(2015/4/3)標準的手法見直し案に対して日本から提出された

新生ストラテジーノート 第 180 号
2015 年 4 月 3 日
調査部長 江川 由紀雄
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標準的手法見直し案に対して日本から提出された意見を読む
格付け利用廃止、住宅ローンは LTV 等でとの提案に対する反応
バーゼル銀行監督委員会は、2014 年 12 月 22 日に、「信用リスクに係る標準的手法の見直
し」(原題:Revisions to the Standardised Approach for credit risk)と題する市中協議文書
を公表し、2015 年 3 月 27 日を締め切りとして意見募集を実施 1した。
バーゼル委員会に対して提出された意見は、さっそく、同委員会のウェブサイト上で公開 2され
ている。筆者が本日確認したところ、119 もの意見書が掲載されている。日本からは、全国銀行
協会、流動化・証券化協議会、日本商工会議所ならびに全国信用協同組合連合会の4か所から
提出 3されている。
「標準的手法の見直し」と同時に、内部格付手法における資本フロアに標準的手法を用いるこ
との是非についても意見募集が行われたために、本件は、内部格付手法を採用する金融機関に
とっても直接影響する問題となる。
バーゼル委が提案した内容については、日本語でも既に多くの解説 4が出ている。詳しくは、こ
1「バーゼル銀行監督委員会による市中協議文書『信用リスクに係る標準的手法の見直し』の公
表について」 金融庁 http://www.fsa.go.jp/inter/bis/20141224-3.html
日本銀行 http://www.boj.or.jp/announcements/release_2014/rel141224c.htm/
(いずれも 2014 年 12 月 24 日付告知) 以下、本稿脚注ではこれを「市中協議文書」という。
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Basel Committee on Banking Supervision, Comments received on the "Revisions to
the standardised approach for credit risk - consultative paper"
http://www.bis.org/bcbs/publ/comments/d307/overview.htm (意見提出者が匿名を
希望したものは掲載対象外)(本稿執筆時現在、このページに、意見募集の締切日が “27
February 2015” であった旨の記述がみられるが、正しくは対象となる市中協議文書の表紙に
記載されている通り、締切日は 2015 年 3 月 27 日であった。)
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提出元の団体名等から筆者が判断した。他の(本部が日本国外に所在する)団体から提出され
た意見にも本邦の金融機関の意見が反映されている可能性がある。
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一例として、青崎稔・小林俊 「信用リスクに係る標準的手法の見直し案」 『週刊金融財政事情』
2015.3.2.号 pp. 10—15
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うしたバーゼル委に参加している当事者による解説をご覧いただくとして、現行の扱いとの大きな
変更点として、まずは、格付会社の格付けの参照利用を廃止することが挙げられる。バーゼル2
以降(バーゼル3移行後も含む)の現行の扱いでは、「適格格付機関」(ECAI)として指定される格
付会社の格付けを参照してリスクウェイト等を決定できるものが多数ある。この格付け参照を廃止
し、リスクドライバーとして企業の場合は売上高とレバレッジ、銀行については普通株式等 Tier 1
(CET1)比率と不良債権比率を用いることを提案している。また、現行の扱いでは、抵当権でカバ
ーされている限りにおいて、一律 35%とされている住宅ローンのリスクウェイトを、個々のローン
について、融資率(LTV)と返済負担率(DSC ratio) 5の2つの指標を用いたマトリクスを定め、リス
クウェイトを決定することが提案されている。住宅ローンの DSC ratio (年間または毎月のロー
ンの元利払い額を債務者の年収または月収で割った値)を算出するうえで、債務者の収入(年収
でも月収でも可)は、 “after tax” (税引後)の値を用いることが提案されている。
日本の関係者から提出された意見の特徴
筆 者 は 、 全 国 銀 行 協 会 ( Japanese Bankers Association ) 6 、 流 動 化 ・ 証 券 化 協 議 会
