《2015 年度研究計画》

総合文化研究部門
研究課題
代表(所属・職位)
キリスト教文化研究部
研究期間
2015.4.1~2018.3.31(3 年)
贖罪思想の社会的影響の研究
森島 豊(総合文化政策学部・准教授)
《2015 年度研究計画》
1)研究目的と意義
本研究では、キリスト教思想の中核にある贖罪思想の社会的影響を、聖書的根拠を通して、歴史的実証的に
調査する。贖罪思想は、社会倫理的効果をもたらす原動力として特に英国・米国の社会改良運動の中で現れた。
英国のキリスト教社会主義運動や米国の社会福音運動に代表される社会問題の解決を目指す運動を支えてい
たのは贖罪思想であった。近年では、人権思想や経済倫理思想にも贖罪思想の影響が考えられている。
申請者代表は最近、贖罪と訳される用語 Atonement の神学的意味の変遷が贖罪研究の発展と社会運動への展
開に関わっていることを発見した。けれども、キリスト教贖罪思想それ自体の歴史は長く、遡れば旧約聖書時
代から導き出されるものである。したがって本研究では、贖罪思想が社会的影響を与えるに至る経緯と展開の
メカニズムを解明するために、以下の三つの点に注目して研究を進める。第一に贖罪思想を支える聖書的根拠
を考察する。第二に、歴史研究を通して贖罪思想の社会的影響を解明する。第三に、現代の発展途上国での社
会問題解決(タイ、フィリピン)や人権法制化への運動に同様の効果を表している実例を調査する。
本研究の取り組みは、これまで本格的に研究対象とされてこなかった分野であり、極めて重要である。贖罪
論はキリスト教史の中で多くの研究がなされてきたが、それらの研究のほとんどが教理的関心に占められてお
り、社会的影響との関係が欠けていた。また19世紀後半から英国において贖罪論研究に熱狂的関心が高まる
が、その原因について注目するものがほとんどなかった。本研究の特色・独創的な点を一言でいえば、聖書的
贖罪理解の言語学的考察と影響史的考察を通して贖罪思想の展開と社会への影響を解明する点にある。
その結果と意義は次のとおりである。
結果1:今までに研究が少なかった贖罪思想の社会にもたらした歴史的効果と影響を示す。
結果2:従来の贖罪論研究の視野を広げ、更なる影響史的研究の道を開く。
結果3:アジアの発展途上国における社会活動の課題と展望を、歴史的思想的分析から客観的に考察できる。
結果4:既存文献に少ない贖罪思想の歴史的発展と展開を、思想史的に理解できる出版物ができる。
2)本学への貢献度
本研究成果は、贖罪研究の新たな視点を開拓するばかりでなく、社会事業を研究している様々な研究分野の
研究者、さらには人権問題や社会改善を扱っている活動家や NPO の人々に、思想的観点から運動の分析、課題
と展望を提供するものである。このことは、本学の建学の精神である「地の塩、世の光」の実践を神学思想的
に基礎付ける思索であり、青山学院大学がこの方面における学問的考察に大きく貢献することになる。
3)共同研究計画及び方法
本研究計画は、贖罪思想の展開と発展を、聖書的根拠と現代への影響の流れの中で捉える。その方法は文献・
資料の読解、現地調査および研究者相互間の討論を主とする。したがって、主要な研究スタイルは、文献資料
探索、文献資料読解、研究会・学会報告、関連分野研究者との研究打ち合わせ、現地調査などによって構成さ
れる。具体的には以下の五つの項目を計画している。
計画①:旧約聖書と新約聖書における贖罪理解の解明と関係:新約聖書が根拠とする贖罪に関わる旧約聖
書の言葉が、旧約の民において本来どのように理解されていた言葉であり、その後どのように展
開したのか、神学的に解釈史を明らかにする。(担当:大島・高砂)
計画②:贖罪思想の人権思想への影響とアジアへの社会運動の関係を解明する:ティンダル以降からモー
リスまでの Atonement 理解をピューリタンたちの叙述を中心に調査し、ピューリタン革命思想と
