論 文 - 東京農工大学

論
文
こう配ベクトルの点集中性フィルタの特性解析
軍†
魏
萩原 義裕†
清水 昭伸†
小畑 秀文†
Characteristics Analysis of Convergence Index Filters
Jun WEI† , Yoshihiro HAGIHARA† , Akinobu SHIMIZU† , and Hidefumi KOBATAKE†
あらまし 本論文は,こう配ベクトル集中性フィルタ( CI フィルタと呼ぶ)の一種である点集中性フィルタの
特性解析を行ったものである.CI フィルタは注目画素付近の領域を計算領域として,こう配ベクトルの集中度を
出力とするものである.集中度はこう配ベクトルの向きだけに依存するために,画像中のコントラストの強弱に
影響されず,円形凸領域を強調することができる.本研究では,3 種類のフィルタの数学的特性解析を行い,出
力特性を明らかにする.シミュレーション実験及び胸部 X 線像から肺がん陰影候補の抽出実験により,これらの
フィルタの特性を実証し ,有効性を確認した.
キーワード
こう配ベクトル,点集中性フィルタ,円形凸領域,医用画像処理,がん陰影
球状であり,等濃度線(あるいは等高線)が同心円状
1. ま え が き
になったもので表すことができる.以下ではこのよう
画像中にある特定の形をした領域を抽出する問題は
な領域を円形凸領域と呼ぶ.X 線画像上ではこの円形
画像処理の中で 重要な位置を占めている.微分オペ
凸領域に類似した陰影が他の臓器と重なって映像化さ
レータを適用して輪郭を抽出し,目的とする形の領域
れている.
であるか否かを判断する方法には数多くの手法が提案
円形凸領域を抽出する方法にはいくつかの従来研究,
されている [1],[2].また認識対象を単純化してモデル
例えば Min-ΦDD フィルタ [6],指向性コントラスト
とし ,それと観測されたパターンとの整合の度合を図
フィルタ DCF-N[7],ハフ変換をベースとした抽出法
るテンプレートマッチングや構造マッチングをベース
にする手法 [3],[4] も古典的で代表的な方法といってよ
[8],[9],モフォロジーに基づく Q フィルタ [10],テン
プレートマッチングによる方法 [11],がんの領域を強
い.しかし ,形状は一定であっても大きさが不定とい
調した画像とそれを抑制した画像を利用する差分画像
うことになると問題は簡単でない.しかも対象パター
法 [12] など がある.これらの手法は抽出対象のサイ
ンと背景との間のコントラストが非常に弱くなったり,
ズが変動するにもかかわらず固定サイズのフィルタを
かつそれが複雑な背景の中に存在している場合には問
基本型としている.抽出用フィルタは目的対象のサイ
題はいっそう複雑となる.このような問題が特に重要
ズの変動に対応しなければならない.これを解決する
性をもつ領域が医用画像処理の分野である.
方法として,多数サイズのフィルタを利用し ,多数の
近年,計算機支援診断の重要性が増大し,X 線像や
CT 像の中からがんの領域など の異常陰影を抽出する
フィルタ出力を分析する方法 [13],ファジーピラミッ
ド による方法 [14],Wavelet 変換をベースにするマル
手法の開発が盛んである [5].がんの陰影は類円形と
チスケールを利用する方法 [15] が 提案された.しか
され,おおむね丸味を帯びた輪郭をもつ.かつ,画像
し ,これらのすべての方法は目的領域と背景との十分
上では周囲に比べて画素値が大きな領域として観測さ
な濃淡差を基本的なよりど ころとしている.したがっ
れる.これを理想的な形状モデルで置き換えると,半
て,背景とのコントラストが非常に弱い場合には十分
に機能しない.
†
東京農工大学大学院生物システム応用科学研究科,小金井市
Graduate School of Bio-Applications and Systems Engineering, Tokyo University of Agriculture & Technology, 2–24–16
Nakamachi, Koganei-shi, 184–8588 Japan
電子情報通信学会論文誌 D–II
これらの課題の解決を目的に提案されたフィルタに
こ う配ベクトルの方向を利用するア イリスフィルタ
[16],[17] 及び適応リングフィルタ [18] がある.これら
Vol. J84–D–II No. 7 pp. 1289–1298 2001 年 7 月
1289
電子情報通信学会論文誌 2001/7 Vol. J84–D–II No. 7
ci =
1
ni
ni1
f (θij )
(2)
j=ni0
として定義される.半直線に並ぶ画素は注目点から順
に 1,2,3,…と順番を付けるものとし ,ni0 と ni1 は式
(2) において実際に集中度を計算する画素の最初と最
後の順位である.また,ni = ni1 − ni0 + 1 である.
