない、今後への 示唆をまとめた。 桜美林大学言語教育研究所 2011 年度研究助成金募集要項 桜美林大学言語教育研究所では、2010 年度に引き続き、2011 年度も言語研究・言語教育 に関係する研究の運営に対して助成を行うことを決めました。桜美林大学における言語教育 の現状をはじめとして、広く現代の言語状況・言語教育を見渡し、より良い方向を展望する 研究プロジェクトからの応募を歓迎いたします。以下の募集要項をご覧いただき、応募をお 考えいただく、あるいは、お勧めいただくようお願い申し上げます。 言語教育研究所長 佐々木 倫子 1.運営助成の趣旨 多言語状況が進みつつある今日、多言語・ 多文化化の時代における言語教育のあり方 を考えるテーマを持つ研究に対し、 下記の要 領で運営助成を行いたいと思います。 2.応募資格 (1)個人研究 現在、桜美林学園において教員・職員・大 学院生として在籍する者(非常勤を含む) 、 あるいは、 桜美林大学国際学研究科を修了し た者で、2011 年度内に研究成果をまとめ、 公に発表できる用意のある者。 (2)共同研究 現在、桜美林学園において教員・職員・大 学院生として在籍する者(非常勤を含む) 、 あるいは、 桜美林大学国際学研究科を修了し た者を含み、2011 年度内に研究成果をまと め、 公に発表できる用意のある研究グループ。 3.助成対象期間 2011 年 4 月 4 日~2012 年 3 月 31 日 4.運営助成金額 プロジェクト毎に 15 万円を上限とする。 5.応募方法 ご応募の方は所定の「研究運営助成金申請 書」を 3 月 15 日までにご郵送ください。同 時に申請書ファイルをメール添付にてご提 ILE 通信 (7) 出ください。事務局にお申し込みいただけれ ば申請書ファイルをメール添付でお送りし ます。なお、申請書の返却はしておりません。 6.応募期間 2011 年 2 月 18 日~3 月 15 日まで (当日消印有効) 7.助成決定通知 2011 年 4 月 4 日 8.申請書提出および問い合わせ先 〒194-0294 東京都町田市常盤町 3758 桜美林大学 佐々木倫子研究室方 言語教育研究所事務局 E-mail:[email protected] 9.研究成果の発表 2012 年 1 月 15 日までに、論文または報 告の形で研究成果をおまとめいただきます。 論文は査読委員会を経て、採択の場合、 『桜 美林言語教育論叢』 第 8 号に収録されます。 なお、『桜美林言語教育論叢』には研究運 営助成の応募、あるいは、採択に関係なく、 論文を投稿していただくことができます。こ れまでの論文は CiNii にて公開しています。 採択研究については、2012 年 2 月 17 日 (予定)に言語教育研究所公開研究会を開催 し、そこでの口頭報告もあわせてお願いする 予定です。 言語教育の現場から 【言語教育の現場から(22) 】 中高国語教育の現場から 山川 善い人生とはどのようなものか。 生徒には、 これを問い続けてより善き人生を模索し続 けてほしい。 そのための日々の勉強であって ほしい。 そんなことを考えながら授業をする。 この問いには正解がない。したがって、ひた すら問い続けるしかない。だが、正解のない 問いを問い続けることがいかにむずかしい か。それをしばしば感じるのが、哲学的文章 の読解指導においてである。 「他人の痛み」 という有名な哲学的問題が ある。 この問題について論じている文章が大 学入試問題に取り上げられていた (入不二基 義『哲学の誤読』ちくま新書参照) 。 は私の痛みとなる。起こったことは、あ まりにも単純に、ただ私が痛い、という ことでしかない。 ( 野矢茂樹『哲学・航海日誌』より、 改行箇所は山川が一部変更した。) アンダーラインについての設問は次のと おりである。 「傍線部に『他人の痛みはどこに隠され てあるのか』とあるが、結局、どこに隠 されてあるのか。五字以内で答えよ。」 出題者の想定した解答は不明であるが、 こ れは解答不能の設問である。