計画番号156-160

計画番号 156 学術領域番号 34-1
生体医工学と健康情報学の統合拠点形成
① 計画の概要
本計画は、ポストゲノムとビッグデータ(もののインターネット)時代に適応した統合科学・総合工学としての生体医工学・
健康情報学の研究推進および人材育成のための拠点を形成し、それにより、超高齢社会における健康寿命の延伸と最先端医療
が同時に実現される高度福祉社会の構築に貢献することを目的とする。
この目的を達成するために、生体機能、疾患病理、医療情報、生体ビッグデータに関する人類知を、分子レベルから組織、臓
器、個体、人間社会に至る多重の時空間スケールで統合することを可能にする情報基盤としてのフィジオーム・システムバイ
オロジーのプラットフォーム(統合生体医工学プラットフォーム)を構築し、それを国際標準として確立する。統合生体医工
学プラットフォームの上で生命医科学、生体医工学、健康情報学の研究・開発を展開することで、最先端医療機器開発および
創薬を研究段階、開発、治験、実用化までをシームレスにつなぐ。さらに、生体ビッグデータを活用するデータサイエンスと
最先端医療機器開発の融合を格段に推進し、システム科学的論理に裏打ちされた個別医療を実現化する。
② 目的と実施内容
本計画の目的を達成するには、以下の組織・設備を既存の国立研究機関および主要な大学に設置する必要がある:
1.統合生体医工学プラットフォームセンター:マルチスケール生体機能データベース・マルチスケール生体機能シミュレー
タ・医用画像・疾患データベースの統合システムの継続的開発と運用管理を実施する統合生体医工学プラットフォーム。
2.生体・健康情報データセンター:生体および健康情報に関するデータのデータベースの管理運用、生体データのキュレー
ションを行う人材(キュレータ)として、工学、医学、薬学等の分野の博士学位取得者集団を安定継続的に雇用する組織。
3.計算生物医学に特化した HPC 施設:項目1で集積した生体システム科学モデルと項目 2 で集積した生体・健康情報を融合
し、生体機能、疾病動態を解明する大規模ハイパフォーマンス計算の実施と国内外の利用者に同様のサービスを提供する組織。
4.健康・医療機器イノベーションセンター:統合生体医工学プラットフォームを活用した新規医療機器および健康機器のイ
ンキュベーションを実施する組織。
5.健康・医療機器橋渡し研究開発センター:研究開発と医療・健康ビジネスを橋渡しする人材教育組織が必要である。
6.生体医工学倫理研究センター:ヒト生体研究に関わる倫理的課題は、iPS をはじめとする再生医療のみならず、よりマクロ
な生体機能や医療・健康機器の開発・商用化においても存在する。これらの課題に対する倫理的、法律的ソリューションを開
発する組
織。
生体医工学と健康情報学の統合拠点形成
医用画像
健康寿命延伸
生体医工学倫理
研究センター
超高齢社会
フレイル
電子カルテ
生体ビッグデータ
疾患データベース
Biological/
Genomic
Databases
Physiological
Databases
Clinical
Databases
Healthcare
Databases
Model
Databases
Model
Databases
Model
Databases
Model
Databases
ウェラブル
デバイス
医学部卒後研修
in silico human
Physiological Modeling
生体・健康情報
データセンター
キュレータ―人材育成
予測医学
健康・医療機器
イノベーションセンター
健康・医療機器橋渡し
研究開発センター
計算生物医学
HPCセンター
クラウドサーバー
図1 生体医工学と健康情報学の統合拠点形成
③ 学術的な意義
生体機能は、一分子、細胞、組織、臓器、個体、社会環境の各階層における動的機能がマルチスケールに相互作用すること
で発現するので、様々な疾患は特定の階層の機能異常のみならず、階層を跨ぐ生体ネットワークの機能不全であることが明ら
かになりつつある。このような複雑系の理解と制御には、現在の要素還元的生命科学研究が産生する細分化された膨大な個別
情報と、臨床医学的に日々蓄積される医療情報、急速に IoT 化が進む日常生活における健康情報などを、各階層で個々の現象
を長期に渡り高精度に集積するとともに、定量的・数理的に記述し統合することが必要不可欠である。これを可能にする情報
基盤プラットフォーム構築は、データ駆動型、あるいは数理モデル駆動型の予測医学の実現につながり、定量的エビデンスと
論理的メカニズム理解に基づく診断や、治療方針の意思決定、新規薬物・医療機器の開発を可能にする。また、予測医学の基
盤創成と展開は、個人の健康情報の統合解析をも可能にする。また公衆衛生の革新による個別医療の推進と健康寿命の延伸が
実現され、医療資源の合理的配分に関する意思決定をサポートするシステムとしての役割を果たすことが期待される。
467
④ 国内外の動向と当該研究計画の位置づけ
計算機能力の飛躍的向上に伴い、生体・疾患に関する広範な知識を定量的に統合した工学的モデルを構築し、生体を複雑系
システムとして取り扱い、そのシステムの制御の破綻と修復という観点で疾患を分析し、治療法を開発する試みに対して、そ
の端緒を拓く研究成果が出始めている。例えば米国 NIH では、生体モデリングやビッグデータ解析を基盤とし、人体を人工的
な刺激により制御し新たな治療法を開発しようとする動きが加速している。EU においても FP7「Virtual Physiological Human」
が展開されている。ビッグデータ解析に基づく新たな医療機器・医療システムの研究開発への期待が高まっている。
⑤ 実施機関と実施体制
実施機関:日本生体医工学会、東京大学大学院工学系研究科医療福祉工学開発評価研究センター、東北大学大学院医工学研究
科、大阪大学国際医工情報センター、九州大学先端医工学診療部、国立身体障害者リハビリテーションセンター、国立循環器
病研究センター等。中核機関としては、東京大学大学院工学系研究科医療福祉工学開発評価研究センターが担当することを想
定している。運営に際しては運営委員会を置き、日本生体医工学会の公的な機能を活用しつつ、横断的な情報交換、全体調整
を行う。日本生体医工学会は日本医学会にも所属しており、工学系と医学系の学術団体を橋渡しが可能である。今回の計画で
は、生体に関するデータの標準化やシミュレーションシステムの活用法の普及・標準化が重要な課題である。同学会が実施し
ている第 1 種・第 2 種 ME 技術実力検定試験は臨床工学士の技能検定試験のデファクトスタンダードであり、臨床現場との連携
へ同学会の機能を活用する。
⑥ 所要経費
、
生体医工学と健康情報学の統合拠点形成(上記② 1~6)のための設備費(超大規模クラウドデータベース、超多並列 GPGPU
