☆☆☆第38回母乳育児支援学習会in神戸 抄録☆☆☆ 今回の学習会は3年ぶりに海外から乳幼児の睡眠や添い寝に関する研究の第一人者であるHelen L. Ball氏 (英国Durham大学人類学教授.乳児と親の睡眠研究所)をお迎えして開催いたします.乳幼児の睡眠の発 達や睡眠と母乳育児,私たちにはなじみの深いオキシトシン,プロラクチンの新しい知見など,明日からの 支援に役立つ内容のプログラムを準備しました.国内講師分の演題抄録をご案内いたします。 1日目(6/20) 10:15-11:45:母乳育児の解剖生理:基礎と最新情報 講師 水野克己(小児科医,IBCLC) 12:00-13:00: 母乳育児研究の方法と倫理 講師 名西恵子(小児科医,IBCLC) 14:00-15:30: 母乳育児成功のための10ヵ条 理論から実践へ ~障壁を見つめ,できることから一つずつはじめていくためには~ 講師 五十嵐祐子(IBCLC),田中奈美(産婦人科医,IBCLC),黒澤かおり(助産師,IBCLC) 15:45-18:00: Understanding normal infant sleep:sleep development and sleep ecology 乳児の通常の睡眠パターンを理解する:睡眠の発達と生態学 講師 Helen L. Ball(PhD) 2 日目(6/21) 9:00-10:00 添い寝に関する日本の文化と SIDS(乳幼児突然死症候群) 講師 井村真澄(助産師,IBCLC) 10:15-12:30 Breastfeeding and infant sleep: what happens at night on the postnatal ward? 母乳育児と乳児の睡眠:産後の病棟では,夜,何が起こっているか? 講師 Helen L. Ball(PhD) 13:30-15:00 母乳育児成功の鍵を握る二つのホルモン プロラクチンについてもっと知ろう! 講師 大山牧子(新生児科医,IBCLC) オキシトシンについて深く知ろう! 講師 大矢公江(小児科医,IBCLC) 母乳育児の解剖生理:基礎と最新情報 水野克己(小児科医、IBCLC) 【学習目標】1.母乳育児支援に有用な解剖学を説明できる 2.母乳育児支援に有用な乳汁分泌の生理を説明できる 【抄録】 乳腺組織の起源:乳腺組織は 3 億 1 千年前以上前に Synapsid(単弓類)が分泌腺をもつようになったことに発 生の起源を有すると考えられている。Synapsid 卵殻は羊皮紙様であり、腺組織から分泌した液体(栄養)は卵 殻を通って補給できるようになった。卵を産む哺乳類としては現在もカモノハシやハリモグラが残存している。 乳腺組織の発達:ヘッジホッグシグナル伝達経路、Wnt10b、そして PTHrP が胎児期の乳腺組織の発達に関連 している。その後はエストロゲン、成長ホルモン、IGF-1 が乳管系の発達に、プロゲステロン、PRL,PL は乳腺 葉の成長と分化に作用する。また、乳管系の分岐には TGF-βの作用が重要である。TGF-β は乳管系の側方への 無駄な枝分かれを抑制している。 妊娠中の乳房の変化:妊娠前半期には、著しい小葉‐腺房の発育がみられ、腺房の数とサイズが増大し、乳管系 の伸張と分岐が起こる。妊娠中期までにある程度の分泌機能発達がみられ、初乳が腺房と乳管に認められるよう になり、これは妊娠後半期を通して増加する。乳管系の分岐はこの期間も続く。 出産後~乳汁生成Ⅱ期への移行:乳汁生成Ⅱ期への移行には、プロゲステロン濃度の低下とプロラクチン・イン スリン・コルチゾールが必要である。乳汁生成Ⅱ期に移行すると腺房細胞の密着結合が閉じ、乳汁中の乳糖濃度 が上昇する。それにより腺房内の浸透圧が高まり、乳汁の分泌量が増加する。射乳反射は産生された乳汁を外に 出すためにきわめて重要である。射乳反射が適切に起こらなければ、十分量の乳汁が児によって飲みとられない だけでなく、オートクリン・コントロールによって乳汁産生が低下する。 【学習概要】乳腺組織の発生には細胞内シグナル伝達経路が関与している。乳汁産生に規定する因子も NFκB や Jak/ Stat など炎症反応に関係する細胞内シグナル伝達を共有する。これらの概念を理解すると乳腺組織の解剖 学ならびに乳汁産生の生理を深く理解できるだろう。 【用語の解説】 ヘッジホッグシグナル伝達経路:ヘッジホッグタンパク質を中心としたシグナル伝達経路を示す。