薬物動態情報を医薬品の適正使用に生かすための入門講座(7)

臨床薬物動態学入門
薬物動態情報を医薬品の適正使用に
生かすための入門講座(7)
明治薬科大学 薬剤学教授 緒方
Ⅷ
薬物動態パラメータの
収集と評価
F(バイオアベイラビリティ)、Ae(%)
(未変化体尿中排泄率)、CLtot(全身
宏泰
収 載 されて います。Goodman and
あります。しかし、薬物動態情報を得
Gilman'sのデータ集と合わせると、多
る手段にインタビューフォームを使うに
くの医薬品の薬物動態パラメータがこ
は重大な問題点が存在します。図2に
れらから得られます。但し、B/P比、
その問題点を示しました。
疾患時の変化、引用文献はついてい
ません。
インタビューフォームにおいて記載さ
れている薬物動態パラメータの現状把
クリアランス)
、Vd(分布容積)
、fuB(血
Clinical Pharmacokinetics TM
握のために、ある保険薬局で調剤され
漿遊離形分率)の5つのパラメータ、お
Drug Data Handbookは Avery's
ている主要な医薬品321の2000年1月
よびB/P(全血中濃度/血漿中濃度)比
Drug Treatmentと同一出版社から出
時点でのインタビューフォームを調査
が薬物の基本的な動態の推定および
されていることから、ほぼ似通ったデ
し、記載されている薬物動態情報の内
疾患時や薬物併用時の動態の推定を
ータ集となっています。
容をまとめました 。図3は、単回経口
1)
行う上で必要であることを述べてきま
Clinical Pharmacokineticsの巻末に
投与後の最高血中濃度(Cmax)
、最高
した。これらの値の入手、および得ら
も基本的な薬物動態パラメータ値が収
血中濃度到達時間(Tmax)
、血中濃度
れた値の評価に関し述べてみたいと思
載されています。やはり、B/P比、疾患
時間曲線下面積
(AUC)
、半減期
(t1/2)
います。
時の変化、引用文献はついていません。
の記載率を示していますが、記載率は
臨床薬物動態学の巻末には、Avery's
高く、約70%の医薬品において記載さ
Drug Treatmentの巻末に収載されて
れていました。Cmax、Tmaxは血中濃
いる薬物のうちから、我が国の医療にお
度の時間推移を表すためのパラメータ
いて重要と思われる医薬品のパラメータ
であり、同一条件で投与された場合、
値をAdis Internationalの許可を得て
血中濃度曲線がどのようなものになる
macological Basis of Therapeutics
収載しました。B/P比、疾患時の変化、
かの情報は与えますが、患者の病態に
の巻末には基本的な薬物動態パラメー
引用文献はついていません。
よる変化の方向を推定するための情報
1.参考書
日常、教育にあるいは臨床に用いて
いる参考書を図1にあげます。
Goodman and Gilman's The Phar-
は 含 んで いませ ん 。また 、C m a x 、
タ値が収載されています。また、B/P比
についても一部収載されています。疾
2.インタビューフォーム
AUCは生物学的同等性を判定するた
患時のパラメータ値の変化に関しても
各医薬品に関しては添付文書がつい
めのパラメータになっていますが、それ
情報が示されています。情報源の文献
ていますが、その中には、薬物動態の
は、同一薬物を含有する異なる複数の
が示されていることも便利です。
基本的パラメータ値は記載されていま
医薬品間における血中濃度の重なり具
Avery's Drug Treatmentの 巻 末
せん。それに替わる手段には企業から
合を判定する場合に用います。単独の
に基本的な薬物動態パラメータ値が
出版されているインタビューフォームが
医薬品について値を示されても、やは
図1
図2
薬物動態の基本的パラメータ値が
収載されている参考書
"Goodman and Gilman's The Pharmacological Basis
of Therapeutics", McMillan
"Avery's Drug Treatment", 4th Ed., Adis International
(1997)
.
"Clinical PharmacokineticsTM Drug Data Handbook"
3rd Ed., Adis International(1998)
.
D.R.Krishna and U.Klotz, "Clinical
Pharmacokinetics", Springer-Verlag, Berlin(1990)
.
緒方編著、増原、松本著、臨床薬物動態学、丸善
(2000)
.
