小笠原村立母島小学校 教諭 福田敦志

東京都の世界遺産における自然体験学習
~小笠原村母島での実践~
小笠原村立母島小学校教諭 福田 敦志
二子島にて
1
はじめに
「4・5 年生の校外学習は、無人島の二子島です。
」
この言葉に衝撃を受けた母島小学校での初年度。第 5 学年 4 名
の担任としてスタートした。漁船で二子島に向かうと、その 10 分
後、イルカの群れに出会う。そのイルカが、船を先導していく。
ハシナガイルカ
島が近づくと、海が濃い青から明るい青へと変わっていく。海の
底まで見える透明度。空と海の青と白のコントラストの鮮やかさ。
音は、波と風だけ。まるで絵本の中に入ったような時間を、子供
たちと共有していく。
34 年間東京都で生活をし、教員生活 8 年目となった私だが、こ
んなにも素晴らしい場所で校外学習をする東京都の小学校がある
ことを、初めて知った。そして、この島の人々の温かさ、自然の
カツオドリの調査
雄大さに感動させられ、島のために貢献しようと強く思った
初年度となった。
ここ小笠原村母島は、港区竹芝から 24 時間船に乗り、到
着した父島から、更に 2 時間船に乗って、ようやく足を踏み
入れることのできる島である。距離にして、東京の都心部か
ら約 1000km 離れた場所にある。陸続きになったことのな
い海洋島のため、固有種も多く生息している。島民は、およ
そ 450 人程度。島で唯一
の小笠原村立母島小中学
校は、小学生 34 名、中学
生 8 名が、同じ校舎で学
校生活を共にしている。
海遊び
2
私が感じた課題
初年度は何をするにしても新鮮で、吸収することに溢れた年であった。ただ、どの学校でも、改善する
ことは必ずある。最初の一年間で母島小学校の素晴らしいところも、課題点も少しずつ見えてきた。その
中でも、子供たちと話をして心にひっかかった出来事から、実践に移した 2 つの例を紹介する。
一つは、「島の有名な植物についてはわかるが、身近な植物についてはあまり知らない」ということ。
下校時、そこら中に生えている植物の名前を子供たちに聞くと、
「それは、わからない。雑草だよ。
」と言
っていたことがきっかけであった。母島の有名な植物や固有種について知っているだけでなく、毎日目
にするような植物にも、目を向けさせたいという思いが生まれた。
もう一つは、
「満天の星空が見られるが、星についての学習は、都心部とほぼ同じである」ということ。
一緒に子供たちと星空を見ていた時に、
「知っている星座はある?」と聞くと、
「オリオン座くらいかな。
全然わからない。
」と高学年の子たちが答えたことがきっかけである。環境省を中心とした事業で、夜空
の暗さ日本一(星空日本一)に 2 年連続選ばれたことのある小笠原であるからこそ、そこに住む子供た
ちに星の知識をもっと身に付けさせたいと思った。
この二つの課題について、私なりに実践したことを報告する。
3
生活科と総合的な学習の時間の整理と追加
まず、最初に調べたことは、母島小学校の生活科と総合的な学習の時間の年間指導計画である。個人の
思いだけで単発的に指導するのではなく、子供の視点で、6 年間で母島について何を学ぶことができるの
かを整理し、系統的・継続的に指導する必要性を感じたからである。また、3・4 年という短い期間で多く
の教員が異動するため、新しい教員が来ても、何をいつ教えるのかをわかりやすくしておく必要がある
と思い、母島や小笠原諸島についての学習内容にしぼって、下のような表にまとめた。
<生活科・総合的な学習の時間で学ぶ、母島・小笠原諸島についての主な内容>
1 学期
第 1 学年
2 学期
3 学期
①南崎校外学習
②身近な植物を覚えよう
(植物カルタ)
母島の身近な自然・地域の探索
第 2 学年
①南崎校外学習
②身近な植物を覚えよう
(植物カルタ)
母島の身近な自然・地域の探索
第 3 学年
①乳房山探検隊
③西浦探検隊
②小笠原の星空(夏)
④オガサワラシジミを
調べよう
母島の山・森・川・空
第 4 学年
①平島・二子島探検隊
⑤北村調査隊
⑥ロース石を調べよう
②ウミガメの卵の管理
③父島での交流学習
④小笠原の星空(夏)
小笠原の島々・海・空
第 5 学年
母島の歴史・文化・伝統
①平島・二子島探検隊
⑤母島の自然をまも
②ウミガメの卵の管理
る人々(ネコ柵)
③父島での交流学習
④小笠原の星空(夏)
小笠原の島々・海・空
第 6 学年
小笠原の自然環境保護
①小笠原の自然と人々
④タコノ葉細工に親
⑤これからの小笠原と
②父島での交流学習
しもう
自分
③小笠原の星空(夏)
小笠原の島々・海・空
母島の歴史・文化・伝統
この学習内容を整理している時に、今までの数々の教員の熱い思いを感じた。そして、網掛けになって
いる部分が、今年度加わることになった新しい指導項目である。
