i 講演要旨 目次 午前の部 9:00-11:00 A-1 F301 教室 保健(1

講演要旨
目次
午前の部 9:00-11:00
A-1 F301 教室
座長:青山温子
保健(1)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2
コメンテータ:平山恵、久木田純

インドにおける野外排泄の撲滅:女性への過度な期待の帰結とは

ローカルな文脈におけるリプロダクティブ・ヘルス観と健康行動-西ネパール山岳部の農民
女性を事例として-
B-1 F302 教室
座長:森壮也
大石美佐
宮本圭
企画セッション:アフリカの障害と開発 主宰 森壮也・・・・・・ 4
コメンテータ:土橋嘉人、高橋基樹

開発主義体制下のエチオピアにおける保健医療政策と HIV 陽性者・障害者のニーズ

ケニアにおける障害者の法的権利と当事者運動-ろう者の運動をとりかかりとして-
西真如
宮本律子

アフリカにおける障害者とビジネス-コンゴ川の国境貿易を例に-

南アフリカの障害者政策-民主化後の「パラダイムシフト」と障害者権利運動の役割-
戸田美佳子
牧野久実子
C-1 F303 教室
主宰
吉田秀美
企画セッション:インクルーシブ・ビジネス評価の視点
座長:大野泉
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 9
コメンテータ:絵所秀紀、岡本真理子

インドのトイレビジネスと社会運動のハイブリッドによる社会開発

ドリシュティ社のインクルーシブ・ビジネス

インドにおけるプレオーガニックコットン・プログラム

企業にとってのインクルーシブ・ビジネスの課題と戦略-経済性と社会性の現実
鈴木真理
足立伸也
吉田秀美
中村延靖・鈴木美穂
D-1 F304 教室
座長:井村秀文

環境 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 14
コメンテータ:白川博章、小島道一
東南アジア市場展開に向けた分散型生活排水処理槽に関する 性能評価方法確立支援におけ
る課題検討-インドネシア国に対する支援事例-

ダイレクト・アクセスは途上国のオーナーシップを高めるか-セネガルにおける適応基金の
プログラムを事例として-

久保田利恵子
池田まりこ
社会ネットワークが水環境への配慮に与える効果-インドのウェスト・ベンガル州農村を対
象事例として-
田代藍・坂本麻衣子
i
E-1 F305 教室
座長:藤本耕士
開発経済・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 17
コメンテータ:山口しのぶ、松井範惇

MDGs 後の開発研究の課題

アジア地域における経済協力協定-その数量的な評価による現状分析-

開発における ICT 利活用の効果と可能性
F-1 F306 教室
主宰
小池治
岡野内正
対馬宏
内藤智之
企画セッション:開発援助と新しいパブリック・ディプロマシー
座長:柳原透
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
20
コメンテータ:佐藤寛、藤谷健

開発援助における官民パートナーシップとパブリック・ディプロマシー

米国の国際保健外交政策における官民連携-米国大統領緊急エイズ救済計画を事例として-
小池治
野口和美

国際支援関連ファンドの特徴からみた「パブリック・ディプロマシー」

開発援助における官民パートナーシップの多様性-新興国トルコの官民パートナーシップが
示す可能性-
G-1 F307 教室
座長:豊田利久

小沢康英
小林誉明
産業 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 25
コメンテータ:黒川基裕、平野克己
東アフリカ・ビール産業のサプライチェーン・マネジメント―2大ビール企業の比較―
西浦昭雄

バングラデシュにおける農村部での移動販売の研究-グラミン・ディスリビューションの販
売網構築を事例として-

産業クラスター開発-フィリピンに見る好事例-
H-1 F308 教室
座長:山田肖子

大杉卓三
英語(教育・格差) English (Education and Disparity)・・・・・ 28
コメンテータ:小川啓一、川口純
The interprovincial differences in the endowment and utilization of labor force by
educational attainment in Indonesia,

Mitsuhiko Kataoka
Princeling’s Privilege: Intergenerational Transmission of Political Influence on
Income,

上田隆文
Shen Menghan
Income Inequality in China's Special Economic Zones and Open Cities, Octasiano
Miguel VALERIO MENDOZA
ii
I-1 F309 教室
主宰
斎藤文彦
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
座長:斎藤文彦

企画セッション:3.11 後の日本から発信する開発研究
31
コメンテータ:重田康博、西崎伸子
「フクシマの教訓」は原発再稼動に活かされているのか?-リスク・ガバナンスを考える-
松岡俊二

被災女性の生活再建を促進する組織活動経験の検討-再建・解散を選んだ女性組織の比較か
ら-太田美帆

宮城県沿岸部の防潮堤問題と地域社会-地域の結束の両義性-
ラウンジ

ポスターセッション
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
清野佳奈絵
オンライン研究データベースにおけるコンテンツ生成のモチベーション-知識共有のための
持続的なプラットフォームに向けて-

35
イタリアにおけるバングラデシュ人移民の社会経済状況-ローマ市に暮らすバングラデシュ
人移民を事例に-

斎藤文彦
井上毅郎・山口しのぶ・高田潤一
Why are teachers absent?: Case of public primary schools in Uganda,
Takeru
Numasawa

インドネシアの公立学校における宗教教育が生徒に与える影響に関する研究
共通論題
J-1 外堀校舎 S406 教室
パネリスト
吉井翔子
11:10-12:40
共通論題:生物多様性と開発援助 ・・・・・・・・・・・ 39
新井雄喜、高田雅之、高橋進、村田奈都希
ファシリテータ
藤倉良(法政大学)
昼休み 12:40-13:20
午後の部 Ⅰ 13:20-15:20
A-2 F301 教室 保健(2)
座長:仲佐保

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 45
コメンテータ:喜多悦子、松山章子
パラオにおける科学的根拠に基づいた NCD 予防戦略にむけての提言-保健関連ポスト MDG 課
題としての NCD (noncommunicable diseases)- 青山温子・江啓発・三田貴・川副延生

Does the Sector-Wide Approach Contribute to Improve Efficiency of Health Systems in
Developing, Jia Li and Koji Yamazaki
iii

アフリカ諸国における HIV 検査施設の改善-建築学的視点からのプライバシー重視アプロー
チ-
市川達也
B-2 F302 教室 包摂
座長:穂坂光彦

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 48
コメンテータ:森壮也、甲斐田万智子
JICA全スキームにおける“障害と開発”のメインストリーミング-草の根技術協力(N
GO連携)等の分析を中心に-
土橋喜人

女性住民の組織化と女性障害者-バングラデシュの NGO の事例から-

インド・アーンドラプラデーシュ州農村部における女性の婚姻習慣-ダウリーに焦点を当て
て-
金澤真実
佐藤希
C-2 F303 教室 紛争・難民
座長:稲田十一
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 51
コメンテータ:滝澤三郎、山田満

第二次インティファーダの実証的要因分析

シリア都市難民支援の課題

紛争後のコミュニティレベルの平和構築過程における外部者の影響と市民社会構築への課
鈴木絢子
題: 東ティモールの事例から
平山恵
桑名恵
D-2 F304 教室 企画セッション:アジアにおける環境管理の諸課題
主宰
澤津直也
座長:金子慎治
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
54
コメンテータ:豊田知世、松本礼史

ASEANのフラグメンテーションと環境対策

中国の詳細な時系列データを用いた大気汚染の原因分析の試み

環境アセスメントの制度と運用-東南アジアを中心に-

中国における自動車リサイクル産業発展に関する現状と課題
喜田徹生
澤津直也・松本礼史
辻昌美
西山照美
E-2 F305 教室 企画セッション:科学・知識・権力―開発調査・研究における倫理性
主宰
佐藤峰
座長:西川潤
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
59
コメンテータ:北野収、伊東早苗

開発学の脱脳化―身体知・関係性・固有性を軸に―

「脱成長論」の意義と課題―ブータン王国の現況から考える―

調査と権力―世界銀行と「調査の失敗」―

「コミュニティ主体の保全」の現場で語られる「伝統」の是非―アフリカの環境保全=開発
佐藤峰
真崎克彦
松本悟
援助をめぐる科学と倫理の役割についての一考察―
iv
目黒紀夫
F-2 F306 教室 農業 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 64
座長:水野正己
コメンテータ:高橋和志、板垣啓四郎

農業技術の採用と夫婦のリスク選好-マダガスカルにおける田植え技術-

スラムの形成・拡大に見る農民の貧困および農業構造上の諸問題-ケニアの事例から-
福田彩乃
佐々木優

持続可能な開発への挑戦―フィリピン・ソーシャルビジネス組織設立の事例から―
西野桂子・相馬真紀子

草地利用権制度と自然災害リスク-モンゴルと内モンゴルの事例-
鬼木俊次
G-2 F307 教室 評価 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 68
座長:林薫

コメンテータ:戸堂康之、武藤めぐみ
トルコ国防災教育プロジェクトにおけるプログラム評価の試み
米原あき・丸山緑・澤田秀貴

知識創造型技術協力の試み― 国際協力におけるナレッジ・マネジメント― 新関良夫

経済発展におけるインフラストラクチャーのインパクト評価-選択的なサーベイ-
澤田康幸

エジプトの食糧補助金制度改革と再分配政策-ターゲティングをめぐる課題を中心に-
井堂有子
H-2 F308 英語(開発一般) English (General Issues) ・・・・・・・・・・・・・・ 72
座長:勝間靖

コメンテータ:花谷厚、中西久枝
Boosting Government Legitimacy in Persistent Violence: How does the public
perception of development, the judiciary and the police promote “shared values”
with the ruler? – The case of Helmand,
Akiko Kawabe

Aid Untying: At the Backstage of Development Cooperation, Masumi Owa

Development challenges in remote island community: A case study of Pangan-an island
in Cebu, Philippines, Andante Hadi Pandyaswargo and Naoya Abe
I-2 F309 企画セッション:経済発展のメカニズムと政策・支援:石川滋先生の貢献と現代
主宰
柳原透 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 75
座長:絵所秀紀

コメンテータ:山形辰史、小林誉明
開発経済学方法論での継承・発展-「市場経済発達 段階/類型」論 と「適応」の政治経済学
-
柳原透

経済開発研究での継承・発展-地域研究と歴史研究の観点から-

開発政策・開発援助政策の領域における継承・発展

開発援助実践での継承・発展-ベトナム「石川プロジェクト」からエチオピア「産業政策対
話」-
大野泉
v
高橋基樹
下村恭民
午後の部 Ⅱ 15:30-17:30
B-3
F302 教室
座長:澤村信英
教育

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 81
コメンテータ:黒田一雄、萱嶋信子
英語圏サブサハラ・アフリカ 4 ヶ国の前期中等教育段階における数学の教科書分析-ウガン
ダ、ケニア、ザンビア、ルワンダの第 9 学年の代数単元に焦点をあてて-
中和渚

途上国の学校効果論―Post2015 を見据えて― 田中紳一郎

中所得国の罠と人的資本の蓄積に関する実証分析

地域住民が参加するカリキュラム形成の現状と課題-ザンビア農村部を事例として-
佐藤惣哉
興津
妙子
C-3 F303 教室 企画セッション:紛争影響国における復興支援事業の長期的モニタリング
主宰
畝伊智朗 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 85
座長:畝伊智朗
コメンテータ:峯陽一、小山田英治

ネパールにおける平和で調和のとれた社会づくり

住民は大虐殺を乗り越えたか-スレブレニツァにおける民族融和の現状-
土肥優子・竹内麻衣子
橋本敬市・日比野崇

紛争影響地域における長期モニタリング事業への社会調査の活用-コンゴ民主共和国の事例
から-

片山祐美子・宿谷数光・滝川永一・岩本彰
DRC村長インタビューを通じたプロジェクトのインパクト認識
畝伊智朗・片山祐美子
D-3 F304 教室 土地・移転 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 90
座長:磯田厚子

コメンテータ:高柳彰夫、前川美湖
大型ダム建設に伴う移転村での生計回復状況の村ごとの差異 ―ラオス・ナムトゥン2ダムを
例として―
安藤早紀・坂本麻衣子

20年の時を経た土地取得事業の行方-フィリピン・セブ市都市貧困層の決断-

一党支配体制下のNGO-ラオスの土地問題を事例に-
早川裕子
林明仁
F-3 F306 教室 日本の経験 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 93
座長:黒田かをり

コメンテータ:上村雄彦、池野雅文
東北復興過程での支援手法・課題の地方活性化・途上国支援への適用可能性について
永見光三

戦後日本における生活改善運動の活用に関する一考察

国際公共財の観点から見る日本の難民政策

地方自治体による環境協力-国際協力とビジネス展開支援-
服部朋子
滝澤三郎
vi
小島道一
G-3
F307 教室
座長:戸田隆夫
援助政策
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 97
コメンテータ:近藤久洋、大森功一

日本の民主化支援における「介入度」の変動-政策過程分析-

適切な開発資金の政策目標とは?-GNI 比 0.7%目標の起源とポスト2015の政策目標-
下村恭民
浜名弘明

韓国政府開発援助(ODA)の時代別変化とその特徴 チョンヒョミン
H-3 F308 教室 英語(環境) English (Environment) ・・・・・・・・・・・・・・ 100
座長:宮田春夫

コメンテータ:金子慎治、上田晶子
Governance of Artisanal and Small-scale Mining (ASM) in Africa
behind Informal ASM Sector in Tanzania-,

- Structural Factors
Yoshio Aizawa
Factors Influencing the Continuity and Development of Payment for Environmental
Services Program in Citarum Basin, Indonesia: Farmers’Vulnerability and Risk
Management, O Patricia San Miguel and Hiroaki Shirakawa