の関係を考察 し、贖罪思想の人権思想への影響を解明する。特に、これまで手が付けられてい
ないピューリタニズム運動における贖罪思想と創造論の関係を通して、人権の法制化過程の思想
史的研究を補強する。また、Atonement の言語学的考察と神学思想史研究を通して、これまでの
イギリス贖罪論史と社会運動との関係を再検討し、贖罪論研究の発展とアジアへの社会運動への
展開のメカニズムを解明する。(担当: 森島、須田)
計画④:アジアの発展途上国の社会改良運動における贖罪思想の影響を解明する:現代のタイ・フィリピ
ンの社会問題改善の動向と贖罪思想の関係を解明する。両国とも貧困とスラム街の問題を抱えて
いるが、その改善のために具体的活動をしているキリスト教団体の社会活動と贖罪思想の関係を、
英国と比較しながら調査し、仏教国(タイ)とキリスト教国(フィリピン)である両国の比較検
討をする。(担当:森島、高砂)
上記研究計画を3年間でおこなう。
2015年度:上記研究計画①-②における言語学的考察。研究計画③の現地調査。
1.旧約聖書(ヘブライ語)と新約聖書(ギリシャ語)における贖罪用語の使用法を調査。
2.ピューリタン神学者の Atonement、redemption(贖い)、propitiation(償い)の使用法を
調査。
3.19世紀以降英国贖罪論研究者と社会運動家たちの Atonement、redemption(贖い)、
propitiation(償い)の使用法を調査。
4.タイやフィリピンの救済施設やキリスト教少数民族への現地調査
2016年度:上記研究計画①-②の思想史研究。研究計画③の歴史研究と現地調査。
1.新約聖書における旧約聖書の引用と神学的解釈の解明
2.W.ティンダル(16世紀)から F.D.モーリス(19世紀)までの神学的用語 Atonement の
使用法の変遷を、ピューリタン神学者を通して解明。
3.タイ・フィリピン救済施設建設とキリスト教少数民族の背景の調査
2017年度:上記研究計画①-②の思想史研究と研究計画⑤の歴史研究と現地調査。
1.エディンバラにおける第一回世界宣教会議とアジアへの社会運動の関係の考察
2.タイ・フィリピンにおける社会運動の思想史的研究
3.上記1)2)における Atonement 思想の影響を考察
以上の計画を実行に移すために、各年度を通じた研究文献整理のための整備備品を最初に購入するほか、次
年度以降の研究用の基礎的な資料整理、複写等の作業を院生等に担ってもらうための研究補助費に、不足ない
予算措置をする。
1)研究体制
研究体制は、聖書神学の分野において、旧約聖書における贖罪思想を大島力、新約聖書における贖罪思想を
高砂民宣が担当する(高砂は初年度後期から海外研究休暇となるが、研究計画に支障はなく、むしろ海外の研
究動向を紹介する上で有益である)。次に、キリスト教史における贖罪思想の発展と社会倫理への影響を森島
豊と須田拓が担当する。特に、ピューリタン神学に関して専門家である須田拓に特別研究員として協力してい
ただく。最後に現代の発展途上国での社会改善運動と人権法制化への影響の研究を森島と高砂が担当する。発
展途上国への調査に関しては、長年関係のある関東学院大学の「国際理解とボランティア」と Child Fund Japan
に協力体制があり、現地関係者との情報、交渉において実績を持つ職員が在籍しており、円滑な研究調査をす
ることができる。
2)研究成果公表の展望
研究課題の進捗状況を確認する意味を含めて、成果を国内学会(日本基督教学会、日本旧約学会、日本新約
学会、日本ピューリタニズム学会などを予定)や国外学会(アメリカ宗教学会、国際旧約学会、国際新約学会
などを予定)で発表する他、公開シンポジウムを行う。また各自の研究成果については、年度ごとに今後の研
究進展のため紀要論文に掲載する。最後に、以上の研究成果をまとめて出版する。
《研究分担者》
代表
森島 豊
研究分担者・兼担
大島 力
髙砂 民宣
研究分担者・客員研究員
須田 拓