シクロスポリンAとメシル酸イマチニブの薬物間相互作用の検討を行った

症 例 報 告
シクロスポリンAとメシル酸イマチニブの薬物間相互作用の検討を
行った骨髄移植患者の 2 症例
*1
*1
*1
*1
*2
*3
梶田貴司 ,上田睦明 ,西川 豊 ,橋本亜衣子 ,東 康彦 ,今村政信 ,
毎田千恵子*3,中塚英太郎*1,藤井洋一*2,宮本悦子*3
Evaluation of the Drug Interaction between Cyclosporin A and Imatinib Mesylate in
Two Patients who Underwent Bone Marrow Transplantation
*1
*1
*1
*1
*2
Takashi KAJITA , Mutsuaki UEDA , Yutaka NISHIKAWA , Aiko HASHIMOTO , Yasuhiko HIGASHI ,
*3
*3
*1
*2
Masanobu IMAMURA , Chieko MAIDA , Eitaro NAKATSUKA , Youichi FUJII , Etsuko MIYAMOTO
*3
*1
Tenri Hospital, Department of Pharmacy, 200 Mishima-cho, Tenri-shi, Nara, 632─8552 Japan
Hokuriku University, Faculty of Pharmaceutical Science, Department of Analytical Chemistry, Ho─3, Kanagawa*2
machi, Kanazawa-shi, Ishikawa, 920─1148 Japan
Hokuriku University, Faculty of Pharmaceutical Science, Department of Clinical Pharmacy, Ho─3, Kanagawa-machi,
Kanazawa-shi, Ishikawa, 920─1148 Japan
*3
not did have a remarkable influence on CyA clearance
ABSTRACT
(CL)
. In this study, the increase of CyA concentration is
Since cyclosporine (CyA) is identified as a substrate
observed only in oral administration case. We suggest
of CYP3A4 and P-glycoprotein(p-gp) in the liver and a
that the mechanism of this interaction might be mainly
part of the intestine, it is suggested that concomitant use
ascribed to the inhibition of either of CYP3A4 or p-gp, or
of CyA and imatinib mesylate(STI571), which inhibits
both of them caused by STI571 in absorption process.
activity of CYP3A4 and p-gp, increases CyA concentra-
Therefore, it is important to pay enough attention to
tion in whole blood. We report, here, two cases treated
maintain an appropriate range of CyA concentration
with CyA and STI571 after bone marrow transplantation
since fluctuation of CyA concentration is possible especial-
from the standpoint of drug interaction. CyA was admin-
ly in oral administration case.
istrated orally in one case and intravenously in another
case. In oral administration case, CyA concentration and
Keywords:cyclosporin A,imatinib mesylate,drug
concentration-dose ratio(CD)of CyA had been steady
interaction,bone marrow transplantation patients
before STI571 have been added to the medications.
However, an additional use of STI571 gave CyA concen-
要 旨
tration a rise. It also made CD of CyA get higher up to
2.4 times. After discontinuation of STI571 due to ALL
メシル酸イマチニブ(STI571)は,肝臓や一部消化
relapse, CD of CyA recovered. In intravenous administra-
管に存在するCYP3A4,並びに,P糖タンパク(p─gp)
tion case, whether STI571 is added to the medications or
