[U3.1.2] 高効率水素発生プロセス開発 1.研究開発の目的

[U3.1.2]
高効率水素発生プロセス開発
(プロセス水素発生グループ)
横浜第705研究室 ○谷口貴章、塚越庄一、飯塚優介、小林幸雄
1.研究開発の目的
製油所の水素化脱硫装置、水素化分解装置には高純度の水素が必要であり、我が国の製
油所では年間 142 億 Nm3 の水素が投入されている。このうち 85 億 Nm3 は接触改質の副生水素
で賄われており、残る 57 億 Nm3 が水素製造装置(HPU)で LPG、ナフサの水蒸気改質によって
製造されている。脱硫、分解に用いられた水素は 108 億 Nm3 程度と推定され、残る 34 億 Nm3
は装置の出口から他のオフガス成分とともに排出されている(図1-1)1)。付加価値の高
い水素は、可能な限り有効利用されることが望ましいが、オフガスの水素は約 5~25%程度
の低純度な水素であるために、製油所内の燃料としてしか利用できず、さらに一部はフレ
アで燃焼させて消費しているのが現状である。よって、付加価値の高い水素を可能な限り
有効活用するために、低純度水素を回収して高純度な水素に精製し、再度製油所内で再利
用できる技術が求められている。
図1-1 製油所内の水素バランス概要 1)
上記技術として、水素キャリアを用いた水素回収、精製プロセスが適用できる可能性が
ある。プロセスの概要を図1-2に示す。低純度水素を水素化装置にて水素キャリアであ
るトルエン(TOL)に付加し、メチルシクロヘキサン(MCH)の形で水素を貯蔵する。MCH は液体
であり、ガスの状態と比較して長期保管、取り扱いが容易である。貯蔵された水素は、製
油所内の需要に応じて、水素発生装置にて取り出すことができる。水素を取り出す際に精
製する TOL は、再度水素化装置にて利用することが可能である。
図1-2 有機ハイドライドを用いた低純度水素回収、再利用フロー
上記プロセスのうち、MCH の脱水素反応については、水素発生触媒の劣化、副生物の生成
といった課題がある。これらの課題に対して、参画会社では本研究実施前から取り組んで
きており、耐久性を大幅に向上させた水素発生触媒の自社開発を完了している 3)。本触媒の
開発によって、脱水素反応技術は大きく進歩したと考えらえるが、大量生産時の性能、耐
久性については未検討である。また、開発触媒を使った水素発生装置を製油所に導入する
ためには、設計のために小規模な水素発生装置(10 Nm3/h-H2)を設計、開発し、エンジニア
リングデータを採取する必要がある。
そこで本研究開発では、低純度水素を回収・再利用するためのプロセス技術開発によっ
て、製油所の省エネルギー化、高効率化に貢献することを目的とし、前記課題項目の技術
開発に取り組む。
2.研究開発の内容
本研究開発の平成26年度から平成27年度までの長期計画は表2-1に示すとおりで
ある。2カ年にて、小規模水素発生装置を設計・製作してエンジニアリングデータを採取
するとともに、参加会社が開発した水素発生触媒の商業規模での量産化技術確立を目指す。
表2-1
項目
研究開発日程長期計画
年度
平成 26 年度
平成 27 年度
① 小規模水素発生装置でのヒート
バランスデータ採取
② 水素発生装置におけるマテリア
ルバランスデータ採取
③ 水素発生装置における負荷変動
への追随データ採取
④ 開発水素発生触媒(水素発生効
率≧90%、触媒寿命≧1年)の
商業規模での量産化技術確立
以下に、2カ年の目標を示す。
①ラボスケールの 1,000 倍程度(10 Nm3/h-H2)の規模を有する小規模装置を用いた、大規
模装置設計に必要なエンジニアリングデータ採取の完了
②開発水素発生触媒(水素発生効率≧90%、触媒寿命≧1年)の商業規模での量産化技
術確立
上記目標達成に向け、平成26年度に実施した具体的な研究内容を以下に記す。
3.1 小規模水素発生装置の設計・製作
参画会社にて設計した小規模装置を導入し、エンジニアリングデータ採取のための体制
を整える。
3.2 水素キャリアの繰り返し使用が水素発生触媒に与える影響の定量化
本プロセスを製油所に導入した場合には、TOL の水素化、MCH の脱水素化を繰り返し行う
