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アイコナル方程式に基づく断層破壊の非一様性を考慮した
理論地震動シミュレーション
今井隆太i
山田雅行ii
羽田浩二iii
藤原広行iv
A ground motion simulation with non-uniform rupture velocity
based on the eikonal equation
Ryuta IMAI
Masayuki YAMADA Koji HADA Hiroyuki FUJIWARA
断層の極近傍における地震動予測のばらつきを評価することを目的として,全無限一様弾性体のグリー
ン関数公式を用いた理論地震動シミュレーションを実施してきた中で,数値計算手法に関する自明でない
結果や新規のモデリングによる結果が得られたことを報告する.
尚,本報告は,一般社団法人日本応用数理学会の学会誌「応用数理」第 26 巻第 2 号の掲載記事を転載し
たものであり,著作権は日本応用数理学会に帰属する.第三者が日本応用数理学会の許可なく内容の全部,
または一部を再転載することを禁じる.
(キーワード): 地震動シミュレーション,破壊伝播,アイコナル方程式,アイソクロン
1 はじめに
断層の破壊過程を運動学的モデルで設定する場合,
近年,重要構造物の近くに活断層の可能性がある
破壊伝播速度を空間的に一様な定数とすることがし
断層が発見されるなどの報道もあり,断層の極近傍
ばしば行われる.本報告では,破壊伝播速度が空間
における地震動予測の重要性が増している.これま
的に一様でない場合を対象とするために,破壊の遅
でに,断層の極近傍における地震動予測のばらつき
れ時間がアイコナル方程式に従うとした
を評価することを目的として,全無限一様弾性体の
断層面が平面ではなく曲面になっている場合も扱う
グリーン関数を用いた理論地震動シミュレーション
ことが出来るように,リーマン多様体の設定で断層
を実施してきた.本報告では,破壊伝播速度が空間
破壊の遅れ時間をモデリングする.この場合,破壊
的に非一様な場合として,破壊の遅れ時間がアイコ
の遅れ時間
1)
.更に,
は次のアイコナル方程式を満足する.
ナル方程式に従うと仮定したモデルに対して理論地
震動シミュレーションを実施する.また,アイソク
ロンに着目して地震動評価式を拡張することで,破
(1)
壊伝播速度の非一様性と速度波形の擾乱との関係を
ここで,
明らかにする.
逆行列,
はリーマン計量,
はその
は断層面上の位置 における破壊伝播速
度とした.リーマン計量は,局所座標平面上の点 に
2 数値計算手法
対応する断層面の位置ベクトル
2.1 リーマン多様体上のアイコナルソルバー
i
サイエンスソリューション部
ii
株式会社ニュージェック チームマネジャ
iii
株式会社ニュージェック 修士(工学)
iv
国立研究開発法人防災科学技術研究所
社会インフラチーム
シニアコンサルタント
博士(工学)
領域長
博士(理学)
1
博士(数理科学)
が与えられ
って実現する.
ると,
によって計算できる.アイコナル
2.3 アイソクロン公式とその拡張
方程式の数値計算は Fast Marching Method を適用す
地震動評価では,破壊の遅れ時間の等高線として
る 2,3).アイコナルソルバーの計算例として,断層面
定義されるアイソクロンに着目することが有効であ
が曲面になっている場合の走行時間の計算結果を図
る
5-7)
1 に示す.破壊開始点を出発した破壊フロントは,
. 式 (3) の 関 数
の引数の時間遅れを
とするとき,時刻 における値 に対
凸部分を乗り越えるよりも裾から回り込む方が早く
するアイソクロンは
凸部分の反対側に到達することが確認出来る.
義される.このとき,図 2 のような座標変換によっ
で定
て断層面上の面積要素
をアイソクロ
ンに沿う弧長の線素とその法線方向の線素に分ける
ことで,式(3)は次のように表すことが出来る.
図 1 曲面形状(左)と走行時間の等高線(右)
(4)
ここで,
2.2 表現定理による理論地震動評価
理論地震動評価は,表現定理にグリーン関数公式
を代入した結果を断層面にわたって積分することに
よって行う 4).
上の点を単位区間[0,1]のパラメタ で
と表した.
