うら とこよ 12 平成二九年 タ イ ト ル の 「 よ ろ ず は 」 は 、「 万 葉 」 を訓 読 み した も ので す 。 ①福禅寺対潮楼の石垣下 一月号 ②福山市鞆の浦歴史民俗資料館前 歌碑めぐり とも ③ 医 王 寺 境 内 よ ろ ずは わ ぎ も こ 39 17 19 18 婇代 山 ① 女妹 吾 久 乃子 世が 乃 袖見 鷺 吹し 坂 反鞆 自の 神 明浦 代 日の 香む 春 風ろ 者の 張 京木 乍 都は 秋 乎常 者 遠 世 散 見 に来あ無 れ 碑用 ど 文尓 見布 し久 人そ 碑 文き ] [ ] [な や うまねしめ ろ く せ いそ さ ぎ さ か あ す か か ぜ はり あひ いも 采城 山 ② 女 鞆の久 袖 浦世 吹 のの き 磯鷺 か の坂 へ むす 神 ろ代 明 のよ 日 木り 香 見春 風 むは 都 ご張 を とつ 遠 にゝ み 相秋 い 見た は し散 づ 妹り ら はに け 忘り 吹 らく えめやも ね は ③磯の上に根這ふむろの木見し人をいづらと問 ば一語 告番げ 巻は 九の 巻 七 のり 五一 〇 七 歌 山城 久 らの 久風 し、 く今 春は は都 芽も ぶ遠 きく つ、 づ空 けし 、く 秋吹 はく 葉こ をと 散よ ら。 し歌 て む か 采の 女 の世 袖の を鷺 吹坂 きよ ひ。 る神 が代 えの す昔 明か 日香 巻 三 の 四 四 六 ~ 四 四 八 番 来たことだ。 う つ くっ ぜ や皇 まる こい のと 歌しに 明 香見 宮たよ 藤浦 原の宮 居はり にを、保 志 貴 子のの わが いは 妻「 が 往日 路に 、り 鞆の むに ろ遷 の木 、し 長後 く命 て い に作 、 東 京 都 文 京 区 小 日 向 二 丁 目 にあ る高 台 は、通 称 「久 世 山 」といい 見た妻は今はもういない。 ろう う じ題 ゆ う詞 がついていま せす き や。 ど 六九四 く年 ぜの や藤 ま と原 の か京 み 遷都 り ま せ る 御 歌 」 と い こす れか 、時 鞆代 の浦 えつ たと むめ ろの 見宿 るた に・ 、久 共世 に見 妻守 を忘 こ ま 。ら 江も戸 、の 老磯 に 中生を た木 旧を関 藩び主 大た和 のれ 下る屋 後 、飛 鳥だ京 とは ない ろを う懐 。 かしんで詠 まれたのでしょう 。 敷 が あ っ た こ と に よ る も の で す 。 磯の りの に展 根を ば すむ の よれ 。か てな 見か たに 人は に いが るあ のか が。 聞 さぎ 甘ほ樫と丘 望伸台 手 前ろ、 木木漏 日つの こ今 のど 歌この 碑 りとま私す こ こ にかお は 現は在 鷺 」と いれ うる名 が。 あり、右 の万 葉 歌 を刻 んだ石 い 語き「 っ て 教え てく だの ろ坂 うか いた ぬ から い、 た し前 ご う坂 う も ので ほり ぐち い氏 ち は全 国 各 地 に百 基 を 超 え 犬 養 孝 氏 の揮 毫 にきよごる す 。く犬ま養 天建 平っ 2 年 七す 三。 〇 月は 、堀 大伴 旅萬 人一 が大 宰和 府7 か年 ら( 平 帰) る 道 柱が て い( ま 揮) 毫者 口九 、昭 一城 九京 三へ 二 の建 る万 葉 歌 碑 を 揮 毫 され ていま す が 、この歌 碑 が 第 一 号 にあ たり ま 中 んた だだ 歌し 々歌 では す山 。3 にの 妻京 を都 大府 宰) 府 、行 は 碑 で詠 す。 城年 国前 (今 をで 詠亡 んく だし もた のた でめ 、当 地き のも す 。昭 和 年 (一 九 六 七 )、犬 養 氏 の還 暦 と百 回 目 の大 阪 大 学 万 葉 一 緒は に 見り た ので あ ま鞆 せの ん浦 。の「むろの木 」(ネズ・ネズミサシ、ハイネズ)を 、帰 ほ り碑 ぐち だい がま く した。 旅 行 との節 目 を記 念 して、全 国 の教 え 子 によって建 さ れ そ りは の久 こと て い口 ま大 す。 か妻 つて 世を 山思 のい 近な 郊が にら は見 、る 詩悲 人し でさ 仏が 文詠 学ま 者れの 堀 学 や その父 ・ み よ し た観 つ じを 守 さ と うう は る して都 市 開 発 の波 から明 日 香 の 景 ろ とおす る思 いも 込 めら 市詩 鞆に こ の 万、 葉 れで ぞ 堀今 口、 九広 萬島 一県 、福 同山 じく 人は の 三 好 達 治 佐歌 藤碑 春3 夫基がが 住そん いれ ま点 し在 たし 。 まゆ ずれ み とら し ろ う れています 。除 幕 式 では 黛 敏 郎 氏 の作 曲 「萬 葉 歌 碑 のう た」が披 て っ とっ もて古 い① 昭世 和 の鷺 年坂 (一 九万 六葉 四歌 )に も、 っ と世 も山 新の し坂 い 彼い らま のす 発。 案もに よ 「山 城が の久 」の か、 ら 久 露 され、現 在 も 歌 い継 がれています 。碑 に込 められた願 いや名 曲 と ③の がひ 平と 成つが年 二と 〇名 一付 〇け )ら の建 です 。鞆 の美 しい 景の 観 つ 、 道 鷺( 坂 れ碑 たと され てい ます 。こ 歌を 碑臨 はみ そつ の 命 相 まって、明 日 香 村 で広 く 愛 されている歌 碑 です 。【万 葉 古 代 学 係 】 3 るい 旅ま もす 良。 いです ね。 【万 葉 古 代 学 係 】 名つ のの 歴歌 史碑 をを 物め 語ぐ って 42 22
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