ことになるが、その際には副生物が発生することが分かっている 4)。そこで、実際のプラン
ト運伝条件を模擬した試験条件における、水素キャリアの繰り返し使用による副生物の生
成挙動を定量的に把握し、脱水素触媒に与える影響を評価するためのデータを採取する。
3.3 開発触媒の商業規模での試製、活性の検証
水素発生触媒の量産化技術確立に向けた量産化検討を行い、物性、初期活性、および耐
久性について評価を実施し、ラボ触媒と同等以上の物性、活性、耐久性を示すか確認する。
3.研究開発の結果
3.1 小規模水素発生装置の設計・製作
小規模水素発生装置の設計にあたっては、10 Nm3/h で高純度水素(>99 %)を取り出せる
ことを要求仕様とし、下記項目を設計コンセプトとした。
・可能な限り排熱を回収し、高エネルギー効率を目指す。
・脱水素反応で生成する TOL および未反応 MCH を可能な限り回収する。
・水素精製工程で発生する水素オフガス量を減らす。
上記コンセプトを元に設計した小規模水素発生装置のプロセスフロー概要を図 3.1-
1に示す。MCH 供給ポンプで MCH 供給タンクから気化器へ MCH を供給し、気化器にて MCH を
気化させる。気化した MCH は、さらに過熱器で所定の温度まで過熱したのち、脱水素反応
器に供給する。脱水素反応器は多管式 Shell & Tube 方式を採用し、Tube 内に量産化検討で
作製した水素発生触媒を充填して MCH を脱水素反応させる。Shell 側には電気式熱媒ボイラ
にて所定の温度に加熱された熱媒を供給し、脱水素反応器の加熱、および吸熱反応である
脱水素反応に必要な熱を供給する。また、熱媒は過熱器にも並行して流し、過熱に必要な
熱を供給する。脱水素反応によって取り出された水素、生成した TOL、および未反応の MCH
を含む生成ガスは、気化器にて熱交換して排熱を可能な限り回収した後、さらに冷却器に
て冷やして TOL、未反応 MCH を液化させ、気液分離器にて水素と液化成分を分離する。分離
後のガスは水素圧縮機にて加圧することで、冷却器で凝集しきらなかった TOL、未反応 MCH
が凝集するため、再度気液分離を行う。分離後の粗精製水素ガスは、水素精製機にて精製
処理を行う。
水素精製機は Thermal Swing Adsorption (TSA) + Pressure Swing Vacuum Adsorption
(PVSA)方式を採用している。前段の TSA は粗精製水素ガスに 0.8 mol%程度含まれると試算
される TOL を、ほぼ全量回収できる機能を有しており、水素オフガスが発生しない特徴を
有する。後段の PVSA ではメタン等の副生物分離を行うが、PSA と比較してオフガス量が少
なく、設計時の試算では PVSA 入口に入ってくる水素量の 5%程度である。
気液分離器、水素精製機で回収した液化成分は、装置内にある TOL 回収タンクにて回収
する。
*水素精製機は以下の2方式を組み合わせて使用
TSA: Thermal Swing Adsorption
PVSA: Pressure Vacuum Swing Adsorption
オフガス
(発生H2量の約5%)
H2+TOL+未反応MCH
MCH
冷却塔
気化器
MCH
供給ポンプ
約10 Nm3/h
高純度水素
(>99%)
水素
精製機*
過熱器
冷却器 水
MCH
供給
タンク
気液分離器
水素圧縮機
気液分離器
MCH
ポンプ
MCH
タンク
回収TOL(+MCH)
脱水素
反応器
電気式
熱媒
ボイラ
TOL
ポンプ
TOL
回収
タンク
熱媒ライン
TOL回収率
(>99%目標)
TOL
タンク
図 3.1-1 小規模水素発生装置(プロトタイプ脱水素反応評価装置)のプロセスフロー
概略図
*緑の長鎖線で囲んだ機器が JPEC 設備、その他の機器は参画会社設備
上記プロセス設計を元に、各機器の詳細設計を行い、小規模水素発生装置を作製した。
製作した小規模水素発生装置(プロトタイプ脱水素反応評価装置)の外観写真を図3.1
-2に、プロトタイプ脱水素反応評価装置内水素精製部(赤点線内)の外観写真を図3.
