府中市立白糸台小学校 主任教諭 江川雄一

私の花、開花宣言! 学校に咲き誇る6年生の花
府中市立白糸台小学校
図画工作専科
江川
雄一
1
はじめに
道徳の教科化が始まろうとしている現在、今まで以上に心豊かな子供の育成
が求められている。図画工作も豊かな情操を育てることを目標にした、心を育て
る教科である。図工で学校が豊かになり、子供の心を豊かにするにはどうしたら
いいかを考えてきた。そのためにはまず、子供たちが自分の絵に自信をもって、
楽しく表現できるようにしなくてはならない。
本校に赴任して4年目、専科の始まる3年生から指導してきた子供たちが6
年生になった。子供たちは絵を描くことをおおむね楽しむことができていると
感じる。しかし高学年の子供たちを、心から絵で表現することを夢中にさせるこ
とには難しさも感じている。高学年になればどんな分野にも苦手意識は生まれ
る。また絵を描くことは必ず自分の心と向き合う必要がある。高学年になると自
己肯定感は全体的に低くなる。自分に自信がもてず、自分を表現することに恥ず
かしさを感じる年頃である。しかし絵というむき出しの心が楽しく自信をもっ
て表現できた時、周りの人からそれを認められた時、表現することの喜びを感じ、
子供の心は豊かなものになるのではないかと考えた。
2 学校中の廊下や壁に自分の花を咲かせよう!
「みんな、いよいよ6年生だね!6年生は学校の花!私の花が咲いたよって学
校中に開花宣言しよう」という言葉から始まった。
「いつも絵は何に描く?」と
子供たちに聞くと「画用紙に絵の具で描くよ」と答えが返ってきた。
「でも今回
は画用紙じゃなくて学校中の階段とか廊下の壁に描こう」と言うと「え~!いい
の?」と興奮気味。
「でも絵の具で描いたら消せないので、マスキングテープに
花を描いて貼って表現するよ」と言うと「楽しそう!」と、いつもはできない行
為に気持ちが高揚している様子だった。
マスキングテープは粘着性が少なく剥がす時に壁にのりがのこらないテープ
である。まずはマスキングテープをカッターマットに張り付けて、カラーペンで
花の茎を作るように色をぬる。茎の色は自分の好きな色、自分の気持ちなどを表
していた。
次に、自分の花を咲かせたい場所を見つけに廊下や階段に行った。咲かせる場
所も子供の考えが表れる。職員室の前の柱に咲かせた子は、いろんな人に自分の
花を見てもらいたいという気持ち、目立ちづらい階段の隅っこに咲かせていた
子は目立たない所でがんばって咲く花を表現したいと話していた。貼ってみる
とまだまだ花を大きく表現したいという意欲がわいてきていた。すでにいつも
の四つ切画用紙の大きさを超える大きさになっていたが、描く画面が大きくな
ると大きく描きたくなる。最初の時間は花も葉もない茎がにょきにょきと学校
中に生えてきている段階で終了した。
花はまだ咲いていなかったけれど、一目で植物が壁に生えているような絵は
下級生や先生方、保護者の方の注目の的だった。
「すごい、何これ?」
「なんか不
思議、あっ!こっちにもあるよ!」学校中のいたるところで絵の鑑賞が行われて
いた。画用紙に描いた絵ならば、描き途中は乾燥棚に入れられ見ることができな
いが、壁に描くことで途中経過から作品が鑑賞され下級生にもいい刺激になっ
た。
2時間目は、茎を伸ばしたい形にどんどん貼っていった。茎の伸び方にも子供
たちは意味を考えて表現していた。「私はいろいろなことをがんばりたいから、
茎はいろんな方向に伸びていくけど、最後は一つになって大きな花を咲かせる
予定です」
「僕の茎はここで一回大きく下がる、これは挫折した経験で、でもへ
こたれずにもう一度上に進もうとしているところです」
「僕はまっすぐな人にな
りたいからまっすぐな茎にしています」など様々な思いを持って描いていた。
「先生、もっと伸ばしたいから椅子の上に乗ってもいいですか?」と、何人も