応用シミュレーションコンピュータ、レーザー顕微鏡、MRI 画像装置、全国共同利用マルチスケール動物実験施設等)62 億円、
管理費、人件費:38 億円、会議費等:2億円、広報・講習会等費用:1億円。
⑦ 年次計画
初年度:生体医工学と健康情報学の統合拠点形成に必要な 5 つのバーチャルラボ・センターを立ち上げ、各センターの研究開
発を始動し、各国の関連プロジェクトとの連携を推進する。健康・医療機器橋渡し研究開発センターでの人材育成を開始する。
2 年目:生命科学・基礎医学研究および一般健常者の健康情報の計測・収集を実施し、その成果を生体・健康情報データセンタ
ーに組織的に集約する試行ルーチンを確立する。健康情報の取り扱いに関する倫理・法律的課題を網羅的に明らかにする。
3-4年目:計算生物医学 HPC センターおよび健康・医療機器イノベーションセンターおける機器開発における統合プラットフ
ォームの利活用を可能にし、生体機能の最先端計測、生体システムのモデル化、健康情報の収集・集約とデータ解析、先端健
康医療機器の開発のシームレス化・システム化を推進する。
5 年目:健康・医療機器イノベーションセンターと健康・医療機器橋渡し研究開発センターの連携を確立し、研究開発成果の産
業化を推進し、医療機関の意思決定および一般利用者の健康管理のためのプラットフォームの試行利用を実現する。また、健
康情報の取り扱いに関する倫理・法律的課題に対するソリューションを政策として提言する。
⑧ 社会的価値
生体機能、医学、臨床医学の統合的定量化は、経済や気候と同様に社会的に最も重要かつ身近な複雑系であり、本計画で構
築する統合生体医工学プラットフォームは、それを総体として定量的に計り、記述し、制御することを可能にする方法論とそ
れを実現する科学技術基盤の構築を目指すものであり、人類が直面するこのような困難課題に対するソリューションを求める
挑戦の一端と考えることができる。超高齢社会において、医療の役割は死を回避することから、生活の質の向上を支援するこ
とにシフトしていくことが確実である。本計画は、こうした社会構造の変革を支援する情報インフラの基盤を提供する。特に、
医療資源の合理的配分に関する意思決定をサポートするシステムとしての役割を果たすことが期待される。
生体医工学と健康情報学の統合拠点
~工学技術による医学・医療の革新~
生体医工学・健康情報学=ポストゲノムとビッグデータ(もののインターネット)時代に適応した統合科学・総合工学
健康寿命の延伸と最先端医療を同時に実現する高度福祉社会の構築
統合生体医工学プラットフォーム形成
世界最大規模の研究推進・人材育成拠点形成
/国際標準として確立
=
“死の回避”から
“コミュニティの中の
実生活支援へ”
- 従来技術で確認説明が困難な病態に関する
知識や新たに生じる課題に対応
- 医療資源の合理的配分に関する意志決定を
サポート
- 統合科学の視点に立った医科学の再体系化
計算生物医学に
特化したHPC施設
大阪大学
国際医工情報センター
健康・医療機器
イノベーション
センター/
健康・医療機器
橋渡し研究センター
超高齢社会に資する
システム科学的医療戦略
/個別医療の実現
“生体ビッグデータを活用する”
データサイエンス
(ことづくり)
〔中核機関〕
東京大学
日本生体医工学会
大学院工学研究科
医療福祉工学
開発評価センター
統合生体医工学
プラットフォーム
センター
東北大学
医工学研究科
生体医工学・健康情報学
統合拠点
生体医工学と健康情報学の統合拠点形成
による先進医療・社会システムの実現
○革新的健康情報の階層プラットフォーム創生
(生命科学研究・臨床医学知見の高精度集積)
○ヒトゲノムともののインターネット競争市場の
先進的開拓
国立身体障害者
リハビリテーションセンター
九州大学先端医工学診療部
国立循環器病研究センター
最先端医療機器開発
(ものづくり)
生体・健康管理
データセンター
生体医工学
倫理研究センター
(人材育成、データベース)
○新たな健康寿命の価値・品質発展に貢献
(倫理・法制)
図2 統合生体医工学プラットホーム
⑨ 本計画に関する連絡先
佐久間 一郎(東京大学・大学院工学研究科)杉町勝(国立循環器病センター) 山家智之(東北大学医工学研究科)
468
計画番号 157 学術領域番号 34-1
あらゆる分野の因果推論を支援するデータ解析・可視化研究コミュニティの構築
―1億総明晰社会実現に向けて―
① 計画の概要
本研究計画マスタープランでは、計測や計算によって、さまざまな現象から得られるデータを活用して科学的発見を促す対
話型データ分析・可視化(Data Analysis and Visualization:DAV)環境の開発とその社会実装を実現するための DAV 研究コミ
ュニティの構築を目指す。
本研究計画において、科学的発見については、科学的方法による研究活動で得られる発見であると考える。ここで、科学的
方法では、対象となる現象の観察、関心をもつ現象に対する問題の設定、問題に対する仮説の構築、構築された仮説の検証、
検証された仮説の社会実装という要素から構成される。このうち、科学的発見において、重要な役割を果たす仮説は、因果関
係として構成されることが多い。因果関係は、XX(原因) ならば YY(結果) という形式で記述されることが多く、仮説を操
作化(演算可能な形式に変換)したうえで、これらにデータを対応させることができる。
本研究計画は、科学的方法の各構成要素に対応する。現象観察、問題設定については、関連する現象に関するデータ生成技
術の整備・開発が関係する。データ生成の段階においては、データ全体を俯瞰するためのデータ可視化技術も整備・開発の対
象である。仮説構築・検証については、データから因果関係の探索を支援するためのデータ分析技術の整備・開発を行う。ま
た、因果関係が成立する時空間を特定するためのデータ可視化・対話操作技術も整備・開発の対象である。特に、検証された
仮説の社会実装の段階においては、対象とする分野に関する臨場感を生成するための技術の整備・開発が必要である。また、
本研究計画においては、因果関係 探索技術などデータ分析に関する最新成果の集積を行い、文脈に応じた利活用の推進を図る。
② 目的と実施内容
目的)DAV 技術の整備・開発状況については、海外の充実度に比較して、国内の状況はよいとは言えない。海外においても因
果推論の支援の観点では、不十分である。この問題を解決するために、本研究では、因果推論を支援する DAV 環境を構築し、
その有効性をさまざまな分野で実証する。このために、本研究計画では、以下の問いを明らかにする。
a)あらゆる分野における仮説構築・検証に資するよう、その分野固有のデータを適切に表現できるか?
