【真説】安珍・清姫伝説 グラマラスM ︻注意事項︼ このPDFファイルは﹁ハーメルン﹂で掲載中の作品を自動的にP DF化したものです。 小説の作者、 ﹁ハーメルン﹂の運営者に無断でPDFファイル及び作 品を引用の範囲を超える形で転載・改変・再配布・販売することを禁 じます。 ︻あらすじ︼ って作者自身が思ってます。 タイトルそのまんまです。 見切り発車です。 続くのかこれ⋮⋮ それでもいいよ 感想頂けたら不定期で返します。 ます。滅茶苦茶ぐちゃぐちゃにしたいです。 調べたけど、ぐちゃぐちゃにします。安珍と清姫もぐちゃぐちゃにし す。っていうかぐちゃぐちゃにします。安珍・清姫伝説を参考程度に 歴史背景とかは調べはするけど、うん、多分ぐちゃぐちゃになりま ? って人は読んで頂けると嬉しいです。 ! 目 次 源氏に産まれたと思ったら安珍だった ││││││││││ ︻第一章︼想いは重い 白くうねるアンチクショウ │││││││││││││││ 1 魂の奥底には │││││││││││││││││││││ この世に並ぶ者なき最たる強者 │││││││││││││ 清姫は瞼を閉じる │││││││││││││││││││ 清姫の初陣は加速する │││││││││││││││││ きよひーの想いと力と特別さ ││││││││││││││ 平安時代の怪奇事件 ││││││││││││││││││ 清姫って普通にいい娘じゃないか ││││││││││││ 運命の出会いからの一目惚れ ││││││││││││││ 7 13 21 26 32 44 49 61 70 ︻第一章︼想いは重い 源氏に産まれたと思ったら安珍だった │││時は平安。 前世の記憶有する1人の男児がこの世に生を受けた。 この男児、産まれた当初からなんとも奇怪な運命の持ち主である。 その奇怪な運命はこれからの人生の中でさらに複雑な様相を呈して いくこととなるのだが、勿論のこと現在泣き叫ぶ赤子の男児は想像も していない。 これはある武士の家系に産まれた男児のお話。 悲劇とも、喜劇とも言える生涯を綴った英雄のお話。 もし少しでも気になって頂けたならば御照覧あれ。 ◆◇◆◇◆ 私はどうやら、もう一度この世に生きることを赦されたようだ。 全くもって可笑しなこともあるものだな。死んだ筈の人間が再び生 を持ったと思えば、なんとそれは過去の世であったのだからな。 平安時代。 私が生きていた時代ではそう呼ばれていた。つまり、西暦100 0年前後の世界に今の私は生きているわけだ。 あまり社会や地理に詳しいわけではない故、今がどんな社会情勢 なのか、地域でいえば何処に居を構えているのか、全くと言っていい ほどに分からん。 だが分かることもある。 この世界、力をつけねば容易く死ぬということだ。なんとこの世 界では、妖怪や妖といった類いのものが蔓延っているらしい。いや、 1 どこの創作物だそれは。しかも、この世界の人間ももはや人間と呼べ る存在ではない。武器を持って振るえば岩を断ち、拳を突き出せば大 地を割る。⋮⋮おいふざけるな。 勿論それは戦いに身を置くものに限られるのだが、一般人も逸般 頭は大丈夫か くそがっ 人であった。なんで何百キロもあるような物をほいほい持ってるん だ ! か源氏だった。 源 氏 だ っ た。 ⋮⋮⋮。 なんだこれ。いや、なんだこれ。えっ、喜べばいいのか それと いやまあ今はまだ衣食住に恵まれて、剣術に体 なりの幸運であると言える。言えるけども なんで なんでなん どこがどうしてそうなった ? な ん で だ えっ ? !!!! そしたらなんか、源氏から離れて寺に出家することになった。 ということで少し行動してみた。 いのが頂けない。これはどうにかならないものか。 理由としてはあれだな、妖怪退治に戦争にと死ぬ確率が非常に高 ちょっと源氏から離れたい︵願望︶ なんか盛大な死亡フラグな気がするのは私だけだろうか。 !!!!! 術、勉学などなど、様々なものを手に入れる土台がすでにあるためか も嘆けばいいのか ? 私が産まれたのは武家であり、そこの三男であるからだ。という まぁしかしこの問題は呆気なく解決した。 て行動している。 とりあえず力を着けることを第一に考えないといけないと考え ? ? ? るんじゃね と思ったから父に言ったわけだが、うん、簡単にオッ 兄弟めちゃくちゃ多いし、源氏から離れたいって言えば離れられ ? ケー貰ってしまったよ。喜んだよ。そしたらそこでいきなり、 ? 2 ? ﹁お前、ちょっと出家してきてくんね どういうことだぁぁぁあああああああ ﹂ 安珍ってなんか聞き覚えが⋮⋮。 もし清姫と出会っても不義理を働かなければいいわ あっ︵察し︶ 安珍・清姫伝説の安珍じゃね きた。 ご丁寧に墨汁で書かれた紙を手渡され、文字を見たときにピンと うん ﹁お主、これからは﹃安珍﹄と名乗るのじゃ。﹂ そこで住職に挨拶をした時、こう言われた。 るということでその寺、道成寺という寺へと連行された。 それからあれよあれよと準備させられ、父の知り合いに住職がい !!!!! ? うむ、問題あるまい。⋮⋮ないよね いやまぁ けですし ? この世界おかしい⋮⋮⋮。 改めて思った。 竜と死闘を繰り広げた。 恐ろしい燕と戦い、あり得ない強さを持つ鬼と戦い、神と見紛う 向させられるようになった。 そうして一定の実力が着いてくれば、住職から妖怪退治に強制出 期に入ってきた同門たちをボコボコにし高笑いした。 鬼畜で容赦のない先輩たちにボコボコにされ、道成寺を掃除し、同時 喰えないクソジジィの住職にボコボコにされ、道成寺を掃除し、 それからは代わり映えのしない毎日だ。 うことが出来たらそちら方面も学んでみたいとは思った。 しかった。どうやら陰陽師も同じようなことが出来るらしいし、出会 ただ、気を用いて不可思議な術を行使できるようにする修行は楽 今までの生活と余り変わりはしなかった。 それからは修行に勉学、そこに道成寺での家事が加わっただけで ? ? そんなこんなで信じられない生活を続けていたのだが、ある日住 3 ? ? 職様に呼び出された。 今度はどんな無理難題かと見構えていたのだが、 ﹁お主、旅に出ろ。拒否権はないぞい。﹂ どうやら、私は尋常ではない速度で成長しているらしく、まだ若 造だというのに1人で旅に出るよう言われた。なんでも見聞を広め、 行く先々で教えを説き、困った人がいれば助け、要は自身を更に高め るため、並んで世直しの旅に出ろということらしい。 本来ならば、私のような若造が旅に出るときは、正式に僧侶と認 められた師匠とでも呼ぶべき存在の付き人として出向するらしい。 しかし、私は実力も学も十分以上に達しているらしく、旅に出ろ と言われたその場で袈裟と具足戒を手渡され、正式に僧侶として認め られた。階級は勿論のこと低いわけだが、僧侶の階級は実力や学では なく、僧侶としての年数で決まるとのことだ。僧侶は日々厳しい修行 をしなければならず、その修行を長く続けた奴ほど偉くなるという寸 叩くのが楽しい さては自分の仕事とか誰に 前ま ! 色んな人が﹁前より妖怪討伐の仕事期間に間が出来てるよな ? ﹂と ! では余裕ないくらいだったから助かるんだけどな。アッハッハ か言ってた意味分かったわ ! 次も旅に出す気まんまんじゃないか しかも今回の旅はって ! 4 法だ。 あとこれもその場で住職様に聞いたことなのだが、 ﹁実はのぉ、お主をもっと早くに旅に出そうと思っとったんじゃ。 しかしのぉ、お主を叩くのは色んな意味で楽しいし、よく働いてくれ るしで、中々旅に出すよい瞬間が見つからんかったんじゃよ。うむ。 あ、今回の旅の期間は1年じゃから。﹂ このクソジジィ それによく働いてくれるしって って思ってたけど ! 回すか迷った仕事を全部私のところに寄越したんじゃないだろうな 妖怪討伐が多くね !? なんか明らかに私よりも強い こっちは毎日地獄の時間だったんだぞ 毎日ボコボコにしにやって来たのはそれが理由か 他のやつには手解きをたまにしかしないくせに、私のところには !!! ? !! ! !? !? この狸ジジィめぇええええええ この時、私は盛大に顔を引き連らせていたのが自身で分かった。 現在は日もまだ昇っていない早朝だ。 袈裟等を含めた法衣を身につけ、編笠と錫杖を手に携え、その他 の必要最低限の荷物は風呂敷に包み肩に背負う。 外に出ればとても清々しい空気が肺に入り込んでくる。天気は 良く、雨の降る心配はしなくて良さそうだ。 見送りはない。昨日の内に話は済ませてあるのもあるが、この旅 は修行も兼ねているためというのが大きな理由だろうか。何処まで も堅いのは今に始まったことではない。 ﹁では、行って参ります。﹂ 壮大な門に一礼してから踵を返し階段を降り始める。 今この胸に占めるのは歓喜だ。 ふははははははは 私はやっと という歓喜だ。 住職様にボコボコにされず 妖怪退治の仕事を請け負わずにすむぞ 1年間はこの寺から離れられるぞ にすむぞ お前僧侶だろ、そんなんでいいのかって いいんだよ︵ゲス顔︶ 自由になったのだ その時だ。 んじゃぞ。﹂ ク、クソジジィの声が烏から聞こえてきた、だと それって堂々 ? !? 私のプライベートはどうなんの ? えっ、っていうか今、私の動き見とくって言った とした監視宣言だよね 終わった︵確信︶ ? 5 !!!! この1年は長期休暇だと思って諸国漫遊するから ! ! ! ﹁安珍よ、お主の動きわしが見といてやるからの。しっかりやる 1羽の烏が私の肩に止まった。 ! ! ? ! だ っ て こ の 化 け 物 住 職 様 か ら 逃 げ 切 れ る 気 が し な い ん だ も の。 これはあれか、わしからの監視を振りきれる程度には力を着けろよっ て こ と な の か。そ う な の か。分 か っ た。私 頑 張 る わ。ち ょ っ と 本 気 出すから。 6 ⋮⋮今に見とけよクソジジィ !!!!! 白くうねるアンチクショウ 道中、立ち寄った村である噂が広がっている。 最近この辺りで可笑しな怪異が起きているというものだ。内容 は、くねくねと動く白い物体を見た者が複数おり、確かめるために近 付いて行った者達は皆戻らず、心配した村人たちで捜索に行ってみれ ば、そこには呪いを掛けられたように可笑しくなった村人たちがいた そうな。 村人たちはそれからも何度か遠目にくねくねと動く白い物体を 見掛けることがあったのだが、その度に村人全員が家の中に閉じ籠る ことでやり過ごすようになったそうだ。触らぬ神に祟りなし。恐ら くくねくねと動く物体に近付いたが故に、最初に確認をするため動い た村人たちは可笑しくなったのだろう、と。そしてくねくねと動く物 体は作物や家畜などに被害を出さないことから、やはり普通の生き物 ではなく、下手をしたら神仏に名を連ねる者なのではないかと。以 降、村人たちはその白く動く物体をくねくね様と呼称するようになっ たそうだ。 ただ、もしかすると神仏かもしれぬとは言っても、これ以上村人 に被害が出ては堪らないということで、作物や家畜などを供物として 差し出し、社を作って奉るようになったとか。 村人の誰もが安心した。これでもう大丈夫だろう、と。根拠など なにもない、不確かな安堵を村人全てが共有してしまったのだ。 そして事件は起こった。 社を作り、供物を差し出してから、幾らかの期間は何もなかった のだ。くねくね様を遠目に見ることすらなくなった。だからこそ村 人は安堵したとも言えるが。しかしそれは、くねくね様が居なくなっ たわけでも、抱いてもいない怒りを鎮めたからでもない。 いうなれば嵐の前の静けさであった。 事件が起こったのは、ある日の夜のことだ。とある夫婦と幾人か の子供が住む家があり、そこが事件の最初の被害者となった。運がい 7 いのか悪いのか、そこに住む夫婦の片割れ、夫の方が厠へ行くために 夜中に起きたそうな。厠と言っても外に穴を掘っただけの簡易なも の。それも村に住む薬師の助言により、匂いや病を気にして少し離れ たところに作ってあった。 夫は厠へ向かい、早速尿を足していたわけだが、そこでなにやら 白い影を見た。寝惚け眼なのも手伝い眼の端にチラッと映っただけ だった。その時は猫か何かだろうと思い、すぐに頭の彼方へと追いや りボーッとしながらも尿を足し続けていたんだそうな。 ︶ その時、突然に家の戸がガラリと開いた音がした。 ︵ははぁん、ガキの誰かが小便しに起きてきたな 向かったんだそうな。 家の前について不思議に思った。 ︶ とは思えない。ブルリと身体が震えた。 と見えた白い影、人程の大きさではなかったか 今に思えばあれが猫 い。必ずすれ違う筈である。それに、小便を足しているときにチラリ 小便をしに出て来たと思った子供と会わなかったのだ。可笑し ︵うちのガキはどこに行ったんだ ふと、鮮明になった頭で不可思議に気付く。 夫は甕の蓋を外し杓子を持って顔を瓶に近付け水を啜った。 ︵ついでに水でも飲んどくか。︶ 向かう途中、身体が喉の渇きを訴えてきた。 また開けっぱなしにしてたか。頭を1つ掻いて仕切りの戸へと た。 部屋だ。そこは戸で仕切られており、そこも開けっぱなしになってい 夫は納得して家に入り寝床に向かおうとした。2部屋ある内の奥の もしかしたら寝惚けて開きっぱなしにしていたのかもしれない。 ︵なんで戸が開きっぱなしなんだ ︶ とボンヤリ思いながら夫は尿を足し終え、クルリと踵を返し家に ? と音がするほどの勢いで頭を上げて家の戸口に顔を向け その時、またもやガラリと音がした。 バッ ? 8 ? ? れば、またもやチラリと見えた白い影。家から出ていくのがほんの少 ! しだけ視界に入った。 可笑しい。可笑しい可笑しい可笑しい そこで気付いた。 えええええ 待ってくれ。 なんでくねくねなんだよ。 頭揃えて下げるんじゃない 現代の怪談話じゃなかったのか そして村長共 お前らにとっては ! ⋮⋮⋮いやこれってさ、くねくねぇえええええええええええええ ◆◇◆◇◆ しまった家族の姿であった。 けっぱなしの戸をくぐり抜ける。そこにあったのは、可笑しくなって 手に持っている杓子を放り出し、奥の部屋へと駆けていけば開 ︵俺の家族はどうなったんだっ ︶ 途端に頭の中で膨れ上がる疑問と恐怖。 ! 入れるため。 面倒だが致し方ないか。⋮⋮外では住職様の監視もあるしな。 ﹁事情は分かりました。そのお話、お受け致しましょう。﹂ ﹁ありがとうございます法師様。すでに村ではいくつもの家にく ﹂ ねくね様が入り込んで、被害は大きくなるばかり。どうか、どうか この村をお救いください ! このところを融通して頂きたいのです。﹂ 寄ったのは少々の路銀と食料のため。この怪異を解決した暁には、そ ﹁ええ、我が全霊を尽くさせていただきましょう。ただ、この村に ! 9 !? ! 運良く村に寄った僧に助けを乞いたいんだろうが、私は御免だぞ ! と思ったのだが、私が今回この村に寄ったのは路銀と食料を手に ! !!?!!?!!? しっかり言わせてもらう、そりゃ勿論のことだがね。この時代に その時は必ずや ﹂ ただ働きなんて阿呆のすることだ。 ﹁はい はい言質とった 分だろう。この御時世、呪いをかける方法は腐るほどある。それはそ 厄介な部分はどこであるのかといえば、やはり精神に作用する部 つでもっと強い呪いをかけることが可能だ。 にかからないのがその証拠である。本当に神仏クラスならば視線一 ではあるが強い者ではない。くねくねの詳細な姿を見なければ呪い 見た者を呪いにかけるという質の悪いものだ。しかし、この呪い厄介 は間違っても神仏の類いではない。明らかに妖怪の類いだ。それも ⋮⋮これは少しだけ村を調査して行き着いた考えだが、くねくね さて、もうそろそろ夜も深くなってきたが。 めに守りの護符を渡してあるし、まあ大丈夫だろう。 餌として5件の家にいてもらう勇気ある者たちには万が一のた は力を入れた結界を張った。効果は視認不可と気配遮断。 の屋敷に住んでいる村長宅に集まってもらった。この村長宅にだけ 人と結界を設置した家の数は5件。その他の家の者には、中々の広さ で あ ろ う 家 を あ る 程 度 ま で 絞 っ て 結 界 を 設 置 し た と い う の も あ る。 ない感知結界だ。故に作るのは簡単だった。それに、くねくねが来る らう。今回は結界とはいっても、異物を感知するためだけの機能しか 界を施すために印と術を施す。そしてそれを各家の四隅に置いても やったことは簡単だ。拳大の石を集めて4つ一組とし、そこに結 さて、用意は全て終わった。 ◆◇◆◇◆ ﹁では、日の明るい内に準備を始めましょう。