の阻害作用を有するため,これらの基質であるシクロス
*1 Takashi KAJITA, Mutsuaki UEDA, Yutaka NISHIKAWA, Aiko HASHIMOTO, Eitaro NAKATSUKA
œ天理よろづ相談所病院薬剤部(〒632-8552
Yasuhiko HIGASHI, Youichi FUJII
奈良県天理市三島町200番地)
*2
北陸大学薬学部薬品分析学教室(〒920-1148
石川県金沢市金川町ホ─3)
*3
Masanobu IMAMURA, Chieko MAIDA, Etsuko MIYAMOTO
北陸大学薬学部臨床薬学教室(〒920-1148
石川県金沢市金川町ホ─3)
受付日:2006. 7. 31
受理日:2006. 11. 14
─ ─
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Vol. 24 No. 2(2007)
ポリンA(CyA)との併用では,CyAの薬物体内動態が
の阻害が主な機序であることが考えられた。以上,
変動することが予想される。今回,我々は,CyAが経
STI571併用により全血中CyA濃度が大きく上昇する可
口投与,並びに,静脈内投与されている骨髄移植患者に
能性があり,特にCyAが経口投与されている症例では,
STI571が併用された 2 症例を経験したので薬物間相互
適切な血中濃度を管理するためCyA薬物動態の変動に
作用の観点から報告する。CyAを経口投与した症例で
十分注意を払う必要があることが示唆された。
は,開始当初は,全血中CyA濃度,並びに,全血中
CyA濃度/投与量比(CD比)は安定した推移を示して
索引用語:シクロスポリンA,メシル酸イマチニブ,薬
いたが,STI571併用後,全血中CyA濃度に上昇を認め,
物間相互作用,骨髄移植患者
CyAのCD比は併用前の2.4倍を示した。その後,ALL
Ⅰ はじめに
再々発に伴うSTI571投与中止によりCyAのCD比は,併
用前と同様の値まで回復した。一方,CyA静脈内投与
シクロスポリン(CyA)は,骨髄移植をはじめその
症例では,STI571併用時と非併用時のCyAの全身クリ
他の移植領域において幅広く使用されている免疫抑制剤
アランスには,変動を認めなかった。本検討において,
である。しかしながら,その有効治療域は狭く,その効
全血中CyA濃度上昇が経口投与症例で観察されたこと
果を十分に引き出し,副作用の発現を最小限に抑えるた
から,この薬物間相互作用は,主に消化管からの吸収過
めには,全血中CyA濃度を測定し適切な濃度で管理す
程でのCYP3A4及びp ─gpのいずれか,あるいは,両者
る必要がある。また,CyAは,肝臓や一部消化管に存
図1
TDM研究
CyA経口投与症例での薬剤の投与経過と全血中CyA濃度推移
─ ─
138
表1
CyA経口投与症例と静脈投与症例のCyA投与開始時
在する薬物代謝酵素であるCYP3A4や輸送担体であるP
の検査値
糖タンパク(p ─gp)の基質であるため,これらのタン
パクを阻害する薬剤や食物との併用によりCyAの体内
動態が変動することが知られている
1-3)
。
メシル酸イマチニブ(STI571)は,慢性骨髄性白血
病(CML)のみならず,同様なBcr─Abl遺伝子変異を生
じるフィラデルフィア染色体(Ph)を持つ急性リンパ
性白血病(ALL)に対しても薬効を示すことが報告さ
4)
れており ,骨髄移植後にこれらの疾患を再発した患者
では,CyAとSTI571が併用されることがしばしばある。
5)
また,STI571は,主にCYP3A4で代謝される一方で ,
6)
CYP3A4の阻害作用を有し ,p─gpに対しても同様に作
7)
用するため ,CyAとの併用では,CyAの薬物体内動態
が変動することが予想される。
今回,我々は,CyAが経口投与,並びに,静脈内投
与されている骨髄移植患者にSTI571が併用された症例
図2
CyA静脈内投与症例での薬剤の投与経過と全血中CyA濃度推移
─ ─
139
Vol. 24 No. 2(2007)
図3
CyA経口投与症例での検査値とCD比
STI571併用時,非併用時のCyAのCD比は,それぞれ
を経験したので薬物間相互作用の観点から報告する。
0.224±0.024kg/L,0.095±0.016kg/Lとなり,併用によ
Ⅱ 症例
りCD比は2.4倍上昇した。なお,STI571による治療に関
症例 1 ,CyA経口投与における併用症例
し事前に患者に説明し,同意を得た後にSTI571の投与
体重65kg,身長170cm,49歳男性患者,2002年6月Ph
(+)のALLを発症,翌年 1 月骨髄移植を実施,移植後
が開始された。
症例2,CyA静脈投与における併用症例
約60日でCyAは投与中止となり退院となった。その後,
体重66kg,身長163cm,51歳男性患者,2001年 3 月
外来通院中に急性移植片対宿主病(GVHD)が出現し,
CMLを発症し,インターフェロンα療法等行うが寛解
CyAが経口より2.0mg/kg/dayで再開された(Day0)。
に至らず,2003年 5 月には急性転化し,同年11月に臍帯
図 1 には,CyA経口投与症例に用いた薬物の投与経過,
血移植が実施された(Day 0 )。図 2 には,CyA静脈内
表 1 には再開時の検査所見を示す。本症例では,CyA
投与症例に用いた薬物の投与経過,表 1 には,移植前の
投与再開後,全血中CyA濃度を200から250ng/mLで維
検査値を示す。本症例では,骨髄移植後の急性GVHD予
持することで急性GVHDは軽快し,その際のCyAのCD
防としてCyAが用いられ,CyAは移植前日より
比は0.112±0.003kg/Lと安定した推移を示していた。し
3.0mg/kg/dayで静脈内に持続投与された。移植当初は
かし,同年 6 月に再発したALL治療のため開始した