b)設定された問題に対して、仮説構築・検証に資するよう、適切な DAV 技術を整備、開発できるか?
c)検証された仮説に対して適切な社会実装技術を開発できるか?
実施内容)
あらゆる分野における仮説構築・検証に資するよう、さらにデータ出自管理の重要性に配慮し、上述の目的を実現するため
に以下を実施する。
a)データ生成研究
分野固有のデータを適切に表現し、これをクラウドなどにアーカイブするために、本拠点では、DAV 拠点向けに、当該拠点の
強みとする分野固有の現象からデータを計測・計算したり、社会実装拠点向けに、当該分野における文脈を適切に表現するた
めの出自データを生成したりする。
b)DAV 研究
DAV 技術を用いて、適切に仮説構築・検証の行えるようにするために、本拠点では、仮説から概念操作化によって導出される
因果関係をデータを使って検証するための DAV 技術を整備・開発する。また、各分野の文脈に応じて、これらを利活用するこ
とのできる対話的環境を開発する。
c)社会実装研究
本拠点では、検証された仮説を関係者と共有できる環境を整備・開発する。DAV 拠点において検証された仮説を社会実装する
ために、関係者に共感を生み出すような臨場感を提示し、仮説から導出された因果関係を提示するための対話操作環境を構築
する。これは、分野固有の文脈を除去する概念操作化とは逆のプロセスである。
③ 学術的な意義
本研究により開発される因果推論支援技術により、実際に観測されるデータだけでは明らかにならなかったような潜在因子
の予測も可能となり、様々な分野でパラダイムシフトに資する研究成果が生み出される可能性が高くなるものと予測する。こ
のように予測された潜在因子を実際に観測するための大型研究計画立案に大きく貢献できるものと推測される。
また、本研究計画により、分野を横断する融合型の研究が格段に増加するものと期待できる。融合研究の重要性は、多くの
研究コミュニティで認識されているが、分野ごとの背景の違いがその促進を阻害している。仮説構築における概念操作化によ
り、分野固有の背景がうまく拭いとられると、因果法則の共通言語化や分析手法の共通化を促進させることが可能である。例
えば、生命科学における因果関係探索技術が認知科学におけるそれにうまく利活用できる可能性が高い。
④ 国内外の動向と当該研究計画の位置づけ
我が国における DAV 技術の研究は、欧米の後塵を拝してきたが、日本シミュレーション学会・可視化情報学会において DAV
技術に関する議論を行う研究会活動が実施されている。本計画は、DAV 技術の開発とその適用を手掛ける我が国初の研究コミュ
469
ニティ構築に関するものである。
⑤ 実施機関と実施体制
「目的と実施内容」での記述内容に対応して、以下のような拠点と担当を提案する。
⑥ 所要経費
<データ生成研究拠点> 初年次
480,000,000 円 以降毎年 165,000,000 円
設備費:会話・世論の流れ計測装置 100,000,000 円/装置 (維持費 10%)
人件費:ポスドク研究員 5 名 各拠点ごとに 1 名 10,000,000 円/1 名
<DAV 研究拠点>
設備費:マルチタッチ高解像度表示装置 50,000,000 円/装置 (維持費 10%)
人件費:ポスドク研究員 5 名 各拠点ごとに 1 名 10,000,000 円/1 名
<社会実装拠点>
設備費:高臨場感表示装置 200,000,000 円/装置 (維持費 10%)
人件費:ポスドク研究員 3 名 各拠点ごとに 1 名 10,000,000 円/1 名
⑦ 年次計画
H28-32:因果推論に必要な技術の相互流通をはかり、新規で開発する必要のある技術を洗い出す。(基盤技術整備)
H33-37:洗い出された技術について、各拠点で研究開発を行う。(要素技術開発)
H33-37:開発された技術について、政策策定や教育の現場で利活用できるように社会システムを改革する。(技術適用検証)
⑧ 社会的価値
本研究では、革新的な因果推論支援技術が開発されることが予想され、そのうちの多くは、ビッグデータ解析ソフトウェア
システムとしての製品化が見込まれることより経済的・産業的価値は高い。
⑨ 本計画に関する連絡先:小山田 耕二(京都大学・学術情報メディアセンター)
470
計画番号 158 学術領域番号 34-1
オープンサイエンス推進のための研究データ基盤
① 計画の概要
科学の在り方がパラダイムシフトを迎え、2014 年度内閣府がまとめた「国際的動向を踏まえたオープンサイエンスに関する
検討会」報告書を受け、それを具体化するフェーズに入った。大学では、研究論文のオープンアクセス化だけではなく、研究
データの管理・公開に関してもポリシー策定が検討されている。爆発的に増加し複雑化する研究データの管理、研究データ公
開時の個人情報やプライバシーの問題への対処に際して、最先端の情報技術の導入が鍵となることは世界共通の認識である。
本計画では、学術コミュニティが連携し、分野を超えた研究データの管理・公開を可能とする最先端の研究データ基盤を整備
することで、我が国のオープンサイエンスを推進することを目的とする。研究データ基盤は、研究データの管理基盤、公開基
盤、ディスカバリサービス基盤から構成される。管理基盤および公開基盤については、高速、安全、柔軟なデータアクセスを
可能とするとともに、高効率・高信頼なデータ保存を実現する。また、公開基盤およびディスカバリサービス基盤は、学術コ
ミュニティで普及している共用リポジトリサービスおよび論文検索サービスを研究データに拡張し、高速かつ高効率なデータ