The story of two villages in Inner Mongolia: A case study of changing farminggrazing relationship under climate change, Aitong Li and Maiko Sakamoto
J-3 外堀校舎 S406 教室
JASID 塾(JASID 人材育成委員会企画若手人材育成セッション)
-国際開発人材の育成とキャリア形成について考える ・・・・・・・・・・・・・・ 103
パネリスト
弓削昭子、松本悟、石原伸一、渕上浩美
ファシリテータ
佐藤寛
vii
午前の部
9:00-11:00
1
大石
インドにおける野外排泄の撲滅
―女性への過度な期待の帰結とは―
美佐(京都大学/国際航業株式会社海外事業部)
Eradication of Open Defecation in India:
With over-expectation for women’s roles
Misa OISHI (Kyoto University/ Kokusai Kogyo Co, Ltd.)
近年、目覚ましい経済発展が世界の注目を集めているインドであるが、農村部や都市スラムで
の公衆衛生の改善は、未だ大きな課題である。そのことを端的に示すのが、世界に類を見ない野
外排泄率の高さである。WHO とユニセフが全世界を対象に行った最新の調査では、日常的に野外
排泄をする世界の人口数(10.08 億人)のうち、約 60%(約 5.97 億人)をインドが占めている。
インド統計局の最新の国勢調査(以下、Census 2011)によれば、戸別トイレ普及率は 46.9%、野
外排泄率は 49.8%と、人口の約半分はトイレが整備されていない中、野外排泄を習慣としている
ことが明らかとなり、
「携帯電話の普及率より低いトイレの普及率」としてメディアでも大々的に
取り上げられることとなった。
このような状況を受け、
インド政府も、1980 年代後半よりトイレ普及率の低い農村部を対象に、
戸別トイレの設置を促す補助金政策を展開してきた。2014 年 5 月に発足したモディ政権において
も、引き続き積極的に戸別トイレの普及を推進するとし、世界銀行をはじめとする国際機関から
の支援を受け、野外排泄の撲滅を目指している。
このような野外排泄撲滅を目指す衛生事業においては、政府や国際機関によって、女性の果た
す役割の重要性が強調されている。女性は世帯内の衛生状況改善の要となる点や、女性の積極的
な関与が事業効果の持続性を高める点が指摘され、総論としての衛生改善活動における女性の果
たす役割については、疑問をはさむ余地のない中、インドにおいても、政府機関や援助機関の女
性達への期待は高まる一方といえる。また、多くの既存研究においても、トイレの普及が進まな
いことは女性の生活や健康に害を及ぼしている点や、女性がトイレの便益を理解し、衛生事業に
積極的に関与することが成功の鍵となるというような議論が多い。本発表では、インドにおいて、
衛生改善において女性がどのような役割を担っているのかを明らかにすると同時に、女性への過
度な期待が衛生状況の改善という事業効果を削いでいるとの仮説のもと、検証を行う。
実際には、国際協力機構(JICA)が 2014 年度に実施した「インド国トイレ整備に係る情報収集・
確認調査」において実施した 3 州(ラジャスタン州、ウッタル・プラデシュ州、タミル・ナドゥ
州)での合計 450 世帯を対象にした知識・態度・実践に関する調査(Knowledge, Attitude and Practice
の頭文字をとって KAP 調査と呼ばれる。)の結果をジェンダー、および事業効果の観点から分析
する。
分析を通して、野外排泄の撲滅及び戸別トイレの普及において、女性が、建設前の段階では、
需要創出者(demand generator)として、建設前、建設中を問わず啓発者(a change agent)として、また、
建設後は維持管理者(operator and manager)として、一貫して重要な役割を果たし続けていることを
明らかにする。同時に、逆説的に、戸別トイレは女性や老人のものとするイメージが強まり、男
性の間での利用が進まない点、一部の世帯構成員、及びコミュニティー内の一部世帯で野外排泄
の習慣が残り、公衆衛生上の便益が得られない点を示し、特に需要創出者としての女性への過度
な期待が事業効果を削いている現実を示す。
最後に、既述の通り、本発表は、国際協力機構(JICA)が 2014 年度に実施した「インド国トイレ
整備に係る情報収集・確認調査」に参加した際に得た知見に基づいているが、本発表における意
見は個人的見解であり、JICA の意見を代表するものではないことをお断りしておく。
2
ローカルな文脈におけるリプロダクティブ・ヘルス観と健康行動
―西ネパール山岳部の農民女性を事例として―
○宮本
圭(日本福祉大学大学院
博士課程)
Local reproductive health belief and its health behavior in case of female farmers of western
moutainous Nepal
○Kei Miyamoto (Doctor’s course, Nihon Fukushi University Graduate School)
本報告は、地理的な移動や教育・保健サービス、情報へのアクセスが限定されている西ネパー
ル山岳部の住民がもつリプロダクティブ・ヘルス観とその健康行動について聞き取り調査を行い、
地域住民が考え・行動するリプロダクティブ・ヘルスとはどのようなものかを検討したものであ
る1。
ネパールは保健指標、ことに母子保健指標が不良であるため、国家リプロダクティブ・ヘルス
政策を軸に基礎的妊産婦ケア・サービスの強化・拡大等による取り組みを行ってきたが、妊産婦
死亡率は 180(生産 10 万対、2010 年調整値)[UNICEF:2013,137]と未だ高い。その原因には、専
門技能者不在の自宅分娩率の高さや危険な人工妊娠中絶、サービスへのアクセスの低さがある。
また、東高西低と地域格差が大きく、西部ネパールではヒンドゥイズムや父権社会が有する価値
観、コミュニティの伝統的規範・慣習などが女性の健康に広く影響を及ぼしながら、施策上で地
域特性は鑑みられていない。
そこで、本質的なリプロダクティブ・ヘルス改善にはローカルな文脈における健康観・リプロ
ダクティブ・ヘルス観と健康行動の理解が不可欠と考え、農民女性を事例に調査2を行った。調査
の結果、ジュムラ郡ディリチョール V.D.C.3における住民のリプロダクティブ・ヘルス観とその現
状が明らかになった。リプロダクティブ・ヘルス観の主な特徴は 3 点である:a.15 歳を性・生殖
行動が開始するのにふさわしい成人とみなす、b.妊娠・産褥期の女性は通常と変わりなく、特別
な配慮は不要、c.女性の生殖器疾患の原因の一つを kamjori(虚弱)とし、治療の要否などを選
択するのは夫と考えている。そして、リプロダクティブ・ヘルスの実態として、a-1.15 歳周辺で
の結婚とそれに伴う若年妊娠・出産が常態的にある、b-1.妊娠中や産後も水汲み・畑仕事の重労
働に従事し、産後検診は利用されず、流産や子宮脱事例も少なくない、c-1. 生殖器疾患の治療ま
でに月単位の未受診期間がある、c-2.女性は、男性に相談しないでも受診できる無料の保健サー
ビスと伝統医療を往来していることがわかった。
個々の地域における本質的なリプロダクティブ・ヘルス改善を実践するため、今後、ローカルの
リプロダクティブ・ヘルス観に基づいた相対的かつ具現的な対策を検討していくことが求められ
る。
1 本報告は、2012 年度に日本福祉大学大学院国際社会開発研究科に提出された修士論文を基にしている。
2 調査期間は 2011 年 9 月 6 日~10 月 1 日、対象は 5 歳未満児を持つ母親、女性コミュニティ・ヘルス・ボランティア(FCHV)
、
医療職で、手法にキー・インフォーマント・インタビュー、参与観察、フォーカス・グループ・ディスカッション(FGD)を用
いた。
3 V.D.C.とは Village Development Committee 村開発委員会の意味で、ネパールの行政単位である。
3
企画セッション:アフリカの障害と開発
○森 壮也(日本貿易振興機構アジア経済研究所)
Disability and Development in Africa
○Soya MORI (Institute of Developing Economies, JETRO)
アフリカ諸国は近年まで紛争を経験し,現在も政治・社会的に不安定な状況にある国が多い。
一方,そのアフリカにも障害者が多数いる。むしろ,世界銀行が言うように世界の障害者の大多
数が開発途上国にいるという叙述に従うと,アフリカ地域にも障害者は多いことになる。では,
これらアフリカの障害者はどう開発に関与し得ているのだろうか,または関与から排除されてい
るのだろうか。東南アジアや南アジアでの「障害と開発」分野での知見は,この地域における彼
らをも包摂した開発に寄与しうるのだろうか。アフリカ開発会議(TICAD)のような日本のアフ
リカ支援の枠組みでも JICA や当事者団体によるプロジェクトを通じたアフリカの障害者の支援
が紹介され,セッションももたれた。一方,アフリカ域内枠組みである AU(アフリカ連合)に
よるアフリカ障害者の十年というこの地域の開発に障害者を包摂させようとする試みは,最初の
1999 -2009 年の取り組みは目立った成果を挙げることができずに失敗している。その後,2010-2019
年に第二次十年が組織され,再度のチャレンジがされているが,それがどれほどの成果を挙げら
れるかどうかは,まだ大きな期待はできない状況が続いている。
本セッションは,アジア経済研究所において 2012-2013 年まで実施された研究プロジェクトの
成果の一部である。本セッションでは,北アフリカからエチオピア,東アフリカからケニア,西・
中央アフリカからコンゴ民主共和国とコンゴ共和国,南部アフリカから南アフリカの 4 ヶ国を取
り上げて,各国における障害者と開発の関わりについて,それぞれ分析した結果を報告する。各
報告では,障害を個人の責任や医療の問題としてとらえる従来型の障害の個人・医療モデルでは
なく,障害を社会の問題としてとらえる障害の社会モデルの観点がベースとなる。アフリカにつ
いての分析は,これまでアジア経済研究所の「障害と開発」に関わる研究の中で明らかになって
きたアジア地域における実情とは異なる様相も見せており,2015 年からのポスト MDGs を考える
際にも,より広い視野を提供してくれる。
エチオピアの事例では,HIV 陽性者と障害者が主として取り上げられ,ポスト MDGs の議論で
モデルとして取り上げられているエチオピアの保健医療政策が,当事者ベースの支援でありなが
ら,障害者については成功していないと指摘し、その政策的要因について考察する。コンゴ民主
共和国とコンゴ共和国の事例では,両国の間に流れるコンゴ川での障害者たちによる交易活動の
実態と生計を支えた仕組みが解明された。東アフリカのケニアの事例では,2009 年の最新のセン
サスや障害者等系を元にケニアの障害者の実態を報告すると共に,同国の障害者法制の変遷と障
害当事者たちの関わりを特に 2010 年憲法に焦点をあてて取り上げる。南部アフリカの南アフリカ
のケースでは,アパルトヘイト体制からの民主化という同国の歴史が障害者施策にも大きな影響
を与えていること,その根底にあった同国の障害当事者運動について明らかにしている。
アジアにおいては,マクロ経済の成長や豊かな税収に支えられた政府による支援を,開発の参
加者としての障害者にも如何に公正に配分していくか,そのためのアクセシビリティ環境を整え
て行くかということが「障害と開発」でも重要な課題であったが,アフリカではストーリーは若
干,異なってくる。政策の整備は必要ではあるものの,そこのみに必ずしも期待できない国も多
いという問題や HIV/AIDS というアジア以上に深刻な問題,アルビノのようなアジアでは深刻な
問題にはなっていない障害などが人命に関わる問題として登場することなど,アフリカならでは
の「障害と開発」が取り組むべき課題もこれらの研究を通じて明らかになってきている。アフリ
カにおける「障害と開発」の研究は諸外国では取り組みの歴史があるところもあるが,日本では,
まだ端緒に付いたばかりである。本セッションが,同分野の日本での今後の研究の深化につなが
ることを期待したい。
4
開発主義体制下のエチオピアにおける
保健医療政策とHIV陽性者・障害者のニーズ
○西真如(京都大学)
How Does Health Policy of Ethiopia’s Developmentalist Government
Affect the Needs of People with HIV and People with Disability?
○Makoto Nishi (Kyoto University)
本報告では、エチオピアで生活する HIV 陽性者および障害者の生活の質を向上させるための取
り組みについて、同国の保健医療政策との関わりに着目して検討する。エチオピアの保健医療政
策は近年、ポスト MDG の政策目標に関する議論の文脈において低所得国のモデルケースと見な
されることが多い。しかし実際には、エチオピアの保健医療政策はトップダウン型の国民動員に
よる保健指標の向上に重きを置くものである。この手法は、HIV を含む感染症対策としては効果
的であるものの、陽性者や障害者の多様な健康ニーズに応えることを通してかれらの生活の質を
向上させるという視点を欠いている。障害の社会モデルを前提とした開発アプローチの視点から、
エチオピアの保健医療政策およびその背景にある同国の開発主義体制の問題点について検討する
ことが、本報告の目的である。
与党エチオピア人民革命民主主義戦線(EPRDF)による事実上の一党体制のもとにある同国政
府は、過去十年間の急速な経済成長を背景として、一種の開発主義体制の構築を目指してきた。
ここでいう開発主義体制とは、国家が開発の資源を独占して国民の福利の向上を目指した大規模
な公共投資をおこなうと同時に、市民社会を政策決定の場から排除し、社会経済開発における非
政府組織の役割を厳しく制限する体制のことである。
開発主義体制下のエチオピア政府は、保健衛生に関する基礎的な知識を国民に伝達する役割を
担う保健普及員の全国配置を軸として、保健分野への投資を推進してきた。そして同国政府の保
健政策は、トップダウン型の画一的な介入が有効な分野では、実際に国民の生活の質の改善に貢
献してきたといえるだろう。たとえば HIV 感染症の分野においては、予防に関する知識や医療の
普及で新たに HIV に感染する者が減少するとともに、HIV 治療の急速な普及によって、HIV 陽
性者の生活の質が大きく向上したのである。
他方で障害問題という枠組みにおいては、画一的な介入が有効な「障害者に共通の」ニーズを
想定することは困難である。また HIV 陽性者についても、実際には治療薬へのアクセスに止まら
ない多様な保健ニーズを抱えた人々を想定する必要がある。しかしエチオピア政府は、陽性者や
障害者の多様な保健ニーズを視野に入れた取り組みをしているとは評価しがたい。保健省が全国
展開している保健普及員の活動には、HIV 陽性者や障害者の生活支援に関わる取り組みは組み込
まれていない。
エチオピアにおいて陽性者や障害者の多様な保健ニーズを受け止め、その生活を支える努力は
事実上、当事者の運動に委ねられている。当事者が抱える多様なニーズを最もよく理解し、最も
適切なケアを提供できるのは当事者自身であるという考えにもとづくならば、当事者の生活支援
を当事者団体に委ねるという政策判断は、ひとつの見識であるようにみえる。また実際に同国に
は、与えられたリソースの範囲でその責任を果たそうとする当事者団体もある。問題は、政府が
陽性者や障害者の生活支援を当事者団体に委ねながら、当事者団体の活動に必要なリソースを提
供していないことである。また現在の開発主義体制のもとでは、政府が開発のリソースを独占し、
市民社会活動に敵対的な政治的環境をつくりだすことによって、実質的に当事者団体の活動を困
難にしていることが問題なのである。
5
ケニアにおける障害者の法的権利と当事者運動
―ろう者の運動をとりかかりとして―
○宮本
律子(秋田大学)
Disability and Development in Kenya
○Ritsuko MIYAMOTO (Akita University)
ケニアの障害者が置かれている実態は,アフリカ盲人同盟(AFUB : African Union of the Blind
[2007]や障害者人権促進インターナショナル(DRPI: Disability Rights Promotion International) [2007],
国際労働機関(ILO: International Labour Organization [2009] 等の当事者団体や国際機関の調査報告
で知ることができる。
ただし,これら 2000 年代に発表されたものはいずれも,WHO や World Bank による推計のデー
タに基づき状況を論じており,障害者の数や障害の種類別の割合などの基本的データが不明だっ
た。これは,当時のケニア政府の情報公開が不十分であったことと,そもそも信頼に足る障害者
統計が不在だったことが背景にある。しかし,2007 年に全国規模の障害者調査が初めて実施され,
その結果が 2008 年に発表されると,その後の新憲法の発布に向けての動きにも合わせるように,
2010 年ころからようやく様々な公的文書や統計がインターネット上でアクセスできるようになり,
政府発表のデータに基づき研究報告がなされるようになってきた。たとえば,2009 年のセンサス
(国勢調査)の結果を用いて障害者の社会経済的状況を分析した Ingutiah, Gideon and Chikamai
[2012] や,ケニア・ウガンダ・タンザニアの東アフリカ 3 国の障害者政策の実施体制を比較研究
した Yokoyama [2012] などが英語で発表されている。一方,日本語でケニアの障害者に関して書
かれたものとしては,障害者政策や当事者団体の活動などの全体像をとらえた調査研究はほとん
どないと言ってよい。
本報告では,最新のセンサス [2009]と障害者統計 [2008]をもとに,ケニアの障害者の実態を報
告する。さらに,法的権利に関わる文献資料を用いて,障害者に関わる法律の変遷をたどりなが
ら,ケニアの障害者の権利の実態を,国レベルと当事者レベルで考察する。その具体的な例とし
て,ろう者をめぐる状況と当事者運動を見ていく。特に,2010 年に発布された新憲法における障
害者の権利とその実施状況を詳細に分析する。
分析の結果,世界の他地域と同様に,ケニアでも,医学・リハビリモデルから社会モデルへの
変遷が見て取れることがわかった。ケニア政府は 2008 年 6 月に「ケニア・ビジョン 2030」 (Kenya
Vision 2030)を策定し,2030 年までの中所得国入りを目指しているが,その流れの中で障害者の
位置づけは明確ではなく,国連の貧困削減目標と障害者とを有機的に結び付けた開発と障害者と
いう観点からの政策はまだ途上にあることを報告する。
6
アフリカにおける障害者とビジネス
―コンゴ川の国境貿易を例にー
〇戸田美佳子(国立民族学博物館)
Persons with Disabilities and Business in Africa: A Case Study of Cross-Border Trade in the
Congo River
○Mikako Toda (National Museum of Ethnology)
アフリカ中部の大河コンゴ川を挟んで対位する都市ブラザヴィルとキンシャサ。国連の報告に
よると,コンゴ民主共和国(旧ザイール)とコンゴ共和国の首都である両都市は,2025 年までに
人口がキンシャサで 1500 万人,ブラザヴィルで 190 万人まで膨れ上がり,アフリカ最大の都市
圏になると推定されている(Brulhart and Hoppe 2011, 9)。この両都市の港では,植民地期のベ
ルギー領コンゴ(キンシャサ)とフランス領コンゴ(ブラザヴィル)の時代から国境貿易がはじ
まった(Gondola 1997)。そして現在,コンゴ川流通の一端を担っているのが,両都市に暮らす
身体障害者である。彼らは国境をまたぐ移動をおこなうことで,現金収入をえてきた。この障害
者の国境ビジネスに関してはこれまでフランスの公共放送 France 24(タイトル『障害者と商売
の王たち Handicapés et rois du commerce 』)をはじめ,複数のメディアで取り上げられてきた。
また先行研究のなかでも障害者のコンゴ川流通に果たす役割が指摘されてきた (Smith 2003;
Cappelaere 2011; Diakiodi 2011; De Coster 2012)。ただし,これまでの研究において具体的に
彼らの生計活動を調べた報告はなく,どれくらいの障害者がコンゴ川の国境貿易を担っているの
か,彼らの生計がどのように維持されているのかは明らかにされてこなかった。
そこで本発表では,ブラザヴィル河港で働く身体障害者の生活の実態を把握することをとおし
て,さまざまな立場や地位,階層からなる重層的なアフリカ都市社会のなかで彼らの生計維持基
盤がどのように成立してきたのかを考察していく。本発表で用いるデータは,主にブラザヴィル
市とキンシャサ市で実施した 2013 年 11 月および翌 2014 年 11 月に実施した現地調査に基づく。
2013 年の現地調査から,ブラザヴィル河港において障害者は4つの異なる仕事を営んでいるこ
とがわかった。コンゴ共和国は長く政情不安が続いてきたために公的な障害者サービスは大きく
低迷してきた。そのなかで実質的に障害者が利用できる公的サービスは公共交通機関の割引制度
のみとなっている。この限られた障害者サービスのなかで,障害者の生活の糧となっていたのが,
障害者割引制度を利用したコンゴ川を挟んだ二国間の国境ビジネスであった。障害者の国境ビジ
ネスは,障害をもっているからこそ,ある種の特権を得てきた。そして障害者が組織してきた団
体が,河港におけるコミュニティのなかで「公認」されることで諸権力から保護され,煩雑で不
透明な国境貿易のなかで正当な立場を主張することで仕事を勝ち取っていった。このように,公
的な言説を現実化することで組織の運営が実践されてきた。
つぎに、2014 年 4 月にブラザヴィル市警察当局のオペレーションによって引き起こった河港の
変化について,2014 年 11 月の現地調査と現地メディアなどの資料をもとに明らかにする。そこ
から障害者の国境ビジネスと当該国の関係を再考する。
最後に,コンゴ川における障害者の国境ビジネスから見えてくる彼らの生計活動の特徴から,
アフリカにおける障害の開発の在り方を模索していくことをめざす。
7
南アフリカの障害者政策
―民主化後の「パラダイムシフト」と障害者権利運動の役割―
○牧野久美子(日本貿易振興機構アジア経済研究所)
Disability Policy in South Africa:
The “Paradigm Shift” and the Role of Disability Rights Movement
○Kumiko Makino (Institute of Developing Economies, JETRO)
1994 年のアパルトヘイト体制からの民主化後、南アフリカ共和国では、差別禁止と基本的人権
の保障を明確にうたった新憲法を基礎として、旧体制下で制定された差別的な法律の撤廃や、差
別・抑圧を受けてきた人々の社会的・経済的地位の向上を目的とするさまざまな政策や法律の整
備が進められてきた。こうした民主化の過程において、障害者政策もまた、「パラダイムシフト」
ともいえる根底的な変化をとげた。障害に基づく差別を明確に禁じた新憲法のもと、障害は人権
問題となり、障害者は権利をもった主体として立ち現れた。アパルトヘイト体制の障害者政策が、
もっぱら障害を医療・福祉の問題として扱っていたのに対して、民主化後の政府は、障害の社会
モデルやメインストリーミング(あらゆる政策分野への障害要素の取り込み)を障害者政策の方
針として公式に採用し、政策決定過程への障害当事者の参加も進んだ。さらには、雇用における
アファーマティブ・アクションや、黒人の経済力強化(Black Economic Empowerment: BEE)
政策といった、アパルトヘイト秩序の変革を目的とする重要政策のなかで、黒人、女性とならん
で、障害者も歴史的に不利な立場に置かれてきたために配慮が必要なグループという特別の位置
づけを与えられてきた。
こうした障害者政策の変化をもたらす原動力となったのは、南アフリカの障害当事者の運動で
あった。運動の先頭に立ってきたのは、1984 年に障害横断的、かつ人種横断的な障害当事者の運
動として生まれた「南アフリカの障害者」
(Disabled People South Africa: DPSA)であった。DPSA
は、アパルトヘイト体制に対する政治的解放闘争で中心的な役割を果たし、民主化後に政権与党
となったアフリカ民族会議(African National Congress: ANC)との関係を深めながら、新政権
の障害者政策の策定に積極的に関与してきた。DPSA は、南アフリカの反アパルトヘイト闘争の
文脈のなかから生まれた運動であったと同時に、その発展は、
「私たちのことを私たち抜きで決め
るな」(Nothing about us without us)というスローガンをはじめとする、世界的な障害者権利
運動、とりわけ障害者インターナショナル(Disabled People’ s International: DPI)の歴史とも
深く関連していた。アパルトヘイト後の南アフリカの障害者政策は、南アフリカの国内政治と、
国際的な障害者権利運動や障害者政策の動向の両面からとらえうるが、この二つを結節し、国際
的な障害者権利運動や政策の動向を南アフリカ国内の障害者政策に反映させる役割を担ったのが、
南アフリカの障害当事者であった。障害者権利運動の政策的関心の特徴としては、差別禁止、当
事者代表性、障害者の開発参加の促進を重視してきたことが挙げられる。
本報告では、南アフリカの障害者の状況や障害者法制・政策の枠組みについて俯瞰するととも
に、南アフリカの障害者権利運動の歴史を紹介し、障害当事者が民主化後の障害者政策形成にど
のように関わってきたのかについて、イシューとしては多くの共通性をもちつつ対照的な展開を
遂げてきた、
HIV 陽性当事者運動と HIV/AIDS 政策の関係との比較も念頭におきながら検討する。
本報告は日本貿易振興機構アジア経済研究所「アフリカの障害者―障害と開発の視点から」研
究会(森壮也主査、2013~14 年度実施)の成果の一部です。
8
企画セッション:インクルーシブ・ビジネス評価の視点
吉田秀美(法政大学大学院)
Evaluation of Inclusive Business Models
Hidemi Yoshida (Hosei Graduate School)
インクルーシブ・ビジネスの本質的な特徴とは、実施主体が貧困削減などの社会的目的を掲げ
つつも、事業収入によって組織を維持し事業を継続させていくことを目指している点である。事
業主体は常に社会性(=どこまでインクルーシブであるか)と経済性(=事業継続に必要な収益
の確保)のはざまで葛藤しており、両者のバランスを欠くと事業が継続できなくなったり、社会
性の欠如を批判される。収益重視に走って批判を受け、社会的パフォーマンスが重視されるよう
になったマイクロファイナンス産業が好例である。
また、事業における貧困層の位置づけ(モノやサービスの販売対象なのか、生産者や事業パー
トナーなのか)によっても、成果を評価する視点は異なってくる。
「社会的意義のあるビジネスだ
から」という事例紹介にとどまらず、それぞれの位置づけに応じて一歩踏み込んだ評価をするこ
とで得られる具体的な教訓は多い。
本セッションでは、インドで行われているインクルーシブ・ビジネスとして、社会運動に収益
事業が取り入れられた事例、営利企業が始めたものの社会性重視の傾向が強まった事例を取り上
げ、それぞれがどのように収益を確保して活動を持続させているか、一方で社会性をどのように
担保しているかを検討する。そのうえで、貧困層の事業における位置づけや社会的コンテクスト
に鑑みた評価の視点を提言する。また日本企業の担当者が実際の事例に基づいて企業がインクル
ーシブ・ビジネスに携わる際の課題や戦略を報告する。
9
インドのトイレビジネスと社会運動のハイブリッドによる社会開発
- スラブ・インターナショナルの事例から○鈴木真理(法政大学大学院)
The hybrid social development with toilets business and social movement in India:
A Case from Sulabh International
○Mari Suzuki (Graduate School of Hosei University)
キーワード:トイレ、社会運動、Manual Scavenging、尊厳ある仕事、公衆衛生
【背景】
インドのカースト制度による差別は、インド憲法第 17 条によって禁止されているが、差別意識は
社会に根強く残っている。カーストの最下層である「清掃人カースト」の中には、未だに違法な排泄
物清掃(manual scavenging)で生計を立てざるを得ない人々が存在する。劣悪な労働環境のため、
下痢や呼吸器疾患、有毒ガス中毒などの健康被害が発生している。
【事例概要】
インドの NGO 団体である「スラブ・インターナショナル」は、違法な排泄物清掃から清掃人カース
トを解放すると共に公衆衛生の向上を目指し、ソーシャルビジネスとして「トイレ建設事業」を行い、
解放された清掃人カーストに対しては職業訓練を行っている。
【研究目的】
本報告では、スラブが行っている事業を通して、インドにおけるサステーナブルなソーシャルビジネ
スの展開には、併せて社会運動が不可欠であることについて報告する。
【研究方法】
第一回目の調査では、スラブ本部において、創設者から設立の経緯のヒヤリングを行った。また同
機関が運営する本部の職業訓練校の在籍者や、スラブが清掃人カースト解放運動に取り組んだ町の職
業訓練所の卒業生に対してインタビューを行った。
第二回目の調査では、本部で事業運営の財務的側面について聞き取りをし、更に解放運動の活動中
の農村で、
清掃人カーストの職業訓練生や同地域の別の階層の人々に対してもインタビューを行った。
【分析結果】
当団体の成果として、manual scavenging からの解放が大きく取り上げられることが多いが、主要
事業は、トイレ建設とそのメンテナンスである。併せて清掃人カーストが、職業訓練を通して尊厳あ
る仕事を得ることにより、当人のみならず周囲の人々の行動変化ももたらしている。
【参考文献】
・篠田隆(大東文化大)
『インドの清掃人カースト研究』春秋社、1995 年
10
ドリシュティ社のインクルーシブ・ビジネス
―インド農村部への持続的な教育・流通サービス提供の成功要因を探る―
○足立伸也(法政大学)
Drishtee’s inclusive business model:
Factors of success in sustainable provision of skill training and logistics services
to rural communities in India
○Shinya Adachi (Hosei University)
キーワード:インクルーシブ経営、持続的なサービス提供、フランチャイズ、ビジネスモデル
【事例概要】
ドリシュティ社は、
IT 会社を営んでいた 3 名が 2000 年に設立した営利会社である。
主な事業は ICT
を活用した農村住民への、1. 教育サービス、2. 金融サービス、3. 農村小売店への流通サービスの 3
つである。北インド 13 州に進出し、2012 年時点で、1,600 店舗のフランチャイズ加盟店、14,000 名
以上の起業家とビジネスを行っている。アショカやシュワブなどの国際的財団、WB や UNDP など
の国際機関、IBM やリコーなどの営利会社から注目を浴びる社会的企業である。
【研究目的】
同社のインクルーシブ経営を研究し、そのビジネスモデルや成功要因と課題を論じ、ビジネスを通
じた貧困削減のあり方を論じることが本報告の目的である。
【研究方法】
北インドのウッタル・プラデーシュ州ノイダ、同州の支店であるマトゥーラ、更にはパフォーマン
スの良し悪しを比較する目的で、農村のフランチャイズ店(コンピューター教育)2 箇所、農村の小
売店オーナー2 名に対してヒヤリングを行い、同社のビジネスモデルやマネジメント方法、村民の活
用状況などを明らかにした。
【分析結果】
1) ICT を活用したマネジメントが本社と支店の間で実施されており、支店の責任者の発言からも
ドリシュティ社が掲げる社会的ビジョンやミッションが支店にまで浸透している。
2) インド政府や銀行、多国籍企業などと連携、協働しながらのビジネス展開、フランチャイズ事
業は提供サービス毎にオーナーとドリシュティ社の収益配分の変更、多事業展開によるリスク
分散など、経済的持続性に注力しているビジネスモデルである。
3) フランチャイズ(コンピューター教育)の顧客は現地の中間層以上であり、同社が教育プログ
ラム終了時に顧客に提供するインド政府お墨付きの認定証に競争力がある。
4) 農村の小売店は、同社が日用品を卸す顧客であり、フランチャイズ先ではない。同社の良質な
商品を適正な価格で店まで納品されることで、様々なコストは削減されるが、取扱い総数の一
部を占めているのみであり、今後のかかわり方に検討の余地はある。
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インドにおけるプレオーガニックコットン・プログラム
―日本企業によるインクルーシブ・ビジネスを評価する―
○吉田秀美(法政大学)
Pre Organic Cotton Program in India:
Evaluation of a Japanese Companies’ Inclusive Business Model
Hidemi Yoshida (Hosei University)
キーワード:オーガニックコットン、小規模農家、日本企業、ローカルパートナー、価格変動リスク
【事例概要】
プレオーガニックコットン・プログラムは、音楽プロデューサーの小林武史氏が代表をつとめる株
式会社クルックと伊藤忠商事株式会社が、2008 年からインドで行っている事業である。小規模綿栽培
農家のオーガニック認証取得を支援するため、認証前の綿花を買い支えて POC のブランドで、日本
市場で販売している。2012 年には、国連開発計画が主導する、商業活動と持続可能な開発を実現する
ビジネスを促進する世界的なイニシアティブである、
「ビジネス行動要請(BCtA)
」の取組みとして
承認された。
【研究目的】
当プログラムに参加した農民はどのような属性を持ち、プログラムは参加者にどのような影響をも
たらしたのかを明らかにすることで、プログラムの意義を評価する。
【研究方法】
マディヤ・プラデシュ州とマハーラーシュトラ州の 2 つのプログラム実施地域で、ローカルパート
ナー、および類似のプログラムと取引関係のある地元企業に対してヒヤリングを行い、プログラムへ
のコミットメントの度合いや日本企業と関係性を明らかにした。また、参加者と非参加者に対する量
的調査(160 世帯対象)を実施し、参加者の属性やプログラムがもたらした収入への影響などを計量
経済学の手法で分析した。
【分析結果】
1)企業とローカルパートナーとの間で価格変動のリスク負担なども含めた契約をすれば農民に
は有利だが、企業の調達価格が高くなり、日本市場での販売量を増やす制約要因になりうる。
2)より貧しい地域のより不利な農民との取引を行えば社会的意義は大きいものの、日本市場の品
質水準を満たす商品の確保という経済的側面と相反する場合がある。
3)プログラムに参加していない農家は、①より多くの農地を保有して農薬や化学肥料を使用し収
量も多い世帯であるか、②もともと農地面積が小さく農薬を使用するゆとりのない世帯で、か
つ世帯主の教育水準が低い世帯である。
4)綿花収量で比較すると、農薬や化学肥料を使用する世帯の方が多いが、単位面積当たりの収入
(綿花販売額―生産コスト)は、参加世帯の方が多かった。
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インクルーシブ・ビジネスの課題と戦略
―経済性と社会性の現実―
○中村延靖(伊藤忠商事)
、鈴木美穂(伊藤忠商事)
Agenda and Strategies for an Inclusive Business Model:
Realties of Balancing Economic and Social Performance
○Nobuyasu Nakamura (ITOCHU Corporation), Miho Suzuki (ITOCHU Corporation)
キーワード:社会性と経済性、事業継続、戦略
【報告の目的】
本報告では、企業としてインクルーシブ・ビジネス(プレオーガニックコットン・プログラム)に
取り組むに至った経緯、国連との連携が企業の内部・取引先に与えた影響、プログラム参加者に関し、
外部からの調査を受けることの意味などを報告する。また、経済性(日本市場で商品を販売していく
こと)と社会性(社会的に不利な農民への支援)とをバランスさせて、事業を継続・成長させていく
ために必要な戦略についても議論する。
13
東南アジア市場展開に向けた分散型生活排水処理槽に関する
性能評価方法確立支援における課題検討
―インドネシア国に対する支援事例―
久保田利恵子(国立環境研究所)
Study on issues in establishing the standardized testing method of
decentralized wastewater treatment plant for marketization in Southeast Asian countries
Case study in Indonesia
Rieko Kubota (National Institute for Environmental Studies)
1.背景と目的
アジア途上国地域においては、生活排水処理技術が確立・導入されていないため土壌、水など周
辺環境の汚染を引き起こしているだけでなく、人の衛生にも影響を及ぼしている。これに対応す
るため、排水規制が設けられている国もあるが、規制を遵守・運用するための標準や制度などの
仕組みがない、もしくは規制自体がその国の実態とかい離した規制である、など課題は多く、実
質的に規制がその効果を発揮できていない。この課題に対する対応策の一つとして、生活排水処
理槽の普及とそのルールづくりがある。アジア途上国では下水道の普及率は低く、分散型生活排
水処理が現実的選択肢であると言われている。生活排水処理槽の性能評価試験の標準化というビ
ジネス市場でのルールづくりを通して、処理槽の性能評価試験はメーカーが出荷する前に実施さ
れ、排水規制を遵守する処理性能を確認することができる。また、処理性能が不足している処理
槽を判別することが可能になり、政府等が分散型排水処理施設を整備していく段階の入札等にお
いて適切な技術選択を促す技術指標となる。
2.性能評価試験づくりに向けた支援内容
現在インドネシア国を対象に、排水に関する規制官庁である環境省(KLH)、排水処理事業を管轄
する公共事業省(PU)、生活排水処理に関する学術的専門家を有するバンドン工科大学(ITB)ら
に対して、インドネシア国の法規制と実情に合わせた性能評価試験づくりを支援している。性能
評価試験づくり支援のプロセスとしては、1)日本、欧州などで適用されている性能評価試験方
法について情報収集、分析、2)同国の排水処理の需要、法制度、所轄官庁、市場プレーヤー、
研究機関などの特定、3)性能評価試験内容に影響を及ぼしうる気候条件、生活環境等の調査・
データ収集による技術的知見の蓄積、4)日本国内の専門家委員会の組成などを行ってきた。中
でも2)については処理槽の売り上げデータなどは存在せず、商業界別の企業リストはなく、企
業間同士も競合他社についての情報を多く持ち合わせていない、などゼロからの情報収集、分析
が必要となる。同国における分散型排水処理に関するルールづくりではまず①排水規制が遵守さ
れていないことに対する問題意識が薄く、ルールづくりへの機運醸成が必要であることから、関
係者の理解を醸成しルールづくりに巻き込んでいくためのネットワークと仕組みが必要であり、
人材育成などを通して支援を行っている。
3.今後の課題
将来的な課題としては各国の排水基準を満たした処理性能を持つ処理槽を普及するためにも、性
能評価試験結果の各国間の相互認証や地域共通の標準づくりにつなげていくことであり、同国を
はじめとしたアジア諸国の標準化機関への働きかけも必要となる。域内の処理槽性能評価基準が
統一化していけば、国別の製品規格等を変更することなく、地域内市場に展開していくことが出
来る。ヒアリングから、2015 年 12 月の ASEAN 地域統合を前に、メーカーらは分散型生活排水
処理の今後の市場拡大を目論み、現地における市場調査を開始している企業もあることを確認し
ている。これを可能にするには支援する側、される側、双方の官民の強い連携が求められること
から、国内、域内関係者らの理解醸成、信頼醸成を図るプラットフォームづくりのため支援者が
機会提供をすることが必要である。
14
ダイレクト・アクセスは途上国のオーナーシップを高めるか
―セネガルにおける適応基金のプログラムを事例として―
○池田まりこ(京都大学)
Direct Access enhances the Ownership in Developing countries?
Lessons from Adaptation Fund Program in Senegal
○Mariko Ikeda (Kyoto University)
1.背景
気候変動適応に対する資金需要が高まる中、2014 年に行われた COP20 において、国連環境計
画(UNEP)は、2050 年までに適応に必要な資金額は年間 2000〜2500 億ドルに達する見込みと
公表した。適応基金は京都議定書下に設立された新しい形態の資金メカニズムである。その特徴
として、クリーンメカニズム(CDM)で得たクレジットの 2%を財源の一部としており、民間資
金の動員が期待できる点、また、
「ダイレクト・アクセス」と呼ばれる、一定の水準を満たした途
上国の機関に直接資金を供与し運営を行う点が挙げられる。ダイレクト・アクセスは単に資金供
与の形態の変化だけではなく、途上国のオーナーシップを高め、気候変動や開発事業の目的を達
成するために資金を動員し、広い意味で能力開発を行う手法として位置づけられている。
2.目的
本報告では、2009 年〜2014 年に適応基金がセネガルで実施した「脆弱地域における海岸浸食
への適応」プログラムの成果と課題を、文献調査および現地調査に基づいて明らかにする。この
事例では、
セネガルの国内実施機関(NIE)として信託された生態モニタリングセンター(CSE)がその他の執
行機関との連携によって適応プログラムを実施した。CSE が NIE としてどのようにリーダーシ
ップを発揮し、事業を監督し運営したのか、さらに、ダイレクト・アクセスがセネガルのオーナ
ーシップを高めるために、機能した点と改善が求められる点について、SWOT 分析を用いてダイ
レクト・アクセスの有効性と今後の課題を検証する。
3.得られた知見
CSE が適応基金の信託の下で行った適応プログラムは、海岸浸食によって失われた居住区域の
護岸工事、塩害化された土地の回復、高波などの被害によって損害を受けた漁業加工業の整備な
どインフラに関わるプロジェクトとそれぞれの産業における雇用の創出、居住者のための適応訓
練など多岐にわたる。地元行政機関や NGO と密に連携しながら上記の成果を上げたことは、オ
ーナーシップを高める上で、ダイレクト・アクセスが機能した点であるといえる。また、従来行
われてきた国際機関の介入によって生じる取引費用を減じ、途上国主導型の枠組みとしての試金
石となった。
その一方、適応基金理事会が NIE に対して要求する信託基準である「財政の健全性」、
「制度上
の能力」、
「透明性と自己調査能力」について、CSE の能力が十分ではないとの指摘もされている。
予算の管理と執行における透明性の確保や不正防止は、今後解消すべき課題である。多くの機関
が NIE として信託基準を満たすことができずにいる現状もある中、セネガルの事例は適応基金が
今後の NIE 選定においてバランスのとれた基準を設定し順守し、途上国主導の適応戦略を進める
上でも重要な経験となった。
15
社会ネットワークが水環境への配慮に与える効果
―インドのウェスト・ベンガル州農村を対象事例として―
○田代藍(東京大学)・坂本麻衣子(東京大学)
Effect of social network on local people’s attitude toward water environment:
A case of a village in West Bengal, India
○Ai Tashiro (The University of Tokyo) and Maiko Sakamoto (The University of Tokyo)
インドでは、長年、農村部で飲料水源として利用される地下水のヒ素汚染が問題となっており、
これに対して、ヒ素汚染の深刻な農村に安全な飲料水を供給するためのパイプライン建設が進め
られている。パイプラインが導入された農村では、飲料水や料理用水といった生活用水源として
水道水が利用されている。新たな水源が加わり、安全な水を以前よりも利用できるようになった
ことで、地域住民の水環境への満足度が高まっていると推測される。一方、不適切な排水処理や
汚水を原因とする病気の発症といった、水利用行動の直接的・間接的な結果がもたらす水環境汚
染問題についても留意する必要がある。水環境の汚染は地域全体の問題であり、地域住民が主体
的に水環境の汚染に注意し、水環境の悪化を未然に防ぐようになるためには、まずは地域住民が
周囲の人々の存在を認識し、互いに水源を共有し合う、という他者との営みの中で水源を利用し
ているという、個々人の自覚が水環境への配慮につながるものと考えられる。
そこで本研究では、地域住民が主体となって水環境の悪化を未然に防ぐための方策を検討する。
このために、地域住民が現在の池の水質や天然に存在するヒ素がもたらす地下水汚染を含む水環
境をどのように認識しているかということを把握し、その中でも水環境に対するどのような認識
が、水環境への配慮を高める要因となるのを特定することを目的とする。地域住民個人が有する
水環境への配慮には、生活に余裕があるかどうか、といった対象者個人の特性と、互いへの信頼
といった結びつきの強さによる社会ネットワークの特性、それぞれが影響を及ぼしていると考え
られる。また、地域住民が属する社会ネットワークの特性が地域住民個人の水環境への配慮に与
える影響は、社会ネットワークによって異なっている可能性が考えられるため、地域住民個人の
水環境への配慮と社会ネットワークごとの水環境への配慮を分離して考慮する必要があると考え
られる。
以上の背景と目的のもと、2014 年 9 月にインドのウェスト・ベンガル州の農村で水資源やコ
ミュニティへの意識を調査するアンケートを実施し、このアンケート結果を分析した。調査は家
庭での水利用の中心となっている女性を対象とし、訪問面接形式で行った。分析には、回答者が
属する社会ネットワークの特性が回答者個人に影響を及ぼすのか、逆に、回答者個人の特性が属
するネットワークの特性に影響を与えているのか、を明らかにすることが可能な階層線形モデル
(HLM)を用いる。HLM は、回答者個人単位の情報と回答者が属する集団単位の情報が混在し、集
団内での類似性が疑われる階層的データを解釈するマルチレベル分析手法の 1 つであり、集団間
変動の推定も同時に行うことができる。これにより、水環境の悪化を未然に防ぐためには、回答
者個人の水環境への配慮の高さに特に着目して方策を立てるべきか、社会ネットワーク集団全体
の水環境への配慮の高さに特に着目して方策を立てるべきかを比較検討する。
分析の結果、対象地域では「周りの人は池を汚さないように気をつけていると思う」という周
囲の人々の水環境への配慮は、社会ネットワーク集団ごとに異なることが分かった。また、水環
境への配慮が高いという社会ネットワークの特性が、回答者個人の特性である「自分は池を汚さ
ないように気をつけている」という回答者自身の水環境への配慮に影響を与えていることが示さ
れた。分析結果をもとに、社会ネットワーク集団全体の水環境への配慮の高さに着目し、水環境
の悪化を未然に防ぐための地域住民にとって望ましい方策を提案する。
16
MDGs 後の開発研究の課題
―ジェフリー・サックス、ヴォルフガング・ザックス、スーザン・ジョージから学ぶ―
岡野内
正(法政大学)
Challenge of Development Studies after MDGs
: Learning from J.Sachs, W.Sachs, and S.George
Tadashi Okanouchi (Hosei University)
MDGs 後の開発研究の課題について、マクロ経済学的開発論、ポスト開発論、国際政治経済学
という三つの学問的アプローチをとる三人の代表的論者、ジェフリー・サックス、ヴォルフガン
グ・ザックス、スーザン・ジョージの所説を検討した結果に基づいて、批判的社会理論(Critical
Social Theory)の立場から、以下、三点にわたって問題提起をしたい。
第一に、階級支配の問題。サックスによって MDGs を失敗させたアメリカの政治腐敗の原因と
して、痛切に提起された。もっとも社会学的階級分析の吸収の点であいまい。ザックスの場合は、
国内については明確だが、国際関係ではあいまい。
「ダボス階級」の存在と支配戦略を告発するジ
ョージの場合は、逆に、被支配階級の分析であいまい。グローバルな階級支配システム分析の中
でミクロな開発(援助)実践の「意図せざる結果」を批判的に再評価することは、共通の課題と
なりつつある。
第二に、賃金労働への依存問題。サックスは労働力の脱商品化論に立脚するエスピン-アンデル
センの北欧モデルを評価し、アメリカへの適用を主張するが、アメリカ社会の賃金労働依存を「市
民的美徳の衰退」問題として提起するにとどまる。ザックスは環境問題の制約下での技術革新と
雇用拡大の矛盾に対して賃金労働の賞味期限切れと社会的給付と雇用の切り離し(ベーシック・
インカム導入)を問題提起するが、ドイツの国内問題として限定。賃金労働依存を問題にするジ
ョージは国際課税による福祉国家再活性化を構想するが、賃金労働者階級の将来についてあいま
いさを残す。賃金労働依存による(市民)社会空洞化の克服は共通の課題となりつつある。援助
資金による社会的現金移転(Social Cash Transfer)政策の広がりを、賃金労働依存からの脱却=小
市民階級の普遍的創出の方向性を持つものとして読み替えれば、グローバルな階級支配構造の転
換を展望できる。
第三に、公共圏の歪み問題。サックス、ジョージでは、一部の富裕者階級によるマスメディア
を通じての政治支配、すなわち市民社会空洞化による政治=民主主義空洞化の問題(MDGs 失敗
の原因)として提起されるが、公共圏の歪みが支配システムの構造的問題として把握されず、公
共圏活性化の展望があいまい(ザックスも同様)。上述の二つの論点を踏まえるならば、公共圏の
歪み問題は、被支配階級の賃労働依存の問題として把握でき、賃労働依存からの脱却による階級
構造の転換(小市民階級の普遍的創出)によって公共圏活性化が展望できる。現金移転政策にか
かわる小規模住民コミュニティでの公共圏活性化の事例は、このような視点から再評価できる(報
告者自身が現地調査で確認したナミビア、ブラジル、インドなど)。それは、MDGs が目指した
グローバルな人権保障と民主主義の基礎となる、グローバルな公共圏活性化の展望のなかで、先
進国の地域コミュニティの公共圏活性化の事例としても重要になる。
なお本報告は、拙稿(岡野内 正, 2015,「飢餓と貧困を放置する人類史の流れをどう変えるか?―
ジェフリー・サックス、ヴォルフガング・ザックス、スーザン・ジョージの近著をめぐって―」(上)
(下)
『アジア・アフリカ研究』55(1), 57-93; 55(2)(下)は 4 月刊行予定)を踏まえて、それを発展
させたものである。
17
アジア地域における経済協力協定
~その数量的な評価による現状分析~
東洋学園大学
対馬宏
Economic Partnership Agreements of Asian countries
-their quantitative evaluation on current situation
Toyogakuen University TSUSHIMA, Hiroshi
要旨
本発表ではアジア地域における経済協力協定の課題を特に日本が関わっている協定について提
示していきたい。
現在日本を中心に行われている経済協力協定には、日本・EU、TPP、RCEP、日中韓な
どがある。これらは先進国同士である日本とEUの協定、先進国+途上国となっているTPP、
先進国もさることながら途上国が大きな役割を果たすRCEPや日中韓がある。これらを比較す
ることを通じ先進国と先進国の協定、先進国中心ながら途上国も含まれる協定、途上国中心の協
定はどのような違いがあるのであろうかを明らかにすることが今回の発表の目的である。
先行研究と手法
経済協力協定を比較評価する手法については、貿易、中でも輸出を主軸に提示されることが一
般的である。たとえば、対GDP貿易比率、仕向地別輸出比率などから当該国に対してどのよう
な影響があるかを評価する手法である。本発表ではこれに加え直接投資、サービス貿易の影響を
も取り込み、対GDP直接投資比率、対GDPサービス貿易比率を算出することによりさらに詳
細な比較を可能にすることを検討する。また、サービス貿易については特化係数を各国別に求め
てそれを考察する。
サービス貿易にも注目するのは近年の経済協力協定が商品貿易中心の協定から非貿易財を重視
する協定に変わってきているからである。サービス貿易の自由化は関税引き下げという方法では
なく、制度の改革を伴う。そのため協定内容を一般化・共通化する過程で相互に内政干渉にも近
い法律改革を要請することも起こっており、今後の協定においてこのサービス貿易への考察が不
可欠と考えるからである。直接投資についても数値をとって調べるのは同様の理由からである。
(ただし、サービス貿易の伸び率は高いものの伸び幅では商品貿易に大きく及ばない。)
結果・考察・まとめ
具体的にこれらの比較・評価から明らかになることは以下の通りである。
①日本におけるアジアのプレゼンスの上昇、それに対比するかのようにアジアにおける日本のプ
レゼンスの低下。
②経済協力協定としてはASEAN内での相互依存・相互協力の高まり。
③途上国間で直接投資の役割がある程度高くなっている現状、および、それに対する評価。
(これまでの日本中心にカネの流れが発生しているという認識とは異なる実態が明らかになる。)
④サービス貿易に関して新しい流れの発生。
(製造業と密接なつながりにある知財分野と観光など製造業とは比較的遠い位置にある分野と比
較しつつ実態を明らかにする。)
以上のような分析を通じてアジアにおける経済協力協定の評価をどう考えるべきかを提示する。
18
開発における ICT 利活用の効果と可能性
―ナレッジ・シェアリング手法の変遷と IoT 技術を通じた考察―
内藤
智之(世界銀行)
Effects and Possibilities of ICT utilization for the Development:
A Consideration through the history of Knowledge Sharing Methods and IoT Technology
Tomoyuki Naito (The World Bank)
開発におけるナレッジ・マネジメント(KM)の重要性が共有されるようになり、すでに 10 年余
が経過している。世界銀行が 1998 年に世界開発報告書(World Development
