放送用語委員会(大阪) 「細かい話は抜き」にしない 第 1406回放送用語委員会が,10月 7 日に大阪放 送局で開かれた。委員は荻野綱男氏と豊島秀雄氏 で,参加局は大阪・京都・神戸・和歌山・奈良・大 津の 6局である。当日の議論を整理して報告する。 ◎「ジレンマ」 「赤裸々」 「発刊」の本来の意味は 社会に溶け込めないというジレンマや日々の葛藤, 自作の詩などが,赤裸々なことばでつづられてい ます。 今まで100万部以上発刊されたというロングセラー で,… 「ジレンマ」は「相反する二つの事の板ばさみに なって,どちらとも決めかねる状態」 ( 『岩波国語 辞典 第 7版 新版』)である。ここでの「社会に溶 け込めないこと」は,「こちらを立てればあちら が立たない」といったような板ばさみによって生 じた問題ではないはずである。 「社会に溶け込め ない悩み」でよいだろう。 また「赤裸々」は, 「まるはだか。転じて,包み 隠さずに,あるがままをさらけだすさま。むきだし。 「−な告白」 」 ( 『岩波国語辞典 第 7版 新版』 )とい う意味である。ここでは「赤裸々な」よりも,例 えば「率直な」などの言い方のほうがふさわしい。 「発○」という形の二字漢語は,例えば「発砲」 や「発射」がピストルの弾などを打ち出す瞬間に ついて使うことばであることを考えてもわかると おり, 「動作がおこなわれる瞬間」を指すのが基 本である。ここでは「発刊された」ではなく「刊 行された」としたほうがよい。 ◎「最多を更新」は良いことに使う 大阪市では,最高気温が 36 度近くになり,8 月 中の猛暑日の日数は,これで 22 日。観測史上, 最多を更新しました。 「最多を更新」というのは,例えば「観客動員数 が史上最多を更新」など,ふつうはプラスの意味 98 JANUARY 2017 で使われるものである。猛暑日の日数が多いこと は,決して良いことではない。ここでは,例えば 「…最も多くなりました」といったような,ニュー トラルな表現を用いたほうがよい。 ◎「最も~の一つ」 ○○さんに,鈴鹿で最も好きな岩の一つに案内し てもらいました。 このような表現は,英語の「one of the most …」 の翻訳によって日本語にもたらされたものだと言 われている。しかし,日本語の「最も」は「いち ばん」 ( 『三省堂国語辞典 第七版』 )という意味で ある。 「いちばん」は一つしかありえないことに, 留意しておく必要がある。この例では,例えば「鈴 鹿で特に好きな岩の一つ」と言い表すこともでき るだろう。 ◎ やさしい言い方でも十分 残された日記が書籍にまとめられました。 「書籍」という固いことばを使わなくても, 「本」 でよい。 ◎ 一文中に複数の「も」は 死亡した人のうち,25 人が室内で見つかり,部屋 にエアコンが設置されていても,使用していない ケースも多いということです。 一文中に「も」が 2 回出てきている場合,ほん とうに両方とも「も」でないとだめなのか,立ち 止まって考えてみる必要がある。この例では, 「… ケースが多い」としても,差し支えはない。 ◎ 受け身に伴う「迷惑」のニュアンス また,扇風機の風を体にあてることで,汗が気化 し,熱が奪われます。 日本語の受け身表現は, 「迷惑」のニュアンス を伴って使われることが多い。この例の場合,熱 くなりすぎた体が冷えるのは「迷惑」ではなく「良 いこと」だから, 「…熱を奪ってくれます」あるい は「…熱を下げてくれます」 「…熱が下がります」 などとしたほうがよい。 外からは確認できないはずである。ここでは,よ り正確に「男性の部屋のドアのところに,新聞が たまっていることを…」としたほうがよいだろう。 また,「部屋の中で窓を閉め切る」というのは, ややおかしい。 「部屋では窓が閉め切られ,…」 のほうがよい。 ◎ 文法的な一貫性 ●「放送用語に関する質問」から 参加者から事前に寄せられていた質問のなかか ら,ここではひとつ紹介する。 転機が訪れたのは,阪神大震災。 「阪神大震災」に, 「転機」は訪れていない。こ こで言い表したいことは, 「阪神大震災のとき, この人に転機が訪れた」という趣旨のことである。 「転機が訪れたのは,阪神大震災のとき(です) 。 」 あるいは「転機となったのは,阪神大震災(です) 。 」 としたほうがよい。 ◎「~な」としてよいか 和風なたたずまいとは対照的に,… 二字漢語(ここでは「和風」 )などが名詞(ここ では「たたずまい」 )を修飾するとき,その二字漢 語が名詞であれば「~の」となり,形容動詞であ れば「~な」となる。例えば,名詞「しろうと」を 使うと「しろうとの考え」となる( 「しろうとな考 え」とは言わない) 。一方,形容動詞「安易(だ) 」 を使うと「安易な考え」となる( 「安易の考え」と は言わない) 。 ある二字漢語が名詞であるか形容動詞であるか の判定は,時代によって変化する場合があり,ま た人によって解釈が異なることがある。現代の日 本語では, 「和風」が形容動詞的に「和風な~」と いった形で用いられる実態も一部で観察されるが, まだ定着したものとは断定しにくい。ここでは「和 風のたたずまい」としておくのが適切であろう。 ◎ 細部にも気を配る 男性の部屋に,新聞がたまっていることを不審に 思った住 民が通報し,駆けつけた救 急隊員が, 窓から中に入って見つけたということです。… 部屋の中では窓が閉め切られ,エアコンは使用し ていなかったということです。 「部屋〔=室内〕に新聞がたまっていること」は, Q 関西では「ら抜き言葉」が比較的定着している と感じている。しかし,インタビューテロップ では, “らあり” に直して表記しなければならない。 音声(インタビュー)と画面(テロップ)が頻 繁に異なると,引っかかりを感じることがある。 全て律義に修正して表記する必要があるか。 A まず,テロップというのは「文字起こし」では ないので,実際の発言と一字一句にいたるまで 一致させる必要はありません。 「ら抜きことば」については,耳で聞いたと きには気にならない人でも,それを文字で見る と少々引っかかる,ということがあります。つ まり,「耳で聞いたときの自然さ」と,「文字で 見た場合の自然さ」とは,必ずしも同じではな いのです。そのため,音声で[食べれる]と言っ たのを,テロップで「食べられる」と表示する ことがよくあります。ことばとして間違ってい るから「直した」のではなく, 「文字で見た場 合の自然さ」を優先してのことです。「そうい う趣旨の内容を音声で発言した」ということを 文字化したのがテロップである,と考えればよ いでしょう。ただし, 「ら抜きことば」である ことが積極的な意味を持つ場合(例えば「その 地元のことばであることを強調するとき」や, 「若 者のことばであることを強調するとき」)には, このかぎりではありません。 こうしたことは,場面に応じておこなわれる べきものです。「常にこうしなければならない」 というものではないことを,強調しておきます。 塩田雄大(しおだ たけひろ) 第 1406 回放送用語委員会(大阪) 【開催日】平成 28 年 10 月 7 日(金) 【出席者】荻野綱男 氏 豊島秀雄 氏 角 英夫 大阪放送局長 鈴木郁子 放送文化研究所長 ほか JANUARY 2017 99
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