1 日本平和学会 2012 年度春季研究大会 沖縄の平和教育 小中学生

日本平和学会 2012 年度春季研究大会
沖縄の平和教育
─小中学生に対する意識調査から─
京都教育大学
村上 登司文
キーワード:平和教育、沖縄戦、小中学生、平和意識調査
1.はじめに
第二次世界大戦の終結後 67 年が経過し、沖縄が本土復帰した 1972 年から今年で丁度 40 年目の年とな
った。全国の都道府県の中でも沖縄は、広島、長崎と並んで平和教育が盛んな県の一つである。1993 年に
は沖縄県教育委員会が『平和教育の手引き』を発行している。しかし、戦争が 67 年前のこととなり、「遠
く」の戦争を「今」の平和学習でどう扱うかが課題となっている。本報告では、2012 年に筆者が沖縄の小
学生と中学生に対して行った平和意識調査により、沖縄の平和教育の実態を探るとともに、平和教育のあ
り方についても考察する。
沖縄の平和教育は、日教組を中心とした平和教育運動の中では、1972 年の沖縄本土復帰の前後から注目
されていた。その後の平和教育運動の展開の中で、ヒロシマ・ナガサキ・オキナワの平和学習と称される
ようになり、沖縄戦についての学習は重要視されていく。1990 年代に入って航空機の利用が簡単となり、
沖縄修学旅行で平和学習を行う中学校や高校の数が急増した。沖縄では住民(日本国民)を巻き込んだ最
後の地上戦が行われたので多くの戦跡が残り、いくつかの平和資料館もあるので、平和学習の訪問先とし
て修学旅行で利用されている。沖縄戦の集合的記憶の一つである住民の「集団自決」については、県外の
人々にはあまり知られていなかったが、2007 年に 11 万人を集めた「教科書検定撤回を求める県民大会」
が開かれて、マスメディアで大きく取り上げられた。
本報告では、沖縄の平和教育を、三つの視点から考察したい。第 1 に沖縄戦の継承、第 2 に平和・戦争・
国際認識、第 3 に平和構築への貢献である。沖縄の平和教育を手がかりに、日本の平和教育の課題を併せ
て探っていく。
2.先行調査研究から
沖縄の子どもたちの平和意識を社会学的に調査した研究は少ない。筆者は 1997 年と 2006 年の二度にわ
たり、東京・京都・広島・那覇の中学2年生に対して、平和意識調査を行った(「日本 1997」及び「日本
2006」と略す)。また、イギリスの中学生に対しても同様の調査を行った(「英国 2007」と略す)。「日
本 2006」調査では、那覇の中学生は、他都市の中学生と比べて、過去の戦争を学ぼうとする意欲が高かっ
た。特に平和な社会をつくるために、沖縄戦について学ぼうとする回答が多かった。性別で平和意識を比
較すると、女子の方が男子よりも高い反戦意識と戦争被害者への共感が見られた。しかし、政治や外交問
題への興味・関心は男子の方が大きな関心を示し、国際的視野が広いことが示された。日英の中学生を比
較すると、日本の生徒の方が、「正義の戦争論」を否定したり、「戦争放棄」に賛成したりする割合が高
く、反戦平和意識がかなり強いことが確認できた(村上 2009)。
3.沖縄小・中学生への意識調査の方法
沖縄県の小中学校に対して調査を依頼し、2012 年 2 月から 3 月にかけて各学校で集合的方法により質問
紙票(アンケート)を実施してもらった。有効回答数は、中学 2 年生 1487 名(男子 763 名、女子 724 名)
である。この調査を沖縄中学生 2012 年調査(略称は「沖縄中 2012」)とよぶ。小学校の小規模校では5
年生をも調査対象としたので、小学生の有効回答数は、5 年生が 64 名、6 年生が 532 名で計 596 名(男子
307 名、女子 289 名)である。この調査を沖縄小学生 2012 年調査(略称は「沖縄小 2012」)とよぶ。な
お、調査承諾率は小学校で 46%(13 校/26 校)、中学校で 59%(22 校/37 校)であった。
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調査結果の分析手順は、規定要因と想定する質問項目と各質問項目でまずクロス分析をして、カイ二乗
