開業率は低下の一途、廃業率は増加傾向!

公益財団法人 地方経済総合研究所
2014 年 8 月
開業率は低下の一途、廃業率は増加傾向!
~ 経済センサス活動調査「存続・新規・廃業別集計編」より ~
はじめに
わが国の開業率、廃業率の低さが指摘されて久しい。
人口減少社会に直面し、グローバル化が進展する今日では、経済・産業構造も大きく変わって
きており、経済の新陳代謝を促し、経済全体の効率性を高めていくことが求められている。その
ためにも、新規開業がしやすく、かつ、退出も再挑戦もしやすいような仕組みづくりが喫緊の課
題となっている。
しかしながら、各国の統計の性質が異なるため単純に比較することはできないが、わが国の開
業率、廃業率は欧米各国に比べ大きく見劣りしているのが現状である(図表1)
。
一昨年末発足した安倍政権の下、いわゆるアベノミクス成長戦略の中で、わが国の開業率、廃
業率を欧米並みの 10%程度にという目標が掲げられた。また、今年 6 月に策定された成長戦略の
中では、企業の新陳代謝を促すため、起業資金の低利融資や廃業資金融資制度の創設、大企業を
巻き込んだベンチャー創造協議会の設置などが盛り込まれたところである。
そこで、今年 2 月に公表された経済センサス活動調査「存続・新規・廃業別集計編」を用いて、
全国及び熊本県、熊本県内市町村、業種別の動向などについて、探っていくことにする。
図表1 主要国の開業率、廃業率の推移
20
【開業率】
%
日本
イギリス
フランス
18
16
16
アメリカ
ドイツ
【廃業率】
%
日本
イギリス
フランス
14
アメリカ
ドイツ
12
14
12
10
10
8
8
6
6
4
4
2
2
0
0
01
03
05
07
09
11
年
01
03
05
07
09
11
年
資料:中小企業庁「中小企業白書2014年版」
※ 日本は厚生労働省「雇用保険事業年報(年度ベース)」
※ 各国ともデータ収集の基準が異なっているため単純に比較することはできない
※ 各国の資料、出典などは中小企業白書2014年版参照
1
1.開業率、廃業率の推移
図表1では主要国間での年次での比較を行うため「雇用保険事業年報」を用いているが、同年
報によると、直近の 2012 年のわが国の開業率は 4.6%、廃業率は 3.8%となっており、2010 年以
降は開業率が廃業率を上回る状況が続いている。しかも、開業率、廃業率とも 2001 年以降、ほぼ
横ばいで推移しており、廃業率の小ささには違和感がある。同年報では雇用を伴わない事業所の
廃業は把握されておらず、それらの事業所の廃業が影響しているものと考えられる。
そこで、本報告書では、全数調査であり、国内すべての事業所・企業を対象にしていること、
業種別や地域別での把握も可能なことから、以下、
「経済センサス調査」を使うことにする。
同基礎調査(2009 年 7 月)以降、活動調査(2012 年 2 月)までの 2 年 7 か月間の、熊本県の年
平均開業率(以下、年平均は省略)は 2.4%で、2006~2009 年に比べ 0.8 ポイント(以下、p)
低下し、廃業率は 6.2%と 0.5p上昇している。また、2009~2012 年の開業率、廃業率は、とも
に本県が全国(それぞれ 2.7%、6.7%)を下回っている(図表2)
。
これまでの推移をみると、本県、全国ともほぼ同様の傾向を示しており、1996 年ころまではと