子供が聞いてきた。私は「手の届くところまでね」と言った。それは、自分の体
の成長を感じて欲しかったためである。手の届く高さにすることで自分の成長
を感じて欲しいと思った。
「こんな高いところまで伸ばしたよ」と、子供たちは
その高さに誇らしげだった。
茎を伸ばし終えるとどんな花を咲かせたいか、自分の思いを花の形と色で表現
してみようと投げかけた。ある男の子は小さな花がたくさん咲いていて、一番上
に咲いている大きな花には茎がつながっていなかった。その意味は大きな花は
5年生の時に憧れた6年生の姿、今の自分はそこに向かうための途中であるこ
とを表していた。ある男の子は、低学年の子にやさしい6年生を表現するために、
花の中心にアンパンマンとドラえもんを描き、勇気と頼もしさを表現していた。
花に文字を描きたいと言ってきた子は、何を書くかと思って見ていると「白小最
高」と花の中心に書いていた。描いているうちに学校への愛情が込み上げてきた
ようだった。これも壁に描いたからこそ出てきた思いだと感じた。
授業の終わりに子供たちに感想を書いてもらうと「僕は、この開花宣言が学校
中に伝わればいいと思い作りました。花を描いたり貼ったりするのがとても楽
しかった」
「自分の気持ちを花で表現することができました。いろいろな人の花
にこめた思いは、花からとても伝わりました」
「本当にこんな花のようになれる
といいなぁと思いました。中学生になるまでに、花のように満開になれるといい
なぁと思います」などの感想がでてきた。
ある日、6年生と5年生の男の子が花の前で「この花、俺が描いたんだぜ、下
手だけど」とニコニコしながら話していた。5年生は「すご~い」と驚きの表情。
自分の絵をすごいと言われて照れる6年生。この題材では友達同士や異学年の
友達と、親子で、先生方と絵を見ながら楽しく鑑賞する場面が多く見られた。
2学期のはじめに花を剥がすことになった。子供たちは卒業するまで飾って欲
しいと言っていたが、長く貼り続けると、壁にのりが残ってしまうことがわかり、
剥がすことになった。日差しの強い所は特にのりがべたつくのが早く、完成の一
カ月以内には剥がした方が良いことがわかった。子供たちには、ただ剥がすので
はなく「自分の思いの詰まった花を画用紙に貼って収穫しよう」と言うと、子供
たちは喜んで画用紙の上に花を再構成し始めた。画用紙に貼らないテープも、丸
めて捨てるのではなく「来年の6年生にまた花を咲かせてもらうための種にし
よう」というと、最後まで自分の咲かせた花に愛情を持って収穫することができ
た。すっかり花のなくなった階段を見て「あ~、何にも無くなっちゃったね」と
絵が無くなり寂しさを感じている様子だった。
3
題材を終えて
この題材以前は、子供たちにとって絵は画用紙に描くもので、壁は絵を描いて
はいけないものだった。しかし人類の歴史から考えると洞窟壁画や西洋の宗教
画など、絵は壁に描かれてきた歴史の方が長い。子供はより原始的・根源的な表
現のものを好む。子供たちは直観的に絵で表現する喜びの根源を感じ取り夢中
になって表現できたのではないか。
子供たちは花に思いを込めることで、6年生として開花を宣言することがで
きた。6年生としての自覚に芽生え、図工の授業をこえて日常生活や行事で頑張
ろうという意識が高まっていることを感じた。そしてその思いが伝わり学校中
が明るく華やかになった。また壁に描くことでコミュニケーションが多く生ま
れ、周りの人から表現が認められて自己肯定感が高まったり、愛校心を高めたり
することができたと感じている。
最後にこの題材の実践にあたり、参考にさせていただいた「マスキング・プラ
ント」の作者でアーティストの淺井裕介さんならびに、白糸台小学校校長先生を
はじめ教職員の皆様、保護者の皆様、子供たちに深く感謝いたします。