Vol.22

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22
Vol.
January 2017
税務トピック
高額特定資産を取得した場合の
消費税の納税義務の免除の特例
kpmg.com/ jp
高額特定資産を取得した場合の
消費税の納税義務の免除の特例
税務トピック
KPMG 税理士法人
FinTech
ディレクター / 税理士
平松
直樹
従来より、消費税については中小事業者の事務負担に考慮し、納税義務の免除制度
や簡易課税制度などが設けられていますが、会計検査院より、事務負担を配慮する
必要のないと考えられる法人がこのような制度を適用することにより、多額の課税
漏れが生じていることが指摘されていました。
このような状況をふまえ、2016年度の税制改正において、中小事業者や新設法人が
1,0 0 0 万円以上の高額の固定資産又は棚卸資産を購入した課税期間に、原則的な方
法(以下「本則課税の方法」
という)
により仕入税額控除の適用を受けた場合には、そ
の後の事業年度において納税義務の免除制度や簡易課税制度の選択が制限される制
度が導入されました。
平松
ひらまつ
直樹
なおき
特に納税義務の免除制度や簡易課税制度の適用可能性がある中小事業者や新設法人
などにおいては、建物や機械装置などの有形固定資産および商標権や特許権、
ソフト
ウエアなどの無形固定資産を取得する際には、本制度を十分に理解し、納税義務の
免除制度や簡易課税制度の選択手続きに対応する必要があると考えられます。
本稿は、高額特定資産を取得した場合の特例制度について、その概要をお知らせす
るものです。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめ
お断りいたします。
© 2017 KPMG Tax Corporation, a tax corporation incorporated under the Japanese CPTA Law and a member firm of the KPMG network of independent
member firms affiliated with KPMG International Cooperative (“KPMG International”), a Swiss entity. All rights reserved.
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税務トピック
【ポイント】
− 2016年度税制改正により、事業者が1,000万円以上の調整対象固定資産又
は棚卸資産を取得した課税期間に、本則課税の方法により仕入税額控除
を適用した場合には、その後の一定の年度において納税義務の免除制度
および簡易課税制度の適用が制限されることになった。
− 上記の制度は2010年度税制改正に導入された、
「調整対象固定資産を取得
した場合の納税義務の免除の特例」を補完する制度と位置付けられ、事業
者が調整対象固定資産を取得した場合には、両制度を併せて検討する必
要がある。
− 中小事業者や新設法人は、納税義務の免除制度や簡易課税制度が適用で
きる可能性がある場合、固定資産取得時に本則課税の方法により仕入税
額控除を適用することについて、制限の対象となる課税期間を含めてそ
の影響を検討する必要がある。
− 中小事業者や新設法人に対する消費税の特例制度については年々複雑に
なっており、高額の固定資産を取得した場合の特例について体系的に理
解することにより、納税義務の免除制度および簡易課税制度の選択手続
き等に対応する必要がある。
Ⅰ. 高
額特定資産を取得した場合の
納税義務の免除の特例(以下「高
額特定資産を取得した場合の特
例」という)の導入の背景1
消費税においては、中小事業者の事務負担に配慮し、基準期
間における課税売上高が 1,0 0 0 万円以下である場合には、消費
税の納税義務を免除する制度( 以下「 納税義務の免除制度 」と
本稿の高額特定資産を取得した場合の特例の改正について
は、2010年税制改正で導入された、
「調整対象固定資産を取得し
た場合の納税義務の免除の特例」を補完する制度であると考え
られます。
Ⅱ.高額特定資産を取得した場合の
特例
いう)が、また、その基準期間における課税売上高が 5,0 0 0 万円
図表1のとおり、事業者が納税義務の免除制度及び簡易課税
以下である場合には、課税売上に一定の割合を乗じる方法によ
制度の適用を受けない課税期間中に、高額特定資産の課税仕入
り、簡便的に仕入税額控除が計算できる制度(以下「簡易課税
れを行った場合又は課税貨物の保税地域からの引き取り(以下
「高額特定資産の仕入れ等」という)を行った場合には、高額特
制度」
という)
が設けられています。
こうした中小事業者向けの特例については、従来から意図的
定資産の仕入れ等の日の属する課税期間の翌課税期間から、高
に制度選択をすることによる課税もれについて会計検査院から
額特定資産の仕入れ等の日の属する課税期間の初日以後 3 年を
問題とされ、過去の税制改正において次の通り改正が行われて
経過する日の属する課税期間までの各課税期間(納税義務が免
いました。
除されない課税期間を除く)においては、納税義務の免除制度