もに同水準だったが、以降は、開業率は低下傾向、廃業率は増加傾向を示し、かい離が目立つよ
うになってきている。開業率と廃業率の差は、直近の 2009~2012 年では、熊本県が 3.8p、全国
が 4.0p開いている。
また、1996 年までは熊本県の方が開業率、廃業率とも全国に比べ高かったが、以降は逆に、全
国が本県より高くなっている。本県の事業所の新陳代謝は全国に比べ遅れており、活性化も進ん
でいない状況がうかがえる。
図表2 熊本県と全国の開業率、廃業率の推移
※ 開業率、廃業率は以下で算出
期間内の開(廃)業事業所数 ÷ 前回調査年の事業所数 × 100 ÷ 期間(年数)
ただし、2006~09年分は、2006年は事 業所 ・企 業統 計調 査( 10月 調査 )、 2009年 は経 済セ
ン サ ス 基 礎 調 査 ( 7 月 調 査 ) を 用 い て 算 出 し て い る が 、 調 査 月が 異な るた め期 間は 月数
(33ヵ月/12ヵ月)で算出。同様に、 2009~ 12年 の2012 年は 経済 セン サス 活動 調査 (2 月調
査)を用い、期間は月数(31ヵ月/12ヵ月)で算出。
%
7
6
5.6
廃業率
3
3.7
6.2 6
5.7
4.5
3.6
3.2
2.4
開業率
3.1
2
96~01
91~96
06~09
01~06
09~12
5.9
5.9 5.8
廃業率
4.6
4
3.5
3
3.4
2
1986~91年
6.7
5
4.5
3.6
【全 国】
7
5.4
5
4
%
【熊本県】
4.7
3.3
2.7
開業率
3.0
1986~91年
3.4
96~01
91~96
06~09
01~06
09~12
資料:2006 年までは事業所・企業統計調査、2009 年経済センサス基礎調査、2012 年経済センサス活動
調査(いずれも総務省統計局)
2
2.都道府県別の開業率、廃業率
次に、開業率、廃業率について、熊本県の位置づけを確認しておきたい。
まず、開業率については、東京都が 3.9%で最も高く、以下、沖縄県(3.6%)、神奈川県(3.3%)
と続き、本県は 2.7%と全国平均を下回ったものの 15 位に位置している。なお、全国平均の 2.7%
を上回ったところは北海道までの 9 都道府県だけだった。上位に、大都市部の都府県が並ぶ中、2
位に沖縄県、8 位に宮崎県と九州の県が位置していることは興味深い(図表3)
。
次に廃業率については、宮城県が 8.8%で最も高く、以下、東京都(8.4%)、大阪府(7.8%)
が続いた。2011 年 3 月の東日本大震災の影響で、宮城県や岩手県、青森県が上位に位置しており、
その影響が産業活動上、測り知れなかったことがうかがえる。なお、本県は 6.2%で全国平均を
下回り 17 位だった(図表4)
。
図表3 都道府県別開業率
%
3.9
4
3.6
3.3
熊本県 2.4%
全国平均を下回るが、
15番目!
全国平均 2.7%
3
2
1
0
東沖神大福兵宮宮北愛千埼広岡熊鹿京大鳥滋岩徳高奈山石佐三愛静福長青栃長茨香和島群岐新秋山富山福
京縄奈阪岡庫城崎海知葉玉島山本児都分取賀手島知良口川賀重媛岡島崎森木野城川歌根馬阜潟田梨山形井
都県川府県県県県道県県県県県県島府県県県県県県県県県県県県県県県県県県県県山県県県県県県県県県
県
県
県
図表4 都道府県別廃業率
10
9
8
%
8.8
8.4
7.8
熊本県 6.2%
全国平均を下回るが、
17番目!
