IPCC第40回総会(IPCC-40)出席報告 - IPCC WG1国内支援事務局

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第 40 回総会 出席報告
一般財団法人 電力中央研究所 環境科学研究所
副研究参事 筒井純一
はじめに
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2014 年 10 月 27 日(月)から 11 月 1 日(土)にかけて、デンマーク・コペンハーゲンで気候
変動に関する政府間パネル(IPCC)第 40 回総会が行われた(写真 1)
。議題の中心は、IPCC 第
5 次評価報告書(AR5)の最後となる統合評価報告書(SYR)の採択、ならびにその政策決定者
向け要約(SPM)の承認であり、会期の大半はその審議に費やされた。SYR の採択・承認を受
けて、翌 11 月 2 日(日)に同じ会場で、国連事務総長の同席のもとでプレスリリースが行われ、
同時刻に日本でも報道発表が行われた。
筆者は文部科学省の要請で日本政府団の一員として総会に参加し、気候科学の観点での SYR
ドラフトの確認、修正等を求める箇所の特定と修正案の準備(必要に応じて協議)、報道発表資
料作成への助言などを行った(写真 2)
。また、プレスリリースを傍聴し、並行して準備が進めら
れていた、文部科学省における SYR に関する幹部説明資料についての助言も行った。以下、概
要と主な対応や争点を説明し、所感を述べる(略称一覧を末尾に掲載)
。
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報告内容
2.1
概要
出張期間:2014 年 10 月 26 日(日)— 11 月 3 日(月)
場所:チボリ コングレスセンター(コペンハーゲン中央駅から徒歩で 15 分程度)
出席者:各国政府代表、主要著者、IPCC 事務局、関連機関参加者など約 600 名
日本政府団は環境省、経済産業省、文部科学省、気象庁、および林野庁の各担当者とその関係者
17 名
写真 1 本会議場での開会の様子
写真 2 本会議前の文科省担当者(左)
との打ち合わせ
ENB(Earth Negotiations Bulletin)と呼ばれる会議レポートを作成するスタッフによる撮影。
第 40 回総会の ENB レポートは多数の写真とともに次の URL で公開。
http://www.iisd.ca/climate/ipcc40/
1
AR5 の SYR は、イントロと四つのトピックで構成された 30 ページ程度の SPM と、同じ構成
で 100 ページ程度詳述された長編部からなる。SPM の各トピックには、ヘッドラインと呼ばれ
る主要知見を目立つように配置した文が複数含まれる。承認にかけられたドラフトは、最終ドラ
フトの段階から、2014 年 8–9 月の政府レビューを経て改訂されたもので、会期中に専用の文書
サーバから配布された。筆者は、気候科学の観点からその内容を確認し、最終ドラフトに対する
日本政府の意見が反映されているかどうか、関係者(主に WG1 を担当する文部科学省や気象庁
の担当者)と随時協議し、必要に応じて著者にも確認を求めた。
本会議場でのドラフトの審議は、SPM の文章、SPM の図表、長編部の順で、構成単位毎に進
められた。SPM については、文章(脚注、図表の説明含む)は一文ずつ、図表は一つずつ精査
しながらの承認となる。一つの構成単位で SPM の承認が終わると、対応する長編部の内容を全
体的に確認する手続きに入る。その際、SPM の修正との整合性は事前に反映される。
各国代表から質問や意見などが出されると、担当作業部会の共同議長や著者が対応し、修正案
などが説明される。合意が得られない場合は、関係者が集まって協議するコンタクトグループ
(CG)が設置され、問題箇所を残して審議が進められる。CG で合意が得られると、本会議場で
その結果が説明され、承認手続きとなる。CG による協議は、状況に応じて、本会議場の後方、
ロビー、別室で行われた。別室での協議は、合意が難航するような案件に当てられ、協議は 5 日
間にわたるものもあった。また、本会議場での審議を経ずに、最初から別室で協議される箇所も
あった。
SYR の内容は既発表の各作業部会による評価報告書に基づくが、記述内容のバランスや表現を
巡ってしばしば対立し、承認は滞りがちであった。本会議場のセッションは 10:00–13:00 と
15:00–18:00 が原則のようであるが、レセプションが行われた初日を除き、一部の CG の協議も