﹂ ! こらへんの村人でも可能だし、呪術師という呪いを生業にしている者 10 ! ! もいる程だ。下手したら陰陽師や僧侶崩れというのもあり得ない話 ではない。要は呪いを仕掛ける側が多いため、少し頭が回るものなら 自身の存在を隠して呪いを実行することが可能なため、大元に辿り着 くのが面倒なのである。例えば人を操作して、そいつに目的の人物を 呪わせるとかな。 だからこそ、この村は不幸中の幸い。くねくねという犯人がすで に分かっているのだから。しかも、見た者の精神を壊すとは言って も、遠目に見たり、くねくねの一部しか見ていないものには呪いがか からず、しっかりと情報を提供してくれる者を量産している始末。こ れがくねくねを見かけた者全てが狂ってしまっていたら、それこそ時 間と手間がかかり厄介だった。 ⋮⋮⋮おや、どうやらかかったらしい。 早速行くとしよう。隣の村長に一言置いてな。 御武運を 法師様 ﹂ ﹁村長殿、どうやら奴が現れたようですので行って参ります。﹂ ﹁本当ですか ! しい。 私か 来てくださったんですね ﹂ 化け物共とやり合うため必死に鍛え上げた心身だ らずにいることから、私の渡した守りの護符は正常に作用しているら 怯えて部屋の隅で震える村の若者。どうやら奴を見ても呪いにかか ガラリと戸を開ければ、白いくねくねと動く気持ち悪い物体と、 然程時間もかからず、くねくねが出現した家に到着した。 は私が一瞬で消えたようにみえたことだろう。 付いた肉体強度は常人では捉えられない速度を生み出す。村長から わたしは村長の言葉を背に駆け出した。この地獄の修行で身に ! 見れば気持ち悪いだけだが。 ﹁そこを動かないでください いいですね ﹂ ! う。この場では彼に実害がないため、くねくねを逃がさないため家の 若者は必死に頭を上下させているし、あまり心配はいらないだろ ! 11 ! ? こんなの効くわけがないだろう。 うん ぞ ﹁法師様 ! ? 若 者 が 叫 ぶ よ う に 声 を 発 し た。相 当 怖 か っ た と 見 え る。私 か ら ! ? 入り口に立ち逃げ道を塞ぐ。 それにしても見れば見るほど気持ち悪い見た目だ。常にくねく ねと動き続けている身体に、ニヤニヤと笑っているように、いや嗤っ ているように見えてしまう卵型の頭部。 ﹁さっさと終わらせましょう。あまり長く見ていたい者でもない ですからね。﹂ と聴くものの心を洗い流す 錫杖を右手に、数珠を左手に持つ。左手は顔の前で祈るように構 え、錫杖を地に打ち付ければ、ジャラン ジャラン ﹂ と更に錫杖を鳴らせば、光の輪が内包する力を解放す り雑魚だったようだな。 唱えれば、光の輪がくねくねを縛るように収縮する。ふん、やは ﹁伍光の権 ごこうのげん ねを囲む5つの光の輪が既に現れている。 どんと力が増幅されていく。くねくねに音が届いたときには、くねく ような音が鳴り響く。その音に術を乗せれば、数珠の力も合間りどん ! 家はちゃんとあるぞ くねくねが一片も残らず消えてしまったのだ。 光が収まる頃、そこにはもう、なにも残ってはいなかった。あっ、 証拠に村の若者は眼を閉じて両腕で顔を覆ってしまっている。 まうだろう。 たされ、常人では何が起こったのか分からずに反射的に眼を閉じてし るように光を放ち、くねくねが光に包まれた。この部屋も強い光に満 ! ! のの、すぐに正気を取り戻し、 ﹂ ﹁ありがとうございます法師様 きます すぐに他のやつらにも知らせて 軽く微笑みながら村人に声をかければ、最初は茫然としていたも ﹁もう安心ですよ。﹂ ? うむ 完璧 私って優秀 ! 12 ! ! これにて一件落着よ ! ! と言って家を出て行ってしまった。 ! 運命の出会いからの一目惚れ 全然一件落着してなかった。 くねくね倒したから呪い全部解けるかなって思ってたんだが、全然 やって そんなことはないと思うんだがなぁ。 解けてなかった。いやね、普通の呪いなら解ける筈なんだよ。思った より強力なやつだったのか くねくね おかげで1人1人私が手ずから解呪することになったよ くれたな ! ? てくれる村娘たちがいなければ本当にやってられなかった。 村娘たちが心身共に癒してくれたから、私も頑張りましたよ ん、色々と頑張った︵ゲス顔︶ う 疲れたから憂いを帯びた顔で1つ溜息をつけば、心配して声をかけ だった。 魂とは繊細なため、治療するこちら側からすれば恐ろしく疲れる作業 そ れ か ら は 7 日 か け て 狂 っ て し ま っ た 村 人 1 人 1 人 を 治 療 し た。 は禁忌とされているのだが⋮⋮。 することは神仏にしか許されない理。だからこそ魂に干渉する術理 干渉の呪いに特化した妖怪だったということか。本来なら魂に干渉 素。一 番 繊 細 な 代 物 だ。そ の 魂 に く ね く ね は 異 物 を 混 ぜ こ ん だ。魂 り得ない。そして魂は前世を持ち、来世を生きるための最も重要な要 スによって人は人足り得る。そのうちのどれかを欠いても人は人足 まり、魂があるからこそ精神も肉体も正常動作し、この3つのバラン 魂がなければ精神は生まれず、肉体はただの肉塊と成り果てる。つ だ。根源だ。 でいいのだが、魂だとそうはいかない。魂とはその者にとっての根幹 精神を蝕まれただけなら、まだ自身で元に戻そうとする力が働くの して狂わしていたっぽい。これはかなり面倒な呪いだったわけだ。 する系統の呪いだった。精神を狂わしていたんじゃなくて、魂に干渉 解呪中に分かったことなんだが、弱っちい呪いのくせして魂に干渉 ! アヘ言わせるなんて朝飯前の夜明け前だったとだけ言っておこう。 この顔に肉体強度、そして様々な術を使えるため、村娘たちをアヘ ? 13 ! うん 厳格な仏教徒としての教え なにそれ ? あの、これ粗末な た。安珍の顔ってイケメンだしね。もしかして惚れてしまったか この度本当にありがとうございました ! 取って頂けませんか ﹂ ものですけど、今日のお食事にと思い作ってきました。どうか受け ﹁安珍様 ? 言葉少なに別れの挨拶を交わせば、何人かの娘たちが駆け寄って来 す。﹂ ﹁ふっ、そう言って頂けると、私もこの道を邁進しようと思えるもので が絶えません。﹂ ﹁法師様、この度は誠にありがとうございました。村人一同、感謝の念 代表として、村長が改めて感謝を言葉にした。 人たち。総出でのお別れとなった。 私が旅立とうと早朝に村を出ようとすれば、待ち構えていたのは村 で、ようやく旅を再開できる。 まあ、そうして村人の治療も終わり、路銀と食料を手に入れたこと ? が上気してるんだけど。え、流石にそんなチョロくはないよね君たち そう言って他の娘たちも食べ物を差し出してきた。⋮⋮なんか頬 ? たまに臀部のほうに視線がいくが気にしなくてもい ちするんじゃない。熱い視線を送ってくる男は憧れの視線と捉えて いいのだよな いのだよな ? ﹂ ? ぶっちゃけもう会うことはないんじゃないかな⋮⋮。 微笑みと共にそう言っておく。 ﹁ええ。生きてさえいれば、また会う時が訪れましょう。﹂ これ堕ちてるよ。この娘たちチョロ過ぎるよ。 ﹁安珍様⋮⋮また、会えますか が、常駐している者達が必ずや助けとなりましょう。﹂ をお訪ねください。私は僧としての使命があるため暫くは不在です それでは、もしまた何か怪異などの問題が起こるようでしたら道成寺 ﹁こ れ は ⋮⋮。あ な た た ち の 感 謝 の 印、確 か に お 受 け 取 り し ま し た。 ? 14 ? ! ま、まあ貰えるものは有り難く受け取っておこう。おい、男共舌打 ? ﹁それでは、私はこれで。﹂ 一礼して踵を返せば、背中に多数の声がかかる。旅を始めて最初に 寄った村で早速面倒事が起きたわけだが、こうして感謝の言葉と女の 子との縁が結べるなら、僧侶として人助けをするのも悪くない。思わ ずそうかんがえてしまった。 まあ女の子と良い夜︵意味深︶を過ごすのは僧侶として本当は駄目 なことではあるのだがな。うん、知るかそんなもん。 さて、旅を再開させよう。 ◆◇◆◇◆ こうして月日が流れ、様々な出会いがあった。 現代では考えられないような、強力な獣たちと戦い、妖怪たちと戦 い、たまに堕ちた神格と戦い死にかけたり、野盗たちに襲われて尻を 狙われそうになったり、拐われた女の子を助けてイイコトしたり、特 異な妖怪たちに色々と狙われたり。 旅とはいいものだな。 現代で生きていた頃には簡単に移動できる手段が存在したが、勿論 のことこの平安の世でそんなものはあり得ない。馬という移動手段 があるにはあるが、僧侶は基本的に歩きでなければならない。それも 乙であり、風情がある。そう思えるようになった。旅をすることで生 まれたこの感情にはそういったものの影響もあるのだろう。 また、この旅で様々な研鑽を積むことも出来た。基本的に私の戦闘 は 錫 杖 を 使 っ た 槍 術 と 棒 術。気 を 扱 う こ と で 可 能 に な る 様 々 な 術。 旅の途中に会った陰陽師に少し手解きを受けた陰陽術などだ。 僧侶として習う術は基本的に捕縛の術や補助に類する術が多く、攻 撃するための術などは少ない。それ故にそれ以外の術は兄弟子が編 み出したものを教わるか、自分で編み出すか、陰陽師などの外部の者 に教わるかの何れかだ。陰陽師は家や派閥によって扱う術が異なる 15 が、どれも僧侶の習うものとは違ったものが多いため、研鑽を積むに はうってつけ相手だ。五行を扱うものや陰陽の理を追及するもの、未 来予知に匹敵する程の占星術などを得意とするものたちもいる。ま あ、それ故に僧侶と相性の悪い部分があることも事実なので、陰陽師 に教えを請うのかどうかは個人の采配に任される。 私は教えを請いたい側の人間なので、この旅が終わったら1度住職 様に話を通してみるつもりだ。何処かの陰陽師の元で集中的に学べ るように、とな。 さてそろそろ旅も終わりに近付いてきた。あと二月もすれば、住職 様が定めた1年という期限も終わりとなる。こうなってくると少し 寂しいような、郷愁の念にかられるような不思議な気分になる。 今は取り敢えず、歩を進めよう。 ここに来るまでの道は山の中を突っ切って来たため、妖怪に襲われ たり、回り道を余儀なくされたりで思ったよりも時間を食ってしまっ たからな。 その上ポツリポツリと雨まで降り始める始末。 少し走るか。 この旅の中で更に鍛えられた身体能力で地面を強く蹴り出せば、風 を切って身体が前へ前へと進んでいく。雨が降り始めたことで幾分 下がった気温は少し肌寒さを感じさせるほど。 少し雨足が強くなる。 時間が立つごとに雨は音を大きくして大地を、草木を、我が身を打 つ。建物やそれに連なる人の営みが作り出す灯火が見えたのは、小降 りの雨が土砂降りと言えるまでに強くなった後だった。ようやく見 えた町と言えるほど大きな人里へと入り込み、急いで泊めてくれそう な家屋を探す。 基本的に僧侶が泊めてくれと言えば大体は無下にせず泊めてくれ はするのだが、あまり裕福でないところに泊まると荷物を盗まれてし まうことも多々ある話だ。故に探すのは此処等一帯で一番大きな屋 敷だ。これだけ大きな町なら領主が住んでいても可笑しくはないし、 もし見付けられればほぼ必ず安心して泊まることができる。さて、こ 16 こらで一番の豪邸は⋮⋮。 ふむ、ここだな。 土砂降りの雨の中で足を止めたのは、それなりに大きな門の前だ。 これだけ大きければ貴族なのは間違いあるまい。 この大雨の できれば一宿一飯の恩に預かり 道成寺からやって来た旅の僧でございます 早速、腹から声を出して門の向こうにいるであろう家来へと呼び掛 ける。 ﹁たのもう ﹂ 中、つい先程この町に着いたばかり たく候 ! ﹁はい、なんでしょう ﹂ ﹁分かりました。ああ、その前に少しよろしいですか ﹂ ﹁では法師様、案内致しますので着いていらしてください。﹂ られている。恐らく館の裏には広い庭が広がっている筈だ。 てみれば、見るだけで分かる広大な敷地にこれまた大きな屋敷が立て どうやら無下にはされなかったらしい。有り難く館の中へと入っ ﹁かたじけない。﹂ 中から出てきたのはこの館の兵であろう若い男。 ﹁お入りください。中でお館様がお待ちです。﹂ て開き始めた。さて、できれば善良な者であって欲しいが。 私が声をかけてから少しの時間があり、大きな門が重厚な音を立て ! ! ? も向かう途中、そんなことを考えながら歩んでいた。 この屋敷の主の元へと、案内人の家来と少しの雑談を交わしながら も見事な作りだ。これは当たりを引いたかもしれんな。 この家の家来の言葉に1つ頷き、静かに追従して屋敷へと入る。中 て見るのは初めてです。では、どうぞこちらへ。﹂ ﹁おぉ、法師様方は不思議な術を使うと聞いておりましたが、こうやっ 水気が全て飛ぶ。それを見た家来が眼を丸くして驚いた。 出力は弱めに、範囲は自分自身に絞ってかければ、身体及び法衣の ﹁水弾きの権﹂ み は じ き の け ん 言葉と同時に、手を祈りの形へと持っていき術を施す。 ﹁いえ、このまま入るわけには行きませんから。﹂ ? 17 ! ﹂ ピタリ、と突然に家来の足が止まった。 ﹁おや、姫様どうかなされましたか 家来が足を止め、視線と言葉を向けた先には美しい1人の少女がい た。なんとも不思議な感覚を抱いてしまうが、何故かは分からない。 ﹁いえ、これから湯編みに行こうかと。﹂ ﹁そうでしたか。いや、これは失礼致しました。﹂ これまた鈴のなるような美しい声だ。どうやら見目麗しいだけで はないらしい。いまのままでも十分に美しい少女だが、このまま育て ﹂ ば絶世の美女となろう。なんとも可能性を感じさせるな。 ﹁⋮⋮⋮⋮⋮あの、そちらの殿方は⋮⋮ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮安珍様。﹂ しかもボソッと名前を呟くんじゃな と申します。どうぞお見知りおきを。﹂ ﹁これは失礼しました。私は道成寺から参りました旅の僧。名を安珍 こんなことは始めてだ。 なんだ、その今の長い間は。何故だか無性にむずむずするんだが。 ? が姫様に一声かけた。 だが、私はその侍従が放った言葉に衝撃を受けた。 き、清姫だと⋮⋮っ く、この場を去って行った。 ﹁はっはっは、どうですか法師様。姫様は美しいでしょう ﹁ははっ⋮⋮ええ、とても驚いてしまいましたよ⋮⋮。﹂ なんとか返事をした私を誰か誉めてくれ ? に一目惚れして、安珍が不義理を働いて清姫に殺され、清姫も後を 安珍・清姫伝説ってどんな内容だっけ。たしかあれだ。清姫が安珍 ! ﹂ そんな私を置いて清姫はペコリと一礼して眼を会わせることもな うしよ。めっちゃ動揺しちゃってるよ私。 なんとか表情には出さずやり過ごしたのだが、あれだ。まずい。ど !? 18 ? なんかこう、表現出来ない不安に襲われるんだよ だからなんだ、その長い間は い ! ! 姫様の後ろに控えていて今の今までずっと空気だった女人の侍従 ﹁清姫様、そろそろ。﹂ ! 追って死んでしまう。みたいな内容だった筈だ。詳しくは知らんが そんな感じだった気がする。 ということは、さっきのあれはあれか。そうか、あれか。あの、あ れってことですよね。その⋮⋮一目惚れ、したってことですよね。私 に。 自分で どうやって殺 あれ、じゃあこれから不義理働いたら私殺されるってこと 言うのもあれだが、私結構な人外に至ってると思うよ すつもりなんだ⋮⋮。 ? もしや姫様に一目惚れでもしてしまいまし ﹁どうしました、法師様 清姫が私に一目惚れしたんだよ ﹂ アッハッハッハ 大丈夫な筈。⋮⋮だと思いたいんだがなぁ。 いやいや、まずは不義理を働かなきゃ殺される心配もないんだから ? 私はそっと、ゆっくりと布団から抜け出し、気配遮断と無音歩行術 たちは既に起きて、静かに活動を始めている時間帯。 そうして翌朝のことだ。まだ日の昇らぬ早朝。勤勉な者や働き者 れば早起きするためにも早寝をしなければな。 早朝にここを発てば問題はなかろう。うむ、そうしよう。そうと決ま 確かにここで清姫に会ったのは驚いたが、何かが起こる前に明日の くことにした。 そのあとはこの屋敷の主に挨拶を済ませ食事を頂き、早々に床に着 ちげえよバカ たかな ? を駆使して縁側まで出てくる。夜空に輝く月と、それを彩るように満 19 ! ! ! ? 天に広がる星々を見上げて伸びを1つ。そのまま深呼吸を数回すれ ば、うむ、これを新鮮な空気と言うのだろう。身体が生き返るような 心地である。これもまた、現代を知り、今世を生きるが故に感ぜられ ることか。 深呼吸を止め、縁側にて腰を降ろし胡座をかく。両の手を体の前に 持ってきて座禅のポーズを完成させる。