(Securitization Forum of Japan)、日本商工会議所(Japan Chamber of Commerce and
Industry)ならびに全国信用協同組合連合会(Shinkumi Federation Bank)の4先からバーゼ
ル委員会に提出された意見書に目を通した。
このうち、全銀協が提出した意見書が最も分量が多く、論点が多岐にわたる。全銀協が提出し
た意見書では、今回の意見募集を最後とせず、第二次市中協議を実施すること、十分な水準調
整を行うべきこと、十分な準備期間と経過措置を設けること、外部格付け(格付会社の格付け)の
利用を引き続き認めることを要望している。また、全世界共通の画一的な基準ではなく、各国の裁
量を許容するべきことを提案している。銀行向けエクスポージャーに CET1 比率と不良債権比率
を用いる問題を指摘したうえで、外部格付けの利用及び代替的に CET1 比率に代えて総自己資
本比率を用いることを提案している。また、証券会社向けのエクスポージャーについて、銀行と同
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用語や用法は時代と共に変化する。バーゼル委が DSC と呼ぶものは、米国や英国などの英
語圏の住宅金融業界で DTI (debt-to-income) ratio と呼ばれているものと実質的に同じであ
る。日本でも、業界では、 DTI は一般的に通じる。業界用語の DTI は、ことばの表層的な意味
としては「収入に対する負債の比率」であるが、実際の用法では、ローンの(年間または毎月の)
支払額を収入(年収または月収)で除したものである。ことばの表層的な意味と実際の用法が異
なっていることから、バーゼル委は、実態を表し、誤解を招くことがない用語として、 “debt
service coverage (DSC)” を用いることを提案しているものと筆者は推測する。これを機に、これ
までの DTI が今後 DSC と言い換えられるようになるであろうか。
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全銀協は、自らのホームページに、提出した意見書とその日本語版を掲載している。
http://www.zenginkyo.or.jp/fileadmin/res/abstract/opinion/opinion270327.pdf
http://www.zenginkyo.or.jp/fileadmin/res/en/news/news150327.pdf
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じようなリスクドライバーが公表されているか否かで、銀行向けと扱うか事業法人向けと扱うかを
分ける問題についても指摘している。
事業法人向けエクスポージャーについては、売上高区分で大きくリスクウェイトが異なるマトリク
スが提案されているところ、(リテール向け扱いとならない)中小企業向けエクスポージャーのリス
クウェイトが大幅に引き上げられる問題点や、レバレッジ倍率については、業種によってレバレッ
ジ倍率が大幅に異なり、業種特性上、高レバレッジとなる鉄道や電力、メーカー系販売金融会社
等が差別されることを指摘している。更には、「各国の会計・税制の違い」が反映されてしまう問題
も指摘している。
住宅ローンについては、「リコース用とノンリコース用の二通り」のリスクウェイトのマトリクスを設
けるべきだとし、DSC 35%以下の部分を細分化し、より低い DSC により低いリスクウェイトを適用
するべきだと主張している。また、DSC 比率算出上の債務者の収入については、税引前の値を用
いるべきことを主張している。税引後ではなく、税引前の値を用いるべき理由としては、「税負担率
が同一であっても、間接税中心の法域では直接税中心の法域よりも税引後収入の水準は高くな
る」といった問題点を挙げている。
流動化・証券化協議会が提出した意見は、論点は2点のみに集約されている。ひとつめは、不
動産担保ノンリコースローンを、標準的手法にも導入するとしている特定貸付債権扱いとし、リス
クウェイトを一律 120%または 150%とするのは、実態を踏まえると、負担が大きいとするもので
ある。ふたつめは、住宅ローンのリスクウェイトを決定するにあたっての債務者の年収は、税引後
ではなく、税引前の値を用いることを認めるべきとするものである。
日本商工会議所は、中小企業向けエクスポージャーのリスクウェイトが上昇する問題に絞って
問題指摘を行っている。全信組連は、日本の協同組合金融機関の特徴を述べたうえで、中央機
関に対するエクスポージャーにつき、特別な配慮が必要である旨を述べている。
このように、日本から4先、世界から少なくとも 119 先からの意見が提出されたことを踏まえると、
関係者による解説記事にあったように、2015 年中に規則の最終化段階にまで進めるかどうかが
気になるところである。また、外部格付け(格付会社の格付け)の参照利用の廃止については、全
銀協以外にも、多くの先から提出された意見書で反対意見が述べられている。