1-3に示す。
図3.1-2 小規模水素発生装置(プロトタイプ脱水素反応評価装置) 外観写真
図 3.1-3 プロトタイプ脱水素反応評価装置内水素精製部(赤点線内)の外観写真
3.2 水素キャリアの繰り返し使用が水素発生触媒に与える影響の定量化
水素キャリアの繰り返し試験概要について説明する。脱水素反応、水素化反応の試験条
件を表3.2-1に示す。試薬 MCH 原料を脱水素試験装置の MCH 供給タンクに供給して脱
水素反応試験を行い、試験後の回収液を水素化試験装置の TOL 供給タンクに移した。移し
た脱水素反応試験後の回収液を用いて水素化試験装置を行い、水素化反応後の回収液を再
び脱水素試験装置の MCH 供給タンクに移して脱水素反応試験を行った。このように、脱水
素反応試験、水素化反応試験を繰り返し実施し、各反応後における回収液の一部をサンプ
リングしてガスクロマトグラフィー(GC-FID)分析による副生成物の定性・定量評価を実
施した。
表3.2-1 脱水素反応、水素化反応の試験条件概要
脱水素反応
触媒
転化率
Pt/CeO2-Al2O3
(量産化検討触媒)
水素化反応
Ni-5256
90%前後
98-100%
圧力
0.19 MPaG
0.19 MPaG
触媒層内最高温度
350℃以下
250℃以下
繰り返し試験に伴う回収液中の副生成物含有率の変化を図3.2-1に示す。副生成物
含有率は GC-FID 分析でピークが検出された副生成物のうち、成分の同定ができた副生成物
の含有量(C%)合計である。なお、MCH 原液については、原液に含まれていた MCH、TOL 以外
の炭化水素成分の含有率をプロットした。以下、MCH 原液に含まれていた MCH、TOL 以外の
炭化水素成分も便宜的に副生成物と呼ぶこととする。
まず MCH 原液を分析した結果、MCH、TOL 以外に約 0.58%の副生成物が含まれていること
が分かった。
MCH 原液を MCH 供給タンクに入れて脱水素反応を行い、
回収液を分析した結果、
副生成物含有率は約 0.85%まで増加した。その後、水素化、脱水素化の繰り返し試験を行い、
副生成物含有率の増減を評価したが、明確な増加は認められなかった。
図3.2-1 繰り返し試験に伴う回収液中の副生物含有率の変化
次に、得られた副生成物分分析結果について詳細な解析を行った。検出された副生成物
を、分子構造を元に下記反応別に分類し、各反応別における副生成物の合計濃度推移を検
討した。
①脱メチル化:メチル基が脱離する脱メチル化反応
②開環:環状構造の1箇所が切れる開環反応
③二量化:TOL、または MCH の 2 分子が結合する二量化反応
④6 員環異性化・付加:脱メチルによって生成したメチルラジカルが、他の MCH、TOL に
付加する 6 員環付加反応(不均化反応)
、異性化反応
⑤5 員環異性化・付加:開環反応生成物が再度環化して生成する5員環異性化反応、付加
反応
⑥フルオレン:二量化生成物が多環化するフルオレン生成反応
結果を図3.2-2に示す。繰り返しサイクルの増加に伴い、脱メチル化物が増加する
傾向が見られた。また、二量化物についても微増傾向が見られた。開環物は、繰り返し回
数の増加に伴い、横ばいかまたは若干の減少傾向を示した。フルオレンについてはごく微
量検出されているが、明確な増加は認められなかった。6 員環異性化・付加物、および 5 員
環異性化・付加物については、明確な増加傾向は見られなかったものの、脱水素反応時に
は 6 員環異性化・付加物が増加し、5 員環異性化・付加物が減少する傾向が示された。対し
て水素化反応時には 5 員環異性化・付加物が増加し、6 員環異性化・付加物が増加する傾向
を示した。
0.45
開環
6員環 異性化、付加
脱メチル化
二量化
5員環 異性化、付加
フルオレン
0.4
開環
0.35
mol%
0.3
0.25
5員環 異性化・付加
脱メチル化
0.2
6員環 異性化・付加
0.15
0.1
0.05
二量化
フルオレン
0
MCH原液 脱水素
1回目
水素化
1回目
脱水素
2回目
水素化
2回目
脱水素
3回目
水素化
3回目
脱水素
4回目
水素化
4回目