検索を実現する。これらの研究開発は先行する欧米のプロジェクトと連携して推進する必要がある。
② 目的と実施内容
本計画の目的は、我が国の
オープンサイエンスを推進す
るために、管理基盤、公開基
盤、ディスカバリサービス基
盤から構成される研究データ
基盤を整備し、大学や研究機
関に広く普及させることにあ
る。管理基盤では、SINET5 の
超高速ネットワークを活用し
て複数拠点に保存されたデー
タに高速にアクセスする技術
を開発する。また、高性能仮
想ネットワークと認証連携を
組み合わせた技術を導入し、
共同研究者間での安全かつ柔
軟なデータ共有を可能とする。
データの保存に際しては、ア
クセス頻度に応じて一般的な
クラウドストレージと長期保
存用のコールドストレージを自動的に使い分ける、高効率かつ高信頼なデータ管理技術を開発する。公開基盤は、管理基盤と
シームレスに接続することで、研究者に負担をかけずに研究データを公開できるセルフアーカイビング機能を備える。メタデ
ータの付与機能を仮想的に管理基盤上で提供し、研究の過程から段階的にメタデータを管理する技術を開発する。また、研究
データの引用を促進するために、公開データのバージョン管理機能や検索結果に応じた研究データの自動パッケージング技術
を開発する。さらに、データ提供時には、提供先に応じて個人特定やプライバシーに関わる情報を匿名化する機能も備え、デ
ータを保護しつつ利活用ができるようにする。ディスカバリサービス基盤は、公開基盤上の研究データ群を対象とした検索機
能を提供する。このため、複数の公開基盤から公開される研究データと、論文情報を自動的に関連付ける名寄せ機能を開発す
る。さらに、単なるキーワード検索だけではなく、研究者毎のデータ公開状況ならびに研究プロジェクト毎の成果の閲覧が可
能な技術を開発する。集約された情報は、海外の研究データ公開基盤と連携させ、国や地域を問わない研究データの発見とア
クセスを可能とする。
③ 学術的な意義
オープンサイエンスの主たる意義として、研究成果の可視性と再利用性を高めることによる、透明性・公正性の確保、研究
サイクルの加速化、学際的な研究の発展等が挙げられる。本計画は、我が国のすべての研究者に対してオープンサイエンスの
メリットを享受可能な共通基盤を整備するものであり、その効果は学術的にも計り知れない。また、セキュリティ要件やプラ
イバシー要件、研究データの長期保存ポリシーといった厳しい条件を満足する基盤の管理業務は、研究遂行上の大きな負担と
なっている。共通基盤を整備することにより、研究データに応じた共用を実現しつつ、研究者が研究に専念できる環境を提供
する効果は絶大である。管理基盤の共通化を図り、投資の多重化を避けるだけではなく、公開・ディスカバリサービス基盤と
シームレスに連携することができる。管理基盤・公開基盤の共通化は、研究分野間の連携を一気に促進する。複雑化と細分化
471
を深める科学の中で、学際的な領域を切り開いていくことは、すべての学問分野における急務の課題である。研究証跡を含む
研究データの保存は、いわゆる研究不正を抑止する観点でも重要となる。本計画で提案する研究データ基盤を広く普及させる
ことは、我が国から発信する研究成果の信頼性を国際的に担保する上でも重要な意義がある。
④ 国内外の動向と当該研究計画の位置づけ
欧米では 2000 年代からオープンサイエンスのための共通基盤の整備が国レベルで始まり、ケーススタディをサンプリングす
るフェーズへと移行している。研究助成機関による研究データ公開ポリシーに同調する形で、基盤の整備が進められている。
一方、我が国では研究コミュニティ毎のデータリポジトリの構築事例はあるものの、その分野と利用者は限定的である。研究
データの公開を促進するためには、リポジトリによる公開基盤に加え、研究の過程で利用する研究データの管理基盤が不可欠
である。現状のままでは、様々な研究分野における国際競争力が著しく低下する恐れがある。本計画はこの状況を打破し、オ
ープンサイエンスによるイノベーティブな研究環境を我が国の研究者に与えるものである。
⑤ 実施機関と実施体制
詳細な制度設計、事業範囲の設定および予算確保については、すべての大学の活動と密接に関係することから、文部科学省
科学技術・学術審議会学術分科会学術情報委員会にてオーソライズしつつ進めるべきである。また目的を達成するためには、
大学等との密な連携を図りながら実施することが可能な機関が主体的に計画を推進する必要がある。そのため、マスタープラ
ン 2014 の重点大型研究計画に選ばれた SINET を実現するなどの実績をもつ情報・システム研究機構 国立情報学研究所が主な
実施機関として本計画を推進することが適切である。運営、企画立案は、国立情報学研究所に既設の「学術情報ネットワーク
運営・連携本部」
、
「学術認証運営委員会」および大学図書館と国立情報学研究所の協定の下に設置された「機関リポジトリ推
進委員会」を活用し、大学等との連携のもと実施する。これらは、大学等関係者を含む委員により構成されており、大学や学
術研究機関との連携協力が確立している。さらに、国立情報学研究所が開催するフォーラム等を通し、ユーザやコミュニティ
との情報や技術の交換・交流を推進し、ステークホルダーからの意見を吸い上げ、本計画の運営や企画立案に反映していく。
⑥ 所要経費
平成 29 年度 基盤開発費(3 億円)、クラウド借料費(15 億円)、人件費(1 億円)、運用費(1 億円)
平成 30 年度 基盤開発費(2 億円)、クラウド借料費(15 億円)、人件費(1 億円)、運用費(2 億円)