全国平均 6.7%
7
6
5
4
3
2
1
0
宮東大沖神岩兵福京青愛北福千埼広熊大高岡宮奈秋静群山和滋栃徳鹿香愛石長三山島鳥茨長福岐佐富新山
城京阪縄奈手庫岡都森知海島葉玉島本分知山崎良田岡馬口歌賀木島児川媛川野重梨根取城崎井阜賀山潟形
県都府県川県県県府県県道県県県県県県県県県県県県県県山県県県島県県県県県県県県県県県県県県県県
県
県
県
図表3、4の資料:経済センサス活動調査(総務省統計局)をもとに当研究所作成
3
3.業種別の動向
次に、業種別(産業大分類)ごとの開業率と廃業率をみていきたい。
下図表 5 が全国の、図表 6 が熊本県の業種別の開業率と廃業率だが、それぞれの平均値は図表
3 及び 4 と異なっている。図表 5 及び 6 には事業内容等が不詳のものは含まれていない点に留意
が必要である。
全国、熊本県ともすべての業種で、廃業率が開業率を上回る中、
「医療,福祉」だけがその差は
1p以内におさまっている。高齢化が急進展しており、高齢者向けの介護需要が増加していること
が背景にあるものと思われる。
図表5 全国の業種別(産業大分類)開業率と廃業率
(開業率)
(廃業率)
農林漁業
鉱業,採石業,砂利採取業
建設業
製造業
電気・ガス・熱供給・水道業
情報通信業
運輸業,郵便業
卸売業,小売業
金融業,保険業
不動産業,物品賃貸業
学術研究,専門・技術サービス業
宿泊業,飲食サービス業
生活関連サービス業,娯楽業
教育,学習支援業
医療,福祉
複合サービス事業
サービス業(他に分類されないもの)
1.9
0.6
0.8
0.7
平均1.8%
1.7
2.0
1.2
1.9
2.3
0.8
1.7
3.2
1.8
2.3
3.3
0.4
1.5
%
3
2
1
0
5.3
6.5
平均
6.0%
5.5
5.4
4.3
9.2
5.8
6.3
6.7
5.1
6.7
7.9
5.3
6.3
4.0
2.2
5.4
0
2
4
6
8
%
図表6 熊本県の業種別(産業大分類)開業率と廃業率
(開業率)
1.8
0.8
1.0
1.2
1.9
1.2
1.9
1.7
1.0
1.5
3.4
1.7
2.0
3.2
0.3
1.5
3
2
1
0
平均
5.7%
4.4
4.2
農林漁業
鉱業,採石業,砂利採取業
建設業
製造業
電気・ガス・熱供給・水道業
情報通信業
運輸業,郵便業
卸売業,小売業
金融業,保険業
不動産業,物品賃貸業
学術研究,専門・技術サービス業
宿泊業,飲食サービス業
生活関連サービス業,娯楽業
教育,学習支援業
医療,福祉
複合サービス事業
サービス業(他に分類されないもの)
0.0
平均1.9%
%
(廃業率)
5.2
4.8
4.3
7.2
5.1
6.2
6.7
5.2
5.6
7.7
4.9
6.0
3.5
2.0
5.1
0
2
4
6
8 %
図表5、6の資料:経済センサス活動調査(総務省統計局)をもとに当研究所作成
4
開業率をみると、全国では「医療,福祉」が 3.3%で最も高く、以下、
「宿泊業,飲食サービス
業」(3.2%)、「金融業,保険業」(2.3%)及び「教育,学習支援業」(2.3%)が続いており、熊
本県では「宿泊業,飲食サービス業」が 3.4%で最も高く、以下、
「医療,福祉」
(3.2%)
、
「教育,
学習支援業」(2.0%)が続いている。全国と本県とでは、業種別による差は、そう大きな違いは
見受けられないが、
「金融保険業」では本県 1.7%に対し全国が 2.3%と 0.5pの開きがみられる。
一方、廃業率をみると、全国では「情報通信業」が 9.2%で最も高く、以下、
「宿泊業,飲食サ
ービス業」
(7.9%)
、
「金融業,保険業」
(6.7%)及び「学術研究,専門・技術サービス業」
(6.7%)
が続いており、本県では「宿泊業,飲食サービス業」が 7.7%で最も高く、以下、「情報通信業」
(7.2%)
、
「金融業,保険業」(6.7%)が続いている。
ICT化が進展する中、
「情報通信業」がともに高くなっており、この業界では再編淘汰が急速
に進んでいる状況がうかがえるが、本県が 7.2%に対し全国が 9.2%と 2pも開きがある。そのほ
か、
「農林漁業」や「鉱業,採石業,砂利採取業」、
「学術研究,専門・技術サービス業」でも全国
が本県に比べ 1p前後高くなっている。これらの産業分野では、本県でのこれまでの開業率の低
さが影響しているのではないかと思われる。
【業種別開廃業率の推移】
中小企業庁の「中小企業白書 2014」によると、製造業の開業率は 1970 年代に入り大きく低