全血中CyA濃度が300ng/mLから350ng/mLとなるよう
STI571(600mg/day)投与と同じくして,全血中CyA
2.5mg/kg/dayから3.5mg/kg/dayで投与量が調節され,
濃度に上昇を認め,Day103には353ng/mLに達し,この
この間のCyAのCLは6.56±1.06mL/min/kgで推移した
時のCyAのCD比は0.260kg/Lとなった。その後,寛解に
(Day 1 からDay39)。Day36には生着が確認されたが,
至るもALL再々発のため再度骨髄移植が予定され,
その 2 日後に施行した骨髄生検で再発を認め(Day39),
STI571投与は中止(Day120),それに伴いCyAのCD比
STI571が400mg/dayで開始(Day41), 2 日後には
は,STI571併用前と同様の値まで低下した。この間の
800mg/dayに増量された(Day43)。しかし,STI571開
TDM研究
─ ─
140
図4
CyA静脈内投与症例での検査値とCL
始,増量後も全血中CyA濃度に変動を認めず,CyAの
Ⅲ 考察
CLもSTI571併用前同様の6.13±1.09mL/min/kgで維持
された(Day43からDay92)。また,今回臍帯血移植の
CyAを経口投与した症例では,再開当初は,全血中
ため生着に36日要したこと,生着後すぐに再発が確認さ
CyA濃度,並びに,CD比は安定した推移を示していた
れたため,より全血中CyA濃度の調節が容易な持続点
が,STI571併用後,全血中CyA濃度に上昇を認め,
滴でCyA投与を継続し,本症例においてもSTI571によ
CyAのCD比は併用前の2.4倍を示した。その後,ALL
る治療に関し事前に患者に説明し,同意を得た後に
再々発に伴うSTI571投与中止によりCyAのCD比は,併
STI571の投与が開始された。
用前と同様の値まで低下した。一方,CyA静脈内投与
なお,本検討において,全血中CyA濃度は,蛍光偏
症例では,STI571併用時と非併用時のCyAのCLは,そ
光免疫法(FPIA法)を用いた(株)アボットジャパン
れぞれ6.56±1.06mL/min/kg,6.13±1.09mL/min/kgと
社のAxyemにより測定し,経口投与時の全血中CyA濃
変動を認めなかった。また,それぞれの症例での経過中,
度/投与量比(CD比),静脈内投与時のCyA全身クリア
肝機能や腎機能は安定していたが,Htには変動を認め
ランス(CL)は,次の式を用いて算出した。
た(図 3 , 4 )。HtはCyA血中薬物濃度下面積と負の相
・CD比(CyA経口投与時)
関を示すことが報告されているが8),本検討の 2 症例で
CD比(kg/L)=全血中CyA濃度/投与量
・CL(CyA静脈内投与時)
CL(mL/min/kg)=投与速度/全血中CyA濃度
はHt低下と全血中CyA濃度上昇は呼応しておらず,Ht
と全血中CyA濃度との間には同様の関係を見出すこと
はできなかったものの,静脈内投与症例では骨髄移植直
─ ─
141
Vol. 24 No. 2(2007)
後のためHtが低く維持されたため,併用時に 2 倍,非
態の変動に十分注意を払う必要があることが示唆され
併用時に1.5倍のCLの変動を生じたのではないかと推察
た。なお,今回の結果からのみでは,薬物間相互作用の
された。また,CyA体内動態は,種々の薬剤との相互
機序等について明らかにすることはできなかったことか
9)
作用による影響が報告されているが ,CyA静脈内投与
ら,今後さらに多くの症例での詳細な検討が必要である
症例では,STI571併用中に全血中CyA濃度に影響を及
と思われる。
ぼす可能性がある薬剤に変更はなかった。しかし,経口
参考文献
投与症例では,Day96からDay120までプレドニゾロン
(PDN)が,Day 0 からDay177までイトラコナゾール
1)Edwards DJ, Fitzsimmons ME, Schuetz EJ, et al. 6',7'─
Dihydroxybergamottin in grapefruit juice and Seville
(ITCZ)が併用されていた。副腎皮質ホルモンとCyA
orange juice:effects on cyclosporine disposition, ente-
との薬物間相互作用については,種々報告されているが
(全血中CyA濃度上昇9,
年,ラット
12)
,ヒト
13)
10)
,全血CyA濃度低下
rocyte CYP3A4. and P-glycoprotein. Clin Pharmacol
9, 11)
),近
における検討で,副腎皮質ホル
Ther 1999;65:237─244.
2)Lown KS, Mayo RP, Leichtman AB, et al. Role of intestinal P─glycoprotein(mdr1)in interpatient variation
モン投与により,CyAクリアランスが増加し,全血中
in the oral bioavailability of cyclosporine. Clin
CyA濃度が低下することが明らかにされている。また,
ITCZとCyAとの併用により全血中CyA濃度が上昇する
ことが報告されているものの9),ITCZが中止されたDay
Pharmacol Ther 1997;62:248─260.
3)Durr D, Stieger B, Kullak─Ublick GA, et al. St John's
Wort induces intestinal P─glycoprotein/MDR1 and
177以降もCyAのCD比に変動を認めなかったことから,
intestinal and hepatic CYP3A4. Clin Pharmacol Ther
2000;68:598─604.