平成 31 年度 基盤開発費(2 億円)、クラウド借料費(15 億円)、人件費(1 億円)、運用費(2 億円)
平成 32 年度 基盤開発費(1 億円)、クラウド借料費(30 億円)、人件費(1 億円)、運用費(3 億円)
平成 33 年度 基盤開発費(1 億円)、クラウド借料費(23 億円)、人件費(1 億円)、運用費(4 億円)
平成 34 年度 基盤開発費(1 億円)、クラウド借料費(10 億円)、人件費(1 億円)、運用費(4 億円)
平成 35 年度 基盤開発費(1 億円)、クラウド借料費(2 億円)、人件費(1 億円)、運用費(4 億円)
平成 36 年度 基盤開発費(1 億円)、クラウド借料費(1 億円)、人件費(1 億円)、運用費(4 億円)
*クラウド借料費は平成 33 年度から課金を開始。詳細は年次計画を参照のこと。
⑦ 年次計画
平成 29 年度 研究データ基盤の中核となるソフトウェアプロトタイプ(研究データ管理システム、公開リポジトリ、ディスカ
バリサービス)を開発する。また、一部の先行参加機関(3 大学、3 研究機関程度)の協力を得てケーススタディを実施する。
平成 30 年度 プロトタイプソフトウェアの機能強化のための開発を実施するとともに、実証実験を実施する。
平成 31 年度 本格運用に向けたソフトウェア整備を実施するとともに、研究データ基盤の試行運用を実施する。
平成 32 年度 研究データ基盤の本格運用を開始する。参加機関として国公私立 100 大学および 12 研究機関程度を想定する。
平成 33 年度 研究データ基盤の本格運用を継続する。参加機関として国公私立 200 大学および 16 研究機関程度を想定する。
研究データ基盤におけるストレージに係るクラウド借料の課金を開始する。平成 33 年度は平成 31 年度時点での参加機関を課
金の対象とする。以後、利用開始から 2 年間は試行参加とみなして無料とする課金モデルを適用する。
平成 34 年度 研究データ基盤の本格運用を継続する。参加機関として国公私立 300 大学および 16 研究機関程度を想定する。
平成 35 年度 研究データ基盤の本格運用を継続する。参加機関として国公私立 500 大学および 16 研究機関程度を想定する。
平成 36 年度 研究データ基盤の本格運用を継続する。参加機関として SINET 加入機関(800 機関程度)を想定する。
⑧ 社会的価値
オープンサイエンスは、研究成果の再利用性を高めることによる生産性の向上とともに、研究成果がオープンになることに
よる産学連携の促進の場としても期待され、産業界からのニーズと学術界からのシーズをマッチメイキングできる研究活動の
巨大なショーケースにもなりうる。また、シチズンサイエンスの起爆剤としても期待できる。公的資金が投入された研究の透
明性と公正性を確保するオープンサイエンスは、学術界に対する国民の理解を深める。本計画の管理基盤は、コンプライアン
スに基づき研究データを長期保存するための基盤としても意義がある。研究データに含まれるプライバシー情報等を適切にア
クセス制御することは、研究データの利活用によるプライバシー侵害の低減に直結する。科学技術コミュニティに、国民が安
心して個人・社会に関するデータを提供するための重要な礎となる。
⑨ 本計画に関する連絡先
安達 淳(情報・システム研究機構 国立情報学研究所)
472
計画番号 159 学術領域番号 34-1
融合社会脳研究センター構想
① 計画の概要
健全で豊かな社会生活を営むには、社会性を育む基盤となる「社会脳」が適切にはたらくことが必要である。
「社会脳(social
brain)
」とは自己と他者及び社会とのネスティング(入れ子)構造の認識を基盤として適応行動を導く脳の働きを指し、従来の
「生物脳(biological brain)
」の概念では見逃されていた「脳から社会を見る」という新たな視点を提供する。ここでは、自己
と他者を結ぶ社会意識はどのように脳の中に表現されているのか?という問題への答えを、新しい人文社会科学と前頭葉を中
心とした脳科学、情報学との協働作業によりもたらすことを目標とする。例えば、コミュニケーションを通して協働生活を営む
社会的存在としての人間にとって、他者との協調、共感や競合を調整する「社会脳」は、健全な社会性や道徳性などの社会意識
の基盤となるものであり、これは前頭葉の抑制や協調機能により支えられている。共感、思いやりや協働することの楽しさなど
のポジティブな社会性の心の仕組みや、嘘をついたり妬んだりするネガティブな心の仕組みは、社会脳により担われる。社会性
の基盤となるこの社会脳の機能不調により、
健全な社会適応からの逸脱が生まれる仕組
みを解明するため、心の状態を脳の信号から
解読(デコード)すること、二者の脳の社会
的インタラクションを解明することが重要
である。さらに、社会的レジリエンスを社会
脳から高めることもできる。レジリエンスは
精神的復元力とも呼ばれ、持続的ストレスに
よって損耗した健全な社会性(心)の回復を
指す。これは東日本大震災では復興の原動力
となった。本構想では、従来の脳研究では捉
えきれなかった社会脳の働きを、新しい人文
社会科学、先端脳科学や知能ロボット情報学
の視点から見直す。「融合社会脳研究センタ
ー」構想は、その成果をトランスレーショナ
ルな研究に展開して、社会に還元することも
目標とする(図1)
。
② 目的と実施内容
現代社会では、人工知能(AI)
、コミュニケーションロボットやモノのインターネット、さらに自動運転などが組み込まれた
超スマート社会が実現しつつある。ICT(情報コミュニケーション技術)で相互に認識し合いながらオンラインでインタラクテ