(2)
ここで,
は断層面上の点 における地震モー
メント密度テンソル,
点の組
は震源と観測
に対するグリーン関数,
は観測点
の変位とした.破壊の伝播速度が定数の場合は,グ
図 2 アイソクロンの座標変換(左)とアイソクロンバンド(右)
リーン関数の具体的な公式と震源時間関数による地
震モーメントの評価式を式(2)に代入することによ
って,変位は以下の形の式の有限和で表されること
式(4)は,地震動評価式の積分で実際に影響を及ぼす
がわかる.
のは,関数 の台に対応するアイソクロンバンド上
(図 2 の右)の値のみであり,
その幅が
に比例することを示している.記号を簡単にするた
(3)
めに,式(4)を次のように書き直す.
但し, は断層面上の点 と観測点との距離, は実
体波の伝播速度, は断層面上の点 と破壊開始点と
(5)
の距離, は破壊伝播速度である.例えば,地震動
の遠方場成分では,放射パターン
用いて
と S 波速度 を
但し,
は と
のものとなる.以降,観測点 を固定して考えるの
の式中 の
が不連続になることに注意する.不連
一様性を考慮した地震動予測は,式(3)における破壊
続点
の替わりにアイコナルソルバーが
算出した破壊の遅れ時間
の畳み込みとした.破壊伝播速度が空
間的に不連続的に非 一様な場合,
で,式(3)でも を省略している.破壊伝播速度の非
の遅れ時間
とおき,
となり, は滑り速度時間関数そ
における
のジャンプ量をアイソク
ロンジャンプ強度
を用いることによるア
として導入すれば,変位のアイソクロン公式(5)から
イコナルソルバーと理論地震動評価の連成解析によ
速度のアイソクロン公式を得ることが出来る.
2
配的であることを示しており,とくに,アイソクロ
ンバンド幅が
で評価されることを示
している.
(6)
ここで,右辺第一項の
は不連続点
を
除いて定義される普通の意味の導関数とする.式(6)
の右辺第一項は速度波形のトレンド成分を表し,第
二項は擾乱成分を表していると考えられる.
3 地震動シミュレーション
3.1 ディレクティビティと数値不安定性
図 5 ディレクティビティとアイソクロンバンド
地震動シミュレーションでは,後方ディレクティ
ビティ領域(破壊フロントが遠ざかる位置にある領
域)の波形に非物理的な振動が発生する場合がある
また,図 5 に示すように,後方ディレクティビティ
ことが経験的に知られている.このような不安定性
の観測点では前方ディレクティビティの観測点に比
とディレクティビティの関係を調べた.図 3 のよう
べて
が小さくなっており,そのためア
イソクロンバンド幅が狭くなっている.
に幅 20km,長さ 40km,傾斜角 90°,上端深さ 0km
の断層面を設定して,後方ディレクティビティと前
以上の検討から,アイソクロンバンド幅に対して
方ディレクティビティの観測点 B, F での波形を計算
メッシュサイズが十分小さければ数値不安定性を回
避できると考えられる.実際,アイソクロンバンド
した.
幅に対してメッシュが 3 個程度以上になるようにし
たところ,後方ディレクティビティ観測点に対して
も非物理的な振動が生じないことが確認できた.
3.2 破壊伝播速度の非一様性と速度波形の擾乱
M7 クラスの横ずれ断層を想定した断層極近傍の
地震動予測を実施して,破壊伝播速度の非一様性と
速度波形の擾乱との関係を調べた.
図 3 断層モデル
S
N
1
S
3
2
4
6
5
図 6 アスペリティ配置(左)と走行時間(右)
非一様な破壊伝播速度は,背景領域(図 6 左の白の
領域)とアスペリティ領域(図 6 左のピンクの領域)
図 4 変位波形
では
と し , ア スペ リ テ ィ周 辺 領 域 では
図 4 に示すように,観測点 F の波形に比べて観測点
とした.代表的な計算結果として,破壊開
B の波形(遠方場成分とトータル成分)には非物理
始点をアスペリティの左下隅に設定した場合の速度
的な高周波成分が含まれている.アイソクロン公式
波形とアイソクロンバンドの面積変化率を図 7 に,
(4)は,地震動評価においてアイソクロンバンドが支
1 秒毎のアイソクロンの時間変化を図 8 に示す.
