医療・介護連携における多職種連携・協働の意義と多職種研修

ディスカッション・ペーパー:
本号から 5 回にわたり、国立長寿医療研究センターの先生方から「医療・介護連携」をテーマに、臨床現場で直面し
ている問題を論考いただきます。現場の取組み・問題意識・課題を共有させていただき、地域住民としての我々一人一
人が、住み慣れた地域で安心して暮らし続けるために、何ができるか、何をすべきか等について考えるきっかけとなれ
ば幸いです。
第 1 回は、問題を論じる前に、まず、医療・介護連携の在り方、連携を促進するための取組み等についてご紹介いた
だきます。
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医療・介護連携における現場の問題(1/全 5 回)
「医療・介護連携における多職種連携・協働の意義と多職種研修」
キーワード:医療・介護連携、多職種連携・協働、地域包括ケアシステム
千田一嘉
国立長寿医療研究センター 在宅連携医療部 臨床研究企画室長
1.はじめに
医療と介護連携における多職種連携(・協働)は、高齢者総合的機能評価(Comprehensive Geriatric
Assessment; CGA: 高齢者を疾患などの医学的評価だけではなく、生活機能、精神、社会・環境などについ
て多面的・包括的に評価することにより、栄養補助やリハビリテーションなどを含む適切な医療・介護を
提供して生命の質: Quality of Life を高めること)と合わせて「老年医学の両輪」とよく例えられる。
超高齢社会のわが国において多職種連携は、質が高く効率のよい在宅医療に必須である。
2.多職種連携の意義
1996 年 Wanger らは高齢化に伴なう慢性疾患患者の急増に、従来の臓器別・職種毎の医療・介護(合わせ
てケア)体制では機能不全をきたすため、多職種連携のチーム医療による「慢性疾患ケアモデル」を提唱
した
1)
。医療制度とコミュニティにおける互助を基礎に、的確な医療情報に基づく意思決定支援を踏まえ
た、多職種連携による医療・介護チームと患者・家族との協働作用が、自己効力感(selfefficacy)を強化してセルフマネジメントを可能にすることで、機能的にも臨床的にも良い結果に導くこ
とが示された。
2006 年には米国老年医学会から「多職種連携の立場表明」2)が発表され、多職種連携のケアが、①複雑
な併存症を患う高齢者の複雑かつ多様なニーズに対応できる。②老年症候群のケアの過程と結果を改善す
る。③医療システムを改善し、介護者の負担を軽減する。さらに、④多職種連携研修・教育は高齢者のケ
アに有用であることが宣言された。
1
Medical-Legal Network Newsletter Vol.51, 2015, Mar. Kyoto Comparative Law Center
多職種連携には Multi-disciplinary と Inter-disciplinary の二つの訳語がある。前者はそれぞれの職
種が共有した情報(CGA)にもとづいて、独立した立場で各自の職務を果たすことを指し、後者は公式にも
非公式にもより開かれた、より頻回な情報交換にもとづく意思決定を共有しながら、各自の専門性とその
相互作用を発揮し、協働(Collaboration)
・協調(Co-ordination)してケアすることであり、区別が必要
である。Inter-professional work(IPW)は Inter-disciplinary care とほぼ同義である。慢性かつ多種・
多数の併存症を患うことの多い高齢者のケアにおいて Multi-disciplinary な体制はより多くの人手を要
するため、医療・介護コストの面からも、他の職種の役割まで熟知する Inter-disciplinary な姿勢が求め
られている。高い専門性を追求するだけではなく、職種間の隔壁を越えた幅広い視野に立って高齢者をケ
アできる資質が求められ、そのための研修体制の構築が重要となる。
3.多職種連携研修
2004 年米国老年医学会誌の「職種間の隔壁(Disciplinary Split):多職種チーム医療研修の阻害要
因」3)は、多職種連携を指導する者も受講者においても、職種毎で異なる心構えや文化の伝統が、多職種連
携の研修を妨げると報告した。その解決策には多職種が一堂に会し、充分な時間をかけて異なる職種間の
絆を固めることが、指導者も入門者にも必要とされた。わが国でも厚生労働省の「在宅医療・介護推進プ
ロジェクト」における「在宅チーム医療を担う人材育成事業」で、東京大学高齢社会総合研究機構と国立
長寿医療研究センター在宅連携医療部の協働により、2012 年に都道府県、2013 年には市町村の指導者育成
研修会が実施され、医療(日本医師会と在宅医療実践者)
・介護・行政の三極が一堂に会し、多職種連携を
学んだ。高齢者医療・介護の原則に関する多職種共通の講義テキストと、多職種から構成されるグループ
討論会、実際の多職種連携の会議と在宅訪問同行研修の映像教材、さらに具体的な在宅医療・介護連携体
制の構築法と地方研修会開催のマニュアルが提供された。それらは国立長寿医療研究センター在宅連携医
療部のホームページで公開され、利用可能である 4)。
4.おわりに
2014 年 6 月の医療・介護総合確保促進法は、高齢者の生活を住み慣れた地域で支える地域包括ケアシス
テム構築と、そのための医療・介護連携強化を定めた。今後、各地域における多職種連携の質と量の確保・
継続と向上のための、老年医学の原則を基礎とした多職種協働在宅チーム医療を可能にする啓発・研修体
制の構築、とくにその核となる指導者の養成が喫緊の課題である。さらに、地域の特性に応じた創意工夫
が活かせる柔軟な患者中心の患者・家族も含まれる多職種連携のチーム医療のネットワークが円滑に機能
できる環境整備も必要である。
【参考文献】
1) Wagner EH, Austin BT, Von Korff M. Improving outcomes in chronic illness. Manag Care Q 1996; 4: 12-25
2) Geriatrics Interdisciplinary Advisory Group. Interdisciplinary Care for Older Adults with Complex Needs:
American Geriatrics Society Position Statement. J Am Geriatr Soc 2006; 54: 849-52.
3) Reuben DB, Levy-Storms L, Yee MN, et al. Disciplinary Split: A Threat to Geriatrics Interdisciplinary
Team Training. J Am Geriatr Soc 2004; 52: 1000-6.
4) http://www.ncgg.go.jp/zaitaku1/jinzaiikusei/index.html
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Medical-Legal Network Newsletter Vol.51, 2015, Mar. Kyoto Comparative Law Center