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世界は「排外主義」に向かうの
か?
2017年2月17日
於;東京都高等学校公民科「倫理」『現代社会」研究会
第3回研究例会
首都大学東京 江原由美子
反グローバリゼーション?
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2016年6月イギリス国民投票でEU離脱派勝利
2016年11月 アメリカ大統領選挙でトランプ勝利
数十年来の政治思想動向の大きな変化?
「グローバリゼーション」から「反グローバリゼーション」へ?
グローバリゼーションとは?
一般的には、ヒト・モノ・カネ・情報等が国境を越えて移動す
ることが増加すること。この意味でのグローバリゼーションは、
近代化以降ずっと続いてきたが、より狭義にはこの言葉が使
用されるようになった、1990年代以降の次のような状況を指
す。つまり、地球上のある地点で発生した出来事が国境を越
えて遠く離れた地点での社会的営みに、時間差なく直接的に
影響を及ぼすようになる状況である。この状況を生み出した
要因は、情報通信網の発達と社会主義社会崩壊である。
グローバリゼーションの多面性
• グローバリゼーションには、経済的グローバリゼーショ
ンだけでなく、社会的文化的グローバリゼーションや、
政治的グローバリゼーション等多様な側面が存在。
• 経済的グローバリゼーション=多国籍企業による国境
を越えた経済活動や、世界貿易の拡大等
• 政治的グローバリゼーション=国家を超えた政治的
機関(国際機関、IMF、世界銀行、WTO等)の力が増
大することや、EUのような国家を超えた政治的共同
体が作られること。
• 社会的文化的グローバリゼーション=国際労働力移
動の増大・海外旅行の増加・各国間の文化交流の高
まり・混交文化の形成等。
反グローバリゼーションの多義性
• 「反グローバリゼーション」「反グローバリズム」と言っ
た場合、グローバリゼーションのどの側面に重きを置
くかによって、意味が異なる。
• 例 世界社会フォーラムの「反グローバリゼーション」
は、経済的グローバリゼーションに反対すること。
• トランプ大統領の「反グローバリゼーション」は、経済
的グローバリゼーションには明確には反対しないまま
多国籍企業の海外への工場移転を抑制し、人の移動
の側面(社会的文化的グローバリゼーション)を押しと
どめようとすることに主眼がある。イギリスも同様だが、
政治的グローバリゼーションにより強く反対している。
「反グローバリゼーション」の背景
• イギリスEU離脱・アメリカトランプ大統領勝利
の背景には、国内格差の拡大があると言わ
れる。
• 経済的グローバリゼーションは、発展途上国
の経済成長率を上げたが、貧困層は存在。
他方先進国では確実に格差が拡大した。
地域別GDP成長率
拡大する格差
資産上位1%の人を中央値の人と比較した倍率の、年次推移(アメリカ)
資産の配分
なぜ格差が拡大したか?
• 1970年代・80年代 日本・ドイツに製造業において後れを
取ったイギリス・アメリカが、相次いでネオリベラリズム政
策をとり、税金を軽減し福祉を縮小することで、製造業の
国際競争力回復を目指した。その結果多国籍企業が生ま
れグローバル化が加速した。しかしその結果逆に国家は、
企業減税を強いられるようになった。企業が国家を選択す
るほどの力を持つようになったからである。国内格差の増
大は、企業減税を行うことによる福祉縮小・所得再分配政
策の縮小などの国際施策の影響をも受けている。
• ネオリベラリズム政策の転換と社会的再分配政策無しに
は国内格差の是正は無理
• タックスヘイブンの存在その他で、ネオリベラズム政策の
転換は困難。
法人実効税率の国際比較
世界のタックスヘイブン
所得税・住民税の負担水準の国際比較
先のばしされる解決
• 本来は政治的グローバリゼーションを進めること
によって、減税圧力を是正し、公的領域を維持・
回復することが必要。
• しかし、イギリス・アメリカの動きは、社会的文化
的グローバリゼーションや政治的グローバリ
ゼーションに反対する動き。
• 格差拡大はあたかも国内政治問題ではなく、外
国・外国人のせいであるかのような責任転嫁が
行われている。トランプ政権=より多くの企業減
税を行うという期待から株価が上昇。→マイノリ
ティへの責任転嫁?