1. 調整対象固定資産を取得した場合の納税義務の免除の特
なお、事業者が高額特定資産の取得により本特例の適用を受
例
( 2010年税制改正)
2.特定期間に係る納税義務の免除の特例
( 2011年税制改正)
ける場合には、その後対象となった高額特定資産を廃棄・売却
3.特定新規設立法人の納税義務の免除の特例
( 2 01 2 年税制
等により処分する場合でも、本特例は継続されることとなりま
す(消基通1-5-22の2)
。
改正)
1 出典『財務省
2
が適用できないことになりました(消法12の4①)
。
平成28年度税制改正の解説』
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税務トピック
【図表1 高額特定資産を取得した場合の課税事業者の強制適用期間】
高額特定資産の取得
H28.4/1
課税事業者
課税事業者
H29.4/1
課税事業者
H30.4/1
H31.3/31
課税事業者の強制適用期間
【図表2 自己建設高額特定資産を取得した場合の課税事業者の強制適用期間】
自己建設高額
特定資産の取得
(1,000 万円以上)
H28.4/1
課税事業者
H29.4/1
自己建設高額
特定資産の完成
課税事業者
H30.4/1
課税事業者
H31.4/1
課税事業者
H32.4/1
課税事業者
H33.3/31
課税事業者の強制適用期間
Ⅲ.高額特定資産を自己建設して取
得する場合の納税義務の免除の
特例
図表 2のとおり、事業者が納税義務の免除制度及び簡易課税
制度の適用を受けない課税期間中に、自己建設高額特定資産
Ⅳ. 用語の解説
1. 「高額特定資産」
とは、図表 3のとおり、棚卸資産及び調整対
象固定資産のうち、取引単位ごとに支払対価
(税抜)が1,0 0 0
万円以上の資産をいいます。調整対象固定資産とは、図表 4
のとおり、建物及びその附属設備、構築物、機械及び装置、
の建設等に必要とした原材料及び経費に係る累計額( 税抜 )が
1,000万円以上となった(以下「自己建設高額特定資産の仕入れ
を行った」という)
日の属する課税期間の翌課税期間から、自己
建設高額特定資産の建設等が完了した日の属する課税期間の
初日以後3 年を経過する日の属する課税期間までの各課税期間
【図表3 高額特定資産の範囲】
調整対象固定資産
(納税義務が免除されない課税期間を除く)
においては、高額特
定資産を取得した場合と同様に納税義務の免除制度を適用で
きないことになりました(消法12の4①)
。
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棚卸資産
高額特定資産
(税抜 1,000 万円以上)
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税務トピック
1. 高額特定資産の仕入れ等を行った場合には、高額特定資産
【図表4 調整対象固定資産の範囲】
の仕入れ等の日の属する課税期間の初日から、同日以後3 年
を経過する日の属する課税期間の初日の前日までの期間
調整対象固定資産
一の取引単位の支払対価(税抜)が100万円以上の資産
1.
2.
3.
4.
5.
6.
7.
8.
建物及びその附属設備
構築物
機械及び装置
船舶
航空機
車両及び運搬具
工具、
器具及び備品
次に掲げる無形固定資産
イ. 特許権
ロ. 意匠権
ハ. 商標権
二. 営業権
ホ. 預託金方式のゴルフ会員権
へ. 他の者からのソフトウェアの購入費用又は他の者に委託して
ソフトウェアを開発した場合におけるそ開発費用
ト. その他
(消令5, 消基通12-2-1)
車両、器具備品などの資産のうち、支払対価
(税抜)が100万
2. 自己建設高額特定資産の仕入れを行った場合には、自己建
設高額特定資産の仕入れを行った日の属する課税期間の初
日から、当該自己建設高額特定資産の建設等が完了した日
の属する課税期間の初日以後 3 年を経過する日の属する課税
期間の初日の前日までの期間
なお、高額特定資産の仕入れ等を行った場合又は自己建設高
額特定資産の仕入れを行った場合において、これらの場合に該
当する前に簡易課税制度の適用を受けるための「消費税簡易課
税制度選択届出書」が既に提出されている場合には、当該届出
書の提出は無かったものとみなされます(消令37④)
。
Ⅵ.高額特定資産を取得した場合の
特例に関する届出
円以上で、棚卸資産以外の資産をいいます。また、調整対象
事業者は高額特定資産を取得したことにより、納税義務の免
固定資産には商標権などの無形固定資産や他の者からのソ
除制度の適用を受けられない課税期間の基準期間における課
フトウエアの購入費用又は他の者に委託してソフトウエアを
税売上高が1,0 0 0 万円以下となった場合には、課税事業者選択
開発した場合のその開発費用などが含まれます
( 消令 5、消
届出書を提出している場合を除き、
「 高額特定資産の取得に係
令25の5①, 消基通12-2-1)
。
る課税事業者である旨の届出書」を速やかに事業者の納税地を
所轄する税務署長に提出しなければなりません(消法57①二の
2. 「 自己建設高額特定資産 」とは、他の者との契約に基づき又
は、事業者の棚卸資産若しくは調整対象固定資産として自ら
建設等
