ギルえもん 十二月 ︻注意事項︼ このPDFファイルは﹁ハーメルン﹂で掲載中の作品を自動的にPDF化したもので す。 小説の作者、 ﹁ハーメルン﹂の運営者に無断でPDFファイル及び作品を引用の範囲を 超える形で転載・改変・再配布・販売することを禁じます。 ︻あらすじ︼ これは、起こり得たかもしれない一つのIFだ。 ││ギルえもん。 君は、僕にとってかけがえのない友だった。 目 次 序章 永久に色褪せぬ、彼の黄金の王と の思い出 一話 サーヴァント召喚 │││ 二話 武 ││││││││││ 三話 スネ夫 ││││││││ 1 31 40 序章 永久に色褪せぬ、彼の黄金の王との思い出 だがあの頃の僕は、その現状を改善しようとは思わなかった。 供だった。 界で一番ダメダメな能無し野郎。グズだとかノロマだとか、そんな言葉がお似合いの子 クラスメイトの出木杉は百年に一人の神童と言われていたが、僕はその逆だった。世 多分、僕以上に出来が悪かった子供はいない。 だ。 そんな僕なのだから、クラスメイトに虐められるのは⋮⋮きっと当然のことだったの 運動神経も悪く、徒競走もいつもビリ。 学校のテストはいつも0点。 ││僕はイジメられっ子だった。 一話 サーヴァント召喚 1 一話 サーヴァント召喚 2 いつも漫画ばかり読んでいた。漫画を読み終えたら昼寝をし、目を覚ます頃にはもう 日は沈んでいる。その繰り返し。怠惰的な毎日を僕は過ごしていたのだ。 多分僕は、何も成す事なく、何も遺す事無く、死んで往く。 そうなるだろうと思っていた。 それでも満足だと思っていた。 それが一番、楽な道なのだろうと││多分、あの頃の僕は妥協していたのだろう。 でも僕は、その頃の現状を楽とは思っていなかった。 苦だと、心底から感じていた。 ⋮⋮クラスメイトからされるイジメの数々。 それだけは、とても辛かった。 その問題だけはどうにかしたかった。 算数の問題は解けないのが僕だったが、いじめからは解放されたかった。 親には絶対相談したくなかったので、自分で対策を考えた。涙目になりながら、歯を 食いしばりながら、僕はいじめられない為にはどうしたら良いのかを考えた。 頭が悪く運動音痴だから虐められるのだし、ではそれを直そうか││という発想はも ちろん無かった。 ふと思いついたのは﹃悪魔を呼んで皆を殺してしまおう﹄という危険極まりない案。 3 そのとき僕は、 ﹁これは名案だ 僕ってやっぱり天才だなぁ﹂とつい独白してしまっ 黄金の甲冑と、黄金の逆立った髪。 あの頃の僕の目に映ったのは、圧倒的なまでの﹃黄金﹄。 だが││それ以外は現れてしまった。 実際、僕の目の前に悪魔が現れることはなかった。 ﹃悪魔なんて非科学的な存在、そもそもいる訳ないだろう﹄、と。 誰しもがそう思うはずだ。 その儀式は失敗に終わる。 ること自体が馬鹿の発想なのだが。 くらいで悪魔が召喚できるわけなのだろう。いや、そもそも悪魔を呼び出そうとしてい 普通に考えればクレヨンで描いたグニャグニャに歪んだ召喚陣に一滴血を垂らした ⋮⋮今思えば、僕は本当に馬鹿だった。 た。 部屋の床に召喚陣を描き、裁縫針で指の腹をちょこんと指して血を一滴だけ垂らし だが僕はその案を実行してしまった。 う。目が虚ろになっていたと思う。 たが⋮⋮今考えれば、それこそ悪魔じみた発想だ。