トランポノミクスとレーガノミクス、財政赤字拡大への類 似性

このページを印刷する
【第 130 回】 2017 年 2 月 20 日 森信茂樹 [中央大学法科大学院教授 東京財団上席研究員]
トランポノミクスとレーガノミクス、財政赤字拡大への類
似性
先 の首 脳 会 談 を見 る限 り、安 倍 総 理 とトランプ米 大 統 領 とはケミストリーが合
ったようだが、1980 年 代 半 ばのロナルド・レーガン米 大 統 領 と中 曽 根 康 弘 総
理 の「ロン・ヤス時 代 」がそうであったように、首 脳 同 士 の親 密 な関 係 は日 米 経
済 関 係 にとって、かえってマイナスに働 く可 能 性 もある。
レーガン大 統 領 のとった経 済 政 策 “レーガノミクス”が引 き起 こしたドル高 を是
正 するためにレーガン大 統 領 2 期 目 に行 われたプラザ合 意 が、急 激 な円 高 を
もたらし、円 高 に伴 う経 済 への悪 影 響 の懸 念 が、過 剰 な減 税 ・公 共 事 業 の拡
大 につながり、バブル経 済 を引 き起 こしたことは記 憶 に新 しい。
もちろんレーガンとトランプを同 一 視 するつもりはない。時 代 背 景 (レーガン時
代 は冷 戦 )、政 策 思 想 (レーガンは小 さな政 府 )、経 済 事 情 (当 時 は高 金 利 下
の不 況 、スタグフレーション)など異 なる点 も多 い。だが、経 済 政 策 が与 える財
政 赤 字 拡 大 への懸 念 という点 で類 似 する。
減税しても増収とならず
レーガノミクスの見込み違い
筆 者 は、83 年 から 85 年 までの間 、レーガン大 統 領 の地 元 ロスアンジェルス
総 領 事 館 で経 済 担 当 領 事 をしていた。自 身 の記 憶 をたどりながら、レーガノミ
クス(第 1 期 )が、財 政 赤 字 の拡 大 、金 利 高 騰 、双 子 の赤 字 を招 いたという点
に焦 点 を当 てて、レーガノミクスとトランポノミクスの経 済 政 策 の比 較 をしてみた
い。
レーガノミクスは、大 幅 な減 税 と歳 出 削 減 を組 み合 わせた政 策 パッケージで
あった。サプライサイド経 済 学 の教 えに従 って、「減 税 をすれば人 々の勤 労 意
欲 が増 し、所 得 や消 費 が拡 大 し、税 収 も増 加 する」との見 通 しの下 で、政 権 発
足 後 4年 目 の 84 年 には財 政 黒 字 を見 込 んでいた。
しかし現 実 に生 じたことは、大 幅 な財 政 赤 字 、金 利 の高 騰 、ドル高 による貿
易 赤 字 の拡 大 、いわゆる「双 子 の赤 字 」である。
大 幅 な財 政 赤 字 の原 因 は、歳 出 削 減 が思 うように進 まなかったことと、減 税
すれば経 済 が良 くなり増 収 がみこまれるというサプライサイド経 済 学 の考 え方
が、後 日 、「呪 術 経 済 政 策 」(ブードゥー・エコノミー)と揶 揄 されたように間 違 っ
ていたことである。
レーガン大 統 領 は、5 年 間 で 7500 億 ドルの減 税 を公 約 し、実 行 した。年 間
1500 億 ドル規 模 の減 税 である。ところが 1 年 目 が終 わったところで、減 収 額 は
政 権 の見 通 しをはるかに超 えるところとなった。
減 税 すれば、人 々の勤 労 意 欲 が増 加 して、多 くの所 得 を稼 ぐようになるの
で、その分 の増 収 があり、減 収 額 はそれほど多 くない、という予 想 が外 れたの
である。
このことを物 語 るのが、下 の図 である。
政府税制調査会資料
赤 点 線 は、政 府 の公 表 した税 収 見 込 み額 で、実 績 は緑 色 の線 である。1 年
目 の 82 年 の歳 入 は見 込 みを大 幅 に下 回 った。このままでは 83 年 には減 収
になる(青 色 の実 線 )、との危 機 感 から部 分 的 な増 税 が行 われ、83 年 には減
収 幅 が縮 小 (緑 色 の実 線 )していることがわかる。そこで 84 年 には、さらなる増
税 に踏 み切 り、税 収 減 は止 まる。しかし当 初 の見 込 みとは相 当 乖 離 した歳 入
実 績 となっていることがわかる。
注視すべきは
ダイナミックスコアリング
政 権 当 初 の過 大 見 積 もりは、米 国 政 府 の、「ダイナミックスコアリング」という
手 法 からくる。減 税 に伴 う経 済 成 長 を過 大 に見 積 もることにより、財 政 赤 字 額
を少 なく見 せて、市 場 の赤 字 懸 念 を少 なくしようと企 むのである。
これから税 制 改 革 法 案 が議 会 で議 論 され、トランプ減 税 の概 要 が明 らかにな
ってくる。市 場 の最 大 の懸 念 は、それによってもたらされる大 幅 な財 政 赤 字 が
どの程 度 なのか、という点 にある。それは為 替 レート、ひいては貿 易 収 支 に大
きな影 響 を及 ぼす。
政 権 側 は、経 済 成 長 率 に伴 う税 収 増 を織 り込 む「ダイナミックスコアリング」
により、財 政 赤 字 幅 を小 さく見 せるべく工 夫 をすると思 われる。
しかし、レーガン大 統 領 時 代 のように、1 年 もすれば、減 税 による経 済 効 果 が
正 しかったかどうか判 明 する。税 収 が想 定 以 上 に落 ち込 めば、政 策 の手 直 し
が必 要 になる。レーガン時 代 には、その手 直 し(二 度 にわたる増 税 )が十 分 で
なかったことが双 子 の赤 字 につながり、プラザ合 意 によるドル高 是 正 になった。
米 国 の最 近 の財 政 赤 字 は、わが国 や欧 州 のように、国 民 の高 齢 化 による要
因 が大 きい。メディケア(高 齢 者 向 け公 的 医 療 保 険 制 度 )や低 所 得 者 向 けの
社 会 保 障 の拡 大 が、財 政 赤 字 の最 大 要 因 となっている。
そのような状 況 下 で行 われる、トランプ大 減 税 が、米 国 の財 政 赤 字 のさらな
る拡 大 要 因 となるかどうか注 目 される。その際 には、米 国 政 府 の甘 い経 済 見
通 し、とりわけ「ダイナミックスコアリング」に注 意 する必 要 がある。
(中 央 大 学 法 科 大 学 院 教 授 東 京 財 団 上 席 研 究 員 森 信 茂 樹 )
DIAMOND,Inc. All Rights Reserved.