3
N
S
4 おわりに
断層の極近傍における地震動予測のばらつきを評
価することを目的として,破壊伝播速度が空間的に
非一様な場合の地震動シミュレーションを実施した.
とくに,平面ではなく曲面状の断層面で破壊伝播速
度が非一様な場合を扱うことが出来るように,リー
マン多様体上のアイコナルソルバーと理論地震動評
価の連成解析手法を開発した.また,アイソクロン
ジャンプ強度を導入することによって従来のアイソ
クロン公式を拡張して,速度波形をトレンド成分と
擾乱成分に分解するアイソクロン公式を得た.開発
伝播速度=一様
した連成解析手法を適用して地震動シミュレーショ
伝播速度=非一様
ンを行い,破壊伝播速度の非一様性と速度波形の擾
図 7 速度波形(上)とアイソクロンバンドの面積変化率(下)
乱の関係を説明できることを示した.
今回の報告では断層の破壊過程を運動学的モデル
で設定しており,破壊伝播速度の非一様な空間分布
をあらかじめ規定している.一方,破壊伝播速度が
どのように決定されるかを理解するためには,断層
の破壊過程を動力学的モデルで扱う必要がある.現
在,我々は,動力学的断層破壊シミュレーションを
実施しており,これまでに得られた知見と上手に組
伝播速度=一様
み合わせてより詳細な地震動予測を行うことを目指
伝播速度=非一様
している.
図 8 アイソクロンの時間変化
防災分野では,地震学,地震工学,計算科学など
破壊伝播速度が非一様な場合の速度波形にはパルス
を融合して総合力を発揮することが求められている.
状突起が多数現れており,アイソクロンバンドの面
我々も,産業界と研究機関が協力しながら,断層極
積変化率グラフにも同様の突起が現れている.また,
近傍の地震動予測のばらつき評価を通して防災に貢
速度波形のパルス状突起とアイソクロンバンドの面
献していきたい.
積変化率グラフのパルス状突起の出現時刻が対応す
引 用 文 献
ることも確認できる.拡張したアイソクロン公式(6)
は,アイソクロンジャンプ強度が非ゼロのタイミン
グで速度波形に擾乱が生じることを示している.一
1) Spiral, A. and Kimmel, R., An efficient solution to
方,2.3 節で説明したように,アイソクロンジャンプ
the eikonal equation on parametric manifolds,
強度が非ゼロとなるのは,
Interfaces and Free Boundaries, 6 (2004), 315-327.
が不連続と
2) J. A. Sethian, Level Set Methods and Fast Marching
なるタイミングである.また,図 2 のアイソクロン
はアイソ
Methods: Evolving Interfaces in Computational
クロンバンドの面積に比例しているので,これが不
Geometry, Fluid Mechanics, Computer Vision, and
連続なタイミングでアイソクロンバンドの面積変化
Materials Science, Cambrigde University Press,
の座標変換で示したように,
1999.
率にパルス状の擾乱が発生する.つまり,速度波形
のパルス状突起とアイソクロンバンドの面積変化率
3) J. A. Sethian and A. Mihari Popovici, 3-d traveltime
グラフのパルス状突起は,ともにアイソクロンジャ
computation using the fast marching method,
ンプ強度が非ゼロとなるときに発生している.
Geophysics, 64 (2), 516-523, 1999.
4) Aki, K. and P. G. Richard, Quantitative seismology,
Theory and Methods, W. H. Freeman and company,
4
San Francisco, 1980.
5) Benard, P. and R. Madariaga, A new Asymptotic
Method
for
the
Modeling
of
Near-Field
Accelerogram, Bull. Seismol. Soc. Am., Vol.74, No.2,
pp.539-557, April 1984.
6) Bizzari, A. and Spudich, P., Effects of supershear
rupture speed on the high-frequency content of S
waves investigated using spontaneous dynamic
rupture models and isochrones theory, J. Geophys.
Res., 113, 2008.
7) Spudich, P., and Frazer L. N., Use of ray theory to
calculate highfrequency radiation from earthquake
sources having spatially variable rupture velocity and
stress drop, Bull. Seismol. Soc. Am., 74, 2061-2082,
1984.
5