<メディア批評> 原発再稼働を止めた司法判断があぶりだす新「安全神話」 2015 年 4 月 17 日 上出 義樹 全国で運転が全てストップしている原発の稼働に向けた動きが安倍政権のもとで進む中、 それに待ったをかける画期的な司法判断が示された。原子力規制委員会の審査に「合格」 した関西電力の高浜原発 3、4 号機(福井県高浜町)の再稼働に対し、福井地裁の樋口英 明裁判長が 4 月 14 日、住民らの訴えを認めて同原発の運転を禁じる仮処分を決定した。 今回の仮処分で注目されるのは、2011 年 3 月に起きた福島原発事故の教訓に基づき策定 されたとされる原子力規制委の新しい規制基準自体が指弾されていることである。 この仮処分決定の翌日の 15 日に開かれた同規制委の田中俊一委員長の記者会見では、 安倍政権が原発再稼働の根拠とする「世界一厳しい」規制基準をめぐり、記者たちから次々 と疑問が投げかけられた。そのやり取りを紹介しながら、政府と規制委、そして原発推進 派の大手メディアにより作られようとしている新たな「安全神話」に光を当てたい。 福井地裁が高浜原発の運転を差し止める仮処分決定 「新規制基準は緩やかにすぎ、合理性を欠く」。仮処分決定をした樋口裁判長は、再稼働 差し止めの理由を具体的に述べた後、こう明快に断じている。各種の世論調査で「反対』 が多数を占める原発再稼働に対する国民の目線に沿った司法判断と受け止めたい。 しかし、菅義偉官房長官はこの決定を完全に無視し、14 日の会見で「世界で最も厳しい とされる新基準を尊重し、再稼働を粛々と進めていきたい」と言い切った。どうせ高裁で は地裁の決定が覆されると、高をくくっているのだろう。 原発推進派の読売、日経、産経の各紙も案の定、翌 15 日や 16 日の社説などで、福井地 裁の決定を「現実離れしている」「特異な司法判断」などとして、一斉に批判を浴びせた。 「画期的な決定」として歓迎する朝日、毎日、東京などの各紙とは対照的な論調である。 原子力規制委の田中委員長は「事実誤認がある」と反論 一方、15 日の定例会見に臨んだ原子力規制委の田中委員長は、訴訟の直接の当事者では ないことを理由に「私から言うことはない」と、コメントを避けていたが、 「福井地裁の決 定は、新規制基準そのものを問題にしているではないか」との記者たちの指摘に渋々応じ る形で、それなりに同地裁の決定内容にも踏み込んで発言。とくに、 「決定」には「いくつ も事実誤認がある」とした上で、「再稼働の審査はこれまで通り続ける」と強調した。 そこで、私(上出)が、 「事実誤認がいくつもあると言うのなら、堂々と国民に分かりやす く、そのことを発表すべきではないか」と質問した。これに対し、田中委員長は、文書で の発表は予定していないとしたが、原発事故が起こった際の非常用発電機や給水設備の対 応について、福井地裁の決定は新規制基準の厳しい内容を理解せず、誤った評価をしてい るなどとして、「重要な事実誤認がいくつもあるなと思っている」と反論した。 1 しかし、これらの指摘がその通りであったとしても、 「日本国内に地震の安全地帯は存在 しない」 「国民の安全が何より優先されるべきである」との立場に立つ福井地裁の仮処分決 定の根幹を揺るがすものとは言い難い。 新たな「安全神話」を断罪した国民目線の地裁決定 さらに私が、 「委員長は常々、 『規制委員会の審査に合格したからと言って、安全が保障 されたわけではない』と言っておられる。ところが、実際には新規制基準を根拠に政府は 再稼働を進めている。新しい『安全神話』が作られているのではないか」と質問。田中委 員長は「私が絶対安全と言わないのは科学者としての哲学みたいなもの。航空機だって落 ちる。世の中に絶対はない」と持論を展開した。しかし、一般論では説得力に欠く。政府 や電力業界の意向に沿う形で進める原子力規制委員会の再稼働審査そのものが新しい「安 全神話」になっている現実を、国民の素朴な目線に立って司法が「断罪」した意味は重い。 (かみで・よしき)北海道新聞社で東京支社政治経済部、シンガポール特派員、編集委員 などを担当。現在フリーランス記者。上智大大学院博士後期課程(新聞学専攻)在学中。 2
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