コーポレートガバナンス・コード策定と原案の公表について

策的な意図が色濃く存在している。平成25年6月に
コーポレートガバナンス・コード
コーポレートガバナンス・コード策定と
策定と原案の公表について
原案の公表について
草地 邦晴
弁護士 草地
は、日本経済再生本部が「日本再興戦略 -JAP
AN is BACK-」3を公表したが、その中では、社
外取締役導入を促進する会社法の改正の他、機関
投資家が受託者責任を果たすための原則(日本版ス
邦晴
チュワードシップ・コード)の検討が盛り込まれ、
これを受けて、平成26年2月には「『責任ある機関
投資家』の諸原則《日本版スチュワードシップ・コー
1 はじめに
ド》~投資と対話を通じて企業の持続的成長を促
4
すために~」 が策定されている(以下、単に「ス
(1)
コーポレートガバナンス・コード原案の公表
‌ 平成26年12月12日、コーポレートガバナンス・
チュワードシップ・コード」といい、「コーポレー
コードの策定に関する有識者会議は、「コーポレー
トガバナンス・コード」については「本コード」
トガバナンス・コードの基本的な考え方(案)」
(コー
という。)。
1 2
‌ さらに、日本経済再生本部は平成26年6月に「『日
この有識者会議は、金融庁と東京証券取引所を共
本再興戦略』改訂2014」 を公表し、「日本の『稼
同事務局として同年8月に発足したもので8回の審
ぐ力』を取り戻す」方策の1つとして、OECDコー
議を経て公表に至ったものであるが、平成27年1月
ポレートガバナンス原則を踏まえたコーポレート
23日までパブリックコメントの募集を経て、今後
ガバナンス・コードの策定が盛り込まれ、来年の
は、東京証券取引所において必要な制度整備を
株主総会に間に合うよう支援を行うとされた。
行った上で、同年6月1日から適用することが想定
OECDコーポレートガバナンス原則 は平成16年に
されている。
は公表されていたが、ここに来て議論が急ピッチ
ポレートガバナンス・コード原案)を公表した。
(2)
適用範囲と導入時期
‌ 同コードは、東京証券取引所(以下「東証」とい
5
6
で進められることとなった。
(2) 特徴
う。
)における規則で具体化されることが予定され
‌ 本コード原案には、内容面においても会社実務
ているように、その適用範囲は基本的に証券取引
に影響を与える重要なものを含んでいるが、その
所への上場会社と考えられているので、現在のと
性質・在り方自体にもいくつかの重要な特徴があ
ころ非上場の株式会社への適用は予定されていな
る。すなわち、本コードは、法律による細則的な
い。しかし、経産省で進められている「株主総会
規制を行うのではなく、ソフトローによるプリン
のあり方検討分科会」など、今後の会社法におけ
シプルベース・アプローチを取っていることと、
る改正議論への影響も否定できないところであ
必ずしも実施が要求されているわけではなく、コ
り、また、適用を受けることになる上場会社につ
ンプライ・オア・エクスプレインの手法を採用し
いては、東京証券取引所が具体的な規則改正を
ているところである(詳細は後記する)。このコン
行ってから、予定されている適用時期(平成27年6
プライ・オア・エクスプレインの手法は、OECDコー
月1日)までの期間がほとんどなく、十分な検討を
ポレートガバナンス原則やスチュワードシップ・
行う猶予期間が見込めないため、スピード感を
コードにも採用されている考え方であり、会社法
もった対応が必要とされる。
の平成26年改正における社外取締役を置いていな
‌ そのため、本稿執筆時(平成27年2月)には、未だ
い場合の理由の開示規制7でも採用された考え方で
「原案」という形にとどまっているが、同コード原
あるが、わが国ではまだ余りなじみのない手法と
案の基本的な考え方を紹介し、若干のコメントを述
言えよう。
べたい。
3 コーポレートガバナンス・コード原案の基本的な
2 背景と特徴
(1)
‌ コーポレートガバナンス・コード策定の背景と
経緯
‌ 本コード策定の背景には、政府の主導による政
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考え方
(1) 本コードの目的
‌ 原案においては、本コードの目的は、ステーク
ホルダー(株主、顧客、従業員、地域社会等)に対
する責務に関する説明責任を果たすことを含め、
で、より適切で柔軟な対応が可能というメリット
会社の意思決定の透明性・公正性を担保としつつ、
があるが、他方で、具体的な在り方が原則を満た
これを前提とした会社の迅速果断な意思決定を促
していると言えるかどうかは曖昧になるため、実
すことを通じて、いわば「攻めのガバナンス」の
務的な対応については、判断に迷う場面が多くな
実現を目指すとされている。そして、会社の事業
ることが懸念される。
活動に対する制約としてではなく、ガバナンスに
(3) コンプライ・オア・エクスプレイン
関する適切な規律を求めることで、健全な起業家
‌ また、本コードは、法的拘束力を有する規範で
精神を発揮しつつ経営手腕を振るえるような環境
はなく、いわゆる「コンプライ・オア・エクスプ
を整えることが、狙いとされている(本コード原案
レイン」
(原則を実施するか、実施しない場合に
6. ~ 8.)