日課の1つの瞑想だ。娯楽 の少ない世界故に、旅の最中だったとしても時間は余ってしまう。自 身を高めるため、という旅の目的の1つにピッタリ合致することでは あるし、何よりも今回の旅は特に急ぐようなものでもない。この瞑想 は幼子のころから続けていることも手伝って、修行のほかに心を落ち 着けたい時にもよく行う。 そうだ。今のこの瞑想は修行ではない。 心を、落ち着けたいんだ。 なんでかって 今、私の、布団で、清姫が、寝ている。⋮⋮全裸で。 これだけ言えば分かってくれるだろうか さてと ぞ。これで私は最善の行動をとれるだろう ⋮⋮⋮⋮ふぅ。よし、瞑想によって心は落ち着いた。冷静になった ? ! 20 ? ⋮⋮⋮⋮逃げるか ! ! 清姫って普通にいい娘じゃないか 瞑想を終えて方針が決まれば、もう迷うことはない。部屋に戻って ﹂ 静かにここを発つ準備を始める。 ﹁⋮⋮⋮安珍様 ⋮⋮つもりだったんだがなぁ。 お、おかしいな。音は全く立てていない筈なんだが。何故目覚めて しまうんですかね清姫殿。 私は座っていた状態から直ぐ様立ち上がり、清姫殿に近寄ると床に ﹂ 落ちていたままの着物を手に取り肩にかけてやると挨拶を交わした。 ﹁おはようございます清姫殿。御体の加減は大丈夫ですか 至るまでアヘアヘさせちゃったからね、仕方ないね。 でも下手したら殺されるんだよなぁ、私。 ﹁あの⋮⋮安珍様はもうここを発たれるおつもりなのですか ﹂ らしいものがある。私もいつも通り、全身全霊を持って気絶させるに 手で押さえる姿は庇護欲をそそるというかなんというか。とても愛 初めての夜を思い出したからか、うっすらと頬を染めながら着物を ん。﹂ ﹁おはようございます安珍様。は、はい。身体はなんとも御座いませ ? いない相手に対して失礼か がついて起きてきそうな予感がしてしまうのは、会って1日も立って だから当たり前か。別の場所ですればよかったな。いや、それでも気 聞いちゃうよな、それ。目が覚めると目の前で荷物の整理してるん ? から。﹂ どうでしょうか そう言わんばかりに顔を上げて期待の眼差しを の屋敷に勤めている者たちもそのつもりで用意をしているでしょう ﹁そう、ですか。⋮⋮せめて朝食だけでもご一緒に如何でしょう。こ やんわりとそう言えば、気落ちした顔で俯き言葉を洩らした。 ﹁私も使命をもって旅をしている身ですので。﹂ ? 一つ微笑みかけて、私は頷いた。 送ってこられては、断るものも断りづらい。 ? 21 ? 今のところ滅茶苦茶良い子だぞ。 ﹁そうでしたら有り難く、お相伴に預からせて頂きます。﹂ 私本当にこの子に殺されるのか だ。 あれ ふふっ、嬉しいです では安珍様、ご案内致しますの もしかしてこれチョロいんじゃね ﹁本当ですか て隣に清姫殿が座る。 えっ、当然のように私の隣に座ったけれど。あなた姫様だよね 問題ありましたか ? ら現れたのはこれぞ武士と言わんばかりのガタイのよい男性と、冷涼 そして他愛のない話をすること数分。障子がガラリと開き、そこか しな、恐らくそうなんだろう。 れているからか。う、うん。少しの間だが喋った感じ純粋な娘だった ね。じゃあ別にいいですよね。って言ってる風に見えるのは私が汚 それって暗に嫌でしたか 問題ありませんよ 距離が近い。むちゃくちゃ近い。いや、近すぎ ? 私は僧とはいえ貴族には劣る身分なため、下座にて胡座をかく。そし 部屋に入ってみればまだ誰もおらず、私と清姫殿が最初のようだ。 んだけども。 たどり着いた部屋は大きな和室。まあこの時代はまだ和室しかない なかで動く気配は多い。すれ違う者達と挨拶と一礼を交わしながら もう既に、早朝とは言っても日が昇っている時間帯なため、屋敷の く背へと私はついて行った。 かべた清姫殿は踵を反転させる。綺麗な水色の髪を揺らしながら歩 その言葉に嘘偽りを見付けるのが難しいほど、晴れやかな表情を浮 で。どうぞこちらへ。﹂ ? 此方から故意に何かしなければ問題は全く無い。起こる筈がないの いや不義理を働いたから殺されるんだったよな。でも今のままだと、 ? ! もっと上座に近い位置に座るのが普通なのでは あと⋮⋮近くない ない ﹂ そう思って清姫殿を見ていると。 ? 22 ! ? 花の咲くような笑顔で問い掛けられた。 ﹁何か ? ? ? ? さを感じさせる美女であった。私は頭を下げて礼をする。 ﹁おはようございます、父上、母上。﹂ ﹁おはようございます。﹂ ちなみに最初に言葉を発したのは清姫殿だ。その言葉通り、このお 二方は清姫殿の父と母。確かに似ている。父の方からは武芸者とし ての優秀な力が存分に感ぜられるし、母の方はいい身体をしている。 もし二人の良いところがそのまま清姫殿にも遺伝子しているのなら、 素晴らしい女性に育つことだろう。すでに体の方は、年のわりに発育 早いな二人とも ﹂ が進んでいるのを確認済みだ。 ﹁おう ﹁⋮⋮何か ﹂ は。お前たち母子は何故初対面の時に間を作るんだ。 一礼すれば奥方から返答が返って来たわけだが⋮⋮なんだその間 ﹁⋮⋮⋮⋮そうですか。﹂ と申します。﹂ ﹁お初に御目にかかります。道成寺より参りました旅の僧、名を安珍 た。 している。そしてすぐに床に着いたため、奥方様と会うことはなかっ 確かにこの屋敷の主である父親の方とは昨夜のうちに顔合わせを でございます。﹂ ﹁おはようございます。法師様とは会うのが初めてですね。清姫の母 ! ﹁お、そうなのか清姫 まさか惚れたか ﹂ ? ﹂ ? と豪快に笑う殿とは反対に、奥方は静かに笑み、 ! 目元と、口元の笑みを隠すために翳された手により分かりにくいが、 すらと赤く染まっていることに。奥方は絶対気付いてる。涼やかな 清姫の方を見ている。殿は気付いているのだろうか、清姫の頬がうっ わっはっはっは ? ご様子。昨夜に訪ねられた法師様と何かあったのですか清姫や ﹁ふふふ、なにやら我が子清姫と法師様はすでに仲が良くなっている た。 に数回視線を行き来させ、微笑ましいものを見るような笑みを浮かべ 心底不思議そうな表情を作り問い掛ければ、奥方は私と清姫を交互 ? 23 ! なんかこう、今までにあったS気質の者達と似たような雰囲気を感じ る。絶対この人あれだよ、口元がニヤリと笑ってるよ。 少しだけ助け船を出そう。そして好感度を上げて殺される確率を 少しでも下げとこう。こんなことで下がるのか知らんけど。 父上もいつまで笑っておられ ﹁なんとも良きご家族ですね、清姫殿。﹂ ﹂ ﹁は、母上のお戯れが過ぎるだけです るのですか えっ もしや話せないようなこと まさか⋮⋮。変なところで行動力のある子ですからね。 さい。ほらほら。どうしました ﹁おや、清姫。否定はしないのですね。いいのですよ、母に話してみな 弄り甲斐があるからなぁ。ほーら、奥方の目元まで笑い始めたよ。 とか言おうと思ったがなんとか我慢した。こういう反応する娘は 趣味をお持ちの方はますます喜んでしまいます。 そんな必死になると肯定してるも同然ですよ。奥方のような嗜虐 ! ? か そんなに顔に熱が集まってしまう程のことだったのです 箱入り娘ですからね。それも仕方のないことなのでしょう。あ のですか く、そんなに顔を赤くしてしまって。昨夜のことでも思い出している ええ、ええ、母は分かっています。分かっていますよ清姫や。まった なのですか ? うやらとても熱い夜だったようですね。あとで湯編みに行ってきな さいな。ふふふふふ⋮⋮⋮。﹂ ああ⋮⋮最初は凛として冷涼な雰囲気を纏う女性だと思ったのに 口元が引き ⋮⋮。なんだろうか、このそこはかとなく漂う残念美人の匂いは。お いこらお殿様よ、さっきまでの豪快な笑いはどうした とても近い位置にいたので耳元でこっそり教えてあげれば、赤い顔 ﹁清姫殿、奥方の冗談ですよ。﹂ ら。私がアフターケアしといたから。奥方の嘘だから。 つっているぞ。清姫殿、そんなに必死になって匂い嗅がなくていいか ? そういうことは父上にして差し上げるべきではないのですか のままキッと奥方を睨み付ける。 ﹁母上 ! 24 ! ? ? あ、そういえば清姫、あなた匂いがすごいことになっていますよ。ど ? 母上が父上に対して夜な夜なそういうことをしているの知って│ ! ﹂ おーい 戯れるのもほどほどにしておけ もう腹が減ってしまって辛抱ならんなぁ ほらお前たち 飯 ! ││﹂ ﹁ああああっ はまだかー ! か。 の奥方さまは鋭すぎる気もするが。舌のキレとか、第六感的なものと 母親ってのは子供のことを何でもお見通しなんだろうなぁ。ここ た。とだけ言っておこう。 奥方が見せたもの足らなさそうな、残念そうな顔が非常に印象的だっ 食を運び込んで来るなかで見せた、お殿様と清姫殿の安堵した顔と、 お殿様が強引に話を遮ることで話はうやむやになり、家来たちが朝 かりたくはなかったけど。 なるほど、そういうプレイをしているんですね分かります。いや分 ! ⋮⋮⋮あまり刺激しないようにしよ。 25 ! !!! !? 平安時代の怪奇事件 ﹂ ﹁そういや安珍殿、村に立ち寄る度に妖怪退治や怪異の解決に動いて るってのは本当か ﹂ こりゃかなり優秀なようだ。その年で正式に僧侶とな ﹂ 腕のいい法師様がいるってな。ま、ついさっき思い出したことだが わっはっはっは ! ﹁ああ、細々とした噂だが、民草たちが言っていたんだ。まだ若いのに ﹁そういえば、お殿様は会う前より私のことをご存知だったので そう言って白湯を一啜りして、ふと思った疑問を口に出した。 ﹁いえいえ。私などまだまだです。﹂ るのも、一人旅を許されるのもその証だろうに。﹂ ﹁はっはっは める手を振り払ったりは致しません。﹂ ﹁ええ、まあ、まだ若輩の身なれど、これでも僧侶ですので。救いを求 お殿様から飛び出た。 朝食を食べ終わり、ご好意で白湯を頂いている時に、そんな言葉が ? けるとは、嬉しいものです。﹂ ﹁そうだったのですか。それは知りませんでした。そういう評価を頂 ね。 ですか。ちょっとその感情が反転したときが恐ろしいというかです あ、清姫殿。そのキラキラとした尊敬の眼差し止めてもらっていい だ。 槍術などの流派も多く、陰陽師や僧侶などといった存在も隆盛の最中 にあるが故だろう。武士という存在はすでに生まれているし、剣術や でも強者と呼べる者は探せば存外に多い。それも生死や戦闘が身近 の蔓延る地とはいえ、人の身は現代よりも逸脱しているし、そんな中 たちに雇われる護衛や用心棒。いくらこの世界が人ならざる者たち 村を出るもの、逆に買い出しに村や町を行き来する者、そしてその者 な。武者修行や故郷を持たぬ根なし草たち、それに商人や、出稼ぎに なるほど、確かに旅をするものたちはこんな世界でも少なくないし ! しかし私は安定のポーカーフェイス。お殿様が言うように優秀だ 26 ? ! からね。しょうがないね。 ﹁さて、安珍殿。ここからが本題なんだがな⋮⋮﹂ 突然に真剣な表情と雰囲気で、ずいと体制を前傾にしてお殿様が話 し出した。これは何か厄介事か があるかもしれん。﹂ ﹁父上、母上。何のお話なのですか ? ﹂ のような凶器を使ったのか、敵の技量は、その者の体格は、性格は。そ 身を置くものが外傷を見れば、多かれ少なかれ分かることはある。ど が故。そしてこのお殿様も豊富な経験を感じさせる武芸者。戦いに だが、私には分かる。戦いと隣り合わせの生を今世では送ってきた いう疑問を持ってもしょうがないだろう。 その頭の良さを随所で輝かせているが、それでも箱入り娘。故にそう あるのは当然なのではと、そういう疑問の持ち方をしている。彼女は 清姫殿がお殿様に疑問を呈するが、恐らく清姫殿は可笑しな外傷が のではないのですか父上 ﹁原因不明で死亡したなら、可笑しいところがあるのは普通のことな たんだがな、可笑しいんだよ。﹂ ﹁そうだ。死んだ者たちは町医者や薬師たちのもと調べることになっ 私が呟けば、お殿様は大きく頷く。 ﹁原因不明、ですか。﹂ んだ。﹂ ﹁安珍殿、じつはな、現在この村では原因不明の死者が何人も出ている ままに私に眼を合わせて話し出した。 ごくりと音を立てて逞しい首を上下させるお殿様。そして視線鋭い こくり、と頷いた清姫を確認してから、白湯を一口分だけ口に含み、 心して聞いておけ。﹂ ﹁ああ。もしかすると清姫も無関係ではいられなくなるかもしれん。 えて頂きたいです。﹂ 安珍様と清姫にも分かるよう教 ﹁ああ。この出会いも何かの縁だろう。安珍殿になら何か分かること ﹂ ﹁貴方様、もしかしてあの事を ? れに外傷により死亡したのなら下手人が必ず存在する。これだけ大 27 ? ? きな貴族が、多くの民草の住む、栄えている町で、原因不明と称する 程に情報を集められぬものなのか 否だ。お殿様の知見に人柄を見た限りは優秀な方なのだろうと判 断できる。そしてこれだけ大きな屋敷を持つ貴族だ。貴族ならば必 ず持っている縦の繋がり、横の繋がりがあり、これだけ大きな町を治 める貴族ならそれに見合った繋がりが必ずある筈だ。それは貴族同 士の繋がり、家来や町民との繋がり、陰陽師らや近くの寺の僧侶たち、 大きく総称して術師と呼ばれる者達との繋がり。 事件が発覚してからどれ程の時間が過ぎているのか分からぬが、宿 を求めて訪ねた、会ったばかりの僧侶に助力を頼もうとしている程度 には行き詰まっているのだろう。 ﹁清姫よ、お前の言いたいことは分かる。だがな、恐らくお前の考えて ﹂ いる﹃可笑しなこと﹄じゃあねぇ。むしろ、一見しただけでは可笑し なところなんて何もないんだ。﹂ ﹁それは⋮⋮。では何故その者たちは死んでしまったのですか 私はそこで察して静かに目を閉じた。 だ 致死の傷があるわけでなく、病に犯されたわけでも、毒に犯され た。こいつらは可笑しなところなど何もないのに、何故死んでいるん ﹁当 然 そ の 疑 問 に 行 き 当 た る。俺 た ち も そ う だ っ た。そ し て 気 付 い ? 全員が、朝に家族が気付けば寝床の上で眠ったように息をしてねぇ。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ⋮⋮つまりだ、安珍殿は既に気付いたようだが、可笑しなところなど 何処にもないのが可笑しいんだよ。こりゃあ、確実に常人の行いじゃ ねぇのさ。﹂ あ、察して目を閉じたっていうのは、この事件に対してというのも あるけど、それよりもこの後の展開を察してっていう意味合いの方が 強いぞ。 ﹂ ﹁何人かの術師に来てもらって、そっち方面で調べて貰ったんだがな、 そっちもほぼ全滅だ。﹂ ・ 少しだけ目を開けて私は問う。 ・ ﹁ほぼ、ということは何か手がかりでも掴んだのでしょうか ? 28 ? たわけでもねぇんだ。それどころか苦しんだ様子もなく、死んだ奴ら ? ﹁ああ、一つだけな。それも手がかりなんて言ってもいいのか分から んものだが。⋮⋮なんでも魂の気配が微塵も感じられんらしい。死 んじまったとしても、魂と肉体はどちらかが朽ちたり消滅したりしな い限りは必ず縁で繋がっている。医者が診た限りじゃ、死亡したのは 前夜からその日の朝にかけて。前日まで何の異常もなかった奴らが、 その日の朝には苦しんだ形跡もなく死んじまってる。術師の一人が ﹃まるで生きながらに成仏してしまったか、魂を本人が気付かぬ内に 粉々にされて消滅させられたか、そうとしか考えられないような状態 です。﹄だとよ。つまり魂に干渉してどうにかしたとしか考えられな い現象だそうだ。﹂ ﹁それはまた厄介な案件ですね。﹂ 頷きを一つしてお殿様の先を促す。 ﹁死亡した奴らに共通点はない。地位や年齢、老若男女の他、考えられ る可能性は全て出したと言っていい。一応、いまも他の連中で捜査は やっちゃったよ 救いを求める手を振り払ったり よ。この白湯を飲んだらさっさとここを発つつもりだったというの に。あああああ これじゃあ断りたくて 生きた もしくは魂を本人が気付かぬうちに消 しかも本当に厄介そうな案件だしな は致しません︵キリッ︶とか言っちゃったよ も断れんじゃないか ままに魂が成仏したような ! ! そんな凄いこと出来るんなら真面目に働けや ? たしかにそりゃレベルの高い術師が必要だわ ! 滅させられたような 犯人 ? ! ! ! 彼らに依頼を出すのも手だ ? ﹁やつらは早々に手を引いていったよ。私達では奴等の根城に踏み込 と思いますが。﹂ が居を構えていたりはしないのですか ﹁つかぬことをお聞きしますが、この町の大きさからして陰陽師など !! 29 進めてるんだが、まあ結果はあまり期待してねぇ。これは武芸者とし ての俺の勘だが、術師じゃねえとむりなんじゃねえかと思ってる。ん 無論、結果次第だが報酬も用意するぜ。