多分あの頃の僕は病んでいたのだろ ! 腕を組み、紅色に光る目でこちらを視ながら││彼は、その真名を告げた。 !! オレ この我を呼ぶとは、運が尽きたな雑種よ !! う││ ││我が名は﹃ギルガメッシュ﹄ 古代メソポタミアの王にして、人類最古の英雄王であるっ ! ! ││それが僕と﹃ギルえもん﹄の始まりだった。 ﹂ 折角だ。この我を呼んだ報酬として、我が真名をその汚らわしい身で聴くことを赦そ ﹁フハハハッ 一話 サーヴァント召喚 4 ﹁ん ﹂ ぼく、そのマスターって人じゃないよ⋮⋮ どうした雑種よ。貴様が我のマスターなのだろう ﹁ま、マスター ﹂ ? ? だが折角の現界だ。我が身の魔力が尽きるまで現世に見て回ってやるとするか⋮⋮﹂ してやる気も失せた。 あの願望具、どうにも胡散臭いと思っていたが、やはり不良品だったが。もはや回収 スは繋がっているようだ。 ﹁ふむ⋮⋮どうやら聖杯に誤作動があったらしい。見たところ令呪の刻印も無いが、パ いや、実際に僕がマスターだったのだが。 はこの時、僕をそのマスターだと思っていたらしいのだ。 そしてそのサーヴァントを使役する者こそがマスター⋮⋮どうやらギルガメッシュ 召喚された﹃サーヴァント﹄なる存在らしい。 ギルガメッシュは﹃聖杯﹄と言われるどんな願いでも叶う願望具の呼びつけによって ギルえもん││いや、この時はまだ、その名で呼べとは命じられていなかったか。 ? ? 5 ﹁き、君、いったいぜんたいなんなのさ ﹂ ハッハッハ そ ! ﹁つい先程我が真名を拝聴してやったばかりであろう。 さては貴様、我の甘美なる美声による名乗りに耳を蕩かせたな ﹂ ! にいた。 ﹁悪魔だと││我を悪魔如き下等な生命体だと罵るか、雑種﹂ ? かったのだろう。 このときギルガメッシュは、恐らくセリフから読み取れるほど苛立ちを覚えてはいな ﹂ だが相手がいかにも強そうな見た目をしていたので、反感を買うような態度ができず 不快な気分にさせた。 傲慢不遜と言うべきか⋮⋮ともかくその偉そうな態度は、無駄にプライドが高い僕を ギルガメッシュは常に高圧的で自己愛が強かった。 ││我の名は﹃ギルガメッシュ﹄。人類最古の英雄王である ういう事なら是非もなし。二度我の名を聴く事を赦そうではないか。 ? ! ﹁⋮⋮君の名前はもういいよ。君は、ぼくが呼んだ悪魔なのかい 一話 サーヴァント召喚 6 ﹂ だが彼の身から僅かに溢れる確かな怒気に││僕は失禁してしまいそうなほどの恐 怖を感じた。 ﹁ごごごごごめめっ ﹂ ! ﹁は、はい ありがとうござ⋮⋮じゃなくて、ありがとう ﹂ ! !? ゲートオブバビロン 貴様でも理解できる名称を付けるなら、そうだな⋮⋮﹃多重次元ポケット﹄と名付け ﹁これは我が蔵、﹃王 の 財 宝﹄という宝具だ⋮⋮と言っても貴様には分らぬか。 ﹁えっ、えっ それなんなの⋮⋮﹂ 確かあの時僕は、きょとんとした顔で彼を三度見してしまった。 そう言ってギルガメッシュは、何もない空間から飴を取り出し僕に投げ渡した。 てやろう﹂ ﹁それで云い。猿の如き知能で我の命に従った褒美として、人類最古の飴ちゃんをくれ ! ﹁畏まらなくて云い。貴様は童子故、我に対し気兼ねなく言葉を語り紡ぐ事を赦す﹂ ﹁あっ、ありがとうございます ﹁まぁ云い。見たところ貴様はまだ童子。戯言として聞き流しておくとしよう﹂ ! 