1980年代以降の社会運動と階級問題・格差問題
• 1960年代まで 社会運動は階級問題が全面化してい
た。社会主義社会・共産主義社会の実現という未来
像もリアリティがあった。
• しかし階級問題中心の社会運動の組織化野中では相
対的に重要視されない社会問題が存在。女性問題・
人種差別問題・環境問題・セクシュアル・マイノリティ
運動等。1970年代、社会主義社会の実像が明確に
なってきたこともあり、「新しい社会運動」が提唱される。
• ソ連型社会主義国家の崩壊とともに、社会運動の中
心は階級問題・貧困問題から移動。差別問題・環境
問題等が、社会問題の中心に。
格差拡大と差別
• 1980年代 一方における国内格差拡大の現実と、他方に
おけるマイノリティの社会運動の台頭。
• 格差拡大しながらも、他方においてその格差問題を問題
化する正当な枠組みの不在。階級問題という問題の立て
方の「消滅」。社会的カテゴリーの明確さゆえに、マイノリ
ティ問題においては「支配層」「差別者」と見なされる側に
立った人々の中にも貧困問題がのしかかる。けれども社
会運動側にはそれに寄り添う十分な言葉がない状態。
• 他方、マイノリティの側は、経済的格差拡大によって、マ
ジョリティの側以上に痛みを受けてしまう。それゆえ差別
はより強まっていると感じる。→マジョリティとの共闘が困
難
拡大する人種間格差
• 米調査機関ピュー・リサーチ・センターによると、白人世帯の資産額の中
間値は2011年の時点で、9万1405ドル。黒人は6446ドルだった。自
宅の所持者が黒人に極めて少ないことが大きな要因となっている。
• 米国民の資産の中で持ち家所有は大きな位置を占めている。米国勢調
査局によると、持ち家がある白人の比率は今年の第2四半期(4~6月)
の時点で72.9%。黒人は43.5%だった。
• 黒人の所得額は白人より総じて低く、蓄財が難しい環境にも置かれてい
る。米調査企業Sentier Researchによると、黒人世帯の所得額の中
間値は今年6月時点で3万5416ドル。白人は5万9754ドルだった。
• 黒人は白人に比べ、高い失業率にも襲われている。労働省の統計によ
ると、白人の失業率は今年7月に5.3%だったが、黒人は11.4%。こ
の大きな失業率の差は少なくともここ数年続いているという。
• 低所得や高失業率など黒人が直面する厳しい労働環境は高い貧困率に
もつながっている。国勢調査局によると、黒人の貧困率は2012年で27.
2%、白人は9.7%だった。黒人4人のうちの1人以上が貧困に陥り、白
人は10人に1人以下の計算となった。
「排外主義」?
• 排外主義(はいがいしゅぎ)とは、外国人や外国製の
商品、思想を排斥すべきだとする思想傾向。外国嫌い
(がいこくぎらい)やゼノフォビア(英語:xenophobia)と
もいう。
• 国内の十分な成員性を獲得していない外国人や不法
移民を攻撃対象にすることによって、不満のはけ口に
する。
• 攻撃対象をそうした人々に限ることによって、経済的
格差拡大による貧困化に向き合うことを避けられる。
また不法外国人等の問題を放置し、マイノリティに良
い顔をしているエリート層も批判できる?
ナンシー・フレーザー
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かなり早くから社会運動側の経済的格差問題の取組の不十分性を意識していた
研究者に、ナンシー・フレーザーがいる。
ボルチモア生まれ。ニューヨーク市立大学大学院センターで博士号取得。ノース
ウェスタン大学哲学部を経て、現在、ニュー・スクール・フォー・ソーシャル・リサー
チ(the New School for Social Research)の政治・社会科学教授。
単著[編集]
Unruly Practices: Power, Discourse and Gender in Contemporary Social Theory,
(Polity Press, 1989).