日本における住宅ローン貸出の慣行
筆者の理解では、日本では、銀行であれ、それ以外の業態であれ、住宅ローンの申込者の税
引前の直近の年収を確認する審査慣行が長年にわたり定着している。源泉徴収票や所得証明、
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確定申告の写しなどの証憑を取得したうえで、「収入」の欄の金額を年収として扱う。クレジットカ
ードの審査と違い、証憑を省略し、申込者の自己申告(申込書への記入)のみをもって収入の情
報を取得し用いることは行われていない。つまり、日本の住宅金融業界の慣行としては、税引前
の収入を取得し審査に用いることと、申込者の収入については、本人の自己申告(申込書への記
入内容)を鵜呑みにするのではなく、源泉徴収票などの証憑の提出または提示を受けて、確認し
ていることが特徴だと言えよう。
いっぽうで、国によって住宅金融業界の慣行は異なり、債務者の収入については、税引後や税
と光熱費差引後の値を求めて、審査に用いる国も多くあろうし、申込者の収入の確認方法につい
ては様々であろう。
バーゼル委員会は、税引後の収入をベースに、DSC ratio が 35%以下か 35%超かで、リス
クウェイトが大きく異なるマトリクスを提案している。そこで、税引後収入ベースの DSC 35%は、
税引前に換算すると、どの程度になるのかを把握しておくことは有益だろう。
日本では、住宅ローンの典型的な借手は、年収 600 万円、30 歳代の会社員・公務員であるの
で、年収 600 万円の給与所得者の税引前と税引後の年収の差異を用いて換算すればよいので
はないかと筆者は考えた。筆者のおおざっぱな試算で恐縮だが、配偶者控除や扶養控除はない
ものとすると、給与所得 600 万円に対し、給与所得控除額 174 万円、給与所得 426 万円となり、
所得税は 42.45 万円、復興特別所得税が 0.89 万円、住民税が 43.0 万円と合計で、86.34 万
円課税される。この想定事例では、税引後の収入は、513.66 万円となり、税引後対税引前の比
率は 85.61%となる。よって、この想定事例の税引前 DSC の 35%は、税引後 DSC の 29.75%
に相当することになる。
なお、配偶者控除や扶養控除があれば、上述の筆者の試算例に比べ、税前と税引後の収入の
差異はもっと小さくなることに留意されたいまた、日本では、住宅ローン減税の制度があり、住宅
ローンを借りたうえで、住宅に入居すれば、その年から、年末の借入残高をベースに、税額控除を
受けられることで、住宅ローン利用者の負担が軽減されている。こうしたことを踏まえると、日本で
は、典型的な住宅ローンの利用者を想定した場合に、税引前の収入と税引後の収入は、そんな
に大きな差異はないのかもしれない。
補足: 「信用リスクに係る標準的手法の見直し」の要点
バーゼル委員会による「信用リスクに係る標準的手法の見直し」では、法人向けエクスポージャ
ーについては、格付け参照を廃止(外部格付準拠方式を廃止)し、売上高の規模とレバレッジ(総
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資産を自己資本で除した倍率) 7を基に、60%から 300%の範囲でリスクウェイトを決定すること
が提案されている。
図表1 法人向けエクスポージャーのリスクウェイト案
売上高
売上高
売上高
売上高
EUR 5 百万
EUR 5 百万超
EUR 50 百万超
EUR 10 億超
以下
EUR 50 百万以下
EUR 10 億以下
レバレッジ 3 倍以下
100%
90%
80%
60%
レバレッジ 3 倍ない
110%
100%
90%
70%
130%
120%
110%
90%
し 5 倍の範囲
レバレッジ 5 倍超
債務超過
300%
注: 原文では、「Leverage: 3x–5x」のような表現が用いられており、「以上」か「超」か、「以下」
か「未満」かがあいまいになっている。本稿では便宜的に「3 倍以下」、「5 倍超」と訳出したが、そ
れぞれ、「以下」ではなく「未満」、「以上」ではなく「超」と解釈するべき可能性もあろう。
出所: バーゼル銀行監督委員会(2014 年 12 月)を基に整理
銀行向けエクスポージャーは、ソブリン格付けや銀行の格付けを参照する方式を廃止し(つまり、
主要先進国の銀行であれば一律リスクウェイトが 20%になる扱いを廃止し)、普通株式等 Tier
1 比率(CET1 比率)と不良債権の水準に応じて 30%から 300%の範囲のリスクウェイトを適用
するとされている。抵当権でカバーされた住宅ローンについては、現行の一律 35%とする扱いを
廃止し、LTV (loan-to-value) 8比率と DSC (debt service coverage) 9比率に基づき、25%
から 100%の範囲のリスクウェイトを適用するとしている。また、DSC の算出にあたっては、債務