( 建設、製作又は製造 )をした高額特定資産で、その
二)
。
( 国税庁HP
https://www.nta.go.jp/tetsuzuki/shinsei/
annai/shohi/annai/0016131.htm)
建設等に必要とした課税仕入れ等に係る支払対価
( 税抜 )の
合計額が 1,0 0 0 万円以上のものをいいます。なお、上記の支
払対価は、建設等のために必要となった原材料費及び経費
に係るものに限り、納税義務の免除制度の適用のある期間及
び簡易課税制度の適用のある期間の課税仕入れ等は除かれ
ます
(消令25の5①)
。
Ⅶ. 適用時期
本特例は、平成28年4 月1 日以後に高額特定資産の仕入れ等
を行った場合(自己建設高額特定資産にあっては、当該自己建
設高額特定資産の建設等が平成28年4 月1 日以後に完了した場
Ⅴ. 簡易課税制度の適用制限
合。次に同じ。
)に該当するものについて適用することとされて
います。
ただし、平成27年12月31日までに締結した契約に基づき、平
簡易課税制度については、原則として適用を受けようとする
成28年4 月1 日以後に高額特定資産の仕入れ等を行った場合に
課税期間の初日の前日までに「 消費税簡易課税制度選択届出
ついては、上記の改正は適用しないこととされています( 改正
書 」を提出する必要がありますが、事業者が、納税義務の免除
消法附則32①②)
。
制度及び簡易課税制度の適用を受けない課税期間中に、高額特
定資産の仕入れ等を行った場合又は自己建設高額特定資産の
仕入れを行った場合には、次の期間について、簡易課税制度の
届出書の提出が出来ないこととなりました(消法37③三)
。
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Ⅷ.調整対象固定資産を取得した場
合の納税義務の免除の特例(以
下「調整対象固定資産を取得し
た場合の特例」という)との関係
合で、簡易課税制度の適用をうけない課税期間において、調整
対象固定資産の課税仕入れ又は調整対象固定資産に該当する
課税貨物の輸入(以下「調整対象固定資産の仕入れ等」
という)
を行った場合には、調整対象固定資産の仕入れ等の日の属する
課税期間の初日から3 年を経過する日の属する課税期間の各課
税期間においては、納税義務の免除制度及び簡易課税制度の
事業者が課税事業者を選択した場合や新設法人及び特定新
規設立法人による納税義務の特例により課税事業者となる場
適用を受けることができないこととなっています(消法9⑦、消
法12の2②、消法12の3②、消法37③一、二)
。
そのため、図表 5のとおり、事業者が調整対象固定資産を取
【図表5
得した場合で、その支払対価の額が 1,0 0 0 万円未満の場合のた
税義務の免除制度と簡易課税制度に関する調整対
納
象固定資産との関係】
め、高額特定資産を取得した場合の特例制度の適用を受けない
場合でも、本調整対象固定資産を取得した場合の特例制度の適
用を検討する必要があります。
棚卸資産、
調整対象
固定資産の取得
支払対価(税抜)が
1,000万円以上である。
NO
棚卸資産である。
なお、課税事業者を選択した事業者が調整対象固定資産の
仕入れ等の日までの間に「 消費税課税事業者選択不適用届出
YES
書」を提出した場合で、調節対象固定資産を取得した場合の特
高額特定資産の
特例の検討
例制度の適用を受ける場合には、その提出は無かったものとみ
なされます(消法9⑦)
。
YES
NO
下記のいずれかに該当する
・課税事業者の選択(消法9)
・新設法人(消法12の2)
・特定新規設立法人(消法12の3)
NO
Ⅸ. 実務上の留意点
特例の適用なし
図表 6の通り、高額特定資産を取得し、本則課税の方法によ
り仕入税額控除を計算する場合には、原則として、その後2年間
の納税義務の免除制度及び簡易課税制度の適用が出来なくな
ることになります。
YES
そのため、事業者はその制限期間で生じる納税義務の免除制
調整対象固定資産の
特例の検討
度及び簡易課税制度のメリットを考慮のうえ、高額特定資産の
取得前の課税期間において、事前検討することが望ましいと考
【図表6 実務上の検討事項】
高額特定資産の取得
X1. 4/1
課税事業者
X2. 4/1
?
?
X3. 4/1
X4. 3/31
課税事業者の強制適用期間
簡易課税制度の適用制限期間
税額控除のメリット
簡易課税又は免税事業者のメリット
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えられます。
一方で、高額特定資産を取得した場合の特例制度の適用期間
又は調整対象固定資産を取得した場合の特例制度の適用期間
においては届出書の提出が認められず、資産の取得前に提出し
た場合でも、その届出書の提出は無かったものとされるため、
どの課税期間から納税義務の免除制度及び簡易課税制度が適
用できるのかを管理し、事前に届出書の提出時期を検討する必
要があると考えられます。
本稿に関するご質問等は、以下の担当者までお願いいたします。
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直樹
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