本経口投与症例では,ITCZがCyAのCD比上昇に及ぼす
影響は小さいと考えられる。従って,経口投与症例では,
4)Wassmann B, Pfeifer H, Scheuring U, et al. Therapy
with imatinib mesylate(Glivec)preceding allogeneic
STI571投与開始時期と同じくして全血中CyA濃度上昇
stem cell transplantation(SCT)in relapsed or refrac-
を生じ,中止とともに低下していることから,薬物間相
tory Philadelphia-positive acute lymphoblastic
互作用の関与が強く示唆された。また,全血中CyA濃
leukemia(Ph+ALL). Leukemia 2002;16(12):
度上昇がSTI571投与開始 5 日後には認めていたことか
2358─2365.
ら,STI571併用直後より,全血中CyA濃度の変動に十
5)Bolton AE, Peng B, Hubert M, et al. Effect of
分注意を払う必要があると考えられる。なお,今回それ
rifampicin on the pharmacokinetics of imatinib mesylate(Gleevec, STI571)in healthy subjects. Cancer
ぞれ 1 症例での検討であり,CyA薬物動態に影響を及
Chemother Pharmacol 2004;53:102─106.
ぼす諸因子ついては十分な検討を行うことができなかっ
6)O'Brien SG, Meinhardt P, Bond E, et al. Effects of ima-
たものの,我々が既に報告したラットを用いた検討にお
tinib mesylate(STI571, Glivec)on the pharmacokinet-
いても同様に経口投与のみでCyAの血中薬物濃度下面
ics of simvastatin, a cytochrome p450 3A4 substrate, in
積と最高血中濃度に上昇が観察されたこと,また,半減
patients with chronic myeloid leukaemia. Br J Cancer
2003;89:1855─1859.
期には延長を伴わなかったことから14),この薬物間相互
作用は,主に消化管からの吸収過程で生じたと考えられ
7)Hamada A, Miyano H, Watanabe H, Saito H.
Interaction of imatinib mesilate with human P-glyco-
た。CyAは,肝臓や一部消化管において,CYP3A4によ
る代謝やp─gpにより輸送されることが知られており
protein. J Pharmacol Exp Ther 2003:307(2);824─
1-3)
,
828.
特に,経口投与後の薬物動態,並びに,薬物間相互作用
8)Shibata N, Hoshino N, Minouchi T, et al. Relationship
については,消化管に存在するCYP3A4に加えてp ─gp
between area under the concentration versus time
による排出過程での相互作用が重要であるとことが指摘
curve of cyclosporine A, creatinine clearance, hematocrit value, and other clinical factors in Japanese renal
2)
されている 。STI571は,これらのタンパクの働きに対
し阻害作用を有することから
transplant patients. Int J Clin Pharmacol Ther 1998;
6, 7)
,この薬物間相互作用
は,主に消化管からの吸収過程でのCYP3A4及びp ─gp
36:202─209.
9)Campana C, Regazzi MB, Buggia I, Molinaro M.
のいずれか,あるいは,両者の阻害が主な機序であるこ
Clinically
とが考えられた。しかし,今回認めたCyA経口投与後
cyclosporine, An update. Clin Pharmacokinet 1996;
drug
interactions
with
30:141─179.
の薬物相互作用にどの割合でこれらのタンパクそれぞれ
が関与しているかは不明であり,今後,より詳細な検討
significant
10)Klintmalm G, Sawe. High dose methylprednisolone
increases plasma cyclosporine levels in renal trans-
が必要であると思われる。
plant recipients. Lancet 1984;8379:731.
以上,STI571併用により全血中CyA濃度が大きく上
11)Ptachcinski RJ, Venkataramanan R, Burckart GJ, et al.
昇する可能性があり,特にCyAが経口投与されている
Cyclosporine high-dose steroid interaction in renal
症例では,適切な血中濃度を管理するためCyA薬物動
transplant recipients : assessment by HPLC.
Transplant Proc 1987;19:1728─1729.
TDM研究
─ ─
142
用. 日病薬誌 2005;41:853─855.
12)Konishi H, Sumi M, Shibata N, Minouchi K, Yamaji A.
Decrease in oral bioavailability of cyclosporine by
14)Kajita T, Higashi Y, Imamura M, et al. Effect of ima-
intravenous pulse of methylprednisolone succinate in
tinib mesylate on the disposition kinetics of
rats. J Pharm Pharmacol 2004;56:1259─1266.
cyclosporine A in rats. J Pharm Pharmacol 2006;58;
13)梶田貴司, 上田睦明, 西川 豊ら. 間質性肺炎患者における
997─1000.
シクロスポリンAと高用量ステロイド剤の薬物間相互作
─ ─
143
Vol. 24 No. 2(2007)