Report;WDR)”Knowledge for Development” を発刊し、主に経済先進国において過去に経験さ
れた良い開発の事例を、発展途上国の経済発展・貧困削減政策を効率的に加速させるために共有
し(Knowledge Sharing; KS)適用すべき、という概念が開発業務従事者間で広く浸透した。KS
の手法としては、当初は伝統的な開発業務のプロセスの中で、シンポジウムやセミナー、特定テ
ーマに関するワークショップを関係者が一堂に集う対面形式(Face to Face; F2F)が主流であっ
たが、同 WDR 発刊前後から世界的にパーソナルコンピュータ(PC)が爆発的に普及し始め、イ
ンターネットも年を追う毎に世界へ浸透・普及していったことから、F2F によって生じる物理的
移動を含む様々なコストを軽減するためにも情報通信技術(Information Communication and
Technology; ICT)を利活用する創意工夫が進められてきている。ビデオ会議システム(Video
Conference; VC)やウェビナー(Webinar)や e ラーニングが代表的であり、インターネットを
介した実務者コミュニティ(Community of Practice; CoP)による情報の交換なども盛んである。
一方、2012 年に世界銀行から刊行された “Information and Communications for Development
2012: Maximizing Mobile” は、近年における携帯電話の世界中における爆発的な普及が、特に発
展途上国における開発に革新的な正の影響を与え始めていることを多くの具体例で報告し、開発
における ICT の重要性を再確認させた。特に、経済発展を促進するために必要不可欠な大規模情
報通信インフラ整備(固定通信網の敷設)向け資金を確保することは容易ではない発展途上国に
とって、近年の携帯電話における飛躍的な技術革新と低コスト化は、被援助側である発展途上国
にとってはより効率的・効果的に KS による恩恵を享受する機会が増加し、開発事案における自
らの主導的な役割を強化することにも繋がることから、援助側との伝統的な関係性さえ変容させ
得る。
さらにはコンピューターやスマートフォンだけでなく様々なものがインターネットによって繋が
れる「インターネット・オブ・シングス(IoT)」と呼ばれる新たな技術の開発が先進国を中心に
進んできており、インターネットの利活用は開発の側面においてますます経済機会の創出に貢献
することが期待されている。世界銀行は、このような潮流を踏まえ、2016 年度版 WDR の主題を
“The Internet and Development” と設定した。
本稿では、これら今までの開発における ICT の利活用が及ぼしている効果の現状を、特に低所得
国の政策立案プロセスにとって重要性を増している KS 手法の変遷に注目し報告することに加え、
今後の IoT 技術が開発に及ぼすであろう効果に関し考察を試みるものである。
19
企画セッション
開発援助と新しいパブリック・ディプロマシー
小池
治
横浜国立大学
冷戦構造の中で ODA(政府開発援助)は途上国の開発支援の中心的な役割を担ってきたが、
冷戦後の経済のグローバル化にともない、開発援助の主役は民間資本に取って代わられつつある。
近年の国際支援においては「官民パートナーシップ(Public–Private Partnerships: PPPs)の推
進が声高に主張されており、ドナーの援助疲れとも相俟って、国際機関の側も民間の資金や技術
の活用にますます期待するようになっている。
PPP が途上国の開発にとって有効かつ有益であるならば、その推進に議論の余地はないかもし
れない。しかしながら、開発援助の主導権が民間に移ると、企業の経済利益が優先され、人々の
安全や安心などの基本的権利が軽視されるおそれがある。例えば、製薬企業と連携して安価なワ
クチンを開発できれば、多くの子どもの命をマラリア等の感染症から守ることができるが、ワク
チン開発は貧困の原因そのものを除去するものではない。しかし、こうした基本的な論点は、米
国の財団や巨大企業の巨額の費用をかけたパブリック・ディプロマシーの前に霞みがちである。
そこで本セッションでは、開発援助における民間部門の影響力に焦点を当て、開発援助におけ
る PPP の実態や問題点について検討を行う。事例としては、国際保健(global health)を取り上
げる。また、セッションでは PPP が世界の主流となるなかで日本の政府開発援助の今後のあり方
についてもディスカッションを行いたい。
20
開発援助における官民パートナーシップ(PPP)とパブリック・ディプロマシー
小池
治
横浜国立大学
Public-Private Partnerships (PPPs) and Public Diplomacy in Development Assistance
Osamu Koike (Yokohama National University)
冷戦構造の終焉後、開発援助行政のランドスケープは大きく変容した。冷戦時代に西側先進諸
国は公的資金による開発援助(Official Development Assistance: ODA)を戦略的外交手段とし
て活用し、自由主義体制の維持拡大を図った。しかし冷戦後の経済のグローバル化によって途上
国支援に民間資金が流れ込むようになると、開発援助の主流は ODA から民間開発援助(Private
Development Assistance:PDA)へと移っていった。この開発援助の民営化ないし市場化の流れ
のなかで、国際機関やドナー国のあいだでは民間の資金や技術力を積極的に利用して援助の有効
性を向上させるべきであるとして、
「官民パートナーシップ」(Public - Private Partnerships :
PPPs)の大合唱が起きている。
こうした開発援助のランドスケープの変容は、いわゆるグローバル・ガバナンスの進展と同時
進行しているものである。地球温暖化ガスの削減やエボラ出血熱に象徴されるように、グローバ
ル・イシューにおいては各国政府代表で構成される国際機関よりも専門家の国際的なネットワー
クが影響力をもつようになっており、こうした国際的な政策ネットワークの政策決定にいかに影
響を及ぼすことができるかが、各国の重要な外交課題となっている。
こうした状況の中で、いま「パブリック・ディプロマシー」に再び注目が集まっている。パブ
リック・ディプロマシーとは、広報や文化交流を通じて、民間部門とも連携しながら、外国の国
民や世論に直接働きかける外交活動をいう。冷戦構造下では、激しいヘゲモニー争いのなかで各
国政府が広報外交を繰り広げた。だが、ポスト冷戦のグローバル・ガバナンスにおいては、主権
国家に代わって、グローバルに活動するフィランソロピー団体や巨大企業によるパブリック・デ
ィプロマシーが国際世論に大きな影響を与えるようになってきている。
本報告では、以上のような観点にたち、開発援助の新しい潮流である官民パートナーシップの現
状を考察するとともに、新しいパブリック・ディプロマシーがはらむ問題点を検討することとし
たい。
21
米国の国際保健外交政策における官民連携
-米国大統領緊急エイズ救済計画を事例として-
野口和美(神戸女子大学)
US Global Health Diplomacy Policy:
A Case Study of President Emergency Plan for AIDS Relief
Kazumi Noguchi (Kobe Women’s University)
はじめに
2014 年に、西アフリカのエボラ出血熱を初め、日本においても 70 年ぶりにデング熱が発症する
など、国内外において感染症への関心が高まったとともに、特に、エボラ出血熱に関しては、2015
年 1 月の米国大統領一般教書演説にも、継続した支援が必要であると明言されている。更に、
HIV/AIDS 予防に関するミレニアム開発目標(MDGs)を達成すべく様々な取り組みがなされてい
る。MDGsレポート 2014 年版によると、HIV/AIDS の新規感染者数は 44%も減少しているが、
2012 年の世界の HIV/AIDS 感染者数は、3500 万人にのぼり、最多数となっている。このような2
つの大きな感染症という複雑な課題に取り組むには、政府だけではなく、民間との連携が必要不
可欠となっている。本報告では、米国での現地調査を基にその連携関係を明かにし、国際保健政
策の国際保健援助に被援助国の米国政策支持への影響を考察する。
米国の国際保健外交政策
2014 年の 3 月に西アフリカで発症したエボラ出血熱への米国の援助額は、先進国の拠出額の 35%
を占めており、2014 年 12 月にも米国議会は、約 60 億ドルの援助を決定した。民間支援も、ビル・
アンド・メリンダ・ゲイツ財団(BMGF)やポール・アレン財団を初めとして 1 億ドルの援助を
提供している。エイズ予防政策にかんしても、ブッシュ政権及び現政権において米国大統領緊急
エイズ救済計画(PEPFAR)が実施され、BMGF に限らず、米国政府は様々な民間財団や企業と連
携し、エイズ予防や治療プログラムを実施している。
研究手法
国際保健外交及び官民連携に関する文献調査、2014 年 10 月から 3 月にかけて、米国国際開発庁、
国務省 PEPAFAR 担当者、ビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団プログラム担当者等に聞き取り
調査及び財団センターでの調査を実施した。PEPFAR 実施前後を PEW 研究所の PEPFAR 対象国
における米国政策への好感度調査を基に比較した。
結果
官民連携関係における民間の政策策定に関する影響は、プロジェクトによって、政府側が既に内
容を決定しそれに対してどのような支援が民間側が出来るのか尋ねてくる場合や民間側にプロジ
ェクト内容に関して斬新アイデアを求め来る場合もありプログラムによって違っている場合もあ
るということが明らかになった。1969 年の税法により、民間フィランソロピーの政治活動への制
限されているため、政策への関与を躊躇している部分もある。PEPFAR 対象国の米国の政策に対
する好感度は、対象国によっては顕著な変化が現れている。
22
国際支援関連ファンドの特徴からみた「パブリック・ディプロマシー」
小沢
康英
神戸女子大学
The US Foundations' Grant-making Trend and Public Diplomacy
Yasuhide Ozawa (Kobe Women’s University)
開発援助において民間の資金や技術力を積極的に利用して援助の有効性を向上させようという
流れが高まるなかで、政府の単独の活動に限らず民間部門とも連携しながら、外国の国民や世論
に働きかける外交活動である「パブリック・ディプロマシー」が担う役割も重要度が増してきて
いる。ただ、
「パブリック・ディプロマシー」の担い手は、先進国の支援財団や巨大企業が主体で
あり、開発援助や外交活動において民間部門のウエイトが増すと、企業の経済利益が優先され、
人々の安全や安心が軽視されるなど、様々な懸念・課題が生じてくる。
このため、先進国の支援財団や巨大企業が実際、開発援助・国際支援に関してどのような活動
を行っているか検証していくことが重要となる。
「パブリック・ディプロマシー」の担い手は、様々
な主体で構成されるが、対象をアメリカの国際支援関連ファンドに絞り、アメリカの Foundation
Center が保有する国際支援関連ファンドのデータ(2013)を用いて分析を行った。
国際支援関連ファンドのデータ(2013)の内容としては、各ファンドが実施した個別の施策につ
いて、施策毎に、支援した国、支援金額、支援受取団体のタイプ、支援先の活動趣旨、具体的な
活動内容などが記載されている。こうした Foundation Center のデータに含まれる内容を基に、
統計分析(主成分分析)を通じて、活動の特徴を把握・分析を進めた。
23
開発援助における官民パートナーシップの多様性
~新興国トルコの官民パートナーシップが示す可能性~
小林誉明
横浜国立大学
Multiplicity of Public-Private Partnerships in Development Assistance
Takaaki Kobayashi (Yokohama National University)
OECD の DAC(開発援助委員会)における ODA の定義見直しの動きに見られるように、こ
れまで公的な枠組として提供されることが主流であった開発援助の位置づけが大きく変動しよう
としている。こうした動きは、援助セクターにとどまらない公的事業の主導権の官から民への移
譲、「官民パートナーシップ(Public–Private Partnerships: PPPs)という大きな潮流のなかに
位置づけられるものである。
こうした動きをディプロマシーの観点からみた場合、政府主導のディプロマシーから民間によ
るディプロマシーへの「移行」とみることができ、実際に「国の顔が見えなくなる」ことへの懸
念も言われている。しかし、米国等にみられるように、政府と民間財団等との「協調」的なパー
トナーシップもあれば、中国にみられるように政府と企業とが「一体」となって推進されるパー
トナーシップの形もある。
こうした官民パートナーシップの違いはどこから生まれるのであろうか。本研究では、外部か
らみると一体的に推進されているように見えるものの、その実、政府と民間とが「競争」しなが
ら対外援助を展開しているトルコに着目し、そのパターン形成の要因を分析する。
新興国ドナーであると同時にイスラム国ドナーであり、アジアドナーでも欧州ドナーでもない
というという特徴をもつトルコの事例から、日本の援助の方向性についての一つの示唆を得よう
とするものである。
24
東アフリカ・ビール産業のサプライチェーン・マネジメント
―2 大ビール企業の比較―
○西浦昭雄(創価大学)
Beer Industry and Supply Chain Management in Eastern Africa:
Comparison of Two Major Beer Companies
○Akio Nishiura (Soka University)
アフリカでは、経済成長に伴い購買力を増加させる中で、内需主導型産業である農産物加工業
の成長がみられる。なかでもビール産業は、SABMiller、ディアジオ(Diageo)、ハイネケンとい
った世界的なビール製造グループが、アフリカ各地で醸造所の建設や既存のビール会社の買収な
ど直接投資を盛んに行い、市場シェア争いを展開している。ビール会社は、主要原料である大麦
をこれまで栽培してこなかった現地農家と契約し、食料としていたソルガムやキャッサバなどを
原料に加えるなど原料の現地調達化を推し進め、現地農業にも影響を与えている。さらに、各グ
ループは独自の販売体制を構築し、現地の商業にも大きな影響を与えている。しかしながら、ア
フリカ・ビール産業におけるサプライチェーンに焦点をあてた研究は極めて限定されており、そ
の実態は十分に明らかになっていなかった。
本報告で取り上げる東アフリカ 3 カ国(ケニア、タンザニア、ウガンダ)では、SABMiller グ
ループとディアジオ傘下の EABL(East African Breweries Limited)グループの 2 大グループ
がビールの市場で熾烈な競争を展開している。前者はタンザニアに 4 箇所、ウガンダに 2 箇所の
醸造所、タンザニアとウガンダに 1 箇所ずつモルト工場を有し、ケニアでは販売会社の現地法人
をもっている。後者はケニアに 1 箇所、タンザニアに 3 箇所、ウガンダに 1 箇所の醸造所、ケニ
アにモルト工場をもっている。本報告は、2009 年以来の同地域での 7 度に及ぶ現地調査の結果を
踏まえ、SABMiller グループと EABL グループの比較を通じて東アフリカ・ビール産業のサプラ
イチェーン・マネジメントを明らかにしていくことを目的としている。
まず、原料の調達面でみると、SABMiller グループと EABL グループはともに大麦、ソルガム、
キャッサバなどの原料の現地調達化を推進している。特に大麦については、現地農家に大麦の契
約栽培化を積極的に推進している。また、小農が多い地域では栽培農家の農民組合化を後押しし、
農業指導員(extension officer)を企業側で派遣するなど契約栽培がスムーズにいく環境作りに取
り組んでいる。
次に販売面では、EABL では、生産されたビールは DHL インターナショナル社によって各販
売拠点に運ばれていく。このアウトソーシングは自前で流通管理を行っている SABMiller グルー
プと大きくことなっている部分である。販売は独立資本の distributors を通し、卸・小売店に届
けられている。
同グループ傘下にある distributor を通じて行う方式は、SABMiller グループと類似している。各
distributor には排他的に同グループ製品を扱うように求めているが、地域によっては遵守されて
いないという。両グループとも販売スタッフが各店舗をまわり、販売面でのフォローアップをし
ている。このように両グループのサプライチェーン・マネジメントは、共通点と相違点が見られ
ることがわかってきた。
なお、本調査は科学研究費 2009~11 年度基盤研究(C)「東アフリカ農産物流通・加工分野にお
ける南アフリカ企業の進出とローカル企業の影響」
(代表:西浦昭雄)と 2012~14 年度基盤研究
(C)「東アフリカ共同体の形成とビール産業のサプライサイドチェーン・マネジメント」(代表
者:西浦昭雄)での研究に基づいている。
25
バングラデシュにおける農村部での移動販売の研究
―グラミン・ディスリビューションの販売網構築を事例として―
大杉 卓三(大阪大学)
Analysis of the effectiveness about Grameen Marketing Network in rural area.
A case study of Grameen Distribution in Bangladesh
Takuzo Osugi (Osaka University)
本報告では、バングラデシュの農村部における生活必需品を中心とした商品物流の現状につい
て、
「グラミン・ディスリビューション」の「グラミン・マーケティング・ネットワーク」を事例
として、実際の移動販売、訪問販売について調査をおこない、どのような商品を販売しているの
か、販売員の所得向上につながっているのか、また物流網が持続可能なビジネスの基盤としてど
のように運用されているのかについて述べる。
グラミン・ディスリビューションは、バングラデシュにおいて生活に必要な商品を人々に届け
るための「ソーシャル・ビジネス」をおこなう企業である。首都ダッカなどの都市部においても、
携帯電話の端末や蛍光灯電球、また飲料水の販売をおこなっている。飲料水のボトルは、グラミ
ン・グループのグラミン・ヴェオリア・ウォーターから仕入れ販売している。同時にグラミン・
ディスリビューションは農村部に生活必需品を届けるための販売網を構築している。
バングラデシュの農村部では、村の中心にある市場、および集落で営業している小規模なキオ
スクにおいて、村人が日常品を購入している。村人によっては、村の中心部にある市場までが遠
く、買い物に行くことが困難である場合もある。生活必需品を買いに行くために、リキシャ(三
輪の自転車)に乗ると、そのための移動費用が発生する。グラミン・ディスリビューションでは、
このような状況下にある農村部を対象に、生活必需品の移動販売をおこなっている。移動販売の
販売員となる村人にとっては現金収入の機会が生まれ、購入者にとっては商品を買いに遠方に移
動する時間と費用を節約することが可能である。
グラミン・ディスリビューションでは農村部に商品を届けるために、グラミン・マーケティン
グ・ネットワークという移動販売の仕組みを構築している。このネットワークは、女性、男性、
そして若者の 3 区分されている。若者グループは 21 才から 29 才の年齢層である。5000 人の販
売員が活動しており、その 55%が女性である。グラミン銀行を中心とするグラミン・グループの
これまでの活動において、女性が携帯電話を持ち回り通話サービスを村に届ける「ビレッジフォ
ン・レディ」の活動が良く知られている。グラミン・グループの組織では、この販売、サービス
形態を利用する事例が多い。グラミン・マーケティング・ネットワークでもこの販売形式に習っ
ており、村々に商品を販売して歩いてまわる役割は半数以上、女性が担っている。
グラミン・マーケティング・ネットワークではディーラーと呼ばれるスタッフが販売員を管理
しておる。またディーラーは販売員に商品を卸す役割を担う。1 人のディーラーは 20 人から 25
人の販売員を管理している。
販売員の女性は、グラミン・ディスリビューションが用意した専用のカバンに商品をいれて移
動販売をおこなう。専用のカバンが移動販売の目印の役割を果たしており、農村部を販売員の女
性が歩いてまわると、村人が商品を買いに集まってくる。1 日に 4 時間~6 時間、月に 15 日~20
日の移動販売をおこなっている。販売員として毎月 3500 タカ程度の収入を実現しており、所得
向上に資する機会となっていることが確認できた。
26
産業クラスター開発 ―フィリピンに見る好事例―
上田隆文(国際協力機構)
Industry Cluster Development;
A good practice in the Philippines
Takafumi Ueda (Japan International Cooperation Agency)
本発表では、産業クラスター開発の在り方についてフィリピンでの好事例から学ぶべき点と今後
の課題を明らかにする。
特定の地域に同様な産業が集積することは先進国、途上国を問わず世界各地で観察されるが、そ
のような集積地には一層の発展を遂げるものと停滞、衰退するものがある。このように既に何ら
かの理由で集積する産業全体を振興するアプローチとして、産業クラスターが開発の文脈でも語
られるようになってきた。日本でも経済産業省が 2001 年度から産業クラスター政策を推進して
来ている。
本発表では、まず Porter (1990)や Sonobe & Otsuka (2006)によって分析・概念化されてきた
産業クラスターの概念整理をした後、Ketels et al (2006)による先進国・移行経済国・途上国の
1,400 件にのぼるクラスター振興の調査結果を基に日本のような先進国における政策と途上国に
おける政策との違いを明らかにした上で、フィリピンに於ける好事例を紹介する。
フィリピン貿易産業省は、JICA「ダバオ産業クラスター開発支援計画プロジェクト(DICCEP)
(2007 年 10 月か~2010 年 6 月)」でダバオ地域に於いて産業クラスター開発のアプローチを実
証し、その結果を基に、JICA「全国産業クラスター能力向上プロジェクト(NICCEP)
(2012 年
2 月~本年 3 月)」で同アプローチの全国展開とダバオ地域でのクラスター活動の深化を推進した。
「産業クラスター(industry cluster)」とは呼ばれるものの、対象はコーヒー、バナナ、ココナ
ッツといった農産物栽培、ミルクフィッシュや海藻といった海産物の捕獲や養殖、マニラ麻を使
った家庭用品製造、情報通信産業(ICT)、観光等と多岐に渡る。JICA の支援を終えた現在も、
ほとんどのクラスターで活動が継続しており、産業クラスター開発の好事例として他国にても参
考になると考えられる。
この事例には、民間自身が主導権を持って推進しつつ、産官学という異なる考え方や行動規範
を持つ多様なアクターが連携して活動しており、これを可能にするための様々な原則や参加者が
実践可能な比較的簡単なツールの組み合わせといった仕組みがあった。また、縦割りを超えて関
係省庁間や地方政府との連携も実現しており、これについても地域レベルでの横断的合意形成の
仕組みが活用された。これらを学びの点として提示する。
最後に、産業クラスター開発から派生するフィリピン政府にとっての政策課題と、今後の研究
課題を指摘する。
尚、本発表では集積が無い地域に産業を集める工業団地や特別経済区については触れない。
27
The interprovincial differences in the endowment and utilization of labor force
by educational attainment in Indonesia
Mitsuhiko Kataoka
Department of Economics, Chiba Keizai University, Chiba, Japan
[email protected]
ABSTRACT
The labor endowment and utilization across sub-national regions differ by educational attainment.
Generally, the high-income developed regions are richly endowed with the highly educated that enjoys
greater employment instability. On the other hand, those regions also attract less educated who are
unable
to afford to remain unemployed because of the absence of a universal social security system.
Employing Cheng and Li’s (206) method, this study explore the interprovincial differences in
endowment and utilization of labor force by educational attainment as well as factors that contributes
to this differences in Indonesia from 1988 to 2010. We find that disparities in the ratio of highly
educated workers among the labor force declined over time. Furthermore, there was more
interprovincial variation in the populations of tertiary educated workers than in secondary educated
workers; however, the employment rate varied more widely among those with a secondary education
(who are less common in the labor market). The resulting increase in corresponding group shares
served to increase overall provincial inequality over the years. The significant variation in employment
rates may drive interregional migration. Consequently, as profitless labor migration restrictions
increase, so might interregional tensions. The recent expansion in Indonesia’s secondary education
group could make this a crucial issue for the country.
Cheng, Y.-S. and S.-K. Li. (2006) ‘Income inequality and efficiency: A decomposition approach and
applicationsto China’, Economics Letters 91 (1): 8–14.
Keywords: Education, interprovincial allocation, Indonesia, inequality decomposition
JEL classification code: R11, R12, R58
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Princeling’s Privilege: Intergenerational Transmission of Political Influence on Income
○ Menghan Shen, Teachers College, Columbia University
This paper examines the effect of parental political influence on offspring’s income. Political
influence refers to one’s ability to use his or her position to convert political power into economic benefits
(Rona-Tas 1994). Anecdotal evidence has suggested that parental political influence plays an important
role in determining offspring’s labor market outcome. Hiring offspring of politically connected families
have been a pervasive strategy to gain connections with the government and to gain business for firms in
China.
The establishment of the causal relationship of parental political influence and hiring is extremely
difficult in this case. The hiring companies under scrutiny can argue that the offspring are hired—or have
made very successful investments—based on their other positive characteristics. For example, offspring of
politicians are hired because they are better educated. In addition, the offspring of bureaucrats are hired
because firms believe high-ability contacts can refer high-ability workers (Montgomery 1991). This is
consistent with the hypothesis that networking reduces information asymmetry.
My identification strategy isolates the effect of political influence from other parental characteristics
by exploiting age-based mandatory retirement in China. After retirement, the male bureaucrat’s
characteristics (e.g., social networks) do not change immediately, but he is no longer in a position to exert
political influence. Hence, the difference in offspring’s income can be interpreted causally as the return to
political influence. Using difference-in-difference that controls for income trends, I find that the income
premium associated with parental political influence is 12%, with the effect largely concentrated for
offspring in the same industry as the parents.
29
Income Inequality in China’s Special Economic Zones and Open Cities
○ Octasiano Miguel VALERIO MENDOZA (Nagoya University)
Abstract
This paper examines inequality of household disposable income per capita in urban China by
identifying income inequality gaps between cities with and without preferential policies.
“Preferential policies” refers to the autonomy and deregulation given to Special Economic
Zones (SEZs) and Open Cities, allowing them to experiment with market policies and reforms,
as the country moves from a state-controlled economy towards a market-oriented economy.
While the effect of these policies on economic growth is vastly documented, the relationship
with income inequality remains undetermined. Subgroup decompositions of income inequality,
using the China Household Income Project’s urban datasets, which include over 6,000
households and 20,000 individuals from of up to 70 cities from 12 provinces, reveal that the
SEZs and Open Cities have higher mean incomes and lower income inequality measures than
cities without preferential policies from 1988 to 2007. Regional trends indicate the inequality
gaps are converging in the central and eastern regions, while diverging in the western region.
Additionally, the poorest households have a higher income share in SEZs and Open Cities
than in cities without preferential policies.
Keywords: China; Urban income inequality; Preferential Policies; Special Economic Zones;
Spatial decomposition;
30
企画セッション
3.11 後の日本から発信する開発研究
―東日本大震災は新たな学問の転機となるか?―
斎藤文彦(龍谷大学)・松岡俊二(早稲田大学)
・太田美帆(玉川大学)
Development Studies Advocated by Post 3.11 Japan:
Is Great East Japan Earthquake Disaster an Academic Turning Point?
Fumihiko SAITO (Ryukoku University), Shunji MATSUOKA (Waseda University) and Miho OTHA
(Tamagawa University)
地震・津波・原発事故の 3 重災害とされる東日本大震災の発生から 3 年半以上が経過した今、
被災地では大きな変化が起こりつつある。千年に一度とされる大津波によって多大な被害を受け
た被災地が、ピンチをチャンスに変え、もしも創造的復興を実現することができれば、それは好
ましい試みと想定される。しかし被災地の厳しい現状を直視すれば、そこに至る道のりは決して
平坦ではない。他方で、三陸沿岸の農林水産業の 6 次産業化、地場の特性を生かした新しいビジ
ネスの展開、古くからある地縁組織を基盤にした地域再生など、東北の伝統的・慣習的制度や生
業に対して、往々にして外部支援者が持ち込む新しい要素が加わり、将来に希望を感じさせる取
り組みも見受けられる。
本企画セッションでは、このような諸事例が、現在世界において模索されている真の意味での
より豊かな社会・安心して生活できる社会を構築する可能性を秘めているのか否かを検討する。
なぜなら、このような検討は国際開発研究にとって今まさに求められ得ている課題であると考え
るからである。
本企画セッションでは、3 つの発表を事例として取り上げる。そして、それぞれの事例が持つ
理論的意味合いを検討する。現時点では、このような取組が、パラダイム転換につながるかどう
かはまだ判然としない。しかし、そのような実証的・理論的研究の積み重ねによって、表題にあ
るように東日本大震災を経験した日本から発信する独自性をそなえた開発研究が形成されると考
え、この企画セッションをその第一歩としたい。
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「フクシマの教訓」は原発再稼動に活かされているのか?
−リスク・ガバナンスを考える−
松岡俊二(早稲田大学)
Are Lessons of Fukushima Learned in Reopening Nuclear Power Plants in Japan?
Risk Governance Perspectives
Shunji MATSUOKA (Waseda University)
要旨:
東日本大震災・福島原発事故から 4 年が経過することによって明らかになってきたことの一つ
は、福島復興の深刻な難しさである。福島復興の混迷した状況は、原子力発電所のリスクに関連
するリスク・コミュニケーション、リスク・アセスメントやリスク・マネジメントの研究に対し
て、重大な問題を提起している。本報告は、4 年間の研究成果を踏まえ、
「フクシマの教訓」を明
確にすることにより、福島原発事故を人類史の中に位置付け、地球社会の教訓とすることを意図
する。具体的には、原子力防災(オフサイト対策)に対する分析を行うとともに、原子力リスク・
ガバナンスのあり方を考察する。また本報告は、原子力だけでなく、自然災害も含めたリスク・
ガバナンスのあり方についても再検討を行う。
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被災女性の生活再建を促進する組織活動経験の検討
―再建・解散を選んだ女性組織の比較から―
太田美帆(玉川大学)
Promoting Affected Women in Post 3.11 Period:
Comparative Analyses of Women’s Groups Along the Coastal Areas
Miho OHTA (Tamagawa University)
要旨:
東日本大震災から 5 年目を迎え、被災者の生活再建の進捗度合いにも格差が広がっている。自
助による自力再建の見通しや進捗の差、公営住宅への入居等公助へのアクセスの差などが、復興
格差を生んでいる。本報告ではこのような格差を埋める手立てとして、被災地における共助(組
織活動)に注目する。被災地では震災前の活動経験を活かして、共助により復興の歩みを進める
組織がある一方で、解散した組織も確認される。被災した組織の再建と解散を決定づける要因は
何か、また被災前のどのような活動経験が、被災者の共助による生活再建を促進する要因となり
得るのか。
本報告では、これらの問いを岩手県および宮城県の三陸沿岸地域の女性組織(婦人会、生活改
善実行グループ、漁業協同組合婦人部等)を事例に検討したい。震災前つまり平時に培われた組
織活動経験の何がいかに復興プロセスを促進するのかを明らかにすることは、平時における組織
活動を防災・減災対策の観点から再評価する試みともいえる。ひいては今後他地域でも起こりうる
災害に備えるための共助や組織活動の有効性や在り方を提示することにも繋がるだろう。
本報告は、三陸沿岸地域のいくつかの女性組織および支援者らへのインタビュー調査(2012-14
年)をもとに、まず被災前後の組織活動の概況をまとめ比較し、再建と解散を分けた要因につい
て分析する。組織の内部要因のみならず、外部要因としての支援者の役割にも注目したい。次に、
再建した組織における 4 年間の成果と課題を整理し、復興プロセスにおける組織活動の意義や、
外部支援者も含む共助のあり方について検討する。
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宮城県沿岸部の防潮堤問題と地域社会
―地域の結束の両義性―
斎藤文彦(龍谷大学)
The Seawall Construction in Miyagi Prefecture:
Two Sides of Community Cohesion in Deliberative Rebuilding Processes
Fumihiko SAITO (Ryukoku University)
要旨:
東日本大震災後の復旧・復興活動はさまざまな要因に影響されているが、その1つは震災以前
の地域社会の組織力・結束力である。これらが比較的高かった地域では、震災直後の避難所の運
営も円滑に進み、また復興へ向けて地域での合意形成も相対的には順調であった。そのような好
例として、宮城県気仙沼市の小泉地区があげられる。小泉地区は被害が大きかったにもかかわら
ず、地域住民主体で復興計画を立ち上げ、行政にそれを認めさせることができた。この地域に元々
あったソーシャルキャピタルがうまく働いたとも考えられる。
しかし、小泉を含め宮城県沿岸部の各地域を現在揺るがしているのが防潮堤問題である。多く
の地域において、防潮堤に反対する住民は多いが、他方それよりも優先すべき住宅再建のために、
防潮堤問題を公に議論することが極度に躊躇されている。その結果、多くの住民が望まない防潮
堤が建設されつつある。これはソーシャルキャピタルの暗い側面とも考えられる。すなわち、地
域の結束を優先するために、ソーシャルキャピタルがある種の排除機能をはたしているのである。
ソーシャルキャピタルの両義性としてとらえられよう。
このように現在の復興現場からは、開発理論を再考するに当たり多くの示唆が得られる。
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イタリアにおけるバングラデシュ人移民の社会経済状況
―ローマ市に暮らすバングラデシュ人移民を事例に―
清野佳奈絵(聖心女子大学大学院)
Socioeconomic status of Bangladeshi migrants in Italy :
Case study in Rome
Kanae Seino (Graduate School of Arts, University of the Sacred Heart)
イタリアは長きにわたり、アメリカ大陸や他の西欧諸国への移民送出国であり続けていたが、
最近では他の西欧諸国と同様に移民の受入れが増加しており、それをめぐる議論が盛んになって
いる。とはいうもののイタリアで移民受け入れに関する議論が本格化したのは、移民受入数が移
民送出数を上回った 1980 年代に入ってからに過ぎず、関連する法制度の整備も他の西欧諸国と
比較して遅かった。その後も、政権交代に伴い移民政策も大きく変更される状況が続き、移民に
とってもイタリア以外のヨーロッパ諸国への通過点としてイタリアがとらえられているにすぎな
かった。
しかし、英仏独が移民の入国を制限するようになってからは、イタリアを最終目的地とする移
民も増加しており、欧州連合域外からの移民も多く滞在するようになっている。地理的に近いマ
グレブ諸国やウクライナ、モルドヴァといった東欧諸国からの移民に加え、中国やフィリピンと
いった国からのアジア系移民も増加しており、その中でパキスタン、インド、バングラデシュ、
スリランカといった南アジア諸国からの移民も増加している。本報告で対象とするバングラデシ
ュ人移民は、
正規滞在者数だけでも 2013 年発表の政府統計によると 11 万 3811 人となっており、
全国では 10 番目に多くなっている4。今日、イタリアはヨーロッパ大陸において、最も多くのバ
ングラデシュ人が居住する国となっているが、イタリアがバングラデシュ人にとって、移民先と
なりはじめたのは 1990 年代に入ってからのことであり、政府統計によれば 1992 年初頭には約 5
千人が居住しているにすぎなかった。
本報告では、近年増加しているイタリアに暮らすバングラデシュ人移民の就労状況および生
活状況について考察し、その増加理由を明らかにすることを目的とする。本報告は、イタリアに
滞在するバングラデシュ人移民を対象として、筆者が 2014 年 3 月と 8 月に行ったイタリア共和
国ローマ市での半構造化インタビューによる調査を主な材料としている。
イタリアでのバングラデシュ人移民へのステレオタイプは、安価な雑貨を扱う路上の物売りで
あるが、現地調査からは彼らの就業状況の多様性が明らかになった。バングラデシュ人移民には
自営者が多いことが先行研究によって指摘されているが、この中には観光客相手におもちゃや傘
などを売る路上の物売りから、食料品店やレストラン、アクセサリーショップを経営する雇用主
まで含まれている。また、被雇用者であるバングラデシュ人移民は、バングラデシュ人のコミュ
ニティ内で雇用されている場合も多く、その背景にはイタリアへ移民する際に利用した親族関係
や地縁に基づくネットワークが機能していることが明らかになった。
こうした事実をふまえ、本報告ではイタリアに滞在しているバングラデシュ人移民を、就労お
よび収入状況に基づくヒラリカルな4つのグループに分類し、彼らの就労および生活状況につい
て考察する。そのうえで、イタリアの査証制度とバングラデシュ人移民の増加との関連について
明らかにするとともに、その背景にあるバングラデシュ人移民社会の特徴についても言及する。
4
ISTAT.2013. “Cittadini non comunitari regolarmente presenti.” ISTAT, Rome.
http://www.istat.it/it/archivio/96843 (March 23, 2015).
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オンライン研究データベースにおけるコンテンツ生成のモチベーション
―知識共有のための持続的なプラットフォームに向けて―
○井上毅郎(東京工業大学)
・山口しのぶ(東京工業大学)
・高田潤一(東京工業大学)
Motivations of Content Development in Online Research Database:
Towards Sustainable Platform for Knowledge Exchange and Sharing
○Takero Inoue (Tokyo Institute of Technology), Shinobu Yamaguchi (Tokyo Institute of Technology) and Jun-ichi
Takada (Tokyo Institute of Technology)
In the context of achieving universal access to information, UNESCO Bangkok Office is in charge of a
web-based knowledge portal, called National Education Systems and Policies in the Asia-Pacific
(NESPAP). NESPAP provides three functions for educational experts: 1) networking opportunities; 2)
thematic discussions; and 3) access to education policies and resources. Tokyo Institute of Technology
and UNESCO Bangkok has worked on improving this database. Utilizing this online educational
research database, this presentation is composed of three topics: 1) identification of problems of the
original database; 2) improved areas of the database; and 3) issues on motivating users to participate in
online educational databases.
Given that the database was not actively utilized in 2013, problems were analyzed from two
perspectives, system and usability. First, the platform of the database system, called Drupal, had a low
compatibility between plugins, and thus, required a significant amount of customization. This created
difficulty in maintaining the system. Further, although the plugins were developed by multiple
individuals and third party organization, no systematic updates were taken place. In addition, gaps
were found between human resources available to maintain the Drupal-based database and high skills
required for its maintenance. Second, although the portal provided multiple functions, they were not
fully integrated. Also, gaps were found between required and available functions. This resulted in the
fact that users were not motivated to use this participatory educational database although interesting
resources were available.
To address those problems, a new platform, WordPress, was adopted to improve the database
with three reasons: 1) no custom coding is necessary; 2) less plugins are required; and 3) it enables to
integrate different functions. As a result, both the system and usability of the database were improved.
Specifically, the system required almost no customization and the number of plugins were decreased
from 83 to 31. Further, usability was improved by integrating four different functions of the portal,
namely, “eMap” as a database of education experts, “eForum” as an online discussion forum,
“eResources” as a database of education resources of the region, and “Education System Profiles” as
information of education systems in the region. It also added two new functions, namely, “eConf” as a
conference management system, and “eJobs” as a job posting board.
Considering the sustainability of NESPAP, it is important to keep people’s motivations to
participate in the database. This study refers to Clary’s Volunteer Functions Inventory (VFI). VFI
enables to explore volunteers’ motivations with six categories, namely, Values, Understanding, Social,
Career, Protective and Enhancement. Utilizing VFI, a survey was conducted to explore users’ motivation
to participate in online education databases. The survey consisted of three sections: 1) demographic
information; 2) likeliness of using seven functions of NESPAP; and 3) rating of six motivations as a
driving factor to use each function of NESPAP. This presentation highlights the result of the data
analysis by: 1) relating different motivations and demographic data; and 2) exploring the relationship