発生している 胚では頭側・尾側、右側・左側などの位置が決定され、それに基づいてそれぞれ異なった発生過程をたどる。胚 が正常に発生できるようにおのおのの細胞はヘッジホッグシグナル伝達経路に基づいてこのような正しい位置 情報を獲得する。 Wnt10b:胚発生に伴う形態形成では分泌性シグナル分子を介した相互作用が細胞間のコミュニケーションの1 つの方法として使われている。この細胞間シグナル分子の1つ Wnt10b は乳腺組織の発生に関与している。 PTHrP:副甲状腺ホルモン関連たんぱく。血液中から乳汁中へのカルシウム輸送にも関与している NFκB:サイトカインやストレスなどの刺激に対する細胞応答に関与する転写因子で, 感染に対する免疫応答の 調節に重要な役割を果たす Jak/Stat:細胞増殖や造血などに関与するシグナル伝達系の 1 つ 母乳育児研究の方法と倫理 名西恵子(小児科医、IBCLC) 【学習目標】1.研究倫理の原則を理解する。 2.研究者の責任を理解する。 3.研究計画および実施時の具体的な対応を考えられるようになる。 【抄録】母乳育児研究は多くの場合ヒトを対象に行われる。ヒトを対象とした研究では、参加者は科学的知識の 進歩や他者の利益に貢献するためにリスクや不便を甘受することになる。研究参加のリスクには、検査などによ る身体的リスクのみならず、秘密の漏洩、偏見・差別など心理社会的なものも含まれる。たとえば、調査票を用 いて母乳育児研究をする場合、研究参加者には、乳児がいて多忙な中で調査票に回答する負担がある。また、質 問によってはつらい気持ちを覚える可能性もあり、アンケートに記入した個人情報が漏れる可能性も全くないわ けではない。研究参加者にはそのようなリスクを負ってもらうことになるため、研究には高い倫理性が求められ る。 人権尊重、最善、公正の3つが医学的研究における倫理の一般原則である。「人権尊重の原則」から、研究者 は研究参加者からインフォームドコンセントを得ておくこと、判断能力の損なわれた人を守ること、個人の秘密 をまもることが求められる。「最善の原則」(恩恵、善行とも訳される)とは、研究参加者のために最善を尽く すことである。つまり、研究参加のリスクに見合うだけの価値ある成果が得られるように最大の努力が払われな ければならない。最後に、「公正の原則」によれば、研究に伴う利益とリスクに関して研究参加者間に不公平が 生じない様にしなければならない。不利な立場にある人々(判断能力の損なわれた人々、未成年など。また、研 究者が主治医である場合など研究者と対象者に力関係のある場合)は事前に研究についての十分な情報を得たり、 自由意思によって研究参加の有無を選択したりしにくい場合がある。そのような人々への配慮が必要である。 これらの原則に則った研究を行うためのガイドラインとして、厚生労働省より「疫学研究に関する倫理指針」 「臨床研究に関する倫理指針」などが出されている。インフォームドコンセント、個人情報の保護、倫理委員会 の設置等について定められている。研究計画時に、これらのガイドラインを参照しておく必要がある。 研究者が、研究データを捏造したり、データを改ざんしたり、剽窃(他の論文で発表されている考えや研究結 果、文章を適切な断りなく今回の研究のものであるかのように装って用いること)を行ったり、適格でない対象 者を臨床試験に用いたり、といった事例が発覚している。このような科学に対する違反行為は、誤った結論を導 き、研究に対する社会の信頼を損ない、研究費の公的補助の妥当性を危機に晒すことになる。 以上、研究倫理の原則と研究者の責任を理解した上で、学習会では、母乳育児研究を計画したり実施したりす る際に、倫理審査や研究発表の場でよく受けるいくつかの指摘について答えを考える。 「母乳育児成功のための 10 ヵ条」理論から実践へ ~障壁を見つめ、できることから一つずつはじめていくためには~ 五十嵐祐子(IBCLC)、田中奈美(産婦人科医、IBCLC)、黒澤かおり(助産師、IBCLC) 【学習目標】 1.「母乳育児成功のための 10 ヵ条」を実践する上で困難に感じるものを明らかにすることができる 2.困難を克服するためのアイデアや実体験を共有し、自らの抱える問題の解決につなげることができる 3.WHO/UNICEF「母乳育児支援ガイド」の自己査定ツールを用いたアセスメント結果の共有を通して、母 子の支援の見直しに役立てることができる 【学習項目】 1.