関数 f はこう配ベクトルの注目点への集中度を与える
もので,一般論としては角度 θ の絶対値の単調減小関
数が合理的であるが,本論文では余弦関数 (cos) を用
いることにする.また各半直線の長さは l とし ,フィ
ルタの出力を計算する範囲( 以下ではこれをサポート
図 1 点集中度フィルタ
Fig. 1 Point convergence index filter.
領域と呼ぶ )の上限を与えるものとする.
2. 2 3 種類のフィルタ
式 (2) の ni の決定方法から以下の 3 種類のフィル
のフィルタはこう配ベクトルの向きだけに着目し ,注
タを導出することができる.
集中しているかを評価するもので,ここでは点集中度
( 1 ) Coin フィルタ
Coin フィル タ( Convergence Index filter )は
フィルタと呼ぶことにする.これらは,フィルタのサ
図 2 (a) に示すよ うに ni0 = 1, ni1 = l であり,固
イズがダ イナミックに変動することによって対象とな
定的なサポート領域をもつ.
目点に対し て近傍領域のこ う配ベクトルがど の程度
本論文では点集中度フィルタをより有効に利用する
( 2 ) Iris フィルタ
Iris フィルタ( 図 2 (b) に示す )はサポート 領域が
ために,その理論的特性解析を行う.同時に,その有
適応的に変化するフィルタである.各半直線上の集中
効性をシミュレーションと実際の医用画像を用いた詳
度を,ni0 = 1 とすると,式 (2) から得られる ci は
ni1 の関数となる.アイリスフィルタではその中の最
る円形凸領域の大きさの変動にも対応できる.
細な実験により示す.
大値を採用する.すなわち,
2. 点集中性フィルタ
ci0 =
一般的な点集中性フィルタの定義 [19] とそれから得
ci
(3)
ここで,n0 は半直線上にある注目点からの最小順位
られる具体的なフィルタについて示す.
2. 1 定
max
n0 ≤ni1 ≤l
を示し ,目的に応じてその値を決定する.
義
点集中性フィルタは注目画素の近傍領域におけるこ
( 3 ) 適応リングフィルタ
う配ベクトルの集中性を評価するものである.図 1 に
円形凸領域においては,その中心部分ではこう配が
示すように,注目点 P の座標を (x, y),そこから放射
小さいため,ノイズやその他の影響によりベクトル場が
線状に伸びる N 本の半直線を R0 , R1 , …, RN−1 とす
乱れて集中度が小さくなるケースがある.図 2 (c) に示
る.点集中性フィルタの出力 C(x, y) は各半直線上の
すような適応リングフィルタ( Adaptive Ring Filter )
集中度 ci ,i = 0, 1, …, N − 1 の平均値として次式で
はこのようなケースにも利用できる性質をもつ.フィ
得られる.
1
C(x, y) =
N
N−1
ci
(1)
ルタの出力は式 (4) で定義される.
C(x, y) =
max
0≤r≤l−d
1
N
N−1
ci
(4)
i=0
i=0
ここで,
集中度 ci は,図 1 に示すように,半直線 Ri 上の点
Qj におけるこう配ベクトルと Ri とのなす角度を θij
とするとき,
1290
ci =
1
d
R
cos θj
j=r+1
(5)
論文/こう配ベクトルの点集中性フィルタの特性解析
(a)
(b)
Fig. 2
(c)
図 2 フィルタサポート領域
The region of support of the filters.
(a)
(b)
図3 注目領域
Fig. 3 Region of interest.
である.ここで,r と R はそれぞれ内円と外円の半径
ここで,ci と ci はそれぞれ半直線 i と i 上にあるこ
であり,d はリングの幅で,R = r + d の関係がある.
う配ベクトル集中度である.
