HIRECの事業展開について - 一般社団法人 日本航空宇宙工業会

平成27年4月 第736号
HIRECの事業展開について
HIREC株式会社 常務取締役 寺西 知幸
1.はじめに
当社(HIREC㈱)は1988年(昭和63年)10月、
2.電子部品のサプライヤからインテグレータへ
当社の宇宙用部品との関わりは、宇宙航空
宇宙用半導体部品の開発、品質保証、販売を
研究開発機構殿(以下、JAXA)の標準部品
目的に、ロケットや人工衛星のシステム・機
に対する源泉検査及び販売からスタートして
器メーカ、商社、損保、銀行等企業34社が出
い る。し か し、検 査 及 び 販 売 に 留 ま ら ず、
資して設立された。1987年(昭和62年)に、
JAXA殿による部品開発及び部品認定業務を
人工衛星のシステム試験において電子部品に
支援し、開発完了後の部品を当社が製造・販
起因するトラブルが発生し、部品の品質を懸
売する体制を構築するためには、部品評価能
念する声が高まった。そこで、当時量産化へ
力の向上を図ることが重要であることから、
の移行フェーズにあったH-Ⅱロケット用の電
DPA(破壊検査)、故障解析、スクリーニン
子部品に対して、安定供給(品質保証及び、
グといった領域への業務拡大を目指した。現
まとめ買い)を担う組織の必要性が認識され、
在は、JAXA標準部品(ゲートアレイ及びパ
当社の設立に至った。
ワーMOSFET(トランジスタの一種))に対
国際宇宙ステーション日本実験棟「きぼう」
する品質確認試験、バーンイン試験、更には
においても、部品の安定供給に貢献してきた
PROMメモリやFPGA(製造後プログラム可能
が、1990年(平成2年)に米国との「日米衛
なゲートアレイ)へのプログラム書込み、書
星調達合意」を機に、実用衛星が国際調達と
込み後の確認試験等の技術を保有するに至っ
なり、実質的に国産衛星が大幅に減少、且つ
ている。さらに、民生用途の国産集積回路を
コスト競争力等の観点から衛星及びロケット
宇宙機に適用することを目的に、JAXA殿が
に対する部品調達の方針変化もあり、当社も
進める、耐放射線性強化回路開発にも参画し
こうした変化への対応として事業の変革を進
てきた。
めた。
一方、日本の半導体事業分野に目を向ける
現在、当社は保有技術を核に宇宙用国産
と、韓国や中国等の台頭により、価格競争の
キーデバイスの開発・製造や、人工衛星の製
結果として大量生産される製品は、その部品
造・試験過程での信頼性品質保証業務等へ事
も含めて海外の拠点で生産されるという世界
業を拡大している。
的な動向がある。日本の半導体産業は様々な
図1に、当社の事業エリアマップを示す。
形で企業統合を行ってきたが、世界市場を
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工業会活動
図1 事業エリアマップ
リードできる分野は自動車や医療産業向け等
ファウンドリは現有ラインを使い、歩留ま
の限定された部品や、システム化された付加
りとコストを優先させ、比較的小回りは効く
価値製品に限られてきており、量的には大き
一方で、次世代製品の半導体ライン確立へ向
く減少してきた。結果、半導体事業から撤退
けた取組みには様々な制約があるが、世界的
する企業が増え、民生品をベースにした宇宙
に見てもファウンドリやファブレスという形
機用の半導体部品が一貫生産可能な企業がな
態を含め宇宙用部品のみを供給するメーカは
くなった。
なく、当社のみになっている。
このため、半導体産業では、半導体の回路
設計を行い外注生産した製品を販売する形態
宇宙用マイクロプロセッサの系譜(国産品
動向)を図2に示す。
のファブレス・メーカと、半導体生産ライン
を有し半導体製造を行う形態のファウンド
3.信頼性品質保証ビジネスの展開
リ・メーカ等、分業化が見られるようになっ
当社は宇宙用部品の製造販売と共に、宇宙
た。宇宙機用の半導体部品もこうした形態に
機に対する信頼性品質保証業務も担ってい
より開発・製造されるようになってきている。
る。
現在、JAXA殿が開発した半導体部品はファ
地球観測プラットフォーム技術衛星「みど
ウンドリ・メーカでウェハ製造され、外注先
り」(ADEOS)
(1996年(平成8年)8月打上げ
組立工場でアセンブリ後、評価試験を行い、
∼1997年(平成9年)6月電力喪失により運用
製品として供給するという一連の流れの中
停止)の事故を受けて、製造過程における検
で、当社は評価試験及びインテグレータとし