。
は、その理由を説明するか)という手法が採用され
‌ もっとも、原案で同時に強調されているのは、
ている。つまり、本コードに定められた原則が、
株式市場における中長期の投資を促す効果や、株
当該会社の個別事情に照らして実施するのが適切
主(機関投資家)と会社との間の建設的な「目的を
ではないと考えた場合には、原則を採用せず、「実
持った対話」
(エンゲージメント)であり、スチュ
施しない理由」を十分に説明することで代えるこ
ワードシップ・コードと本コードがいわば「車の
とができる(本コード原案11. ~ 12.)。
両輪」とされている。これらの内容と日本再興戦
‌ 原案では、原則を実施していないことのみを
略での位置づけなどから考えると、その大きな目
もって、実効的なコーポレートガバナンスが実施
的は、海外を含む機関投資家が我が国の上場会社
されていないと機械的に評価することは適切では
の株式を、より長期間・大量に保有するための基
ないと戒めているが、表向きには実施しない理由
盤を作ることにあり、一方で、機関投資家に対し
を十分に説明することは難しい場面も想定され、
てはスチュワードシップ・コードに基づき、企業
事実上原則の導入をせざるを得なくなることは想
の企業価値の向上や持続的成長を促すことで中長
定される。もともと、そのために原則の実施が促
期的な投資リターンを拡大するよう求めるととも
進されることをこの手法は企図しているとも言
4
に 、他方で、上場会社に対しては、本コードに基
え、本コードが証券取引所の規則の中に置かれる
づき、機関投資家の求める情報の開示や対話に応
ことになれば、上場会社としては原則を導入しな
えるとともに、さらなる企業価値の向上を求めて
い場合には、かなり慎重な姿勢が求められること
いるものと見ることもできよう。
になろう。
(2)
プリンシプルベース・アプローチ
(4) ソフトロー
‌ 本コードの1つの特徴は、いわゆる「プリンシプ
‌ 本コードは、法律の定めなどの法的拘束力を伴
ルベース・アプローチ」
(原則主義)を採用している
う法規範(ハードロー)ではなく、証券取引所にお
ことにある。対比される概念は「ルールベース・
ける規則を通じて実現が図られるソフトローとい
アプローチ」
(細則主義)であり、これが厳密な定義
う位置づけをとっている。国会での審議を経たも
と詳細な規定を置く在り方であるとすると、プリ
のではなく、これに違反したからといって国家機
ンシプルベース・アプローチでは、抽象的な原則
関からの制裁が予定されているものでもないが、
(プリンシプル)を定め、適用される会社がその趣
内容的には、会社法で定められている条項に関す
旨に照らして適切に解釈して運用することを想定
るものも含まれており、会社法では認められてい
したものとされている(本コード原案10.)。
る裁量の範囲が狭められる効果を持つものもある。
‌ 原案の基本原則は5項目であるが、これにぶら下
上場企業にとっての証券取引所の規則はもともと
がる原則とさらに補充原則も定められていること
そのような性質のものとも言えるが、かなり踏み
から、原則は広範囲に及んでいる。検討を行うべ
込んだ内容のものも含まれており、会社法だけで
き要素や、考慮・配慮すべき事項などが定められ
はなく、その他の法律も含めた整合性について、
ているにとどまるものが多いが、補充原則におい
より十分な検討を行う必要があるものも含まれて
てはかなり具体的な定めも含まれている。
いるように思われる(原案においても、背景説明で
‌ こうしたプリンシプルベース・アプローチは、
それぞれの会社の実情に応じた解釈を許容するの
今後の検討に委ねられている部分も見られる。)。
‌ いずれにしろ、今後東証で具体的に導入される
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ことになるコードと規則の内容に注目していく必
以上とする場合にも触れている)。すでに東証の上
要があるところであるが、実務がかえって混乱し
場規則では少なくとも1名の独立役員を確保するこ
たりすることがないよう、パブリックコメントの
とが義務づけられているが、社外取締役の選任を
意見も十分踏まえた検討が求められるところであ
さらに推し進める内容で、さらに別の原則では、
る。
社外取締役による問題提起を含めた自由闊達で建
設的な議論や、取締役、監査役に適合したトレー
4 コーポレートガバナンス・コード原案の概要
ニングの機会の提供や支援なども盛り込まれてい
‌ 本コード原案は、5つの基本原則とこれを具体化
る。
した原則、補充原則からなる。その詳細について
(5) 基本原則5:株主との対話
は、今後の修正も予想され、紙面の都合もあるの
‌ 基本原則では、「その持続的な成長と中長期的な
で、本稿では割愛することとしたいが、ごく概略
企業価値の向上に資するため、株主総会の場以外
についてのみ触れておく。
においても、株主との間で建設的な対話を行うべ
(1)
基本原則1:株主の権利・平等性の確保
‌ 原則では上場会社の資本政策、政策保有株式、
買収防衛策等に関する方針の具体的な説明を行う
ことなどが盛り込まれている。
き」とされている。本コード原案の1つのポイント
ともなっているのが、この「目的をもった対話」
(エ
ンゲージメント)である。
‌ 補充原則では、合理的な範囲で、経営陣幹部や
‌ 実務的に注意を要するのは、株主総会での権利
