ウルトラマンコスモス 円谷プロ 『雪の扉』 製作 高野宏一 (放映 監修 暁 トマノ 杉浦太陽 大山恭平 天本英世 小山信行 森本正博 太田愛 二○○二年八月十日) 脚本 毎日放送 丸谷嘉彦 渋谷浩康 満田かずほ プロデューサー 原田昌樹 企画 監督・特技監督 ムサシ 鈴木繭果 【キャスト】 アヤノ 1 暁の 暁の 暁 )が一人、トランプよりも一回り大きい一枚 暁の部屋/夏休みの夕暮れ前 暁( のカードを手にして立っている。そのカードには、 不思議な扉の絵が描かれている。 静かな眼差しでカードを見つめている暁。 「この扉の向こうの世界には、グラルファンが住んでいる ……そう教えてくれたのは、トマノさんだった。トマノ さんとの出会いは、夏の入り口で何となく立ち止まって いた僕の背中を、そっと確かな力で押してくれた」 暁は目を上げて窓外の夏空を見つめる。 夕暮れ前の空に、柔らかな光が満ちている。 「あの日も僕は、いつものように川沿いのトレーニングコ ースを走っていた」 川沿いの道/夏の夕暮れ前 トレーニングウェアの暁が、かなりの速度で走って 」 「 … … ( 考 え て な か っ た 暁 、 一 瞬 、 虚 を 衝 か れ た 感 じ )」 「え、何って、走ってんじゃん」 少年1「んで、おまえ何やってんの?」 暁 だってさ、暁、こないだの地区大会で」 ら、受験も最後は体力って言うじゃん」 の。な、これは単なる習慣、つーか、体力づくり! ほ 一 同 、 気 ま ず い 1.5 秒。 「( カ ラ ッ と )や ぁ め よ ー ぜ 、そ ー い う 、意 味 あ り げ に 黙 ん 少年3、少年2から素早い肘鉄を食らって黙る。 少年3「なんでー 暁 ― いる。走りなれた整ったフォーム。すると あきらー」 見ると、クラスメートの少年達が塾鞄を提げてやっ みんなそろって」 て来る。驚く暁。 「なにやってんだ? 「( ビ ッ ク リ ) 塾 ぅ !? 少年2「一応、中3だし、来年は受験があるから」 暁 少年1「塾の夏期講習の帰りぃ」 暁 少年達の声「おーい! 2 15 !? 1 M M 「( 断 定 ) 言 う ん だ よ 」 少年1「言うかぁ?」 暁 「ああ……」 るしさ」 少年2「でも、進路、早めに決めた方が得だよ。推薦受験とかあ 暁 少 年 1「 う ち の 親 な ん か マ ジ う る さ い の 。『 今 か ら や っ と か な い と 、 大人になったら大変よ』とかってさぁ、小遣い人質ぃ」 少 年 3「 昔 は 牛 乳 飲 ん だ ら 大 人 に な れ る と 思 っ て た ん だ け ど な ぁ 」 少年1「おめぇだけだよ」 暁 暁 『じゃなー』と別れる暁と少年達。 「あの……何やってんスか?」 ニッコリ会釈するトマノ。 と、トマノが視線を感じてふと暁を見る。 唖然とトマノを見つめる暁……。 で頭上に例の扉のカードを掲げている。 の老紳士(トマノ)が立ち、蓄音機に向かって両手 そして、2メートルほど離れた所に一人の麻の背広 蓄音機が鳴っている。 に、来る暁。見ると、台車上でレトロな朝顔付きの 石段の上の広場 音楽は石段の上から聞こえてくる。 イ ス の 瞑 想 曲 の] バ イ オ リ ン の 調 べ が 聞 こ え て く る 。 『?』と、辺りを見回す暁。 す る と 、ど こ か ら か バ チ バ チ と ノ イ ズ の 混 じ っ た タ[ と、石段にゴロンと寝転がって空を仰ぐ。 「あー、なんかめんどくせー」 一 人 、石 段 に 座 っ た 暁 、何 と な く ノ リ 切 れ な い 気 分 。 「大人になったら、かぁ……」 石段の下 少年2「じゃ、暁、またね」 3 4 暁 ト マ ノ「 グ ラ ル フ ァ ン に 私 の 思 い 出 の 曲 を 聴 い て 貰 っ て る ん で す 。 2 暁 ここは空気が澄んでいて綺麗な音に聴こえますから」 「 グ ラ ル フ ァ ン … … ? ( と 、 辺 り を 見 回 す )」 トマノ「ああ、グラルファンは、この扉の向こうに住んでいるん ですよ」 カードに描かれた扉を指して微笑んでいるトマノ。 