12
図3
インタビューフォームの問題点
Cmax, Tmax, AUC, t1/2の記載率
100
5つの基本的薬物動態パラメータの記載率
が極めて低い
尿中排泄率には、未変化体の値ではなく、代
謝物を含む排泄率を示している場合がある
経口投与のデータが殆どであり、動態の特徴
付けが困難である
疾患時の動態変化の情報が手薄である
80
記
載 60
率
︵
% 40
︶
20
71.7
78.5
74.5
65.1
0
Cmax
Tmax
AUC
T1/2
(n = 321)
り、同一条件で投与された場合に血中
が分かります。このように、投与経路に
は静脈内投与される必要があります。
濃度曲線がどのようなものになるかの
関わらず、基本的薬物動態パラメータ
投与量をD、その結果、AUCiv、尿中
情報を表すのみです。しかも、注意し
の記載が行われていることは極めて少
排泄量Aeiv、消失速度定数kelが測定
ていただきたいのは、それらの値が必
ないことが分かりました。図6は調査対
されたとしますと、図7に示す流れに従
ずしも現在医療に供給されている製剤
象とした321医薬品の5つの基本的薬物
って、各パラメータが算出されます。
をもとにして得られた値でない場合も
動態パラメータがそろって記載されて
AUCivからCLtotが算出されます。
あることです。第Ⅰ相試験で得られた
いた割合を、Goodman and Gilman's
血中濃度推移が示されていることが多
The Pharmacological Basis of
AeivからCLR が得られ、さらに、CLeR
く、その製剤の処方が第Ⅱ相、第Ⅲ相
Therapeutics巻末とインタビューフォー
(腎以外のクリアランス;肝クリアランス
試験の途中で変更された場合に、示さ
ム
(IF)で比較したものです。Goodman
CLHに相当していると考えます)の値が
れている値と、実際に医療に供給され
and Gilmanでは約50%の医薬品にお
得られます。
ている製剤の値が異なる可能性があり
いて記載されているにもかかわらず、
ます。
インタビューフォームでは僅か1.2%であ
図4は、基本的薬物動態パラメータ
の記載率を示しています。遊離形分率
るという驚くべき実体が示されました。
インタビューフォームの項目に尿中排
D/AUCiv = CLtot
・
(Aeiv/D)= CLR
(D/AUCiv)
CLtot − CLR = CLeR
kelと算出されたCLtotの値からVdが
得られます。
fuBは70%程度記載されていますが、
泄率がありますが、私たちが必要なの
CLtot、Vd、Ae(%)は6%以下と極め
は全身循環血中に到達した薬物量に
もし、薬物が経口投与され、その結果、
て低くなっています。これらのパラメー
対する尿中に排泄された未変化体薬
AUCpo、尿中排泄量Aepo、消失速度
タは薬物を静脈内投与しないと算出で
物量の比です。腎クリアランスの見積
定数kelが得られたとします。バイオア
きませんが、対象とした医薬品が経口
もりのために必要です。しかし、尿中
ベイラビリティをFとしますと、図8に示
投与剤であることに原因があるかもし
排泄率に関する資料で非常に多いの
す流れに従って得られるパラメータは
れませんので、これらの医薬品で静脈
は、薬物の未変化体としての尿中排泄
以下のようになります。
内投与にも適用がある医薬品を選び
率ではないことです。代謝物も含め尿
AUCpo から CLpo が得られますが、
出し、これらのパラメータの記載率を
中に回収された量に基づいて記載され
CLtotは算出できません。
調べました(図5)
。29医薬品が該当し、
ている例が非常に多い点は特に注意
AUC の値は記載されていましたが、
が必要です。
CLtot/kel = Vd
D/AUCpo = CLtot/F = CLpo
AepoからCLR は算出されますが、Ae
(%)
は算出できません。
CLtot、Vdの記載率は14%、20%と低
5つの基本的薬物動態パラメータ値
い値でした。算出できるにもかかわら
を得るためには、全身循環に到達した
(Aepo/D)
・100 = F・Ae(%)
ず、それらの値を記載していないこと
薬物量が必要です。そのために、薬物
(D/AUCpo)
・
(Aepo/D)= CLR
図4
図5
基本的薬物動態パラメータの記載率
100
80
記
載 60
率
︵
% 40
︶
20
図6
静脈内投与後のAUCの記載がある
医薬品の薬物動態パラメータの記載状況
F
72.4
27.6
GoodmanGilman
73.5
CLtot 13.8
47.0
IF
6.2
6.5
CLtot
Vd
0
Vd
20.5
(n = 321)
0%
50%
記載あり
98.8
1.2
79.5
1.6
Ae(%) fuB
53.0
86.2
23.9
F
5つの基本的薬物動態パラメータの記載率に
おけるGoodman-GilmanとIFの比較
記載なし
100%
(n = 29)
0%
記載なし
