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固体高分子形燃料電池シミュレータ P-Stack 4.0:
フルスタック性能解析を実現する専用ソフトウェアの紹介
高山務i
吉村英人ii
塚本貴志iii
茂木春樹iv 高山糧v 米田雅一vi
A Fuel Cell Simulation Software Package P-Stack 4.0:
Introduction of Full-Scale Stack Simulator and its Remarkable Features
Tsutomu TAKAYAMA
Haruki MOTEGI
Hideto YOSHIMURA
Ryo TAKAYAMA
Takayuki TSUKAMOTO
Masakazu YONEDA
固体高分子形燃料電池は高効率かつクリーンなエネルギー技術であり,燃料電池自動車など様々な局面
での実用化が期待され,注目が集まっている.2014 年度から燃料電池自動車(FCV)の一般販売が開始さ
れるなど普及に向けた段階へと進みつつあり,今後は,高性能化と耐久性の向上,製造コスト低減の両立
に向けてより一層の開発が加速するとみられる.当社では燃料電池の開発・設計へのシミュレーション活
用として固体高分子形燃料電池シミュレータ P-Stack の開発および販売を軸としたコンサルティングサー
ビスを展開してきた.特に,今回リリースするバージョンは燃料電池スタック全体の性能と内部現象の解
析実現を達成しており,GUI の改良や自動メッシュ生成など専用ソフトウェアとしての利便性も大幅に向
上した.本稿では,P-Stack の最新バージョンに関する特徴を紹介する.
(キーワード): 固体高分子形燃料電池(PEFC)
,燃料電池自動車(FCV)
,家庭用燃料電池,CAE,ソフトウェア,
セル,スタック,3D-CAD,モデルオーダーリダクション,マルチフィジックス,設計解析
1 はじめに
などから,燃料電池自動車(FCV)や家庭用コジェ
ネレーションシステム(熱電併給)としての実用化・
本格普及が期待されている.
近年では,2014 年 12 月にトヨタ自動車が世界初
の一般向け FCV「MIRAI」の販売を開始し,本田技
研工業も 2016 年 3 月から FCV「CLARITY FUEL
CELL」のリース販売を開始するなど,市場普及に向
けた段階へと進みつつある.国外においても,2016
年に入ってから Audi によるコンセプトカーの発表
や,本田技術研究所と GM が提携した燃料電池シス
テム工場の新設が報道されるなど,FCV の普及に向
けた動きが活発化している.こうした状況において,
燃料電池は水素を燃料として電力を生成する技術
であり,従来の内燃機関などに比べてエネルギー変
換効率が高く,利用時に二酸化炭素や汚染物質を出
さないという特色があることから,環境にクリーン
なエネルギー革新的技術として注目されている.特
に,固体高分子形燃料電池(PEFC)は出力電流密度
が高く,小型化・軽量化が可能であること,常温型
発電でき起動停止性に優れること,作動温度が 80℃
~90℃と低く耐熱性の面で安価な材料が選択できる
こと,燃料となる水素の供給に時間を要しないこと
i
サイエンスソリューション部 デジタルエンジニアリングチーム チーフコンサルタント
ii
サイエンスソリューション部 デジタルエンジニアリングチーム チーフコンサルタント
iii
サイエンスソリューション部 デジタルエンジニアリングチーム コンサルタント
iv
サイエンスソリューション部 デジタルエンジニアリングチーム コンサルタント
v
サイエンスソリューション部 デジタルエンジニアリングチーム コンサルタント
vi
サイエンスソリューション部 デジタルエンジニアリングチーム 次長
1
博士(理学)
博士(工学)
博士(工学)
固体高分子形燃料電池の開発は,実際の運転状況に
おける動作や制御を考慮し,さらなる高出力化,燃
費性能や耐久性の向上と製造コストの低減との両立
が求められる段階へと進み,メーカー各社の競争が
さらに激化していくものと考えられる.
燃料電池システムの開発に必要なコストが増大し
ていく中で,大量の試作検討を代替し,燃料電池ス
タックの作動環境における発電特性と内部現象を予
測することができるシミュレーション技術へのニー
ズが高まっている.そのため,当社では,固体高分
子形燃料電池シミュレータ P-Stack の開発 1), 2) とソ
フトウェアの年間使用許諾ライセンス提供,P-Stack
を用いた燃料電池セルの性能解析や燃料電池システ
ムに関わる物理モデル開発,受託解析コンサルティ
ングを 2000 年代初頭から展開してきた.