7 るべきか﹂ ﹁た、多重次元ポケット⋮⋮っ 思っている。 ﹂ ! エ ヌ マ・ エ リ シュ やはり我は、何をしても最良の結果を よくわかんないけどすごくカッコいい そうであろうそうであろう !? ﹁すごい ﹁ハッハッハ ﹂ あの頃の僕は彼の名付けのセンスは最高だと感じていたが、今では最古なセンスだと しれない。 もし﹃四次元ポケット﹄などと名付けていたら、センスが無いと吐き捨てていたかも かっこいいと、この時の僕は素直にそう思った。 ! ﹂ なんかわかんないけどすごくいいよ ﹂ ! ! ! ! 数々の名を改めたくなるではないか ﹂ ﹁フハハハハッ そう興奮するのではない雑種よ つい我が蔵に収められし宝剣の ! 改名し、﹃空気砲﹄と名付けようではないか 生む⋮⋮ふむ、では我が持つ最も至高の剣から放たれる一撃﹃天地乖離す開闢の星﹄も ! ! ﹁それがいいよ 一話 サーヴァント召喚 8 ! 実際ギルガメッシュは、このあといくつかの宝具を名を改名していた。 姿を隠匿する﹃ハデスの隠れ兜﹄は﹃透明マント﹄に名を変え、北欧に伝わる食べた い食べ物がなんでも出るテーブルクロスの﹃北風のテーブル掛け﹄は、 ﹃グルメテーブル かけ﹄と改名した。 ⋮⋮色んな宝具の真名が、この頃の僕が言う﹃すごくカッコイイ﹄名前にへと変わっ ていた。 この時はギルガメッシュは多分、召喚させたばかりで深夜テンションに似た状態に 陥っていたのだろう。 まさか素の状態で、彼の言う至高を財とやらの名を改悪させたわけないだろうし⋮⋮ きっとあのあと冷静になって元の真名に戻したはずだ。そう信じたい。 ﹁││えっ﹂ 名前を呼んだだけで死 ? い。その身が童子でなければ死をもってその不敬の罪を償うところだったぞ﹂ ﹁おい待て、雑種よ。我は確かにお前に名を告げたが、我の名を呼ぶ事は許してはいな ﹁で、ギルガメッシュ。改めて聞くけど││﹂ 9 彼のいた世界はどうなっているのだろうか。時折彼が統治していた世界の話を聞い ﹂ ていた僕だが、今でも彼の世界のことはよく理解していない。 ﹁今回の不徳は赦す。だが、次はないぞ雑種よ﹂ ﹁じゃ、じゃあ君のことをなんと呼んだらいいの ﹁そうだな⋮⋮﹂ ﹁││よし、今後は我を﹃ギルえもん﹄と呼ぶが云い ! 次から僕も、慣れ親しんだギルえもんという愛称で彼を書き表そうと思う。 こうしてギルガメッシュの愛称が決まった。 ﹂ ギルガメッシュは数秒黙り込み、名案が浮かんだという顔で僕に言った。 ? ﹂ ? ﹁まぁそうであろう。偶然接続されただけだろうが⋮⋮名義上、我のマスターは貴様と んだよね ﹁うん、わかったよギルえもん。で、改めて言うけど⋮⋮ギルえもんって、ぼくが呼んだ 一話 サーヴァント召喚 10 いうことになるのだろう﹂ ﹂ ! ﹂ ? ⋮⋮名前からしてノロマだとか。そんな悪口を、僕はよく言われていた。 だ。 ギルえもんが言ったことは、クラスメイトの皆にも馬鹿にされていたことだったの 僕はつい、声色を曇らせてしまった。 ﹁⋮⋮なんだよ、悪い ﹁のび太、か。随分と間抜けそうな名ではないか﹂ うとはしなかったなぁ。 嫌な気分になるから止めろと何度も言ったのに⋮⋮結局彼は、最後までその癖を直そ ギルえもんには、人を﹃雑種﹄と言い表してしまう癖があった。 