ひきつった笑顔の暁。 暁 ( M )「 だ め だ … … 」 かろうとする。 その時、突如、ガコーン! 蓄音機の朝顔が外れる。 「 … … ( か た ま る )」 と音をたててオンボロ と、暁、刺激せぬようそぉっと慎重な足取りで遠ざ 「あ、いえ、あの……ごゆっくり」 トマノ「何か……?」 暁 暁 × × × 暁が生真面目な顔で朝顔を支え、トマノがおっとり と修理している。 「はい?」 体型とか」 トマノ「すみません。練習の邪魔をしてしまいましたね」 暁 「( 嬉 し い )あ 、や っ ぱ 、パ ッ と 見 て 解 り ま す ? トマノ「君は短距離走者でしょう?」 暁 「 あ あ … … ( と 、 ガ ッ ク リ )」 らでラジオ体操をしているのです」 トマノ「毎朝、そこでスタートの練習してましたよね。私はあち 暁 暁、何気なくスタート練習をしていた場所の方に目 ― をやる。一瞬、その脳裏にフラッシュする × × × 早朝、スタート練習をしていた自分の姿。 × × × 目を伏せる暁。暁の心に擦り傷のような微かな痛み が走る。 トマノ「さて、これで暫く外れないはずです。どうもありがとう ございました」 トマノは丁寧に頭を下げ、蓄音機のハンドルを回そ うとする。暁は不意に吹っ切るように明るい声で、 3 暁 「回してやるよ」 と、ハンドルを取って回し始める。 「練習、もういんだ」 トマノ「でも、君は練習の続きが」 暁 暁 小さな競技場のトラック/地区大会の日(暁の回想) 「地区大会、先月終わったんだ」 トマノ「?」 5 ざわめきの中、スタートラインの後ろに並んでいる 6人の短距離ランナー達。その中に、暁がいる。 暁の声「俺ね、大会ン時、超、バリバリ調子良かったの。予選か ら自己ベスト出たしね!」 『位置に付いて!』の声で、スッとスタートライン に手をつく暁。 暁、低い姿勢から、眼前に伸びるトラックをじっと 強い目で見る。 暁の声「スタートラインにつくと、いつも一直線のトラックが光 って見える」 『用意!』の声。 暁、頭を下げ、引き絞った弓のように力をためる。 張りつめた一瞬。 ピストルの音と同時にダッと飛び出す暁。 「 一 瞬 、『 ど っ ち だ ! 』 っ て 思 っ た ら … … 」 並んで座っている二人。 大真剣に固唾を呑んだトマノの顔。 石段の上の広場/現在 び込んだ! 暁ともう一人のランナーがほぼ同時にゴールに飛 歓声の中、暁、走る走る走る。 暁の声「絶対勝って全国大会へ行けると思った」 6 暁 「俺、スコッと負けてたの」 ト マ ノ 「 う ん ( と 、 乗 り 出 す )」 暁 4 「ってわけで、百分の二秒差で、俺の夏は終わっちまった ト マ ノ 「 あ あ … … ( と 、 シ ョ ッ ク )」 暁 のです」 「そんな事よりさ、おじいさん、その扉の向こうのグラル なくこの変テコで人懐こい老紳士が好きになる。 そんなトマノの様子に思わず苦笑する暁。暁は何と と、我が事のように一途に残念がるトマノ。 ぁ。うーん、惜しいです。うーん……」 トマノ「それは、実に残念なことでした。もう一息でしたのにな 暁 ファンとかってのに音楽聴かせんでしょ?」 と、元気よく立って蓄音機の方へ駆けていく。 「ね、グラルファンて音楽が好きなの?」 ドを頭上に掲げる。 トマノは嬉しそうに元の場所に立って両手でカー 「俺、暁。トマノさん、そこ立って。俺、これ回すから」 トマノ「そうでした、そうでした。あ、私、トマノと言います」 暁 暁 じゃ、来たら俺も見れるかな」 この扉を通って姿を現してくれる筈なんです」 「へー! 5 ト マ ノ「 え え 。も し グ ラ ル フ ァ ン が こ の 曲 を 気 に 入 っ て く れ た ら 、 暁 「その、グラルファンてどんな生き物なの?」 グ ラ ル フ ァ ン が 近 づ い た ら 、こ の 町 も 、冬 に な り ま す よ 」 トマノ「グラルファンはとても寒い世界から来るのです。だから 暁 トマノによるグラルファンのイメージ。 