含め、連日深夜に及んだ。最終日(予定では 5 日目の 10 月 31 日)は、ほぼ夜を徹しての作業と
なり、全ての承認を終えて総会が終了したのは 11 月 1 日 16 時頃であった。この間、一部の CG
の結果を待つ時間帯があり、他の議案の審議を先に進める展開となった。
日本政府団では、本会議場の審議や CG の対応と並行して、日本語の報道発表資料を作成する
作業も進められた。報道発表は、11 月 3 日午前 11 時(日本時間)の IPCC によるプレスリリー
スと同時刻に行われる手筈となっており、発表資料に含めるヘッドラインの文章や主要な図表に
ついて、承認が済んで確定したものから和訳する作業が行われた。筆者は和訳の原案を全体的に
確認し、より適切な代案を示すなどの助言を行った。
2.2
文部科学省意見の反映
SYR 最終ドラフトに対して文部科学省から提出されたコメントのうち、特に重要と思われる表
2.2 と Article 2 ボックスの事案について内容と対応状況を述べる。
2.2.1
表 2.2
承認された表 2.2 の内容を本報告の表 1 として示す。この表には、世界平均気温の変化を所定
のレベル以下とするための累積 CO2 排出量の数値が掲載されている。気温と累積 CO2 排出量の
関係は AR5 全体を通して最も重要な知見であり、その中心となるのがこの表である。数値は、
第一作業部会(WGI)の詳細な気候モデルによる RCP シナリオ計算の評価と、第三作業部会
2
表1
SYR 長編部の承認された表 2.2(説明文と注釈は省略)
(WGIII)の多数のシナリオに対し、簡易気候モデルで確率論的に評価されたものが併記されて
いる。気温レベルが 1.5℃、2℃、3℃の 3 通り、その気温レベル以下となる確率が 66%、50%、
33%の 3 通り設定され、各条件での累積 CO2 排出量が 1870 年以降と 2011 年以降に分けて示さ
れている。また、2011 年時点の化石燃料の確認埋蔵量(reserves)と未発見資源量(resources)
も示されている。
WGI と WGIII の手法は異なるが、それぞれの気候モデルは、気温応答のばらつき具合が同程
度となるよう調整されており(WGIII 評価報告書の表 SPM.1 の注釈 6–8)
、両者の気候計算は概
ね整合的と考えられる。WGIII の数値が幅で示されるのは、CO2 以外の強制力についても多数の
シナリオが含まれることによる。
懸念されたのは、WGIII の手法による一部の数値の偏りであり、その典型例が 66%確率で 3℃
以下となる場合の数値(後述のように最終的に削除)である。2℃に注目が集まるとはいえ、特
定の政策を推奨しない原則から 3℃も重要であることに変わりはない。ドラフトには 1870 年以
対応する WGI の数値は 4200 GtCO2 であり、
降の累積値が 2850–3850 GtCO2 と記載されていた。
WGIII の方はこれを大きく下回る。
気温と累積 CO2 排出量の関係は、他の図 SPM.5(b)などから、
両手法の情報が整合することを確認できるため、当該箇所については評価手法に問題のあること
が示唆される。WGIII の数値が小さい方に偏っていることは、表 2.2 につけられた注釈 d の内容
(WGIII の数値が僅かに大きいことを理由とともに説明)とも矛盾する。
問題の原因は、WGIII で評価されたシナリオ(ベースラインも含めて 1200 程度)のうち、2100
年に 3℃程度になるものが相対的に少ないことに起因するようである。このため、特に 66%確率
で 3℃以下となる条件では、累積排出量がより少ないシナリオに偏って評価されると考えられる。
表 2.2 は長編部のみに含まれる(詳細に審議されない)ため、技術的な問題であることも考慮し
て、執筆に関わった著者に直接懸念を伝えた。幸い、表 2.2 を担当したオランダの Detlef van
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Vuuren とベルギーの Joeri Rogelj とは面識があった。
van Vuuren とは第 39 回総会で WGIII
表 SPM.1 の注釈について議論した経緯もある。この結果、彼らの判断により、問題の数値
は適用不可(not applicable)を意味する「n.a.」に修正され、その理由が注釈 e に記載され
た。
なお、表 2.2 については、SPM にも含めるべきという意見が出されるなど、本会議場でも