“Leverage means Total Assets/Total Equity, where both total assets and total
equity are determined by the accounting standards of the relevant jurisdiction.” (市
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中協議文著パラグラフ 24)
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“The LTV ratio is defined as the total amount of the loan divided by the value of the
property. For regulatory capital purposes, when calculating the LTV ratio, the value
of the property will be kept constant at the value measured at origination, unless an
extraordinary, idiosyncratic event occurs resulting in a permanent reduction of the
property value.”(市中協議文書パラグラフ 40)
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“The DSC ratio is defined as the ratio of debt service payments (including principal
and interest) relative to the borrower’s total income over a given period (eg on a
monthly or yearly basis). The DSC ratio must be prudently calculated in accordance
with the following requirements” (市中協議文書パラグラフ 41 前半)
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者の収入は税引後(after tax)の値を用いる
10と記されている。なお、債務者の収入については、
期中更新する必要はない。
図表2 抵当権付き個人向け居住用不動産担保ローン(住宅ローン)のリスクウェイト案
40%≦LTV
60%≦LTV
80%≦LTV
90%≦LTV
100%≦
<60%
<80%
<90%
<100%
LTV
25%
30%
40%
50%
60%
80%
30%
40%
50%
70%
80%
100%
LTV<40%
DSC
≦
35%
それ以外
出所: バーゼル銀行監督委員会(2014 年 12 月)を基に整理
(調査部長 江川 由紀雄)
6
“[T]he DSC ratio is defined using net income (ie after taxes) in order to focus on
freely disposable income”(市中協議文書 16 ページの本文)および “Total income must
10
be net of taxes and prudently calculated, including a conservative assessment of the
borrower’s stable income and without providing any recognition to rental income
derived from the property collateral.” (市中協議文書パラグラフ 41 後半)
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名称
:新生証券株式会社(Shinsei Securities Co., Ltd.)
金融商品取引業者 関東財務局長(金商)第95号
所在地
:〒103-0022 東京都中央区日本橋室町二丁目4番3号
日本橋室町野村ビル
Tel : 03-6880-6000(代表)
加入協会 :日本証券業協会 一般社団法人金融先物取引業協会
一般社団法人日本投資顧問業協会
一般社団法人第二種金融商品取引業協会
資本金
:87.5 億円
主な事業 :金融商品取引業
設立年月 :平成 12 年 12 月
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特定の商品やサービスの勧誘・提供を行う目的で作成されたものではありません。本書で言及されている投資手法や取
引については、所定の手数料や諸経費等をご負担いただく場合があります。また、これらの投資手法や取引について
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