「行くって、どこへ?」 一緒に行くことができます」 そしてその思い出の風景の中に入ると、グラルファンと 切な思い出を、そのまま目の前に蘇らせてくれるのです。 トマノ「グラルファンは伝説の生き物でね、人の心の中の古い大 暁 」 雪のちらつく街の通り/昼 日後に ― 「ただのおとぎばなしだと思っていた。……でもほんの三 嬉しそうなトマノを見つめて微笑む暁。 トマノ「扉の向こう。思い出の世界へ」 暁の 7 M 8 に、愕然とした顔で立っている暁。 」 冬景色の街並みをコート姿の人々が足早に行き交う。 その中に茫然と立ちつくす暁。 チームEYES指令室 フ ブ キ 「( 聞 い て び っ く り ) こ の 真 夏 に い き な り 雪 9 如月町の一角 ア ヤ ノ 「( 感 動 ) す っ ご ー い 街の通り 振り向くアヤノ、暁と目が合う。 「EYESだ」 ノを認める。 を、行く暁が、ラウンダーショットで調査中のアヤ ムサシ「そんなにはしゃがないで、一応調査なんですから」 ほんとに雪だ!」 フ ブ キ 「( 不 安 げ に 呟 く ) 大 丈 夫 か 、 あ の 二 人 で … … 」 ヒウラ「今、ムサシとアヤノが調査に行ってる」 ドイガキ「ちょっとうらやましいなぁ」 シノブ「ええ、如月町だけがいきなり冬になってしまったのよ」 ?! 暁 「!」 アヤノ、ニコッと笑う。 アヤノに駆け寄ろうとする暁。 その時、遠くの通りを路地へと消えるトマノの姿! アヤノ「君、なにか……」 暁 、一 瞬 、迷 う が 、ト マ ノ が 消 え た 路 地 へ 駆 け 出 す 。 アヤノ「あ……」 トマノの家(縁側のある小さな日本家屋)の玄関前 戸を開けようとするトマノ。 6 !! ア ヤ ノ 「 ? (『 何 か 用 か な ? 』)」 暁 10 11 暁の声「トマノさん!」 トマノがおっとり振り返ると、暁が息を切らせて立 っている。 「 ! ( 驚 い て ト マ ノ を 見 る )」 カードに描かれた扉が、三分の一ほど開いている。 と、嬉しそうに例のカードを見せる。 トマノ「やあ暁君。ほら、これを見て下さい」 暁 トマノ「もうすぐ、グラルファンが来るんです」 トマノの家の縁側の陽だまり に、暁とトマノが座っている。 「ほんとに、絶対、町も人も、どうにもならないんだね」 ぐに何もかも元通りです」 の向こうの世界へ帰ります。グラルファンが帰れば、す トマノ「心配ありません。グラルファンは、私を連れてすぐに扉 暁 「時間が止まる?」 ちょっとの間だけ、こちらの世界の時間が止まります」 トマノ「はい。ただ、グラルファンがこちらの世界にいるほんの 暁 「じゃ、時間が止まっている間に……誰も知らないうちに る事ができませんから」 トマノ「現実の時間と、思い出の時間。二つの時間は一緒に流れ 暁 トマノさんは、グラルファンと一緒に行っちまうの?」 トマノはいたずらっぽく微笑む。 う ( し た ら )」 「そんなんじゃなくて! ……トマノさんは、どうしてそ 初の『雪のような光』が見えたら目を閉じるんです。そ トマノ「大丈夫。暁君もグラルファンを見る事ができますよ。最 暁 んなに思い出の世界へ行きたいの……!」 やや驚くトマノ。トマノは、初めて少し寂しそうに 微笑むと、茶の間の一隅に目をやる。 暁、トマノの視線を追う。 茶の間の片隅に古びたバイオリンケース。 傍らの文机の上に、小さな写真立てがある……。 7 12 街の通り を、暁が思いつめた顔で行く。角を曲がると、 「 い っ ! ( と 、 仰 天 )」 アヤノ「見つけた!」 暁 「( 慌 て ま く り ) な 、 な い 、 全 然 な い 。 え ー と 、 あ 、 早 く こ ア ヤ ノ「 探 し て た ん だ 。ね 、さ っ き 何 か 用 が あ っ た ん じ ゃ な い ? 」 暁 の町から出た方がいいぜ。ここ冬だし風邪ひくから」 「 な 、『 雪 み た い な 光 』 っ て な ん だ ? 」 うわの空の暁、不意に、 っ て バ ッ チ リ あ っ た か い の 。 