どうだ で、一人でも腕に覚えのあるやつが必要だ。そこで、安珍殿。力を貸 しちゃあくれねぇか ﹂ ? ほら見てみろ。なんか不穏な話の切り出し方した時点で察してた ? ﹂ むことすら出来んとか言ってな。何かに勘づいたんだろうが、知って も無駄だと言って一向に話そうとしやがらねぇ。﹂ ﹁そのようなことが⋮⋮。近くの寺の者達はどうなのですか は考えられませぬか ﹂ ﹁ん、それはつまり、和尚様が居ないときを見計らった計画的なものと ると、若ぇ奴らしかいない今の寺じゃなぁ。﹂ の総本山に行ってるらしくてな。陰陽師共が手を引いたことを考え ﹁ああ、なんでも一番頼りになる和尚殿は、直弟子を何人か連れて宗派 これだけ大きな町なら近くに寺の一つや二つはあるだろう。 ? みたいな。いや、今の様子を見た限りはそんなことは ば、何かあったとき味方になってくれそうやん それって、素敵やん ない筈だが、万が一ね。それに親がいるこの場面で好感度上げとけ 働くのですか 義理と見なされるのが一番恐いからな。僧侶としてそんな不義理を うーむ、面倒な事態だか引き受けるか。断った場合に清姫殿から不 でいたわけだが。﹂ のとこに陳情が届いたときにはすでに和尚殿は居らず、数十人が死ん ﹁いや。最初の数人はまだ和尚殿がおられる時に被害にあってる。俺 ? ﹁そうか いや助かる ﹂ ! ? すが、よろしいでしょうか。﹂ ﹁おっと、その前に﹂ お殿様は奥方様と清姫殿の方を向き一言。 ﹁お前たちはもう下がってろ。﹂ それだけで意を汲んだのか、二人ともに部屋から退出していく。清 ふむ⋮⋮束縛系に成長したりしないよね あ 姫殿はめちゃくちゃ此方を見てきたんだが。なんだ、そんなに私と離 れたくなかったのか ? ばしなければならないんだ。しっかりと気を引き締めなければな。 まあいい。今はこの事件をさっさと解決して、この屋敷からおさら れ、何故だか背筋が震えた。 ? 30 ? ﹁では早速いくつか、事態の解決に向けてお殿様のお力が必要なので ! ﹁⋮⋮事態は分かりました。その任、謹んでお請け致しましょう。﹂ ? ﹁ではお殿様、まずは││││﹂ ◆◇◆◇◆ 人は寝ている間、夢を見る。 安珍のいう現代において、人は何故夢を見るのか、どうやって夢を 見ているのか、そういったものは大方解明されてしまった。だがその ような神秘の薄れ過ぎた時代の理など、この神秘が未だに色濃く残る 平安の世では無意味なものだった。 こんな話を知っているだろうか。 人が夢を見ているのは、魂となってこの世を、もしくはあの世を、そ なるほど。嘘か真かを判断で してその何処とも言えぬ世をさまよっているからなのだと。 その事象は確かに存在する。証拠 きぬ者と、嘘だと思っているものが宣う言葉だ。だがいいだろう。今 回だけはその証拠とやらを示すことができる。 夢を見ている間、魂だけで広大な世界へさ迷い込んでしまうという 証拠を。清姫という生け贄とともに、ここに知らしめよう。 ﹁⋮⋮ここはいったい、どこなのでしょう。﹂ さぁ、殺戮の夢が始まる。 31 ? きよひーの想いと力と特別さ 清姫が気付けば立っていたのは、左右に家屋が隙間なく建ち並ぶ道 の上であった。清姫本人は知るよしもないことであるが、そこは京の 都。この平安の世では平安京と呼ばれる、東方の島国一の大都市で あった。 しかし、清姫が現在立つ平安京は大都市としての顔を見せてはくれ ない。時刻は夜も深まる時間帯。不気味さを感じさせるだけの静寂 が辺りを支配し、大都市にあって然るべき人の雑然さも、通りを歩く 人々の姿形も見えやしない。風さえも吹くことがなく、生温い空気が ぬるりと肌に触れるばかり。 わたくしはいつも通りに床についた筈ですの この異様な空間は一体なんなのか ︵こ の 夢 は 一 体 ⋮⋮ に。︶ なのに何なのだろうか この現実感の強い夢は。その現実感の強 をしよう、そんな決意を胸に眠りについた筈だった。 屋敷に帰って来た時は良妻としての第一歩としてしっかりと出迎え た清姫は、今夜は契りを交わせないことを寂しく思い。そして安珍が そんな本心を抱える安珍に、心の底から一目惚れをしてしまってい 思いが多分にあったのだが。 は安珍の、事件をさっさと解決させて屋敷及び町から離れたいという 早々に屋敷を後にし、そのまま外で一泊して帰ると言っていた。それ 清姫の父と安珍は事件についての再確認と捜査のため、朝食後に そう。確かに床についた筈だ。 ? るのだ。ならば問題はないはず│││ ﹃来た﹄ ﹂ でも今の声⋮⋮子供 ︶ さも謎の不気味さを助長するだけである。だがそう、夢だ。夢と分か ? 32 ? ? ﹁っ ︵誰かいる⋮⋮ 可笑しい。 ? !! 恵まれた家に生まれたがゆえ、武芸百般を護身程度には修め、勉学 もしっかりこなしてきた清姫だ。いくら箱入り娘とはいえ、人生経験 ・ ・ ・ ・ ・ ・ は少なくとも知識はそれなり以上、そして知識を扱いきれるだけの頭 脳もある。 そして、自身の特殊な生まれからくる、危機を告げる第六感。更に は、武芸者である父から聞いた数々の話の中にあった、自身の身の危 険を感じた時の心得をいくつか思い出しつつ、何かが起こったときの ため、いや、すでに何かが起こっているこの夢の世界で、今自身にで きるだけの準備を整えた。 まず周囲を警戒しながら、近くにあった戸に栓をするための木製の 棒を掴み、構えをとりながらも地形を把握するために可能な限り視線 を巡らせた。 ﹂ ﹃今日はお姉さんが来た﹄ ﹁っ また聞こえた怪しい声。この声の持ち主が何処に姿を隠している ﹄ ﹄ ﹃じゃあ今日は抉ろう ﹄ のかも分からない今、無闇に逃げ回るようなことは出来ない。 ﹃今日は何する ﹃何して遊ぶ ? ﹄ ﹃前は何した ? ﹄ ﹃前は火炙り ? ﹃どうしよう﹄ ﹃どうしよう﹄ ﹄ ﹄ ﹃今日は早い者勝ち ﹄ ﹃競争 ﹄ ﹃競争 ﹄ ﹄ ﹃お姉さんもいいよね ? ? ﹃じゃあそうしよう ! ! ﹃えー、どうする ﹃いやだよ、もぎ取ろうよ﹄ ﹃だめだよ、打ち付けよう﹄ ! ! ? 33 !! ! ﹃いいよね ﹄ ﹃じゃあ始めよう ﹄ ﹃合図をしたら始めだよ ﹄ ﹃いいよ ﹃うん ﹄ ﹄ ﹄ 楽しみだね すごく楽しみ ! ﹄ ! には様々な武器凶器をもっている。その中には血で汚れた武器をも それも子供ほどもある大きさの人形が、目算で百はいるだろう。手 その者たちの正体は││││││人形。 ﹁⋮⋮なんと悪趣味な夢なのでしょう。﹂ しかめてしまう。 数。どんどんと姿を表していく者達を見て、清姫は思わず秀麗な眉を ゾロソロ、ゾロソロと、思わずそんな擬音が聞こえてきそうな程の その者たちがついに姿を表したからだ。 聞き覚えのある音を思い出そうとしたが、その必要はなかった。 の動物の鳴き声にでも聞こえてきそうな音はなんだったか。清姫は 今度は聞こえた声と共に、ギィ、ギィ、という音が聞こえてきた。こ ! ﹃そうだね ﹃今日のお姉さんやる気満々だね 現状は撤退戦法及び防衛戦法をとるしかないだろう。 も調べねばならない。 どうすればこの現実感がありすぎる夢から覚めることが出来るか ︵撤退戦を主にする他ないですね。︶ るのか、ということだろう。 い得物と、実戦を一度も経験したことのない清姫自身がどこまで動け 不安があるとすれば、敵の数もそうだが、武器としての殺傷力が低 ﹁どうやら敵⋮⋮ということでよさそうですね。﹂ 数々。そんなもの耳にして、清姫が判断を間違える筈もない。 すものだからなんだと思えば、火炙りや抉ろうといった物騒な言葉の 数も去ることながら、その会話の内容だ。最初に遊ぼうなどと言い出 交わされる声の数が一気に増えた。明るい子供の声だ。だがその ﹄ ﹃いいよ ! ! ! ? ! 34 ! ! つ人形たちも多くいる。 清姫は現実逃避をしてしまうように、思わずにはいられなかった。 ︵そ う で し た。あ の 動 物 の 鳴 き 声 に で も 聞 こ え て き そ う な 不 快 な 音 は、人形の間接の擦れる音。︶ 親から贈られた人形で遊んだ記憶を掘り起こした。 この夢の世界で死ねばどうなるのだろう。更に清姫が思い出すの は、朝に父が話していた言葉たち。原因不明で死亡した者たちは、生 きながらに成仏したような、生きながらに魂だけを消滅させられたよ うな、そんな不思議な亡骸だったという。 恐らくここで命を落とせば、清姫自身もその者たちの仲間入りだ。 不思議とそんな確信が清姫にはあった。 ││││││安珍様 初めての戦で最悪の死を予感しながらも思い浮かんだのは、初めて 会った瞬間に心奪われた美男の僧。彼を見た瞬間に、彼の全てが欲し くなり、彼に全てを捧げたいと思った。それは今まで恋を知らなかっ た少女を大きく変えた。一人の女へと心も体も変えられてしまった のだ。 ││││││安珍様、安珍様、この清姫は貴方様がわたくしを救う ために必ずや駆けつけてくれると信じております。ああ、わたくしの 愛しい人。わたくしの旦那様。 思い込みの強い生来の気質が、今までの、貴族の姫として教育され た積み重ねを凌駕しだした。 清姫の中で何かが変わり始めている。安珍と出会った瞬間から何 かが変革を起こしている。出会いによって、愛によって、清姫を変え 続けている。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ それは心も体も││││││魂も。 清 姫 の 持 つ 一つ目の特別。そ れ は 特 殊 な 血 筋。母 親 か ら 受 け 継 い 35 ﹄ だもの。それが魂だけの身となった今、思いの強さに呼応して急成長 ﹄ を遂げていく。 ﹃行くよー ﹃やっちゃえー 掛け声と共に一斉に襲いかかってくる百を越える、それも一メート ルはあろうかという不気味な日本人形たち。 安珍様のためにも ︶ それを見据えながら得物を構えて、強い信念を浮かべた瞳で睨み付 ける。 ︵まだ死ぬわけにはいきません ! ・ ・ ・ 姿も、妖としての姿も。そう│││││││ のだ。どちらも清姫であり、どちらもが清姫の真の姿だ。人としての の姿などということはない。特別な術で姿を偽っている母とは違う は、人としての姿。そして今の姿こそ、妖としての姿。どちらかが真 た自身の姿を、清姫はどうしても好きになれなかった。いつもの姿 とと、自身が半妖である事実。だが、半妖としての力を持って変化し 父と母と清姫だけの三人だけの秘密である、母が白蛇の精であるこ そして、その姿は、清姫の成長の証。 た変化。 その姿は、白蛇の精である母親の血を受け継いでいるがために起き ・ その姿は、魂だけの身となったが故に起きた急成長。 した。 そして肝心の清姫といえば、炎が消え去ったことでその総身を露に でいくものや宙高く放り出されるものなど様々だ。 そうなれば、人形たちも尽くが吹き飛ばされ、家屋のなかに突っ込ん そ の 炎 は 周 囲 一 帯 を 炎 の 波 へ と 姿 を 変 え て 吹 き 飛 ば し 消 え 去 る。 となって清姫を覆い隠す。 安珍本人が聞けば呆けそうなことを心の中で絶叫し、その思いは炎 ! │││││││この上半身は人のままに、下半身が巨大な蛇身へと 36 ! ! 姿を変えた、妖としての姿も清姫の真の姿の一つなのだ。 この好きになれなかった姿も、恋をしたことで、愛を知ったことで、 愛 受け入れられたのだ。安珍ならば全てを受け入れてくれるという激 しい程の思い込みによって。 しかしだからと言って、清姫の力は強くなっても無限沸き出すよう になったわけではないし、敵との戦力差が埋まったわけでもない。敵 ・ ・ ・ ・ ・ ・ は妖怪などといった生物ではなく、現象として生まれてしまった、も しくは生み出された怪異の類い。 故に、態勢を立て直して再び襲いかかろうとする人形たちに追撃で 炎の熱波を撃ち放ち、蛇身としての瞬発力を使い、瞬時に包囲網から 離脱。そのまま人の身とは比べ物にならない素早い動きで身を隠せ る場所、もしくは延々と逃げ続けることを可能に出来るような場所を 探す。 清姫は安珍が必ずや来てくれると信じているわけだが、それでも安 珍が駆けつけてくれるまでに何が起こるかは分からないため、もしも の時を考えて行動した。 そして逃げ続けながらも、頭を回転させ続けることで一つの仮定を 導き出した。 │││││原因不明で死亡した者たちは、たしか夜のうちに寝床で 亡くなっていた筈。夜とは即ち、闇に属するものが力を増して活発に なる時刻。ならば朝まで逃げきれた場合でも夢から覚めることが可 能かもしれませんね。 │││││それまで私の気力が持てばいいのですが。 愛 夢の中とはいえ、この身に感じる確かな熱。体温とは別に、心で感 じる熱。素早い動きで駆け回れば、肌には生温い空気が風となって感 じられるし、手に持つ得物も確かな物体として触れていられる。なら ば何故この世界において、気も体力も無限に沸き出すなどと愚考でき ようか。そんなことは愚か者が考える、希望とは全く違う醜い願望 だ。 清姫は愚か者でもなければ、その身も心も醜くなどない。 故に慎重に、大胆に思考する。 37 それはすでに芽生えつつある英雄としての器。混じり合わないよ うに思えてしまう二つの矛盾を、己の中で一つにすることができる大 器の証。 ﹄ ﹃かくれんぼー ﹄ ﹄ ! を集め続ける。 速度に優れ追い付いてくる個体だけを捌き続けながら、清姫は情報 に、人形たちは単純で力任せに凶器を振り回した。 舞うように、武器を扱うことより振るうことが楽しいとでも言うよう のは、人形たちに技がないことであった。子供が好奇心のままに振る 続ければ、直ぐに別の個体が追い付いて攻撃を仕掛けてきた。幸いな 二体の人形を一瞬にして撃退し、そのまま留まることをせずに駆け 突くことで距離を放し、大蛇の尾で殴り飛ばした。 低限の力を使う。棍棒の方には一瞬だけ振り返り、棒を用いて胴体を 弾を放ち、燃やし尽くすことは考えずに吹き飛ばすためだけの必要最 より把握し、大鎌の方には目も向けずに片手を向けて赤く燃え盛る炎 それを本来の蛇よりも数段以上優れている白蛇の精の気配感知に 棍棒を、左後ろからは命を刈るために振るわれた大鎌が。 背後左右から一体ずつ迫り、右後ろからは身の丈の二倍あるだろう るった。 た個体が数体、恐るべき速度で清姫に追いつき、その凶器たちを振 恐らくいくらか個体差があるのだろう。人形の中で速さに特化し 随する。 一つで出す清姫に、人形たちは無邪気さと残酷さと邪悪を内包して追 神秘溢れるこの時代の一般人でも捉えること叶わぬ速度をその身 が、人形たちも人を逸脱した身である。 けられる。勿論そんなものは無視して人を逸脱した力で走り続ける 不気味な容姿に似合わぬ可愛らしい子供の声が清姫の背に投げ掛 ﹃待ってよー ﹃ワクワクするね ﹄ ﹃おにごっこー ? それは敵の情報。どのような凶器を持った個体がいるのか。自身 38 ? ! に追い付けるほどの速度に優れた個体は何体いるのか。後方の自身 に追い付けない個体は見た限りどんな部分に優れているのか。道に 置かれている物をものともせずに破壊しながら進んでいる個体たち は力に優れているようだ。屋根の上を走って追いかけてくる個体た ちは速度は清姫ほどではないが、身軽さや身のこなしに優れているよ うだ。人形に背負われながら追いかけてくる個体は⋮⋮⋮肉弾戦以 外に秀でているのか 広い道は ろうか。袋小路になっている場所は は 複雑化している道は ? 狭い道 罠に戦闘、どのような建物がどんな形で利用出来そうか。道はどうだ そして地形の情報。どのような建物があるのか。逃走や時間稼ぎ、 ? ? ﹁くっ⋮⋮ ﹂ ﹃待ち伏せだよー ﹄ が飛び出してきた。 うなのか、左手の家屋の壁を盛大に壊しながら一体の槍を持った人形 そして周囲の観察を続けて視線を右手に移したとき、狙ったのかど となく、疲れによって衰えることもなく回転を続ける。 安珍さえ絡まなければ、常に冷静さを保てる清姫の頭脳は留まるこ ? ・ ・ しまう程度にはダメージが入るはずだった。そうだったのだ。 ・ ダメージが入るほどの攻撃を受けてしまった。骨が折れ、吐血をして 本来ならば、妖としての力が十全に発揮される今の姿でも、確実に に大穴を開けてようやく止まった。 吹き飛ばされた清姫は幾つもの家屋を突き破り、十ほどの家屋の壁 的だった。 撃を受けた際の感触から、その個体が力に秀でた個体であるのは確定 だが、ほかの個体と違い、恐ろしい程の唸りを上げて迫った槍と、攻 らなかったのは幸運なことであった。 く吹き飛ばした。お互いの距離が近くなったことで、先端の刃が当た と食い込み、蛇身へと変化したことで体積を増やした筈の清姫を大き そして、突然のことに対応が遅れ、人形の振るったその槍が腹部へ 不気味な人形が明るい声ではしゃいだ。 ! !! 39 ? 清姫は何事も無かったように向くりと起き上がれば、攻撃を受けた 箇所を確認する。攻撃を受けた際の衝撃で楕円形に破れてしまい、着 物の下にしまっていた筈の白い柔肌が、その部分だけ露出していた。 そして、その白い筈の柔肌には、外傷は青アザだけ。 それは逃げながらも、人形たちを捌きながらも、更に自身が変質し 続けていたがため。人と白蛇の精の間に生まれた清姫は、勿論のこと ・ ・ ・ ・ ・ ・ その体を形成する血肉も人と白蛇の精のものである。 そしてここに、清姫の持つ二つ目の特別が作用した。それは周囲の 者も、清姫本人すら未だに気付いていないこと。ただ一人、安珍だけ が清姫に対して違和感程度の疑問を抱いているだけ。清姫の特別な 魂に対して。 清姫のその特別な魂は、この魂だけの夢の世界で彼女の思いに呼応 して、力の一端を解放した。その力は、彼女の魂の力そのもの。故に、 半妖としての彼女の存在と共鳴し、相互に力の掛け合いを起こし、彼 ・ いいや、流石に神の領域まで押し上げるというのは ることで掛け算のように掛け合わされ、彼女の存在の格を押し上げ 40 女自身の存在の格を押し上げた。 ・ そして、更にもう一押し。彼女の願いが掛け合わされる。愛する人 とまた会うために、せめてこの場を凌げるだけの力を。 その願いによって、清姫という存在の格が押し上げられる方向が定 まった。 力を伸ばすという方向に、定まったのだ。 それは白蛇の精としての力の格上げ。白蛇、つまりは蛇の力を存在 レベルで格上げされるということだ。では、少し問おう。 蛇の存在が格上げされた場合、それは何となる いいや、その程度の存在進化など、彼女の願いとも、 答えは様々あるだろう。 蛇から大蛇へ ? 力を求める彼女の願いに、魂の力が応え、彼女の存在と混ぜ合わさ 答えは一つ、│││││蛇から竜へ。 今はまだ無理がある。 ならば蛇神か 彼女の魂の力とも釣り合わない。 ? ? た。 それもただの竜ではない。白蛇の精としての特性をそのままに存 在の格を上げたのだ。流石に最強種の竜の力を得たとはいえ、今の清 姫は竜の中では最下位の力だ。だが白蛇の精という、ただの妖怪では ない、半分は精霊としての側面も持つ存在であったがため。その進化 を可能とした。 │││││即ち、白竜という聖なる竜への進化を。 ﹂ ﹁女人の肌を晒しただけでなく、安珍様に捧げた我が体に、安珍様と契 りを結ぶための我が体に⋮⋮⋮よくも傷っ 怒りに震える彼女がそれに気付いているかは定かではないのだが。 そして清姫が前方へと視線を向ければ、そこには速度に優れた個体 ﹂ が数体と、自身の体を吹き飛ばした槍を持つ個体が。 ﹁戯れるのも程々になさいっ と、白い炎。 それは清姫の意思を持ってして炎の波となり、自身に迫る不埒もの どもを飲み込んだ。炎の波はそのまま直進し、これまでの清姫の逃走 によりかなりの距離が開いてしまった足の遅い個体たちにも届き、家 屋をも巻き込みながら更に少し進んでから、まるで空気に溶けるよう に体積を減らしフワリと消えた。 清姫が炎で焼かれた人形たちに視線を向けてみれば、一番近くまで 迫っていた個体たちは、一瞬だけ炎の波に呑み込まれただけだという のに、その全身を黒焦げにして炭の塊のようにしか見えないほどだ。 少し視線を離れたところ、距離が開いていた人形たちに向ければ、そ 炎も白くなっていたような気がしま こには炎が髪や衣服についたことで燃え盛って動きの可笑しくなっ た人形たち。 そこで清姫は気付いた。 ︵力が上がっているような⋮⋮ ? 41 !!! 怒りに燃える彼女より発せられたのは、先ほどよりも力を上げた圧 !!! すね。︶ どうやら怒りで視界が赤くなっていたようである。白い炎が赤く 見える程度には。どういうことやそれ。 しかし、清姫が驚いたのはそこではない。 黒い炭になった筈の人形たちが、徐々に色を取り戻している。手足 が燃え尽きた筈の個体などは、内側から盛り上がるようにして欠損部 分が治ってしまった。離れた位地の今なお燃え盛っている個体たち もそうだ。燃えていた髪や衣服がなくなり炎が消えてしまえば、その 部分が修復されていっている。 清姫はすぐにその場から離れるために駆け出した。 本来ならば聖なる竜の力により、人形たちのような闇に属するもの に は 抜 群 の 効 果 を 出 す 筈 の 白 炎 が 結 果 的 に 無 効 化 さ れ て し ま っ た。 それはこの夢の世界において、人形たちに圧倒的なアドバンテージが あるからに他ならない。 そうでなければ、最下位とはいえ最強の幻想種である竜の力に、闇 に属するものへ対して特効をもつ聖なる力を手にした清姫に倒せな い敵ではないのだ。 故に清姫はアプローチを変えた。 全身を修復させて清姫の後を追ってきた人形たち。その中で、最初 の焼き直しのように、速度に優れた個体たちが追い付いてきた時、彼 女はものは試しとその力を行使した。 それは一体のみに向けて放たれる強力な攻撃。掌に集めた力を一 方向のみに解放することで、その炎の白さも相まって光線のように見 えてしまう攻撃。 力を一点に集中して放たれる攻撃は先の炎の波とは違い、その炎の 密度と出力を高めて人形へと着弾した。いや、着弾とは言いがたい。 何故ならその白炎は弓のように飛び、人形を飲み込んでしまったから だ。 あとには何も残っておらず、それつまり人形が燃え尽きたことの証 左であった。 流石に跡形となく消し飛ばしてしまえば、人形が元に戻るようなこ 42 ともないようだ。 だが│││││ │││││これでは消耗が激しすぎます。一発や二発なら問題に なり得ませんが、人形は百を越える数。恐らく、それでは最後まで持 たないでしょう。 そうだ。その通りだ。清姫。 大きな力を手に入れたとしても、彼女は今まで戦のいの字も知らな い小娘に過ぎず。最強の幻想種の力を手にしたとしても、半身は未だ 人の身である。 先の槍の一撃は柄の部分で殴り飛ばすように受けたが、人体の急所 を攻撃力の高い凶器で突かれれば一溜まりもない。 一対一なら間違ってもそのようなことは起こらないが、あの数だ。 囲まれてしまえば不味いことになるだろう。 故に、人形を倒せることは確認できたが、それ以上の追撃はせず、逃 げの一手を取り続ける。だが、そのままでも状況が変わることはない ため、策を練りながら、追い付いてくる敵を迎撃しながら、清姫は孤 旦那様 軍奮闘するのだった。 ││││││安珍は未だ現状に気付かずとも。 43 清姫の初陣は加速する 駆け続ける中で、清姫は速度に優れた個体を倒すことを決めた。と いうのも、延々と付きまとわれるのが邪魔であるし、これから隠れる にしても、何処かで罠を張るにしても、その度に妨害をされたりして は堪ったものではないからだ。 後方の個体にも意識を割きながら、近くでうろちょろと付きまとっ てくる人形たちの気配を読みながら迎撃し、奇襲にも気を付けながら 周囲の地形把握に努める。 はっきり言って、初陣の清姫には負担が大きすぎる。その才能と 培った武の技術、冷静な頭脳がなければ、ここまで持つことはなかっ ただろう。 故に、その中で一番手っ取り早く潰せる案件を清姫は正確に選び抜 ﹂ 44 いた。 ﹁ハアッ 珍 珍 形を圧倒しているように見える一因だろう。しかし、それを思わせな 相手が技術など何もない動きしかしない人形であるのも、清姫が人 を放ち、容赦など一切なく振るわれる清姫の得物。 そして、今現在においては、歴戦の武者を思わせる強大で鋭い殺気 ル。 本来ならば、娼婦のようではしたないと言われる男性への猛アピー 安 い目を向けられながら馬鹿にされるであろう、男性への夜這い。 安 この平安の時代において常識知らずの世間知らずと指を指され、白 ある。 清姫の持ち味。それは清姫の強い想いのもとに行われる行動力で ない。 度のものだ。しかし、戦いにおいて勝敗はそれだけで決まるものでは 清姫の武芸者としての腕は自身でも認めている通り、よくて二流程 する。 烈火の気合いを口から発し、白炎を得物に纏わせて人形たちを迎撃 !!! いほどの殺気と容赦のなさ。 本当にこれが初陣なのかと疑われて然るべき、猛烈な攻めの姿勢。 腕に得物を叩きつけることで相手の凶器を取り落とさせ、圧倒的な リーチを誇る棒術でもって連撃を叩き込んでいく。 清姫の持つ得物には、白蛇としての力が白竜へと存在進化したこと で得た、強力な白炎が高い密度で纏われている。 そのため、一撃打ち込むごとに人形はその部位を爆発四散させ、機 能を強制停止へと追いやられていく。一体一体丁寧に、然れど激しく 攻撃する。そうすれば、速度に特化した個体たちはすぐに動けなく なってしまった。 だが、徐々に体を修復している今、すぐにでもまた動きだし、清姫 を邪悪に染まった遊び感覚で殺そうと迫るだろう。 故に時間はない。 清姫は後方の人形たちと距離があることを確認してから、すぐにそ の場で停止して力を溜める。時間にして5秒。両手を自身の胸を挟 むように持ってくれば、瞬時に胸の前、両手の間に白く輝く炎の球が 出来上がる。その拳大程の大きさの白炎球を、速度に優れた個体たち が倒れ伏す場所へ向けて撃ち出す。 着弾。 瞬間、5秒かけて内包された力が解放され、それはドーム状に広 がった。そのドームは内側に存在する物質を跡形もなく焼き尽くす 聖なる炎。ドームが消えてみれば、地面は球体状に抉られ、左右にと ころ狭しと建てられた木造家屋は言わずもがな。 ほぼ中心地に存在した人形たちは、勿論のこと跡形もなく焼き尽く された。あとに残ったのは直径20メートルを越えるクレーターだ けであった。 それを確認すれば、直ぐ様に踵を返し駆け出す。 これで残った人形たちが追い付くことはほぼ不可能となった。奇 襲を仕掛けてきた個体がいたことから、挟み撃ちにする程度の戦略は 行ってくるかもしれないが、常に身の周りではしゃぐ人形たちがいな くなったことで余裕ができ、周囲の気配を探る続ける程度のことは可 45 能になった。故に現在は後方からしか気配を感じられないため問題 はないとして、人形たちを撒くために更に速度をあげて駆け出した。 駆ける、駆ける、駆ける。 清姫はかなりの時間をかけて駆け続け、相当な距離を人形との間に 作り出した。離れたことで一度物陰に潜み、気配を殺す。生まれなが らの狩人である蛇としての力の賜物だろう。すんなりと実行するこ とができた。 そのまま周囲の気配を探り続けながら、心身を休めるためにその場 に留まった。 清姫がこの世界に来てからどれだけの時間が立ったのかは正確に 把握していないが、それでも数時間は経っていることだろう。その時 間中、清姫は初陣でありながら幾つもの事柄を同時に処理し、途中に 速度の優れた個体を倒したことで少しの余裕が生まれたとはいえ、そ れでも今の今まで体を動かし続け、頭を働かせ続けた。いくら竜の力 46 を手にしたとはいえ、まだ十代も前半の人生経験が浅い小娘だ。疲労 を感じるなという方がどうかしている。 そうして一時的な休息を取っている清姫だが、一番心配なのは気の 残り総量だった。炎を使って攻撃したのは僅か数回。それなのに何 故そんな心配をするのか ける力加減が分からなければ美しい文字を書くことが叶わぬように。 墨汁を吸わせ過ぎれば紙を汚す結果にしかならず、筆を紙に押し付 あるのも同じように。 を押し付ければいいのか、経験を重ねることでしか分からないことが 筆にどれだけ墨汁を吸わせればいいのか、紙にどれだけの力加減で筆 まるで初心者が筆に墨汁を吸わせて紙に文字を書こうとしたとき、 しまっているのである。 陣という場の影響もあるかもしれないが、要は必要以上の力を使って 例え話となるが、気を1必要とする攻撃に5も使ってしまった。初 必然的に起こってしまった力の制御不足に起因する。 ての力を十全に制御するための修行なども十分に出来なかったため、 それは今まで半妖としての力を振るう機会など存在せず、半妖とし ? 紙に筆に墨汁と、必要な道具は揃っている上、使い方も知っている。 しかし知っているだけ。使った経験はなく、どうすれば無駄なく流麗 に文字を書けるのか知らない。頭では使い方を知っていても、体が最 適となる動きがどういうものなのか知らないから。理解が及んでい ないから。 力の使い方は本能的に分かるのに、どうすれば最も効率的に行使で きるのか、経験と理解が追い付いていないのだ。 当然のことながら、修行が出来なかったことにも理由がある。 まず、町の中で半妖の力を制御するための修行など出来よう筈がな い。下手をすれば町中にいるかもしれない、気配探知に長けた術師に 清姫の存在が見つかってしまうだろう。 それならば町の外に出ればよいと考えるかもしれないが、それも彼 女の地位と安全を考えた時、得策とは言えない。何故なら彼女は平安 時代の貴族の姫君。町の外に出るならば護衛が必要となる上、人外が 跳躍跋扈するこの世界、護衛がついた程度では絶対に安全だなどと口 が裂けても言えはしない。というか、夜な夜な貴族の姫様が護衛を連 れて町の外に向かうなど、目撃者がいれば有らぬ誤解を与えるだけだ ろう。そんな事になったら、町を治める側として致命的だ。故に町の 外での修行も厳しいと言わざるを得ない。 そしてそのまま、何か案が出る度に止めた方がいいのではないかと いう結論に達するのが、毎回のパターンであった。 だから清姫は最も効率のいい力の使い方が出来ない。故に、意図せ ず大きな消耗となってしまった。別に戦えないほどではない。倒れ てしまうほどでもない。だが、もしかすると朝まで、百より多くの人 形たちを相手に逃げ隠れしなければならないかもしれない。下手を 踏んでしまえば、あの数の人形との戦いになってしまうかもしれな い。 そのために心身を休め、気の回復させなければならない。少しでも 生存率をあげるためには必要なことだ。 ﹃みぃつけたぁ﹄ 突然聞こえた声に顔を上げる。その人形たちは屋根の上から、すぐ 47 近くの曲がり角から、家屋の中から。あり得ないことに、数体の人形 いつの間に ﹂ たちが姿を唐突に現したのだ。 ﹁馬鹿なっ !? ﹄ ここで行動したが故に、清姫が窮地に陷ようなど。 ││││││しかし誰が予想し得ようか。 動力となる。 その想いの強さは殺気へと変換され、容赦のない攻撃を繰り出す原 決まれば一瞬にして行動へ移し、人形たちに攻撃を行った。 想い描いた思考。 その間にここにいる個体たちを滅して即座に撤退。それが清姫の ? どあり得ない。それもこれ程の数の人形を。 考えられるとすれば隠密に特化した個体だろうか 然なほどに気配が感じられない。 ここだよー またもや、かなり厄介な個体だ。 ﹃みんなー ︶ 同じような事態に何度も陥っては堪らない。 選んだのは後者。この個体たちは撃滅すべし。 逃走か、撃滅か。 清姫の思考は一瞬。 ︵まずい 人形が一斉に声を上げる。 ! 他の個体たちが集まるのに数分は要するだろう。 今もなお、不自 どではない。もっと広範囲の気配を感じとっていたのだ。見逃すな 常に周囲の気配は感じ取っていた。十メートルや二十メートルな ! ! 清姫の初陣となる戦いは、佳境へと向かい加速する。 48 ! 清姫は瞼を閉じる 現在、清姫を中心として周囲に散らばる人形たち。衣擦れの音も足 音も聞こえない。不気味な人形たち。 しかし清姫は怯まない。 眼を逸らすことも、恐れを抱くこともない。 この場で殺されてしまえば、二度と愛する人に会えなくなってしま うかもしれない。ならば、そのような愛の妨害をする邪魔者たちなど 打ち倒してしまえ。 滅してしまえ。 消してしまえ。 一切の容赦なく、慈悲など与えず、一方的に撃滅してしまえ。 49 心の、体の、魂の全てを満たす愛の名の元に。 ﹂ 全てはそれだけで肯定されるのだから。 ﹁シャアアアアッ 一瞬にして響いた大音響は五つ。 人形に肉などないが故に、この表現は滑稽であったか。 体がついてこなければ意味など皆無。 いや、もしかすると目では追えていたのかもしれない。しかし、肉 清姫の動きは追いきれなかったようだ。 ことだろう。ここにいるのは不気味な人形たちだが、この物たちにも 常人から見れば、清姫の得物を振るう腕がかき消えたように見えた 術を繰り出す。 吹き飛ばすためではない。その場で人形が動けなくなるように棒 肉薄すれば、瞬時に得物を振るう。 得物には炎が灯る。 その際に口から漏れ出たのは、本能からの烈火の気合いか。同時に 清姫は竜の力を得た半妖の能力を遺憾なく発揮する。 まずは一番近い人形の懐へ。 !! まずは頭から。 次は小刀を握る両手から。 次には両足。 頭を失い攻撃に気付いたのだろう。手に持つ小刀を振るおうとし て、しかし両手は無くなっており。両手が無くなったと気付いた頃に は、すでに両足が無くなっている。 攻撃の最中、周囲の人形たちが一斉に襲いかかってきた。勿論のこ と、人形たち自身から発せられる筈の気配は感じない。音さえも聞き 取れない。 ならば清姫はどうやって気付いたのか それは視線。 突然に声をかけられるまで、近づかれていたことにすら気付けな かった。それだけ気配を感じなかった。 しかし、清姫を見付けてからは少しだけ違った。視線を感じるの だ。邪悪さを内包して見詰めてくる視線を。見詰められるだけで背 筋が震えそうになる、そんな視線を。 清姫はその時点で疑問をもった。 明らかに可笑しい。 愛が絡まなければ、安珍が絡まなければ、清姫の冷静さは失われぬ。 その冷静さが見つけ出した。人形たちの抱える矛盾点。 人形たちは清姫に悟られることなく、ここまで辿り着いた。辿り着 いた人形たちからは、衣擦れの音も足音も何もかもが聞こえない。 そうだ。 気配は察知できない。音も何もかもが聞こえない。 なのに、人形たちは何故喋った 何故、人形たちの声は清姫まで届いた おかしくはないか ての音が遮断されているようなのに、だ。 そして現れてからはずっと感じる、人形たちの視線。気配は隠蔽さ れ、音は遮断されている。なのに何故、視線は感じる ? 50 ? ? ? 人形たちから鳴る筈の音は周囲に聞こえないよう、まるでそう。全 ? 何故視線から伝わる悪意を隠せ もしも気配を殺すことが可能なら、無音歩行術やそれに類すること が可能なら、何故視線一つ隠せない ない だから考えた。 来なくなるのでは │││││もしや、故意に誰かへ向けたものなら隠蔽することが出 そしてその中で、声は届き、視線は刺さる。 る。その矛盾。 能。無音行動をおこすなど不可能。けれど、実際に出来てしまってい 故に、技術など欠片もない。この人形たちに気配を殺すなど不可 扱い方も、全てに技などないということが。 り顕著に分かってしまった。体幹の置き方も、武器の握り方も、その ただけで分かってしまう。近くに優れた武芸者がいたため、それはよ 父 どの人形もそうだったのだ。今、周囲にいる人形たちもそうだ。見 はないか。 形たちはまるで技術など感じられない、野生児のような動きだったで 持っているわけでもない。何故ならば、最初からそうだったから。人 気配を殺しているわけではない。無音での行動を可能とする技を ? 見極める。 清姫は白炎の力を手元に溜めながら、人形が自身に迫るぎりぎりを の距離を測ることなら十分に可能。 と突き刺さる。細かい行動を把握することは不可能だ。しかし彼我 する人形たち。近付いてくる邪悪な意思は、視線となって清姫の肌へ 一体の人形を行動不能にまで追い込んだ清姫。その彼女へと殺到 結果として、それは正解だったようだ。 そうでなかったなら別の手段を行使するまで。 だった。 そ ん な 仮 定 が 生 ま れ た。清 姫 に と っ て は 十 分 に あ り 得 る 可 能 性 ? 51 ? ││││││今 多くの人形が肉薄してきた瞬間に、その身を高く中空へと舞い上げ た。強い瞬発力で家屋の三倍の高さまで飛び上がり、視線を下に向け る。 手を人形たちに向けて翳したとき、ようやく清姫へと顔を向けて攻 撃の兆しに気付いたようだ。しかし既に手遅れ。清姫は白炎の光矢 を連続で撃ち放った。 連続して響く着弾音。 盛大に吹き上がる衝撃、突風、土煙。 そして、突然に。 周囲に人形たちが集まってきているがどうかを知るため、広げてい た気配感知の網にナニかが引っ掛かった。 その中をとてつもない勢いで突っ切ってくるナニか。 気配感知の外側から勢いよく飛んでくるナニか。 視認出来たのは土煙の中から現れたときだった。それは大きな戦 ﹂ 斧を振り上げた人形であった。 ﹁くっ のでも受け流せるものでもない。 人形の大戦斧が恐ろしい勢いで振り下ろされる。手に持った得物 に衝撃を感じたのは一瞬。少しも拮抗することなく叩き折られてし まった。むしろ何処にでもある木の棒で、よくぞここまでもったもの だ。 人形の大戦斧を止まらない。 清姫の胴体目掛けて進み続ける。清姫が現在いるのは空中だ。身 動きを取る術を持たない彼女では避けること叶わぬ。清姫自身も、回 避がすでに不可能なのは分かっていた。 けれど、だからといって諦める理由にはならない。 足掻かぬわけにはいかない。 判断は一瞬。 52 ! 咄嗟に白炎を纏った得物で防御はしたものの、その攻撃は防げるも ! 折られたことを認識するよりも早く、得物がもう駄目だと直感した 瞬間に手を離した。その離した両手が向けられるのは当然、人形に対 してだ。 加減は度外視。 早く、強力な攻撃を。 その想いの元に放たれたのは、白炎の放射攻撃。なんの工夫もな い。燃え盛る炎が指向性を持って進んでいくだけの攻撃。 その速攻攻撃は人形に着弾したことで、力を周囲にも発散させた。 炎が辺り一帯へと燃え広がり、その爆風のごとき衝撃を周囲に伝え た。 そしてその中心部にいた清姫と人形は当たり前のごとく、反発する 磁石のように吹き飛ばされる。 家屋を何棟も壊しながら飛んでいく清姫。ようやく体に連続して 響いた痛みと衝撃が止まり目を開ける。すぐさま周囲の様子を探る ため、意識を集中しようとして痛みを感じた。 いや、最初は熱さだった。しかし、竜としての特性により、熱に強 い耐性を持つ清姫が先の爆風程度で傷を負うわけがない。 何故かと思い、熱が痛みに変わっていく箇所へ目を向ける。そこに あったのは大きな裂傷。技術などなく、勢いと力任せで叩き切ったか のような大傷。肩から腰にかけて、斜めに歪な傷が出来ていた。 止まることなく溢れる血。致命的にしか見えない傷だ。ここで生 き残っても、一生残りそうな程に大きな裂け目。 女として生きる上で、心理的にも一生残りそうな傷を、あの人形は 生み出してしまったのだ。 │││││安珍様に会わせる顔がありません。 安珍のことは信じている。会って一日しか経っていなくとも。こ の愛は本物で、彼女の中ではすでに相思相愛だ。ならば清姫が一生残 る傷を負っても、安珍がそれを理由に彼女を拒否するなどあり得な い。だから、思うのは別のこと。 53 ﹂ 安珍に一生を奉仕するための体に、安珍とこれから幾度も契りを結 人形風情が度を過ぎた真似を ぶこの体に、安珍のためだけに存在するこの体に、 ﹁よくもよくもよくもっ 溢れ出るのは怒り。 !!!! 度で動けるのかすら怪しい。 大きな消耗を強いられるのは想像に難くない。さっきまでと同じ速 倒 せ た か ど う か も 確 認 が 取 れ て い な い。逃 げ た と し て も こ の 傷 だ。 れからどんどん増えて行くことだろう。気配の感じられない個体を 最後に、清姫と相対するのが複数の人形であることか。しかも、こ は明らか。 単に死んでしまうようなことはない。とはいえ戦闘に支障を来すの 更に、清姫の負った深い傷。半妖として、竜の力を得た者として、簡 な形状の武器を持っている。 まず、先も述べた通り、清姫は無手である。対して、人形たちは様々 え、この状況はまずいだろう。 現在、清姫は無手である。徒手空拳もある程度は修めているとはい たちを見て、疑問を頭の片隅に捨て置いた。 なものは今考えている暇などない。清姫はこちらへ駆けてくる人形 ついそんな疑問が出てきてしまって仕方がないだろう。だが、そん 何故か つまりは新たに現れた人形たちということだ。 その人形たちからは気配を感じる。 は人形たちが立っていた。 立ち上がったと同時に、周りに複数の着地音。その音の発生地点に と思考しても、できたのはそこまでだった。 しかし、大きな怒りを抱こうと、その怒りで人形たちを叩き潰そう ともなく立ち上がる。その精神力は凄まじいものだ。 半妖としての頑丈な体をもつ清姫は、初の大怪我に悲鳴を上げるこ ちへと突き刺さる。 かつて感じたことのない怒りがその身から溢れ、殺意となり人形た !!!! なにより、これだけ近くに複数の敵の接近を許したのだ。人形たち 54 ? が何に優れた個体かも分からぬ今、不用意に背中を見せるつもりは清 姫には皆無。 結論、迎え撃つのみ。 得物がなくなってしまったため、自身の両手に白炎を灯す。その状 態で構えをとれば迎撃準備は完了だ。 燃え上がった怒りの炎は両の手に。想いに呼応して轟々と燃え盛 る。手 の 形 は 外 部 破 壊 の た め に 握 り し め。清 姫 は 鋭 い 殺 気 を 敵 に 放った。 駆けてくる人形。複数から同時に攻撃を受けるわけにはいかない。 ︶ 一番近い個体へと接近し、その拳を振るった。 ︵これはっ 清姫の拳はひらりと避けられてしまった。こんなことは、この夢の 世界では始めてのことだった。故に驚いてしまった。 彼我の実力差は把握しているつもりだった。それも驚愕した要因 か。 しかし、驚愕したことで身を固めてしまったのは頂けなかった。こ れも実戦経験がないための弊害だろう。 目の前の個体はまるで野生の猿か軽業師のような身軽さで、攻撃を 避けた勢いのまま清姫へ蹴りを放った。清姫にとっては大したこと のない攻撃だ。しかし、傷には響いた。痛みが増幅され、意図せず更 に硬直してしまった。 そこへ更に周囲から人形たちが殺到する。 下半身の蛇身へと殺到し、何度も攻撃を加えるもの。一度や二度な ら問題はないが、複数となれば話は別だ。それも、清姫に大怪我を負 わせた大戦斧がいるとなれば。 攻撃を食らうことで分かったことだが、やつは力に特化した個体 だ。蛇身の方が上半身より丈夫とはいえ、やつの攻撃を刃の部分で何 度も行われれば、いくらなんでも負傷は避けられない。 そして、蛇身より脆い上半身にも殺到する人形たち。手に持つのは クナイや包丁、木刀や鍬なんてものまでいる。 │││そして、動けぬ清姫へと連撃が叩き込まれた。 55 !? 頭、腕、胴体、蛇身。 嬉々として凶器を振るう姿は子供のよう。なのに、そこに宿る邪悪 さがどうしても子供とは思わせてくれない。まるで悪鬼を相手にし うっ ﹂ ているかのようだった。 ﹁ぐっ ﹁くっ っ ⋮⋮はあっ ﹂ !!!! だが、まだ折れていない。 いつ折れても可笑しくない。 る。だがその疲労、心労は計り知れない。 痛みに耐性のない体は、清姫の精神力によって今なお支えられてい それが今、崩れ去ろうとしている。 などではない。清姫の確たる信念のもと起こされた行動だったのだ。 とが凄いのだ。その傷で敵に立ち向かったのが誇り高いのだ。奇跡 大きな傷を負わされたところから、それは顕著となった。立てたこ しかし、徐々に徐々に限界は迫っていたのだ。 証であった。恐ろしいほどの精神力の証であった。 この不気味な夢の中で孤軍奮闘できたことが、清姫の溢れる才能の 優しくされたものだった。 とがない。箱入り娘として育てられたがために、武術の指導も丁寧に りない。箱入り娘として育てられたがために、大きな危機にあったこ 清姫は箱入り娘として育てられたがために、外へと出たことはあま の傷へと響き、清姫の動きを妨害する。 傷として清姫の体へと刻み込まれていく。さらにはその衝撃が体中 絶えず与えられる攻撃は、大きな傷にはならない。しかし、確かに ! 数は一気に減ったのだ。なのに喜ぶことはできない。出来よう筈 た。 その一撃は周囲の人形たちを燃やし尽くし、あるいは吹き飛ばし 手加減など一切無用。 全力全開。 が生まれた。その時を見計らい、全身から全力の炎を吹き出した。 攻撃が加え続けられ、感覚が麻痺してきたころ、清姫に少しの余裕 ! 56 ! !? も な い。清 姫 は す で に 満 身 創 痍 で あ っ た。そ の 美 し か っ た 髪 も、顔 も、体も、衣服も。全て見る影もない程だ。 │││││絶望は加速する。 新たに空から人形が現れたのだ。空の向こうから飛んでくるよう に現れたのだ。 それは清姫が知るよしもないこと。人形が人形を投げて寄越して いるなどど、そのような知性があったのかと、想像もつかないのは仕 様がない。 いや、人形たちからすれば、それもまた遊びの一環だったのだろう。 そうだ、最初からその無邪気な邪 それが遊び相手に絶望を突き付けるなどと知りもしないで。むしろ、 人形たちの行動は必然であったか 悪さを発揮していたではないか。ならば、それは必然であったのだ。 満身創痍の清姫の周りに着地する複数の人形たち。 あと少し ﹄ もうすぐだ ﹄ ﹄ 周囲には体を修復させている個体も見てとれる。直に戻ってくる ﹃うん ︵安珍様⋮⋮ わたくしにお力を⋮⋮⋮っ ︶ ! 安珍を信じているから。愛しているから。 襲いくる人形たちとの攻防は続く。 力を振り絞ることで白炎を灯し、人形たちを迎撃する。一体に攻撃 を与えれば、ちがう方向から攻撃を受ける。負けじと攻撃を続けれ ば、またもや別の方向から攻撃を受ける。 清姫は気付いているだろうか。 着々と増え続ける、周囲の人形たちに。 もうすでに、数十の人形に囲まれていることに。 もう││││││攻撃など出来ていないことに。 人形に清姫の拳があたった。 57 ? 霞み始める視界の中。それでも清姫は諦めない。 ! はしゃぐのは新たに降り立った個体たち。 ! ! のだろう。 ﹃おー !? ﹃もうすぐ捕まえられそうだね ! ! コツンッ⋮⋮⋮。 少しだけ、音が鳴った。固いものに骨が当たった音だった。清姫は そこで、力無く拳を下げてしまった。それに釣られるように、視界が 地面へ落ちていく。体が地面へと落ちていく。 何か衝撃を受けたのは分かった。けれど清姫には、すでに地面に倒 れているという自覚すらなかった。 どんどん瞼が重くなり、ぼんやりとしている視界が狭くなってい く。心の中でも、ぼんやりと思ったことがあった。 ︵安珍様⋮⋮。また、会いた⋮かっ⋮⋮た⋮⋮⋮。︶ 清姫はそこで瞳を閉じてしまった。 周囲には、勝鬨を上げる人形たちだけが残っている。 嬉しげにはしゃぐ人形たちは気付かない。 清姫から薄く漏れ出ている、黄金の光に。 魂の輝きに気付かない。 清姫の意識はすでにないというのに、意思を持っているように輝く 黄金の光。 それは空間に溶けるように少しずつ、少しずつ、消えてゆく。 人形たちには気付けよう筈もない。 その黄金の輝きは魂から漏れ出ていることに。清姫に竜の力を与 えた源だということに。切っても切れぬ縁を手繰り寄せていること に。 空間を越えて││││││ ││││││││││清姫と似た魂を呼び寄せようとしているこ とに。 ◆◇◆◇◆ 58 とある屋敷の一室に、一人の男がいた。 周囲には何らかの儀式を執り行うための道具たち。違うな、今、男 は儀式を執り行っている最中なのだ。 男が作り出した、こことは別の空間。そこへと視界を移すための儀 式。その空間へと迷いこんでしまった憐れな獲物と、獲物を追い詰め る狩人たちを見定めるために。 今までも同じように、その空間へと迷いこんでしまった獲物たちが いた。その度に、この簡易的な儀式を行い、視界をあちらの空間へ飛 ばした。 ある日は農民が迷いこんで来た。ある日は商人が、ある日は医者 が、ある日は武芸者が。毎夜毎夜と迷いこんで来た。その者たちは、 ほぼほぼ抵抗などすることが出来ずに惨殺されてしまった。 妖怪か いや違うな。⋮⋮あぁそうか、こいつは の姿、内面、魂に至るまで。 ﹁こいつはなんだ !? ? 59 武芸者程度か。抵抗らしい抵抗ができたのは。 その武芸者も、延々と倒されては甦ってくる人形たちに、体力が尽 きたところを殺されてしまった。 なんとも味気ない結末だったと、男は思う。 もっと試行がしたいのに、それに見合った獲物が中々現れない。 今宵迷いこんで来た者もそうだ。 可憐な姿だ。何処かの姫なのだろう。雰囲気はおろか、纏う衣服か らして民草たちとは違う。 ﹁また、つまらぬ夜となりそうだ。﹂ 思わず男は呟いてしまった。しかしそれも仕様がない。今までが そうだったのだ。つまらぬ夜ばかりだったのだ。そこに現れた一人 ﹂ の可憐な姫。男からすれば期待など出来よう筈もない。 これは⋮⋮くくくっ、まっこと面白い しかし、それは間違いだった。 ﹁ほう⋮⋮ ! 姫の奮闘具合を見ていくと、なんとも姫に似合わぬものばかり。そ ? 半妖か いや、しかしこの魂は一体なんなのだ。半妖とは相反する魂 だ。これではまるで⋮⋮。﹂ これまで いきなり驚いたかと思えば、突然ぶつぶつと呟き出す。男は常に愉 しげな雰囲気を纏わせていた。 なんとも良い夜だ 清姫の奮闘が佳境へ入れば、興奮も露に笑い出す。 ﹁くっくっく、ふははははははははは ﹂ !! ! 空 間 が 避 け る よ う に 縦 に 割 れ る。そ こ は 奥 な ど 見 透 せ ぬ 闇 が 広 男は一つ宣言し、その術を行使した。 ﹁今宵は我が標へ一歩近づくであろう。﹂ どうやら清姫確保のための準備であったらしい。 ﹁このような貴重な獲物、逃がすわけには行かんな。﹂ 清姫が倒れたことを確認すれば、男はなにやら準備をし始めた。 と変わらぬ退屈な夜と思っておったが、全くもって快なり !!!! がっていた。男は臆することなく、闇へと堂々と踏み込んだ。 60 ! この世に並ぶ者なき最たる強者 勝鬨を上げる人形たち。 そのすぐ近くの家屋の上で空間に線が入った。それは人一人が通 れる程に大きく開いていく。そうなれば中が見えるというものだが、 かりぎぬ その中は暗闇で満たされていた。何かを見透すことなど不可能なほ どの暗闇だ。 そこから一人の男が現れる。特徴的な狩衣を身に纏うその姿から、 見るものがみれば男は陰陽師だと一見して分かるだろう。 え ぼ し 黒の艶やかな長髪、玲瓏さを湛えた切れ長の目。その顔は冷々さ極 まる秀麗なものであった。黒の烏帽子と白の狩衣を身に纏う姿は堂 に入ったもの。一分の隙もないことは、見る者に雰囲気から悟らせて しまうだろう。 ﹄ ﹄ て、言い放った。 ﹁人形どもよ、少し邪魔だ。私が許すまで動くでない。﹂ 陰陽師のその視線は清姫へと向いていた。正確には、清姫の放つ、 薄く輝く黄金の光にだが。 興味深く見据える視線。何が起こるのか、今か今かと待ちわびる様 は、まるで童や研究者というよりも、求道者といった方が適切か。 陰陽師の視線を他所に、黄金の光は何かを手繰り寄せようと明滅す る。 そして一際強く光が瞬いたとき、その中心から一人の僧が現れた。 法衣を纏い、編笠を被り、錫杖を手に携え、概ね一般の僧侶と同じ格 61 その男の存在に気づいた人形たちは一斉に顔を屋根の上へと向け ﹃どうしたの ﹄ ? 人形たちが一斉に騒ぎ出すのを、陰陽師は手を挙げるだけで制し ﹃どうしたんだろうね ? た。 ﹃御主人様だ ! ﹄ ﹃御主人様 ! ﹄ ﹃御主人様 ! 好である。僧侶は直ぐに陰陽師の存在に気付き、家屋の屋根に立つ陰 陽師を視線鋭く射抜いた。陰陽師もそれに返すように、法師が現れた という謎に愉快さを滲ませ視線を向けた。 片や、闇の中より出し陰陽師。 片や、光の中より現出せし僧侶。 片や、家屋の上から見下ろし。 片や、地から見上げる。 立場や実力差がそのまま表れているように見えるのを、この二人は 気付いているのだろうか。いや、気付いていない。 どちらも少なからず、闇と光のどちらに属するのかは気付いてい る。だが、実力はまだ正確に把握しきれていない。どちらもが相手を 実力者だとは勘づいている。だが、力を未だ隠しているが故、どれほ どの力量なのかは分かっていない。逆に言えば、お互いが実力を隠せ る程の強者であるということだ。 62 僧は辺りを少し伺い呟いた。 ﹁これはまた奇っ怪な状況のようですね。﹂ 凶 器 を 手 に す る 不 気 味 な 人 形 た ち。恐 ら く 平 安 京 と 思 わ れ る 都。 足元にて傷だらけで倒れ伏す清姫。消耗を避けるためか、人の姿に 戻っていた彼女を確認してから。 ﹂ 視線をまた陰陽師へ向けて一つ。 ﹁これはあなたが へと手を伸ばし数珠を手にする。 ら仰向けへと体勢を移行させる。一度清姫の状態を確認してから、懐 安珍は足元で倒れ伏して気絶している清姫へと屈み、俯せの状態か ﹁なんということを⋮⋮。﹂ 顔を少し歪ませ僧侶││││安珍は呟いた。 もだ。﹂ を作り出し、人形どもを用意しただけ。そこの娘をやったのは人形ど ﹁そうだ。私がやった。⋮⋮いや、少し語弊があるか。私はこの異界 た言葉だ。確認の意味合いが強い。 疑問、というのは少し違うだろう。ほとんど確信を懐いて問い掛け ? 陰陽師はなにもしない。法師が何をするのか興味があったからだ。 ほぼ虫の息の娘に何をするつもりなのか。人形たちは陰陽師の最初 の言を忠実に守っている。 みょうほうれんげきょう 安珍はやおら手を祷りの形で顔の前に持ってくると、一つの経典を 唱え出す。それは人に救いを説く経典。名を﹃妙 法 蓮 華 経﹄。 安珍が僧として入門したのは道成寺。そこの宗派は後に日の本で 名を轟かす﹃天台宗﹄。 救いの経典は安珍の念により指向性を持つ。 救い。 この場では怪我を癒す方向へと、救いの力は安珍によって形を確た るものにした。 経典を唱え始めれば、清姫を淡い光が包み込んでいく。それは清姫 が意識のない中で発していた黄金の光ではない。正に全てを包み込 み救いを与える純白の光。 63 こ の 夢 の 世 界 で は 魂 と そ れ に 付 随 す る 精 神 の み で の 活 動 と な る。 その魂に負った傷を安珍は治癒していた。 ︵これはまた面白い。︶ 陰陽師は少しの驚愕と喜悦を滲ませた。 本来ならば魂に干渉することは困難だ。魂だけでの行動となるこ の異界だからこそ、ここまでの魂への干渉が出来るのか。 どちらにしろ、半端者に出来る芸当ではない。 清姫への治癒を終わらせた安珍は、清姫へと護符の札を持たせる。 更には石英から削り出された珠玉に、仏具としての施しがされたもの を清姫の手へと握らせる。 そうすれば清姫の周囲に聖なる結界が張り巡らされる。悪意を持 つものから守護するための強力な結界だ。 安珍は立ち上がり数歩移動することで結界の範囲から出て、再び陰 私の勝手を許して。﹂ 陽師へと視線を向けた。 ﹁良かったのですか な。﹂ ﹁些 事 だ。ど の み ち、娘 が 死 に そ う に な れ ば 私 が 治 し て や っ た か ら ? ぴくりと安珍の秀麗な眉が動いた。 陰陽師のその物言い、魂の治癒など簡単に出来ると言っているよう ではないか。 ︵やはり。この陰陽師は相当な実力者のようだ。困った。かなり手こ ずりそうだ。︶ それはまた可笑しな物言いですね。何が目 すでに戦うことが決まっているが故の思考であった。 ︵それに⋮⋮。︶ ﹁あなたが清姫殿を治す 的なのです﹂ ﹁⋮⋮なに はない﹂ ﹂ ? ﹂ これから始まる戦闘へと意識を研ぎ澄ませる。 それを見届けながら陰陽師は言った。 ﹁法師よ、名乗れ﹂ 我が名は晴明 ! ﹁⋮⋮⋮道成寺が一の僧、名を安珍﹂ ﹁ふはっ。なれば私も名乗ろう ! その生の終焉に刻むがいい ﹂ !!!! この世の全てを手中 陰陽師の言を聞きながら、安珍は清涼な音を鳴らし錫杖を構えた。 よ﹂ ﹁違うな。貴様は娘に導かれ、娘は私に導かれた。この出逢いは必然 ﹁⋮⋮これもまた仏の導きか﹂ どこにある は明らか。そして私は是非ともその娘が欲しい。ならば争わぬ理が ﹁ふん。馬鹿を申すな、法師よ。貴様がその娘を守ろうとしているの ﹁⋮⋮このまま双方、往ぬるわけにはいきませんか ﹂ ﹁なぁに、我が栄光の礎になるだけだ。法師ごときが気にすることで ﹁何が目的なのかと私は聞いた筈です。問に答えなさい。﹂ いるのだ。ここで死なすのは実に惜しいほどのものをな。﹂ 方が適切か。どちらにしろ、そう言えるだけの要素をその娘は秘めて ﹁気になるか その娘の特異性。いや、私からすれば希少性と言った ﹁なんだ。貴様は気付いておらんのか。その娘の特異性に﹂ ? に収める者、安倍晴明なり !! 64 ? ? ? あべのせいめい 隠すことを止めた威が安珍を襲う。 安倍晴明。 平安の世においてその名を聞いた者に、敵うもの無しと見分けられ る陰陽師。その者の右に出るものなし。あらゆる術に精通し、その知 あしやどうまん 計においても他を凌駕する。 蘆屋道満 と い う 陰 陽 師 が 安 倍 晴 明 の 宿 敵 と 目 さ れ て い る ら し い が ⋮⋮。安珍はこの目の前の陰陽師から発される威の前ではそれも怪 しく感じてしまった。 安珍の頬を汗が伝う。 しかしここに来て二の足を踏むわけにはいかない。それは敗北の 色を濃くしてしまう。 安珍もまた実力を隠すことをやめる。その身から発される覇気に より、晴明から感じる威が幾分軽減される。頬を伝う汗を拭うことな く、安珍は一歩を踏み出した。 安珍の踏み出した一歩は跳躍の一歩。 家屋の上に立ち此方を見下ろす晴明へと、その鍛え上げた剛の足に より一足で辿り着いた。 常人には見えぬ速度で動いた安珍を晴明は捕捉する。安珍はそれ に気付きながらも右手に構えた錫杖、その金属により鍛え上げられた 刃の如し先端で突きを放つ。 晴明の腕が一瞬動いた。 安珍の突きが轟音と突風を起こし直撃。 ││││││してはいなかった。 晴明の前には巨大な五芒星、それを囲む円陣が出現。盾のように安 珍の錫杖を受けきっていた。 晴明の手元を見れば、人差し指と薬指のみを立てた手刀の印。五芒 星の中心にて本物の刃かと見紛う迫力を放っていた。 拮抗は一瞬。 晴明が力を込める。外見上は眼を少し見開いただけ。それだけで 効果は劇的だった。五芒星が強く発光。安珍の身を主から遠ざける ように力が発動し、強く強く吹き飛ばされた。 65 ﹁ぐぅっ⋮⋮ ﹂ ということ。 ﹂ ちょう えるのは、この力は害意や悪意、邪悪に対して極大の効果を発揮する 光 の 波 動。聖 の 鳴 動。破 邪 の 光。例 え る 言 葉 は 様 々 だ。総 じ て 言 には晴明の元にまで到達する。 これより放たれた光の波動が人形たちを一体残らず消し去り、つい 独鈷。 金属で作られ、両端が鋭く一本に尖った短い棒状の仏具。 を加増させる能力を発揮する。 安珍が独鈷を持てば、安珍自身の放つ術やそれに類するものの効果 る独鈷は持つ者によって力を変える。文字通り万能の仏具。 せた珠玉の仏具は守りに特化したものであるのに対し、現在安珍が握 この独鈷は清姫の手にある珠玉とは異なるもの。清姫の手に握ら く。 ものを討ち滅ぼす光。人形たちは当たった部位から塵へと還ってい 安珍から周囲一帯へ光の波動が放たれる。それは己に害意を持つ ﹁破ァッ を取りだし気合い一声。 珍に襲いかかるが、彼に動揺はない。手早く懐から仏具の一つ﹃独鈷﹄ とくこ 晴明の言が響き、人形たちが動き出す。一斉に周囲にいた人形が安 ﹁人形ども、やれ﹂ れているということが。 上空から見れば分かるだろう。地面には数 町にも及ぶ爪跡が刻ま た。 逆の左手を地に置き力を殺す。それでも数十歩もの距離を滑り続け ぶ して浮き上がることで宙返りを行う。着地と共に錫杖を握る手とは がら家屋をも壊して後退させられた。止まらぬ力を、体の弾機を利用 吹き飛ばされた安珍は背中から地面へと激突。地を盛大に抉りな !? その光の波動を晴明は││││││。 ﹁児戯だな﹂ 66 ! ││││││手刀の印を一振りし、かき消した。 ﹁その児戯、付き合ってやろう。﹂ ひとがた かなりの力を込めて放った波動が容易く消された。そのことに眼 を見開く安珍を他所に、晴明はおもむろに一枚の人形の紙を取り出 す。 ﹂ その人形を人差し指と薬指に挟み気を込める。 ﹁させるとお思いかっ 驚愕から直ぐ様立ち直り、安珍は駆ける。離された距離を驚くべき 速度で塗り潰していく。 ﹂ しかし遅かった。晴明が人形を前方に放り、真言を口にする。 しゃくもんき ﹁顕現せよ。式神・赤門鬼 つの ﹃はっ 仰せのままに ﹄ つの ﹁ならばその言、真実としてみせよ﹂ ﹃晴明様の道を阻む者、この赤門鬼が滅ぼしてみせましょう﹄ 角が角のように見え、まるで五つの角が生えているようだった。 かど つ。顔には星型の面が後ろへ伸びるように張り付いている。星型の の鎧を身に纏い、通常の槍へ三日月に見紛う刃を付けた三日月槍を持 その名に違わぬ赤々とした色。三分はあろうかという体躯。金属 ぶ 膨大だったのか、徐々に赤門鬼は色付いていった。 るため透明感のある浅葱色であった。だが晴明より籠められた力は あさぎいろ 竜巻を四散五裂して現れる巨体。その体は気により形成されてい そして出でた。 い に小型の竜巻が如く勢いだ。 気が人形へと巻き込まれるように吸い込まれる。まるで人形を中心 同時に人形へと込められた力が特殊な力場を形成する。周囲の空 ! ! る強力な鬼に、意思まで持たせるその技量。一から造り出した式神に 意思を持たせるなど、擬似的生命体の創造に等しいではないか 赤門鬼が動き出す。 ﹄ 安珍目掛け、その両手に握る朦朦たる槍を振るった。 ﹃死ねぇえええ !! 67 ! ! 晴明と赤門鬼の掛け合いを聞いて安珍は驚いた。見ただけで分か ! 上からの強烈な叩き付け。地が割れる。 それを安珍は横へ飛びこむことで回避する。槍が追随するように 横へ凪ぎ払われた。赤門鬼へ向けて跳躍することで回避。 左手に持ったままの独鈷に気を込める。 ﹂ そして術を発動。 ﹁装甲結界 ﹂ ﹄ ﹃おのれぇ 見逃すなど有り得ない 安珍の錫杖が吹き飛ばされたのだ。 ﹄ 赤門鬼からすれば絶好の好機 ﹃もらったぁあああ ! そして槍を振りかぶり盛大に振り下ろす最中。赤門鬼は気付いた。 !! ! 何度目の衝突となったか。それはついに終わりを迎えた。 いうのに互角に打ち合っている。 見れば驚愕ものだ。体の大きさ、武器の大きさ、何から何まで違うと 安珍と、その数倍の体躯を誇る赤門鬼。二人が打ち合うなど他人が 何度も槍と錫杖がぶつかり、離れてはまたぶつかる。 そこからは連撃による打ち合い。 けじと安珍も体勢を整え錫杖を繰り出す。 少しの拮抗を見せたら後、赤門鬼が錫杖を弾いて攻勢を見せた。負 ﹂ ﹁くっ⋮⋮ ! 赤門鬼が槍を手元へ手繰り寄せ、安珍の錫杖を防いだのだ。 金属同士がぶつかり、音が響いた。 駿足でもって追い付けば、一閃。 裂くために腰だめの状態をつくる。 家屋を押し潰しながら吹き飛ぶ赤門鬼を追走し、今度は錫杖で切り 働き盛大に吹き飛ぶ。 げる左手の結界が赤門鬼に触れた瞬間、打撃と共に結界の反発作用が 呼気を小さく吐き、跳躍の勢いをそのままに殴り付ける。唸りを上 ﹁ふっ 左手を覆い、触れたものに強力な反発作用をもたらす術だ。 安珍の左手を覆うように小型の結界が形成される。強固な結界で ! ! 68 ! ││││││安珍の手元にある光に。 握り拳の中にあるその光。安珍が手を開いたことで始めて気付く ことができた。しかし、それに気付いたからといって赤門鬼に出来る ことなどありはしない。 安珍の光を納める手が振られた。 ﹂ そうすれば光は赤門鬼に降りかかる。 ﹁喝っ 片手は振り切ったまま、もう片手に持ったままの独鈷を構えて一 ﹄ 喝。光が電線となり、赤門鬼の総身を嘗めるように駆け巡った。 ﹃ぬうぅ ﹄ !? 安珍の光の剣が、赤門鬼の核となる人形を正確に見破り貫いたか それを最後に赤門鬼は消滅した。 ﹃⋮⋮⋮光の、剣﹄ は全て同じ思いを懐くだろう。 独鈷へと光が集まり、それは前方へと伸びていく。それを見たもの 独鈷を構える。 ﹁これで、終わらさせて頂きます﹂ を安珍はいつの間にか手に握っていたのである。 術を行使する余裕がないときでも即座に使える優れものだ。それ それを害意に対して働くよう施した特別製。 気を込めることで作り上げられた、邪を祓う聖なる塩。 ﹁ご名答です﹂ ﹃これは⋮⋮塩かっ 見なければそれがなんなのかは分からなかった。 しているかのような光はきらきらと光輝いていて。なるほど、近くで らりと赤門鬼が自身の体に降りかかっている光を見る。雷を生み出 赤門鬼は槍を振り下ろす体勢のまま、動けなくなってしまった。ち !? ら。人形は四散し、それに合わせて赤門鬼もまた⋮⋮。 69 ! 魂の奥底には ぱちぱちぱちぱち。 ﹁児戯には満足したか、法師よ ﹂ 手を叩きながら、いつの間にか片膝を立て座っていた晴明が問いか ける。 ﹁これが児戯、ですか。なんとも過ぎたお遊びだ﹂ 光の剣を構えたままに辺りを見渡し、錫杖を拾う。周囲は今までの やり取りだけで更地と化していた。 安珍が吹き飛ばされ、赤門鬼が槍を振り回し、その赤門鬼を吹き飛 ばし、安珍と赤門鬼が数十ではきかない数を打ち合った。それだけで 周囲には地割れが発生し、嵐が巻き起こり、家屋は木材となって消除 させられた。 何も被害を被っていないのは結界の中の清姫と地面のみ。 確 か に。言 い 得 て 妙 だ な。自 身 で こ の 異 界 を 作 ﹁晴明殿は余程の茶目っ気をお持ちらしい﹂ にんぎょう ﹁私 が 茶 目 っ 気 を らな﹂ 晴明は顎に手を当てながら何度か頷き納得すると、あたかも閃いた ように、わざとらしく言葉を吐いた。 ﹂ ﹁茶目っ気ついでだ。これも貴様にやろうではないか﹂ ﹁なにっ ひとがた 人形の紙。それも三枚。 はくもんき ﹂ 安珍が驚き駆け出すも、すでに力は籠められていたのか。