3. 1 円形凸領域
3. フィルタの特性解析
図 3 (a) に示すように,中心 O,辺縁の半径 Γ の円
前述のフィルタの中で,Iris フィルタの理論的な特
性解析は既になされているが,その他のフィルタにつ
いては定性的な性質の一部についてのみ既報である.
本論文ではこれらについて代表的なパターンに対する
形凸領域を考える.注目点を P とし,それが円形凸領
域内部にある場合を考える.
( 1 ) Coin フィルタ
まず,フィルタの半径 l ≥ 2Γ の場合を考える.半
直線 i と i が円形凸領域の辺縁と交わる.それらの
理論的な検討を行う.
フィルタのサポート領域を構成する半直線の数は偶
交点をそれぞれ,A と B とする.注目点 P の O から
数とし ,注目点 P を中心に等角度に配置する.した
AB へ下ろした垂線の足 H に対する対称点を P とす
がって,注目点から伸び る i 番目の半直線に対して,
る.対称性を考慮すると,PP 間の集中度は 0 である.
それと対称な半直線 i が存在する.半直線が N 本あ
このとき,半直線 i 上の集中度は P A 間の点 Q にお
るとき,集中度の出力は次式で示される.
ける集中度の積分を用いて次式で与えられる.
1
C=
N
N
2
A
−1
(ci + ci )
i=0
(6)
ci =
p
cos( PQO) dx
l
(7)
この式を中心 O より注目点 P までの距離 δ の関数で
1291
電子情報通信学会論文誌 2001/7 Vol. J84–D–II No. 7
表示すれば ,次式のようになる.
√
ci =
=
Γ2 −δ 2 cos2 ϕi
δ sin ϕi
√
x
x2 +δ 2 cos2 ϕi
dx
(8)
l
Γ−δ
l
(9)
ここで,ϕi は半直線 i の水平線に対する傾きの角度
であり,ϕi =
2πi
N
である.
同様な計算により,対称である半直線 i の集中度も
得られる.
ci =
Γ−δ
l
(10)
図 4 円形凸領域における Coin フィルタの出力
Fig. 4 Output of coin filter for a rounded convex
region.
これらの値を用いると Coin フィルタの出力は式 (11)
のようになる.
C(l) =
Γ−δ
l
(11)
フィルタの出力は注目画素から円形凸領域の中心まで
の距離 δ のみに依存し ,P ≡ O のとき
上のとき 0,となり,この他は [0,
Γ
]
l
Γ
,P
l
が辺縁
の範囲で l に比
例して減少する.
フィルタ半径 l ≤ Γ の場合には任意の注目点位置
の場合を論じ るのは簡単ではない.ここでは代表的
なケースとし て ,注目点 P が 円心 O の近傍にあ る
(δ sin ϕi ≤ l) ときについて論じる.このとき,各半直
線の集中度は次式で与えられる.
Fig. 5
ci =
l2 + δ 2 − 2δl sin ϕi − δ
l
(12)
ci =
l2 + δ 2 cos2 ϕi − δ
l
(13)
円形凸領域の中心点における集中度はフィルタのサ
注目点 P が中心 O に位置するとき (δ = 0),フィルタ
の出力は最大値 1 をとる.注目点が凸領域の辺縁に近
づくほど ,出力は小さくなり,辺縁付近の出力は負に
なる.
Γ < l < 2Γ のとき,Coin フィルタは両者の中間的
な出力を得る.
数値計算で得られるフィルタの出力応答を図 4 に示
す.一般的には,フィルタ出力は δ に関して単調減少
である.また,P ≡ O のときに最大値をとることは
変わらないが ,その値は l ≤ Γ であれば 1.0 となり,
l > Γ のとき l に関して単調に減少する.辺縁におけ
る値は l と関係し,l ≥ 2Γ であれば 0 となり,l < 2Γ
イズと関係なく,一定の出力 1 になる.しかし,注目
画素 P が辺縁にある (δ = Γ) とき,フィルタの最大半
径 l の大きさによりフィルタ出力は変動する.l ≥ 2Γ
のとき,フィルタの出力は
くなるにつれ,この出力は
1292
1
π
1
π
になる.また,l は小さ
より小さな値になり,δ
に対して非線型的に変化する [16].しかし ,Iris フィ
ルタの出力は Coin フィルタのと異なり,辺縁におい
て背景との間にステップ状の変化が生まれ,領域抽出
に適した特性となる.
