精子形成幹細胞の集団動態とそれを支える”開放型”ニッチ 吉田松生

精子形成幹細胞の集団動態とそれを支える”開放型”ニッチ
吉田松生 (基礎生物学研究所)
本セミナーでは、「組織中で、幹細胞(あるいは未分化細胞)の数が一定に保たれる
メカニズム」について、マウス精子形成を例にとって議論したい。これは、組織幹細胞
の生物学における中心命題の一つである。
この問いはすでに解かれていると思う方もいるかもしれない。確かに、「“閉鎖型“の
幹細胞ニッチ(図1a)」を持つ組織では、その通りである。ショウジョウバエの雌雄の生
殖腺や、マウス腸管上皮などの組織には、特別な構造を持つ「“閉鎖型“の幹細胞ニッ
チ」が存在する。ここには、細胞を未分化に維持する細胞外因子が濃縮され、幹細胞
はこの領域だけに存在する。一旦ここを出ると、細胞は分化する。この場合、幹細胞の
数は、ニッチの物理的な広さで一義的に決まり、「幹細胞の数」=「ニッチに入る上限
の細胞数」となる。しかし、マウス精巣のように、このような構造を持たない組織も多く、
この場合も幹細胞の数は一定に保たれているのだ。
マウスの精子形成は、「精細管」と呼ばれる組織で進行する(図 2)。精細管は、周囲を
基底膜に囲まれた、長い管状の組織である。基底膜の内側のセルトリ細胞、外側の管
周細胞という体細胞が精細管の構造を形作っている。セルトリ細胞は発達したタイトジ
ャンクションを有する上皮を形成する。タイトジャンクションと基底膜の間の「基底コンパ
ートメント」は、減数分裂に入る前の増幅期の生殖細胞(「精原細胞」と総称される)に
よって埋め尽くされている。その中には、幹細胞として長期間継続する精子形成を支
える、少数の GFRα1 陽性細胞が含まれる。減数分裂に入ると内側の管腔側コンパー
トメントへと移動し、その後半数体の精子となる。
基底コンパートメントで GFRα1+細胞は、精細管の間を走る血管の近傍に多く存在
する。しかし特定の場所に集まることなく、自らの子孫細胞(分化に向かった精原細胞)
の間に散在している。さらに、セルトリ細胞や子孫細胞の間を縫うように活発に動きま
わる様子がライブイメージングで捉えられている。このような組織内微小環境は、「“開
放型”幹細胞ニッチ」と呼ばれる(図 1b)。ここでは、幹細胞の数(あるいは、プールサイ
ズ)は、「密度」として定義されよう。実際に、GFRα1+細胞の密度(精細管の長さあたり
の数)は驚くほど一定である。では、このような「“開放型”幹細胞ニッチ」において、
GFRα1+細胞の密度は、どのようなメカニズムによって一定に保たれているのだろう
か?
われわれは、幹細胞(GFRα1+細胞)の密度が異なる定常状態を生じる変異マウスを
見出し、それを手がかりにこの問題に切り込んでいる。本セミナーでは、これらの変異
マウスにおける幹細胞動態を、組織障害後の動態や、数理モデルによる解析を含め
て紹介し、「“開放型”ニッチ」における幹細胞密度のホメオスタシス維持のメカニズム
を議論する。
文献
Ikami, K et al., Development 142, 1582-1592 (2015)
Hara, K. et al., Cell Stem Cell 14, 658-672 (2014)
Nakagawa, T. et al., Science 328, 62-67 (2010)
Yoshida, S. et al., Science 317, 1722-1726 (2007)
Nakagawa, T. et al., Dev Cell 12, 195-206 (2007)
図1 “閉鎖型”ニッチ(a)と“開放型”ニッチ(b)
図2 精細管と精子形成