本稿では,P-Stack 次期バージョン 4.0 の開発の成
果を紹介する.最新バージョンにおいては,FCV に
搭載される 300~400 枚のスタック実機全体を対象
として,実運転モードを想定した非定常な条件下で
解析し,発電特性や反応分布,ガス・水分分布,温
度分布などの詳細な内部現象を把握して設計開発の
現場に有用な情報を提供することを目標としてきた
3)
.また,GUI(Graphical User Interface)を一新して
ユ ー ザ ービ リ テ ィを 大 きく 向 上 する と と もに ,
3D-CAD データに基づく自動的なメッシュ生成など
の新機能を導入し,現場における開発工程のスピー
ドに対応した利用しやすいツールとなっている.こ
こでは P-Stack バージョン 4.0 の全体イメージと実機
スタックレベルの解析事例を示し,あわせて GUI,
自動メッシュ生成および計算ソルバの特徴について
紹介する.
2 P-Stack 4.0 による解析手順
P-Stack を用いた燃料電池の解析は図 1 に示す手順
で行う.これらの一連の処理は P-Stack 専用の GUI
を用いて行う.次章以降に各機能の詳細について述
べる.
3D-CADファイルのインポート
自動メッシュ生成
CFD計算による流路の熱流体特性の決定
燃料電池の発電特性と内部状態の計算
各種計算結果の可視化
図1
P-Stack 4.0 による解析手順
3 GUI(Graphical User Interface)
P-Stack ではシミュレーションの前準備から実行
及び計算結果の可視化までの一連の処理を専用の
GUI を用いて行う.P-Stack の GUI 画面は図 2 に示
すように複数のペインから構成される.部品ツリー
部品ツリーペイン:部品の構成を決定する
3D表示ペイン:部品の表示や境界面の選択などを行う
メッセージペイン:操作指示や設定項目の
漏れや誤りをメッセージで表示する
部品プロパティーペイン:部品の属性(材料物性やモデルなど)を割り当てる
図2
P-Stack 4.0 の GUI の画面構成
2
操作/プロパティーペイン:
各種操作や属性の登録などを行う
ペインでは燃料電池スタックの基本ユニットの部品
構成(セパレータ,流路,MEA など)を指定し,部
品プロパティーペインでは選択中の部品の材料物性
やモデル,初期条件などを指定する.操作/プロパテ
ィーペインではメッシュ分割や計算実行,可視化な
どの各種操作や,材料物性やモデル,運転条件など
の設定を行う.
や運転条件など測定試験データからの入力を容易に
するため,これらの値は Microsoft Excel®からコピー
&ペーストできる(図 5)
.
3.1 シミュレーションの前準備
シミュレーションの前準備として,(1) 3D-CAD の
読み込みとメッシュ生成,(2) CFD 計算による流路
の熱流体特性の決定,(3) 材料物性やモデル,運転
条件などの設定を行う.
P-Stack 4.0 では 3D-CAD を読み込んだ後,図 3 に
示すメッシュ生成画面でメッシュ生成を実行できる.
前バージョンの P-Stack ではメッシュを手動で作成
する必要があったため,P-Stack 4.0 では前準備にか
かる時間が大幅に削減されている.
図 4 メッセージペインに表示される操作指示や
エラーメッセージ,警告メッセージの例
P-Stack GUI
コピー&ペースト
Microsoft Excel®
図 5 材料物性や運転条件の入力画面.
Microsoft Excel®からのコピー&ペーストも可
3.2 シミュレーションの実行
P-Stack では CFD 計算およびソルバの実行は Linux
の計算サーバで行う.計算サーバへの計算の投入,
計算結果のファイル転送は Windows 上の GUI を用
いて行うため,ユーザーがコマンド操作を行う必要
ない.計算条件を変更しながら複数の計算を実行で
きるため,パラメータースタディを容易に実行でき
る.実行中のジョブの進捗状況や収束状況などは随
時可視化し,GUI からジョブを監視できる(図 6).
図 3 メッシュ生成画面
燃料電池内部現象は,伝熱,流動,化学種の物質
移動,電気化学反応といった複数の物理が連成する
マルチフィジックスであり,一般的に計算負荷が増
大する.この問題に対し,P-Stack では CFD 計算結
果をもとに流路間およびセル間の流量分布および全
体の圧力損失を再現する配管流動モデル,MEA の基
本特性を再現する触媒層内の集中定数モデルを導入
している.これらはモデルオーダーリダクションの
考え方であり,要求される計算精度を確保しつつ計
算負荷を大幅に低減できることが特徴である.