関心が寄せられていた。SPM のドラフトでは、66%確率で 2℃以下となる場合の数値のみ記
載されていたが、その扱いや文章表現について日本を含む多数の国から懸念が表明された。
議論の結果、表現が注意深く修正され、2℃の場合の 50%と 33%の確率を示す脚注と、その
他は表 2.2 参照と明示する記載が追加された。
2.2.2 Article 2 ボックス
Article 2 は、気候変動枠組条約(UNFCCC)の第二条のことである。この条文には、条約の
目的「気候系に対する人為の介入が危険にならないレベルに、大気中の GHG 濃度を安定化する
こと」
、およびその危険なレベルの条件「生態系が自ら適応でき、食糧生産が脅かされないで、
持続ある形での経済発展が可能となるような時間の枠内で達成されること」が述べられている。
SYR のマンデートには、Article 2 に関連する AR5 の知見をまとめることが含まれていたよう
で、ドラフトではその知見が、SPM と長編部のそれぞれに、本文から独立したボックスという
形で記載されていた。SPM のボックスは 10 行程度の導入的な内容であったが、長編部のボック
スでは、政治的中立という立場を明記した上で、条約の文言を引用しながら、関連する AR5 の
知見が 3 ページにわたって述べられていた。この内容は、2015 年の COP21 に向けて交渉が進む
2020 年以降の排出削減の枠組みに関係する。当然のことながら各国政府の関心が高く、Article 2
ボックスは最初から CG で協議されることになった。
この CG には 40 人程度の政府代表者が集まり、
4 日目の午後から 5 日目の深夜にかけて断続的
に協議が行われた。この間、ドラフトに対する意見交換と著者による改訂が 3 回繰り返された。
3 回目の改訂は 5 日目の深夜から予備日の 6 日目に及び、CG に戻されることなく(そのアナウ
ンスはあった)
、6 日目の午後になって本会議の審議にかけられた。この時点で、SYR の承認は
当該ボックスを除いて終了し、総会の他の議題の審議も終えていた。審議は一旦始まったが、簡
単に合意に至る見通しはなく、最終的には、議長提案によって、SPM、長編部ともボックス自体
が全て削除されることになり、代わりに SPM の冒頭に次の一文が挿入された。
This report includes information relevant to Article 2 of the United Nations Framework
Convention on Climate Change (UNCCC).
結局、SYR 全体が Article 2 に関連するという言明のみが承認され、SYR の採択、ならびに AR5
の一連の評価報告書の手続きが完結した。
Article 2 の CG で議論になったのは、承認済みの内容かどうか、記述のバランスがとれている
かどうかといった点がほとんどであった。その中で、文部科学省担当者と筆者は、UNFCCC で
目標とされる GHG 濃度の安定化に気候科学の観点から注目し、最終ドラフトに対して事前に提
出したコメントを反映させるべく協議に臨んだ。
このコメントでは、濃度安定化の意味を AR5 の新しい科学知見に照らし合わせて説明を加え
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ることを求めていた。基になったのは、海洋研究開発機構の松野太郎博士他(筆者は共著)が 2012
年に日本学士院紀要に発表した論文である。濃度安定化は人為的な排出と自然の吸収がバランス
した状態である。自然の CO2 吸収は海洋のはたらきで長期間続くため、濃度安定化を維持するこ
とは、自然の吸収に合わせて CO2 を出し続けることを意味する。論文ではこの不自然さを指摘し
た上で、長期的にゼロ排出を達成して濃度が低下する前提で、近い将来の排出削減を緩和するこ
とを主張している。ゼロ排出は累積排出量が一定ということであり、実は、AR5 の新知見となっ
た累積 CO2 排出量の制約にも通じる。WGIII で評価されたシナリオも、濃度安定化はもはや前
提ではなく、特に低排出シナリオでは、濃度がピークアウトするオーバーシュートタイプが主流
となっている。このような背景から、当該ボックスで濃度安定化に注目することは、時宜を得た
ものであった。
協議の場では、このような論点について、文部科学省担当者が筆者の用意した改訂案とともに
何度か発言したが、一回目と二回目の改訂ドラフトには盛り込まれなかった。このため、最後と