太﹄っていう名前があるんだから、ちゃんと呼んでよ と僕のことを﹃雑種﹄とか﹃貴様﹄とかって呼んでいるけどさ、僕にはちゃんと﹃のび ﹁うーん、よくわからないけど⋮⋮まぁいいや。それよりもギルえもん、さっきからずっ 11 ﹁いや、間抜けそうだが悪くはない。のびのびと、大木の如き成長をして欲しいという、 お前の両親の想いが字面から感じる故な。中々良い名を授けられたではないか、のび太 よ﹂ ﹁││││っ﹂ あのとき僕はつい嬉しくて涙を流してしまった。 ⋮⋮名前を貶されたことは何度もあった。 だが褒められたことは、一度もなかったのだ。 僕は今もなお、時折彼に名を褒められたこの時の記憶を思い出す。 救われた。そんな感情が、この時の僕に溢れかえっていたのだ。 ﹂ ﹁泣くなのび太よ。涙を栄養とし求めるのは大木だが、お前はその大木になるのだろう 一話 サーヴァント召喚 ? 僕は涙腺をぎゅと締め、涙がこぼれ落ちるないようにした。 ﹁⋮⋮うん、そうだね﹂ 12 ﹁それで云い。令呪は無いとはいえ、お前はこの我を現世に召喚した我のマスターなの だ。我のマスターである以上、すぐ泣き喚くような軟弱漢であっては困る﹂ 男のツンデレに需要があるのか と思うかもしれないが、ギルえもんのそれは分か りにくいぶん言葉の意訳に慣れたら結構面白く感じる。 ? 持っているのだ。 遠回りな言葉だが、それこそがギルえもん。俗に言うツンデレ属性をギルえもんは いうことだろう。 ギルえもんの言葉を要約すると、 ﹁マスターの泣き顔を見てると心が痛むのだ⋮⋮﹂と ヒヤするのでな。泣くしても、せめて独りの場で泣け﹂ 涙は血に等しい。我のマスターが流血してる場面を見るとサーヴァントとしてヒヤ であるが、我のマスターに限っては違う。 涙を流すという行為は、己の弱さを晒すということでもある。人が流す涙の味は甘美 と言っているのだ我は。 ﹁いや、そうではないぞのび太。泣くのは良いが、その涙を容易く人に見せるのではない 泣くのは止めるよ﹂ ﹁うん、ぼくそのマスターってのはよく分からないけど、ギルえもんがそう言うならもう 13 だがこの時の僕とギルえもんはまだ初対面。ギルえもんの独特な言い回しに慣れて いなく、意訳なんてできるわけなかった。 ギルえもんは小学生に聞かせるには難しい言葉ばかりを選択するのでいまいちギル えもんの伝えたい事が理解できなかった僕だが、とりあえず﹃容易に泣いてならない﹄。 それだけは理解できたので、瞳に溜まる涙を腕を拭った。 ﹁うむ、それで云いぞのび太。また一つ、強くなったな﹂ ﹁うん⋮⋮でも、まだ一つしか強くなれてないんじゃ││﹂ このとき僕は、当初の目的を思い出した。 そうだ││ギルえもんにイジメっ子達を殺してもらわないと、と。 ﹁実はね││ギルえもんには、ぼくをいじめるクラスメイト達を皆殺しにしてほしいん ﹁ほぉ。我に、か。まぁよい、聞くだけ聞いてやろうか﹂ ﹁君に、お願いがあるんだ﹂ ﹁なんだ、のび太よ﹂ ﹁ねぇギルえもん﹂ 一話 サーヴァント召喚 14 だ﹂ ﹁││くっは ﹂ ギルえもんは吹き出した。 腹を抱え、近所迷惑になるほどの声量で高笑いした。 しょ、正気かのび太 ら ﹂ ク ッ ク ッ ク、本 来 な ら ば そ の よ う な み み っ ち い 復 讐 に 手 を 貸 す 義 理 も な い が、 わ まぁ云い。