し か も 伸 縮 自 在 ( だ か ら )」 アヤノ「チッチッチ。EYESのユニフォームは耐熱耐寒。冬だ 暁 「知らないならいい。とにかく、今晩は町にいるなよ」 ア ヤ ノ 「『 雪 み た い な 光 』 … … ? 」 暁 ……ったく、もう何なのよ」 と言うや、駈け去っていく。 アヤノ「あ、ちょっと! ムサシ「どうしたの?」 と、ムサシが現れる。 「……ごめん。俺、トマノさんを行かせてやるって決めた そのアヤノの姿を、暁が物陰から見送っている。 と、スタスタ歩きだす。続くムサシ。 アヤノ「何でもない。いこ」 暁 んだ……」 夜の町・全景 暁の部屋 暁、ベッドに腰掛けてトマノの事を考えている。 トマノの声「……もう四十年以上前の写真です」 トマノの家の茶の間/昼(暁の回想) 正座したトマノの手に小さな写真立てがある。 古い白黒写真には家の玄関に並んで微笑んでいる若 8 13 14 15 16 いトマノと妻、そして小さな男の子。 トマノは胸にバイオリンを握っている。 トマノ「若い頃の妻と私、そして息子です」 暁がトマノの傍らで写真を覗き込んでいる。 トマノ「この小さな男の子が、今では、君よりずっと大きな男の 子の父親です。妻は五年前に亡くなりました」 懐かしそうに写真を見つめているトマノ。 「トマノさん、バイオリン弾いてたんだ」 トマノ「……この頃の事が、つい昨日のことのように思えます」 暁 トマノ、少し照れくさそうに微笑んで暁を見る。 「へー! あ、もしかしてグラルファンに聞かせてた曲」 トマノ「私はバイオリニストだったんです」 暁 「すごいじゃん!」 トマノ「ええ。あれは私の演奏なんです」 暁 ト マ ノ「 い え い え 、私 の 演 奏 が 録 音 さ れ た の は あ れ 一 枚 き り で す 」 苦笑すると、トマノは静かに写真に目をやる。 9 トマノ「……私は有名なバイオリニストにはなれませんでした。 でも、ずっとバイオリンを弾き続けることができた。… …家族も、妻は亡くなりましたが、東京で働いている息 子 は 、お 正 月 に は 一 家 で 遊 び に き て く れ ま す 。… … 私 も 、 今はもう昔のようにバイオリンを弾けませんが、それも、 この年ではあたりまえのことです」 古い家族写真をじっと見つめているトマノ。 その孤独な横顔を見つめている暁。 じっと考えている暁。 EYES指令室 寂しさがあるんだと思った……」 んには、誰にもどうにもできない、デッカイ穴みたいな 写真の頃のトマノさんを知らない。でも、今のトマノさ 「それきりトマノさんは黙ってしまった……。僕は、あの M 暁の部屋/現在 ト マ ノ「 … … 何 が つ ら い と い う の で は あ り ま せ ん 。そ れ で も … … 」 暁の 17 18 ムサシが卓上に山積みの資料や古い本を調べている。 シノブ「よくこんなの探してきたわねぇ」 ムサシ「どっかにああいう異常気象の事、書いてたんだけどな」 フブキ「広げるのはいいが片付けとけよ」 アヤノは、昼間の暁の様子が気に掛かっている。 あッ!」 アヤノ「……ムサシ隊員、雪みたいな光って聞いた事ある?」 ムサシ「雪みたいな光……? と 思 い つ く や 、卓 上 の 資 料 や 古 い 本 を 引 っ 掻 き 回 す 。 ヒ ウ ラ ・ ド イ ガ キ 「 ゴ ホ ゴ ホ ( と 、 舞 い 上 が る 埃 に 咳 き 込 む )」 慌しく古い本のページをめくるムサシ。 ムサシ「あった!」 ゴォォォと低い地鳴りのような音が轟く。 10 夜の町・全景 同・通り に、シェパードが急停車! 」 ムサシとアヤノが飛び出してくる。 アヤノ「まさか本当に…… と、町の一角から、雪のような白い光の粒子が太い 柱となって立ち昇る! 駆け出す暁。 時計の秒針が止まっている。 そっと目を開ける暁、室内を見回す。 える。 白い光の粒子が一瞬、波のように室内を満たして消 窓に張り付いていた暁、バッと両手で目を覆う。 「来た……!」 暁の部屋 アヤノ・ムサシ「!」 暁 !? 