50%
記載あり
100%
(n = 321)
13
臨床薬物動態学入門
kelとAUCpoからはVdは算出できませ
たが、独自に情報を収集し、評価し、
書館に文献複写依頼を出すことになり
ん。
加工できる条件がインターネットの普及
ます。また、文献のタイトルの横には
によって飛躍的に拡大してきています。
Related Articlesがあり、クリックする
すなわち、CLRは得られますが、CLtot、
臨床薬物動態情報は、PubMedによ
と、更に関連文献を拾うことができま
Vdは両者ともFを含んだ値となってお
って検索するのが最も便利です。無料
す。このように、情報検索、収集の環境
り、この値からは薬物動態の特徴付け
で検索できます。PubMedは米国NIH
は大きく変化し、容易に収集すること
はできません。但し、
(CLH/F)/QH ま
内のNational Library of Medicine
が可能となってきました。インターネット
たは(CLR/F)/QR の値が0.3の値より
(NLM)が行っている文献データベー
を利用した情報検索教育は現在では
(D/AUCpo)/kel = Vd/F
小さい場合に限っては、CLH、CLR は
ス(Medline)の無料サービスです。
殆どの薬学部、薬科大学で行っており、
間違いなく消失能依存性の薬物と考え
http:www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/
最近の薬学卒業生はその基礎知識を
ることができます。また、Vd/Fが20L
query.fcgi?db=PubMedによって入る
習得していると思われます。情報の収
より小さな場合に限っては、Vd=Vpと
ことができます。検索の詳しい方法は
集・検索・整理といった行為は簡単に
特徴付けできます。
いろいろな参考書が出ていますのでそ
行えるようになり、薬剤師の仕事は、情
れで学んでください。
報を収集することから、検索した情報
インタビューフォームには以上のよう
な問題点が存在するために、基本的な
例えば 、theophylline AND phar-
を評価・選択し最も適切な情報を臨床
薬物動態パラメータを入手する手段と
macokineticsをキーワードに入れて検
に発信するという質的にアップした内
しては使えるケースは少ないことが分
索をかけますと、2500以上もの文献の
容が求められる時代に来ていると感じ
かります。
著者名、タイトル、ジャーナル名が示さ
ます。時代は大きく変わりつつあります。
れます。文献リストは最も新しい文献
3.インターネット
から過去に遡るように示されています。
ケーススタディ:塩酸ドネペジル
効率よく迅速に薬物動態パラメータ
この場合には膨大な数の文献が拾わ
値や薬物動態情報を得るには、インタ
れていますが、検索式を工夫すること
ーネットを用いるのが現在では非常に
によって絞り込むことができます。詳し
便利となりました。薬物動態情報に限
く見たい文献のタイトルをクリックする
インタビューフォーム を用いて情報
らず、医薬品の情報はインターネットに
と、そのサマリーを見ることができま
の読み方と評価を行ってみたいと思い
よって居ながら速やかに効率的に収集
す。おおよその内容はサマリーで読み
できるようになってきました。費用もど
とることができます。また、そのページ
んどん安くなってきています。従来は、
を印刷しておきますと整理に便利です。
メーカの情報活動に頼る面もありまし
本文の内容を読みたい場合は近くの図
図7
図8
薬物動態の基本的パラメータ算出の流れ
AUCiv
D/AUCiv = CLtot
Aeiv
・100 = Ae(%)
(Aeiv/D)
・
(Aeiv/D)= CLR
(D/AUCiv)
CLtot − CLR = CLeR
kel
/kel = Vd
(D/AUCiv)
14
●インタビューフォームから得られる
薬物動態情報の収集と評価
2)
ます。経口投与製剤のみが販売されて
いることからでしょうか、従来通り、静脈
内投与したデータは記載されていませ
ん。経口投与のデータのみです。記載
図9
経口投与時の測定値から算出できる
薬物動態パラメータ
AUCpo
D/AUCpo = CLtot/F = CLpo
Aepo
・100 = F・Ae(%)
(Aepo/D)
・
(Aepo/D)= CLR
(D/AUCpo)
kel
(D/AUCpo)/kel = Vd/F
ドネペジルの薬物動態パラメータ
F
CLtot/F
Vd/F
(L/hr/kg)(L/kg)
−
0.141
fuB
kel
hr −1
0.217 0.083 0.008
医薬品インタビューフォーム 2002年6月改訂(エーザイ)
内容を図9に示します。
健康成人男子に単回経口投与した時
で あると記 載されています。k e l は
考 察
《クリアランス》
体重60kgとすると、CLtot/Fは140
CLtot/F、Vd/Fの値からも算出できま
す。
のCmax、tmaxに加えて、AUC、t1/2、