なった 5 日目夜の協議で、出席していた IPCC 副議長(ベルギーの Jean-Pascal van Ypersele)
に提案内容を直接申し入れた。実際のところ、他の多数の意見がある中で、日本の提案内容は忘
れられていたようであった。副議長は控えていた著者に指示を出し、それを受けて著者は部屋の
外で改訂作業に取り掛かった。念のため、筆者はその場に加わり、提案の意図を直接伝えた。
対応した著者は、イギリスの Myles Allen と Pierre Friedlingstein である。Allen は累積
CO2 排出量の制約が注目されるきっかけとなった論文を 2009 年に発表しており、AR5 の新
知見に至る流れを作った人物と言える。Friedlingstein は気候・炭素循環フィードバック研
究をリードしており、その新知見の根拠を作った人物と言える。また、Global Carbon Project
と呼ばれる CO2 対策の面で影響力のある科学コミュニティでも重要な役割を担っている。彼
らは、科学的な観点での提案ということもあってか、改訂作業に非常に意欲的であった。特
に、濃度安定化の不自然さについては、Allen も以前から同様の懸念を持っていたと述べて
いた。
この作業によって、GHG 濃度の安定化は気候の安定化とは異なることなどを説明する文
案が作成された。この時点で、日本提案はようやく反映され、目的を果たしたとほぼ確信し
たが、結末は上記の通りである。
なお、CG の協議の中では、
「climate change commitment」の表現に関する問題提起があ
り、共感するところがあった。これは WGI SPM のサブセクションの表題にもあり、「気候
変動の不可避性」と訳されている。ただし、その概念を正しく理解するために専門家の間で
議論があり、詳しい訳注がついた経緯がある。この背景には、
「commitment」が日本語に馴
染 み に く い こ と に 加 え 、 UNFCCC の 国 際 交 渉 の 文 脈 で 排 出 削 減 の 約 束 を 意 味 す る
「commitment」と紛らわしいことがある。CG の議論は後者の論点であり、誤解のないよ
う別の表現とする意見が交わされた。
「commitment」に換えて「inevitable」や「unavoidable」
などを使う案が出されたが、結局、SPM の承認された表現を踏襲して「committed warming」
とすることに落ち着いた。ただし、これも日本語に馴染みにくい。
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図1
2.3
SYR SPM の承認された図 SPM.1(説明文は省略)
主な争点
全般にわたって、IPCC の原則(特定の政策を推奨しない)に対する適否や、記述内容のバラ
ンスを問う意見が多く出された。特に一部の途上国からは、緩和に偏り過ぎであること、適応、
持続可能な発展、国際協調についてもっと言及すべきといった主張が繰り返された。記述のバラ
ンスの点で、日本からは、気候予測や排出削減の情報について、RCP の 4 シナリオを均等に扱う
ことや、likely (>66%)以外の確率も併記することに言及された。
全体を通して特に印象に残ったのは、図 SPM.1(d)と図 SPM.4 に関する議論と修正である。
時間がかかったという点では、図 SPM.1 の扱いが今回の最大の争点であったと思われる。
本報告の図 1 に承認された図 SPM.1 を示す。この図にはパネル(a)–(d)があり、それぞれ気
温、海面上昇、温室効果ガス(CO2, CH4, N2O)濃度、CO2 排出量の経年変化が示されてい
る。問題とされたのはパネル(d)であり、観測情報を示す(a)–(c)に対し、人間活動の情報を示
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す(d)が異質であること、CO2 以外の温室効果ガスの排出が示されないこと、気温上昇にとっ
て累積 CO2 排出量が重要とされる一方で、年排出量しか示されないことなどである。CG で
の 5 日間の議論の末(筆者は不参加)、図の説明文に、これらの問題に対応した大幅な加筆
が施された。また、パネル(d)には、CH4 や N2O の情報が限られることが記され、さらに右
横に累積 CO2 排出量の棒グラフが追加された。修正された説明文では、パネル(a)–(c)が観測
(observation)で、パネル(d)が指標(indicator)と明記され、それぞれの図を異なる背景