19 20 21 暁 暁 雪のちらつく夜の通り に、駆けてきた暁、目を見張って立ち止まる。 通りに点在するコート姿の数人の人。何気なく空を 見上げた静かな表情で静止している。 コーヒーショップの窓際、頬杖をつき、カップを見 つめたまま止まっている青年。 中空で静止した噴水の水。 茫然と辺りを見回す暁、ハッと息を呑んで見上げる。 いつのまにか、グラルファンが静かに立っている。 それは白く美しいまさに伝説の怪獣。 「……!」 その時、遠くからあの曲が聞こえてくる。 人々が静止した通りを矢のように駆けていく暁。 息を呑む暁、灯りの漏れている庭へと駆け込む。 生垣の向こう、路面電車がチンチンと通り過ぎる。 灯りの消えた玄関の前で、蓄音機が回っている。 駆けつける暁。 トマノの家の前 同・庭 「!」 茶の間から庭にむけて、トマノを迎えるようにセピ ア色の光の帯が伸びている。トマノが、その光の帯 の脇に立ち、一心に縁側の向こうの茶の間を見つめ ― ている。そこには × × × 卓袱台の夕飯を賑やかに囲む思い出のトマノと妻 と幼い男の子。側にバイオリンケースと譜面台。 トマノ、畳上の譜面を見ながら、箸を手にバイオリ ンを弾く真似(運指の練習)をしている。 11 22 23 24 妻 (以下の幸福な夕食の会話は聞こえない) 「お父さん、御飯の時は練習やめて下さいな」 トマノ「あ、すまん、すまん」 「ほらほら、こぼして」 男の子「あちっ!」 妻 「お父さん、かけすぎ」 かけると早くさめるんだぞ」 トマノ「いいか、コロッケはこやって真ん中にドバッとソースを 妻 「……トマノさん、あの思い出と一緒に行くんだね」 × × × 遠い思い出の夕飯を見ているトマノと暁。 男の子「僕にやらせて」 暁 「どうして! あれ、写真の中の思い出の時間じゃない! まなざしで思い出の時間を見つめている。 入っていける光の帯の傍らで、痛みを堪えるような 驚いてトマノを見る暁。トマノは、一歩踏み出せば トマノ「……私は……行けません」 暁 なのになんで!」 トマノさんがずっと思ってたもの、全部、あそこにある んだよ! 「 … … ( 思 い が け な い )」 あそこにいる私、あの時の私のものなんです」 ト マ ノ「 こ ん な ふ う に 見 て 初 め て 解 り ま し た 。… … あ れ は み ん な 、 暁 「トマノさん……」 トマノ「あの時間を……もう一度、生きることはできない」 暁 トマノは、思いを断ち切るようにぐっと奥歯を噛ん で目を伏せる。 「一度きり……?」 トマノ「……一度きりです」 暁 「 ― ( 胸 を 衝 か れ る )」 トマノ「ええ。どんな一瞬も、いちどきりなんです」 暁 × × × × 暁の脳裏に夏の大会がフラッシュする。 一直線に光って見えたトラック。 × 駆け抜けたゴール。 × 12 暁 暁 暁 暁 暁 暁 苦 さ 、切 な さ 、懐 か し さ 、そ の 全 て を 受 け 入 れ る 暁 。 × × 』と振り返って辺りを見回す暁。 「……そうだね。一度きりだから、忘れない」 × 『どっちだ その視線が、駆け寄った顧問と喜び合う一人のラン ナーを捕らえる。瞬間、負けた事を悟る暁。 ただ、見つめている暁の顔……。 × × × 「一度きりだから……空っぽになるくらい、なんかに本気 になったりする……」 トマノ、目を上げて暁を見つめる。 暁は心を決め、真っ直ぐにトマノを見る。 「トマノさん。グラルファンを帰そう……」 静かに頷くトマノ。 「ここにいて」 と言うや、トマノの手から素早くカードを取って庭 を駆け出していく。 トマノの家の前の通り 」 飛び出してきた暁がアヤノとぶつかる。 「( 仰 天 ) な 、 な ん で 』と、ある。 と、大得意の顔で分厚い本を突き出す。 ちょっと手伝って」 表紙に『伝説怪獣大辞典 「そうだ! 」 12 あの怪獣を帰せば、扉を開けたあ トマノ「ええ。……解っています」 なたは……」 ムサシ「……いいんですか? 一人立つトマノの前にムサシが現れる。 トマノの家の庭 「 い い か ら 来 て ! ( と 、 ア ヤ ノ を 引 っ 張 っ て い く )」 アヤノ「え 暁 !? 