野矢は、「他人 の痛みが『内面』に隠されている、だから全 くわからない」という懐疑論的立場の解答に 対して痛烈に問いをたたみかけ、アポリアに 追い込んでいる。他人の内面を覗いて、その 痛みを知覚したら、もはやその痛みは他人の 痛みではなく、自分の痛みになってしまって いる。だから、そもそも他人の痛みが「隠さ れてある」という図式そのものがナンセンス なのだといっているのである。すると、 「結 局どこに隠されているか」という問いなどあ ってはならないはずである。それが、この入 試問題の解説書には「解答」が載っている。 いわく、「他人の感覚」、「私の痛み」。入不二 氏も、出題者は「私の痛み」と想定したので はないかと述べている。これは、明らかな誤 読である。「他人の痛み」を哲学的問題とし では、他人の痛みはどこに隠されてあ るのか。 どこにって、まさに内面、心の内に隠 されてある。 だが、もしそうだとすると、痛みが隠 されてある他人の内面を覗き込むこと ができたとすれば、 「他人の痛みは全く わからない」 という不平も解消されるこ とになるだろう。 メスを入れて他人の心 臓を見たり触ったりするように、 何かメ スのようなものを入れて他人の内面を 開き、 そこにある他人の痛みを私が知覚 する。 だが、 「他人の痛みを私が知覚する」 とはどういうことなのだろうか。 他人の 痛みを私が感じとるということ? しかし、私が感じとったならば、それ ILE 通信 明子(桜美林中学校) (8) ては捉えそこなっている。 野矢茂樹の文章は、 字数の関係でわずかしか引用できなかった のが残念であるが、親しみやすい文章で、日 常生活から哲学的な問いが立ち上がる場面 へと、読者をいざなってくれる。この「他人 の痛み」 が一筋縄ではいかない哲学的問題で あることは、 短い引用文からその片鱗が窺わ れる。 それを 「結局どこに隠されているのか」 と、 早急に答えを求めてしまうのは、 実は 「問 いには必ず正解が存在する」という思い込み のなせる業なのではないだろうか。 これほど、我々は決まった正解がほしいの である。だからこそ、冒頭にあげた正解のな い問いを問い続ける思考の「体力」を身につ けさせること、これも教員として大切な役目 であると思っている。たとえ大学入試問題の 一問や二問、不正解になったとしても。 【言語教育の現場から(23) 】 図書館読書運動プロジェクトと今後の展開 佐々木 俊介(図書館情報サービス課) 2006 年度に始まった図書館読書運動プロ ジェクト(通称、読プロ)は、若者の読書離れが 叫ばれる中、桜美林大学を「読書する大学」に すべく、様々な活動を行っている。 読プロ第1の特徴は、学生~教員~図書館 ~生協の協同プロジェクトであること、第 2 の特 徴はコメントカードである。全国大学生協連合 で展開されている「読書マラソン」では、学生が 本を1冊読むごとに「コメントカード」に感想を書 き、生協の書籍売り場に掲示される。それを読 めば、同じ本でも自分とは感じ方が異なるとか、 自分の知らない面白い本の存在を知って「コメ ントカード」を通じた「読書のコミュニケーション」 が広がる。読プロは、生協の「コメントカード」を 活動基本ツールとして活用しており、年末には、 集まったコメントカードの中から「桜美林コメント 大賞」を表彰している。 読プロが特に重視しているのが、第 3 の特徴 である自主的に開催される読書会だ。様々な 考えを持つ人が、1 冊の本を巡って語り合う。 私たち読プロが理想とするのは、キャンパス、 のあちこちで様々なジャンルの「読書会」が学 生や教職員の自主的な活動として行われてい る大学である。「桜美林大学を読書会で埋め尽 くせ!」これが私たちの合言葉だ。 読プロを進めるにあたり私たちが期待するこ とは、読書好きな学生たちが、図書館や大学を 舞台にして積極的に様々な活動をしていくこと であるが、図書館員である私個人の興味は、本 を読まない、図書館に来ない学生たちに、どう やって読書の重要性を伝えるか?ということ だ。 