( 3 ) 適応リングフィルタ
図 5 に示すように,適応リングフィルタの内円と外
円が円形凸領域の内部におさまる場合を考える.注目
点に対する半直線 i 上の集中度は
D
であれば負となる.
( 2 ) Iris フィルタ
図 5 適応リングフィルタと円形凸領域
Adaptive ring filter and rounded convex
region.
ci =
C
√
x
x2 +δ 2 cos2 ϕi
R
dx
論文/こう配ベクトルの点集中性フィルタの特性解析
図 6 円形凸領域における適応リングフィルタの出力
Fig. 6 Output of adaptive ring filter for a rounded
convex region.
x2 + δ 2 cos2 ϕi
=
=
|R−δ sin ϕi |
図 7 適応リングフィルタの最大半径出力
Output of maximum radius of adaptive ring
filter.
Fig. 7
|r−δ sin ϕi |
d
R2 +δ 2 −2Rδ sin ϕi − r 2 +δ 2 −2rδ sin ϕi
d
(14)
のようになる.ここで,C と D はそれぞれ半直線と
内,外円との交差点である.式 (14) より,フィルタパ
ラメータ R と r が与えられれば ,注目点に対する集
中度は注目点と円形凸領域の中心との距離 δ だけの関
数となることがわかる.
式 (14) は,C と D が円形凸領域の中にある場合に
成立するものであるが ,注目点が中心 O から離れる
ほど ,リングの一部が円形凸領域の外側に出てしまう
ケースが多くなる.その結果,ci の値は急激に減少す
る.適応リングフィルタの実際の出力は注目点の位置
により複雑な変化をする ci の値を用い,式 (4) の最
大値として与えられるため,理論的な取扱いは簡単で
はない.しかし,定性的には次のように考えればよい.
円形凸領域の中心付近では Iris フィルタよりも大きな
値となり,逆に辺縁近くでは Iris フィルタよりも急激
に応答出力が低下する.その応答出力には変曲点が存
在する.変曲点の位置はパラメータ d と関係し,d の
増大により中心 O に近づく.数値計算で得られたフィ
ルタの出力応答を図 6 に示す.
注目点の位置とフィルタ出力を決定するサポート領
域の外周円の半径との関係について示そう.注目点が
中心にあるとき,サポート半径は円形凸領域の半径と
同じになる.注目点が中心から変曲点までの間にある
とき,サポート半径はだんだん小さくなる.逆に,変
曲点から辺縁までの間にあるとき,サポート 半径は
次第に増加し ,辺縁上で最大値になる.幅をもたない
リングフィルタの場合について,円形凸領域内におけ
る注目点の位置とそこでのフィルタ出力を決定するサ
ポート領域の外周円の半径との関係を図 7 に示す.
以上の論議は,フィルタの最大サポート領域( 半径
l )が円形凸領域(半径 Γ )より大きいことを仮定して
いるが,そうでない場合,注目点が中心付近にあれば ,
出力はほとんど 変わらないが,辺縁付近では,出力は
更に小さな値となる.
3. 2 かまぼこ形領域
かまぼこ形領域はある程度の幅をもち,シリンダを
縦半分に分割した形に盛り上がった細長い領域である.
X 線像において血管などはかまぼこ形領域として近似
できる.ここでは,提案するフィルタのかまぼこ形領
域に対する出力特性を解析する.
図 3 (b) に示すように,かまぼこ形領域の中心線を
軸として注目点と軸の距離を x とする.かまぼこ形
領域の幅はフィルタの半径より十分に狭いと仮定する.
対称位置にある半直線 i 及び i とそのエッジとの交差
点をそれぞれ,A,B とする(ここでは対象領域の幅
がフィルタサイズに比べて十分に狭く,各半直線と対
象領域のエッジとの交点が存在するものと仮定してい
る)
.また,AB と中心軸との交差点を O とする.P
は O を中心とする注目点 P の対称点である.対称性
を考慮すれば,PP 間の集中度は 0 である.