検定結果の一覧表を作成した後、統計的に有意差があるクロス分析結果に着目して考察する。
表 1 沖縄中学 2 年生 2012 年調査の有効サンプル数(沖縄中 2012)
調査地
調査実施校 男子
女子
全体 (%)
国頭
4
125
109
234(15.7)
中頭
4
134
132
266(17.9)
那覇
3
191
204
395(26.6)
島尻
4
139
122
261(17.6)
本島以外
7
174
157
331(22.2)
計
22
763
724 1487(100%)
注1:久米島は那覇教育事務所に属するが、沖縄本島から
地理的に遠いので「本島以外」に入れて集計した。
表 2 沖縄小学生 2012 年調査の有効サンプル数(沖縄小 2012)
調査地
調査実施校 男子
女子
5年生 6年生 全体 (%)
沖縄本島
6
183
145
45
283
328(55.0)
本島以外
7
124
144
19
249
268(45.0)
計
13
307
289
64
532
596(100%)
4.平和意識調査の結果
「中学生」(調査に回答した沖縄の中学2年生を指す)の内で、「平和についてふだん考えたことがあ
りますか」の質問に対し、「よくある」(10%)と「たまにある」(57%)を合わせると7割近くになる。
世界は今平和と思う中学生は 23%、日本は今平和と思う中学生は 59%である。「日本 2006」調査におい
ては、世界は今平和と答えた生徒が 12%、日本は今平和と答えた生徒が 42%であるから、沖縄の中学生の
方が、世界は今平和と捉える割合が 11 ポイント高く、日本は今平和と捉える割合が 17 ポイント高い。他
方、「小学生」(調査に回答した沖縄の小学校5年生と6年生を指す)については、日本は今平和と思う
小学生は 61%であり、上記の沖縄中学生の 59%とほぼ同じであり、日本が今平和かについて沖縄の小・中
学生間で認識に差はないと言えよう。
(1)沖縄戦継承のエイジェント
表 3 調査地別にみた沖縄戦継承のエイジェント(複数回答)(「沖縄中 2012」調査)
エイジェント
国頭
中頭
那覇
島尻
本島以外
テレビ
71.4%
戦争体験者
81.2①
先生
65.8%
72.8%①
66.4%①
72.9%①
70.2%①
69.6①
68.2
65.3
50.2
66.0②
60.7
59.7
51.1
59.8
69.6②
59.8
祖母や祖父
46.6
51.3
58.3
46.7
44.7
50.1
マンガや本
36.8
33.5
45.0
26.6
40.1
37.3
インターネット
15.8
17.9
27.0
24.7
21.6
22.0
9.4
14.4
20.1
17.8
12.5
15.3
母や父
曾祖母や曾祖父
12.0
その他
5.1
%の合計(回答者数) 339.0(234)
9.1
3.4
324.7(263)
7.1
2.3
351.9(393)
11.6
1.9
320.8(259)
9.7
6.1
327.4(329)
全体
9.6
3.7
334.0(1478)
沖縄戦について見聞がある(「よくある」+「たまにある」)と答えたのは、小学生(94%)と中学生
(91%)であり、見聞する割合はかなり高いといえよう。表3で見るように、沖縄戦継承のエイジェント
(誰から見聞するか)については、中学生全体ではテレビ(70%)からが最も多いが、「戦争体験者」か
ら聞くが国頭地区(81%)と中頭地区(69%)では最も多くなっている。先生から聞いたが2番目に多い
2
のが、本島以外の地区で 69%となっている。
(2)沖縄戦について教えられる記憶
戦争についての教育では、ある戦争について教えられるだけでなく、イメージを伴ってその戦争が教え
られることが多い。集団的体験である沖縄戦が教え伝えられる時は、知識と一緒に戦争イメージが集団成
員に共有されて、沖縄戦は集合的記憶としての人々の記憶になる。一般的に、戦争の何をどう教えるかに
ついては、立場やイデオロギーや時代が異なれば変化する。そこでは集合的記憶の操作(誇張、粉飾、抑
