大震災の墓標 3カ月紙面への賛否 (上) ■新編集講座 ウェブ版 第30号 2015/6/15 毎日新聞大阪本社 副代表(元編集制作センター室長) 三宅 直人 4 年前の今時分のことです。東日本大震災から3カ月(6 月 11 日)の模様を伝える朝刊(翌 12 日付)で、大阪本社は 1 面の上半分を墓標の写真が占める大胆な紙面を作りました。読者からは、「心に響いた」と共感の声が寄せられた 一方で、「残酷だ」などと批判する意見もありました。この紙面を制作した編集者の思いや社内の議論を紹介します。 ■ 草木は知らぬか 墓標のあるじを まずは、型破りなその紙面をご覧下さい=右図。 大きく扱われている写真は、仮埋葬された震災犠牲 者の墓標(宮城県石巻市)です。いまだに身元が分か らず、名前の代わりに 2000 番台の数字が付けられてい るのが見えます。周囲には夏草が茂り、雪のちらつい た発生当日からの時の流れを示しています。 編集者は、写真を見て感じた思いを 「3カ月 草木は 知らぬか 墓標のあるじを」との見出しにしました。 実は、私はこの日の「朝刊交番」 (4人の編集局次長 が交代で務める編集長役)でした。東京本社版や西部 本社版=右図=と全く異なる大胆な紙面作りには、正直 2011/6/12 朝刊 1 面(大阪) 迷いもありましたが、この紙面を提案した編集者から 犠牲者を悼む思いを聞き、その真剣な考えが理解できた ので、「これでいこう」とゴーサインを出しました。 ■ 死者の無念に胸えぐられ 大阪紙面を作った上田朋之デスクはこう語ります。 「震災3カ月の紙面作りには、報道に携わる者として の覚悟が試される、と思っていました」 「どんな紙面を作れば、被災者に寄り添えるのか、被 災者を見守る読者の思いを代弁できるのか。何日も悩み、 震災発生以降の日々をとらえた紙面と数百枚の写真を 再点検するなど、事前に準備を続けながらも、明確な回 答を得られぬまま当日(6月 11 日)を迎えました」 「あの写真を見つけた瞬間、はっと息を飲みました。 身元が分からぬまま仮埋葬された方の無念。自分の胸を トップ 二番手 朝日 全国の原発現況 反原発デモ写真 読売 児童手当、合意 震災黙とう写真 日経 企業収益まとめ 復興増税見通し 読 売 と 日 経 は 特 に 震 災 の 節 目 を 意 識 し た 扱 い で は あ り ま せ ん ( 左 表 ) 。 他 紙 を 見 る と 、 朝 日 は 震 災 関 連 ( 全 国 の 原 発 状 況 ) が ト ッ プ で す が 、 者 ア ン ケ ー ト が ト ッ プ 、 被 災 地 の 写 真 を 添 え た 「 普 通 の 」 紙 面 で す 。 同 じ 日 の 東 京 本 社 版 ( ㊧ ) と 西 部 本 社 版 ( ㊧ ㊦ ) の 紙 面 。 と も に 被 災 えぐられたような気がしました。ご家族は今も、最愛の方を求めてがれきをかき分けていらっしゃるのか、あ るいは、ご家族もすでに、この世にはいらっしゃらないのか」と。 「名も無き墓標に記された 『数字』 と、その数字すら覆い隠さんとする雑草。あまりに残酷です。でも、 すべてが現実でした。いくら言葉を尽くしても、あの写真ほど震災の残酷を語ることはできない気がしました」 ■ 読者から賛否両論 この紙面には、読者から様々な反応がありました。大阪府の女性(72) からは、「百万言のことばより何百倍の内容を感じとり」「このような 紙面こそ『新聞の役割!!』と強く想いました」とのはがきをいただ きました=右図㊤。岡山県の女性(65)からは「写真が素晴らしい」 「文 字で伝えるより心に響きました」との電話が本社に寄せられました。 一方で、批判の声もありました。滋賀県の 70 代の男性からは、 「死 者へのむち打ち方がむごすぎる。今も行方不明の肉親を捜す被災地の 人には残酷で、毎日新聞はこんな酷薄な新聞だったのかと残念きわま りない」との厳しい指摘が、電話で寄せられました=右図㊦。 ■ 記事と写真の関連が薄い 社内の紙面研究会(編集局長、局次長や各部の部長、デスクが、紙 面に掲載された記事の内容や扱い、見出しを討議する場)でも議論に ㊤大阪府の女性からいただいた共感のはがき なりました。当日の進行役は、 「編集者の思いは分かる」としたうえで、 ㊦滋賀県の男性からいただいた批判の電話の 「これほど大きく扱う写真だろうか」 「写真と記事の関連性が薄い」 「反 要旨。冒頭には、別の紙面への批判も記され 原発デモなど他のニュースの扱いが悪くなった」と指摘しました。 ています(下欄参照)。 私は、当日の交番として答弁しました。 反原発デモを含む一般ニュースについては、 東京紙面や他紙と比較しても特に見劣りして いません。写真も、上田デスクの提起に納得 したからこそ大きく扱ったわけです。ただ、 写真と記事の関連は指摘の通りです。東京本 社は、記事と写真の組み合わせも考えて記事 を出稿しているのだから、東京と異なる扱いを選択した以上は、 写真に見合った記事を発注するなどの工夫をすべきでした。写 真だけが突出してしまった点は、交番である私の責任です。 ■ 謙虚な姿勢を忘れずに 私は編集制作センター室長時代、今回のような紙面の試みを 支持していました。前例にとらわれない、大胆な紙面作りに挑 戦してほしい。失敗を恐れ萎縮するよりも、さまざまな経験を 重ねてほしい。常々、そう語ったし、今もそう思っています。 同時に、その冒険が独善に陥らないよう注意してほしいとも 考えます。自分がいいと思っても、それを不快に感じる人がい るかもしれない。独りよがりの自分の思いを他人に押し付けて ■ 「『娘よ、指1本でも』は残酷」 上記の滋賀県の男性は、11 日夕刊 1 面「娘よ、 指1本でも」の見出しも「残酷」と批判しています。 これは津波で行方不明になった 12 歳の長女を いるだけなのかもしれない。第三者の声にも謙虚に耳を傾け、 今も捜す母を描いた記事です。文中で「指1本でも そのうえでもし「問題がある」との判断に至れば、作った紙面 見つかってほしい」と、母が胸中を語っています。 を壊す勇気も持ってほしいと願います。 紙面を作った中村寧デスクは「血を吐くような母 紙面研究会でもそう答弁し、この問題も一段落・・・と思った の思いが凝縮されている言葉です。見出しにふさわ ら、この話には思わぬ続きがありました。これについては次号 しいと感じました」と述べつつ、「生々しい感じはあり で語ることにしましょう。 ます。批判は受け止めたい」と語っています。
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