図1 リベラルアーツ学群1期生の図書貸出状況(2007~2009年度) 2007 2008 2009 ①在籍学生数 ②貸出冊数 ③貸出人数 ④未貸出人数 各年度5/1時点 1回以上図書を 借りた学生 1回も図書を借り なかった学生 図1は、リベラルアーツ学群第 1 期生(以下、 ILE 通信 (9) 1,101 3,626 490 45% 603 55% 1,070 5,618 546 51% 524 49% 1,053 13,651 740 70% 313 30% 人 冊 人 人 LA1 期生)の図書貸出状況を 2007 年度から 2009 年度にかけて分析したものである。ここで は雑誌と視聴覚資料の貸出は除き、図書に限 定した。 ①在籍学生数は、留年・退学・編入等で変 動しているが、②貸出冊数は 2 年次で 1 年次 の 1.5 倍(5,618 冊)、3 年次で 2.8 倍(13,652 冊)に増加している。次に 1 回でも図書の貸出 を受けた学生を抽出したのが③貸出人数、更 に①から③を減じたのが④未貸出人数である。 図書館以外で本を読んでいるかもしれないが、 少なくとも図書館で図書を借りていない学生数 である。この数字が多いか少ないか。 1 年次(2007 年度)には、図書を借りなかっ た LA1 期生は 55%(603 人)だったが、2 年次 (2008 年度)では 49%(524 人)、3 年次(2009 年度)では 30%(313 人)と減少していく。ただ し、これは各年度単位での集計なので、1 年次 から 1 度も図書を借りていない学生もいるだろう し、2 年次だけ借りなかった学生もいると思われ る。そこまで詳細な分析ではないことをご承知 のうえでご覧いただきたい。実際には、学部学 年別では 3 年次が最も図書館利用が多いとい うのが過去の統計でわかっている。LA1 期生も、 3 年次になると専攻プログラムが決まって、図書 館に足を運ぶようになったが、それでも 3 年次 で一度も図書館で図書を借りなかった LA1 期 生が 30%いるのである。 読プロは、基本的に読書好きな学生が参加 する。自ら読書する学生は放っておいても本を 読む。しかし面白い本へのアプローチの仕方を 知らない学生も多い。これからは、読書する学 生には、更にその先の読書への案内を、読書 に興味を持てない学生には、読書に興味を持 たせる試みも必要であると考える。読書とは能 動的な行為である。学生が何かを知りたい、学 びたい、知識を得たいという意欲を持たなけれ ば、いくら読プロや図書館が奮闘しても、読書 好きな学生の興味しか惹かないだろう。ぜひ教 員の皆様には、より多くの学生に、読書させる 働きかけをもっと行っていただきたい。桜美林 大学を「読書する大学」にしていくためには、全 学的に読書を推進することが必要だ。 ILE 通信 ( 10 ) 言語教育研究所事務局より お知らせ: 『桜美林言語教育論叢』への投稿について 「2011 年度研究助成金募集要項」(本 誌 7 ページ)でも掲載しておりますとおり、 『桜美林言語教育論叢』には研究運営助成 の応募、あるいは、採択に関係なく、論文 を投稿していただくことができます。投稿 規定等詳細につきましては、下記事務局宛 お問い合わせください。 また、既刊の『桜美林言語教育論叢』に 掲載されているすべての論文は国立情報 学研究所提供の「NII 論文情報ナビゲータ CiNii」にて公開しています。検索窓に「桜 美林大学言語教育研究所」と入力して検索 すればヒットしますので、併せてご覧くだ さい。 ▼NII 論文情報ナビゲータ CiNii http://ci.nii.ac.jp/ ILE 通信 No.13 2011. 2.15 発行者: 桜美林大学言語教育研究所 http://www.obirin.ac.jp/ri/leri/ 事務局: 〒194-0294 東京都町田市常盤町 3758 桜美林大学言語教育研究所 電話 042-797-2661(代表) E-mail:[email protected] 編集担当: 堀 潔
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