また,燃料電池のシミュレーションはマルチフィ
ジックスであるがゆえに必要な設定項目が多い.そ
こで,ユーザーの設定漏れや誤りを防ぐため,メッ
セージペインには設定に関するエラーや警告が随時
表示される(図 4)
.ユーザーは表示されるメッセー
ジに従って設定項目を修正できる.また,材料物性
図6
3
Linux の計算サーバにジョブを投入する画面.
コマンド操作無しにジョブを投入できる
3.3 シミュレーション結果の可視化
込み,形状ヒーリングおよび簡略化を行った上,計
算に用いるメッシュを自動的に生成する.簡略化の
際は元の形状の特徴線を可能な限り保持しつつ,金
属セパレータなどのフィレットやエンボスなどは直
線的に近似される.図 9 および図 10 にガス流路入口
周辺の形状および流路断面の形状をそれぞれ示す.
計算が完了すると自動で計算結果がサーバからダ
ウンロードされ,GUI 上で各種グラフの可視化を行
うことができる.例えば,図 7 に示すように条件を
変えて実行した 3 つの計算の I-V 特性を重ねて表示
することもできる.
(a) 入力 CAD
図7
I-V 特性の可視化例
また,P-Stack 4.0 にはオープンソースの可視化ソ
(b) 自動生成されたメッシュ
フトウェア ParaView を独自に改良したものを可視
図 9 ガス流路入口周辺の形状
化ツールとして搭載しており,図 8 に示すように各
種のコンター図などを表示することができる.
(a) 入力 CAD
(b) 自動生成されたメッシュ
図 10 流路断面の形状
図8
CAD ファイルは燃料電池セルユニットを構成す
る部品単位で分かれて存在するものとし,部品ごと
に特定の物性および物理モデルが適用される.いく
つかの部品は CAD データに特定の制約が存在する,
あるいはメッシュ生成に際して特殊な処理がなされ
る.たとえば,流路の断面方向は1メッシュのみで
表わされる(図 10).また,マニホールドは積層方
向に関して貫通した一体形状である(図 11)
.MEA
ParaView による可視化例
アノード流路内の圧力分布
4 計算メッシュの生成
4.1 セルユニットの自動メッシュ生成
P-Stack では,設計に用いられる燃料電池セルユニ
ットの CAD ファイル(STEP フォーマット)を読み
4
(Membrane Electrode Assembly)の CAD ファイルは
1 枚の平板として与えられ,メッシュ生成過程にて
最大 7 つのレイヤに分割される(図 12).
そのため,スタックのうちエンド側のユニット
ではセパレータより外にある不要な部品は削
除される.
3. 単独モード
 ユニットの積み上げをしないモード.
 ユニットの CAD が 1 周期分のデータで構成さ
れている必要はない.ただし,エンド側部品は
マニホールド部分を除き,固体部品(セパレー
タやシールなど)であることが必要.
図 11 マニホールド(赤)の形状
アノードGDL
アノードMPL
MEA
アノードCL
PEM
カソードCL
カソードMPL
(a) 周期境界モード
カソードGDL
図 12 MEA から分割生成される部品
メッシュ内の各セルは任意個の面から成る多面体
であり,多面体の各面は任意個の点からなる多角形
である.多面体の重心にはノードが定義される.ノ
ード・ジャンクションモデルにおいて参照される多
面体の体積や面積は,計算精度を担保するために形
状簡略後のメッシュにおける値ではなく,形状簡略
化前の実形状における値である.境界条件に関して
は,マニホールドの入口面・出口面のみ GUI 上から
指定し,それ以外の境界および部品間の接続情報は
自動的に生成される.
生 成 さ れ た メ ッ シ ュ は CGNS ( CFD General
Notation System)フォーマットのファイルとして保
存される.
(b) スタッキングモード
図 13 ユニットメッシュの積層モード
4.3 並列分割
並列分割の単位はセル積層方向についてはユニッ
ト単位,セル面内方向については縦および横それぞ
れの方向について等間隔分割とする(図 14)
.
4.2 ユニットメッシュの積層モード
生成した 1 ユニット分のメッシュ(以下,ユニッ
トメッシュ)は積層方向に任意の個数分積み上げる
ことができる.以下の 3 つのモードが存在する.