査の重要性が改めて認識され、発注者側によ
ての役割を担うように変化してきている。
る検査が行われるようになり、当社はJAXA
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代表部品呼称
【H32】
【R4901】及びASIC
【HR5000】
【HR5000S】
【HR5000S】
【HR5000S】及びASIC
O社系
半導体会社
H社
N社
F社
O社
撤退
撤退
撤退
分社
・開発
(JAXA契約) ・開発
(JAXA契約) ・開発
(JAXA契約) ・開発構想
・製品製造
・製造
・ファウンドリ
(JAXA契約)
・販売
(ウェハの提供)
HIREC
・試験
・販売
HIREC
・インテグレーション
・試験
・販売
LM社
*
売却(L社の子会社)
・開発
・ファウンドリ
(JAXA契約)
(ウェハの製造)
L社
*)
生産関連従事者
のみで事業継続
・ウェハ販売
(対HIREC)
HIREC
ベンダ/下請け
・インテグレーション
・試験
・販売
(ケース/ウェハテスト/組立/ASIC回路レイアウト設計)
ベンダ/下請け
(ケース/ウェハテスト/組立/ASIC回路レイアウト設計)
図2 宇宙用マイクロプロセッサの系譜(半導体メーカの系譜を主系列に記載)
殿 の 受 託 に よ り MIP(Mandatory Inspection
製造プロセスの重要検査ポイントとして
Point)業務を担当するようになった。MIPと
は、主として後戻りが困難となる蓋閉め前、
は、製造検査記録のレビュー(Verify)、重要
ストレス試験の前後、出荷直前等を選定する
なプロセスへの立会い(Witness)、及び半製
ことが多い。製造メーカとは異なる第三者の
品の直接検査(Inspect)等を行うものである。
視点で、常に中立的立場で、所定の資格を有
最初にMIPを実施したプロジェクトは環境
する熟練の検査員の目で検査を行うことで、
観測技術衛星「みどりⅡ」
(ADEOS-Ⅱ)
(2002
製造メーカにて見逃された不具合を発見する
年(平成14年)12月打上げ)であり、以降、
と同時に、製造者側に緊張感をもたせる役割
JAXA殿が開発する主要な衛星に対してこう
も担っている。衛星開発フェーズと当社業務
した業務を行ってきており、15年にわたる業
の関係を図3に示している。
務経験から、宇宙機対応の「MIP」専門技術
こうした業務の実績を踏まえ、宇宙通信㈱
と業務実績を有する日本で唯一の企業といえ
(現在はスカパーJSAT㈱に統合)殿からスー
る。
パーバードC2号機の技術コンサルティング業
宇宙機に対する信頼性品質保証とは、人工
務を受託し、MIPのみならず、設計段階から
衛星等の宇宙機及びその搭載機器の信頼性確
設計過誤や信頼性確保の観点からサポートを
保及び品質向上を目的に、発注者側の視点で
実施した。
製造プロセスの重要検査ポイントを予め計画
またJAXA殿における信頼性・品質向上活
し、製造者側とその実行計画を事前に合意し
動支援の一環として、部品プログラムに関わ
た上で、仕上がり状態の現品確認、工程記録
る業務も受託している。この業務では宇宙開
の確認、現品と製造図面等製造指示文書間の
発・利用の自在性確保の基礎として宇宙機器
不整合がないことの確認、不具合処理を含む
の開発・製造に不可欠な宇宙向けの高信頼性
製造試験の記録及びトレーサビリティ等の確
電気・電子・電気機構部品や材料などの基盤
認、ならびに次工程への移行判断を行うもの
的な技術を保持し続けるための戦略的な取組
である。
みや、部品の開発・利用、国産部品の利用促進、
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工業会活動
図3 衛星開発フェーズと当社業務の関係
海外部品の安定的な調達、部品評価技術の向
られるように積極的な取組みが行われてい
上など体系的に展開する活動に対して、幅広
る。これはスピンオフ(SPIN OFF=技術移転)
い分野で支援している。具体的には、JAXA
と呼ばれ、米国NASAが開発した宇宙技術の
殿衛星プロジェクト支援(部品選定に関する
スピンオフの事例はよく知られている。例え
技術支援)、JAXA殿認定部品の審査・維持管
ば、宇宙服の技術からは、ジャンプ力の高い
理、部品関連情報の収集と分析・展開、海外
バスケットボール・シューズが開発され、断
のワークショップ等への参加(海外協力・連
熱シートやレトルト食品も宇宙開発によって