ィブな情報交換を行う精緻な操作技術の進化は、みかけ上人間の意識を超えるところがある。一方、人間の場合、他者の心の想
像や複数の他者間での意思決定過程、さらに協力行動などの場面において、複数の人間のインタラクティブなコミュニケーシ
ョンがどのように脳内で実現されているのかについてはほとんど科学的に解明されていない。脳内で社会における自己の位置
付けがどのように表現され、そして自他が社会的インタラクションや共感を通して社会環境や文化にどのようにポジティブに
適応してゆくのかについても未解明である。その解明には、脳のダイナミックな社会性ネットワークの仕組みを明らかにする
革新的な研究が必要である。前頭葉における創発的思考、自己や他者の認識、それらとかかわる共感、利他性、道徳倫理、文化
や宗教などの社会意識の脳内機構の研究は、新たな「融合社会脳」という新生科学により切り開かれる。本プロジェクトは、融
合社会脳研究の研究開発拠点を構築することを目的とする。文系理系の研究の融合にあたっては、異なる領域間の相互作用を
積極的に抽出し、統合のための共通のプラットフォーム設計を行う。
③ 学術的な意義
脳はどのように心を生みだすのか?という問題は、人間とは何かという問いにかかわり、学術会議の第一、二、三部の諸分野
とつながる共通のテーマである。この問いには、「社会的存在としての脳(社会脳)」の仕組みを、人文社会科学も取り込んだ
視野から考え直す必要がある。自己と対峙する社会との軋轢によって生まれるストレスやコンフリクトは、調和的社会からの
人々の逸脱を招きがちである。逸脱を防ぎ、健全で豊かな社会性を保持するには、社会脳の機能を高めて復元力を回復させねば
ならない。それには、心の前頭葉基盤を探求する心理学と連携した神経倫理学、神経哲学、神経美学、神経経済学などの新しい
人文社会科学群、神経内科、精神医学、発達障がい学などの医学や人工知能(AI)、社会ロボット学など認知科学的アプローチ
をとる情報学が相互に連携して「融合社会脳」という新学問体系を確立することが課題となる。「融合社会脳」の研究は、健全で
豊かな社会性を育み、協調性を回復し、さらに創発的知性を生みだす社会を再構築する上でも喫緊の課題である。社会脳のデコ
ーディングやデータベースの活用、革新的な脳イメージング手法の開発によって社会性の脳内基盤を解明し、人文社会科学の
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諸領域にも新たな光を照射し知の統合のプラットフォームを形成する必要がある。研究成果は、社会意識の衰退を招く学習・発
達などの前頭葉障がい、レジリエンス、いじめや虐待などの社会適応不全などの予防や回復についての問題解明にも役立つも
のである。
④ 国内外の動向と当該研究計画の位置づけ
国内外の動向は、社会脳シリーズ全 9 巻で包括的にレビューした。北米神経科学会では発表の 2 割程度が社会脳関連であり、
共通認識は他者と社会における自己の位置付けにある。例えば、道徳的判断への前頭葉の関与、前頭葉が社会脳の司令塔である
ことなどが神経倫理学で確認されている。また、芸術の楽しさを検討する神経美学、経済活動を支える脳機能を探索する神経経
済学等のインパクトが予測される。2 名の協力作業で、ハイパースキャニング法により各々の脳活動を測定すると、前頭葉下部
が神経同期し、2 名の脳が 1 つの心に融合する興味深いデータもある。また、英国のフリスは、他者の心を読む心の理論は幼児
期のこどもが他者の心を想像するために大切な社会脳の機能であるとし、虐待やいじめが社会脳にダメージを与えることを指
摘している。さらに、現代社会ではロボットを通して人間とは何かを考えることが要請されている。社会脳は革新的な新領域で
あるが、残念ながら国内外ともに社会脳に特化した「融合社会脳研究センター」はない。
⑤ 実施機関と実施体制
拠点施設としては、関西地区の京都大学と大阪大学にそれぞれの特徴を生かしたセンターを設置し相互を結んで運営する。
京都大学と大阪大学からは計画について賛同を得ている。先端脳科学と心理学を中核とする人文社会科学の融合には京都大学
医学及び文学研究科、先端情報学・医学とロボット工学の融合には大阪大学情報科学研究科及び大阪大学脳情報通信融合研究
センター(CiNET)などを実施の中核となる機関とする。京都大学と大阪大学では「融合社会脳研究センター」を建設する。ま
た、国内外の関連研究機関(札幌(北海道大学)
、仙台(東北大学)
、東京(東京大学)
、名古屋(名古屋大学)
、金沢(金沢大学)
及び広島(広島大学)
)をハブネットワークでつなぎ、さらにカリフォルニア大学やユニバーシティーカッレジ・ロンドンとも
つないで研究の連携と広報に利用し、共同利用する。実行組織としては、センター長、理事の他、専任研究員、非常勤研究員お
よび外部連携研究員からなる運営委員会を立ち上げ、これを実行組織とし、先端基礎研究、融合研究、社会展開及び連携広報等
の各部門を統括する
⑥ 所要経費
平成 29-38 年度設備費:79 億円
(中核拠点整備費(3T-MRI2 台、7T-MRI2 台、MEG2 台、光トポグラフィー4 台)34 億円、実験・研究センター(地階:MRI;1 階:
MEG、シンポジウム会場;2 階:光トポグラフィー、オープンラボ;3 階:実験スペース、研究スペース;4 階:研究スペース)
および共同利用宿泊施設など(合計 3000 平米)付帯設備の建設・設置費用 40 億円、ハブネットワーク構築費 5 億円)
平成 29-38 年度運営経費:50 億円