1. 周期境界モード(図 13(a))
 ユニットを積層方向に積み上げスタックを形
成し,両エンド側が周期的に接続するモード.
 ユニットの CAD は 1 周期分のデータで構成さ
れていることが前提.
2. スタッキングモード(図 13(b))
 ユニットを積層方向に積み上げスタックを形
成するモード.
 ユニットの CAD は 1 周期分のデータで構成さ
れていることが前提.
 エンド側部品はセパレータである必要がある.
(a) 積層方向の分割単位
(b) 面内方向の分割単位
図 14 並列時のメッシュ分割単位
5
5 計算ソルバ
る起電力と,GDL およびセパレータにおける電気伝
導方程式によって求められる.加えて,発電反応に
P-Stack ソルバは,PEFC スタックの複雑な挙動を
よって生じる熱は,PEM の乾湿状態に作用し,MEA
高速かつ十分な精度で解析することを目的としてい
における起電力に影響を与えるため,スタック全体
る.特に,精度を保持しつつ解析に必要な計算量を
の熱輸送も解析の対象となる.通常,燃料電池スタ
低減するため,一般にマルチディメンションモデル
ックはこうした熱管理のために冷却水流路を含んで
と呼ばれるアプローチに類似した方法を採用し,
おり,冷却水流路における流動現象も合わせて解析
様々な観点から詳細化を行った.このアプローチで
する必要がある.P-Stack ソルバは,このような複数
は,比較的粗い計算格子を用いて燃料電池スタック
の物理現象を連成させた計算を行い,固体高分子形
の構造をモデル化しつつ,複数の工学モデルを組み
燃料電池の挙動を解析する.表 1 に P-Stack が解析
合わせて精度を保証している.
対象としている各種の物理をまとめた.
V
図 1 に示したように,P-Stack が行う計算処理は 2
ガス流路
(1D/2D モデル)
つの段階に分かれる.まず,初めにセル 1 枚のアノ
H2O
ード・カソード・冷却水のそれぞれについて,流路
eH2
部分を細かく解像した単相流の CFD 解析を自動的
O2
に実行し,ガス流路の流体特性パラメータを抽出す
H+
る.この計算は 4 章で示したメッシュと異なり,セ
セパレータ
(3D モデル)
ルの構成から自動的に構成された CFD 専用のメッ
GDL
(3D モデル)
シュを使用する.解析の設定・実行・パラメータ抽
PEM
カソード触媒層
アノード触媒層
(0D 表面モデル) (1D モデル) (0D 表面モデル)
出等の処理は全て自動的に行われるが,得られた流
体特性パラメータを実験結果と適合させるための操
セル
作パラメータを入力し,さらに精度を向上させるこ
図 15 PEFC の模式図
とも可能である.
図 15 に,発電時の燃料電池セルの挙動を模式的に
続いて,4 章で示したメッシュを用いて,実際の
示した.固体高分子形燃料電池においては,反応物
運転挙動の解析を行う.P-Stack では,解析に必要な
である水素と酸素(空気)を導入し,生成物である
計算量を低減するため,比較的粗い計算格子を用い
水を排出するための流路における気液二相流挙動と, てスタックの構造をモデル化している.このモデル
では,流路断面内の流体挙動や多孔質内の空孔レベ
各ガス種の輸送を解析する必要がある.さらに,こ
うしたガス種は GDL(Gas Diffusion Layer)を通し
ルの物質輸送,あるいは触媒層における局所的な反
て触媒層に到達するため,GDL における多孔質内の
応分布やイオノマー内のイオン・物質の輸送など細
流動およびガス種輸送も同時に考慮しなければなら
かいスケールの現象を直接計算せず,それらの影響
ない.また,スタック内の電流分布は,MEA におけ
を考慮した様々な工学モデルを適用している.