4
実践報告①
「母島植物カルタで、身近な植物を覚えよう」
今年度は、第 2 学年 7 名の担任となった。そして、生活科で身近な植物についての学習を行った。大
きな学習の流れは、下記のようにした。
(1)校庭や地域を探索して、植物の写真を撮る。
(2)写真を見て、名前や特徴を図鑑で調べる。
(3)調べてもわからなかった植物について、植物に詳しい大人に聞き、また地域を探索する。
(4)フラッシュカードとカルタで、植物の名前や特徴を楽しく覚える。
(5)学習内容を模造紙にまとめ、全校朝会で発表したり、母島観光協会のスペースに展示したりする。
最初の校庭・地域での植物の探索では、どの児童もほとんどの植
物の名前を言うことができなかった。撮った植物の写真は、約 50 種
だったが、園芸用の花などを除き 20 種程度に絞り、フラッシュカー
ドとしても、カルタとしても使えるカードを作成した。
撮った写真の数々
フラッシュカードやカルタを 5 回
母島植物カルタ
程度行った頃には、全員、カードの
植物の名前が、ほぼすべてわかるよ
うになった。自信をもって言えるよ
うになると、親や友達に植物の名前
を教えたり、自分で植物図鑑を作っ
たりするような自主的な姿勢が見ら
れるようになっていった。
その後、海の周辺の植物や南崎の
植物にまで、学習の範囲を広げていった。それに伴い、カード
「シロツブ」
裏面
を 20 種程度追加した。カードの裏には、その植物の特徴も一
言載せることで、名前をただ覚えるだけにならないようにも
した。
南崎校外学習では、外部講師が同伴し、植物についていろい
ろと教えていただいた。子供たちは、植物カルタで事前に学習
きょうりゅうのたまごみたいなみがつく
ぞ。こふじのさきっちょでみつけられる
かな?
表面
していたため、写真と実物が一致すると、どんどん覚えていっ
た。更に、落ちている実や葉を拾っては、
「これは、何の植物
の実ですか。
」と積極的に質問していた。
「今年の 1・2 年生は、今までで一番植物を覚えていますよ。
」
という講師の方からの一言。保護者からの、
「娘がいろいろな植物の名前を私に教えてくれるんですよ。
」
という言葉。そして、何よりも児童からの、
「通学路の植物をほとんど言えるようになって嬉しかった。」
「今度、家族に南崎の植物を教えてあげたい。」
という意欲的な姿勢から、植物カルタの実践の成果を実感した。
南崎校外学習のまとめ
南崎校外学習(オガサワラビロウのトンネル)
5
実践報告②
「夏の星空観察会をしよう」
7 月の初旬に、野外での星空観察会を行った。今年度の、
星空観察会の様子
新しい取り組みである。旧ヘリポートという星空がきれい
に見られる場所に、3~6 年生が 19 時から 20 時頃にかけ
て集合した。
集合したのは、まだ少し明るい時間。月と明るい星だけ
が目立っていたため、その明るい星についての外部講師の
方の説明から始まった。子供たちも、
「あの星、火星なんだ。
知らなかった。
」と、星を見つけられると、嬉しそうな声が
上がった。徐々に暗くなってくると、満天の星空が浮かび
上がってきた。天の川も日常的に見られる、いつもの母島
の星空である。
星が多く見えすぎるため、星の解説も少し大変になって
きたが、遠くまで光が届くライトで、星座をなぞって説明
が進んでいく。子供たちも、寝そべりながら、友達と肩を
寄せ合いながら、新たな発見を楽しんでいる。
あっという間に時間が過ぎると、最後の感想では、
「夏の大三角形と春の大三角形がわかって、嬉しかった。」
「イルカ座というのを、初めて知った。
」
明るい時間の月。実際の星空は、
いらした際に、ご覧ください。
「星はいつも見られるけど、いろいろな星座がわかってよかった。」
等、新しい発見を素直に喜ぶ姿が見られた。初めての試みの星空観察会は、成功であったと感じた。
3~6 年生という、4 学年にしたのは、春夏秋冬の星空を 4 年間で学べるようにするためでもあるため、
来年は、夏以外の季節に星空観察会を計画・実施していく。
6
おわりに
世界遺産である小笠原村母島での教育活動は、人数は少なく
とも、非常にやりがいがある。母島には高校がないため、児童・
生徒は 15 歳で島から羽ばたいていく。塾もないため、受験に
対する子供や保護者の意識も、内地の様子とは少し違う。ただ、
都心部とは比べものにならない恵まれた自然環境で生活をし
ている。不便さはあるが、豊かである。そのような環境で生活
する児童・生徒に対して、学校でどのような力を付けさせるこ
とが必要か、考え始めるときりがない。
「母島を誇りに思い、…自ら困難を乗り越え、思いやりをもっ
て心豊かにたくましく生きる児童・生徒の育成を図る」
という母島小中学校の教育目標に向けて、今年度も日々精進し
ていきたい。
学校風景