(人件費(MRI 操作技師 4 名、特任教授 5 名、特任准教授 5 名、PD 20 名、事務職員 8 名、事務長 1 名)25 億円、研究施設維持
費 5 億円、事務経費、研究費及び隔年の国際シンポジウム開催費用 20 億円)
⑦ 年次計画
平成 29 年度から平成 31 年度まで
(1)拠点形成に向けて中核拠点の整備体制を確立する。京都大学では 2 つの研究科が共同で建屋を建設し、付帯設備を購入設
置する。大阪大学では脳情報通信融合研究センター及び複数の研究科が建屋を建設し、付帯設備と研究機器を設置する。両大学
を合わせて「融合社会脳研究センター」を立ち上げる。
(2)融合社会脳研究用の脳イメージング計測装置等の導入と、MRI、MEG、fNIRS と周辺インターフェース設備の設置を行う。
(3)人文社会系、医学系及び工学系のサブシステム統合と共用のための統合プラットフォームと相互連携のプログラムの設計
を開始し同時にハブネットワークの連携プロトコルを確立する。
(4)fMRI、MEG や fNIRS によるハイパースキャニングなどを用いた、複数被験者間と人間・ロボット間のインタラクティブな
社会脳実験の実施ソフトウェア、解析ソフトウェアの開発を行う。
平成 32 年度から平成 38 年度まで
(5)新しい人文社会科学、先端脳科学、情報学が相互にクロスする領域を定めて脳イメージング実験、調査及び行動実験に取
り組む。
(6)脳のビッグデータ(BOLD 信号)を、グラフ理論、スモールワールドネットワークなどの開発ソフトで解析し異なる領域の
専門家が協働してモデル構築に取り組む。
(7)成果の検証を行い、出口として社会展開部門から融合社会脳研究の社会還元の実行に取り組む。
(8)隔年(平成 31 年度、33 年度、35 年度、37 年度)に国際シンポジウムを開催し、外部研究者の評価を受ける。
⑧ 社会的価値
本邦では知性の創造的な担い手である前頭葉を中心とする社会脳への関心は低かった。融合社会脳研究に取り組むことで、
脳にやさしい社会環境を考慮した「社会脳デザイン」が可能となり、それを健全で豊かな社会性の回復につなげることは、社会
的及び知的価値を併せ持つことから国民の理解も得られると考える。社会脳がもつポジティブな社会性の心の復元力を生かす
ことで、乳幼児から高齢者までが抱える社会的ストレスや不適応を回復させることは、第 5 期科学技術基本計画でいう超スマ
ート社会の実現にもつながる。
⑨ 本計画に関する連絡先
苧阪 直行(京都大学大学院文学研究科)
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計画番号 160 学術領域番号 34-1
エネルギーに関する革新的・総合的な国際共同利用・共同研究ハブの構築
- “人類に負荷を感じさせないエネルギー社会”のデザインと地球環境との共存 -
① 計画の概要
今後数十年間世界の人口は増加し,アジアの新興国等では経済発展に伴う中間所得層の増加・生活水準が向上する.また,あ
らゆる“もの”がインターネットにつながり,人工知能を駆使した新たなサービス等が提供される成熟した IoT の時代も予見
され,エネルギー需要の世界的な増加が確実視されている.
一方,エネルギーには,資源の枯渇・争奪・紛争,価格高騰・負担の増大,温暖化,放射能を含む環境汚染,天災・人災,サ
イバーテロ等の社会問題の要因となり得る面もある.これらの社会課題に
対峙するとき,人類の豊かな将来を目指してエネルギーの技術進歩と社会
が調和する解を得るには,人文・社会科学的な考察が不可欠である.
日本は,歴史的にも,エネルギーの技術進歩とこれに起因する様々な社会
課題に対応してきた.したがって,わが国に,国内外の優れた研究者が知
恵を分かち合い一体となって,近未来,そして 100 年先の世界を見据えた
研究を主導し展開するための「国際共同利用・共同研究ハブ」を構築する
(図 1)
.これにより,
“人類に負荷を感じさせないエネルギー社会”を実
現するとともに,地球環境との共存の道を拓く.
② 目的と実施内容
本国際共同利用・共同研究ハブの目的は,国内外の多様な学術分野の研究者や学生が集い,議論を交わし実験を行い,研究
成果を共有できる国際的な研究環境を整備し,諸外国とも協力してエネルギー問題に関して世界の中心となるトップ研究拠点
を日本に構築することである.具体的な実施内容は次の通りである.
(1)国際共同利用のための研究設備の整備とともに,研究者が研究に専念できる研究支援スタッフ,運営事務局を配置する.
(2)基礎・理論的な研究と実証・実装研究できる環境を整え,相互のフィードバックにより研究のスムーズな高度化を図る.
(3)定期的にエネルギー先端研究の国際会議を開催し,活発な議論を通した研究成果が共有され,さらには国際的に著名な
研究者を招聘して研究者を啓発する.
(4)短期又は長期にわたって,国内外の大学・研究所・政府機関・産業界等から研究者を受け入れ,分野融合の見地に立っ
た研究を奨励する.
(5)一週間程度,運営委員会等で予め計画されたテーマについて,招聘研究者と一般の研究者が合宿して議論できる枠組み
を創設し,
「宿泊滞在型国際共同研究」を実施する.
(6)風力・太陽光をはじめ,あらゆる再生可能エネルギーや燃料電池をつなぐエネルギー研究専用スーパーコンピュータ(直
流給電)を増設して,自動最適化等を実現する.
(7)各種エネルギーによる自動運転(AI)の実証実験を行う.
③ 学術的な意義
本国際共同利用・共同研究ハブでは,以下に示すような融合研究を通じて新しい学問領域を創出する.