CLtot/Fの値が示されています。
mL/minとなります。Fが1より小さけれ
/
(Vd/F)
kel = CLtot/Vd =(CLtot/F)
クリアランスは単回経口投与時のクリ
ば、CLtotの値は更に小さな値となっ
= 0.65hr −1
アランスと表現されているので、CLtot/F
ていると考えられます。全身クリアラン
に相当する値と考えられます。
CLtot/F = 0.141 L/hr/kg
kelの値から、t1/2 = 86.6hr
分布容積は反復経口投与時の値として
示しています。Vd/Fの値と考えられます。
Vd/F = 0.217 L/kg
fuB = 0.083。binding sensitiveです。
単回経口投与した場合、投与後7日
目までに尿中に排泄される未変化体量
スは殆ど肝クリアランスと考えられます
ので、肝抽出比(EH)
は0.3以下の値と
なり、消失能依存性と推定されます。
CLtot = CLH = fuB・CLintH
CLtotf = ClintH
肝代謝によって主に消失する薬物です
ので、経口クリアランス
(CLpo)は次式
CLpo = fuB・CLintH/Fa
t1/2が約90時間であることから、半減
CLpof = CLintH/Fa
期の2倍程度の時間での排泄となってい
このように、CLtot/Fの値が小さい場
ます。体内からのほぼ完全な消失には
合には、F値が分かっていなくても、消
半減期の4倍程度は必要ですので、尿
失能依存性であることは推定できます
中排泄量はもう少し多いと考えられま
ので、特徴付けは進められます。
少ないことから、腎排泄は主要な消失
機構ではないと考えられます。肝代謝が
主要な消失機構と考えられ、CYP3A4
による酸化代謝が主要な消失経路と推
定されます。
患者に関連した情報としては、
『高齢
者ではt1/2が健康成人と比較し1.5倍
有意に延長したが、AUCには有意な変
化が認められなかった。アルコール性肝
の値から算出しますので間違いはない
と思われますが、Vd/Fの値に問題が
あるのではと考えられます。この点は、
後に考察します。
高 齢 者 で 半 減 期( = 0 . 6 9 3・V p /
ることから、fuB・CLintHの低下ある
いはVpの増加が推定されます。しか
し、AUCpo(=fuB・CLintH/Fa)には
有意な変化がなかったとされています。
仮に CLintH の低下があったとした
場 合 には 、検 討 され た 高 齢 者 では
のfuBの上昇を考えなければなりませ
体重60kgとすると、13Lとなり、Fが
1より小さければ、13Lより更に小さな
値となります。細胞外液中に殆ど存在
していることが推定されます。但し、
B/P(全血液中薬物濃度/血漿中薬物
濃度)比が有りませんので最終的な結
論は得ることができません。
Vd = Vp
Vdf = Vp/fuB
硬変患者でCmaxが1.4倍有意に上昇
したが、他のパラメータに有意な差は認
は、F値が分かっていなくても、Vpに
められなかった。腎機能障害患者では
相当することは推定できますので、特
薬物動態パラメータに健康成人と比較し
徴付けは進められます。
げられています。
きく食い違います。CLtot/FはAUCpo
CLintHの低下率とほぼ相殺する割合
《分布容積》
このように、Vd/Fの値が小さい場合に
有意差は認められなかった。』などが挙
値と、kel=0.008hr−1 としている値と大
(fuB・CLintH))は1.5倍に延長してい
で表せます。
は投与量の 9.4%であるとしています。
す。それを考慮したとしても腎排泄量が
示されたそれぞれの値から算出できた
《消失速度定数》
ん。とにかく、半減期の延長は専らVp
の増大によって説明されることになりま
す。しかし、一般には、高齢者でVpが
増大するとは考えにくいところです。矛
盾した結果となり、うまく説明できませ
ん。この薬物の場合、有意な差がない
ということは、
『差が有るとは言えなか
った』
ということであり、実際に差がな
いことではありません。また、有意差が
あったとしても、実際の値は臨床上重
要な差ではないかもしれません。原報
に戻って実際の測定値を見る必要があ
ります。このような表現にも惑わされず
CLtot、Vdの特徴付けをもとに、kel
に、統計的視点をしっかり持って読ん
は次式で表現できると考えられます。
でいく必要があります。また、このよう
kel = fuB・CLintH/Vp
kel= 0.008hr −1 、半減期約80時間前後
な binding sensitiveな薬物の場合、
総濃度に加えて遊離形濃度が測定され
15
臨床薬物動態学入門
ていれば、遊離形濃度から高齢者での
ない』とする結論にも問題があるかも
でも薬物動態の特徴付けが可能な薬
半減期延長の原因は明確にすることが
しれません。対象とした被験者の方々
物でした。しかし、それでも、情報が限
できたと考えられます。もし、先に考察