( 1 ) Coin フィルタ
半直線 i 上の集中度は PA 間のみが寄与する.その
値は式 (15) のようになる.
ci =
1
l
A
cos ϕi dx =
P
r−δ
l
(15)
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電子情報通信学会論文誌 2001/7 Vol. J84–D–II No. 7
ここで,ϕi は半直線 i の水平線に対する傾きの角度
で,r は中心軸からエッジまでの距離である.半直線
i 上の出力は式 (16) のようになる.
ci =
ミュレーション実験を行った.
( 1 ) 円形凸領域の場合
図 8 (a) に実験に用いた円形凸領域の一例を示す.
円形凸領域の半径は 64 画素とした.領域の中央部分
r−δ
l
(16)
の断面の画素値のプロファイルを図 8 (b) に示す.領
これらの値を用いると Coin フィルタ出力は式 (17) の
域の中心から距離 r だけ離れた点の値は式 (20) のよ
ようになる.
うなガウス分布とした [20].
C(x) =
r−δ
l
(17)
r
l
r
P (r) = a + b ∗ 2−( R )
2
(20)
の間で
ここで,a, b は定数であり,R は円形凸領域の半径の
線形的に減少する.出力レベルは円形凸領域の場合と
0.5 倍である.また,円形凸領域外部画素の輝度値は
100 とした.提案する三つのフィルタのパラメータは
ともに l = 128 とし ,適応リングフィルタのリング幅
d は 20 とした.
フィルタの出力曲線は図 8 (c),(d),(e) のようにな
フィルタの出力は距離 x のみに依存し, 0,
同様である.
( 2 ) Iris フィルタ
1
,
π
フィルタ出力は
2
π
の間で −x に比例する.出
力レベルを円形凸領域の場合と比較すると,最大でも
2
,すなわち
π
り,三つのフィルタとも円形凸領域に対して強調でき
63%以下となる.
( 3 ) 適応リングフィルタ
た.ただし,フィルタごとの強調の程度が違い,円形
注目画素 P が中心軸の付近に位置し ,中心軸と内
凸領域の中心における Iris,適応リングフィルタの出
円が交叉する状況を考える.フィルタのリング幅 d は
力は 1 であるのに対して,Coin フィルタの出力は半
十分に小さいと仮定する.そのとき,フィルタサポー
減の 0.5 になった.また,辺縁部分における Iris フィ
ト領域は完全にかまぼこ形領域に囲まれる.注目画素
ルタはステップ 状の出力特性であるのに対し ,Coin,
P に対する半直線 i とその対称半直線 i 上の集中度
適応リングフィルタの出力は注目する円形凸領域と背
景との境界部分にめいりょうな境界線は見られないこ
は式 (18) のようになる.
ci = ci = cos ϕi
(18)
適応リングフィルタの出力は次式で与えられる.
2
C(x)=
N
N
2
( 2 ) 大きさが異なる円形凸領域に適用する場合
図 9 (a) に示す円形凸領域は図 8 と同じガウス分布で
あるが,円形凸領域の半径は 32 画素である.図 9 (b),
−1
(c),(d) にそれぞれ Coin,Iris,適応リングフィルタ
ci
の出力のプロファイルを示す.円形凸領域の大きさに
i=0
2
2π
2π
+ … + cos π −
cos 0 + cos
N
N
N
2π
sin N
2
= ·
(19)
N 1 − cos 2π
N
=
ここに,N
とが確認できる.
が十分に大きいとき, π2
となる.つまり,
中心軸付近の出力はほとんど 同じになり,その値は円
比べて,Coin フィルタのサポート領域が大きいため,
その出力は更に半減し,0.25 となった.一方,Iris,適
応リングフィルタの出力は大きさの異なる円形凸領域
に対しても適応性をもつことから,半径に依存しない
出力特性が得られた.
( 3 ) 平たん化の影響
形凸領域の場合と比較すると,約 63%にしかならない
円形凸領域の中心部分の等高線が同心円状から大き
ことは Iris フィルタと同じである.注目点が中心軸か
く外れた場合について検討する.ベクトル場が不規則
ら離れるに従って,リングの一部がかまぼこ領域の外
に乱れ,平均的にはベクトルの集中度が 0 になるケー
に出てし まうので,出力が単調に減少するが,常に 0
スに対応している.図 10 (a) に示す三つの領域は図 8
より大きい値をとる.