色で区別する修正まで加わった。対応した著者団は大変な労力であったと思われる。
図 SPM.1 は WGI の SPM や本体報告書の図から新たに構成されたものであるが、図
SPM.4 の方は、元々WGII の SPM に含まれる図と説明文も含めて同じものであった。その
WGII で承認された図と、大幅な修正が加わって SYR で承認された図を、本報告の図 2 で
比較する。元の図には、観測された気候影響を種別毎に示すカラフルなアイコンが、その影
響が気候変化に起因するかどうかを区別する形で、地図上に配置されている。議論になった
のは、示された情報が実態とかい離しているという懸念であり、アフリカや中南米の国々か
ら多数寄せられた。修正された図では、大陸毎にアイコンが再配置され、情報源となった文
献の総数が大陸毎に明記された。図の説明も大幅に加筆され、データや研究に地域的な偏り
があることに配慮された。
作業部会の評価報告書で承認済みの図がさらに修正されるのは珍しいことと思われる。問
題の背景には、文献数の違い(アフリカと中南米で少ない)に見られるように、影響評価研
究の南北格差がある。総会前日(10 月 26 日)に行われた Future work of IPCC の第 3 回
会合(筆者は不参加)でも、地域別影響評価の推進が主要な論点となっていたようである
この他、気候科学の観点から関心を引いた議論とその結果の概要を列挙する。
 海洋酸性化(AR5 の新知見と認識)で pH が 0.1 低下したことの意味。
→ 長い議論の末に WGI SPM にしたがった説明に修正。他でも海洋酸性化の記載で時
間のかかった修正あり。
 気候システムの熱の蓄積の文脈における海洋の熱量増加を示す図 1.2 の扱い。
→ 背景にハイエイタス(最近 15 年間の気温上昇の停滞)
。図 1.2 を SPM に含める意
見もあったが、その図への参照のみ追記。
 海氷の定量的な変化や北極と南極の違い。
→ 段落を追加して定量的な情報も含めて詳しく記載。
 等価 CO2 濃度の定義や図 SPM.2 で 2 種類の GWP を比べた意図。
→ 目立った修正はないが非 CO2 強制力の扱いは議論になりがち。
 漁獲影響を示す図 SPM.9 (A)の情報が単一モデルに依存することの懸念。
→ WGII SPM で承認されたものだが、単一モデルに基づくことが図の説明に追加。
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図 2 WGII SPM 図 SPM.2(A)(上)と SYR SPM の承認された図 SPM.4(下)
(説明文と図 SPM.4 の凡例は省略)
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所感
筆者にとっては、WGIII 評価報告書が採択・承認された 2014 年 4 月の第 39 回総会に続く参
加となった。この時の筆者の主な関心事は、WGIII のシナリオ評価と WGI による気候感度の評
価との整合性であった。これは WGI と WGIII の接点であり、今回の SYR でも表 2.2 などが関
係する。この表の数値は、上述のように、CO2 等の排出削減にとって極めて重要な情報である。
WGI も WGIII も多数のモデル計算を分析した査読論文に基づくが、
表 2.2 に掲載された数値は、
査読論文ではなく、AR5 の執筆過程で担当著者が評価した結果である。その著者と 2 回にわたっ
て議論する機会を持ち、詳細を理解できたことは非常に有意義であった。WGI と WGIII の分野
間の協力は、筆者も参加する文部科学省の気候変動リスク情報創生プログラム(平成 24–28 年予
定)などでも進められている。この経験は今後の研究活動に生かす所存である。
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UNFCCC は 1992 年の採択から 20 年以上経過した。気候科学の進展とともに、その目的の意
味を再確認する試みがあっても良いと思われる。とはいえ、Article 2 ボックスに関する日本提案
のコメントは、条文に関係することから、深入りすることは正直ためらわれた。その中で、文部
科学省担当者のねばり強い行動により、最後は著者と問題認識を共有するに至った。結果はとも
かく、これも今後につながる有意義な経験であったことは間違いない。それにしても、各国政府
代表者からの多数の要求に対し、昼夜を問わず、真摯に改訂作業に取り組む著者団を目の当たり