の臨床検査値などの背景因子が全く示
られており、疾患時にも遊離形濃度の
したように、fuBの上昇、CLintHの低
されていませんので、これらの考察の
変化は本当になく、用法・用量をこれ
下、Vpの上昇が起こっているとするな
妥当性の判断はできません。
ら疾患時にも変えなくて良いのかの判
らば、これらのパラメータの変化は遊
腎機能障害患者では薬物動態パラ
断はできませんでした。
離形濃度の上昇をもたらしますので、
メータ全てに健康成人と比較し有意差
総濃度のAUCに変化がなかったこと
は認められなかったとされています。
を理由に注意することは必要ないとし
腎障害時に主に酸化代謝を受けて消
以上のインタビューフォームの検討を
ていることは、場合によりましては問題
失する薬物の肝固有クリアランスが下
踏まえ、不足している情報の検索を
があるかもしれません。対象とした被
がったとする報告が時に見られます。
PubMedで行うことにしました。
験者の方々の臨床検査値などの背景因
ですから、肝代謝型薬物であっても、
子が全く示されていませんので、これら
腎障害時に薬物動態は変化するかど
度の時間推移を示す文献 から、ドネ
の考察の妥当性の判断はできません。
うかを検討することは必要です。ドネペ
ペジルの消失相における血中濃度の対
アルコール性肝硬変患者においては
ジルはbinding sensitiveであることは
数値の時間推移が2相性を示し、いわ
Cmaxが1.4倍上昇したが、他のパラメ
分かりますが、血漿中のどのたん白と
ゆる2 - コンパートメントモデルで表現
ータは有意な変化は無かったとされて
主に結合しているのかの情報は示され
される薬物であることが分かりました。
います。Cmaxが大きくなったにもかか
わらずAUCpoが変化しなかったとす
ていません。アルブミンは腎障害時に
は低下傾向が、α1- 酸性糖たん白は上
臨床上、臨床効果と対応させて薬物血
中濃度を考える場合は1-コンパートメ
るならば、kelが大きくなったとする以
昇傾向が認められます。仮に、アルブ
ントモデルで殆どの場合間に合うこと
外はありません。すると、AUCpo(=
ミンであるとしますと、fuBの上昇が考
fuB・CLintH/Fa)の値が変化していな
えられますので、その場合、AUCpoが
を述べましたが、薬物動態情報には、
どうしても2 - コンパートメントモデルに
いことから、fuB・CLintHが変化して
変化していないことから、CLintHの低
いないことになり、Vpが低下している
下の可能性が指摘できます。すると、
基づく情報が入ってきますので、ここで、
2 -コンパートメントモデルの場合の薬物
ことが推定されます。しかし、肝硬変
遊離形濃度のAUCpoは上昇している
動態パラメータとその算出方法を簡単
患者において、Vpの増大傾向はあり
可能性があります。kelにも変化がなか
に説明します。
得るにしても、Vpの低下は考えにくい
ったとすると、Vpは変化しなかったと
ところです。先に高齢者の場合と同様
考えられます。対象とした被験者の
2 -コンパートメントモデルに基づく
に、結果全体にバランスが悪く矛盾し
方々の臨床検査値などの背景因子が
薬物動態パラメータ(図10・11)
た内容を含んでいます。統計上は有意
全く示されていませんので、これらの
な差はなかったが、実測値は大きくな
考察の妥当性の判断はできません。
インターネットによる情報検索
ドネペジルの経口投与後の血漿中濃
3)
急速単回静脈内投与後の薬物血中
濃度の対数値を時間に対しプロットし
以上、インタビューフォームから抽出
ますと、直線2本の和として血中濃度が
この場合も実際のデータを見る必要が
できる内容を考察しました。ここで用
表現できます。そこで、薬物血中濃度
あります。また、fuB・CLintHが変化し
いましたドネペジルのインタビューフォ
は直線1本毎を表現する二つの指数項
ていないということは、fuBの上昇と同
ームは他の平均的なものに比べ、内容
の和として表現されます。
時にCLintHの低下が起こっている可
が比較的充実していると思います。ま
Cp = A・e −α・t + B・e −β・t
能性もあります。CLintHの低下が有る
た、主に肝代謝で消失し、Cltot/Fが
とするならば、
『総濃度が変化しなかっ
小さく、また、Vd/Fも小さい値でした
α、βはそれぞれの直線についての見
かけの消失速度定数です。α>βとし
たから、特別対応することは必要とし
ので、幸運にも経口投与のデータから
ます。
る傾向を示しているのかもしれません。
16
ここで、投与直後の薬物血中濃度が
数の分布容積を定義し、その値を使い
状態平均血中濃度(Cpssave)へ急速
比較的速やかに低下している部分は、
分けます。投与直後の血中濃度と体内
に上げるための負荷投与量の決定の
薬物が直ちに血液とは平衡にならない
薬物量との関係は次式で定義します。
ためには、定常状態における分布容積
組織への分布が主に現れている相で
が必要となります。