取締役が面談に臨むことが基本ともされていると
行使を容易にするための環境整備である。特に、
ころであるが、株主平等原則の下でどの株主(機関
海外投資家や機関投資家を念頭におき、株主総会
投資家含む)にどのような対応を行うのか、またイ
関連の日程
(決算期末、基準日、招集通知の送付、
ンサイダー情報の管理をどのように行うのか等、
総会開催日とその関係)についての原則、名義株主
実務的には難しい問題も孕んでいると言えよう。
ではない実質株主の権利行使に関する原則が盛り
込まれているところ、実現にはかなり困難な問題
5 最後に
も孕んでいるところから、実務対応には注意が必
‌ 先にも述べたように、本コードの策定には政治的
要である。
(2)
‌ 基本原則2:株主以外のステークホルダーとの適
切な協働
な背景があり、実務にも配慮した十分な議論が尽く
されてきたものとは言いがたいところがある。予定
されたスケジュールの中で今後修正、具体化がなさ
‌ 原則では、経営理念や行動準則の策定や、社会・
れていくものと思われ、動きに注目していく必要が
環境問題をはじめとするサステナビリティー(持続
ある。上場会社の実務に与える影響は少なくなく、
可能性)
への対応、女性の活用を含む社内の多様性
また今後の会社法改正への影響も考えられるところ
の確保、内部通報の体制整備などが求められてい
であるから、本コードの制定にあたっては、株式市
る。
場・株主という視点に偏ることなく、他のステーク
(3)
基本原則3:適切な情報開示と透明性の確保
‌ 原則では、会社意思決定の透明性、公正性の確
保が求められているが、とりわけ、経営陣幹部、
ホルダーとの関係も含め、法体系全体の中で、バラ
ンスのとれた株式会社の在り方が議論されていくこ
とに期待したい。
取締役や監査役の候補者の指名、選任、報酬の決
定についての方針や手続の公表が求められている。
(4)
基本原則4:取締役会等の責務
‌ 基本原則において株主に対する受託者責任・説
明責任を踏まえた、持続的成長と中長期的な企業
価値の向上、収益力・資本効率等の改善を図る責
務を適切に果たすべきことがうたわれている。
‌ 原則において注目されるのは、上場会社は独立
社外取締役を少なくとも2名以上選任すべきであ
る、とされていることである(自主的判断で3分の1
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1  「コーポレートガバナンス・コードの策定に関する有識者会議」
(金融庁・東証)
   http://www.fsa.go.jp/singi/corporategovernance/index.html
2  コーポレトガバナンス・コードの基本的な考え方(案)コーポレ
トガバナンス・コード原案 ~会社の持続的な成長と中期企業
価値向上ために~ 平成26年12月12日 コーポレートガバナン
ス・コードの策定に関する有識者会議
   http://www.fsa.go.jp/news/26/sonota/20141217-4/01.pdf
3  日本再興戦略 -JAPAN is BACK- 平成25年6月14日 日本
経済再生本部
   http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/pdf/saikou_jpn.
pdf
4  『責任ある機関投資家』の諸原則《日本版スチュワードシップ・
コード》
   平成26年2月26日 日本版スチュワードシップ・コードに関する
有識者検討会
   http://www.fsa.go.jp/news/25/singi/20140227-2/04.pdf
   「『スチュワードシップ責任』とは、機関投資家が、投資先企業
やその事業環境等に関する深い理解に基づく建設的な『目的を
持った対話』
(エンゲージメント)などを通じて、当該企業の企業
価値の向上や持続的成長を促すことにより、『顧客・受益者』
(略)
の中長期的な投資リターンの拡大を図る責任を意味する。本コー
ドは、機関投資家が、顧客・受益者と投資先企業の双方を視野
に入れ、『責任ある機関投資家』として当該スチュワードシップ
責任を果たすに当たり有用と考えられる諸原則を定めるもので
ある。」
   スチュワードシップコードを受け入れる機関投資家は、金融庁
に届け出た上、ホームページ等にコードに従った情報の開示等
を行うこととなる。2014年末までに受け入れ表明した機関投資
家は175社。
   http://www.fsa.go.jp/news/26/sonota/20141209-1.html
5  「日本再興戦略」改訂2014 未来への挑戦    平成26年6月24日 日本経済再生本部
   http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/pdf/honbunJP.
pdf
6  OECDコーポレート・ガバナンス原則 2004 OECD
   http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oecd/pdfs/cg_2004.pdf
7  会社法327条の2(社外取締役を置いていない場合の理由の開示)
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