1.短期的な社会利益の追求にとどまらず,補完均衡のとれた社会制度の構築等につながる国際的な共同研究(原子力発電の
廃棄物処理に関わる人文社会科学面からの研究を含む)
2.エネルギー使用に関する人間行動(心理)の,個々の集積および環境に関わるデータに基づいた数理社会学・人文学的研
究,新たなパワーグリッド構築の研究
3.エネルギー盗電対策と電力の配送や貯蔵に関するサイバーセキュリティに関する研究
4.現時点では予想が困難であるが人間の健康に与えかねない悪影響を未
然に防止するために,医学・薬学の知見による研究
5.天災・人災が起こる想定とその被害者の物心両面の対策・支援および
事故の未然防止するための研究(社会制度の法的な研究や政策提言)
6.熱需要が大きい病院地区,広大な実証実験ができる伊都地区,再生可
能エネルギーの研究が活発な筑紫地区,これら九州大学の分散キャンパス
を活用した大規模システムの実証研究(図 2)
7.近未来的に,普及モデルを想定した低炭素低コストの分散型エネルギ
ー技術と水素・燃料電池の製造を支える再生可能エネルギーの量産化研究
④ 国内外の動向と当該研究計画の位置づけ
エネルギー問題は地球規模の複雑で多様な様相を抱える課題であり,その解決には学際的な取り組みが重視されるため,世
界中で統合的組織による研究が実施されている.しかしながら,国際的にみても,そのほとんどは,MIT のような大分野の下で
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の複数の技術研究分野の統合に留まっている.実際,経済性の分析のために経済学まで含むことは多いものの,人間や社会ま
で統合した組織は少ない.
本提案の内容は人類の最優先重要課題の一つであるにも関わらず国際的にも実施されていない今,日本がその研究実績をもと
に率先し,世界を牽引して連携・推進すべき計画である.
⑤ 実施機関と実施体制
本国際共同利用・共同研究ハブは,九州大学が責任を持つ.総長をはじめとする執行部をメンバーとする運営委員会を設置
し,運営委員長である総長の強力なリーダーシップにより広い意味での研究テーマの策定や国内外から第一線級の教員を機動
的に配置するとともに学内資源の集中的な配分を行い,強力な研究環境を整える.
また,人類全体・地球規模のエネルギー課題に対峙するには,アカデミアだけでなく広く社会の声の反映が不可欠である.こ
のため,諸国の政府機関・国際機関・自治体・経済界,産業界,国内外の大学・研究所等からなる有識者会議を組織し,広く
社会からの意見を積極的に取り入れる.本共同研究ハブにおける研究推進体制については,学外者をプログラムオフィサーに
充て,近未来と未来の世界標準となるエネルギー社会のデザインと基盤となる科学・技術の革新的研究プロジェクトを編成す
る.
⑥ 所要経費
総予算:200億円(5年合計,概算,詳細は今後検討)
以下,国際共同研究推進のための費用,および共同利用設備として検討中
1.直流給電によるエネルギー専用スーパーコンピュータの増設と建屋の建設.
数学・ICT を活用した,エネルギー生成・貯蔵・需要(供給の)時間的変化のなかでの最適化の実現と環境負荷の研究等
2.現存のドミトリーや伊都ゲストハウス等宿泊施設の拡張
3.社会科学,さらに人文科学からの研究の進展に伴いフィードバックされるエネルギーの技術研究のための新たな大型装置
の拡充
4.一つ屋根の下での国際共同研究の推進および時限付き学際・超学際研究プロジェクトを展開するための実証実験施設等の
整備.また,そこでの研究プロジェクト経費
5.研究支援組織の拡充に向けた,URA,事務職員,技術補助員等の増員
6.国際共同研究のための諸経費,国内外からの短期・長期研究員招聘・雇用のための人件費とその研究費等
7.ポスドク,テニュアトラック教員等の雇用拡大と若手研究人材育成のための海外研究機関への派遣等の研究支援
8.ジャーナルの創刊
⑦ 年次計画
1.施設整備関連
・H29:直流給電によるエネルギー専用スーパーコンピュータの増設と建屋の建設
・H29から:一つ屋根の下での国際共同研究の推進および時限付き学際・超学際研究プロジェクトを展開するための実証実
験施設等の整備
・H29 から:ドミトリーおよびゲストハウス等宿泊施設の拡張
2.研究関連(以下,各年次実施)
・運営委員会,外部有識者による現状分析と戦略策定,および研究テーマの策定
・学内外から研究者を招聘し,研究ユニットを形成
・年次国際会議の開催
・社会科学,さらに人文科学からの研究の進展に伴いフィードバックされるエネルギーの技術研究のための新たな大型装置の
拡充
・研究支援組織の拡充に向けた,URA,事務職員,技術補助員等の増員
・国際共同研究のための,国内外からの短期・長期研究員雇用・招聘
・ポスドク,テニュアトラック教員等の若手研究人材の育成のための海外研究機関への派遣
・Journal of The Harmonious Earth by Designing NO-Energy-Stress Society の創刊(H30)
⑧ 社会的価値
本計画は,エネルギー技術研究の革新的進歩を予見・実践しつつ,この進歩がもたらす人や社会への影響をも一体的に研究
し,エネルギー低消費社会において消費者が正しい消費行動を取るための環境設計に資するものである.このことから,革新
的なエネルギーに対する人々の不安や環境への懸念等を払拭するための合理的提案が可能になる.さらに本研究の展開により,
エネルギー開発技術への要素技術の他新たに取り組む課題を提供する等のフィードバックがなされ,人類の発展のためのバラ
ンスのとれたエネルギー需要供給のシステムが構築される.
この計画による成果によって,エネルギー技術と社会が調和を保ちつつ発展するための人類の知が生み出され続ける.本提
案で進める学術的研究と社会への実装により,人類の豊かな未来を約束する社会をエネルギーの観点からデザインできる.
⑨ 本計画に関する連絡先
九州大学研究推進部学術研究推進課
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