液相単相流
 Darcy則に基づく、圧損分布係数に従う単相流動による流量分布の解析
ガス種輸送
 流体解析による流量分配に従う多成分
ガス拡散の解析
 触媒層における反応ソースの考慮
 MEAにおける拡散(クロスリーク)の考慮
2D
3D
 流体運動と伝導による熱輸送
 反応熱、および水の相変化に伴う潜熱を考慮
2D
3D
熱輸送
電気伝導
 固体内電気伝導
 MEAのプロトン伝導度を考慮
 触媒層による反応電流をソース
PEM
3D
触媒層
2D
GDL / MPL
 Darcy則に基づく、圧損分布係数に従う気液二相流動による流量分布の解析
セパレータ
気液二相流
冷却水流路
マニホールド
概要
冷却水流路
モデル
ガス
マニホールド
P-Stack が取り扱う物理現象と部位ごとのモデル化
ガス流路
表 1
3D
2D
2D
3D 0D 1D
2D
2D
3D 3D 0D 1D
3D 3D 0D 1D
6
6 解析事例
解析においては,スタックの構成による影響を確
認することを目的に,複数の異なる条件についての
P-Stack を用いた解析の一例として,自動車用を想
解析を実施した.いずれの場合も解析に使用したメ
定したスタック全体の解析を示す.今回解析したス
ッシュに大きな差異はなく,スタック全体で 1700
タックは,図 16 に示すセルを 300 枚積層したもの
万要素程度である.解析時間は条件によって若干変
である.表 2 にセルの諸元を示した.このスタック
化するが,基本的なケースでは 60 コアの計算クラス
を構成する各セルは直線状の流路を持ち,アノード
タを用いて 12 時間程度を要した.
とカソードのガスがそれぞれ逆向きに流れる対向流
型の配置となっている.反応面積は 260cm2 である.
6.1 マニホールド配置の影響
断面は図 16(d)に示した通りで,1 セルにつき 1 枚の
スタックの設計において,アノード・カソードの
冷却水流路が存在している.
ガス,及び冷却水のマニホールドの設計は重要なポ
イントである.マニホールドの配置によってスタッ
ク内のガス及び冷却水の流量分配や,各ガス種及び
熱の輸送状況が変化するため,スタックの運転状況
に対して無視できない影響が現れる.
(a) アノード流路
(b) カソード流路
まず,マニホールド配置による影響を示す一例と
して,図 17 に示す 2 通りの配置についての解析を
行った.配置 1 はアノードとカソードそれぞれが同
じ側にマニホールド入口および出口を持つ構成であ
(c) 冷却水流路
り,配置 2 はそれぞれが逆側にマニホールド入口及
(d) 積層パターン
び出口を持つ.このため,配置 1 においてはガスが
図 16 セルとスタックの構造
スタック内で方向転換する形で流れるのに対し,配
置 2 においてはガスがスタック内を通過する構成と
表 2 解析対象セルの諸元
なっている.なお,冷却水マニホールドの配置は 1,
セル外形
310mm×150mm
MEA反応面積
MEA 反応面積 : 260cm2
積と省スペース化のトレードオフによる影響を確認
流路配置
平行流路
するため,配置 1,2 のそれぞれについて,マニホー
セパレータ材質
金属板(プレス成型を想定)
ルド断面積を 3cm2 と 6cm2 に変更した場合の解析を
流路深さ
ガス: 0.5mm 冷却水: 0.5mm
実施した.以上により,解析を行ったケースは 4 ケ
バッファ部深さ
ガス: 0.2mm 冷却水: 0.3mm
流路ピッチ
3.9mm (リブ幅1.5mm)
ストイキ比
An: 1.43 (70%) / Ca: 1.67 (60%)
流入ガス湿度
An: 50%RH / Ca: 50%RH
出口圧力
50kPa, (vs gauge)
冷却水温度
353.15 K
2 いずれも同様である.さらに,マニホールドの容
ースとなる.
(a) マニホールド配置 1
本解析では,スタックが安定して運転している状
況を解析の対象とし,スタックの運転条件(出力
0.2A/cm2 に対して,アノード側ストイキ比 1.43,カ
ソード側ストイキ比 1.67)において,60 秒間ホール
ド後の安定状態を計算結果とした.また,熱的な境
界条件としては,両端セル表面及び側面において,
(b) マニホールド配置 2
室温(20℃)に対する熱伝達率固定境界条件(静止
2
図 17 解析に用いた 2 通りのマニホールド配置
気体相当の熱伝達率 10 W/m K)を仮定した.