between each function of NESPAP and users’ motivations to participate in online database.
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Why are teachers absent?:
Case of public primary schools in Uganda
Takeru Numasawa (Kobe University)
The issue of teacher’s absence in developing countries is seriously important. According to
Chaudhury et al (2006), the rate of teacher’s absence found to be quite high in developing
countries, averaging about 20%. This survey includes Uganda, Bangladesh, Ecuador, India,
Indonesia, and Peru. In many cases, teacher’s absence has negative impact on learning
achievement. Das et al. (2007), Suryadarma et al.(2007), Rogers and Vegas (2009) and else
show that teacher’s absence is negative correlate with student’s learning achievement.
According to World Bank’s Country Assistance Strategy (CAS) of Uganda, high rate of
teacher’s absence is regarded as important issue in the country. World Bank (2013)
implemented survey called Service Delivery Indicator (SDI) in 2013, and reported that 27% of
teachers in public primary schools are absent from school on their visit. Teacher’s absence is
one of the serious issues of Uganda.
This study tries to answer four research questions. These four perspectives are introduced
from the analytical framework of Banerjee et al. (2012).
• How does pupil absence have an effect on teacher’s absence?
• How does inspection on schools have an effect on teacher’s absence?
• How do incentives to go to work have an effect on teacher’s absence?
• How do opportunity costs to go to work has an effect on teacher’s absence?
These questions are studied by econometric analysis on teacher’s absence, using school
level data. Based on Banerjee et al. (2012), this study employs one economic model. This
economic model shows that teacher’s attendance decision depends on four big components.
…(1)
For the analysis, this study will use the school level data which is collected by UWEZO from
2,279 public primary schools in Uganda. As estimating method, OLS is used on three
equations, but seemingly unrelated regression (SUR) is also applied.
In the findings, some variables are consistently significant, such as the rate of pupil’s
absence, total number of teachers, electrical power connection, boy’s toilets, and mid-day
meals. Pupil’s absence shows positive sign, and others show negative. It means that pupil’s
absence can promote teacher’s absence, and other factors can decrease it.
One of the limitations is that variables of personal characteristics are not included in this
analysis. It is because school level data is used. However, if such variables are applied, this
analysis may be able to find more facts. For examples, teacher’s household characteristics,
such as the number of family members, education levels, the distance from home to school can
be used. Another is that motivation is not studied well in this analysis.
This study implies that several school infrastructure, such as electrical power, toilets, can
affect teacher’s absence. It depends on country’s situation, but such relationship is proved as
true in some parts. In addition, mid-day meals are found to be necessary for improving
teacher’s attendance.
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インドネシアの公立学校における宗教教育が生徒に与える影響に関する研究
○吉井翔子(神戸大学)
Effect of Religious Education on Public School Students in Indonesia
Shoko YOSHII (Kobe University, Japan)
In Indonesia, there are six official religions which are Islam, Protestantism, Catholicism, Hinduism,
Buddhism and Confucianism. The main religion is Islam, which accounts for 88% of the total population;
however Indonesia is not an Islamic country.
Soekarno who is Indonesia's first president went on to build a national philosophy called “Pancasila”.
The philosophy comprises five principles held to be inseparable and interrelated namely; 1. Belief in the
divinity of God 2. Just and civilized humanity 3. The unity of Indonesia 4. Democracy guided by the inner
wisdom in the unanimity arising out of deliberations amongst representatives and 5. Social justice for all of
the people of Indonesia. The philosophy expresses that all people are equal and as such most people expect
the philosophy to have good effects on Indonesian society.
In addition, the Law of the Public of Indonesia mentions that every student at every academic year will:
Get religious education in accordance with their religion and taught by educators who co-religious.
However, school teachers do not have a religious education for non-Muslim students, if their numbers is
less than ten at the class. At the religious class, non-Muslim students do not attend Muslim class, and they
usually going to church, or studying by themselves.
Problem Statement of the Study came from the background. We set two problems: Public school and
religious school are divided in Indonesia, however in part of the area, teacher has a religious class for
Muslims in public school, because Islamic is a large number of religions at a lot of areas in Indonesia.
The overall Research Questions guiding this study are; 1. What is the effect on non-Muslim students not
having a religious class in public school? 2. What is the effect of religious education on shaping students’
characteristics?
The study investigates an effect of large number of the religion on students who believe minor religion in
public school in Indonesia. Kobayashi.Y. (1999) assert that the research about Islamic of Indonesia is not so
many, so the research topic should be attention.
The study used qualitative and qualitative methods to analyze the effect of religious education on
non-Muslim students in public school. On the qualitative analysis, the study
used primary data from junior high school survey, collected using semi-structured questionnaire. The
questionnaire included a four-point scale that helped measure effect of Muslim culture on non-Muslims.
Through the questionnaire, this study found that non-Muslim students was usually given some
opportunities of using Muslim greeting style in public schools, and 57% non-Muslim students who are
repulsed by the greeting style. In addition, 75% non-Muslim students feel shame because their religion is
different from Islamic and 61% non-Muslim students aware they feel shame to do leadership because their
religion is minority. On the other hands, on the qualitative analysis, the study use STATA. The study
compared with School Participation Ratio and Percentage of Muslims, and we got a preliminary findings
from the data, that there are relationship with both of them.
In the future, we will analyze factors of effect on non-Muslim students from Muslim culture.
38
共通論題
11:10-12:40
生物多様性と開発援助
地球上に生息する野生生物の種数は 500 万とも 3,000 万とも言われている。そのうち、人間が
科学的に認知し、命名した生物の種数は 200 万に満たないと推定されている。私たちは野生生物
についてあまりにも知らない。その一方で、毎年、0.01%~0.1%の生物種が絶滅していると考え
られている。生物種数が 1,000 万であるとしたら、毎年 1,000 種から 1 万種の生物が、地球上か
ら姿を消しているということになる。そして、こうした絶滅の大半が人間活動によって引き起こ
されている。
野生生物は人間が生きていく上で不可欠の存在である。それぞれの種だけでなく、生態系も人
間に様々なサービスを提供してくれている。
生物多様性の保全を考える場合、開発途上地域の存在は大きい。生物多様性は気温の高い地域
ほど豊かになるからである。熱帯雨林には地球上の全生物の4分の3が生息していると推定する
科学者もいる。また、開発途上地域では生活を生物資源に直接依存している人々が多く、生態系
の劣化は生活水準の低下に直結する。インフラ建設などの開発援助を進める際には、生態系に対
するインパクトを可能な限り小さく抑えなければならない。
一方で、遺伝資源の豊富な開発途上国にとって、生物多様性は大きなビジネスチャンスをもた
らす可能性も秘めている。これまでは、先進国の企業が熱帯地域の植物を採取し、そこから医薬
品を開発して利益を得ても、現地にそれが還元されることはなかった。しかし、2014 年 10 月に
発効した名古屋議定書は、その利益の公正かつ公平な配分を定めようとしている。もはや外国企
業が開発途上地域に生息する野生生物を無断で利用することは許されない。
本セッションでは、生物多様性やその分野における開発協力の専門家をお招きし、今後、日本
政府やNGOが進めるべき開発協力の方向性について議論を深めることを目的とする。
ファシリテータ
39
藤倉良
(法政大学)
JICA の生物多様性保全協力と今後の展望
新井雄喜(国際協力機構)
今後日本が生物多様性保全分野において協力を行う際、以下 4 点が重要であると考える。
(1)他の優先課題と関連づけた案件・プログラム形成を!
国家開発計画上の優先順位が低い生物多様性保全を推進していくためには、優先順位がより高い
開発課題と生物多様性保全とを関連づけることで案件・プログラム形成を図っていく必要がある。
(2)生物多様性保全活動をビジネスに!
JICA による支援が終わると、途上国政府側の予算不足等により、活動が停滞してしまう事態も散
見される。生物多様性保全活動の持続性を高めていくためには、同活動を民間企業による経済活
動とつなげていくことが肝要と考える。
(3)文科系・学際系の人材の育成と投入を!
生物多様性保全のための活動の真の定着を図るためには、理科系だけでなく、文科系のセンスも
必須である。例えば環境社会学、文化人類学、マーケティング等の専門性をもった人材を育成し、
専門家チームの一員として積極的に投入していくべきである。
(4)生物多様性保全の明確な指標を!
ODA 予算が削減され、税金の使い道に対する国民からの目線が厳しい状況下においては、事業の
成果を明確に示せる必要がある。生物多様性という政策上必ずしも優先順位が高くない分野に、
より確実に予算を割り当てていくためにも、生物多様性保全の成果及びその重要性をより明確に
示せるような指標を改めて検討する必要がある。
略歴
カナダ・アルバータ大学大学院修了(森林管理学)。2007 年に国際協力機構(JICA)入構。ラ
オス事務所、地球環境部 森林・自然環境グループ(エチオピア、ケニア、ウガンダ、マラウイ、
コスタリカ等を担当)、インドネシア事務所において、自然環境保全プロジェクトの形成、監理、
評価等に従事。現在は国際協力人材部に所属。日本湿地学会理事、環境教育上級指導者、ビオト
ープ管理士。
40
生態系のもつポテンシャルを考慮する-東南アジアを例として-
高田雅之(法政大学)
途上国開発支援において、生物多様性をどう考慮するかについて以下の 3 つの視点を提起した
い。
①生態系の成立基盤を考慮する~土地に対する応答を予測する
②伝統的な生態系サービスの享受を考慮する~経済を含む持続性
③外部者にとっての生態系サービスを高める~ツーリズムの可能性
①について、インドネシアにおいて移住対策と森林資源利用を目論んだ泥炭地開発によって火
災が引き起こされ、地域社会と温暖化に深刻な問題を投げかけた。これは自然災害リスクのコス
トを考慮し、これを最小化する対応が必要であることを示すものである。熱帯泥炭地の場合、炭
素管理と生物多様性保全の両立は可能であり、出口戦略として地域の利益に加えて国家の利益
(REDD+)も実現が可能と考えられる。
②について、タイやベトナムにおける湿地の持続的利用を紹介する。伝統に根差すことで時に
は高い付加価値が生まれ、国際マーケットに売り込むに至っている。ラムサール条約で言うワイ
ズユースのモデルを、アジアで積極的に発掘し認知する取り組みに、生物多様性を考慮した開発
の可能性がうかがえる。
③について、東南アジア地域には未知の観光資源が多く存在し、今後インフラ開発が進むと予
想される。その際消費的な利用を抑制し、伝統を重んじ多様な自然資源を利用する視点から、国
連の新しい仕組みである世界農業遺産を活用するのも一案である。東南アジアにはまだ認定地が
少なく、日本が重要なイニシアチブを発揮できると思われる。
略歴
北海道庁で環境行政に携わったのち、国立環境研究所で地球環境観測、北海道立総合研究機構
で湿地や地理情報に関わる研究を経て、2012 年より法政大学人間環境学部教授。農学博士。
41
「生物多様性をめぐって、なぜ世界は対立するのか」
高橋
進(共栄大学)
2010 年に名古屋で開催された生物多様性条約 COP10。そこでの「名古屋議定書」の採択までに
は、締約国間の深刻な対立があった。その背景には、生物資源をめぐる世界の歴史と、それに起
因する先進国と途上国(植民地)の関係、すなわち南北対立がある。
同時に採択された「愛知目標」の保護地域割合でも、同様に南北対立があった。生物多様性保全
の主要施策(生息域内保全)である保護地域、その中心となる国立公園は、米国で誕生して世界
に拡張したが、展開過程では先進国と途上国との間だけではなく、管理者と地域社会との間の軋
轢も生んだ。
インドネシアの国立公園は国有地であり、公園専用地として管理されているが、実際には住民も
公園内に居住し、資源を利用しているところも多い。近年は、日本の国際協力などもあり、地域
社会との協働型管理も模索されてきている。しかし、公園管理と地域社会との関係について、典
型的な 3 公園(ワイ・カンバス国立公園、南ブキット・バリサン国立公園、グヌン・ハリムン・
サラック国立公園)のケース・スタディをみてみると、必ずしも協働管理に向かっているとは限
らず、また依然として生物多様性保全上の課題も多い。生物多様性の宝庫でもある熱帯地域の保
護地域における適切な管理が望まれる。
略歴
環境庁自然環境調査室長(1991~1995)として、生物多様性条約専門家会合、同条約 COP1 など
に参加。JICA インドネシア生物多様性保全プロジェクト初代リーダー(1995~1998)、米国東西
センター客員研究員などを経て、2002 年より共栄大学国際経営学部教授、2011 年より同教育学部
教授。
42
バードライフ・インターナショナルの取り組み
村田奈都希(バードライフ・インターナショナル東京)
バードライフ・インターナショナルは、1922 年にイギリスで発足した、世界で最も古い歴史を持
つ NGO です。もともと鳥類の研究や保全のために発足した NGO ですが、現在では、鳥類を指標と
した生息地の保全や生物多様性の保全など、より広く環境保全活動に取り組んでいます。バード
ライフの事業の柱の一つである IBA(Important Bird and Biodiversity Area:重要生息環境)
事業は、鳥類を指標として重要生息地を特定したものですが、現在では鳥類だけでなく広く生物
多様性を保全するためのエリアとして用いられています。このように、鳥類を保全するためには、
生物多様性を含めた生態系を保全していく必要があります。また、バードライフでは、途上国で
の開発に伴う土地利用により、自然環境や生態系がどのように変化するかを、生態系サービスを
測ることによって捉える取り組みも手掛けています。生物多様性を含む生態系から生み出される
生態系サービスを評価することで、土地利用に対するより適切な意思決定を支援しています。鳥
を指標に、生物多様性や生態系サービスを捉え、保全していく取り組みに力を入れており、近年
は生物多様性に関する企業との連携も進めています。
略歴
慶應義塾大学総合政策学部卒業後、製造業に勤務。現職参加制度を利用して青年海外協力隊員
としてカンボジアにて環境教育に従事。途上国での経験をきっかけに、英国ブリストル大学で水・
環境マネジメント修士課程修了、ODA 案件等を手掛ける開発コンサルタントを経て 2013 年よりバ
ードライフ・インターナショナル東京 事務局長。
43
午後の部
Ⅰ
13:20-15:20
44
パラオにおける科学的根拠に基づいた NCD 予防戦略にむけての提言
-保健関連ボスト MDG 課題としての NCD (noncommunicable diseases)-
江 啓発 1)
三田 貴 2)
川副 延生 1)
○青山 温子 1)
1) 名古屋大学大学院医学系研究科
2) 大阪大学未来戦略機構
Recommendations for evidence-based NCD prevention strategies in Palau
– NCD (noncommunicable diseases) as a post MDG global health issue –
○Atsuko Aoyama1), Chifa Chiang1), Takashi Mita2), Nobuo Kawazoe1)
1) Nagoya University School of Medicine
2) Osaka University Institute for Academic Initiatives
低中所得国における NCD (noncommunicable diseases) 対策はグローバルな重要課題であり、保
健関連ポスト MDG 課題の一つと認識されている。急速に社会・経済的変化を遂げる中で、疾病・
人口構造転換に医療提供体制や医療保障制度の整備が追い付いておらず、速やかに有効な予防対
策を実施しないと、人的・経済的負担が増大すると予測される。しかし、NCD の実態や生活習慣・
社会的因子との関連、人々の疾患に対する意識等についての研究は限られており、科学的根拠に
基づいた予防対策や体系的健診は、殆ど行われていない。また、ポスト MDG 課題の一つとして、
国連、WHO は、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ (UHC: universal health coverage) を推進して
いる。低中所得国において UHC を達成するには、従来からの母子保健・感染症対策のみならず、
主要死因であり長期的ケアが必要とされる NCD 対策を充実させる必要がある。
パラオはオセアニア島嶼地域の中所得国で、総人口約 2 万人、成人の約 4 分の 3 が BMI 25 kg/m2
以上の過体重で、NCD 診療費が保健省予算全体の 55 %を占めている。保健省と WHO は、2011
~2013 年、25~64 歳のパラオ住民を対象に、初めて全国的な NCD 危険因子疫学調査 (STEPS) を
実施した。加えて、保健省と発表者らの研究チームが協力して、2013 年に、18~24 歳の住民に対
する同様の疫学調査、及び社会文化的背景要因や住民の健康意識を探索するための質的調査を実
施した。疫学調査と質的調査の予備分析結果については、2014 年の国際開発学会春季大会で報告
した。
疫学調査結果の分析により、18~24 歳の若年層においても、約半数が BMI 25 kg/m2 以上の過体
重、2 割が BMI 30 kg/m2 以上の肥満者であることがわかった。成人では、約半数が高血圧、約 2
割が高血糖、タバコ使用者は約 6 割であった。このように、パラオでは、肥満、高血圧、高血糖、
タバコ使用が問題であるが、それらの危険因子の保有率は、すでに若年から高値であることが明
らかになった。
NCD は保健医療の課題ではあるが、医療費増大のように経済的インパクトも大きい。NCD 危
険因子は、生活習慣や文化慣習と密接に関連しており、社会文化的に受け入れられる対策が必要
とされる。本調査結果に基づいて、以下のような NCD 予防のための戦略を提言した。(1) 行政関
係者等の意識向上、(2) 学生・地域住民の健康意識向上、(3) 学校・地域での実践的栄養教育、
(4) 定期的健康診断の導入、(5) 運動しやすい環境整備、(6) タバコの有害性の広報強化、(7) 企
業との連携、(8) 野菜・果物の流通促進と価格補助、(9) タバコ、肉類缶詰、加糖清涼飲料水
等への課税強化。
これらの提言に基づいた具体的な活動内容・活動計画については、今後、パラオ保健省と協
議しながら進める必要がある。予防対策の中心となるのは保健省であるが、地域でのきめ細
かい活動は、現地の NGO と連携することが重要と考えられる。PDCA サイクルでいえば、現
状では、計画 (Plan) の半ばにしか至っていない。実施 (Do)、評価 (Check)、見直し (Act) を
進めるには、今後も継続してパラオ保健省を支援していく必要がある。まず、ワークショッ
プを開催して、行政担当者らに調査結果を広報して、NCD の問題が予想を超えて深刻である
ことを理解してもらってから、実践的な予防対策を策定していく予定である。
45
Does the Sector-Wide Approach Contribute to Improve Efficiency of Health Systems in
Developing Countries: Cross-Country Evidence
○Jia Li (Kobe University) Koji Yamazaki (Kobe University)
1. Introduction
In the past two decades, global health outcomes such as infant mortality have improved
substantially. These improvements are highly correlated with increases in both government
health expenditure and development assistance for health. In reality, the bulk of health
services in developing countries are provided through public health systems of the recipient
countries. Therefore, improving efficiency of health systems in developing countries is vitally
important to achieve better health outcomes. However, there is limited knowledge about what
works for health system strengthening. In development community, practice has gotten out in
front of proven evidence. The sector-wide approaches (SWAps) are consistently featured on
high-level international policy discussions. However, there is no quantitative evidence to
show that SWAps actually contribute to improve efficiency of health systems in developing
countries; Most of the previous evaluations have only relied on case studies. Therefore, the
objective of this study is to make it clear quantitatively if SWAps improve efficiency of health
systems using cross-country panel data of 106 developing countries from 1995-2011.
2. Methodology
We use difference-in-difference method to investigate how infant mortality is affected by
government health expenditures and development assistance for health, after controlling for
economic, social and political factors that influence health outcomes. We also investigate
evolving effects of the SWAps in improving efficiency of health systems over time. We use
instrument variable and system GMM estimations to address endogeneity issues.
3. Conclusion and Policy Implication
The estimated results show that a one percent increase in per capita government health
expenditures reduces infant mortality by around 0.24 percent. But the estimated results fail
to show that government health expenditures under health SWAps reduce infant mortality
more effectively than countries without them. However, we also found that the effects of each
additional year of SWAps increase over time, which demonstrates an increasing trend of
effectiveness of SWAps in improving efficiency of health systems in recipient countries. This
finding confirms the assertion that establishing the SWAp is a long and incremental process.
Although it takes time to make health SWAps
Figure 1 Evolving Effects of Health SWAps on
an effective mechanism, this new approach
Improving Efficiency of Health Systems
can be counted on to improve aid effectiveness
and achieve better health outcomes.
46
アフリカ諸国における HIV 検査施設の改善
―建築学的視点からのプライバシー重視アプローチ―
市川
達也
(桜美林大学)
エイズ患者が世界で初めて報告されたのは、1981 年、アメリカにおいてであった。
これを機に、エイズという病気は、HIV というウィルスが原因で感染し、その後、発症すると
いうことが特定された。その後現在まで、感染者の数は急増の一途をたどってきている。とりわ
け、サハラ以南のアフリカがもっとも深刻な影響を受けており、同地域の HIV 感染者数は世界全
体の約 70%を占めている。一方、エイズ対策への取り組みも、1996 年に発足した国際連合合同エ
イズ計画(UNIAIDS)を中心に包括的な対策が進んできている。
とくに深刻な状況が続くサハラ以南アフリカでは、HIV 抗体検査を行う施設を増やして、予防
啓発活動により HIV 検査を推進してきた。それに伴い、同施設とは別に、自発的な HIV 検査と事
前・事後のカウンセリングをセットにして行うことに特化した、
「VCT」
(voluntary counseling and
testing:自発的カウンセリングおよび検査)センターと呼ばれる施設も新たに増設されてきた。
日本政府も、
「VCT サービスの強化」を国際協力における重要活動領域の一つとして位置付け、
その支援に取り組んできた。しかし VCT の増加の一方で、実際の医療現場、とくに独立行政法人
国際協力機構(JICA)の青年海外協力隊(JOCV)で、アフリカ諸国に感染症・エイズ対策の隊員とし
て派遣されている者たちからは、検査施設の利用者数の伸び悩みの現状が報告されるようになっ
た。これに対して、JICA は、現地の隊員とともにその原因を究明するなかで、施設での受検者に
対する環境設定という点に注目し始めた。
すなわち、とりわけ HIV/エイズの検査やカウンセリングは、受検者にとっては私的な事柄に関
わるため、カウンセラーと受検者との信頼関係は必須であり、視覚的・聴覚的にも受検者のプラ
イバシーの保護や施設利用者が安心できる室内の環境設定は必要不可欠なものである。しかしな
がら、現地では検査施設の増加にのみ重点がおかれ、受検者のプライバシーに対する配慮やその
ための環境設定などはほとんど意識化されてこなかった。
このような経緯の下、JICA から、筆者が活動する建築学全般を専門技術とする NPO 法人団体へ、
環境設定にかかわる検査施設の実態調査の要請があり、同団体は 2006 年から 2008 年にかけて、
アフリカ4カ国(ケニア、ガーナ、セネガル、マラウィ)において、HIV 検査施設の現地調査を
実施した。
本研究は、同調査のデータに基づき、HIV 検査施設の利用者数増加を妨げている要因の一つと
して、検査施設の環境設定のあり方に問題の所在をおき、受検者が安心して施設を利用できるよ
う、建築学の視点から改善方法を探ることを目的としたものである。
その方法としては、それまで軽視されてきた受検者のプライバシーに配慮した環境設定に向け
て、
「プライバシー重視アプローチ」と命名した手法を採用し、建築学の視点から施設改善に向け
ての現状分析を行い、具体的改善方法の提言を行うものである。
47
JICA 全スキームにおける“障害と開発”のメインストリーミング
-草の根技術協力(NGO 連携)等の分析を中心に土橋喜人(JICA 研究所総務課、同・社会保障ナレッジマネジメントネットワークメンバー)
Mainstreaming of Disability and Development in JICA’s ODA Projects
―Focusing Mainly on Collaboration with NGOs through the JICA Partnership Program ―
Yoshito Dobashi, Administration Division, JICA Research Institute, JICA
(1)目的:
①JICA における障害と開発のメインストリーミングに焦点を当ててスキーム毎の取組の実態を
検証する。
②JICA 事業において、「障害と開発」の今後の課題と可能性を明らかにする。
(2)概要:
①2013 年秋(JICA ボランティア事業における障害と開発)5および 2014 年春(JICA 円借款事業
における障害と開発)6での土橋発表論文をベースとする。
②JICA 課題別指針「障害と開発」(2015 年改正版)での実績をベースにその他事業での取組の
実績を取り纏める。
③各スキーム別の取り組み状況についての仕組みづくりについて取り纏める
④上述の情報を元に今後の可能性について探る
(3)仮説:
① 仮説:ニッチなスキーム7では障害と開発関係の割合が高い8。
② 仮説:仕組みづくりおよびスキーム毎の使い分けが重要と考えられる。
(4)手法:
①手法:各年度で新規案件数と「障害と開発」の視点が入っている件数の割合を比較
②手法:対象は、技協、無償、有償、ボランティア事業、研修員事業、草の根技術協力、民間
連携、個別専門家
③手法:ジェンダー案件9、貧困削減案件、のデータとも比較(可能な範囲において)
(5)JICA 事業への貢献
① JICA 全スキームにおける「障害と開発」の取組の概観/現状を確認できる
② 取り組みを強化していくべきスキーム(草の根技術協力10等)が明確となる。
③ スキームの使い分け・組み合わせを検討する
(以上)
5
土橋喜人・渡邊雅行、2013、「JICA ボランティア事業における“障害と開発”のメインストリ
ーミング」:第 24 回秋季国際開発学会
6
土橋喜人、2014、「JICA 円借款事業における“障害と開発”のメインストリーミングの検証」
:
第 15 回春季国際開発学会
7
主要三スキーム(有償、無償、技協)については、既に 2014 年春の学会発表にて検証済。円借
款事業のみが 10%前後で、技術協力および無償資金協力は 3%程度。
8
速報ベースで、草の根技術協力事業では約 10%前後と高いが、研修事業では 0.6%、専門家派遣
事業では 0.05%。
9
ジェンダーについては、技術協力 40%、無償 33%、円借款 15%という数字がある。
http://www.jica.go.jp/activities/issues/gender/more.html
10
同スキームの中核となる NGO において、
「NGO データブック 2011」によれば、障害者を対象とし
た活動は国際 NGO の 15%超
48
女性住民の組織化と女性障害者
―バングラデシュの NGO の事例から―
金澤真実(一橋大学)
Organizing Women’s Groups in Communities and Women with Disabilities:
A Case Study of the NGO in Bangladesh
Mami kanazawa (Hitotsubashi University)
本報告は、バングラデシュのある国際 NGO が実施する地域開発プロジェクトで、女性を中心
とする開発グループに女性障害者の参加がほとんどない現状を現地調査を通じて明らかにし、そ
の理由を女性障害者のケイパビリティに注目して、考察するものである。アマルティア・センは、
『自由と経済開発』
(Development as Freedom [1999=2000])において、ケイパビリティとは、
「ある人が価値あると考える生活を選ぶ真の自由」であると述べている。ある人の、実際には選
択されない選択肢を含めた生き方の幅、どんな生き方ができるかという自由(ヌスバウム『女性
と人間開発』Women and Human Development[2000=2005]) ということもできる。ケイパビ
リティの視点を用いることにより、いわゆる適応的選好を排し、女性障害者が開発グループに「参
加しない」という選択は、個々の女性障害者による自由な選択の結果なのか、それとも彼女たち
が参加するケイパビリティをもたないためなのか、すなわち、参加することを疎外する外的要因
があるのか、または、参加するために必要な手段(資源)が不足しているためなのかなどを明ら
かにすることができると考える。
現地調査は、2013 年と 2014 年にバングラデシュ北部マイメイシン県で活動する国際 NGO
の地域開発プログラムと地域の障害者団体で行った。地域開発プログラムでは、この地域で実施
する栄養改善、母子保健、教育などの子どもを中心とした開発支援の受け皿として、支援対象の
コミュニティごとに女性を中心とする開発グループが組織された。現在は、5 つのグループに約
3,300 人が所属している。そのうち女性障害者は、3 グループに 7 人のみである。地域の女性を中
心とする開発グループに、その地域にもいるはずの女性障害者がほとんど参加していない理由を、
5 グループの議長、事務長、会計の 3 名からなる計 15 名のフォーカス・グループ・ミーティング
と 1 グループの事務所への訪問調査、および NGO スタッフ、地域の障害者当事者団体や障害者
団体に集う障害者から聞取りを行った。障害当事者団体に参加している女性障害者は、居住して
いる地域で活動している NGO の障害のない女性を中心として行われている女性グループ活動に
は 1 人も参加していなかった。
調査の結果、女性障害者が開発グループに参加しない理由は、主に次のようなものであった。
①グループメンバーとしての義務である貯蓄やミーティングへの参加が困難、②グループメンバ
ーになるように声をかけてもらえない、③障害者はメンバーに入れないと言われた、などである。
一方、開発グループの女性たちは、女性障害者が自分たちのグループに参加していないのは、自
分たちが女性障害者を排除しているのではなく、彼女たちがグループに入ってこないのだ、と考
えている。
これらの結果から、女性障害者は、さまざまな理由から開発グループに「入りたくても入れな
い」、すなわち、参加ケイパビリティが阻害されているにもかかわらず、そのことが開発グループ
の女性たちには理解されていないことが推測される。地域開発プログラムにおける女性住民の組
織化において、女性障害者のインクルージョンを促進するためには、まずこのギャップを埋める
必要があるだろう。はたして、そのためにはどうしたらよいのだろうか。本報告では、女性障害
者の参加を困難にしている要因(グループの規則、文化的・社会的課題など)を女性障害者自身
が声に出し、その声をもとに障害のある女性と障害のない女性がともに、女性障害者の参加ケイ
パビリティの実状を理解し、それを高めるための方法を熟議していく、ニーズ発見の公共的討議
プロセス(セン, 上掲)に着目し、新たな開発グループのあり方を展望したい。
49
インド・アーンドラプラデーシュ州農村部における女性の婚姻習慣
-ダウリーに焦点を当てて-
佐藤希(神戸大学)
Marriage Practice of Women in Rural Andhra Pradesh, India:
Focus on Dowry Practice
Nozomi Sato (Kobe University)
途上国において、婚姻習慣において様々な問題が挙げられる。その 1 つは女性の早婚である。
(一般的に早婚は法律で定められた年齢以下で婚姻関係にあることを指す。)早婚に関する問題は
未だに多くの地域で残っており、また多くの危険性を孕んでいるため、早急に解決しなければな
らない問題の1つである。また、早婚と共に議論されているのがブライドプライス(婚資)やダ
ウリー(持参金制度)の習慣である。これは世界中で広く見られる習慣であり、国により定義が
異なってくる。
本研究対象であるインド農村部も早婚の問題が指摘されている。現在、幼児婚は少なくなった
とされているが、早婚は特に農村部で多く残るとされている。また、1950 年に法律で撤廃されて
いるがカースト制度(身分制度)も今なお色濃く残っており、婚姻時に避けられないものであり、
同じカースト同士での婚姻がインドでは当然のこととして認識されている。そして、これらの問
題と非常に複雑に絡み合っているのがダウリーの問題である。インドにおいてダウリーとは、花
嫁が結婚をする際、嫁ぎ先に持って行かなければならない持参金や家財道具のことを指し、これ
らは家族にとって重荷にしかならないという現状がある。ダウリーによって、女性が婚姻後も自
己の財を持つことを可能にする習慣であったはずが、実際には嫁いだ先の男性や男性の家族の財
となってしまっている。また、ダウリーの多寡によって女性の嫁ぎ先での経済、社会的地位が保
障され、嫁いだ先での女性の影響力にも関係してくる。
インドにはダウリーに関して長い歴史があり、北インドで主流となっている習慣であった。南
インドではダウリーは上位のカーストのみの習慣であったが、現在、すべてのカーストにダウリ
ーの習慣は広まっている。少なくとも最近までは南インドにおいてダウリーは、主に形ばかりの
額の現金や物による贈り物を行う自発的なシステムとして見なされていた。しかし今では、ダウ
リーは多額の現金や金そして消費財の移動を含むものであると理解されている。そして、ダウリ
ーによる多額の支出は、家計の女児の人数などにも影響をもたらすとも議論されている。
ダウリーが独立後のインド社会に根付いた理由として、平等な財産権を与えられていない女性
に対し、実家が財産分与として多額の金品を与えたということからインド全体に広まった。一方、
1956 年には女性に土地や財産の相続を認めている。また、1961 年にはダヘーズ禁止法(Dowry
Prohibition Act)が制定、施行され、ダウリーは名目上禁止されている。1983 年と 1986 年には刑
法改正され罰則が強化された。このようにダウリーは法律で禁止されたが、いまだに多くの地域
で実践されているという現状があり、その習慣の廃絶からは程遠い。
本研究では、低カースト女性の婚姻の傾向や婚姻習慣の中で何が問題になっているのかを解明
していくことを目的としている。法律で禁止されているにも関わらず、インドで未だに実践され
ているダウリーの習慣に焦点を当てて、ダウリーの実践が婚姻後の女性達の意思決定にどのよう
な影響を及ぼすか分析を行う。ダウリーの授受がある家計のほうが、授受のない家計より子供(特
に女児)の意思決定に正の影響を与えることを仮説とする。
ダウリーの実践と婚姻後の女性の意思決定への影響に関する研究は少なく、本報告はダウリー研
究の一助になると考える。
50
第二次インティファーダの実証的要因分析
鈴木絢子(東京大学)
An Empirical Analysis of the Second Intifada
Ayako Suzuki (the University of Tokyo)
第二次インティファーダは、2000 年 9 月 29 日からはじまった、イスラエルに対するパレス
チナ民衆の蜂起である。イスラエルの支配に対して、投石、あるいは武力攻撃で抵抗するこの民
衆蜂起については、きっかけははっきりとわかっているものの原因ははっきりと分かっていない。
これまでなされてきた政治学的、歴史的な説明を参考に、
「イスラエルーパレスチナ問題において、
オスロ合意の締結はイスラエルがパレスチナ自治政府を認める画期的な条約だと賞賛されたもの
の、実態はパレスチナのイスラエルからの分離を進めるものであり、イスラエル内で働いていた
パレスチナ人の失業を招くなど経済的な経路をたどって、第二次インティファーダ勃発の一因と
なった」という仮説を立て、これらについて実証的な分析をおこなった。
1995 年に結ばれたオスロ合意によって、ヨルダン川西岸地区(West Bank)、ガザ地区(Gaza)
での一定の自治権がパレスチナ自治政府に譲渡された。しかし、この合意はパレスチナ自治区内
を三つのエリアに分けるものであって、結果的にパレスチナ自治区は細分化されてしまった。ま
た、治安の維持を重視するイスラエルは、パレスチナ自治区に移動を制限する政策(Restrictions of
Movement)をしいたため、人とモノの移動は制限されることになった。これにより、イスラエル
やイスラエルの入植地で働いていたパレスチナ人の多くが職を失い、もともとイスラエルに強く
依存していたパレスチナ経済は打撃を受けた。こうした日常的、経済的な不満が第二次インティ
ファーダの要因の一つとなったのではないかということを確かめるため、回帰分析をおこなった。
West Bank 内の 644 の locality について死者数、チェックポイント、また各 locality の特徴
を表すデータを集め、OLS をおこなった。結果、チェックポイントから一定距離以内にあるかど
うかを表すダミー変数は、5%有意で死者数と相関した。Locality がチェックポイントの 5km 圏
内に位置すると、位置しない locality と比べて死者が 0.5 人増えることがわかった。この結果は
頑健であった。
こうした結果から、移動制限政策が第二次インティファーダの勃発の一因になったことが示せ
た。このことは、政治的・宗教的な対立が強調される中東問題において、実は経済的・日常的不
満が紛争の火種となっていることを示している。紛争の勃発時だけでなく、第二次インティファ
ーダ期間中も同様のことが起こっているのかどうか、また移動制限政策の強化から死者数の増加
にいたる経路には何があるのかを分析するという課題は残っているものの、イスラエルによる治
安維持のための政策が逆に紛争を誘発する一因となっていることや、平和のために経済的日常的
充足が重要であることを示せたことは、この論文の意義である。
51
シリア都市難民支援の課題
-ヨルダンでの家庭訪問調査からー
○平山恵(明治学院大学)
Issues on Support of Syrian refugees: House Visit Survey in Jordan
Megumi Hirayama (Meiji Gakuin University)
【目的】難民キャンプの外で避難生活を送るシリア都市難民の生活状況と生活ニーズ、彼らが受
けてきた・受けている支援との比較を行い、今後の支援の在り方を考察する。また、シリア難民
を受け入れるヨルダン・コミュニティとのインターアクションにも留意して難民のウォンツを探
る。
【方法】2012 年から 2014 年にかけてヨルダンのアンマン地域に在住するシリア難民を訪問して、
インタビューおよび観察を行った。同時に、シリア難民を受け入れるヨルダン人にもインタビュ
ーを行い、受け入れる際の問題についてもインタビューを行った。
【結果および考察】より効果的・効率的な支援を行うためには、
「シリア難民と支援団体・ヨルダ
ンコミュニティを有機的に結び付けるエージェント(仲介者)」の存在の重要性が確認された。そ
の役割と意義としては以下の3点を挙げる。
① 支援情報の伝達媒介としての役割
難民が持っている支援への情報には個々人で大きな差があることが目立つ。かつ、支援団体の状
況・病院の受け入れ態勢などは日々変化していく中で、必要な情報、更新された情報を定期的に
難民に伝える方法・存在がない。情報は非常に限られたものであり、かつ情報の更新が遅れてい
る。
② 「来るのを待つ」だけでなく、定期的に難民の元を訪れる必要性
傷病者や子供が多い難民は外に出る機会は極端に少ない(外部と接触する機会をほとんど持たな
い)ため、支援団体や支援状況に関する情報をあまり持っていない。一方で、ほとんどの支援団
体は、難民が自発的に団体のオフィスに出向いて来て、彼らの現状を訴えることなしには援助を
行わない。家から出られない難民の元に定期的に訪れ、彼らのニーズや生活状況をくみ取る役割
が必要である。
③ シリア難民とヨルダン人の接触を仲介する役割
シリア難民とヨルダン人・パレスチナ人の間の Hatred は少なからず存在している。もともとそれ
ほど裕福ではないヨルダン人・パレスチナ人が、人口の 4 分の 1 にも迫る数の難民が流入してき
たことを快く思わない心情も理解できる。しかし、実体験や確たる根拠もなしに、
「ヨルダン社会
における問題は全てシリア人のせい」、「今すぐヨルダンから立ち去れ」と罵倒する光景が見られ
る。一方のシリア人も、避難生活の中で積極的にヨルダン人と関わりを持とうとする者は少ない。
イラク難民の先行事例から明らかなように、内戦から避難してきた難民は、同じイラク人であっ
ても、他者と接触を持つことを避けようとする傾向にある。両者の間の Hatred を緩和するには、
両者を繋げ、顔の見える関係を積極的に作ることが重要である。両者の接触を仲介し、良い関係
を築ける仲介が必要である。また、難民が日々の避難生活の中で最も気にしていることは「家賃」
である。難民の足元を見て、不当に家賃を吊り上げようとする大家が多く存在する。難民の立場
を代弁する第三者が入り、難民という立場への誤解を解くエージェントが必要である。
52
紛争後のコミュニティレベルの平和構築過程における
外部者の影響と市民社会構築への課題: 東ティモールの事例から
◯ 桑名恵(立命館大学)
Outsiders’ impact on post-conflict peacebuilding and civil society at community level:From an
case study of Timor Leste
Megumi Kuwana ( Ritsumeikan University)