Justice Interruptus: Critical Reflections on the "Postsocialist" Condition, (Routledge,
1997).
仲正昌樹監訳『中断された正義――「ポスト社会主義的」条件をめぐる批判的省
察』(御茶の水書房, 2003年)Reframing Justice, (Koninklijke Van Gorcum, 2005).
Scales of Justice: Reimagining Political Space in a Globalizing World, (Polity Press,
2008).
『正義の秤――グローバル化する世界で政治空間を再想像すること』、向山恭一
訳、法政大学出版局、2012年
ナンシー・フレーザー「承認と再分配」
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グローバル化した資本主義は、文化横断的な活動を増し、伝統的な解釈パターンを掘り崩し、価
値地平を多元化し、アイデンティティと差異を政治問題とさせている。そうしたなか、承認の概念は、
個人の自律が間主観的同意に依存することを説明しており、現在の多様なコンフリクトの道徳的
重要性を捉えうるものとして用いられるようになっている。ところが、再分配の問題に対する承認
の関係は、テーマ化されないままである。
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一方、再分配の概念は、かつて資本主義のフォーディズムの時代において、政治哲学や社会闘
争にとって中心的な意味を有していた。公正な分配のパラダイムは、戦後社会のリベラリズムに
おいて体系的に発展し、また、当時の労働運動や社会運動の目的の定式化にもかなっていた。さ
らに、福祉国家において、さまざまなコンフリクトは資源の分配に関係づけられていた。ここでは、
平等な分配こそが「公正」の意味するところであった。したがってまた、承認の問題に対する再分
配の関係を再検討する必要は考えられていなかった。
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しかし、承認と再分配の関係は、こんにち、まさに再検討を必要としているとされる。まず、9.11が
明らかにしたとおり、宗教とナショナリティと性をめぐる諸闘争は互いに深く交差し合っており、承
認の問いを無視することはもはや不可能である。その一方で、分配の不公正の問題が意味をなく
しているわけではない。むしろ、新自由主義的なグローバル化のもと国民国家が弱体化するなか
で、経済的不平等はこんにち拡大している。
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したがって、現在の状況では、承認も再分配も、両者ともに無視されてはならない。むしろ、承認と
再分配、両方のコンフリクト状況に取り組む必要がある。
フレーザーのフェミニズム運動解釈
• 階級問題における女性問題の無視→女性も男性と同等の
主体であり、同じように尊重されるべきだという「承認」論と、
女性であることを肯定するアイデンティティ問題を提起。従
来重要視されて来なかったケア等の無償労働や人工妊娠
中絶問題、性暴力被害の問題等を表に出す。「承認」の政
治。→ゲイ解放運動
• 他方、現実には女性間の格差が拡大。フェミニズム運動
は白人中産階級の運動だとしてそこから離れていくヒスパ
ニック系の女性たちが生まれる。ここに届かないのはな
ぜ?貧困問題をもう一つの焦点にするべき。再分配の政
治の必要性。→フレーザー・ホネット論争。「承認」こそすべ
ての社会問題の中核にある問題とするホネットは、フレー
ザーの二元論を受け入れない。
• 運動側の問題はあるが、それだけか?
「マジョリティ」であろうとすることの「抑圧性」
• なぜ「マジョリティ」は、外国人非難等の「排外主
義」に寄らずに自分自身の経済的問題のみを問
題化しにくいのか?
• 自分が「困っている」ということを認めること自体
が対面を傷つける?
• 「マイノリティ」と同じような存在になること自体が
受け入れがたい?
• 暗黙の「白人中心主義」「男性中心主義」「エスノ
セントリズム」?
• 結果として、自分自身が困っていることを訴える
ことができない。→「自己責任」に似ている?
世界を「排外主義」に向かわせないために
• 社会理論と社会運動の再構築
• 経済的格差拡大の理由を明らかにし、マイノ
リティへの責任転嫁を許さない社会理論の必
要性
• 「差異とアイデンティティの政治」が持つ「排
除」的傾向を相対化する運動の必要性
• 経済的格差の是正を道徳的根拠を持って主
張できる社会理論の必要性