D = V1・Cp0
投与した直後ですので、体内薬物量は
Abssave = Vdss・Cpssave
主に寄与していますので、α相とも呼び
投与量Dに相当します。このときに用い
Vdss = V1+V2
ます。次によりゆっくりとした速度で低
るV1はCpの表現式からは次式になり
Abssaveは定常状態時における体内
下する部分になりますが、この相では
ます。
平均薬物量です。定常状態では、薬物
あり、分布相と呼んでいます。第1項が
薬物は血液と体内のほぼ全ての組織と
は血液を中心とするV1と分布に時間
V1 = A + B
の間で平衡が成立しており、薬物の体
V1は投与直後に薬物が分布している
がかかる組織の容積に相当するV2の
内から消失する過程のみが主体となっ
架空の体液量に相当します。直ちに分
間で平衡が成立していますので、V1と
ていますので、消失相と呼びます。ま
布する体液中にのみ薬物は存在しま
た、第 2 項が主に寄与していますので、
すので、血液、細胞外液を中心とする
V2の和となります。
2 -コンパートメントモデルでは見かけ
β相とも呼びます。
容積になります。
の消失速度定数が複数存在しますが、
薬物が体内に入って消失するまでの全
薬物治療では当然、ゆっくりと消失す
治療は主にβ相で行われることを考
る相の血中濃度が治療域の中央に来
えますと、β相での血中薬物濃度の時
体を通しての平均的な値を考えます。
るように調節します。長時間効果を維
間推移が表現できることが必要となり
その平均的値はMRTiv(薬物の体内
持できるためです。この相では薬物濃
ます。そこで、CLtotとβとの関連付け
での平均滞留時間)の逆数として表現
度が作用発現部位中の薬物濃度と平
できます。MRTの説明は、紙面の都合
衡になっていることから薬物濃度の高
をするパラメータが必要となります。そ
の役目は1-コンパートメントモデルでは
低を作用の高低と対応させて考察でき
Vdが担っています。そこで、Vdβを定
度定数との間の関係を次式で表現しま
ます。ですから、治療での興味は主に
義します。
す。この場合、Vdに相当する項も全体
上割あいします。CLtotと平均消失速
の容積Vdssを用います。
β相に置かれます。
β= CLtot/Vdβ
薬物動態パラメータの表現と算出法
を示します。全身クリアランスは1-コン
Vdβ= CLtot/β=(D/AUCiv)
/β
薬物が繰り返し投与される場合、定
1/MRTiv = CLtot/Vdss
Vdss = CLtot・MRTiv =
パ ートメントモ デルと同 様 定 義し 、
常状態での平均血中濃度が治療域の
(D/AUCiv)
・MRTiv
AUCivから算出します。
中央にあるように薬物の平均投与速度
文献 では日本人健常若年者の薬物動
を調節します。定常状態平均血中濃度
態パラメータが示されていました(図
はCLtotによって決定されますが、定常
12)。それによると、Vdss/F=852Lで
CLtot = D/AUCiv
分布容積には、用いる目的によって複
図10
図11
2 -コンパートメントモデル
急速単回静脈投与
定常状態を基本にしたパラメータ
A
lnCp
図12
2 -コンパートメントモデル
A+B
Cp = A・e -α・t + B・e -β・t
CLtot = D/AUCiv
V1 = D/
(A + B)
(AUCiv・β)
Vdβ = D/
β
B
t
3)
V1
V2
ドネペジルの健常若年者における
薬物動態パラメータ
F
−
Vdss =(D/AUCiv)
・MRTiv
Vdss = V1+ V2
CLtot/F
Vdss/F
(L/hr)
(L)
10.6
fuB
852.5 0.074
t1/2β
hr
59.7
A.Ohnishi, M.Mihara, H.Kamakura, Y.Tomono,
J.Hasegawa, K.Yamazaki, N.Morishita and
T.Tanaka, J.Clin.Pharmacol., 33, 1086-1091(1993)
17
臨床薬物動態学入門
した。このことから、インタビューフォ
36%とされています。肝クリアランスが
VT/fuTの増加によることが分かりまし
ームに示されていたVdはV1/Fである
かなり小さな値であると推定できるこ
た。脂溶性の高い薬物であること、高
と考えられます。ちなみに、Vdss/Fを
とから、経口投与後の肝初回通過効果
齢者では体脂肪率が大きくなることな
V d β/ F 相 当として、C L t o t / F と
は小さいと推定され、尿中に排泄され
どから説明が付く妥当な結果だと思わ
Vdss/Fからβを算出してみます。
た代謝物量はほぼ全身循環血に入っ
れます。半減期が長い薬物ですので、
β=(CLtot/F)
/
(Vdss/F)=
てから生成したものであると見積もる
繰り返し経口投与による定常状態平均
0.0091hr −1
ことができます。そのため、Fは小さく
血中遊離形濃度によって治療効果が決