はじめに
近年の紛争では、上からの外交交渉だけではなく、 社会の中における力関係かの変化が伴わな
いと、暴力は再燃する傾向が指摘されている(Kaldor 1999) *。そのような中、平和構築の方策と
して、外交的な対応や、トップダウンのアプローチに加え、「下からの平和」、市民社会による平
和構築への貢献への着目が高まり、国連をはじめとする主要援助機関では、市民社会への支援を
増加させている。
本報告では、1999 年の騒乱以降に国際支援が実施されたものの、2006 年に紛争が再発した東テ
ィモールの事例をあげ、リキサ県 V 村の平和構築に関わる社会要因を3つの期に分けて(1:独
立後(2002 年)から紛争再発まで、2: 紛争再発後〜2008 年、3:2008 年〜2012 年)、質的、量的
調査を基に比較し、外部者との関わりや 平和構築構築の状況の変遷から「下からの平和」のあり
方を考察する。

村の変遷
調査から考察される村の変遷を、平和、経済状況、外部者との関係の観点で整理する。まず、
平和に関しては、独立後から紛争再発までの間、平和を脅かす社会への不安への認識が高まって
いたが、2008 年以降は平和に向かっていると認識する住民が増加している。第二に、経済状況に
おいては、2006 年までは多額の国際支援が行われているにもかかわらず、収入が得られない状況
に村住民の不満が渦巻いていた。2006 年以降、石油天然ガスによる歳入が見込めるようになり、
2008 年頃から教師、役人等公務員の給与も高い水準で支払われることとなった。また、V 村で
2008 年より活動を開始したポルトガル NGO の事業による雇用も増加した。第三に外部者との関
係であるが、1999 年以来非常外国組織の関与が村に大きな影響を与えている。緊急支援の際には、
国連、国際 NGO によって、社会サービス、収入向上事業がある程度確保された。しかし、村人
の意思決定への参加は、制限されていた。2002 年以降、国際社会による緊急支援が収束し、独立
後の国家整備が本格化することになるが、地方行政の確立に時間を要し、2008 年まで、村への支
援、サービス提供は激減し、村人の不満が高まった。一方、紛争の再発が収束し、2008 年ポルト
ガル NGO が村全体にビジネス手法を取り入れた総合開発計画を開始してからは、観光産業新興
という方向性のもと、レストラン、手工芸品、村の緑化計画など、首都やポルトガルのビジネス
セクターとの連携を狙った数多くの事業が立ち上げられた。外国人観光客も増え、村人の雇用も
促進されている。しかし、村人の意思決定への参画度は低いままである。全般的に平穏で平和な
村の状況を喜びつつも、村の行く末には不安を抱える住民の姿がある。