13 !? アヤノ「EYESを甘く見てもらっちゃ困るわね」 !? 25 26 暁 暁 トマノの心を察したムサシ、目礼して踵を返す。 石段の上の広場と全景 アヤノが蓄音機を回し、暁がグラルファンに向かっ こっちだ! グラルファン!」 てカードを構えている。 「おーい! 振り返らないグラルファンに焦る暁。 「こっちだってば!」 と、光の柱と共にコスモス(L)が現れる。 へ消えていく……。 と思うと、光の粒子を散らしながらカードの扉の中 すると、グラルファンは、白い翼を大きく広げたか 通りから見上げているトマノ、静かに頷く。 てトマノを見る。 コスモスを見ていたグラルファン、微かに首を傾け 「うわッ!」 に立ち昇り、そこに巨大な扉が出現する。 と、暁のカードからその一点に向けて光の柱が垂直 を広げて、虚空の一点に向かって光の道をつくる。 コスモス、グラルファンを見つめると、静かに両腕 グラルファンは美しい水色の目でコスモスを見る。 アヤノ「コスモス……!」 暁 夜の町 中空に静止していた噴水の水が流れ始める。 通りで空を見上げて静止していた人が空耳を聞い た後の様に軽く肩をすくめると、家路を辿り始める。 石段の上の広場 暁 ・ ア ヤ ノ 「 ふ ぅ ー ( と 、 ほ っ と 息 を つ く )」 そこへムサシが現れる。 見ると、向こうにトマノが立っている。 14 27 28 29 アヤノ、黙ってムサシを見る。 ム サ シ 「( ア ヤ ノ に ) … … あ の 人 は 知 っ て る 」 ― アヤノの目が一瞬翳る。だが、暁には優しく 「これ」 × × 元気よく駈けてきた暁、 × アヤノ、少し切ない目で暁の後姿を見送る。 と言うと、駈け出していく暁。 「( ア ヤ ノ に ) あ り が と う ! 」 アヤノ「行きなさい」 暁 暁 とトマノに扉のカードを渡そうとする。 「 ? ( と 、 不 思 議 そ う に ト マ ノ を 見 る )」 トマノ「そのカードは、君が持っていて下さい」 暁 トマノは穏やかに微笑む。 「お別れって……」 トマノ「お別れです」 暁 「……大丈夫だよ。これ、このカードできっと何とかでき 暁、言葉を失う。信じたくない。 ません」 トマノ「扉を開けた者は、この世界の時間から消えなければなり 暁 消えちゃうなんて俺、聞いてないから るよ、グラルファンもちゃんと帰ったし、町も元に戻っ たし」 「…………」 トマノは澄んだ優しい目で暁を見つめている。 な!」 「聞いてない! トマノ「暁くん」 暁 暁 「 ― 」 トマノ「……覚えていて下さい。私が幸福だったということを」 暁 「 … … ( ト マ ノ を 送 ら ね ば な ら な い と 心 を 決 め る )」 なものを持つことが出来たんです」 精一杯、生きた。……心から寂しいと思えるほど、大切 トマノ「……誰に知られることもない平凡な一生だったけれど、 暁 万感の思いを込めて別れに右手を差し出す暁。 その手を静かに握るトマノ。 15 暁 「……忘れない」 トマノ「ありがとう」 」 次 の 瞬 間 、ト マ ノ は 美 し い 光 の 粒 子 と な っ て 消 え る 。 カードを手に一人立つ暁……。 暁の部屋(冒頭の時間)/夏休みの夕暮れ前 暁が静かなまなざしで扉のカードを見ている。 小箱にカードをしまい、そっと蓋をしめる暁。 ― 暁 の M「 僕 は 思 い 出 を 作 る た め に 生 き る わ け じ ゃ な い 。で も 暁の家の玄関 キュッとランニングシューズの紐を結ぶ暁。 暁 の M「 い つ か 、僕 が こ の 世 界 か ら 去 っ て い く 時 、精 一 杯 生 き た 、 そう思いたい」 川沿いの道 走る暁。まっすぐに前を見つめる瞳。 」 暁のM「僕は走る。ゴールが見えなくても。一番じゃなくても。 ― ……僕は ― 走る暁、ストップモーションになって 暁のM「僕は、大人になる」 《終わり》 16 30 31 32
© Copyright 2024 ExpyDoc