に示す円形凸領域に対し ,中心から半径それぞれ 8,
4. 実
験
16,32 画素の円内の輝度値を一定としたものである.
図 10 (b),(c),(d) は各フィルタの出力のプロファイ
4. 1 シミュレーション
ルを示す.平たん部分が増加するに従って,そこでの
フィルタの 基本特性を検証するために ,四つのシ
Coin,Iris フィルタの出力は次第に減少するのに対し,
1294
論文/こう配ベクトルの点集中性フィルタの特性解析
(a) An original image
(c) Line profile of coin filter output
(b) Line profile of the original image
(d) Line profile of Iris filter output
(e) Line profile of adaptive ring filter output
図 8 シミュレーション 1
Fig. 8 Simulation experiment 1.
(a) An original image
(b) Output of coin filter
(c) Output of Iris filter
(d) Output of adaptive ring filter
図 9 シミュレーション 2
Fig. 9 Simulation experiment 2.
(a) An original image
(b) Output of coin filter
(c) Output of Iris filter
(d) Output of adaptive ring filter
図 10 シミュレーション 3
Fig. 10 Simulation experiment 3.
適応リングフィルタの出力は影響を受けないことがわ
がある.それは左下葉に存在し ,肋骨と重なり合った
かる.
腺がんであり,腫瘤の大きさは約 20 mm である.原
4. 2 胸部 X 線像による実験
画像から腫瘤とその近傍領域とのコントラストは非常
ここでは実際の胸部 X 線像を用いて点集中度フィ
に弱いことが図 11 (a) より確認できる.中心部のフィ
ルタの肺がん陰影に対する出力特性を検証する.実
ルタ出力の減衰を防ぐ ために ,Coin フィルタの半径
験で用いた画像デ ータは 日本放射線学会発行の胸部
は 10 mm にした.Iris フィルタの最大半径は 20 mm
X 線像デ ータベースから選んだものであり,空間解
に,また,適応リングフィルタの最大半径 20 mm,リ
像度 0.175 mm/pixel,濃淡階調数 4096( 12 bits )
,画
ング幅 4 mm にした.Coin,Iris,適応リングフィル
像サ イズ 2048 × 2048 である [18].原画像の一例を
タの出力をそれぞれ図 11 (b),(c),(d) に示す.実験
図 11 (a) に示す.この原画像の中には一つの悪性腫瘤
の結果から三つのフィルタとも十分に腫瘤陰影を強調
1295
電子情報通信学会論文誌 2001/7 Vol. J84–D–II No. 7
(a) Original image
Fig. 12
(b) Output of coin filter
図 12 FROC 曲線
Free receiver operating characteristic.
フィルタは最大半径 80 mm,リング幅 4 mm にした.
図 12 に 3 手法による実験結果の FROC 曲線を示
す.また,FROC 曲線の面積占有率と腫瘤サイズと
の関係図を図 13 に示す.Iris フィルタと適応リング
フィルタは Coin フィルタと比べ,すべての大きさに
おいて良好な結果となった.固定フィルタである Coin
フィルタはサイズの変動範囲が非常に広いデータセッ
(c) Output of iris filter
トに対応できない欠点が現れている.一方,Iris フィ
ルタ,適応リングフィルタはダ イナミックにサイズの
変動に対応でき,この特性が効果的な作用を果たした.
適応リングフィルタの出力は半径 40 mm 以外のすべ
てのケースで Iris より良好な結果が得られた.また,
候補領域の出力値の順位は,Iris フィルタに比べ,適
応リングフィルタの方がより上位の方向に集中した結
果となった.これらにより,適応リングフィルタは中
(d) Output of adaptive ring filter
図 11 胸部 X 線像に対するフィルタ出力実験
Fig. 11 Experiment using chest X-ray image.
する作用を果たしたことはわかる.
心部分の脱落しているケースやノイズのあるケースな
ど Iris フィルタでは対応しきれないケースにも適用可
能であることが示唆される.