考察
紛争を経験し、脆弱な社会において、信頼できる公的な機関の整備がなされない中、NGO や市
民社会組織が、ボトムアップパートナーシップを促進する意味で、平和構築やコミュニティ開発
に与える影響が大きい。第一に、社会・経済状況の改善を行いつつ、村の住民組織、主要関係者
と政府、ビジネスセクター、国際社会を結びつける役割を担っている。外部者の存在があるから
こそ、多様なアクターによる協働が生まれ、創られた関係性が、社会経済、平和への安定性を生
んでいる。第二に、事業実施を通じて、参加型アプローチを促進しえる存在でもある。しかしな
がら、第二の点においては、計画重視の援助機関による支援政策では、シナリオが見えない住民
の主体的に参加を促す動的プロセスを重視することは困難となり、持続的な平和な市民社会構築
にも支障を来すことにもなりかねない課題を抱える状況が浮き彫りとなっている。
*Kaldor, Mary (1999) Old and New Wars: Organized Warfare in the Global Era. London: Polity
Press
53
企画セッション
アジアにおける環境管理の諸課題
澤津直也
Issues of environmental management in Asian countries
本企画セッションは、アジア諸国を対象とする「環境管理システム」、「社会経済状態」、「環
境質」といった諸動態について、経済発展と環境問題のトレードオフ関係、大気汚染実態の評価
方法、環境アセスメント制度設計、産業としてとらえたリサイクルシステムといった諸課題を定
性・定量両面から分析することを目的とする。これらの検討を通じて、アジアの途上国における
今後の環境管理の効率的かつ効果的な手法を立体的に捉えることをゴールとする。
54
ASEAN のフラグメンテーションと環境対策
喜田徹生(法政大学・院)
The fragmentations and the environmental countermeasures on the business process in ASEAN
Tetsuo Kida (Hosei University)
ASEAN(東南アジア諸国連合)では、AFTA(ASEAN 自由貿易地域)によって 2015 年に輸入関税
の撤廃が実行されて、事実上の経済統合が実行されている。この ASEAN の国々には、先進国の仲間
入りをした国や中進国に成長した国々だけでなく、低所得国として今後の発展が期待される国々があ
るため、多国籍企業は、これらの国々の所得格差を利用したフラグメンテーションによる経営戦略を
ASEAN で展開している。本研究は、これらの多国籍企業によるフラグメンテーションの状況を、投
資先の工業団地における環境対策の視点から研究するものである。近年、FDI(海外直接投資)が一
段落した新興国インドと、後発開発途上国であるが FDI が活発に行われているカンボジアについて、
工業団地の現状を比較分析するとともに、今後の発展が予想されるミャンマーについて潜在的な環境
問題を予想する。
キーワード:ASEAN、フラグメンテーション、環境対策、海外直接投資(FDI)
55
中国の詳細な時系列データを用いた大気汚染の原因分析の試み
澤津直也(法政大学・院)
・松本礼史(日本大学)
An attempt to identify source of air pollutions in China by detailed index data.
Naoya Sawazu (Hosei University) and Reishi Matsumoto (Nihon University)
中国における大気汚染の発生要因解明に向けた分析フレームワークを提示することを目的に、中国
政府が毎日公表している大気汚染指数(API)や大気質指数(AQI)など膨大な環境質指標を「環境
ビッグデータ」と称し、これらの大気汚染要因分析への適用可能性を検討した。分析では汚染発生源
に関する先行研究を手掛かりに、6 つの説明変数を用いた重回帰式を提示した。目的変数は、環境質
の「季節変動」や「平日・休日変動」といった環境ビッグデータならではの要素を盛り込んで、5 つ
のモデルを想定した。
分析結果からは、
大気汚染の実態に即した要因分析の適用可能性が示唆された。
将来、社会経済指標においても詳細な「ビッグデータ」が入手できるようになれば、さらに精緻な分
析が可能になるだろう。
キーワード:中国の大気汚染、AQI、API、PM2.5、時系列データ
56
環境アセスメントの制度と運用
―東南アジアを中心に―
辻昌美(地球環境戦略研究機関)
Environmental Assessment System and its Implementation
- Mainly Focused on Southeast Asia Masami Tsuji (Institute for Global Environmental Strategies)
アジアにおいては多くの国々で、環境アセスメントに関する法制度が整備されている。途上国にお
いても援助機関からの技術協力などを得つつ制度を確立したり、その改善を進めたりしている。多く
の場合は環境アセスメントの一連の流れであるスクリーニングからモニタリングに至るまでの諸々の
段階に関する手続きが定められている。しかしながら、それぞれの手続きの具体は様々であり、また、
個別事業の上流部にあたる戦略的アセスメントや、気候変動(緩和及び適応)など新たな分野への取
組みなどが含まれているかなどについては差異も見られる。また、制度の運用状況についても差がみ
られ、高度な制度を確立した国でも、審査側や事業実施側のキャパシティ向上が必要となっている場
合もある。これらについて具体的相違とその背景を考察し、今後の展開のありかたを検討する。
キーワード:環境アセスメント、東南アジア、法制度
57
中国における自動車リサイクル産業発展に関する現状と課題
西山照美(法政大学・院)
The Issues and Current Status regarding the Development of Vehicle Recycling in China
Terumi Nishiyama (Hosei University)
中国はモータリゼーションの進展に伴い自動車が大量生産され、
2013 年度の自動車保有台数は1億
台となり、2020 年には 2 億台になると予測されている。ついては近い将来、中国内で大量の廃自動
車が発生することは必至である。中国の自動車生産業は 1980 年代より政府の政策により日米・EU
の外資の力を借りて大量生産が行われてきた。一方、廃自動車のリサイクル産業については政策、法
整備、技術力、情報管理システム等において今後解決するべき問題が数多く残されている。その現状
と課題について考察する。
キーワード:中国、廃自動車、リサイクル
58
企画セッション
科学・知識・権力―開発調査・研究における倫理性
佐藤峰(横浜国立大学)
・真崎克彦(甲南大学)
・松本悟(法政大学)
・目黒紀夫(東京外国語大学)
Science, Knowledge, and Power: Ethics of Development Research
Mine Sato (Yokohama National University) Katsuhiko Masaki (Konan University),
Satoru Matsumoto (Hosei University) and Norio Meguro (Tokyo University of Foreign Studies)
2000 年代に入り、開発学のあり方そのものを見直す議論が世界的に展開されてきた。日本では、
国際開発学会の 20 周年記念に絡めて出版された『開発を問い直す―転換する世界と日本の国際協
力』(2011 年)が契機となり、開発学の再構築にかかる議論が活発化してきた。欧米でも同時期
に開発学のあり方そのものを見直す議論がかまびすしくなってきた。その代表的な論文が Andy
&Tribe(2008)による What could Development Studies be?. 開発学が学問的知識の再生産や新
植民地主義的な他者への押し付けの学問を超え、真に社会変容へ貢献するための以下の3つの提
案をしている;1)途上国と先進国の枠を超えたグローバルな開発学へ、2)真に学術的
(trans-disciplinary)な開発学へ、3)より倫理的な開発学へ。
1)は特にポスト MDGsでの「グローバル開発指標の設定」に色濃く反映されている。2)は
開発学会設立時からのモットーでもあり、本学会でも「開発諸学の間に横たわる死角と矛盾:現
実課題に対して開発学は有効か?(2013年全国大会)
」などで(周辺的位置づけでも)議論さ
れてきた。 しかし振り返ると、3)の「より倫理的な開発学へ」は1)のような政策的含意も
なく、2)のような学問的展開もなく「学問・実践」以前のテーマとして捉えられ、一番議論さ
れてこなかったのではないか。上述書では3)の具体的論題に「対話と合意に基づく調査プロセ
ス」「周辺化される知の顕在化」「調査デザインの妥当性の再考」などをあげる。これは、学問や
実践の領域両方の土台となる、知のあり方・紡ぎ方そのものにかかる根源的な問題提起であろう。
また倫理性というのは、途上国と先進国の双方を経験した日本の開発学や開発実践に携わる我々
にとって、特に批判的に再考に値する論題ではなかろうか。
しかし現実を鑑みると、対象地域の多様な文化や実践を大切にすると言われる開発援助や開発
学の「様々な現場」は、科学的と判断される特定の学術分野の知識と権力の再生産の場所となっ
ている側面はないだろうか。結局のところ「科学的(客観的・定量的・再現可能)な知識」に基
づく杓子定規なアプローチが無意識に取られてきたのではないか。上記の問題意識に基づき、本
セッションでは、現在の開発学や援助における「科学的な知の作られ方」を批判的かつ建設的に
再考すべく、観念的なレベルを超えて、具体的な事例に基づき疑問の提示と「違う知のあり方」
の可能性の提案を試みたい。
上記の問題意識に鑑み、本発表は以下の4本の論考が検討される。真崎克彦は、西洋近代の相
対化が目指すはずのラトゥーシュの脱成長論が、その意図に反してその権力の再生産の場になっ
ている点を、ブータンの発展・開発の現状に照らして示してゆく。目黒紀夫は、アフリカの「コ
ミュニティ主体」の野生動物保全を事例に、現場で語られる地域社会の「伝統」がどのような構
造のもとにあるのかを検討する。松本悟は科学的な普遍性のある知』に対抗するはずの『文脈的
で状況依存性のある知』が、共犯関係を形成して調査の改善の罠にはまり、開発援助に伴う環境
社会問題の維持につながっている点を、世界銀行のインスペクションパネルの分析から明らかに
する。佐藤峰は開発学における「脳化(精神性および身体の不在)」について世界回白書2015
など昨今の開発学や開発政策をめぐる議論を批判的に検証するとともに違うあり方を提案してい
く。
59
開発学の脱脳化
―身体知・関係性・固有性を軸に―
佐藤峰(横浜国立大学)
“De-brainization” of Development Studies:
Recovering of Embodiment, Interdependence, and Particularity
Mine Sato (Yokohama National University)
開発学の大きな存在意義として、
(主に途上国貧困層の)
「よき生(心身ともに幸福で健康であ
ること:ウェルビーイングあるいはウェルネス)の維持や実現」への知的貢献がある。それは国
際開発の効果的な実践に貢献するための政策応用研究から、国際開発を根本的に批判・省察しよ
うとする学術的研究まで幅広く共有された認識であろう。そして開発実践の究極の目的は「(主に
途上国貧困層)一人ひとりのよき生の維持や実現」を側面支援であるという認識も共有されてい
よう。加えて「よき生」の構成要素を鑑みると、表現は文化的に多様であっても、意識・身体・
精神およびそれらの調和であるということはある程度共通な認識と考えられる。
上記の前提に立ち、本発表では「開発学やその実践はともすると意識優先であり、身体や精神
はしばしば周辺事項として扱われる「アンバランスな開発モデル」を提供してはいないか。換言
すれば「自然と接しながら感覚で感じ取る社会ではなく、頭の中で考え作られた社会」、つまりは
「脳化社会(養老 2002)」が開発学・実践を通じ、途上国社会および人々に再生産していない
か。」という問題意識を事例より共有し、そうでないあり方を、身体性、関係性(精神性)、固有
性を軸に、特に身体(身体性・身体知)をキーワードに提案することを試みたい。何故なら開発
学を含む社会諸科学は、科学性(「普遍性」「論理性」「客観性」)を追求するべくその学問モデル
を自然科学に求めてきたが(中村 1992)、その自然科学において学問モデルの限界が真摯に議
論され、進歩でなく進化を軸にしたモデル(中村 2014)を模索する動きがすでに始まっているか
らである。そのことは、2000 年代から繰り広げられる開発学の再構築の議論とも通底するもので
ある。
事例としては、世界開発白書 2015「心・社会・行動」における WEIRD(White, Educated,
Industrial, Rich and Democratic)な議論(World Bank 2015)、開発学における精神性をめぐる
議論の扱い、
「ウェルビーイング」を巡る議論、開発実践に於ける隠された暗黙の了解およびその
刷り込みなどをあげる。事例を通じ対象地域の多様な文化や実践を大切にすると言われる開発援
助や開発学の「様々な現場」は、科学的と判断される特定の学術分野の知識と権力の再生産の場
所となりがちなことを例示したい。そして代案(科学的思考の一緩和策)として身体知および身
体のアナロジー(維持生存、休養・消化、解毒、変化しつつ再生産する、朽ちる・辞める、調整
する)を端緒にして、ものの捉え方や指標を組み直す作業を試みたい。さらにはその試みを精神
性(関係性)および固有性の議論につなげ、自らの足元を見つめなおし「日常人と研究者として
の自分を統合し、社会を見る自分の眼に学問を役立たせ(内田 2000)、自己化(身体知と)す
る」ことにもつなげていきたい。
(参考文献)
中村桂子(2014)『生命誌とは何か』
、講談社学術文庫。
中村雄一郎(1992)『臨床の知とは何か』、岩波新書。
内田義彦(2000)『生きること学ぶこと(内田義彦セレクション1)』
、藤原書店。
The World Bank (2015) World Development Report 2015: Mind, Society, and Behavior, The World
Bank.
養老孟司(2002)『都市主義の限界』
、中央公論新社。
60
「脱成長論」の意義と課題
―ブータン王国の現況から考える―
真崎克彦(甲南大学)
Exploring the Potential and Pitfalls of De-growth Theory
- A Perspective from the Kingdom of Bhutan Katsuhiko Masaki (Konan University)
開発研究・実践では、途上国・地域の発展・開発のあり方を考察する際、社会科学が参照され
てきた。ただし、社会科学では概して、西洋近代発祥の政治経済体制(資本制や民主制)を基準
に、各国・地域の発展・開発度合いが分析される。そのため、従来の開発研究・実践では、貧困
や環境などの開発課題の根源にある資本制への対処が二の次にされがちであった。
こうした問題意識より、これまでの開発研究・実践のあり方に一石を投じようとするのが、セ
ルジュ・ラトゥーシュの脱成長論である(ラトゥーシュ 2013)。発展・開発の進め方を方向づけ
るモデルには、①「世界市場モデル―「私」(市場)に軸足」、②「世界市場プラス再分配モデル
―「公」
(政府など)に軸足」、③「地域自給モデル―「共」
(コミュニティ)に軸足」がある(広
井 2009: 172-173)。ラトゥーシュは中でも、③「地域自給モデル」に焦点を置く。地域共同体に根
差した暮らしが常態になれば(③)
、自ずと資本制は是正されていき(①)、資本制の維持発展を
優先する国家も止揚される(②)という見解基づいて、労働や土地を含むあらゆるものが商品化
され、闇雲に経済成長や利潤蓄積が追求される資本制を脱け出る見取り図を提唱しようとする。
こうした議論の問題点は、③「地域自給モデル」を進めれば良いと考えて、①「世界市場モデ
ル」や②「再分配モデル」を考慮に入れない点にある。しかし、西洋近代寄りの発展・開発のあ
り方を相対化する上では、①②③に包括的に取り組むことが欠かせない。資本主義の振興を通し
て富を増やそうとする国家や市場は、地域共同体の解体に加担しやすいからである。①や②を「否
定するだけでは(中略)資本や国家の現実性を承認するほかなくなり、そのあげくに、
[西洋近代
の超克という]「理念」を嘲笑する」
(柄谷 2006: 16、[]は引用者)結果に終わりかねない。
こうした観点より、本発表ではブータン王国を事例に取り上げ、ラトゥーシュの脱成長論の意
義と課題を考察したい。ブータン王国では、西洋近代とは距離を置いた発展・開発を目指した国
民総幸福政策(GNH)のもと、ラトゥーシュの唱える③「地域自給モデル」にも沿った、地域循
環型の経済振興が進められてきた。同時に、GNH のもとでは①と②も重視されてきた。①「世界
市場モデル」を通して経済成長を遂げ、そこで蓄積された富による②「再分配モデル」を整えた
先進諸国・地域とは違って、いかに人びとの経済的な生活水準の底上げを図り、地域共同体を守
るのか、また、そのための国家制度をどう築いていくのかが、重要な政策課題だからである。こ
の意味で、ラトゥーシュの脱成長論では、西洋近代型の発展・開発を遂げた国・地域を念頭に置
いた主張が展開されている。西洋近代の相対化を目指すはずが、その目論見は果たされていない。
本発表では、この点を踏まえて、②に関わる「良い統治」やその根幹たる民主制の推進が、ブ
ータン王国でいかに取り組まれてきたのかを検証する。そうすることで、開発諸課題を生み出す
資本制の超克を進める上で、政治体制の考察が不可避である点を明らかにしたい。脱成長推進に
向けては、国家や市場をどのように建て直すのかが考察されねばならない。
【文献】
柄谷行人、2006、『世界共和国へ―資本=ネーション=国家を超えて』、岩波新書.
広井良典、2009、『グローバル定常型社会―地球社会の理論のために』、岩波書店.
ラトゥーシュ、セルジュ(中野佳裕訳)、2013、『<脱成長>は、世界を変えられるのか?―贈
与・幸福・自律の新たな社会へ』、作品社.
61
調査と権力
―世界銀行と「調査の失敗」―
松本 悟(法政大学)
Research and Power:
The World Bank and “Failure of its Researches”
Satoru Matsumoto (Hosei University)
戦後の開発援助に関わる調査は、技術(エンジニアリング)的な実施可能性の検討中心から社
会経済面、更には環境面を含むように発展してきた。その一方で、1980 年代には、世界銀行が融
資したアジアやラテンアメリカのプロジェクトが環境を破壊し先住民族らの人権を侵害している
と激しく批判された。世界銀行を初めとする援助機関はセーフガード(環境社会配慮)政策を整
備し、問題を指摘された領域、特に状況依存的な現実の把握を得意とする社会学や文化人類学の
専門家を雇用して対応するようになった。技術や経済学の偏重が、環境破壊や人権侵害につなが
った要因だと捉えたからであろう。換言すれば、技術、経済学、社会学、文化人類学など様々な
知の存在をいわば並列的に捉え、調査で不足していた知を補うことで問題を回避できるという発
想がベースにあったのではないか。しかし、セーフガード政策をいち早く整備し、経済学以外の
社会科学の専門家の雇用を積極的に進めて自ら「知識銀行」を標榜する世界銀行ですら、いまだ
に環境社会面の深刻な問題をプロジェクト地の住民から指摘されている。不足していた知を付加
しただけでは問題を回避できない。専門家の有無やその能力の優劣だけでは説明がつかないこと
を示している。
度重なる政策改定による調査の改善にもかかわらず、なぜ実態の把握に失敗するのか。本発表
では、世界銀行のセーフガード政策遵守チェック機能を備えたインスペクションパネルを事例に
この問いに取り組む。結論は以下の 5 つである。①専門家は自らの「はかり」によって実態を部
分的に切り取っている、②研究歴などで裏づけされた専門家の経験知や「はかり」によって調査
の必要性が判断されている、③調査はいつ行なわれたかよりも実施されたかどうかでその目的の
達成が判断されている、④調査には社会改良という上位目標があるため、調査の不実施は社会改
良への努力によって置き換えられやすい、⑤資金や専門性を通して調査をコントロールする側が
される側に配慮している。
しかし、ここで疑問が生じる。技術や経済学のような科学的普遍性に依拠する専門家ばかりで
はなく、社会学者や文化人類学者のように状況依存的な個別の文脈知を重視する「はかり」を持
った専門家も世界銀行には多数いる。なぜ、そうした「はかり」が適切に活用されなかったのだ
ろうか。世界銀行の専門家を対象にした複数の研究を分析すると以下のような仮説的結論が導き
出された。第一が知の階層化である。融資の意思決定段階においては科学的な普遍性を重んじる
「はかり」が個別的で文脈的な「はかり」より優位に立つが、事業の実施段階では後者にも活躍
の場が用意されている。第二が権力の反転である。調査を求める側と求められる側の権力関係が
反転し、調査を求める側が従属的な立場に追いやられている。第三が専門家と組織の媒介効果で
ある。異なる「はかり」の選択時期を通じて、組織や多様な専門家が構造的に維持されている。
第四が知の統治機能である。第一で述べた「異なるはかり」の共犯関係を結果的に住民たちは受
け入れざるをえない。
「調査の失敗」を不足する知の付加で改善する方法は、終わりなき改善によって問題の維持に
つながりかねない。調査は現実をありのままに映し出すのではなく、むしろ調査が現実を(誤っ
て)作り出している。開発援助に関わる調査が実態を明らかにし住民からの批判を受けないよう
にするためには、調査や専門家が作り出す知の機能に着目し、小手先の改善の罠にはまらないよ
うにすることが肝要である。
62
「コミュニティ主体の保全」の現場で語られる「伝統」の是非
―アフリカの環境保全=開発援助をめぐる科学と倫理の役割についての一考察―
目黒紀夫(東京外国語大学)
Invention of “Tradition” through Community-based Conservation:
Scientific and Ethical Critique of Environmental Conservation/Development Aid in Africa
Toshio Meguro (Tokyo University of Foreign Studies)
今日、環境保全と開発援助が新自由主義のもとで結び付きを強めるなかでは、そのイデオロギ
ー性が科学的・倫理的な観点から検討され、それを取り巻く権力や知識のあり方が批判されてい
る(Büscher et al., 2012; Fletcher, 2010)。ただし、そうした研究には生態(学)的な視点が欠けて
いるとして、自然科学的な知識の生産・流通・適用の連環を併せて探究することの必要性が言わ
れてもいる(Goldman et al. eds., 2011)。本発表では、アフリカの野生動物保全の現場で地域社会
の「伝統」が声高に語られる状況を科学や権力、知識といった観点から分析し、そこにおける科
学と倫理の役割について考察する。
発表者は 2005 年より断続的に、ケニア共和国南部のアンボセリ生態系に暮らすマサイ社会で調
査を行なってきた。アンボセリ生態系はアフリカの中でも「コミュニティ主体の保全
(community-based conservation)」が先駆的に取り組まれてきた地域である。地域社会も現在まで
にそれがもたらす恩恵を理解し、積極的に援助者との対話に応じ交渉を図るようになっている。
ただし、ケニアの野生動物政策が動物愛護の思想の影響を強く受けている時(Kabiri, 2010)、開発
援助を歓迎しつつも環境保全については、野生動物の危害を受ける恐れのある住民の多くは援助
者が求める愛護的な共存を受け入れていない。そうした中で、牧畜民のマサイは伝統的に野生動
物を殺すことなく護り共存してきたと、援助者・被援助者の双方が語るようになった。それはマ
サイと野生動物の歴史的な事実関係からすれば「誤り」だが、動物愛護の価値観にもとづく CBC
の目標に照らせば「正しい」ないし「望ましい」言明である。ただし、それが語られる際の事情
は、主体によって大きく異なっている。
動物愛護の思想を支持し CBC の実践にも携わる自然科学者は、専門外の社会(科学)的な側面
についても発言や提言をする。その中で上述の「コミュニティの伝統」は、事実かつ規範として
言及されることが多い。そうした立場は政策志向の強い別の科学者によって批判されるが、その
中に「コミュニティの伝統」を専門的に議論できる人文社会系の研究者は乏しく、その是非が正
面から論じられることはない。そして、動物愛護を是とする政府機関は、対話だけでなく暴力的
な手段も講じながら「コミュニティの伝統」の遵守を地域社会に求める。「コミュニティの伝統」
は被援助者の側から事実または規範として語られることもあるが、長老はそれが歴史的な事実で
はないことを自らの体験から理解した上で、援助獲得のために事実であるかのように口にする。
それに対して、より若い世代にとって伝統とは自分が生まれる以前の過去にかかわるものであり、
動物愛護を所与とする学校教育や CBC を通じて「コミュニティの伝統」を「正しい」事実、
「望
ましい」規範と理解するようになっている。
このように、「コミュニティの伝統」が「正しい/望ましい」ものとして語られるのと同時に、
それに適合的な価値観や知識が公教育を通じて人々に教え込まれている。政府や援助者が参照す
るのは、動物愛護の価値観に矛盾しない政策志向の色が強い自然・社会科学であって、現状に「批
判的」な人文社会系の視点ではない。こうした現状への「批判」を研究として外在的に展開する
ことは容易いが、その一方で、
「コミュニティの伝統」を「正しい/望ましい」と考える住民と対
話を行う上では困難が予想される。なぜなら、多くの住民は動物愛護の思想を相対化し「批判的」
に捉える視点を教育されていない上に、何が地域の「正しい」伝統であるのかを外部者である調
査者が住民の理解を無視して語ることで反発を買う恐れがあるからだ。こうした点への対処を考
える上では、科学的知識の政治性・権力性に注意するのと同時に、調査者と被調査者の倫理的な
関係性を再考することが不可欠だろう。
63
農業技術の採用と夫婦のリスク選好
―マダガスカルにおける田植え技術―
福田彩乃(神戸大学 国際協力研究科)
Technology adoption in agriculture and risk preference of husband and wife: Evidence from
rice cultivation in Madagascar
Ayano Fukuda(Kobe University, Graduate School of International Cooperation Studies)
1. はじめに
マダガスカル共和国(以下、マダガスカル)においてコメ生産性拡大は最重要課題の一つであ
る。国民の 75%は稲作を主とする農業に従事者しており、主食がコメであることから、稲作は経
済活動・栄養摂取の 2 側面でマダガスカル国民の生活を支えている。しかし農業国でありながら、
2.7t という低い単位当たり収量と、消費量の 10%程を輸入に依存している現状があるため、国内
でコメの安定的な供給を図り、食料自給体制を確立するとともに、農村地域の所得向上を目指す
上で、コメの生産性向上は重要な鍵となっている。農業生産性向上のためには新技術の採用が不
可欠となる。近年注目を集めるのが、集約的稲作技術(System of Rice Intensification: SRI)で
ある。SRI は新品種や化学肥料等の外生投入財の投入を必ずしも要求することなく、既存の技術
の組み合わせにより、収量を増加させる。そして、驚くことに慣行農法の 1.5 倍以上の単収を実
現すると言われている。一見理想的な農法に見える SRI であるが、実際の採用率は必ずしも高く
ない。SRI 採用による収量の拡大が多くの国で確認されているにもかかわらず、その低い採用率
は SRI のパズルとして知られている。
2. 研究の目的・特徴
本研究では、マダガスカルにおける新技術採用の決定要因を分析する。ここで分析する新技術
には、SRI の他に新品種導入、種子選別作業を含める。本研究では農家の持つ労働力配分とリス
クに焦点を当てる。マダガスカルでは慣行的に田植えは女性の仕事であること、また農業技術の
採用に関して夫婦で共同意思決定を行っているというフィールドからの観察を分析に取り入れ、
世帯主(男性)だけではなく配偶者(女性)の交渉力・リスク選好を考慮した分析を行う。
3. 研究対象と方法
本研究は、マダガスカルの穀倉地帯として知られているアロチャ・マングル県で行った家計調
査と、調査対象家計の夫婦それぞれのリスク選好を測定した実験結果に基づいて分析している。
家計調査では家計員および、経営する土地の属性・農法についての詳細な情報が得られている。
説明変数として、家計の属性、土地の属性、交渉力の代理変数、そして夫婦それぞれのリスク選
好を用いている。
4. 結果および考察
まず、平均的にリスク回避的な家計ほど新技術を採用しない傾向がある、という既存研究と整
合的な結果を確認した。そのうえで、平均や分散についてある程度知られている既知の技術(本
研究における新品種導入・種子選別作業)については、妻のリスク選好が統計的有意に農業技術
の採用に影響を与える一方、調査地域において SRI の採用者は少ないため全くの未知の技術であ
る SRI の採用には、夫のリスク選好が統計的に負の影響を与えることを明らかにした。
64
スラムの形成・拡大に見る農民の貧困および農業構造上の諸問題
―ケニアの事例から―
○佐々木 優(亜細亜大学)
Farmer’s Poverty and Problem of Agricultural structure in a Slum Formation and expansion
― Case of Kenya ―
SUGURU SASAKI (Asia University)
本報告では、ケニアにおけるスラムの形成および拡大の過程から、農業構造上の諸問題、およ
び農民が直面する深刻な貧困状態の諸要因について検討する。
ケニアの首都ナイロビには、東南部アフリカで最大と称されるキベラ・スラム(Kibera)をは
じめ、10 ヵ所以上のスラムが形成されている。UN-HABITAT によると、キベラ・スラムだけで
およそ 40 万人が居住しており、ナイロビにある十数ヵ所のスラムの全居住者数は、首都の人口の
3 分の 1 にあたる 100 万人以上とも推計されている。また、ナイロビなど比較的経済活動の活発
な大都市に加えて、新規のプランテーションが設けられた地方の街では新たなスラムが形成され
ている。しかも、スラムに流入する人々の規模は増加傾向にあるため、スラムを抱える都市では
治安の悪化や公衆衛生環境の劣悪化、都市部貧困の深刻化など、様々な弊害が顕著となっている。
そのため、国際機関やケニア政府は、スラムに派生する問題の解決に向けた方策を実施し、ま
た NGO 組織等は貧困削減や教育支援、衛生環境の改善に関する活動をスラム内で行っている。
ただし、これら支援活動はスラム関連の問題を改善・軽減する上で一定の効果を有しているかも
しれないが、他方でスラム形成の根本的な要因を改善しない限り、諸問題が残存し続ける恐れも
ある。そして、スラムに居住する人々が「何故、スラム(都市)に移り住むことになったのか」
を考察すると、重要な問題の一つとして、地方に住む農民の生活環境が困窮しており、彼らが生
活費、特に食費を確保する必要性に迫られていることが伺える。
地方の農村に住む人々、特に父親や息子が都市部や大規模プランテーションへ出稼ぎに赴く最
大の理由は現金収入を得ること、すなわち、家計に占める食費負担の増加によって、生活費を確
保しなければならないことがあげられる。例えばナイロビやモンバサなど、雇用獲得の見込める
大都市が貧しい農民の出稼ぎ先となり、これら出稼ぎ労働者がスラム形成の一端を担っているこ
とは、周知の事実である。換言すると、日々の食料および食費を農村内で確保(自給)できれば、
農民が都市部へ流入する必要性は低減し、スラムの拡大と、それに付随する諸問題の改善に結び
付くと考えられる。もっとも、既存の農業生産に見られる状況や農業部門に対する直接投資(FDI)、
諸政策などを検討する限り、これら農業構造が農民の食料確保や貧困削減、スラム流入の歯止め
に貢献しうるか疑わしい。例えば、ケニア中部のナイバシャ湖畔一帯やインド洋沿岸に位置する
農業地域では、食料ではなく、輸出向けのバラやジャトロファなど、換金作物栽培を目的とする
土地売買やプランテーション建設が進められている。食費の確保に躍起になっている大勢の農民
はこれら大規模な FDI によって生み出される雇用を求めて流入するため、同地には瞬く間にスラ
ムが形成されている。
確かに、商品作物栽培の拡大や輸出増大を主眼に置いた農業政策や FDI は、貧困に苦しむ大勢
の人々にとって、雇用機会や現金収入を増やす契機であり、ケニア経済が成長する上でも重要な
要素となる。だが、これら投資および政策は必ずしも食料自給・増産を中心に据えておらず、む
しろスラム形成を助長しかねないため、貧困問題の改善やスラム問題の軽減に向けた方策では、
農民の食料確保を一層考慮する必要があるのではないか。
65
持続可能な開発への挑戦
―フィリピン・ソーシャルビジネス組織設立の事例から―
〇西野桂子(関西学院大学)・〇相馬真紀子(グローバルリンクマネージメント株式会社)
Ensuring sustainable development:
Enterprising the Vizcaya Fresh Inc., a new social business organization in the Philippines
Keiko Nishino (Kwansei Gakuin University) and Makiko Soma (Global Link Management, Inc.)
国際協力、特に草の根レベルで協力を行う NGO にとって、プロジェクトの終わらせ方は最も
難しい課題である。常に受益者と行動を共にし、顔が見えているだけに、
「プロジェクトの期間が
終わったのでさようなら」とは言い難い。本稿は、フィリピンのヌエバ・ビスカヤ州で、10 年近
く活動を行ってきた特定非営利活動 GLM インスティチュート(GLMi)が用いた「終了の方法論」
を紹介し、持続可能な協力モデルの必要条件を考察するものである。
ヌエバ・ビスカヤ州は、フィリピンルソン島中部に位置し、大穀倉地帯の水源であるマガット
川とカガヤン川の流域にある。水源流域管理の対象地として、過去に日本の ODA もプロジェク
トを実施していた経緯がある。GLMi は、農村貧困と環境劣化の関係を重視し、
「森を拓かずに済
む」代替生計手段(非木材森林製品)を模索する形で、ODA 終了後の地域で活動を開始した。フ
ィリピンで 50 年の歴史を持つフィリピン農村再建運動(Philippine Rural Reconstruction
Movement: PRRM)をパートナーNGO に、2008 年からは外務省 NGO 連携無償資金を得て、
「ヌ
エバ・ビスカヤビスカヤ州重要水源地における住民参加型森林管理プロジェクト(2008 年~2011
年)」および「ヌエバ・ビスカヤ州における有機・減農薬農産物の生産を通じた貧困農民の生計向
上支援(2012 年~2015 年)」を実施した。
第一段階の森林管理プロジェクトは、315 人のモデル農民が 133ha の面積に 38,340 本の果樹
と 9,200 本の高木を植林し、2011 年時点で 89%の生存率を確保し、一旦終了した。しかしなが
ら、植林活動が農民の生活改善に直接影響を及ぼすまで時間がかかる。そこで、有機・減農薬農
産物の生産に着目し、農民の生計を直接支援するプロジェクトを実施した。プロジェクトサイト
は中山間地域にあり、農民は急斜面に張り付くような農地で野菜を生産している。生産性が低く、
中間業者に買いたたかれ、農薬や化学肥料の借金がかさむため、農民の生活は苦しくなる一方で
あった。また、フィリピンでは、大量の農薬散布が引き起こす健康問題への懸念が高まっており、
安全性の高い野菜や果樹への需要が生まれていた。
本プロジェクトの特徴は、有機野菜の生産だけでなく、販売を目的とした組織「ビスカヤ・フ
レッシュ(VFI)」を設立したことである。3 年間のプロジェクト期間に、有機野菜であることを
証明するための「有機認証制度」を整備し、農薬を使用した農業から、減農薬、有機農業へと移
行する農民を支援し、マニラのレガスピマーケットを皮切りに、ビスカヤ州内に 2 店舗を開店す
るまでに成長した。主要対象農家 44 世帯の農業による年間純収入は、2011 年から 2014 年の間
に 3.8 倍増加したが、化学肥料・農薬使用の低減による現金支出削減の影響が大きい。
プロジェクトの目標である「農民の生計向上」を持続させるためには、VFI 参加農民のインセ
ンティブと組織自体の継続が不可欠である。そのため、VFI の理事会には、PRRM や GLMi の代
表のみならず、現地で農産物加工やエコ・ツーリズムを手掛ける民間企業や NGO がメンバーに
なり、年間計画策定や販売状況のモニタリングなどを行うこととした。また、5 名のスタッフを
雇用し、有機野菜の集荷・販売を担当している。2015 年 3 月現在、59 世帯が有機農家の認定を
受け、ルソン島北部では VFI 野菜の TV コマーシャルも流れている。今後は、VFI が自立発展で
きるかどうか、農村社会と組織論の面から研究を続けていきたい。
66
草地利用権制度と自然災害リスク
―モンゴルと内モンゴルの事例―
鬼木俊次(国際農林水産業研究センター)
Grassland Tenure System and Natural Disaster Risks:
A Case of Mongolia and Inner Mongolia
Shunji Oniki (Japan International Research Center for Agricultural Sciences)
乾燥気候帯にある多くの発展途上国では、自然災害のリスクは大きいが、財政的制約のため被
害を防ぐために利用可能な手段が少ない。モンゴル高原では、冬から初春にかけての積雪や異常
低温により大量の家畜が死亡するという寒雪害(ゾド)がときおり発生する。草地の利用権制度
は牧民の自然災害リスク対処戦略に影響を及ぼすと言われている。オープンアクセス資源の場合
には、牧民は安全な場所に移動することによってリスクを避ける。土地が個々の牧民世帯に配分
されている場合には、移動ではなくリスクを避けるような資本投資を行うと考えられる。例えば、
冬季用の畜舎の建設は低温障害の防止に役立ち、トラックやトラクターなどの機械への投資は、
飼料等の運搬に役立つ。また、飼料の備蓄は災害リスクの軽減に役に立つ。しかしながら、草地
利用権制度のリスク対処に及ぼす効果についてはあまり実証されたことがない。
本研究の目的は、草地利用権制度が牧畜民の自然災害リスク対処に及ぼす効果を推定すること
である。そのために、内モンゴルとモンゴルの牧畜地域を比較する。モンゴルでは土地は共有で
あり、自由な移動を認めるオープンアクセス状態である。一方、内モンゴルでは 1990 年代後半
に実施された草地請負制度の下で、牧草地が個々の世帯に配分されている。請負年限は決まって
いるが、相続も可能であり、個人に利用権が付与されている。内モンゴルも従来はモンゴルと同
じような伝統的な移動を行っていたので、根ざす牧畜技術は似ている。ただし、個別的土地利用
権の付与に応じて牧畜の経営方法が変化している。特にリスクに対する備えや対処は土地の利用
権制度によって変化すると考えられる。
モンゴルの調査地は中部地域に位置するトゥブ県 Sergelen 郡および Bayanjargalan 郡である。
内モンゴルの調査地は内モンゴルのほぼ中部地域に位置するシリンゴル盟のシリンホト市および
その西にあるアバガ旗である。両地域は半乾燥ステップの気候帯にある草原地域である。モンゴ
ルでは村の悉皆調査、内モンゴルでは牧民世帯のランダムサンプリング調査を行った。
モンゴル国の調査地では 2010 年の初めに大規模な積雪と低温による災害が起こり、内モンゴ
ルの調査地では 2010 年および 2013 年に大量の積雪と冷害があった。災害年の牧畜経営の状況に
ついて両地域のデータを比較することによって、土地利用制度の影響の分析を行った。分析結果
によれば、内モンゴルではモンゴルに比べて補助飼料の準備量が有意に多い。内モンゴルの牧民
は移動によってリスクを軽減することが難しいので、乾草を多く準備していると考えられる。彼
らは通常年でも十分な量の乾草を準備することにより災害時のリスクを軽減している。また、内
モンゴルでは畜舎への投資の規模がモンゴルよりも大きい。彼らの畜舎は寒さを防ぐ形状である
が、建設費は高い。一方、モンゴルの牧民は移動によってリスクを軽減する戦略を取っている。
飼料の準備や畜舎の建設は最小限度であり、災害時の備えについてほとんど想定していない。し
かし、実際には移動できずに大量の家畜を失う世帯が多い。こうした比較によって、牧民はそれ
ぞれの制度の中で、最も効率的な戦略を採用しており、土地利用権制度は牧民の経営戦略に大き
な影響を与えていることが改めて計量的に示された。
67
トルコ国防災教育プロジェクトにおけるプログラム評価の試み
○米原あき(東洋大学)
・丸山緑(元コンサルタント)・澤田秀貴(JICA)
Application of Program Evaluation on School-based Disaster Education Project in Turkey
○Aki Yonehara (Toyo University), Midori Maruyama (former consultant) and Hideki Sawada (JICA)
国際協力機構は、援助スキームに応じて、DAC5 項目に基づく評価活動を行っている。技術協
力プロジェクトについては「事前評価‐中間レビュー‐終了時評価‐事後評価」という 4 度のタ
イミングで評価が行われる。それぞれの評価活動は、プロジェクトを担当するコンサルタントと
は別の専門家及び相手国政府のプロジェクトに従事しない関係者等で構成される合同評価で実施
され、一定の客観性や透明性が保たれる仕組みとなっている11。しかしながら、特に研修や教育
活動を主とするプロジェクトの場合、介入対象である「人間」が、どのような要因の影響を受け
てどのように変わっていったのかを把握し、適時にプロジェクト活動の改善に反映するためには、
プロジェクトの細部にわたる理解やプロジェクト期間中にカウンターパートに生じる時系列的な
変化を、継続的に把握することが不可欠となる。このような「現行プロジェクトの改善」を目的
とした形成的な評価活動を行うためには、プロジェクト期間を通して包括型にそのプロジェクト
をモニタリングし、継続的に改善のための提案を現場にフィードバックしていくシステムが必要
になる。このような活動を支える評価理論として、本稿では、
「プログラム評価」の考え方を導入
する。
本発表では、ODA 技術協力案件『トルコ国防災教育プロジェクト』を事例に、プログラム評価
導入の試みを報告する。初等学校における防災教育に関する教材作成・教職員研修・学校防災計
画策定をメインコンポーネントとするこのプロジェクトでは、従来型の評価スキームである中間
評価や終了時評価といった評価活動に加え、プロジェクト内部で「ベースライン調査‐ミッドタ
ーム調査‐エンドライン調査(以下 BL 調査‐MD 調査‐EL 調査)
」という一連の社会調査に基
づくプログラム評価の活動を行った。その主な目的は、プロジェクト内部の評価者が、プロジェ
クト期間中に一貫してモニタリングにあたることにより、①プロジェクト全体の「流れ」の中で
生成する変化を適時に捉え、関係者により有用なフィードバックを返すこと(プロセス評価)と、
②時系列的な変化を想定した実験デザインによる評価を実施すること(インパクト評価)にある。
この試みにより、次の 2 点が明らかになった:①【モニタリング調査の有効性】プロジェクト
活動と並走するかたちでモニタリング調査(BL 調査‐MD 調査‐EL 調査)を行うことにより、
また、調査に際して全国規模のサーベイと現地調査によるインタビューを併用することにより、
プロジェクトの主要な受益者である学校管理職と教員に、随時、具体的なフィードバックを返す
ことが可能になる(プロセス評価)
。②【調査データ蓄積の重要性】BL 調査‐MD 調査‐EL 調
査で収集されたデータの比較分析により、プロジェクト介入校と非介入校の差異およびプロジェ
クト介入校の BL 時点と EL 時点の差異が統計的に明らかになり、プロジェクトの介入効果を科
学的に検討することが可能になる(インパクト評価)。
一方で、今後の課題として、次の 3 点も明らかにされた:①「評価の教育的側面」を活かし、
カウンターパートと協働して、十分なセオリー評価を行うこと。②プロジェクトに評価担当のポ
ストを設置し、カウンターパートと協働して、継続的なモニタリング調査を行うこと。③モニタ
リング調査から得られたフィードバックを適時に適切に現場の教員に届けることができるよう、
セオリー評価の段階から「フィードバック・システム」について検討すること。
11
現在、この評価スキームの見直しが検討されているが、現行のプロジェクトは上記のスキーム
で評価されている。
68
知識創造型技術協力の試み
― 国際協力におけるナレッジ・マネジメント―
新関良夫(国際協力機構)
Knowledge Creation-Based Technical Cooperation Approach:
- Knowledge Management in International Cooperation Yoshio Niizeki (Japan International Cooperation Agency)
世界銀行が、
「知識」を国際協力のトピックとして取り上げたのは 1998 年の世界開発報告であ
った。
以来、17 年余り経過したが、世界銀行や UNDP などの活動では、Knowledge Sharing や
Knowledge Exchange など、知識の共有、交換などの活用に焦点が置かれている。しかし、これ
らの活動には、共有、交換などで活用される知識が一体どこから来るのか、という根本的な視点
が欠けている。
筆者は、国際協力機構において、ASEAN 知識経営、赴任前研修などを通じて知識創造の重要
性について啓蒙してきた。また、貴学会では国際協力機構が実施したインドネシアにおける母子
健康保健手帳プロジェクトや太陽光発電導入研修を事例として、技術協力プロジェクト並びに日
本研修における知識創造について論じた。
本稿では、これらの議論をもとに、日本が実施する技術協力を知識創造型技術協力として論じ
る。
技術協力については、既に様々な議論があるが、知識創造の視点からの議論はまだない。
知識創造プロセスは知識創造理論の中核をなす考え方である。当該理論の提唱者である野中郁
次郎によれば、知識には言葉や文章で表現できる形式知と状況に依存し経験を通じてしか共有で
きない暗黙知の二種類がある。知識創造プロセスは、直接経験により暗黙知を共有する共同化、
共有した暗黙知を形式知へ変換する表出化、変換された形式知を基に新たな形式知を創造する連
結化、創造された形式知を実践により暗黙知へ変換する内面化、の四つのモードからなり、SECI
(セキ)と呼ばれる。
技術協力をこのような知識創造の視点から見直すことによって、技術協力プロジェクトや研修
に関して新たな知見が得られ、それらの綜合として知識創造型技術協力の考え方が導かれる。
今まで学びの視点から論じられてきた研修は、研修生が、自分自身が有する途上国の暗黙知と
研修生が日本での経験を通じて共有する日本の暗黙知をもとに途上国の状況に応じた新たな知識
を創造する知識創造プロセスであると見直される。研修を知識創造の視点から見直すことで、本
邦研修の成否には、研修の冒頭でこの視点を研修生に十分理解させること、研修関係者もこの視
点を共有して研修全体を通じてその視点を研修生に常にリマインドすること、そして研修の対象
分野について途上国の現場と日本の現状の両者を熟知する知識通訳の存在、が重要であることが
新たな知見として得られる。
技術協力プロジェクトでは、専門家が行う技術移転の流れが SECI に沿っており、本邦研修が
日本における知識創造プロセスであるのに対し、途上国における知識創造プロセスであるといえ
る。専門家がカタリストであるという指摘があるが、専門家も C/P に対する技術移転という形で
知識創造に係わっているから、「自らは変化せず化学反応を促進する」だけの触媒ではありえず、
技術移転を通じて自らも暗黙知を豊かにして成長する。このような知見は知識創造の視点からの
み得られる。
知識創造型技術協力の考え方は、知識創造の視点を前面に押出すことで、暗黙知の共有を基礎
とする日本の技術協力の特徴を明確にすると同時に、Knowledge Sharing や Knowledge
Exchange などの活動を通じて知識共有や交換に焦点を置く世銀や UNDP などの考え方と競合
ではなく補完し、創造と共有を綜合した Knowledge Cycle に基づく新たな技術協力の視点を構築
しようとする試みである。以上。
69
経済発展におけるインフラストラクチャーのインパクト評価
―選択的なサーベイ―
澤田康幸(東京大学)
The Impacts of Infrastructure in Development:
A Selective Survey
Yasuyuki Sawada (University of Tokyo)
開発経済学者は、インフラストラクチャーを経済発展の前提条件とみなしてきた。しかしながら、
既存研究では二つの重要な課題が見過ごされてきている。第一に、インフラストラクチャーの貧
困削減の因果関係を適切に識別することは重要であるものの、実験的な評価手法、たとえば無作
為化比較試験(randomized control trials: RCT)を用いた効果測定は、大型インフラストラクチ
ャーについては困難である。第二に、ミクロデータをもとにしてインフラストラクチャーが、人々
や世帯の所得・貧困・健康・教育に与える影響を計測した自然実験的研究あるいは準実験的研究
はいくつか存在するものの、そうした研究の知見は、より大きな文脈の中に位置づけられるべき
ということである。これらの二点の課題を克服すべく、本研究では、Estache (2010), Hansen,
Andersen, and White, eds. (2012)や World Bank (2012)などの既存の展望論文を以下 2 点から
克服する。第一に、インフラストラクチャーの評価において半実仮想(counterfactual)を設定
することはしばしば困難であるものの、人間が操作できない工学的条件を元に準実験的手法を用
いることが可能である。第二には、評価者は、自然実験と人工的実験を複合した、いわば複合的
実験手法を用い、インフラストラクチャーが、Hayami and Godo (2005), Hayami (2009)の言う、
「市場・政府・コミュニティの相互補完性」を高める役割を果たすことを議論する。
参考文献
Estache, A., and M. Fay. 2007. Current Debates on Infrastructure Policy. World Bank Policy
Research Working Paper. No. 4410. Washington, DC: The World Bank.
Hansen, H., O. Winckler Andersen, and H. White. 2012. Impact Evaluation of Infrastructure
Interventions. Oxon, UK: Routledge.
Hayami, Y. 2009. Social Capital, Human Capital and the Community Mechanism: Toward a
Conceptual Framework for Economists. Journal of Development Studies 45(1): 96–123.
Hayami, Y., and Y. Godo. 2005. Development Economics: From the Poverty to the Wealth of
Nations, Third Edition. New York, NY: Oxford University Press.
Sawada, Y. 2015. The Impacts of Infrastructure in Development: A Selective Survey. ADBI
Working Paper 511. Tokyo: Asian Development Bank Institute. Available: Sawada, Y.
2014. The Impacts of Infrastructure in Development: A Selective Survey. ADBI Working
Paper [Number]. Tokyo: Asian Development Bank Institute. Available: [URL]
World Bank. 2012. Impact Evaluation for Infrastructure: General Guidance and Existing
Evidence. Washington, DC: The World Bank.
70
エジプトの食糧補助金制度改革と再分配政策
―ターゲティングをめぐる課題を中心に―
井堂有子
(東京大学大学院総合文化研究科博士課程)
Contextualizing food subsidies reform process in Egypt as a redistribution policy
-Between universal and targeting approachesYuko Ido (Ph.D Candidate, Graduate School of Arts and Sciences, The University of Tokyo)
本報告は、エジプトにおける再分配政策の一環としての食糧補助金制度を取り上げ、その制度
改革のうちターゲティングに関する課題を明らかにすることを目的とする。
2010 年末より始まったいわゆる「アラブの春/革命」以降、中東・北アフリカ地域における格
差の問題が改めて注目されている。同地域を現在進行形で覆っている大きな歴史的政治変動の背
景として社会経済的構造の歪みが指摘されているのである。同地域における世帯所得や支出に関
する統計データに制約があることはこれまで指摘されてきているが、従来の研究では、一般国民
の認識よりも統計上からみる所得格差はそれほど大きくない(一般認識と事実の間に相違がある)
という説明がなされてきた。一方、最近の研究では、これと反対の立場の解釈も提示されるよう
になっており、同地域における格差の実態に関する実証研究は深化の途上にあるといえる。
格差の実態に関する研究が進められる中、同地域において広範囲に確認される食糧や燃料に対
する補助金制度は、しばしば同地域の権威主義体制の盤石性を補完する政策ツールとして見なさ
れてきた。しかし、累進的税制度や社会保障制度が未整備な状況下においては、事実上の再分配
制度ないしソーシャルセーフティネットとして機能してきたとも評価される。その財政負担や非
効率性等を理由に国際機関から削減の提案を受け続けてきた制度でもあるが、中でもエジプトは
抜きんでた財政規模と大規模な補助金制度を発展させてきた。
2007 年から 2008 年にかけて発生した国際的食糧危機の際、多くの諸国において、税制や補助
金、現金給付、公務員給与や年金等を通じた対応策が取られた。たとえば、対 GDP 比でみた燃
料・食糧補助金支出(2008 年)では、インドネシア(0.9%)やインド(0.7%)、セネガル(0.5%)
を抜いて、エジプト(1.8%)、ヨルダン(1.7%)、チュニジア(1.5%)、モロッコ(1.2%)と上位
を中東・北アフリカ諸国が占める結果となった。このうちエジプトは、特に補助金付パンの製造
のため、近年小麦輸入で世界第一位の状況が続いているが、WFP は全小麦の約 30%が流通過程
で漏えいしていると推測する。この漏えい問題に加え、補助金裨益者の普遍主義により真に支援
を必要としている国民層が裨益してきていないという指摘も長年なされてきた。エジプトにおけ
る補助金制度のこの主要な二点の課題(漏えいとターゲティング)は 1980 年代より指摘されて
きたが、政治的不安定化要素を懸念して、2011 年 1 月 25 日革命前の長期政権下でも、また革命
後の暫定諸政権下でも抜本的な解決策は実施されなかった。
2014 年 6 月に就任した軍部出身のスィースィー現政権下において、燃料補助金の大幅削減と併
せて、食糧補助金制度の大幅な制度変革も実施されつつある。本報告では、制度分析的な手法を
利用して、この制度改革で実施された主要政策の内容を吟味し、特に現在議論が進められている
ターゲティングの基準や手法についての課題整理を行い、展望について言及する。
71
Boosting Government Legitimacy in Persistent Violence:
How does the public perception of development, the judiciary and
the police promote “shared values” with the ruler? – The case of Helmand
Akiko Kawabe (Embassy of Japan in Afghanistan)
This study aims to empirically investigate the mechanisms for increased government legitimacy in
relation to state-building activities in a conflict situation. Through the lens of the public perception, the
research examines whether three of the major state-building activities – development, judiciary reform and
police reform –contribute to increased legitimacy.
Drawing on a set of survey data from Helmand province in Afghanistan, the research examines
associations between shared values, one of David Beetham’s three elements of government legitimacy, and