圧、除去)が起こりうるが、住民の体験に基づいたものであるほど、集合的記憶の操作に対して反発力が
働く。
沖縄中 2012 調査で、「あなたが聞いた沖縄戦の話の中で強く印象に残っていること」を聞いた。中学生
による記入の中で最も多く見られた内容は「集団自決」についてであった。生徒の 14%にあたる 210 名が
「集団自決」に言及した。それだけ強い印象に残る出来事であるといえよう。中学生が記入した内容をま
とめると、戦時中の人々の考えについて、「アメリカの補りょになればひどい目に合うから集団じけつを
するということ。」集団自決のきっかけになる日本軍について、「兵隊に手りゅう弾を渡され、集団自決
した人たちがいること」や「日本軍が沖縄の住民に死ぬように命じたこと」を生徒は聞いている。自決の
方法はむごくて、「家族で輪になって、ばくだんでみんな一緒に死ぬこと。」特に「親が子供を殺した」
「みんなで殺しあった(お父さんが子どもを夫が妻を、みたいに)」「集団自決のときに親が子供を守っ
たとか、殺したとか言うはなし」などを記入する。しかし、「アメリカの兵士は、沖縄の民間人を殺す気
はなかった。」そのためか、集団自決への感想として、「しゅりゅうだんを持たされての集団自決は、悲
しいなと思った」や「集団自決をしたりして、尊い命を失った」などの記入がある。
その他にも生徒達は沖縄戦について記入している。印象に残ったことは、まず戦死者について、「約2
4万人の人の命がなくなったこと」「県民の4人に1人が亡くなった。」戦争当時の考え方について、「『日
本の天皇のためなら死んでもいい』という考えを先生が子どもに教えたこと」「生き残るより死ぬ方が立
派だということ」がある。日本軍や傷病兵についても記述されている。日本兵の住民に対する対応として、
「方言を使ったらスパイだと言われて殺されること」「日本兵に食料をとられた」「兵隊のために壕を追
い出された」など日本兵の印象は悪い。他方、八重山諸島では、「日本兵に島から追い出されて、マラリ
アがいる島に移された」とか「戦争のさまたげだからと言って、マラリアのいる山に一般の人を連れてい
たこと」の強制移住によるマラリア死の話が多く伝えられている。避難時についての話として、「暗いガ
マに数日いた」「お墓の中にひなん」「北部に逃げた人はほとんど助かったけど、南部に逃げた人の多く
がなくなった」「暗い防空壕の内で腐っていく人たちを見たってところ」がある。悲惨な話として「赤ち
ゃんが泣いたら、むりやり口をふさぐこと」や「子どもの泣き声でばれるから殺した」がある。他方、ア
メリカ軍の攻撃ぶりや、殺戮するアメリカ兵の話もあるが、降伏後のアメリカ兵については、「日本兵よ
りもアメリカ兵の方がずっと優しかったということ。」「米軍の人は、子どもにチョコレートやお菓子を
くれた」などの記入があり評価が高い。その他に、疎開、食糧不足、周りの死体、自殺、死と生存を分け
たもの、具体的な被害の話、人間性の喪失、沖縄が捨て石になったこと、戦後の様子などが生徒により記
入されていた。
(3)沖縄戦についての継承
沖縄では 6 月 23 日が「慰霊の日」として休日となる。沖縄戦が終わった日が「1945 年 6 月 23 日」だ
と知らなかったのは、小学生で 5%、中学生で 7%のみであり、沖縄の小中学生において、「慰霊の日」が
理解されているといえよう。他方、17%の生徒が「知らなかった」と答えた中学校がある。
沖縄県立平和祈念資料館には調査対象小学生の 81%、中学生の 72%が訪問し、ひめゆり平和祈念資料館
には小学生の 47%が、中学生の 55%が訪問している。長崎原爆資料館へは、中頭で 72%、那覇でも 64%
の中学生が訪問している。対馬丸記念館には那覇の中学生の 28%が訪問している。他方、石垣島にある八
重山平和記念館には、石垣島の小学生の 8 割以上、中学生の6割以上が訪問している。
3
子どもたちは、沖縄戦についてどのように思い、感じているのであろうか。沖縄戦があったことについ
てどう思うかを聞いたところ、「人道上許せない」と答えた小学生が 69%、中学生が 59%である。さらに、