脱水素
5回目
図 3.2-2 反応別に分類した回収液中の副生成物含有率の推移
3.3 開発触媒の商業規模での試製、活性の検証
参画会社で開発した水素発生触媒の概要を表3.3-1に示す。この触媒の量産化技術
を確立するために、事前検討を行った。量産化においては触媒担体の強度低下が懸念され
たため、複数の形状の担体を調整し、強度評価を行った。結果を図3.3-1に示す。量
産化触媒の担体形状には、最も高い強度を示した四つ葉を選択した。
表 3.3-1 開発触媒の概要
項目
概要
担体
CeO2-Al2O3、押し出し成形
触媒金属
Pt
担持に使用した
Pt水溶液
ビス(エタノールアンモニウム)ヘキ
サヒドロキソ白金酸水溶液
Pt担持方法
含浸法(Pore Filling法)
焼成条件
空気中、330℃×2 h
圧壊強度
(下限値を1とした場合の相対値)
3.5
3
2.5
2
1.5
1
0.5
0
円柱
三つ葉
四つ葉
図3.3-1 圧懐強度の比較
決定した担体形状にて量産化検討を実施した。ラボ触媒と、量産試製触媒の物性評価結
果を表3.3-2に示す。Pt 担持量、金属分散度、かさ密度においてラボ触媒、量産試製
触媒で大きな違いは見られず、Pt 担持工程の量産化について、物性面で問題ないことを確
認した。ラボ触媒、量産試製触媒の活性評価結果を図3.3-2に示す。量産試製触媒は、
活性面でもラボ触媒と同等以上の活性を示すことを確認できた。連続耐久試験を行った結
果、図3.3-3に示す通り、2500 時間経過後も転化率 90%以上を維持することが確認で
きた。
表 3.3-2 Pt 担持工程における物性評価結果
基準値
ラボ触媒
量産試製
触媒
Pt 担持量
Dry Wt%
0.55
0.55
0.54
金属分散度
(相対値)
1
1
1.22
圧潰強度
(相対値)
>1
3.0
1.7
かさ密度
(相対値)
1
1.00
0.97
触媒単位重量当たりの
相対反応速度
1.4
1.2
1.0
0.8
0.6
0.4
0.2
0.0
ラボ触媒
量産試製
触媒
図3.3-2 Pt 触媒担持工程におけると工程解析品の活性評価結果
100
MCH転化率,%
80
60
●:ラボ触媒
■:量産試製触媒
40
運転条件
圧力:0.19 MPaG
触媒層出口温度:340℃
LHSV:1.5 h-1
20
0
0
1000
2000
3000
4000
5000
6000
反応時間,h
図3.3-3 量産試製触媒の耐久試験結果
7000
4.まとめ
本年度の研究によって、以下の成果が得られた。
・大規模水素発生装置の設計に必要なエンジニアリングデータを採取するための、小規模
水素発生装置(10 Nm3/h-H2)の設計、製作が完了した。
・水素キャリアの脱水素反応、水素化反応の繰り返し使用が水素発生触媒に与える影響を
把握するために、MCH を出発原料とした脱水素反応、水素化反応の繰り返し試験を5回行
い、副生生物の生成挙動について定量的な評価を行った。
試験結果から、脱メチル物であるベンゼン、シクロヘキサンが繰り返し使用に伴って
増加傾向を示すとこがわかった。二量体についても微増傾向を示す結果が得られたが、
その他の副生成物については明らかな増加傾向は認められなかった。
・参画会社が開発した水素発生触媒の量産化技術確立に向けた量産化検討を実施した。量
産化に際しては担体形状の事前検討を実施し、最も強度の高かった四つ葉を採用した。
採用した条件を元に量産化検討を行い、物性、活性、耐久性についてラボ触媒と比較・
評価した。その結果、物性面についてはラボ触媒と同等であり、活性面についてもラボ
触媒と比較して同等以上の活性を示すことが確認できた。耐久試験を行った結果、2500
時間経過後も転化率 90%以上を維持することが確認された。
引用文献
1)JPEC NEWS,11, P.1~4, (2014)
2) 水素エネルギーシステム, vol. 33, No.4, (2009)
3) 第 43 回石油・石油化学討論会 講演要旨 2D08, (2013)
4) 一般財団法人
石油エネルギー技術センター
PEC-2007L-01, (2008)
将来型燃料高度利用研究開発報告書