the three factors of the state building activities, the public perception of development, trust in the judiciary,
and trust in the police. Structural equation modelling is used to analyze the survey data with a total sample
size of 32,386 heads of households, collected in eight waves in 22 months between 2011 and 2013. The
analysis also examines the associations between the above three state-building factors and the public
perception of security, and how each of these associations contributes to shared values through indirect
paths. The analysis also looks into geographical difference in those associations, and changes in
associations during the process of security transition.
The research finds that all four factors are positive predictors of shared values, potentially
contributing to an increase in government legitimacy. The impact of those factors is also raised through the
perception of the security situation. The findings contradicted some of the hypotheses that this research set
up based on some preceding literature. In particular, the perception of development is found to be positively
associated with the perception of security and with shared values. Trust in the judiciary was found to have
limited effects on shared values, and sometimes contradictory effects on the perception of security. It is also
identified that, along with the security transition process, the impact of the perception of development on
shared values and on the perception of security increased in all three geographic categories of Helmand that
were examined. The impact of trust in the police, while mostly positive, appears to have decreased over
time in all areas.
The study contributes to limited empirical literature on the effect of state-building activities on
increasing government legitimacy, through the lens of public perception and one of the three elements of
legitimacy based on an academic theory.
72
Aid Untying:
At the Backstage of Development Cooperation
Masumi Owa (Nagoya College)
In 2001, Recommendation on Untying Official Development Assistance (ODA) was agreed at OECD
Development Assistance Committee (DAC). The issue of aid untying was discussed in the OECD DAC
from 1960s when the OECD was set up, and the intensive negotiation of agreeing on the recommendation
continued for three years during 1998 and 2001. After a decade, the percentage of untied bilateral aid of the
DAC donors rose progressively from 54% (1999-2001) to 93.5% (2007-2009). Why did it take such a long
time to agree on the recommendation and what was the momentum for reaching agreement? Unlike many
other international policies, what is the factor behind the successful compliance?
This paper, by making comparison between the UK and Japan, will discuss these questions. The UK was a
leader in promoting aid untying at the time of the recommendation, whereas Japan is regarded as laggard.
Domestic conditions of donor countries matter in deciding the positions of donor countries, such as
political leadership. At the same time, the paper shows that there are two sides of a coin with regard to
donors’ positions, by examining the motivations and incentives behind the donors’ agreement and
compliance to the aid untying recommendation.
73
Development challenges in remote island community:
A case study of Pangan-an island in Cebu, Philippines
Andante Hadi Pandyaswargo* and Naoya Abe
Tokyo Institute of Technology
Small island communities have been considered as the most vulnerable kind of community affected by
climate change due to global warming as the tide level increases and the glaciers melting in the southern
and northern pole. The sea and ocean life and resources are known to be crucial to human life in general
because it provides food and job opportunities. But the threats by climate change are endangering the
people who live closely with the nature in the small islands. The conditions are worse in islands where the
people’s life solely rely on the sea resources. Without incoming capital flow from the main island in
exchange of services like tourism, sea-dependent communities in the small island live in the most
vulnerable condition one could ever face on earth. To create a good policy and development supports that
answers this unique community, one must understand thoroughly about their challenges and priorities. Time
use diary has been used in order to see people’s life style that could present information not only on a
greater degree of detail but also in a chronological order. This study employed time use diary to explore the
life of a community living in a remote island in Cebu province, Philippines, Pangan-an Island. The stories
of life uncovered by the time use diary of the people living in Pangan-an island brought up insights of the
challenges and highlighted the key developmental issues in a remote island. By understanding the
challenges that are unique to island community, the international sustainable development frameworks can
be informed so that the act do not stop on just acknowledging the importance of the sea and the ocean, but
also to go on indicating the appropriate development goals and targets for the people whose life are directly
dependent on the sea and the ocean resources.
74
企画セッション
経済発展のメカニズムと政策・支援
―石川滋先生の貢献と現代―
柳原
透(拓殖大学))
Mechanism of Economic Development and Policy/Aid:
Contributions by Prof. Shigeru Ishikawa and Contemporary Challenges
Toru YANAGIHARA (Takushoku University)
キーワード:石川滋先生, 経済発展, 開発援助/政策支援, 研究の世代間継承, 21 世紀の開発課題
本学会会員であられ、数々の先駆的業績によって国際開発研究の深化・向上に大きなご貢献をさ
れた、石川滋先生がなくなられ 1 年余が過ぎた。本学会として、先生のご研究からあらためて学
び、その継承・発展に取り組むことが、われわれ後進に託された責務であると考える。本セッシ
ョンでは、開発経済学・経済開発研究と開発政策・援助研究の両面にわたり、この課題に取り組
む端緒を開くことを目的とする。
この目的を実現すべく本セッションを企画するに当たり、次の3つのことを考慮した。第1は、
(他の学会との位置取りにおいて)本学会に固有の問題領域に論題を限定することである (特定
国・地域に焦点を当てた研究をそのようなものとして取り上げることはしない)。第 2 は、回顧に
とどまらず「継承・発展」に焦点を合わせることである。第 3 は、本学会会員による報告で構成
することである。
本セッションを通じて、石川滋先生の研究業績が本学会の共有資産として位置付けられ、その継
承・発展に向けての確かな一歩が刻まれることを企図し期待する。とりわけ、若い世代の会員の
方々の積極的な参加を希望する。
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開発経済学方法論での継承・発展
―「市場経済発達 段階/類型」論 と「適応」の政治経済学―
柳原 透(拓殖大学)
Task to Inherit and Develop Prof. Ishikawa’s Contributions in Development Economics:
Development of Market Economy and Political Economy of “Adaptation”
Toru YANAGIHARA (Takushoku University)
『開発経済学の基本問題』(1990) は日本の開発経済学の金字塔ともいえる著作である。序文にお
いて、石川は「研究の問題設定が現代開発途上国の開発イッシューの…適切な把握を土台として
なされ、…[そのようにして設定された] 独自な問題領域を探求し、それに迫る」ことを「開発経
済学の基本問題」であると定める。第 1 章「開発の経済学は必要か」は、開発経済学の存在意義、
基本性格、そして構成要素についての、石川の立場・見解を表明した論稿である。
「経済開発」と
「経済的自立」の定義を踏まえ、現代の「経済開発」の特徴として、石川は、初期条件の多様さ
と、市場経済の低発達との、2 つを重視し研究における独自な問題領域として設定し、それぞれ
に対応して類型論と段階論の構築を志向し追究した。
石川には「市場経済の低発達と政府の役割―輸入代替工業化のケース」(1975)という重要な著作
がある。この論文は「現代低開発国に適用できる市場経済発達メカニズムの理論の探求に向う 1
つの準備である」と位置付けられ、2 つの基本命題が提示され検討される。
1.
現代低開発国の開発の困難は、資本、技術、経営能力などの全体としての蓄積水準の低
さによるよりも、市場経済の低発達によるその動員・配分の困難によって生じている。
2.
市場経済の低発達による開発の困難を除去ないし緩和するには、経済史の経験において
市場経済発達の過程で見られたよりも広い分野でのより強力な政府の役割が必要とされている。
(しかし、市場経済の低発達のもとで政策実施能力は制限される。)
論文では、市場、市場ルール、市場経済、市場経済の発達・低発達、といった基本概念が導入・
定義され、
(経済史における)市場経済発達の標準メカニズムが、いずれも民間主体の役割を中心
とする2つの基本プロセス―「市場ルールの発達」と「個別経済主体および相互関係の発達」―
―で構成されるものとして様式化され提示される。そしてそれらに関わる政府の役割が示される。
これらの論題についてのその後の研究の展開を確認し、継承・発展の課題を論ずる。
『基本問題』第 8 章「アジア諸国の構造調整と日本の協力」では、
「初期条件特定的な開発モデ
ル」の構築を日本の主要な援助対象国である 3 か国を対象として試み、あわせ市場経済の低発達
に関連して配慮されるべき事項が示される。ここでは、短中期の構造調整が組み込まれるべき長
期開発モデルの一種として「一次産品輸出国における資源ベース工業化モデル」が提示され、イ
ンドネシア、タイ、バングラデシュの 3 か国に適用され敷衍される。これは、類型論と段階論を
統合した開発モデルの構築そして実際適用として、現在でも大きな意義を持つ。この研究につき、
継承・発展の課題を論ずる。
石川は、政策改革ないし制度発達の過程における「適応」への意欲と能力を強調する。ここで、
「適応」とは、「(外来の)処方箋を自国の政策あるいは制度・組織に適合するよう修正し、ある
いはその中から取捨選択してそれらと調和をはかりながら実行に移す」ことをいう。適応が行わ
れた国については、
「それに向かっての社会的な意欲とそれを実行に移すための能力が存在してい
る」と述べ、その背景として社会経済的諸勢力の再編成があることを指摘し強調する。これに関
して、アジア諸国に共通の国内の主要な社会経済的勢力として、(1)官僚(その中で、①家産制官
僚、②ナショナリスト、③テクノクラート、が区別される)、(2)地主・商人・富農、(3)産業資本
家・都市中産階級、(4)都市勤労者層、(5)農民、の5つを上げる。ここでの政治経済学としての「適
応」論は、政策改革ないし制度発達の各国の条件への「適合」の成否を規定する根本要因につい
ての重要な考察であり、政治学の立場からの継承・発展が期待される。
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経済開発研究での継承・発展
―地域研究と歴史研究の観点から―
高橋基樹(神戸大学)
Task to Inherit and Develop Prof. Ishikawa’s Contributions in Economic Development Studies
From the Viewstand of Area and Historical Studies
Motoki TAKAHASHI (Kobe University)
キーワード:生産力、市場の低発達、開発・発展の非経済的要因、歴史性、地域性
本報告で、あえて開発経済学と区別して「経済開発研究」という言葉を掲げるのは石川先生の
業績の幅広さを示すためである。ここで、理念型として(あるいは狭義)の開発経済学を、あく
まで経済内部の問題を経済学的方法論にもっぱら依拠して研究するものと定義するならば、石川
先生の業績はそれにとどまらないことは明らかである。これに対してここで想定している経済開
発研究は、経済開発という歴史的過程を対象として、それを生じさせる要因・条件を経済的なも
のに限定せずに捉えるとともに、さらに経済開発がもたらす経済的・非経済的帰結をも視野に収
めようとするものである。狭義の開発経済学は非経済的な要因や条件の背景を問わずに外生的な
ものと位置付け、その内実を検討せずに前提とするが、経済開発研究にとっては、その非経済的
要因や背景の歴史性・時間性こそが肝要な論点となる。個別の歴史・地域に焦点を当てながら、
経済開発研究にいそしんできた(つもりの)報告者の立場から言えば、石川滋先生の業績は、こ
こで言う開発経済学と経済開発研究の双方を射程に収めようとしたものであり、であるからこそ
立ち返ってその歴史的意義を踏まえるべきものと考えられる。
そこで取り上げられるべき重要な点が、石川先生の研究において重要視されている生産力と生
産システム、そしてシステムとしての市場の低発達の概念である。そこにマルクス経済学を含む
歴史学派との共通性を見出すことは容易であるが、マルクス派の多くと異なって石川先生の場合
には、経済現象について主流派経済学の方法論に則った厳密な実証を重んじると同時に、市場の
発達の条件の一つとして取引ルールを重要視していることが挙げられる。他方、歴史学派の多く
と同様、石川先生にとっての開発過程が展開する時間は、研究者が恣意的に 0 時点を設定できる
抽象的な時間ではなく、あくまで具体的な現実世界で生じている不可逆的な歴史的時間である。
そこでの生産力の向上と開発は、近代的科学技術の発達と不可分に生じるものであり、決して有
史以前あるいは、近代以前の歴史に同様に当てはまるものではない。
ここに経済開発研究の大きな展開と深化の可能性が開かれている。取引ルールはある歴史的時
点での個別の地域の倫理、価値観、ルールの執行可能性の影響を受けざるを得ず、その時点で地
域・社会ごとの偏差が必然的に生ずることになる。ある歴史的時点での生産力は、制度や知識の
普及のあり方に大きく左右されるため、その適用・応用の可能性が地域・社会によって大きく異
なり、同じく偏差が生ずることになる。そのことを実証的に裏付けながら、偏差の説明に理論的
な体系化を図っていくことが求められる。こうした点は開発研究全般にとって重大であるにもか
かわらず、そして石川先生が考察の出発点を指し示してくださっているにもかかわらず、現在ま
で深められていないものである。
報告では、アフリカ開発をめぐって石川先生から報告者が個別に頂いたご教示の紹介も交えつつ、
上記の論点に関わる研究を如何に継承発展させていくべきか、そして如何に政策・支援に継承発
展の成果を活かしていくかについて私見を披歴して、会員の皆さんのご批判を乞いたいと考える。
77
開発政策・開発援助政策の領域における継承・発展
下村恭民(法政大学)
Task to Inherit and Develop Ishikawa-Sensei’s Contribution to Development/Aid Policy
Yasutami Shimomura (Hosei University)
キーワード:開発・援助政策、政策思想、経済自立、「石川プロジェクト」、日本の主張
石川滋先生が後進のわれわれにとって仰ぎ見る巨峰であることはいうまでもないが、特に開発政
策・開発援助政策の領域における先生の業績(石川 1996、石川 2006 など)は比類のないものと
いえる。開発・援助政策に継続的に取組み、成果を発表し続けた研究者を他に見出すことが難し
いからである。ただ、先生の政策提言に関する十分な考察が行われ、それに基づいて正当な評価
が与えられたとはいえない。先生の遺志を継承し発展させていくためには、一方で批判的視点を
含めた掘り下げた再検討、他方で先生の政策思想の国際社会への発信が不可欠である。上記の問
題意識に基づいて、特に重要な三つの課題を取り上げたい。
第一に、石川先生の開発・援助政策の根底にある「目的」に改めて注目したい。先生にとっての
「経済開発」とは「経済的自立」
(政治的独立を裏付ける経済的独立)であった(石川 1990:3-4)。
したがって、開発・援助政策の中心目的は「経済的自立の達成」ということになる。この政策思
想と、貧困緩和を至上命題とする近年の国際的潮流との間に、明らかな距離が見られる。PRSP
に対する批判は、援助依存からの脱却の道程を明確にしないまま、もっぱら人々の生活条件の改
善(さらには「幸福」)に焦点を当てる潮流に対する、違和感を示すものとして受け止めるべきで
あろう(石川 2006)。ここには重要な政策含意が提示されている。
「途上国の人々の厚生」と「国
民経済の自立」の二つの政策目標の間の、相互補完、対立、トレードオフなどを、意思決定過程
に組み込みながら開発・援助政策に取り組むという課題である。先生の問題提起を受け止め、考
察を続けることが求められている。
第二に、石川先生が総括主査として心血を注がれた「ヴィエトナム市場経済化支援開発調査」
(「石
川プロジェクト」)を掘り下げて評価することの重要性を指摘したい。
「石川プロジェクト」に対
する高い声価については改めて述べるまでもないが、「何が成功だったのか」「成功を生んだ要因
は何か」は必ずしも十分に明らかにされていない。多くの一次資料を駆使して、「だれが、何を、
どのような理由で」高く評価しているかを精査し、
「石川プロジェクト」の意義と限界を「複眼的
視点」から考察した恐らく唯一の先行研究は小林(2010)である。小林(2010)が挙げる「日越
共同研究」の教訓、すなわち「双方からの歩み寄りの仕掛け」「相互補完の仕組み」「押し付けの
回避」などは貴重な示唆である。同時に、こうした努力だけでは十分な知的協力につながらない
ことを、「石川プロジェクト」の後継としてのラオスやミャンマーの経験が示している。「石川プ
ロジェクト」と後続プロジェクトの比較から、
「対象国の切実なニーズの有無」に注目したい。一
つの有力な仮説として、1995 年のベトナムに「世界銀行・IMF 型の市場経済移行モデル」への
「対抗力」を求める明らかに切実なニーズがあったと考える。対象国の政治経済分析を重視しつ
つ、「石川プロジェクト」の継承・発展を考えたい。
第三に、残念ながら石川先生の政策思想が、国際社会で十分に認知されていない現状を受け止め、
その理由を分析するともに、現状改善の方策を検討したい。世銀の有力エコノミストの「日本の
研究者・実務者の implicit な開発・援助アプローチは、explicit な形で国際社会に発信されない
ままである」との指摘は、一方で異質な思潮に対する国際社会の感受性の欠如を、他方で日本の
対外発信に関わる制度的問題点、そしてまた開発・援助関係者の間の、石川先生の業績を「日本
の主張」として対外発信する発想の不足を示唆している。これらの要因を総括して、有効な「日
本の主張」の対外発信につなげる方策を検討したい。
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開発援助実践での継承・発展
―ベトナム「石川プロジェクト」からエチオピア「産業政策対話」へ―
大野 泉(政策研究大学院大学)
Task to Inherit and Develop Prof. Ishikawa’s Contributions in Development Aid Practice:
From Vietnam Ishikawa Project to Ethiopia Industry Policy Dialogue
Izumi OHNO (GRIPS)
キーワード:ベトナム石川プロジェクト、エチオピア産業政策対話、知的支援、政策対話・政策
学習、共同作業方式
石川滋先生の業績の偉大さは、開発経済学と開発協力政策の両方において日本発の理論・政策
体系を構築したこと(『開発経済学の基本問題』
(1990)、『国際開発政策研究』(2006)ほか)に
加え、実践者としても途上国への開発政策策定支援に取り組み、日本独自の開発協力方法の確立
に貢献した点にある。後者の典型が、石川先生が主査を務められた、国際協力機構(JICA)によ
る「ベトナム市場経済化支援開発政策調査」(通称、「石川プロジェクト」)である。「石川プロジ
ェクト」は 1995 年 4 月に日越首脳会議での合意をうけて、国際協力機構(JICA)の開発調査と
して 3 フェーズ、延べ 6 年間にわたり実施された。ベトナムの市場経済化に伴う諸問題への対応
と、それに続く持続的な経済開発計画策定のための政策提言を目的として、日本人研究者とベト
ナム人専門家が、国際機関をも巻き込みながら共同研究方式で知的支援が行われた(小林 2008)。
「石川プロジェクト」は、①理論・政策体系および②協力方法の二点で注目される。第一に、
『基
本問題』の問題意識をふまえ、当時、移行経済でありかつ低開発経済という特色が際立っていた
ベトナムに対し、市場機能を重視する世界銀行を補完して、未発達・低発達の市場経済を育成・
強化するための長期開発政策を提言し、その実施を支援した。具体的には、「石川プロジェクト」
はベトナムの第 6 次五ヵ年計画の策定過程の助言と実施支援、第 7 次五ヵ年計画の策定過程の助
言を対象とし、重点トピックに農業・農村開発、産業政策および貿易政策を含めるなど、実体経
済を重視している。第二に、
「日越共同研究」方式を貫き、助言そのものを共同作業で行ったこと
である。石川先生は、これを「信頼と友情にもとづくベトナム市場経済化支援」と呼び、世界銀
行によるベトナム政府関係者に対する発言が、
「迷える羊」に対する説教のようだった点と対比し
て回顧している(石川 2008)。
報告者ら GRIPS チームは、エチオピア産業政策対話において、
「石川プロジェクト」の継承と
発展を強く意識して取り組んできた。継承している点は、市場経済の育成・強化という観点から
産業開発を切り口として実体経済を重視していること、エチオピア首脳・政府とのインタラクテ
ィブな対話による共同作業方式をとっていることである。一方、発展的要素としては、石川先生
が『国際開発政策研究』で指摘した、サブサハラ・アフリカ諸国における家産制体制からの脱却、
産業政策を遂行するうえで制約となる政府の能力の脆弱性といった課題に対し、
「政策学習」を取
り入れた政策対話という新方法を導入して取り組んでいる点をあげたい。エチオピア産業政策対
話は、東アジア型の開発主義国家に倣い、強い開発意思をもって家産制打破をめざす同国首脳・
政府との継続的な対話、国際比較分析にもとづく成功・失敗事例の学習、さらに JICA の具体的
プロジェクト(例:カイゼン支援、チャンピオン商品の具体化)を組み合わせて実践的な政策能
力強化支援(=政策学習)を行っている点に新しさがある。
本報告では、
「石川プロジェクト」の意義と課題を明らかにしたうえで、実施中のエチオピア産
業政策対話から得られた知見と経験を紹介しながら、開発援助実践という観点から石川先生の業
績の発展の方向性を考察する。そして、日本の開発協力の重要なメニューとして、
「生きた」知的
支援として開発政策対話を定着させていくことを提案する。
79
午後の部
Ⅱ
15:30-17:30
80
英語圏サブサハラ・アフリカ 4 ヶ国の前期中等教育段階における数学の教科書分析
―ウガンダ、ケニア、ザンビア、ルワンダの第 9 学年の代数単元に焦点をあてて―
◯中和 渚(東京未来大学)
Mathematics Textbook Analysis for the lower secondary level in four Sub-Saharan African
countries: A Case Study on Algebra in Grade 9 in Uganda, Kenya, Zambia and Rwanda
Nagisa Nakawa (Tokyo Future University)
本報告ではサブサハラ・アフリカの英語圏の 4 ヶ国の前期中等教育に焦点を当てて数学の教科
書分析を行い、教科書に示されている学習指導の特徴を明らかにする。対象国はウガンダ、ケニ
ア、ザンビア、ルワンダの 4 ヶ国である。これら対象国のどの国においても過去に JICA による
理数科関連のプロジェクトが実施されており、また経済発展の視座から数学教育に注力している。
しかしながら生徒の低い低学力や講義中心の授業など、課題は山積している状況である。そのよ
うな中、現場の教師たちにとって教科書は主要教育リソースの一つであり、教科書を片手に授業
を行う教師が多くいる。そこで教科書のレベルで表されている指導や学習の様相がどのようなも
のであるのかをとらえる必要性があると考えた。
教科書分析の先行研究として数学教育分野では Fan(2013)や Fan, et al(2013)が教科書分析の
重要性や傾向に関して論じている。Fan(2013)によれば近年、数学教育における教科書分析は国
際学会で取り上げられており重要な話題であるとされている。研究対象国においてはザンビアの
教科書分析を行った馬場(2010)や Nakawa(2012)などがある。他にもケニアの数学教科書につい
て松永(2009)は考察している。それらでは数学のシラバスやカリキュラムで求められている思考
力の涵養が難しい教科書の実態が指摘されている。
本報告ではまず 4 ヶ国の前期中等・中等教育段階の数学教科書全般から構成の特徴と指導の流
れについて考察する。教科書に関しては各国で最もよく使われている教科書を分析対象とした
(2013 年当時)。次に第 9 学年の代数単元に着目してそれぞれの構成や学習指導の特徴を把握し
た。最初に中等教育の教科書で扱われる内容全般を表に整理した結果、前期中等教育段階では数
や計算の分野が最も多く扱われていた。また中等教育の後半では微分を学習しているのはザンビ
アのみであることも判明した。指導の流れに関してはどれも表現の違いはあるものの、定義や公
式などを章・節の冒頭に示し、例と解説を提示したのちに練習の問題が与えられていた。ケニア
以外の 3 ヶ国では「活動(Activity)」という項目がみられた。この項目は数学的に重要であるため、
それらを内容を確認するとウガンダのものがクラスでの活動と話し合い、ペアでの活動と話し合
いを含んだ多岐に及ぶものであった。次に第 9 学年の代数単元に焦点づけて、より細かく学習指
導の特徴を捉える分析を実施した。代数単元を選んだ理由としては 4 ヶ国で共通して最もよく指
導される漁期であったからである。代数単元では分析のために、
「説明」
「例」
「練習」
「活動」
「パ
ズル」というラベルを付けて教科書に述べられている内容を構造化した。その結果、先の分析と
同様にケニアの教科書では活動などは全くなく、
「説明―例―練習」の繰り返しであった。ザンビ
アでは章末のみに「パズル」があり数学的な探究に関する内容があった。ルワンダの教科書では
「活動」が頻繁に見られたため、内容をみると公式をつくったり、表を作成したりする生徒たち
の活動が求められていた。
これら 2 つの分析から 4 ヶ国の数学の教科書において「説明―例―練習」の構造が中心的であ
った。ただしザンビア、ウガンダやルアンダの教科書で見られた、数学的な活動や探究が少なか
らず含まれていたことも確認できた。だからこそこれらの国々はヨーロッパなどの先進諸国が行
っていることだけを見て学ぶのではなく、文化的・社会的にも近いであろう近隣諸国の優れてた
側面を学び合い、より良い自国の教科書を作成する必要があることを提言する。
81
途上国の学校効果論、効果のある学校論
―Post2015 を見据えて―
○田中紳一郎(国際協力機構/東京大学)
School Effectiveness and Effective School in Developing Countries
Post 2015 Perspective
Shinichiro Tanaka (Japan International Cooperation Agency / University of Tokyo)
学校効果研究(School Effectiveness Research)は「学力の形成には子どもの家庭環境が決定的に
重要であり、学校は大した影響力を持たない」と結論づけた、コールマンレポート(1964)、ジェ
ンクス(1972)
「不平等」を嚆矢とする研究領域である。これに対しエドモント(1979)は社会経
済的に不利な子どもに学力を授ける「効果的な学校(Effective School」の存在を指摘した。日本に
おいても、学力格差の顕示化を契機に、
「しんどい」地域に位置しつつも想定以上の効果を上げる
「力のある学校」論研究(ケース研究)が 90 年代後半に勃興し、現在の学校効果論研究の一潮
流をなしている。
途上国を対象とした学校効果研究は 70 年代より「どのような施策/介入が学習達成に効果を
有するか」というテーマを軸に展開し、レビュー論文も複数存在する。大雑把には、分析の方法
論は、コールマンレポート「スタイル」の研究(70 年代)、教育関数分析(80 年代~)、統計方
法論の洗練(マルチレベル分析、ランダム化サンプリング分析、90 年代~)、学校内部(教育の
質、関係性、信頼等)への着目(90 年代~)、国際標準試験データの利用(00 年代~)といった
ように変遷してきた。
議論の基調をなすのは、
「Policy Mechanics」と「Classroom Culturist」
(Fuller & Clarke 1994, Riddel
2008)間の論争である。およその論点には、(1)学校内(教科書・教材、教具等の基本的資源投
入)と、学校外(生徒の斜頸・経済的背景)因子のどちらの効果が強いか;(2)ある学校、地域
の「効果のある施策、介入」の汎用性と、文脈・学校文化等の相対性のどちらが強いか;(3)分
析対象を施策・介入的な事項に留めるか、学校内部(学校経営・運営、教室の学び・教え、学校
経営実践、組織文化、信頼等)にまで踏み込むか、(4)被説明変数は学習到達度に留めるか、等
が挙げられる。特に、90 年代以降は、量的分析が用いる統計手法の洗練の他方、質的研究も展開
し、扱う変数、方法論の多様化が進展した。対照的に、各研究の導く結論は依然として論争的で、
現在のところ汎用性ある効果的、単一的介入(の組み合わせ)についての通説は一定しない(こ
れは結果的に、効果のある介入は文脈依存で相対的であることを示唆するように思える)。近年の
研究は「証拠に基づく(evidence-based)」、説明責任への要請から、
「効く」単一介入への探求に回
帰しつつあるが、他方、証拠に基づいた(evidence-based)単一介入指向の孕む公正性リスクを指
摘する研究成果も存在し、この回帰には一定の注意が必要である。
筆者が着目したいのは、開発途上国を対象とした学校効果論では、意外にも「効果のある学校」
研究の蓄積が乏しい点である。「学校は非力だ」とする 60 年代の所見に対し、80-90 年代に「途
上国では学校効果が高い」と対論を提示したのは、一連の教育生産関数分析であり、以降これを
主流に研究が進展してきた。米国に端を発した先進国の学校効果論では、ケース研究に基づく「効
果のある学校」論が学校の有効性を主張する論陣を張り研究の一潮流をなしたが、途上国を対象
とした学校効果論では、
「効果のある学校」論は同様の位置を占めるに至っていない。
翻って Post2015 の教育開発アジェンダでは「学び」と「公正」が再焦点化される公算が高い。
(発展途上国の)社会・経済に不利な地域にあっても効果を挙げている学校の研究と、そうした
学校を増殖し得る教育行政施策への転化の方法論は、パイロット事業の普及・展開を吟味する「ス
ケールアップ」論を連節した領域としつつ、今後の研究領域として提示できよう。
82
中所得国の罠と人的資本の蓄積に関する実証分析
○佐藤惣哉(青山学院大学大学院 経済学研究科 公共・地域マネジメント専攻)
An Empirical Analysis of Middle-Income Trap and Accumulation of Human Capital
○Nobuya Sato(Aoyama Gakuin University Department of Public and Regional Economics
Graduate School of Economics)
中所得国の罠とは、経済が低所得国の水準であった発展途上国が経済成長により中所得国の水準に
達した後、経済開発のパターンや戦略を転換できず経済成長率が長期にわたって低迷し、経済が先進
国のように高所得国の水準に到達できない現象のことを指す。中所得国の罠の要因に関しては様々な
議論がなされており、①教育の質が低く人的資本の蓄積が不足していること、②様々な分野における
制度の整備が不十分であること、③イノベーション不足により産業構造が高度化していないこと、な
どが挙げられている。中所得国の罠に陥ったと考えられる諸国としては、タイ、マレーシア、メキシ
コ、ブラジル、チリなどが挙げられる。一方、中所得国の罠から抜け出して先進国のように高所得国
の水準に達した国としては、日本、韓国、シンガポールなどが挙げられる。これらの国々は世界銀行
が 1993 年に発表した「東アジアの奇跡」に関する研究レポートの中で「高成長アジア諸国(HPAEs:
High-Performing Asian Economics)」と定義され、経済成長の成功例として取り上げられた。
本研究では中所得国の罠の要因の一つとして考えられる人的資本の蓄積不足という観点から、中等
教育段階以上の進学率が上昇し人的資本が蓄積されることによって、中所得国の罠から抜け出し高所
得水準に達するという仮説について統計データを用いて検証を行った。具体的な手法としてはまず世
界銀行の所得水準の分類を基づき、一人当たり GNI の時系列データを用いて中所得国の罠から抜け出
した国が高所得水準へと転換した年を特定した。次にその転換年の人的資本の蓄積を示すデータとし
て、初等教育段階、中等教育段階、高等教育段階それぞれの卒業者が 15 歳以上の総人口に占める割合
を用い、中所得国の罠に陥った国のグループと高所得へと成長した国のグループとの人的資本の蓄積
状況について比較を行った。統計データの比較より得られた結果としては、前者のグループは高所得
国へと転換する前段階から中等教育段階以上の卒業者の割合が急速に増加し、転換した局面では中等
教育段階卒業者の割合が 50%程度、高等教育段階卒業者の割合が 20%程度に達していた。一方、後者
のグループは前者に比べて中等教育段階以上の卒業者の割合が増加するスピードが緩やかであり、中
等教育段階以上の人的資本の蓄積が不足していることが示唆された。
当日の研究発表では、これらの統計データより得られた結果を計量経済学的な手法を用いて実証分
析を行い、検証した結果について報告を行う。
Keywords: 中所得国の罠(Middle-Income Trap)
、人的資本、経済成長
JEL classification: O15, O47, O57
83
地域住民が参加するカリキュラム形成の現状と課題:
○ 興津
妙子
ザンビア農村部を事例として
(東京大学大学院教育学研究科)
Policy and Practice of Localized Curriculum in Rural Zambia
○Taeko Okitsu (Graduate School of Education, The University of Tokyo)
近年、学校運営や教育プロセスに保護者や地域住民の主体的な参加を確保する制度の構築が世界的
な動向となっている。その中で、学校における学習の内容や学びのあり方も、国家や教師のみがコン
トロールするのではなく、地域の知を取り入れ、地域の生活や文化に即したものとしていくことが喫
緊の課題となっている。こうした提案は、
「持続可能な開発のための教育(ESD)」が立脚する進歩的で
民主的な知識観、学習観とも重なり合うものである。ザンビアにおいても、2003 年の基礎教育シラバ
ス改編の際に、6 つの学習領域の 1 つとして「地域科(community studies)」が含められ、保護者や地
域住民がその形成に積極的に参画し、授業場面においても、ボランティアのリソース・パーソンとし
て参加することが奨励された。つまり、保護者や地域住民が初めてカリキュラム形成の「主体」とな
ることが求められ、地域の文化や生計形態と学校での学びの「連結(connections)」の強化が期待さ
れている。
本稿の目的は、こうしたグローバルな理念に支えられたザンビアの政策が、当事者である保護者・
地域住民や教師にどのように受容され、どのような帰結を生んでいるのかを明らかにすることである。
調査方法としては、コッパーベルト州農村部の公立基礎教育学校 3 校において、保護者、地域住民、
教師に対する半構造的聞き取り調査を行った。その結果、調査地域では、住民参加型カリキュラム形
成に関する中央主導のワークショップが複数回行われていたものの、いずれの調査校においても、実
際に地域科カリキュラムの形成に保護者や地域住民が関わった実績がないことが明らかになった。聞
き取り調査からは、住民と教師の双方が、住民参加型のカリキュラム形成に消極的であり、それは、
彼らが学校教育を近代的知識の習得と、それを通じた高次教育課程への進学と都市部での就職による
世帯内社会移動の実現と位置づけているためであることが判明した。さらに、保護者と地域住民の多
くが、英語や算数などの基幹科目の授業時間の更なる減少につながることを危惧し、住民参加型の地
域科科目の導入そのものに反対していた。彼らがそのように考える背景には、住民参加型地域科カリ
キュラムが導入されても、その学習成果は 7 年生修了試験には含まれておらず、修了試験科目である
英語や算数などで良い成績を修めなければ後期基礎教育(8-9 年生)に進学できないとの事情がある。
教師の中には、少数ながら住民との協働によるカリキュラム形成という「政策理念」に共感する者も
いた。しかし、そのように考える教師も、実際に住民と協働してカリキュラムを作り上げていくとい
う作業は、負担が大きいばかりか、自分たちはそうした協働作業に必要な知見やスキルも持ち合わせ
ていないため、実際に取り組むインセンティブは乏しいと判断していた。
このように、本研究では、住民参加型カリキュラム形成という政策の理念や価値観が、政策の実施
主体である農村部の住民や教師の知識観、学校観、授業観とは必ずしも一致しておらず、それが政策
の実施を阻害している大きな要因であるとの知見を導出した。この結果をもって、カリキュラム形成
への住民参加の理念自体を否定すべきではないだろう。しかし、本研究の結果は、本来ボトムアップ
で行われるべき地域の知を取り入れた「学び」の再構築が、トップダウン式にマニュアルを実践に下
ろす方法で試みられた結果、政策の担い手である住民や教師の賛同を得られなかったことを明らかに
した。このことは、彼らの認識や彼らを取り巻く現実を十分に踏まえて政策を策定し、実践を通じて
学校現場で少しずつ変えていくことの必要性を示唆している。また、本研究の結果からは、カリキュ
ラム改革は、試験改革と連動して実施されなければ、その実効性が著しく失われることも明らかにな
った。
84
【企画】紛争影響国における復興支援事業の長期的モニタリング
Long-term Monitoring of Reconstruction Assistance to Conflict Affected States
<企画全体の趣旨>
JICA では紛争影響国への復興支援を実施してきたが、紛争要因を助長しない配慮をしつ
つ、引続き支援が強化すべき重要分野である。紛争影響国における実施済み事業の実施後
の状況を定点観測することにより、事業の効果や持続性を調査し、教訓・留意事項を抽出
する。本大会では、JICA がボスニア・ヘルツェゴビナ、ネパール、コンゴ民主共和国で既
に実施した定点観測調査に関し、その枠組み、仮説、調査結果などを紹介する。
報告者1 土肥優子、竹内麻衣子
タイトル:
「平和で調和のとれた社会の構築」
要旨:ネパールでは民主化運動と和平合意を経て、新たな国づくりが進められている。
地方では、昔から存在する紛争に加え、紛争終結後の政治プロセスや最近の経済動向の変
化が、新しい紛争を生み出している。育成されたコミュニティ調停人が調停プロセスを重
ねることにより、地域社会にどのような影響を与えているかについて報告する。
報告者2 橋本 敬市、日比野 崇
タイトル:
「住民は大虐殺を乗り越えたか:スレブレニツァにおける民族融和の現状」
要旨: 国民の約半数が住む土地を追われたボスニア内戦。スレブレニツァは虐殺が発生した
地として知られており、特に住民の民族対立が激しいと思われている。内戦終結から 20 年
が経過する中、ムスリム系とセルビア系の帰還進捗、民族意識の変化を報告する。
報告者 3 片山祐美子ほか
タイトル:
「紛争影響地域における長期モニタリング事業への社会調査の活用」
要旨: JICA が実施する紛争影響地域におけるコミュニティ開発事業においては、事業実施
が対象地域に与え得る正負の影響を調査・分析するための社会調査が実施されている。コ
ンゴ民主共和国における JICA 事業を例に、社会調査の観点から、事業実施前・実施中の想
定について、終了後の現在の状況に照らして整理、報告する。
報告者4 畝 伊智朗、片山祐美子
タイトル:
「DRC 村長インタビューを通じたプロジェクトのインパクト認識」
要旨: JICAは、「コンゴ民主共和国バコンゴ州カタラクト県コミュニティ再生支援計
画」を 2008 年から 2010 年までの間実施した。そのプロジェクト対象地域の村長 19 名を対
象としたインタビューを 2014 年 8 月に実施した。その結果をもとに、プロジェクトのイン
パクトがどのように発現しているのか、村長の認識を取りまとめ、報告する。
85
ネパールにおける平和で調和のとれた社会づくり
―「コミュニティにおける調停能力強化プロジェクト」の経験から―
土肥優子(独立行政法人 国際協力機構(JICA)
)
竹内麻衣子(独立行政法人 国際協力機構(JICA)
)
-
Effects on Building Peaceful and Harmonious Society in Nepal
From the experience of “The Strengthening Community Mediation Capacity for Peaceful
and Harmonious Society Project“ Yuko Dohi (JICA) and Maiko Takeuchi (JICA)
ネパールでは二度の民主化運動(1990 年、2006 年)と包括和平合意(2006 年)を経て、
現在新たな国づくりが進められている。しかしながら、憲法制定や連邦制等を巡る政党間
対立や根深い貧困問題の狭間で国づくりプロセスは難航してきた。
こうした状況を受けて、JICA は 2008 年以降、紛争に逆戻りしないための仕組み作りへ
の支援として「平和構築・民主化支援プログラム」を実施してきた。同プログラムは、中
央レベルの制度・仕組みづくりと、地方・コミュニティの能力強化による仕組みづくりの
双方を意識した取組みである。同プログラムの一環として、JICA は 2010 年1月~2014 年
「コミュニティにおける調停
9 月にかけ、地域の紛争管理能力を強化することを目指して、
能力強化プロジェクト」に取り組んできた。
これまでの現場での経験ならびに調査を通じて、地方の社会では、以下のような紛争が
発生及び増加していることが確認されている。
 古来から存在してきた土地利用・所有、水・灌漑施設利用、家畜による農作物の損害
等を巡る紛争
 政治的移行プロセスの遅延、地方で住民を代表した組織の不在状況が続くことによる、
政党代表者間の利権争い
 最近の経済動向の変化及び出稼ぎ増加に伴う、金銭貸借を巡る紛争
以上の様な状況において、プロジェクトで育成されたコミュニティ調停人が調停プロセスを
重ねることにより、地域社会にどのような影響を与えているか、特に「平和で調和のとれた
社会の構築」への貢献について以下 3 つの視点から報告する。
a) 紛争解決・紛争拡大回避
b) 住民の意識、住民の関係性の変化
c) 調停人の中の開発から疎外されてきた人々のエンパワメント
86
住民は大虐殺を乗り越えたか
-スレブレニツァにおける民族融和の現状-
・日比野 崇(国際協力機構)
橋本 敬市(国際協力機構)
Have the people overcome genocide? :
Progress of reconciliation in Srebrenica
Keiichi Hashimoto (JICA) and Takashi Hibino (JICA)
1993 年~1995 年にヨーロッパのお膝元で発生したボスニア・ヘルツェゴビナにおける紛争は、国
民 360 万人のうちの約半数が住む土地を追われるという規模に発展し、多くの市民が犠牲となる悲惨
な実態が国際社会に対して大きな衝撃を与えた。同国の実態は複雑で、紛争前は、住民間に、宗教、
名前の表記以外に大きな差はなく、異なる民族間での婚姻も数多くみられ、多くの土地では隣りあっ
て居住していたため、3 民族が高い度合で融合して共存していたとも解することができる。そこに、
ミロシェビッチ・セルビア国大統領の掲げるセルビア民族主義に染まったユーゴスラビア軍とそれに
呼応したセルビア系武装勢力が、ボスニアの地からムスリム系を強行に排除しようと試み、その点が
この内戦が民族対立によるものであると受け止められる要因ともなっている。
特に、虐殺が発生したスレブレニツァは、未だに民族対立が根深い土地と理解されていることが多
い。スレブレニツァは、スルプスカ共和国内のセルビア国との国境沿いに位置し、多くの土地が山間
地であり、紛争前は、鉱山産業が栄え、町の住民 36,666 人(1991 年の国勢調査より)のうち、約 3
分の 1 にあたる 13,000 人が鉱山採掘、鉱山関連工場で職を得ていたと言われている。この地で、1995
年 7 月のセルビア人軍による虐殺の結果、ムスリム系男性・男子の約 8,000 人が殺害され、女性も連
邦側へ強制移住させられた。
この事件の国際社会に対する衝撃は大きく、国連平和維持軍が存在していたにも拘らず戦争犯罪を
止められなかった負い目は、その後の莫大な資金となって流入するスレブレニツァへの援助となって
現れることとなる。国際協力機構(JICA)も他国援助機関と同様に、プロジェクトを開始し、民族融
和の促進を目的の一つに掲げた。
本報告では、1995 年の和平合意締結からちょうど 20 年となる現在、スレブレニツァにおける住民
の帰還進捗、及び選挙の投票行動から見た民族意識の変化という二点を明らかにし、さらにそれに対
する JICA プロジェクトが与えた影響を検証することを試みる。
住民の帰還状況については、1991 年に実施された国勢調査以降、正式な国勢調査が実施されていな
いことから、市役所関係者からのヒアリング及び公式発表資料から推計する。また、選挙の投票行動
から見た民族意識の変化については、スレブレニツァ市を含むエンティティー「スルプスカ共和国」
全体の投票行動とプロジェクト対象地域の住民による投票動向を比較し、同住民が他民族に対して排
他的なプロパガンダを続ける民族主義政党に対してどのようなスタンスを示すようになったのか、あ
るいはその投票行動に変化が生じたのかという点を調査し、プロジェクトの有効性を検証する。
87
紛争影響地域における長期モニタリング事業への社会調査の活用
-コンゴ民主共和国の事例から-
宿谷 数光
滝川 永一
岩本 彰
○片山 祐美子
(NTC インターナショナル㈱) (NTC インターナショナル㈱)(NTC インターナショナル㈱) (NTC インターナショナル㈱)
Utilization of Social Survey in Long-Term Monitoring of the Project in Post Conflict Areas:
A Case Study of the Project in Democratic Republic of the Congo
○Yumiko KATAYAMA, Kazumitsu SHUKUYA, Eiichi TAKIGAWA and Akira IWAMOTO
(NTC International Co., Ltd)
JICA は、人道支援から復興及び開発支援に移行する紛争影響地域において、平和構築に資するコ
ミュニティ開発事業を実施している。紛争影響地域における実施済み案件について、事業実施が対象
地域に与えたインパクトを 5 年間に亘りモニタリングする計画を打ち出しており、事業の効果や持続
性に係る調査を通した教訓・留意事項の抽出を目指している。本モニタリング事業の対象として、2008
年 7 月から 2009 年 12 月にかけて実施された「コンゴ民主共和国バ・コンゴ州カタラクト県コミュニ
ティ再生支援調査」が、その一つに選定されている。
コンゴ民主共和国西部のバ・コンゴ州カタラクト県に位置する当該案件の対象地域では、事業開始
当時、隣国アンゴラ国内における長期紛争の影響によりアンゴラ難民が多く残留・定住しており、ア
ンゴラ難民と地域住民との融和を図りつつ、生計向上・基礎生活環境改善により、同地域の地域住民
に平和を早期に配当し、コミュニティの脆弱性を軽減していくことが喫緊の課題とされていた。
このような開発課題の解決に貢献すべく、JICA は緊急開発調査として当該案件を実施した。当該
案件は、対象地域のコミュニティ開発計画策定のための各種調査と緊急復興事業(道路改修)で構成
されたものである。これら活動と併行して、事業の実施が対象地域に与え得る正負の影響を調査分析
するための社会調査が実施されてきた。
紛争影響地域においては、紛争中の行政機能停止等に起因し、紛争終結後の地元住民からの膨大な
ニーズに対応するだけの人員、予算、能力等が不足していることが多く、対象地域も例外ではない。
脆弱な行政機能を補完し、住民主体のコミュニティ開発を実施・展開することが求められるなか、具
体的な方策を明らかにするため、パイロットプロジェクトの実施等を通した課題・教訓の抽出が図ら
れた。
加えて、当該案件では緊急復興事業として、18km の道路改修を実施しており、地域住民の抱える
ニーズや課題のうち、直接的な便益をもたらす即効性のある事業と位置付けている。緊急復興事業と
して道路改修が選定された背景には、道路インフラの排除性の低さという特性に加えて、アンゴラ難
民、
地元住民の参加を促すことが比較的容易であると考えられることから協働促進が期待できること、
農産物等の流通が改善されることによる経済活動の活性化が期待されること等が挙げられる。
本報告では、このような事業実施前及び実施中の想定について、主に報告者が関わった社会調査の
結果に焦点を当て、事業終了後約 5 年を経た現在の状況から整理するとともに、長期モニタリング事
業に資する社会調査の視点に係る提案を試みる。
88
DRC 村長インタビューを通じたプロジェクトのインパクト認識
○畝 伊智朗(国際協力機構)
、片山祐美子(NTC インターナショナル(株)
)
Interviews with Village Chiefs and their Recognition of Project Impact
○Ichiro TAMBO (Japan International Cooperation Agency)、Yumiko KATAYMA(NTC International Co., Ltd.)
国際協力機構(JICA)は、人道支援から復興及び開発支援に移行段階の紛争影響国・地域において、
平和構築に資するコミュニティ開発事業を実施している。
コンゴ民主共和国(DRC)において、JICA の業務委託を受けた NTC インターナショナル(株)が 2008
年 6 月から 2010 年 12 月にかけて「バ・コンゴ州カタラクト県コミュニティ再生支援調査」を実施し
た。対象地域は、隣国アンゴラからの難民流入により、地域住民と地域資源の利用に対する負荷が拡
大しており、アンゴラ難民との融和を図りつつ、コミュニティの機能強化が求められていた。これら
に対し、
賦存する地域資源の共有認識、
入れ子状の住民組織による新たなコミュニティの枠組み提案、
コミュニティ開発計画の策定、紛争予防配慮を実施した。また、緊急復興事業として道路改修工事を
実施するとともに、道路沿線村落を含む道路維持管理組織を基盤としたコミュニティ開発委員会を設
立した。そして、その成果は「キンペセ・モデル」として取りまとめられている。
このコミュニティ再生支援調査プロジェクトにおいて、調査対象地域の21ヶ村を2つにグルーピ
ングし、村長を中心とした新たなコミュニティ、ルクンガ渓谷開発委員会(CDVL I、II)を形成する
支援を行った。この開発委員会はコミュニティづくりに重要な役割を担った。主たるメンバーである