にして、心の底から感じ入った次第である。
11 月 2 日に行われたプレスリリースでは、国連のパン・ギムン事務総長が出席して排出削減交
渉の前進に向けた意欲を語り、パチャウリ議長が SYR の主要知見を紹介した。パン・ギムン事
務総長の演説は楽観的な論調で、その理由を問う質問が出ていた。パチャウリ議長の演説は、
IPCC のホームページから発表資料とビデオ映像が公開されている。この内容については、帰国
後、地球温暖化対策の実施に楽観的過ぎるという識者の批判を耳にした。筆者は現場にいて特に
違和感はなかったが、長い議論の末にようやく決着したという思いから、批判的に見る感覚が薄
れていたかもしれない。会議初日の夜に行われたレセプションでは、地元の子供たちが「Engaging
the Next Generation」という小冊子を配布していた。このようなコペンハーゲンの環境志向の
雰囲気も多少影響したかもしれない。
5 日間にわたってもめることになった図 SPM.1 (d)について、筆者は特段の問題認識はなかっ
た。各国から表明された懸念は、いずれも本文や WGI の評価報告書を良く読めばわかることと
思われたからである。ところが、後で日本政府代表団の一人と雑談した際、専門的な背景情報が
あるかないかで、この図の与える印象は全く異なることに気づかされた。改めて考えてみると、
議論で指摘された点は、各国の利害関係があるにせよ、いずれも非専門家にとってはもっともな
懸念と言える。筆者の感覚には、情報の受け取り側への配慮が欠けていたかもしれない。また、
細かい説明は往々にして読み飛ばされるため、説明なしでポイントを適切に伝える工夫も惜しむ
べきではない。今後の研究の取り組みで再確認するよう心掛けたい。
最後に、
「climate change」を本来の「気候変化」ではなく「気候変動」と訳す問題について、
敢えて指摘しておきたい。総会の期間中、報道発表資料の準備のため、承認されたヘッドライン
の文章を和訳する作業が進められた。筆者もこの作業を手伝ったが、
「climate change」の文脈の
訳が一貫性を欠くことを思い知らされた。要するに、
「climate change」は決め事として機械的に
「気候変動」とする一方で、
「changing climate」のようにその縛りがない所は、
「変化する気候」
のように、本来の用語に戻るのである。
気候変化と気候変動は、類似する意味も含まれるが、地球温暖化問題においては、その違いを
正しく認識することが本質的に重要である。この訳語の問題は今に始まったことではなく、さん
ざん議論された末に決まったことは承知している。しかしながら、専門分野や利害関係が複雑に
絡み合う中で地球温暖化対策を進めて行こうという状況で、依拠すべき科学知見を伝える文書に、
最も基本的で重要な用語に混乱があって良いものだろうか。
会期中、これまでの作業部会の SPM が冊子になって配布されていた。中国語版の表紙には、
日本の漢字と自体が異なるが、
「気候変化」の文字が記されていた。
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略称一覧
AR5
Fifth Assessment Report(第 5 次評価報告書)
CG
contact group(コンタクトグループ)
COP
Conference of Parties(締約国会議)
ENB
Earth Negotiations Bulletin
GHG
greenhouse gas(温室効果ガス)
GWP
Global Warming Potential(温暖化係数)
IPCC
Intergovernmental Panel on Climate Change(気候変動に関する政府間パネル)
RCP
Representative Concentration Pathway(代表濃度経路)
SPM
Summary for Policymakers(政策決定者向け要約)
SYR
Synthesis Report(統合報告書)
UNFCCC
United Nations Framework Convention on Climate Change(気候変動枠組条約)
WGI
Working Group I(第一作業部会)
〈気候科学〉
WGII
Working Group II(第二作業部会)
〈影響・適応策・脆弱性〉
WGIII
Working Group III(第三作業部会)
〈緩和策〉
以上
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