早々に人 おうもんき 形を中空に放り、真言を紡ぐ。 しょうもんき ﹁顕現せよ。青門鬼、黄門鬼、白門鬼 黄門鬼は重厚な六角棍棒を。 青門鬼は長大な両刃の剣を。 色と手に持つ武器だけだろうか。 現れるのは先ほどの赤門鬼とは色違いの鬼が三体。違いと言えば ! 70 ? り、家屋も人 形どもも用意し、それを最終的に自身の手で壊すのだか ? にやりと笑いながら手にしたのは、先ほど赤門鬼を顕現せしめた !? くそっ ﹂ 白門鬼は手から二の腕までを覆う刺付きの鉄拳を。 ﹁さぁ行け、鬼たちよ﹂ ﹁先の鬼を一瞬で三体だとっ 焉が来るのを待つのと同じ。 人とは仏門に降ろうとも、我が身に危険 けた。考えることさえも安珍の隙となり得るが、それをしなければ終 安珍は鬼たちの隙をどうやって作るか考えながら、両手を動かし続 出来ない熾烈さ。 術を行使する隙さえ見出だせない猛攻。懐に手を入れることさえ た。 錫杖と光の剣による二刀流。それだけでなんとかやり過ごしてい 安珍は避ける、弾く、受け流す。 威を振るう。 る拳打が殺到する。それらの間隙を縫うように一撃圧砕の打撃が猛 素早い斬撃が上下左右から迫り来る。それよりも更に早く猛然た どなかった。 襲いかかる。得物を操る腕も技術を見せるものだ。安珍に為す術な 対処の仕方が全く違う得物。それが三方向から連携を取りながら いる。 すでに戦いは始まり、それぞれの鬼が得物を縦横無尽に振り回して ⋮⋮。︶ ︵嘗 め た 真 似 を し て く れ る。だ が そ れ を 咎 め る 余 裕 す ら な い と は なのか。 すための計略なのか。それとも戦いはすでに結した思っているから これはそれだけ余裕があるからこその行動なのか。安珍の心を乱 と、中から酒を取りだし飲み始めた。 晴明は座るだけで飽き足らず、手刀の印を振り黒い空間を開ける が迫れば迫るほど本来の姿を見せるもの故な。それもまたよいよい﹂ ﹁法師よ、それが貴様の素か ないのはそれだけの窮地ということ。形振りには構っていられない。 驚きで口調が変わっているのも気付かずに安珍は構える。気付か ! 無理を押し通さなければ現状を抜け出すことは叶わない。 71 !? ? 真に英雄へと至るための器を試されているかのような状況だ。そ こには未だに晴明も安珍も思い至ってはいない。安珍が必死を掻い 潜ろうとするのに対し、晴明はそれを酒の肴にして喜悦している。 ││││││いつまで続くのか。 この状況。 この立場。 この優劣。 その思想と思考の元にもたらされた行動は何処まで行くのか。今 は誰にも分からない。 しかし一つだけ分かるものがある。 ﹂ この戦いの終わりだ。 ﹁ぐはっ ついに六角棍棒の一撃が安珍を捉えた。 避けることも、弾くことも、受け流すことも間に合わず。かろうじ て六角棍棒と己のあいだに自身の得物を挟むことが出来た。出来た のはそれだけ。有無を言わさず吹き飛ばされ地面を滑る。 避けきれなかった攻撃により安珍の体は襤褸のようだった。無数 の切り傷に血の滲む青痣。そこへ放たれた強打。常では感ぜられぬ ⋮⋮うっ ﹂ 激痛に身を固くする安珍。それを誰が笑えようか。 ﹁ぐっ⋮⋮ ︶ 動こうとして全身を激痛が襲い、脇腹には違和感を感じる。自身の ﹂ 得物を挟んで食らった六角棍棒は脇腹へと当たったことを認識した。 ﹁おのれ⋮⋮っ のだ。 ・ 自身が殴り飛ばされたと同時に、青門鬼と白門鬼は走り出していた そう。 眼前には剣と拳を振り上げた二体の鬼。 横殴りのまま六角棍棒を振り抜いた姿勢の黄門鬼が奥に見えた。 目を逸らすまいと顔を上げて気が付いた。 仰向けのまま起き上がろうと、片肘をついた。そのまま鬼たちから ! 72 !! ︵骨を折られたか⋮⋮ ! ! ! ︵間に合わんっ 最後の瞬間。 ︶ 安珍は攻撃を行った。 体勢を整えるなど間に合わない。 今、自身にできる精一杯の速攻。 少しでも長く生きるためにはこれが最善。 鬼から離れたことで取れる、術さえも行使出来ないほんの一瞬の行 動。 安珍は両手に握る武器を││││││擲った。 遠方の敵を投擲によって撃ち抜くためではない。 近くの敵を撃ち抜くために最後の全力を使った。 殺傷力の高い光の剣を、鉄拳の白門鬼へ。 一度攻撃されてしまえば、容赦のない拳打の雨で挽き肉にされてし まう。 次に剣を突き出してきた青門鬼へと狙いを定めて錫杖を投擲する 構え。剣の一撃は食らってしまった。しかしもともと避けることが 不可能な状況だったのだ。ならばそれも利用してしまえ。おかげで 攻撃に全意識を向けられた。 剣の一撃は胴体に突き刺さり、安珍はそれを片手で固定。突き刺さ れてから剣の中程で止まる。鬼は奥まで突き刺すつもりだったのか 驚愕の表情を浮かべる。その時には安珍の片手から錫杖は離れ、青門 鬼の人形へと突き立った。 すでに赤門鬼と戦っていた経験もあったため、人形の位置を特定す ることは簡単だった。 ちらりと白門鬼へ視線を向ければ、寸分違わず光の剣は人形に当 たっていたようで、ちょうど四散し消滅するところだった。同時に光 の剣も元の独鈷へ戻り、渇いた音を立てて地面に転がった。 目の前に視線を戻せば、驚愕の表情のまま体が固まってしまってい る青門鬼。 はたから見れば剣と錫杖を突き刺し合って刺し違えているように 見えるだろう。 73 ! 少しだけ想像した安珍は笑いが口から漏れてしまった。 ︵中々に様になる終わり方じゃないか︶ 思ったのも束の間。青門鬼が消滅。 剣も同時に消失し、安珍は地に落ちた。それだけで身体中が悲鳴を 上げる。胴体には胸を寸断して下腹まで伸びる傷があるのだ。それ も当然。生きているのは今まで積み上げた修行の賜物か、それとも魂 だけの身となっているからか。 考えるのも早々に切り上げ、残った黄門鬼へと視線を向ける。 ﹁ばかな、とでも⋮⋮言いたそうな、顔だな⋮⋮﹂ はつご 途切れ途切れになるのも構わず言葉を口にした。 ﹁だから⋮こう言ってやろう⋮⋮⋮ごふっ﹂ 血を吐きながらも最後に口角を持ち上げ発言する。 ﹁馬鹿め﹂ 鬼が言葉を理解し話すのも、その顔を憤怒に染めて走り出すのも、 74 全ては予想の内。 ︵最後だけは私の掌の上だ︶ 下らない意地。最後の小さな負けん気であった。 意味などなく、これから起死回生の一手があるわけでもない。体は 指先一つ動くこと叶わず、これでは術の行使も出来はしない。 終わりだ。 自他共に認めざるを得ない終わり。 そ の 終 わ り を 自 身 の 勝 ち で 彩 っ た の だ。安 珍 の 気 持 ち は 勝 っ た。 いや、姫のために 現状は負けたが、それでも安珍が勝った。そういう終わりにしてやろ うと、そうした結果だ。 黄門鬼が目の前に来た。 六角棍棒を振り上げている。 ふと、思ってしまった。 会って一日の姫のために何故戦って死するのだ の男として恥じることない行いだ。ただ一つ心残りがあるとすれば、 らずこの異界に呼び出されたとはいえ、姫を守るために戦った。一人 戦って死するならば、それもまた良い死に様ではないか。意味も分か ? その姫がこの後どうなるのかだ。出来ればこの異界から連れ出し、親 の元へと帰してやりたかったが⋮⋮。現状、気を失ったままの姫では 自力でなんとかするのも無理だろうに│││││││││ そこまで考えて、安珍はおやと気付く。 黄門鬼の振り上げたままの六角棍棒が振り下ろされていない。よ くある走馬灯かと思ったのもあり、余り気にしてはいなかったのだ。 何故気付いたのかと言えば、黄門鬼に巻き付く白い帯。いや、帯で はない。蛇のような竜のような。そんな白く美しさすら感じるナニ ぶ カが黄門鬼に巻き付き、全身を固く固定してしまっているのだ。 三分はあろう巨体を固定する白いナニカは相当な長さと力強さだ。 その白いナニカを辿っていけば、おや。美しい娘の上半身が付いて いるではないか。その横顔、どこかで見覚えがある。それも極最近で ある。安珍は朦朧とし始める意識の中で考えて、思い付いた。 ﹂ そうだ、あれは│││││ ﹁ごふっ 意識が覚醒した。 喋ろうと思ったが口からは言葉ではなく血が吐き出される。それ も意識が戻ってきた原因か、それともその美しい娘の名前を思い出し たからか、もしくは微かに身に纏わりつく黄金の粒子のおかげか。 そうだ、あの娘の名は。 ﹁│││清姫、殿﹂ ﹁│││はい、安珍様﹂ 今度こそ口から発っせた言葉。 それに返される美しい声音。 ﹁少しだけ、お待ち下さい。この痴れ者を焼きつくしますので﹂ 言い終わるが瞬間、清姫の全身から燃え上がる白炎。それは黄門鬼 の全身を燃やしつくすために唸りを上げる。それだけでは飽き足ら ず、清姫の翳す手からは白炎の弾幕が間断なく放たれ続け、着弾の度 に轟音を響かせる。 爆炎が鬼とその後方を覆っていった。 焼きつくすものが無くなったか、清姫は蛇竜の下半身を軽快に地面 75 !? へと着地させる。そしてすぐに安珍へと近寄れば、上体を自身の腕で 抱え込むように抱き起こす。 ︶ それと共に安珍に纏わりついている黄金の光が強くなった。 ︵これは、一体⋮⋮ 不思議と意識は鮮明になり、体も痛みが和らいでいく。それでも感 じる激痛に我慢して、少しの余裕が出来たことで首だけ動かして自身 の胴体へと目をやった。 そこには胴体を貫通した剣の傷。何故生きているのか疑問に思う ︶ ほどの致命傷だ。そこへ集まる黄金の粒子。いや││││││ ︵この粒子。私の傷の中から ﹂ 安珍は痛みを発する傷に構うことなく手を清姫の目元へと持って ﹁清姫殿⋮⋮⋮﹂ このようなことには⋮⋮⋮ ﹁⋮⋮申し訳ありません。わたくしにもっと力があれば なく清姫は言葉を探す。 涙が溢れだす。止めどなく流れ続ける。それに意識を向けること ﹁安珍様⋮⋮⋮わたくしは⋮⋮⋮⋮﹂ た。 今の清姫にとっては些事どころか塵のごとく無意味なものであっ 界の外。 金の微かな光も、半妖としての半身を見られた事実さえも、全てが視 酒の手を止めて食い入るように見つめる晴明の視線も、身に纏う黄 あらゆる負の感情が清姫の顔に現れている。 寂寥。悲痛。後悔。失望。絶望。嫌悪。憎悪。 傷以上の痛みを感じさせるものだった。 り、また痛みが走った。しかし清姫の顔にあったのは、自身が負った 上から降る悲痛そうな声に、思考を止めて清姫の顔を伺った。やは ﹁安珍様⋮⋮⋮﹂ なく、安珍の内側から出ているのだろう。 傷以外のところからも微かに出ている。実際には安珍の傷からでは まるで、そう。安珍の傷の中から湧き出ているような。よく見れば ? ! 76 ? いくと、その手で清姫の涙を拭ってやる。 ﹁これは清姫殿が気にすることではありません。私が好きでやったの 安珍様 安珍様っ 安珍様っ ﹂ ありが ありがとう です。むしろ、清姫殿には助けて頂いた。これでは私の立場がないと いうものですが⋮⋮。ありがとうございます。﹂ わたくしの方こそ言わねばなりません ! この清姫を助けるため馳せ参じて頂いたこと ﹁安珍様⋮⋮⋮ ございます とうございます !! ﹁なに ﹂ とに関してはよく分かっていないが。なぁ法師よ この男は一体何を言い出すつもりなのか。 ﹂ ﹁よい心掛けだ。彼我の力量差をよく分かっている。いや、自身のこ より飛び降り、安珍たちへ向かって歩きながら口を動かす。 その声は晴明にも聞こえていたのか、離れた位置にいる晴明は家屋 ﹁安珍様がそう仰るなら、そう致しますわ﹂ れに乗りましょう﹂ が確かな上での未知数なのです。あちらが言葉遊びに興じる内はそ ﹁お待ち下さい清姫殿。奴の力は未知数。それはこちらより格上なの 清姫の中では決定事項となっている。 る。そ の 言 葉 は 返 答 で は な く。安 珍 に 問 う よ う な 提 案。だ が す で に 先ほどまでの激情が嘘のように無表情に、虚無の瞳を晴明へ向け ﹁邪魔ですね。燃やしましょう﹂ 返したのは清姫。 愉快さを全面に押し出した言葉が清姫と安珍の耳に届く。それに ﹁なんなのだ貴様たちは﹂ しかし現状はそれを許さない。 が胸に到来する様はまさに濁流のよう。 微笑む安珍を胸に抱き締める清姫の気持ちは荒れる。様々な想い ! ? 内に潜む神仏の悪戯に気付いて ﹁分かっていない顔だな。貴様と娘を包む黄金に光る粒子。それが何 ﹂ なのか、貴様は理解が及んでいるか はいないだろう ? ? 77 ! ! ! ! ! 安珍の眉間に皺がよる。 ? ますます安珍の眉間に皺がよる。 神仏の悪戯とは物騒な物言いだ。神仏の悪戯など人の身では計り 知れないことが大概なのだ。それをここで持ち出すなど、晴明は何に 気付いたというのか。 安珍は黄金に光る粒子へと目を向ける。 それは安珍と清姫の両方から、まるで内側より滲むように発生し続 けている。確かに不可思議な現象だ。安珍はこんなものを今まで見 たことはないし、似たような例を聞いたことも皆無であった。 これが一体なんなのか。 自身と清姫を交互に見て一つ気付いた。 気配がとても似ているのだ。 恐らく黄金に光る粒子が発生し始めてからだろう。自身と清姫の 気配が聖人を思わせるような、崇高な気配となっているのだ。 ﹁その強固な縁でむすばれた同質の魂。それが貴様らを出会わせた。 ﹂ のではない。内に秘められた魂の力が真の在り方を取り戻そうとし ているだけだ。結果的に変質しようとするのもそれが原因となって いるが故﹂ ﹂ ﹁魂の変質など⋮⋮。邪法を用いるか、神に縋るかしなければ本来は 有り得ない筈⋮⋮ 別人になってしまうか、廃人と化すか。 本からねじ曲げてしまう行為。いや、それで済めばいい方か。最悪、 そんなことが起こってしまえば、それは下手をすれば本人の精神を根 安 珍 が 焦 り を 見 せ る の も 仕 方 が な い こ と だ。魂 が 変 質 す る な ど。 ! 78 貴様をこの異界に喚び出した。偶然などありはしない。全ては必然 よ。﹂ お前たち自身の謎に。何故同質の魂をもっているのか ﹁これは一体⋮⋮﹂ ﹁気付いたか ⋮⋮ ﹁この、感覚は⋮⋮。それにこれは⋮⋮魂が変質しはじめているのか に。そこから放たれる同質の気配に。﹂ ? ﹁ふん、半分正解と言ったところか。⋮⋮それはな、魂が変質している ? ﹂ ﹁ならばその有り得ないことが貴様らの身に起こっているということ ﹂ だな。理解したか法師よ ﹁くっ⋮⋮ いん れたように前方へと飛び出す。正確には安珍と清姫の腹部へ向かっ それは晴明が大きく横一文字に腕を振るうことで、まるで押し出さ 字だ。 その奇怪な梵字が二つ。中空に浮いている。どちらも同じ形の梵 かの記号にしか見えない特殊な文字。 に滞空する奇怪な文字となった。それは陰陽師がよく使う梵字。何 ぼんじ 手刀の印で何かを書くように空を切り、切った側から光を放ち中空 ﹁隠 行 剔 抉の印﹂ おんぎょうてっけつ に、晴明の裁量に任せるしかない現状を歯噛みしつつも傍観する。 御をしても晴明に通じはしない。安珍はそれを理解しているがため どない。安珍はその傷から、清姫は安珍を庇うため。かりに攻撃や防 何をするつもりなのかは分からないが、安珍と清姫には避ける術な 手で形作る。 晴明が安珍と清姫の前まで来たことで歩みを止め、手刀の印をその このままという訳ではないがな﹂ たちは共に泳がせてやろう。その方が私のためになりそうだ。無論 ﹁最初はその娘を貰っていこうかと思っていたが気が変わった。お前 晴明は言い放つ。 解できない。そんな様相。 来ている。しかし何故不味いのかまでは知識が足りていないため理 清姫は話に追い付けていないようであった。不味いことは理解出 底にあるものに。 だけのこの世界にいることで表出してしまった、自身と清姫の魂の奥 ここまで言われて仏門に下っている安珍が気付かぬ筈もない。魂 ? て飛び出した。当然避けられよう筈もなく、腹部へとピタリと張り付 ﹂ 79 ! けば衣服関係なく体に刻まれたようだ。腹部に感じる熱がそれを物 語る。 ﹁ぐっ !? ﹁うっ ﹂ ﹁安心するがいい。居場所を特定するだけの術だ。貴様らの朝から晩 までには興味がない故な﹂ 呻く二人を他所に晴明は踵を返し手刀の印を更に振るう。そうす れば人一人が通れる闇の空間が開かれる。 ﹁貴 様 ら は 我 が 野 望 の 礎。そ の 一 つ と な る だ ろ う。そ の 幸 運 な る 栄 光、万感の思いで甘受するがいい。﹂ 闇の空間へと足を踏み入れながら晴明は言葉を紡ぐ。 ﹁まさに、釈迦の掌の上というやつだ。﹂ 少しだけ振り向き、皮肉げに笑いながら姿を消した。それが最後の 晴明の言葉であった。 80 !?
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