村長がどのようにプロジェクトのインパクトを認識したのかを把握することは、今後の類似案件の形
成、実施管理などを図るうえで重要な教訓を提示してくれる。
筆者は 2014 年 8 月、DRCのプロジェクト対象地域の定点観測調査を実施した際、19 村の村長に
インタビューを行った。プロジェクトのインパクトがどのように発現しているのか、正のインパクト
のみならず、負のインパクトが発現しているのか、などの視点で、村長の認識を取りまとめ、その結
果を報告する。
89
大型ダム建設に伴う移転村での生計回復状況の村ごとの差異
―ラオス・ナムトゥン 2 ダムを例として―
○安藤早紀(東京大学大学院)・坂本麻衣子(東京大学)
Difference of Livelihood Reconstruction Situation among Resettlement Villages Resettled by
Nam Theun 2 Hydroelectric Project in Lao PDR
○Saki Ando (The University of Tokyo) and Maiko Sakamoto (The University of Tokyo)
自然資源に富むラオスでは水力発電・鉱山開発などの大規模な自然資源開発投資が拡大している。
経済開発によって国が享受するメリットがある一方で、開発によって地域住民が天然資源へのア
クセスを制限され、生活基盤を失うことが問題となるケースもある。タイへの売電のための水力
発電所事業であるナムトゥン 2 ダムは、持続可能な発展に配慮した世界銀行のモデル事業として
位置づけられ、16 村 6200 人の移転住民の生計回復計画が実行されている。移転世帯全てが国の
貧困ラインを越えるという生計回復計画の目標は、当初の計画からは遅れたものの 2013 年 12 月
に達成され、移転住民に対するアンケートでも、移転後の生活に満足しているという意見が圧倒
的に多いなど、従来のダムによる移転計画と比較して画期的な成果があがっているとされている。
しかし、世界銀行やラオス政府によるモニタリング調査の結果、増加した収入には自然保護地区
での焼き畑・森林伐採など自然資源に依存した違法な活動による収入が含まれていることが指摘
されるなど、現在の生計手段の持続可能性への疑問がもたれている。加えて、移転村間、世帯間
での貧富の格差も拡大傾向にある。外部機関からの継続的な指摘を経ても、なお生計手段の回復
に関わる問題には大きな改善が見られない。
移転世帯の移転後の生計手段の選択には様々な要素が影響していると考えられるが、本研究では
その中でも民族構成や地理的条件など村と村との間の違いに着目し、現状の村ごとの生計手段や
自然資源利用状況の相違と、その要因を明らかにすることを目的とする。さらに、分析結果をも
とに、当該プロジェクトのような多様な社会的・経済的背景を持った住民が混在する地域におけ
る移転施策にいかなる配慮が必要かについて提言する。
既存の諸機関による報告は、一部の村の一部の住民を対象としたアンケートやグループインタビ
ューによって移転村全体の状況を把握することを目的としており、民族構成や地理的条件、移転
前の経済条件がそれぞれ異なる 16 村全体の状況や違いを把握するには至っていない。本研究では、
移転地域 16 村全てを訪問してのフィールド調査とリモートセンシングによる自然資源の利用状
況の分析によって既存の調査を補い、村ごとの自然資源利用状況と生計回復状況の違いを明らか
にする。
漁業を中心とした収入構成や、米の自給を望む状況はほとんどの村で共通しており、森林の利用
状況についても北部、中部、南部それぞれで共通の傾向が見られた。農地・放牧地の利用につい
ては隣り合った村同士でも、また村の中でも場所によって異なる状況にあることが明らかになっ
た。また、貯水池を利用する権利は等しく与えられているものの、氷や市場など収益性を高める
ための施設や漁場は偏在している。移転地全体で同じ生計回復プログラムを適用することは難し
く、村の状況にあわせた生計回復が求められる。
90
20 年の時を経た土地取得事業の行方
―フィリピン・セブ市都市貧困層の決断
―
小早川裕子(東洋大学)
Decision of the Urban Poor over the Land Acquisition Program
after 20 Years since Its Implementation:
Case of Cebu City, Philippines
Yuko Kobayakawa (Toyo University)
フィリピン政府が都市貧困層を対象にした初めての土地取得融資事業、コミュニティ抵当事業
が 1989 年から導入されて以来、州政府との土地取得事業、条項 93-1 やセブ市政との社会住宅事
業も導入され、バランガイ・ルスは、セブ市のモデル地域として着目されてきた。コミュニティ
開発の中でも、土地取得事業から始まった珍しい事例である。
所有者意識に目覚めていった住民たちが持続的に生活改善事業を展開する一方で、土地取得事
業は困難を来たしていった。1993 年に条項 93-1 で契約した人々は地域全体の 70%を超えるが、
貧困、政府に対する不信、無償居住権利へのこだわり等から返済を中断し、土地を取得しないま
ま事業は 2004 年に終了した。その後、土地利用に関するセブ市政と州政府の異なる政治的目論
み、発展するセブ市の都市開発と土地の高騰は、条項 93-1 の再導入を一層複雑で困難なものにし
ていった。
2015 年 2 月、参加型バランガイ開発を展開してきた住民たちは、条項 93-1 の導入から 20 年の
時を経て決断し、新規事業内容をまとめ、州政府知事に提案した。本発表では都市貧困層が知事
に新規土地取得事業を提案するまでのプロセスを考察する。
91
一党支配体制下の NGO
―ラオスの土地問題を事例に―
林 明仁(上智大学)
NGOs under single-party rule
Case of land issues in Lao PDR
Akihito Hayashi (Sophia University)
本報告では、学術的にも実際の活動の面でも焦点のあたる機会が少なかったラオスにおける
NGO の動きに着目し、自律した市民社会組織の活動が制約されている一党支配体制下のラオスに
おいて、開発政策の形成や実施のプロセスに対して NGO が独自の関わり方を模索し始めたこと
で、NGO の活動に新たな展開が生まれつつあることを明らかにする。ラオス政府は一部の例外を
除き NGO などの市民社会組織の活動を管理する政策をとってきている。また、ドナー側も市民
社会組織が開発に果たす役割が不明確なために、これらの組織に対する支援には積極的ではなか
った。そのため、周辺諸国と比較して NGO の活動は活発ではなく、開発プロセスへの NGO の
関与も限定的で影響力は限られていた。しかし、近年、政府の NGO に対する政策転換や社会活
動家の失踪事件を契機として NGO が新しい活動のアプローチを模索し始めたことから、開発プ
ロセスへの関与の増大や影響の拡大がみられるようになってきている。
これまで、ラオスのように市民活動に制約を課す政府のもとで活動する NGO が政府の開発の
プロセスに有効に関与する手段として、Embedded Advocacy(埋め込まれたアドボカシー)とい
うアプローチが提示されてきた。これは、現場レベルでのプロジェクトの実施に行政官を巻き込
み、個人的な人間関係を利用しながら個々の行政官の認識の変化を促すことで、開発のプロセス
に影響力を行使するアプローチである。しかし、近年、Embedded Advocacy と並行して、NGO
がドナーを利用しながら政策の実現を目指す Donor Advocacy(ドナーを通したアドボカシー)が
影響力を持ち始めている。開発に関する予算の多くを諸外国からの援助に依存しているラオスで
は、資金を拠出するドナーが公式、非公式のチャンネルを通して政府に対して開発政策の形成や
実施について議論し、ときに政策の変更を求めてきた。NGO が、このようなドナーの影響力に着
目し、政府に対するアドボカシーのチャンネルとして活用を始めたことで、NGO は特定の分野に
おいては無視できない力となりつつある。
本報告では、政府と NGO の意見の相違が最も顕著である土地問題を事例としつつ、Embedded
Advocacy と新たに出現しつつある Donor Advocacy の 2 つのアプローチを NGO がどのように活
用し、開発プロセスに影響を与えようとしているのか検証する。ラオスでは土地問題に関するア
ドボカシーを行うために形成された LIWG(Land Issues Working Group)と呼ばれる国際・ロ
ーカル NGO から構成される NGO の集合体が、直接的・対立的なアドボカシーが困難な環境下
で Embedded Advocacy と Donor Advocacy のアプローチを用いて政府の開発政策に影響を及ぼ
すことを模索してきた。例えば、個々の団体のプロジェクトが政策に与えるインパクトを高める
ために、Embedded Advocacy の成功事例を LIWG 参加団体の間で共有することが進められてい
る。また、頻繁に行われる政府とドナーの政策対話に合わせ、ドナー諸国と密な情報・意見交換
することで、政策対話に NGO の意見を反映させる Donor Advocacy が活発に展開されている。
その結果、公式の政策対話に NGO の参画が徐々に認められつつあるだけではなく、NGO の提示
する論点が公式の議論の中で取り上げられることも増えつつある。
本報告では、自律的な市民活動が制限され、市民社会組織による開発プロセスへの関与が難し
いとされてきたラオスにおいて、環境にあわせて NGO が関与のあり方を変化させ、政策に影響
を与えつつあることを指摘する。
92
東北復興過程での支援手法・課題の地方活性化・途上国支援への適用可能性について
○ 永見光三(JICA 東北支部)
Disseminating the findings from GEJE reconstruction process
to rural revitalization and international development assistance
Kozo NAGAMI (JICA Tohoku branch)
東日本大震災は、震災前から過疎化や高齢化への対応が迫られ、地域の自前の発展努力や内発
的な地域発展のあり方が模索されていた東北沿岸地域に甚大な被害をもたらした。震災前からの
持続可能な地域開発実現の長期的視野と、災害の爪痕からの早期回復による混乱収拾の短期的視
野との相反する二つのニーズに挟まれることになってしまった。
「持続可能な復興」と「早期復興」
を並立して組合せながら、地域の事情やニーズに適合した復興を実現できるか。現在、展開され
ている復興の活動や事業を事例収集しながら検証することが求められている。
このような課題認識のもと、JICA 東北支部では 2013 年末から 1 年以上をかけて被災 16 地
区をヒアリング調査し、被災地各所で展開されている復興過程の事例を収集しながら整理し、地
域の事情やニーズに適合した復興をいかに実現できるのかについて検証を進めた。この最終的な
結果を「震災復興における支援アプローチ調査」最終報告書として 2015 年 3 月に公開したとこ
ろである。
当該調査によって判明した事実及び課題として、①東日本大震災は非常に広域の災害であり過
去大災害に比べ復興過程が極めて多様であること、②その多様な復興過程を類型化した結果、地
方部と市街部では大きな違いが見られたこと、③地方部では地縁型支援による住民自治支援を行
う必要があるにもかかわらず支援者が地域に入り込めない・定着できないという現象が起きてい
ること、④これからの復興課題として生業再建・住民主体性・コミュニティ形成という三点を並
立させることが求められていること、などが導き出されている。
このような東北被災地での復興まちづくりの課題は、広く日本全国の地域おこしにも共通する
のではないかとの想定のもと、東日本大震災からの復興の支援者や、青年海外協力隊等の海外活
動経験を有し活動中の地域おこし支援者計 27 名を全国から集め、互いに共通して必要な活動や
留意点、課題等を導き出すワークショップを平成 27 年 1 月 31 日に仙台市内で実施した。この
結果として、復興も地域おこしも、地域の担い手不足や高齢化といった根本的な地域課題への対
応という共通の課題を持っていることを確認することができた。また、上記の支援アプローチ調
査で判明した課題・状況等もほぼ共通していることも確認された。さらに平成 27 年 3 月 15 日
には、第三回国連防災世界会議でも「『復興×地域おこし×国際』~つながりを運ぶ人~」と題し
たパブリック・フォーラムでも報告・討論を行ったところである。
これらの調査結果及び比較・議論などを通じて、復興・地域おこし・国際協力の相違点・共通
点がより明らかになってきている。東日本大震災により生じている、持続可能な発展に向けた社
会・地域の変容、受援者と支援者の関係変化、行政と住民の関係変化などを、日本全国の地域活
性化・地方創生や開発途上国におけるコミュニティ開発などに適用・普遍化していく可能性を考
察したい。
93
戦後日本における生活改善運動の活用に関する一考察
○服部朋子(NTC インターナショナル㈱)
A Study on the application of Livelihood Improvement Movement in postwar Japan
Tomoko Hattori (NCT International Co.,Ltd)
はじめに
戦後日本の農村で実践された生活改善普及事業は、農村生活向上に大きく寄与したとされてい
るが、その意味付けを行うことを通じてみえてきた特徴的な「問題解決のための考え方と手法(生
活改善アプローチ)」が、国際協力専門家やボランティア活動等に活用されている。本稿は、JICA(国
際協力機構)の本邦研修でこれら日本の経験を学んだ研修員が、いかに自国で活用しているのかに
ついて実践事例を通じながら考察し、「暮らしをよくする」活動への教訓を導き出そうと試みるも
のである。
事例の概略
セネガル国のセネガル川流域デルタ開発公社の農村開発整備担当者が、本邦研修から帰国後、
同公社職員に日本の生活改善の経験を伝授した。教えを受けた職員 1 名は、16 名の女性促進アド
バイザーに 5 日間の生活改善研修を実施し、近隣村において一緒に普及活動を開始した。日頃か
ら、ゴミによる悪臭や不快感等の問題を感じていたある村では、ゴミ処理問題が優先的に抽出さ
れ、住民は少しずつお金を出し合ってゴミ箱を設置し、手始めに「ゴミはゴミ箱へ」という活動を
始めた。
活動によるインパクト
ゴミをきちんとゴミ箱に捨てて纏めて処理をし、村内掃除も実施する活動による変化として、
悪臭や病気が減少し、衛生面での飛躍的な改善がみられ、住民同士のコミュニケーションが増加
するなどの認識が、住民や公社職員に発現した。住民達は、①村が綺麗になり、気持ちよく過ご
せるようになった、②悪臭、蚊、蠅等が減少し、快適で安全になった、③空気が綺麗になった、
④村を汚さなくなった、⑤住民のコミュニケーションが増えた、⑥住民の団結力が向上した、等
の変化を口にした。公社職員は、①村人の病気(マラリア、赤痢、チフス、住血吸虫症等)が減
少し、②村が綺麗になると同時に村人同志がよく話をするようになった、③動物の死骸を勝手に
投棄すると罰金を科す等のルール作りをし、皆が守るようになった、等の変化を指摘した。
考察
活動の成功要因として、住民や公社職員の双方が「住民の団結力」を挙げ、公社職員はさらに「取
り組み易さ」、「関連機関の巻き込み」、「目的の明確化」等を指摘している。住民は「従来と異なり、
自分達の意思に基づいた活動」であるという認識を持っており、「自尊心」、「自立・自律心」、「日
常生活の視点」から取り組みを開始したこと、等を支持していることが理解された。これらの要素
は日本の生活改善運動の特徴でもあるが、帰国研修員の取り組みが収入向上に直接結び付く経済
的活動に偏ることが多い中、当該事例は非経済的活動であり(間接的に収入向上に繋がる)
、少な
い投資(資金・時間・労力等)で済む活動が選択されて成果をあげた数少ない事例といえよう。
「ゴミはゴミ箱へ」という単純でお金のかからない行動は、失敗した場合のリスクも少なく、老
若男女の心身を容易に動かした。自分達で行動の内容や速度等の修正コントロールがし易いこと
から、自主性が醸成され、効果が分かり易いために団結力にも繋がり、好循環を生み出したので
はないか。
よりよい暮らしの実現を目指す視点や活動は、経済活動及び資金や先端技術を含むドナー援助
だけではなく「自分達で出来ること」の実体験を得ることや非経済的活動からも大きな可能性が広
がる。それは、住民の主体性や良好な人間関係の構築、援助への依存心減少等の効果を伴うもの
でもある。
94
国際公共財の観点から見た日本の難民政策
滝澤三郎(東洋英和女学院大学国際社会学部教授、元UNHCR駐日代表)
2014年度の世界の難民や国内避難民など「移動を強いられる人々」の数は、シリア難民を含め
5100万人となった。第二次大戦以来最大の人道危機に対して国際社会と日本が何をすべきかが問
われている。
昨年度の日本での難民認定申請者は5000人だが、認定者は11人に止まり、難民受け入れ数が少
なすぎる、との批判が内外からされている。他方で日本での就を目的とする外国人が「偽装難民」
として難民認定制度を利用しているとの指摘がある。
「国際公共財としての難民保護体制」
(難民レジーム)の要素には、①難民認定による受け入れ、
②第三国再定住による受け入れ、③UNHCRなどへの資金協力の3つがあるが、公共財の「非排除性」
と「非競合性」ゆえに、それぞれの要素についてフリーライディング(ただ乗り)や過小供給、
公平な負担分担問題が生じる。
日本の難民政策では①と②が国際的に比較して過小であり、③が極めて大きいという特徴を持
つ。難民認定を通した受け入れについては、法務省の「難民」の定義が狭く、かつ難民性判断の
基準が厳しいために認定数が少ない(国際公共財の過小供給)という言説が流布している。ただ、
「難民認定申請者という地位」自体が「公共財」であり、
「ただ乗り」を排除できないため、最近
では就労を目指した多数の「フリーライダー」が申請することで「庇護空間」が混雑し、
「真の難
民」が閉め出されてしまう「逆選抜」現象が生じている可能性が高い。
再定住による受け入れでは2010年からの5年間で87人のミャンマー難民が来日した。日本政府
は、選考に際して、本来求められる「人道性」よりも日本社会への負担を最小化するため「雇用・
自立可能性」を重視することもあり、2012年には来日者がゼロとなった。難民も逃げる国を選択
する中で、日本が提供する「再定住という国際公共財」への「需要」は、他の先進国へのそれと
比べてごく少ない。
「資金協力」面では、日本は「国際的負担分担」の一環として毎年250億円前後の拠出をUNHCR
にしており、世界の難民など350万人前後の命が救われている。日本の多額の人道支援は国際的
に高く評価されているが、それは他の国による「ただ乗り」を引き起こす可能性もある。また資
金協力は、
「人間の安全保障」の理念や「人道的動機」と並んで「日本の国益」を守るという政治
的動機を含んでいる。
日本では政策当局と市民団体・アカデミアとの間の対話の場もなく、難民政策が「難民認定
問題」に矮小化されて不毛な対立が続いてきた。国際的な人の移動が活発化する中で、国際開発
学会が今後より大きな役割を果たすことが期待される。
95
地方自治体による環境協力
―国際協力とビジネス展開支援―
小島道一(日本貿易振興機構アジア経済研究所)
Cooperation in Environmental Management by Local Government:
Business Support and International Cooperation
Michikazu Kojima (Institute of Developing Economies, JETRO)
1990 年代後半、国際協力の担い手として、地方自治体が注目された時期がある。途上国の中
央政府を対象にした法律や制度づくりに関する国際協力が一段落し、法令の執行の強化が新たな
課題となってきたこと、途上国における地方分権化が進みさまざまな法令の執行が中央政府から
地方政府に移管されたことが背景にある。一方、日本の地方政府も、経済のグローバル化に対応
していくために、
「国際化」を進めることが重要と考え、国際協力に関心が持たれるようになった
(吉田、2001)。環境分野では、1990 年代前半には、JICA の専門家として派遣される地方政府
職員の割合は 3 分の 1 を超えていたことが報告されており、早くから現場での知見が豊富な地方
政府職員が国際協力に携わってきた(藤倉、1997)。
近年、これらの要素に加えて、下水や廃棄物処理、エネルギーなどの分野で、民間ビジネスと
連携した形での国際協力が重視されるようになってきている。このような地方政府の取り組みに
は、いくつかの背景となる情勢変化がある。まず、1980 年代、先進国からはじまった、民間委
託や官民連携といった形で、公的サービスに民間投資を呼び込む動きが、途上国にも広がってき
たことがある。これは、高速道路や鉄道などの交通インフラの建設をはじめ、エネルギー、上水・
下水道事業や廃棄物の収集・処理・処分サービスなど環境分野の事業にも及んでいる。公共部門
の技術や資金の不足を、海外資本を含めた民間からの投資・技術導入により、公的なサービスを
供給しようとする動きであり、世界銀行などの国際援助機関も推進している。
また、経済発展がすすみ、援助の対象国からはずれた国(韓国)、さらには、はずれつつある国
(中国、タイ、ベトナム)から、自国でかかえる問題を解決するために、自分たちの予算を使っ
て、日本の経験を学びにくるようになっている。
地方政府の中の環境担当部門や地方政府が中心となって設立した国際協力関係の公益法人、環
境関連の事業を行う公社が、地元企業と連携しながら、環境分野での国際協力を行うとともに、
民間企業の海外でのビジネス展開を支援する動きも生まれている。
本稿では、地方政府による、環境分野での国際協力やビジネス展開支援に焦点をあて、北九州
市、福岡県、東京 23 区清掃一部事務組合などさまざまな事例を踏まえながら、その背景、課題、
効果的な実施に向けた体制作り、協力あたって注意すべきことなどについて、検討する。
<参考文献>
吉田均[2001]『政策研究シリーズ 地方自治体の国際協力』日本評論社。
藤倉良[1997]「環境国際協力における地方公共団体の役割と課題」『国際開発研究』第 6 巻、
pp.75-89.
アジア経済研究所[近刊]「特集:地方自治体による国際環境協力」『アジ研ワールド・トレンド』
2015
年 5 月号。
96
日本の民主化支援における「介入度」の変動
○下村恭民(法政大学)
―政策過程分析―
The Rise and Fall of Intervention in Japan’s Democracy Promotion:
A Policy Process Analysis
Yasutami Shimomura (Hosei University)
本報告の目的は、政策の形成・決定の過程(政策過程)に焦点を当て、日本の民主化支援の変遷
とその意味を考察することである。民主化支援に関する政策潮流の変化を示す変数として、支援
対象国への「介入」
(対象国の行動変化を目的とする強制手段[Oudraat 2000])の度合に注目する。
日本の政策過程については多くの先行研究があり(信田 2006、斉藤 2010、草野 2012 など)、日
本の民主化支援については杉浦(2010)などの考察があるが、この二つを結びつけた研究は非常
に少ない。
民主化支援の概念定義はまだ十分に確立されていないが(杉浦 2010)、特に冷戦後の国際社会で
は、開発途上国および市場経済移行国の民主化の重要性に関する一定の合意が形成され、その実
現に向けて精力的な働きかけが行われた。動員される支援手段は広範囲にわたるが、介入の度合
いに着目して整理することが有効である。介入度の最も低い手段として、民主化に必要なソフト・
インフラ(法制度・議会制度など)の構築・整備への技術協力があり、介入度の高い手段には軍
事行動や経済制裁などがある(下村 2004)。日本は前者に加えて、介入的な手段としての「援助
の停止・中断」(「ネガティブ・リンケージ」:下村・中川・齋藤 1999)を採用してきたが、1980
年代からの日本の援助動向を概観すると、民主化の後退(クーデター、政治的自由・人権の抑圧
など)に対応したネガティブ・リンケージの発動頻度に、顕著な変化が認められる。これが本報
告の分析対象である。
外務省『日本の国際協力』
(『ODA 白書』)の各年版によれば、1987 年までは民主化支援に関連し
たネガティブ・リンケージの例は皆無であったが、1988-2000 年の期間には 17 件の発動例が記録
された。21 世紀に入ると件数が激減し、2001 年以降に民主化の後退に対応して実施された援助
の停止・中断は 3 件にとどまっている。特に 2010 年以降には事例がない。21 世紀の途上国にク
ーデターや政治的自由・人権の抑圧が見られないわけではない。『ODA 白書』には少なくとも 8
件が深刻な事例として言及されているが、日本政府は援助の停止・中断を行わず、遥かに介入度
の低い政策手段である「説得」を選択した。日本の民主化支援における介入度は、1988-2000 年
に急速に高まり、その後に顕著な低下を示したことが確認できる。本報告では、このような政策
潮流の変化の理由を分析する。
民主化支援を含む国家の対外行動を説明するための、三つの有力な枠組が提示されている。現実
主義(リアリズム)、自由主義(リベラリズム)
、および構成主義(コントラクティヴィズム)で
ある(Lumsdaine 1993、須藤 2007)。これらの枠組はそれぞれ効果的な視座を提示するが、現実
は多くの場合これらの枠組の想定を超えて複雑であり、単独の枠組での説明が難しいことが多い。
複数の枠組による「折衷主義」の有効性が指摘されているが(須藤 2007)、本報告でも上記の三
つの枠組を組み合わせた検討を行う。国家の対外行動の現実を有効に分析するためには、対外行
動の意思決定に影響を与える、さまざまなアクターの間の相互作用の考察が重要である(信田
2006、草野 2010)。本報告では、日本の「援助政策決定者」
(閣僚・官僚)が、所与の決定環境
の下で「最適」と判断する選択を行ううえでの政策過程モデルを提示し、そのモデルに基づいて、
現実に発生した民主化支援介入度の変動を説明する。モデルを構成する要因は、
「能動的要因」
(援
助理念と追求すべき国益)、
「受動的要因」
(国内・国外の官民の多様なステイクホルダーからの働
きかけ)、そして「(政策決定者にとって所与の)制約条件」
(日米経済摩擦、湾岸戦争・イラク侵
攻、中国の台頭、バブル後の長期不況、財政悪化など内外の政治経済情勢の変化)である(下村
2013)。
97
適切な開発資金の政策目標とは?
-GNI 比 0.7%目標の起源とポスト 2015 の政策目標-
○浜名 弘明(国際協力機構)
How much is the appropriate policy target of new ODA ?
- The origin of 0.7% target and post 2015 target ○Hamana Hiroaki (Japan International Cooperation Agency)
(1) はじめに-国際的開発資金を取り巻く環境-
ポスト MDGs の開発目標として SDGs の議論が活発化しつつあり、それと同時に SDGs を達成する
ための開発資金の議論も進行中であり、2015 年 7 月には第三回国連開発資金会議の開催が予定されて
い る 。 同 会議 に て SDGs を 達 成 す る た め に 必要 と な る 資金 ( FfD: Financing for Sustainable
Development)が見積もられ、さらに国際社会がどの財源からどのように捻出するかが議論されるこ
ととなる。FfD の重要な資金源の一つとして ODA が挙げられ、ODA の政策目標については 1970 年
に「第二次国連開発の 10 年」においてドナーの GNP 比 0.7%まで引き上げるよう努力することとされ
た。同目標は開発アジェンダが変わっても脈々と受け継がれ、2015 年 3 月に公表された第三回国連開
発資金会議の成果文書のゼロドラフト12においても明記されていることから、ポスト 2015 へも引き継
がれようとしている。しかし同目標がどのように設定されたかということについては存外知られておら
ず、さらに国際政治経済情勢の変化した現在においても妥当であるか考察することは重要である13。し
かし現在ではほぼ無批判に受入れられているともいえ、そこで本発表においては、0.7%目標の起源を
改めて振り返るとともに、その妥当性を検証し、さらには望ましい開発資金のターゲットの可能性につ
いて検討することとする。
(2) 国際政治経済情勢の変遷と開発アジェンダ・レトリックの変遷
1960 年の国連総会にて「国連開発の 10 年」が採択され、それ以降、国際政治経済情勢を反映しつつ
MDGs の策定に至るまで 10 年毎に開発アジェンダが設定されてきた。特に 0.7%目標を設定した当時
はトリクルダウンの考え方に基づき、途上国の経済成長率を高めることが援助の目的とされ、その手段
として ODA の 0.7%が政策目標とされた。
(3) 0.7%目標の起源、成果そして現代的意義
1960 年から 67 年における実質経済成長率は先進国で 5.2%(一人当たり 4%)
、途上国で 4.7%(一人
当たり 2.1%)であり、これらを念頭に第二次国連開発の 10 年では途上国の経済発展の意欲的な目標
として 6%(一人当たり 3.5%)が挙げられ、ハロッド・ドーマーモデルに基づきそれに必要となる追
加資本量のうち、途上国の貯蓄により賄われる部分を減じたものを先進国からの資本移転で賄うものと
された。そしてその資本量が先進国の国民所得のほぼ 1%に等しく、また当時の途上国への資金流入は
大半が公的資金であったところ、その 70%が ODA によって賄われるべきとの考えから 0.7%目標が設
定された。
この考え方による 0.7%という目標は、①当時の国際経済情勢の大きな変化(途上国へ流入する民間
資金量の増大、途上国の貯蓄率の増加等)、②政策目標の分母となる先進国の経済規模が拡大、③上位
目標である途上国の経済成長率は多くの国で達成済み、④開発アジェンダが多様化しており、経済発展
が必ずしも最優先課題ではない、という点を考慮すると現実的ではない。実際、Clemens and
Moss(2005)は当時の考え方に基づいた 2003 年の政策目標を対 GNI 比 0.01%と試算している14。また、
OECD 開発センター(2011)は MDGs 達成に必要な追加費用を年間 1200 億ドルと試算しており、仮
にその全てを ODA から捻出するとしても対 GNI 比では 0.56%となる。しかし実際にはその一部は途
上国の国内資金や民間資金からも賄われることとなる。これらを考えると、やはり 0.7%目標は適切な
水準とは言い難く、今日の開発アジェンダに合わせるとともに、現実的に適切な政策目標を設定する必
要があるといえよう。
http://www.un.org/esa/ffd/wp-content/uploads/2015/03/1ds-zero-draft-outcome.pdf
2014 年、ODA の変更が合意され
(http://www.oecd.org/dac/OECD%20DAC%20HLM%20Communique.pdf)、
この点からも従前の政策目標を維持するか否かは重要である。
14 Clemens Michael and Moss Todd(2005) “GHOST OF 0.7%: ORIGINS AND RELEVANCE OF
THE INTERNATIONAL AID TARGET” Working Paper Number 68 September 2005 Center for
Global Development
12
13
98
韓国政府開発援助(ODA)の時代別変化とその特徴
チョンヒョミン(神戸大学大学院国際協力研究科)
The Characteristics of Korea`s Official Development Assistance, 1987-2010
Hyomin Jung(Graduate School of International Cooperation Studies Kobe University)
2010 年、韓国は経済協力機構開発援助委員会(OECD DAC)の加盟国となった。これによって韓
国は OECD DAC の受入国からドナー国に移行した初めての国となった。韓国は 1945 年以来、世
界銀行の援助受入国から卒業する 1990 年代まで多額の援助を世界中から受けた。このような背景
を持つ韓国の履歴は今までの先進国が踏んできた道とは異なる部分が多い。既存の先進国である
DAC の加盟国は多くが欧米諸国で 20 世紀以前から工業化を進め、その主要国は植民地を支配し
た国であった。韓国はこのような今までの DAC 加盟国として特徴を備えておらず、在来ドナーに
はなかった同じ民族の国家(北朝鮮)との対立関係(西ドイツを除く)、先進国入りへの願望、そ
して過去の国際社会からの支援という負債を清算するという意識を持つ新興ドナーとしての特徴
を有する国である。
韓国の政府開発援助(ODA)実施機関ができた頃の初期 ODA 政策は体制的な部分で日本から影
響されている。この点は様々な研究や報告書で指摘されてきた。この研究は韓国の ODA 政策が
日本から影響を受けたこと指摘した既存の研究を踏まえ、その後いわゆる、新興ドナー(Emerging
donor)としてどのような背景と要因で日本とは違う方向に発展したかを考察することで韓国 ODA
政策の特徴を明らかにすることに意義がある。この作業は、最も早く途上国から先進援助国入り
した新興ドナー韓国 ODA の固有性を生み出すメカニズムを動態的に描き出すことにつながると
考えられる。
研究では韓国の ODA 実施機関が設立され、本格的な援助政策が始まった時期から説き起こし、
韓国 ODA 政策の特徴を「目的」、「体制」、「内容」を時代別にみていく。「目的」については、そ
の ODA の実施目的として掲げていることに注目し、「体制」については ODA がどのようなシス
テムと機関で行われるかを分析、そして「内容」については ODA が実際どのような形態・方法で
どのような地域やセクターに供与されたかなど ODA の実施内容を中心に調べていく。研究の時期
は 1987 年から 2010 年までにし、この間に ODA 政策に直接的、間接的に影響した要因と ODA
実施内容を基にした三つの時期に分けて各時期の特徴を絞り出す。第 1 期は 1987 年から 1996 年
までで有償援助を担当する対外経済協力基金(EDCF)が設立された 1987 年から本格的に ODA
を実行するために組織整備をしていた 1996 年までの時期を中心に韓国 ODA 政策がどのように日
本から影響されその特徴は何であったかを分析する。第 2 期は 1996 年から 2004 年までで韓国的
ODA の方向性への意識が高まり、韓国が経済協力開発機構(OECD)に加入して一般的な国際貢
献義務を意識するようになった時期を中心に分析する。第 3 期は 2004 年から 2010 年までで、こ
の時期は経済協力機構開発援助委員会(OECD DAC)への加入を目指し ODA 政策の内容や体制を改
編した時期である。
三つの時期を貫き、韓国の今までの援助の中で常に存在した意識が二つある。一つ目は途上国
から近年発展を成し遂げた韓国自らの経験を ODA 政策の中に活かしたいというものである。途上
国からの発展の経験は新興ドナーであるからこそ活かすことができるものであり、その経験を活
用したいという志向性が三つの時期を通じてあった。二つ目は、韓国は経済規模、そして ODA の
規模が小さく、ドナーとしての経験も短いことから、自ら比較優位がある分野に傾斜的に力を入
れることを目指してきたことである。比較優位を考慮し、特定の事項に集中して援助を実施しよ
うとするアプローチは初期の研修中心事業から最近の自らの経験を事業に取り入れたセマウル運
動と KSP(Knowledge Sharing Program)からうかがえる。日本や OECD DAC の主流である欧米諸国
の政策を参考にするだけではなく、新興ドナーであるからこそ可能な ODA を実施しようとすると
いう独自性への志向性は韓国のドナーとしての発展過程に通底していると思われる。
99
Governance of Artisanal and Small-scale Mining (ASM) in Africa
- Structural Factors behind Informal ASM Sector in TanzaniaYoshio Aizawa (Akita University)
Governance of artisanal and small-scale mining (ASM) in Africa has been a
disputable subject in decades. ASM activities are in many cases operated in the informal
sector whereby the government cannot control environmental degradation, health and safety
problems, and child labor issues. An equally serious problem is government’s loss of resource
income through royalties and taxes which could be invested in economic activities and social
welfare for the benefit of the people. However, restriction of ASM activities is not a realistic
measure of governments. In Africa, many people are dependent of incomes from ASM
activities whether it is formally or informally operated. International organizations and
governments thus have supported ASM for poverty reduction. An issue therefore is a shift of
ASM into the formal sector whereby the government becomes able to control any problems
thereafter. It is in this context that this study deals with a case of Artisanal Small-scale
Mining (ASM) in Tanzania and discusses structural factors that cause difficulty of shifting the
ASM into the formal sector.
The question is why ASM workers incline to make profits through an informal
channel. Two reasons are plausible. One is due to a lack of ability or discouragement caused
by structural factors in acquiring mining license whereas the other is selectivity to be in the
informal sector on the basis of financial or other incentives. This study focuses the former of
structural factors although the two are meant to be interrelated bases of ASM worker’s
determination on whether to remain in the informal sector or to move toward the formal
sector. As an initial study, this study just focuses the former.
Two structural factors are identified. Firstly, Mining Law 2010 does not encourage
ASM to be in the formal sector. Acquisition of mining license is based on a first-come,
first-served basis. Those who do not have access to reliable information are discouraged to
apply for a mining license. Large-scale mining (LSM) operators, multi-national corporations
in most cases, are advantageous since they are relatively in a better position of acquiring
information on mining potential. Multi-national corporations are even able to spend
considerable amount of financial resources in exchange for information on mining resource
potential from prospectors. Marginalization of ASM is inevitable in this respect.
Secondly, the current administrative system is not supportive to ASM in Tanzania.
Although the government has shown its intention to support ASM on policy and strategy
papers, actual support to ASM has not been operationalized to an extensive degree down to
the people level. A major structural factor behind is a centralized system of the mineral sector.
The Ministry of Energy and Minerals is fully in charge of mining issues, which are actually
out of the responsibility of Local Government Authorities (LGAs). LGAs are supposed to
provide public services under their jurisdiction in response to various people’s needs but not
issues related to mining due to this rigidity.
Further studies are to be carried out on what are the other incentives/disincentives
to be in theformal/informal ASM sector apart from the structural factors. Moreover, to
formulate a concrete measure to shift ASM into the formal sector, it is necessary to figure out
to what extent ASM workers choose to be in the informal sector with how much of and what
kind of incentives.
100
Factors Influencing the Continuity and Development of Payment for Environmental
Services Program in Citarum Basin, Indonesia: Farmers’ Vulnerability and Risk
Management
O Patricia San Miguel1 and Hiroaki Shirakawa2
1
Graduate School of International Development, Nagoya University, Japan
2
Graduate School of Environmental Studies, Nagoya University, Japan
This paper examines the socio-economic factors influencing the continuity of Payment for Environmental
Services (PES) program and how farmers cope with risk and vulnerability towards the program
development. While literature focuses on factors affecting PES adoption, a valuable element to further scale
up these programs, accessibility to PES is not the sole element guiding the development of these schemes.
Uncertainty characterizes poor rural scenarios where things do not go smooth for farmers, and where it is
not sporadic to see farmers abandoning the program before the contract ends (e.g. Cidanau and Citarum
scheme). Thus, for program’s sustainability is imperative to concern how risk affects farmers’ livelihood
and the way they develop and continue PES. It is seen that, although social networks play an important role
in PES adoption, its role diminishes when regarding the continuity of the program. On the other hand,
income constitutes an essential factor influencing the continuity of the program. More vulnerable farmers to
poverty tend to not join the program and even if they do, there is high probability they withdraw in the mid
of the contract period if their household income drop. Another important element regards the price
fluctuation of the main crop to be adopted, in this case coffee. In order to manage the effects of the latter, it
is imperative to count with the intermediary agency support in implementing PES through supplementary
trainings to add value to farmers’ products and gain access to the market through different strategies like
cooperatives creations and marketing tools consolidation.
Key words: PES, continuity, farmers’ income, vulnerability, risk management
101
The story of two villages in Inner Mongolia:
A case study of changing farming-grazing relationship under climate change
Aitong Li (The University of Tokyo), Maiko Sakamoto (The University of Tokyo)
The impact of climate change on both agricultural and pastoral systems has become
increasing salient. Together with environmental changes, there are social and political
transformations that continue to shape and reshape human-nature dynamics inside those
socio-ecological systems. There are many studies trying to explore the combined effects of
environmental and political changes on the livelihoods of local communities as well as various
strategies they take to enhance their resilience and adaptive capacity. But most studies tend
to focus on a single socio-ecological system—either agricultural or pastoral system—while pay
less attention to the dynamic relationships between the two.
Instead of viewing farming and grazing as separate independent systems, we want to
demonstrate the importance of studying the changing relationship between the two and
discuss its possible impact on local socio-ecological systems. Two villages in Ongniud Banner,
a banner of the eastern Inner Mongolia, are selected as the sites for case study. These two
villages are located near each other but engaged in different productive activities—one is a
farming village (mainly a Han Chinese village) and the other a semi-grazing village (a
Mongolian village). Recently problems induced by climate change have imposed new
challenges on local communities. Farmers are complaining about the irregularity of annual
rainfall and instability of crop production while herders are increasingly concerned with
insufficient fodders during bitter winters.
In order to understand the changing farming-grazing relationship from an interdisciplinary
perspective, we adopt both qualitative and quantitative analyses in our study. The
quantitative analysis is mainly based on remote sensing data. Modis data (MOD13Q1) from
the year 2000 to 2014 are used to analyze 15-year vegetation changes on the ground. Together
with other fieldwork data we gathered during the summer of 2013, we are able to illustrate
the impact of climate change on regional vegetation and local responses to those changes.
What we have observed is the increasing dependence of the semi-grazing village on the other
village, due to dramatic annual variation in grassland productivity caused by climate change.
This newly-formed dependency, together with other social factors, has in a way contributed to
an improved ethnic relationship between Han Chinese and Mongolians. This change in ethnic
relationship is significant regarding the fact that this region has long been plagued by ethnic
tensions, which could be traced back to the end of nineteenth century, when large-scale
immigration of Han Chinese triggered a series of land conflicts and ethnic slaughters.
However, the seemingly-improved ethnic relationship might not be long-lasting. First, both
villages are in fact sustained by underground water, which suffers from a long period of
overuse. Moreover, limited knowledge of grassland ecology on the government side and its
controversial policies has not solved, if not worsened, the problem of grassland degradation.
The connection between the two villages and their subtle socio-ecological balance remains
fragile in face of the uncertainties imposed both by climate change and political intervention.
102
国際開発学会(JASID)人材育成委員会 企画セッション(JASID 塾)
国際開発人材の育成とキャリア形成について考える
【趣旨・概要】国際開発関連の国際機関・政府系機関・NGO・企業等で働くいわゆる国際開発人
材の育成は、国際開発学会の重要な使命の一つである。また、前途有為な若い人々を含む社会一
般に国際開発研究の意義や魅力を伝えていくことも、本学会の大切な役割である。
そこでこの人材育成委員会の企画セッションでは先ず、パネリスト全員から、国際機関・政府
系機関・NGO・企業などの実務経験に基づき、国際開発活動をキャリアとするにあたって身に着
けるべき能力・資質・心構えにはじまり、所属する又は所属した機関での仕事の醍醐味や待遇面
等まで幅広くお話を頂く。次に、教育職にある本学会会員のパネリスト、及び大学院等での研究
の経験のあるパネリストにそれぞれの立場から国際開発研究がどのように面白く、役に立ち、ま
た意味を持つのかを語ってもらう。そして、それらの報告に対してコメンテーターからコメント
を頂いた後、時間の許す範囲でパネリスト相互間やフロアとの間での自由な質疑応答や意見交換
を行う。
以上を通して、参加者の国際開発人材の育成とキャリア形成についての知見を共有するととも
に、国際開発のキャリアを歩む上で国際開発に関係する学会・大学・研究等の課題や可能性につ
いても考える一助となることが期待される。
【登壇予定者】
司会兼コメンテーター:佐藤 寛 JETRO アジア経済研究所上席主任調査研究員(前 JASID 会長)
パネリスト:弓削 昭子 法政大学法学部教授(元 UNDP 管理局長・駐日代表・総裁特別顧問)
パネリスト:松本 悟 法政大学国際文化学部准教授(元メコン・ウォッチ代表理事)
パネリスト:石原 伸一 JICA 人間開発部次長(元広島大学特任准教授、法政大学社会学部卒)
パネリスト:渕上 浩美 JMAS カンボジア現地統括代表(法政大学大学院政治学研究科博士課程)
【注記】本企画セッションは、JASID 人材育成委員会企画セッションとして、非会員を含む学部
生や大学院生(大学を問わない)、一般にも開放されるものです。
103