下し、1990 年代以降は廃業率が開業率を大きく上回る状況が続いており、直近の 2009~2012
年の開業率は 1%を下回った。一方、小売業の開業率は 1960 年代後半は製造業を下回って
いたものの 1970 年代には逆転した、その後、1990 年代には増加傾向に転じたものの、2006
年以降大きく低下し 2%をやや上回る水準で推移している。また廃業率はこのところ 6%台
後半から 7%前後で推移している。
◆ 製造業の開廃業率の推移
◆ 小売業の開廃業率の推移
8
開業率
7
廃業率
開業率
7
6
5
5
4
4
3
3
2
2
1
1
0
0
66
69
72
75
78
81
86
89
91
94
96
99
01
04
06
09
12
6
年
%
年
廃業率
66
69
72
75
78
81
86
89
91
94
96
99
01
04
06
09
12
8
%
※ 横軸の見方:69 年は 1966 年~1969 年の年平均開業率及び廃業率、以下同様
資料:中小企業庁「中小企業白書 2014 年版」
5
4.県内市町村の動向
熊本県内の市町村ごとに開業率、廃業率をみていきたい。
(図表 7)
全ての市町村で廃業率が開業率を上回っているが、開業率が最も高いのは嘉島町の 4.3%で、以
下、菊陽町、熊本市が続いており、県平均の 2.4%を上回っているところは 6 市町だけである。
最も高い嘉島町では、2005 年の大型ショッピングセンター進出以降、宅地開発が進み、ロード
サイド中心に小売業や飲食サービス業などが相次ぎ進出したことが、開業率を大きく押し上げた
ものと思われる。なお、津奈木町はもともと事業所数が少なく、期間中に「製造業」や「医療,
福祉」での開業がそれぞれ 4 件あったことが影響している。
次に、廃業率をみると熊本市が 7.25%で最も高く、以下、五木村、南小国町が続いており、県
平均の 6.2%を上回ったのは 8 市町村だけである。なお、県南地区、なかでも球磨地域に廃業率
が高い町村が多い。
図表7 熊本県内市町村の開業率と廃業率(事業内容不詳の事業所を含む)
%
熊本県平均 2.4%
4.3
【開業率】
4
3.7
3.3
3.0
3
2.5
2.6
2
1
0
熊八人荒水玉山菊宇上宇阿天合美玉南長和大菊南小産高西南御嘉益甲山氷芦津 多湯水相五山球あ苓
天
阿
奈錦良
さ
小
本代吉尾俣名鹿池土草城蘇草志里東関洲水津陽国国山森原蘇船島城佐都川北木 木前上良木江磨ぎ北
市市市市市市市市市市市市市市町町町町町町町町町村町村村町町町町町町町町町町町村村村村村り町
0
1
【廃業率】
2
3
4
5
6
7
% 7.25
6.4
6.55
6.45
6.3 6.48
6.51
熊本県平均 6.2%
図表7の資料:総務省統計局「経済センサス活動調査」をもとに当研究所作成
7.19
6
おわりに
立教大学の松本教授は「企業数と新規開業率の国際比較」
(立教 DBA ジャーナル第 3 号:2013
年 3 月)の中で、従業者 1~4 人の零細事業所の開業率について、わが国が 2.2%(2009 年経済
センサス)であるのに対し、米国は 12.5%(2009 年商務省 DBS 調査)、欧州諸国も製造業やサ
ービス業は 3~16%台(2008 年 OECD)であり、わが国は欧米に比べ零細事業所の開業率が極め
て低いと指摘している。わが国の零細事業所の新規開業数の捕捉が、欧米に比べ十分ではない可
能性もあるとしているが、それでも零細事業所の開業率の差は大きく、このことが、わが国の開
業率の低さに繋がっていることは間違いないものと思われる。
わが国の開業率が低い背景には、様々な規制、慣習などによる参入障壁や資金的な問題に加え、
人口の伸び悩みや少子高齢化の進展、さらにはデフレ経済への移行による経済のパイの縮小など、
経済社会環境の大きな変化があり、制度的にそれらに十分対応できていないのではないかと思わ
れる。成長が期待されている「医療,福祉」の分野でも、開業率が廃業率を下回っている状況で
ある。
今回は、事業所ベースでの開業率、廃業率に焦点を絞ってみてきたが、ともに、政府が成長戦
略の中で掲げている欧米並みの 10%程度には、現状では程遠いことが改めて確認できた。なかで
も、開業率については、2006 年までの 4%台から 2%台へと大きく低下している。
10%程度という目標を達成するには、考えられることは全て対応していく、大きな参入障壁と
なっている様々な規制を徹底的に見直す、という姿勢で取り組むことが求められているものと思
われる。
7