7
解析の結果得られた各セルの流量分配とセル電圧
及び反応過電圧の分布を図 18 及び図 19 に示す.ま
ず,流量分配から,配置 2 の場合により平坦な流量
分布が得られることが確認できる.これは,配置 1
においては,マニホールド入口及び出口から最も離
れたセルの流量が著しく低下することによる.一方,
セル電圧の分布を見ると,マニホールド断面積 6cm2
の場合には大きな差異は見られず,このような低出
力の運転においては配置 1 においても十分に反応ガ
スを供給できていることを示唆している.一方,マ
(a) 断面積 6.0 cm2
ニホールド断面積 3cm2 の場合には,セル電圧に最大
で 4mV 程度の差異が見られた.これは,図 20 に示
す MEA の含水分布から確認できる通り,3cm2 のマ
ニホールドでは冷却水側において下流となるセルの
冷却水流量が優位に低下し,PEM 内含水量が低下す
ることで抵抗が増大したことに起因する.流量分配
に偏りのある配置 1 の方が平坦なセル電圧分布を見
せているが,これは反応ガスの流量分配による効果
と冷却水の流量分配による効果がそれぞれ逆に働い
たことに起因するものと考えられる.
(b) 断面積 3.0 cm2
図 19 マニホールド断面積の違いによる
スタック内各セルの電圧とカソード過電圧
(a) 断面積 6.0 cm2
(a) 断面積 6.0 cm2
(b) 断面積 3.0 cm2
図 20 マニホールド配置による PEM 水分率λの差異
(マニホールド断面積 3.0cm2)
6.2 出力電流密度による影響
(b) 断面積 3.0 cm2
次に,出力電流密度の影響を確認するため,作動
図 18 マニホールド断面積の違いによる
条件における出力電流密度を 1.0A/cm2 に変更した場
スタック内各セルの流量分配
合の解析を行った.スタックの構成は配置 2 とし,
マニホールド断面積は 6.0cm2 のものを対象とした.
8
7 おわりに
セル電圧及びカソード反応過電圧の分布を図 21
に示す.高出力密度の場合,端部セルにおいてセル
固体高分子形燃料電池シミュレータ P-Stack の特
徴を解説した.P-Stack は燃料電池の複雑な構造や物
理現象を取り扱う GUI や自動メッシュ生成機能,流
路特性の自動決定機能などを有しており,運転条件
下における実機スタック全体の内部現象を解析する
ことが可能である.
本稿では解析事例として形状や出力電流密度を変
更した場合のスタックの発電特性及び内部現象の解
析例を示した.このような解析により,マニホール
ド形状の最適化を図ることや,高負荷発電時におけ
る性能低下のメカニズム等を把握することができ,
設計開発において有用な情報を,試作前に獲得する
ことができる.さらに,実験では計測することが難
しい内部状態を詳細に分析できることも極めて重要
な利点である.
電圧が 10mV 程度低下することが確認できる.これ
は,図 22 に示すカソード側 GDL 酸素分圧分布の通
り,端部セルにおいては放熱の影響により凝縮が促
進されるため出力の増大による生成水量の増大の効
果が無視できないものとなり,液水が排出しきれず
酸素量が低下したことによると考えられる.
今後は,実機の運転条件を模擬した解析へと適用
範囲を広げるとともに,電極の劣化などの現象を解
析する機能も併せ,燃料電池の発電特性のみならず,
(a) 出力電流密度 0.2 A/cm2
劣化状況の予測や性能向上に向けた制御手法の設計
を可能にする.さらには周辺機器と合わせた燃料電
池システム全体のシミュレーションを行う手法を確
立することで,シミュレーションによるシステム全
体の設計開発の実用化を図る計画である.
引 用 文 献
1) Yoneda, M., Tago, Y, Suzuki, K., Takimoto, M. and
Ejiri, E.: Macroscopic Modeling and Simulation for
Polymer Electrolyte Membrane Fuel Cell, ECS
Transaction, 3 (2006), 1105-1104.
(b) 出力電流密度 1.0 A/cm2
図 21 出力電流密度の違いによるスタック内の
セル電圧及びカソード過電圧の分布
2) Yoneda,
M.
and
Takimoto,
M.:
Macroscopic
Modeling of Two-Phase Flow Transport Inside
Polymer Electrolyte Fuel Cells, ASME 2010 8th
International Fuel Cell Science, Engineering and
Technology Conference, 1 (2010), 497-504.
3) 米田雅一,高山務,茂木春樹,吉村英人,高山糧,
仮屋夏樹:固体高分子形燃料電池シミュレータ
P-Stack 次世代版の開発,みずほ情報総研技報,
(a) スタック端セル(ガスマニホールドから最遠)
Vol. 7 No. 1, (2015), 6-17
(b) スタック中央セル
図 22 出力電流密度 1.0A/cm2 の場合の
スタック内における酸素分圧分布の差異
9