オマーンオフィオライトからみる海洋地殻−マントルの世界 - 新潟大学理学部

オープンキャンパス模擬講義 (2012.8.10)
オマーンオフィオライトからみる海洋地殻−マントルの世界
新潟大学理学部地質科学科 高澤栄一
1. はじめに
オマーン国はアラビア半島の東端に位置し,国境を隔てて
アラブ首長国連邦 (UAE),サウジアラビア,イエメンと接し
ています。また,オマーン湾を隔てた対岸にはイランやパキ
スタンといった国々があります。新潟大学地質科学科のオフ
ィオライト・マントル研究グループでは 1997 年以降ほぼ毎年
冬休みにオマーン北部にあるハジャール山脈の地質調査を行
っています。なぜ,オマーンの地質調査かというと,ハジャ
ール山脈は「オフィオライト」と呼ばれる約1億年前に海洋
底を作っていた岩石や地層が直接観察できるからです。今日
はオマーンオフィオライトを通して,海洋地殻−マントルの世
界を紹介します。
図1 オマーンオフィオライトの分布
2.オフィオライトとは
オフィオライト (ophiolite) とは、海洋地殻から上部マント
ルにかけての連続した層序がみられる地質体のことです。オ
マーンに限らず,オフィオライトは日本列島でも各地に分布
していますが,その大部分は強い変形・変成作用を被ってい
ます。一方,オマーンオフィオライトは世界最大規模のオフ
ィオライトで,海洋地殻―マントルの層序があまり乱される
ことなく,600 km×100 km にわたってアラビア半島東端に
露出しています (図 1)。正味の厚さが約 20 km に及び,地層
の上から下に向かって,堆積物,枕状溶岩,シート状岩脈群,
ハンレイ岩層,マントルかんらん岩が塁重しています (図 2)。
つまり,オマーンオフィオライトでは,普段は海底下にあっ
て見ることのできない海洋地殻とマントルの岩石を観察し採
取することができるのです。
図 2 オマーンオフィオライトの模式的層
序。Nicolas (1989)を簡略化。
3. 海洋地殻−マントルの構成
(1) 枕状溶岩
オマーンオフィオライトを例に,海洋地殻とマン
トルの様子を観察してみましょう。海洋地殻は 6-7km 前後の一定
の厚さをもち,その最上部は厚さがほぼ 1km の枕状溶岩や塊状
溶岩からなります。枕状溶岩は,海底に高温のマグマが噴出して
冷え固まったもので,約 50cm くらいの楕円形をしたチューブ状
の溶岩が無数に積み重なっています (図 3)。
(2) シート状岩脈群 枕状溶岩の下位には,板状の溶岩が鉛直方
向に平行に並んだシート状岩脈群があります。これは,マグマが
すでに形成した岩脈の亀裂に沿って下方から貫入することによ
図 3 枕状溶岩。
有名な Geotimes 露頭
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って板状の岩脈が次々に生じてできたものです (図 4)。
(3) 層状ハンレイ岩
シート状岩脈群よりさらに下位
には,海洋地殻の大部分を占めるハンレイ岩層が厚く積
み重なっています。とくに下部の方では白黒の縞模様が
発達した層状ハンレイ岩がみられます (図 5)。これらは
海洋地殻の生まれ故郷である中央海嶺の直下でおかゆ
状のマグマ溜まりの中でゆっくりと時間をかけて作ら
れたものです。白い層は斜長石という無色透明な鉱物が
多く,黒い層はカンラン石や単斜輝石と呼ばれるマグネ
図 4 シート状岩脈群。鉛直方向の筋が顕著
シウムや鉄を多く含む有色鉱物に富んでいます。
(4) モホ面
層状ハンレイ岩の基底にはモホ面があり
ます。モホ面はもともと地震波速度の不連続面(モホロ
ビチッチ不連続面)として地球深部に存在することが確
認されています。オマーンオフィオライトでは,モホ面
が地殻とマントルの境界に対応しています。
(5) マントルかんらん岩
モホ面の下はマントルかん
らん岩が厚く横たわっています。マントルはマグマの生
図 5 層状ハンレイ岩。黒白の縞模様が特徴的
みの親であり,中央海嶺の下で対流によってマントルが
上昇してくるときに,圧力の低下に伴い一部が溶融して
玄武岩質マグマを生じます。そのマグマが中央海嶺に向
かって上昇してくる通り道が図6の赤みを帯びた部分
で,ダナイトとよばれる岩石です。周りの灰色の部分は
ハルツバージャイトと呼ばれる岩石で,上昇してきたマ
グマと反応するとダナイトに変わります。このように,
ダナイトを調べることによって,マントルの中をマグマ
がどのように流れていたのか知ることができます。
3. オマーンオフィオライト研究から見えること
図 6 マントルかんらん岩。赤みを帯びたとこ
ろはマグマが通った跡。
オマーンオフィオライトは約1億年前に活動したネ
オテチス中央海嶺の地殻−マントル断面と考えられてい
ます。現在活動する中央海嶺では,太平洋プレートを作
っている東太平洋海膨のような高速で拡大する海嶺に
近いことが岩石の化学組成によって分かってきました。
オマーンオフィオライトの場合,生まれて 200 万年の間
に海洋底の収束が始まり,海洋プレートが海洋プレート
の上にのし上げる衝上運動が起こりました。その過程で,
現在の日本列島のような島弧—沈み込み帯に特有のマグ
マ活動も起こりました。オマーンオフィオライトは,海
嶺のマグマ活動を記録するだけでなく,中央海嶺から島
弧に変化していく過程も記録しているのです。
図 7 オマーンの首都マスカット。世界で
唯一マントルの岩石の上にあります。