ほぼ、インタビューフォームに記載され
見積もっても36%近くであると考えられ
定されると考えますと、CLintHの変化
ている値と同様の値となります。インタ
ます。
のみが重要な因子であり、検討されて
ビューフォームでは統一性なくデータが
示されていたことになります。
2 -コンパートメントモデルに従う薬物
いる高齢者群ではClintHの低下が僅
・VT
Vdss =(fuB/fuT)
CLtotに関しては、次式で表現できるこ
かであると推定されることから、用量・
とは変わりません。
用法の変更は必要ないと判断されま
を繰り返し投与する場合、次第に蓄積
CLtot = fuB・CLintH
す。一方、VT/fuTの1.4倍の上昇は、
し定常状態に達しますが、その血中濃
-α
度はA・e ・t で表される1-コンパートメ
CLtotf = CLintH
薬物を負荷投与した場合の遊離形薬
CLpo = fuB・CLintH/Fa
物濃度に影響を与えますので、負荷投
CLpof = CLintH/Fa
与する場合は、その量の増加を考慮す
-β・t
ントモデルに従う薬物と、B・e
で表
される1-コンパートメントモデルに従う
薬物の混合物の和になっていると考え
その結果、βは次式で表されます。
る必要があるかもしれません。この点
は、特に副作用と血中濃度との関連性
β = fuT・CLintH/VT
れば理解しやすいと思います。αはβ
に比べ大きな値になっていますので、
のデータから結論を出すべきです。今
文献では、日本人高齢者での薬物動
回はこの点に関しては割愛します。
同一投与間隔の終了時にはα相の薬
3)
態を若年者と比較検討していました 。
米国のアルコール性肝硬変患者を対
物濃度はβ相の薬物濃度より低くなっ
しかも、インタビューフォームの記載の
象に薬物動態を検討している 、やは
ています。ですから、繰り返し投与し
もととなっている論文のように思われま
り、インタビューフォームのもととなって
た場合、α相の薬物濃度は蓄積される
す。年齢は65歳から82歳、肝障害、腎
いる論文がありました。年齢39歳から
割合は相対的にはβ相を示す部分の
障害はない患者を対象にしていました。
58歳の患者を対象としていますが、臨
蓄積される割合より小さくなり、単回投
半減期は1.7倍に延長していることか
床検査値など患者の背景データは示さ
与では見られるα相の部分が次第にβ
ら、CLintHの低下あるいはVt/fuTの
れていません。どの程度の肝障害を示
相の血中濃度によって覆い隠されるよ
上昇が推定されます。また、この研究
す患者であるかが分からないのは、私
うになってきます。このことからも、β相
においては血漿たん白結合率が測定
たちが個々の患者に適用しようとする
の血中濃度を中心に考察することの妥
されており、fuBの変化は認められてい
立場からは、情報量が少ない論文で
当性が出てきます。
ませんでした。また、CLpo(=fuB・
す。Cmaxが1.4倍上昇したが、他のパ
CLintH/Fa)は86%に低下していまし
ラメータは有意な変化は無かったとさ
た。fuBが殆ど変化していないことより、
れています。C L p o は 8 6 %に 低 下 、
Vdss/F=852Lの値で、Fが非常に
CLintHの低下が86%程度であること
Vdss/Fは96%に低下、t1/2は1.3倍
小さいことを推定させる情報は見あた
になります。一方、Vdss/Fは1.4倍に上
に 増 加 して い まし た 。β = f u T・
以上の結果から、改めて、薬物動態
の特徴付けをやり直します。
4)
らないことから、Vdssは次式で表現で
昇し、有意な上昇となっています。この
CLintH/VTであることより、CLintHの
きると考えて間違いはないと思われま
ことからしますと、Vt/fuTが上昇して
低下があり得るかもしれません。また、
す。ちなみに、単回経口投与後の未変
いることになります。これらのデータか
CLpo(=fuB・CLintH/Fa)の値が僅か
化体と代謝物を合計した尿中排泄率が
ら、高齢者におけるt1/2の延長は主に
に低下していますが、fuBが上昇してい
18
るとすると、その割合以上にCLintHが
常であることから、血清アルブミンは低
した後に、インターネットを利用して、患
低下していることになります。一方、
下していないかもしれません。そのた
者の状況で、特定された因子がどの程
Vdss(=(fuB/fuT)
・VT)
が殆ど変化し
め、fuBは変化していない患者群であ
度変化するのか具体的なデータを探し
ていません。VT/fuTが変化するとし
ると考 えられ ます。そうで あ れ ば 、
ます。場合によっては、変化しないこと
なければ、fuBも対象とする患者では
CLpo、Vdss/F、t1/2が殆ど変化しな
が明らかになるかもしれませんし、大
上昇していないことになります。すると、
かったことより、CLintH、VT/fuTも変
きく変化するとの研究結果が出ている