5. む
す び
70 枚の同仕様の胸部 X 線正面像を用いて,腫瘤陰
影候補の抽出実験を行い,FROC 曲線を作成した.今
回使用する全データの中にそれぞれ 1 箇所ずつの悪性
円形凸領域の検出のための 3 種類の点集中度フィル
タの特性解析を行い,それぞれのフィルタの振舞いを
定量的に示した.三つのフィルタの出力応答をシミュ
腫瘤陰影を含み,腫瘤サイズは 5 mm から 50 mm ま
レーションを通じて比較した結果,点集中度フィルタ
でであり,そのサイズの範囲が非常に広いデータセッ
の出力は背景とのコントラストの強弱に影響されない
トである.Coin フィルタサイズが注目領域サイズより
ことが確認された.胸部 X 線像を用いた肺がん陰影候
大きいとき,中心部における出力が大幅に低下するこ
補抽出の実験結果により,適応リングフィルタが最も
とは前章で証明した.そこで,全腫瘤サイズに対応す
がん陰影抽出に適することを確認した.その理由は,
るために,Coin フィルタの半径は 5 mm とした.Iris
がん陰影のサイズが広い範囲に分布し ており,かつ,
フィルタの最大半径は 80 mm に,また,適応リング
陰影の中心部分の濃度分布が不規則になっているケー
1296
論文/こう配ベクトルの点集中性フィルタの特性解析
pp.361–266, Elsevier, The Netherlands, 1996.
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磯部義郎,大久保なつみ,山本真司,鳥脇純一郎,小畑秀文,
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線陰影抽出への応用,
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図 13 FROC 曲線の面積占有率と注目領域サイズの関
係図
Fig. 13 Relationship of performance and size of
rounded convex regions.
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D. Brzakovic and M. Neskovic, “Mammogram screening using multiresolution-based image segmenta-
スがあり,これらの処理に適応リングフィルタが適し
tion,” State of the Art in Digital Mammographic
た構造をもっているためと考えられる.がん検診シス
Image Analysis, vol.9, pp.103–127, World Scientific,
New York, 1994.
テムへの本手法の適用などが今後の課題である.
本研究を進める上で,有益な御意見を頂いた
晃,佐藤嘉伸,木戸尚治,田村進一,“胸部 X 線
画像における肺腫瘤陰影の検出:多重解像度フィルタ,エ
” Medical Imaging
ネルギー差分画像の利用と性能分析,
[14]
謝辞
澤田
[15]
L. Li, W. Qian, and L.P. Clarke, “Digital mammography: Computer-assisted diagnosis method for
小畑研究室の方々に感謝致します.また,本研究の一
mass detection with multiorientation and multires-
部は厚生省がん研究助成金の援助による.
olution wavelet transforms,” Acad. Radiol., vol.11,
文
[1]
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献
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電子情報通信学会論文誌 2001/7 Vol. J84–D–II No. 7
魏
軍
1993 中国東北電力学院電力工程部電力
システム及び その自動化専攻卒.1997 東
京農工大大学院生物システム応用科学研究
科博士前期課程了.現在,同大大学院博士
後期課程在学中.パターン認識,医用画像
など の研究に従事.
萩原
義裕 ( 正員)
1988 東京農工大・工卒.1990 同大大学
院修士課程了.1996 同大学院博士後期了.
博士( 工学,東京農工大学)
.1993∼ 1997
(株)日立製作所システム開発研究所.1997
東京農工大学工学部電子情報工学科助手,
現在に至る.神経回路網,パターン 認識,
医用画像,リモートセンシングの研究に従事.
清水
昭伸 ( 正員)
1989 名大・工・電気卒.1994 同大大学
院博士課程了(工博)
.同年同大助手.1998
より東京農工大学生物システム応用科学研
究科助教授.画像処理に関する研究に従事.
日本医用画像工学会,日本エム・イ一学会,
及びコンピュータ支援画像診断学会各会員.
小畑
秀文 ( 正員)
1967 東大・工・計数卒.1972 同大大学
院博士了( 工博)
.同年東京大学宇宙航空
研究所助手.1975 東京農工大学工学部電
子工学科助教授.1986 同教授.1995 同大
大学院生物システム応用科学研究科教授,
現在に至る.この間,ディジタル信号処理,
画像処理やその応用研究に従事.IEEE ,日本音響学会,計測
自動制御学会等各会員.
1298