「母乳育児成功のための 10 ヵ条」の概要 2.「ワーク」自施設での実践で困難を感じることがらの列記:困難を克服するためのアイデアや実体験の共有 3.「自己査定ツール」を用いたアセスメントについて 【抄録】お母さんと赤ちゃんの母乳育児を円滑にスタートし、継続するために「10 ヵ条」が存在することは多 くの支援者が理解しています。ですが、その実践においては、様々な困難や障壁が見受けられます。このセッシ ョンでは、日頃の母乳育児支援の中で参加者が感じている困難を明らかにし、克服するためのアイデアや実体験 を共有する「ワーク」を行います。このワークが、自らの抱える問題の解決につなげるきっかけとなることを願 っています。 参加者一人一人の経験や意見アイデアが作るセッションです!一人でも多くの方のご参加をお待ちしています。 添い寝に関する日本の文化と SIDS(乳幼児突然死症候群) 井村真澄(助産師、IBCLC) 【学習目標】 1.日本の添い寝文化の歴史について説明できる。 2.第二次世界大戦後の日本の就寝形態について説明できる。 3.日本の母子の夜間授乳、夜間睡眠時の反応について説明できる。 4.日本の母子の SIDS 発症率、就寝形態、安全な夜間授乳について考察し述べることができる。 【抄録】日本では古来、 「川の字」の添い寝が行われていたことが万葉集歌人山上憶良の挽歌にも記されている。 時代は江戸、明治へと移り、昭和の第二次世界大戦以降に日本人の住居、生活習慣が大きく様変わりする中にあ って、家族の寝かたについては伝統的な形をある程度保ってきたと言われている。日本人の就寝形態については Caudill ら(1996)の 323 世帯調査があり、日本人の「共寝」習慣の実態が明らかにされている。江藤・堀内(2000) の生後 4 カ月の子どもの夜間の睡眠調査において、242 組中同室にて寝ていた母子は 97.4%、同床は 57 組 (23.8%)であること、母子が添い寝をしている場合は、子どもの「寝息の変化」や「鼻の音」、「衣ずれ」で 母親は子どもの覚醒に気付いていた(堀内・西原.2002)が明らかになっている。日本の SIDS 発生率が諸外国と 比較して低い理由の一つに、日本の母子の就寝形態が挙げられている一方で、窒息リスクを避けるために添い寝 禁止を指導する施設が増加している昨今、改めて SIDS との関連や母子相互作用、母乳育児における添い寝の重 要性と、窒息リスク回避のための効果的予防策を現実的に検討することが望まれる。 プロラクチンについてもっと知ろう 大山牧子(新生児科医、IBCLC) 【学習目標】1.プロラクチンの広範な作用を知る。 2.妊娠・授乳期における母親の代謝調節について理解する。 3.プロラクチンと乳汁分泌について最新の知見を学習する。 【抄録】プロラクチン(PRL)とその受容体の研究から、PRL は乳腺の発達・分化、乳汁生成機能の他に、免疫調 節、骨代謝、糖・脂肪代謝調節(2型糖尿病予防)などにも作用することがわかってきた。ここでは、催乳ホル モンとしての作用を超える PRL の広範な作用について概説する。 そして、母乳育児支援の場で知っておくべき PRL 値の評価方法と PRL に関連する病態について述べる。 オキシトシンについて深く知ろう 大矢公江 (小児科医、IBCLC) 【学習目標】1.オキシトシンという物質の多彩な作用を知る。 2.分娩・授乳期における母と子に及ぼすオキシトシンの効果を理解する。 3.オキシトシンの効果を高めるさまざまな方法を知る。 4.オキシトシンについての最新の知見を学習する。 【抄録】オキシトシンは、陣痛や射乳反射を引き起こすホルモンとして発見され広く知られてきた。最近の研 究により、それに加え脳・神経系の中で神経伝達物質として働いていることが明らかになってきた。ここでは、 オキシトシンの多彩な作用を知り、特に分娩・授乳期において、母と子の双方にあたえる効果と母子関係を築く のにどのような役割をはたしているのかを学ぶ。また、授乳以外にもオキシトシンの放出を促す方法について述 べる。そして安らぎと結びつきを育むオキシトシンが、人と人をつなぐ関係性の構築にどのような役割をはたし ているのか、臨床への応用を含めて最新の知見を紹介する。
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