携、情報収集)、国内の部品関連委員会の運営、
生まれた技術の応用として知られている。我
宇宙用部品データベース/プロジェクト承認
が国においてもJAXA殿による研究開発の成
部品データベースの維持管理等を行ってい
果が人々の暮らしや安全の確保、環境問題や
る。
医療・福祉、産業などへのスピンオフの事例
は多く、幅広く貢献していることもよく知ら
4.“宇宙”生まれ技術のスピンオフ
れている。
国の主導で行われてきた宇宙開発は、そこ
近年、当社の放射線試験評価技術が民生品
で開発された技術が単に宇宙開発だけで終わ
の放射線評価に利用される事例も出てきてい
らずに、国民生活のさまざまな場面で役立て
る。宇宙用部品の使用環境の特徴として宇宙
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平成27年4月 第736号
放射線環境がある。この状況を図4に模式的
ため、エラー発生を防ぐことは困難であり、
に示す。
中性子に対する信頼性を評価する目的で、特
人工衛星等の宇宙機に使用される部品が宇
に自動車、鉄道関連機器に対する中性子試験
宙環境下で正しく動作することを地上試験に
の実施例もある。また、原子力発電所や医療
て評価しておくことは欠かせない。当社は電
機器メーカにおいても、独自の特有な環境に
子部品の放射線試験技術を確立し、JAXA殿
合わせて実施されている。
をはじめ、宇宙関連企業の要求に基づき、日
当社は、宇宙用部品の耐放射線評価を事業
本原子力研究開発機構・高崎研究量子応用研
のひとつとしており、宇宙分野以外の幅広い
究所、同原子力科学研究所(旧東海研究所)、
分野における放射線試験にも対応可能であ
及び米国ブルックヘブン国立研究所の設備を
る。これも宇宙発のスピンオフ技術と言える。
使用して、トータルドーズ試験及びシングル
将来的には電気自動車等、半導体デバイスが
イベント試験を行ってきた実績を有してい
ますますシステムの中核を担うようになるこ
る。
とは間違いなく、宇宙線に起因する安全性に
近年、半導体デバイス技術の著しい進歩に
係るトラブルの未然防止といった観点で、開
より、その集積度が上がり、内部のパターン
発過程における安全性評価に対して広く貢献
回路の微細化も進んでいる。このため、地上
していきたい。また逆に、優れた性能を有す
で使用される民生品においても宇宙線が大気
る民生品(半導体デバイス等)が、宇宙環境
と衝突することにより発生し地表に降り注ぐ
において所定ミッションを達成し得るかと
中性子(宇宙線起因中性子)の影響を無視で
いった評価も重要であり、宇宙ベンチャビジ
きなくなってきている。航空機やコンピュー
ネスへの支援も進めていきたいと考えてい
タ等でシングルイベント現象の発生も報告さ
る。
れている。こうした現象は宇宙線に起因する
図4 宇宙及び地上における放射線環境
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工業会活動
5.おわりに
当社は、高信頼性部品㈱(英文名:High-
Engineering & Components Corporationと改め、
名が体を表すようにした。
Reliability Components Corporation)として設
我が国でも人工衛星を開発・製造・運用す
立され、当初は宇宙用部品の検査と供給に関
るベンチャー企業が誕生する時代となり、宇
する専門業者であったが、その後の宇宙業界
宙はより身近なものになってきている。しか
の求めに応じ、宇宙用部品の開発支援や、開
し、宇宙環境条件は不変であり、人工衛星等
発された部品のインテグレータとして製造業
の宇宙機は基本的に宇宙空間での修理ができ
務に関わり、一方で信頼性品質保証技術によ
ないという事実を踏まえ、当社は打上げ前の
る「MIP」や「部品プログラム」といった業
信頼性及び品質の確実な確保のため、宇宙関
務 へ の 拡 大 も 図 っ て き て い る。こ の た め、
連事業を今後とも推進するとともに、「宇宙」
2008年(平成20年)には、通称として使用し
から派生した技術を民生品に転換応用するこ
ていた「HIREC」を正式社名として、HIREC
とで、国民生活の安心・安全に多少なりとも
㈱と改称、併せて英文名称も、High- Reliability
寄与していく所存である。
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