Global Market Outlook 譲歩の余地がなく 為替にも影響ない(自動車・為替問題) 2017年2月9日(木) 第一生命経済研究所 経済調査部 藤代 宏一 TEL 03-5221-4523 ・各種報道によると2月10日に予定されている日米首脳会談では「通商政策」が焦点になる模様。トランプ 大統領が①1月5日付けTwitterで本邦自動車メーカーのメキシコ工場建設を批判した後、②1月23日には 米大企業幹部との会談で「日本では、我々の車の販売を難しくしているのに数10万台の車が大きな船で米 国に入ってくる」と自動車貿易に関する不満を表明、その後の③1月31日には米製薬企業トップとの会談 で「他国は通貨安誘導に依存している。中国は行っているし、日本は何年も行ってきた」と、日銀の金融 政策が通貨安を招いていると批判。これら一連の発言が結び付き、「日米貿易摩擦の再来」が意識されて いるようだ。 ・ただし、これらトランプ大統領の発言はTwitterや米企業との会談におけるものであり、①②③の文脈が直 結している訳ではない。これらの発言はそれぞれ別の会議であったし、そのメインテーマは「日本」では なかった。トランプ大統領が日米の通商政策について、どこまで本気で不満を抱いているかは正直なとこ ろわからない。これらに鑑みると、日本側がある種の自意識過剰な状態に陥っているのかもしれない。 ・とはいえ、日米首脳会談で通商政策が議題にあがれば、本邦自動車メーカーを中心に何らかの影響がでる 可能性はある。そこで当レポートでは、日米の自動車貿易についてデータを確認したうえで、それが金融 市場に与える影響を考えたい。 ・先ず日米の貿易収支に目を向けると、米国の景気後退後はほぼ一貫して日本の貿易黒字が拡大傾向にあり、 2016年通年では6.8兆円に達している。そしてその多くを説明しているのが主力輸出品の自動車である。16 年の自動車の貿易黒字額は約4.3兆円と巨額、内訳は輸出金額が約4.4兆円であるのに対して、輸入金額は 僅かに約0.1兆円。つまり自動車貿易に関しては日本が圧倒していることになる(自動車部品等を含めた輸 送用機器では5.6兆円の黒字)。 (億円) 10000 (億円) 貿易収支(対米) 8000 4000 6000 3000 4000 2000 2000 1000 0 80 85 90 95 00 05 (備考)Thomson Reutersにより作成 12ヶ月平均 貿易収支(対米、自動車) 5000 10 0 15 80 85 90 95 00 05 (備考)Thomson Reutersにより作成 12ヶ月平均 10 15 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足る と判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内 容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 1 ・もっとも、日本の対米輸出台数は16年の実績が約170万台と、2000年以降の平均である170万台近傍に留ま っている。近年の輸出台数増加は僅かながら拡大傾向にあるとはいえ、概ね米国の自動車販売台数の増加 に沿う形で進んだものであり、また、後述する米国現地生産台数の伸びに比べると、その増加ペースは遥 かに鈍い。このことは日系自動車メーカーの生産における優先度合いが、為替の変動にさほど関係なく 「現地生産>輸出」であることを意味している。つまり、円安を梃子に輸出を伸ばしているという批判は 事実誤認に近い。実際、日本の輸出物価が円安にも拘らず、切り下がっていないことが何よりもそれを代 弁している。 ・こうした数字が「米国ファースト」を標榜するトランプ大統領にどう映るかは不明だが「日本の通貨安政 策が米国の自動車産業を蝕んでいる」という批判には論理的に対抗できるだろう。反対に日本が米国内で の現地生産を1985年の「プラザ合意」以降、ほぼ一貫して伸ばしてきたことを日本政府は強調すべきだろ う。統計で遡れる1985年時点において日系メーカーの米国現地生産台数は僅か30万台であったが、それに 対して当時の対米輸出台数は313万台であった。このような状況下で日米貿易摩擦が政治問題となったわけ だが、その後はUSD/JPYの円高も大きく影響して、対米輸出台数が横ばいとなる中で米国の現地生産台数は 増加の一途を辿り、2015年には385万台に達している。日本が円安政策で輸出を伸ばしてきたという批判は あたらず、寧ろ円高で現地生産台数を拡大してきたと強調することすらできる。 (万台) 対米輸出台数 20 (百万台) 400 米 自動車販売台数 18 300 16 200 100 14 12 2000年以降の平均 10 8 0 75 80 85 90 (備考)自動車工業会により作成 95 00 05 10 15 00 02 04 06 08 10 12 14 (備考)Thomson Reutersにより作成 太線:3ヶ月平均 輸出物価(輸送用機械) (万台) 110 500 100 400 16 日系自動車メーカー 米国現地生産台数 300 90 200 80 100 70 0 90 95 00 05 10 15 (備考)Thomson Reutersにより作成 契約通貨ベース 85 90 95 (備考)自動車工業会により作成 00 05 10 15 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足る と判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内 容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 2 ・それでも米国側が日本の販売市場における米系メーカー車(以下、アメリカ車)のシェアの低さを問題視 してくる可能性はある。日本市場におけるアメリカ車のシェアは2016年の新車販売台数ベースで僅か0.3% (日本自動車輸入組合、日本自動車工業会のデータより筆者計算)なので、そこに「非関税障壁」がある として、日本市場の開放を求めてくるかもしれない。ただし、日本におけるドイツ車のシェアが上傾向に あるほか、軽自動車を巡る制度的優遇が段階的に見直されていることに鑑みれば、アメリカ車が日本で売 れない理由の本質は別のところにありそうだ。また米国側は日本の環境規制が厳しすぎるとして不満を漏 らしているようだが、仮にそこを100%譲歩したとしても、アメリカ車の販売増加に直結するかは甚だ疑問 である。アメリカ車が日本で売れない理由について自動車の専門家の間では、米系メーカーが小型車を得 意としていないことがその主因であるとの見方が支配的だ。 ・なお、米国が普通自動車の輸入に際して2.5%の関税を設けている反面、日本は輸入車に関税を設けていな い。こうした現状を踏まえると、日本の市場は十分に開放的であると合理的に主張できるため、米国側が 自動車を巡る通商政策で強硬姿勢を示してきたとしても、これを政治的に解決することに無理があるよう に思える。以上を踏まえると、トランプ大統領の過激発言はあっても、実際に米国の政治的圧力が1980年 代のような「第2の日米貿易摩擦」に発展する可能性は低いと判断される。現段階において、日銀の金融 政策およびUSD/JPYに影響を与える可能性は限定的だろう。 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足る と判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内 容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 3
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