CLintHも殆ど変化していないという推
化していないことが推定されます。遊
かもしれません。このようにして得られ
定になります。このように考えますと、
離形血中濃度が変化する条件はほとん
た情報をもとに、用法・用量の変更を
特に肝障害の患者であっただけに、
どないことより、用法・用量の変更は考
考えます。あるいは。その状況を予想
fuBの変化は是非測定していて欲しか
えなくてよい薬物であると考えられま
して患者のモニター項目に組み入れま
ったと思います。
『総濃度が変化しなか
す。
す。薬物動態の情報には不十分であっ
ったから、特別対応することは必要と
しない』
とする結論には問題があるか
たり、解釈が誤っているもののあったり
薬物動態情報を的確に収集するために
薬物治療を適正に進めるための基
もしれません。
しますので、このように、まず、自らが
視点を明確にして文献の検索や考察、
礎情報としての薬物動態情報を的確に
評価を行うことが重要です。そうすれ
を検討している 、やはり、インタビュー
収集するためには、ポイントをはずさな
ば、的確な情報を必ず得ることができ
フォームのもととなっている論文があり
いことが必要です。図13に的確な薬物
ると思います。
ました。年齢26歳から68歳、平均49歳
動態情報を得るコツを示しました。ま
の患者を対象としており、クレアチニン
ず、対象となっている薬物の基本的パ
クリアランスが 7 . 3 m L / m i n から 3 0
ラメータ値を収集します。パラメータ値
mL/min、平均18mL/minでした。尿
の大きさから、薬物動態の特徴付けを
中のたん白量は正常でした。fuBの値
行い、血中総薬物濃度と遊離形濃度を
は示されていません。CLpoは84%に
決定している要因を明らかにします。
低下、Vdss/Fは88%に低下、t1/2は
特に、遊離形濃度を決定している要因
105%に増加していました。また、別の
が重要です。次に、遊離形濃度を決定
文献ですが、ドネペジルは血漿中で
する因子が、対象としている患者さん
96%の結合のうち、75%がアルブミン
に、21%がα1- 酸性糖たん白に結合し
の病態や併用薬などの状況において
腎機能障害患者を対象に薬物動態
5)
6)
ていると示しています 。尿たん白が正
変化しうるかについて考えます。この
ようにして、ポイントとなる因子を特定
図13
的確な薬物動態情報を得るコツ
薬物動態の基本的パラメータ値を得る
遊離形薬物濃度を変化させる要因を特定する
対象となる患者さんの状況の中に、
該当する変動要因が有るかを推定する
インターネットなどを利用して、該当する状況に近い
条件での研究論文を検索し、該当する変動要因が
実際にどの程度変化しているかの情報を得る
[引用文献]
1)新田邦宏、三原 潔、緒方宏泰、インタビューフォ
ームにおける薬物動態報の現状と問題点、TDM
研究(accepted)
2)医薬品インタビューフォーム「アリセプト錠3 mg、
アリセプト錠5mg、アリセプト細粒0.5%」2002年6
月改訂、エーザイ株式会社
3)A. Ohnishi, M. Mihara, H. Kamakura, Y. Tomono, J.
Hasegawa, K. Yamazaki, N. Morishita, T. Tanaka,
Comparison of the Pharmacokinetics of E2020,
A New Compound for Alzheimer's Disease, in
Healthy Young and Elderly Subjects, J. Clin.
Pharmacol., 33, 1086 -1091(1993).
4)P.J.Tiseo, R.Vargas, C.A.Perdomo, L.T.Friedhoff,
An evaluation of the pharmacokinetics of
donepezil HCl in patients with impared hepatic
function, Br. J. Clin. Pharmacol., 46(Suppl. 1)
, 51- 55
(1998).
5)P.J.Tiseo, K.Foley, L.T.Friedhoff, An evaluation
of the pharmacokinetics of donepezil HCl in
patients with moderately to severe impared
renal function, Br. J. Clin. Pharmacol., 46(Suppl. 1),
56 - 60(1998).
6)M. W. Jann, K. L. Shirley, G. W. Small, Clinical
Pharmacokinetics and Pharmacodynamics of
Cholinesterase Inhibitors, Clin.Pharmacokinet.,
41, 719 - 739(2002).
19