沖縄戦の様子や体験者の苦しみについてどう感じるかを聞いたところ、「人ごととは思えない怒りを感じ
る」と答えた小学生は 62%いるが、中学生は 47%と半数を切る。一方で、沖縄の戦争体験を日本全国の人
に伝えることについては、小学生の 77%が大切に思うと答え、中学生の 72%が大切に思うと答えている。
(4)戦争認識と平和貢献
「侵略戦争のように悪い戦争と、国を守るよい戦争(正義の戦争)がある」という意見に対しては、小
学生の 68%が反対し(「反対」+「少し反対」)、中学生の 52%が反対している。また、日本は今後どの
ような戦争も行うべきではないと思うかの質問に、小学生の 83%が思う(「思う」+「少し思う」)と答
え、中学生は 85%が思うと答えている。この中学生の調査結果を、「日本 2006」調査と比べるとほとんど
差がない。
沖縄の中学生達の平和貢献意欲はかなり高い。しかし、貢献した人物や団体についての知識は少ない。
平和な社会をつくるために努力した人や団体について知っている(「知っている」+「少し知っている」)
と答えたのは、小学生の 29%に対し、中学生では 16%である。その具体名を記入してもらったところ、貢
献した人物・団体名として、小学生ではユニセフ(56 名:以下同じ)、オバマ大統領(14)、NPO(16)、PKO(11)、
マザーテレサ(7)を多くあげている。それに対して中学生ではマザーテレサ(61)、ユニセフ(26)、国境な
き医師団(20)、キング牧師(11)、ガンジー(11)、渡部陽一(10)の記入がある。
平和に貢献した人や団体を「知らない」と答える割合について国内の4都市で見ると、平和教育実践が
盛んである広島(77%)や那覇(83%)の方が、東京(71%)や京都(72%)に比べて高くなっている(「日
本 2006」調査)。これは、広島と那覇の平和教育は、被爆や地上戦を題材とした「反戦平和教育」が柱で
あり、平和形成方法のテーマが平和教育実践で充分に取扱われていないからだといえよう。
5.まとめ
アジア太平洋戦争は日本の国外で戦われたとされ、沖縄での地上戦はその例外であるとの扱いであった。
1972 年の沖縄本土復帰後は、沖縄地上戦の体験の持つ意味が再認識され、平和教育運動においても着目さ
れるようになった。沖縄は国内唯一の地上戦があった島として、1980 年代に平和教育のテーマとして重視
されるようになったが、米軍基地の賛否と絡まり沖縄戦の継承は現在までいくつかの変遷があった。
今回の調査により、沖縄戦が小学生や中学生に対して広く継承されていることが明らかとなった。継承
のエイジェントとして、沖縄のテレビ、体験者の語り、教師による教育が、他地域と比べて広く熱心に行
われていることが示された。もちろん今後も工夫しながら継続していく必要がある。他方で、戦争への怒
り(正義感)や戦争被害への共感的理解が、小学生から中学生に上がる時点で低下していることを指摘で
きる。また、沖縄の小学生と中学生の平和貢献意欲は高いのではあるが、平和な社会をつくるために努力
した人や団体の具体名を回答できる割合は低かった。これらは全国の平和教育の課題でもあるが、小学校
から中学校・高等学校へと子どもの認知的発達や社会体験が広がるのに応じて、平和教育の内容と方法を
高度化する平和教育カリキュラムの体系化の必要性を示しているといえよう。
参考資料など
「特集:沖縄戦と『集団自決』」『世界』臨時増刊、no.774、岩波書店、2008.1
沖縄県教育委員会『平和教育指導の手引き』1993
沖縄県教育委員会「平和教育の充実」(「平成 24 年度
学校教育における指導の努力点」2012.4 の HP
より)
高橋順子「平和教育における沖縄戦の系譜-教育研究全国集会を事例として」『日本女子大学大学院人
間社会研究科紀要』(10)、2004
竹内久顕編著『平和教育を問い直す』法律文化社、2011
村上登司文『戦後日本の平和教育の社会学的研究』学術出版会、2009
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