その末路、我が見届けてやろうではないか 化 何という道 好いぞ好いぞ。まさか貴様の たかが現世基準のイジメとやらで、羽虫が目の前を過ぎった ﹁クックック、ハッハッハ、アッハッハッハッハッ !! くらいで、お前という人間は同族を殺めたく思うのか !? ような独裁的な人間が、まだ現世に残っていたとはな⋮⋮何という傲慢 !? 非常に愉快な、童話のような惨いバッドエンドが何よりも好きなのだ。 ギルえもんは愉しい結末を好む。 ⋮⋮今思えば、僕はとんでもない悪魔以上の怪物を召喚していたのかもしれない。 ! ! 彼は心底から愉しそうに嘲笑い続けた。 ! ! 15 ⋮⋮いや、違うか。確かに彼は悪逆非道を思わせる一面があるが、それでもその本質 は善性だ。多分、ギルえもんは悲惨な終わりが好きなのではなく⋮⋮人が描く極上の物 語が好きなのだ。 ギルえもんは人間が嫌いだが、人が創る作品はこの上なく好きなのだ。最高品質の物 わ ら を好む。だから多分、ギルえもんの感性からしたら、人が描くハッピーエンドはバッド エンドより劣るものなのだろう。 故に、僕が進もうとしてる破滅の物語を想像し、愉快であると彼は嘲笑っていたのだ。 な、なんでだよギルえもん お願いだからぼくを救ってくれよ ﹂ ! ふっ、戯けめ。貴様がその道を進むということは、その幼き身に秘めた可 ・ まてよのび太。よく考えれば貴様、年端も行かぬ身であったな⋮⋮そすれば、貴 まぁ、ある理由からギルえもんは僕が進もうとするその道を阻めたのだが││ ・ じゃあぼくの言うことを聞けよぉ ﹂ ﹁な、なんだよそれぇ⋮⋮いいじゃないか お前、ぼくが召喚したモノなんだろ 能性を自ら手放すに等しい行為だ。故に我は、好んで童子は殺めぬのだ﹂ ・ ! ! ﹁我の決定は絶対だ。もしのび太、貴様に令呪があったのならば、この我でも従ざるを得 ! !? ﹁救うだと ? ! 様のクラスメイトとやらもまた同様⋮⋮うむ、のび太よ。先程の発言、撤回するぞ﹂ ﹁ん ? ﹁えっ 一話 サーヴァント召喚 16 のび太よ。名義上ではお前は我のマスターで我はその ないが⋮⋮この度の現界は例外故、お前の身に令呪は宿っていない。 勘違いするのではないぞ 震える僕を宥めるように、彼は僕の頭を掻き乱すように撫でた。 だがギルえもんは子供には優しかった。 死を覚えそうになる。 それほど彼の眼光は刃よりも鋭くて││その眼で視られるだけで、僕の身体は明確な あの時の僕は、ギルえもんの視線に刺され殺されるのではないかと思った。 ギルえもんをこちらを睨む。途端、僕の身体は恐怖心で凍りついた。 うことは赦さぬぞ﹂ 下僕かもしれないが、サーヴァントである以前に我は王である。故に、我の決定に逆ら ? う告げている。貴様は、凡庸の英雄となり得る素質を持っている、とな﹂ のび太、お前は今の現界では珍しい価値ある人間なのだ。我の全を見透す千里眼がそ 有象無象とは違う。 様の味方だ。魔術も習わぬ身で我を召喚した貴様は﹃意味のある人間﹄だ。羽虫の如き ﹁そう怯えるのではないのび太よ。貴様の復讐の手助けをするつもりはないが、我は貴 17 凡庸の英雄││今なら彼が伝えたかったその言葉の真意は分かる。 普通で、それ以上に成れない無力の英雄。 ギルえもんは、 ﹃のび太﹄という人間のあるかもしれない一つの可能性を看破していた のだ。 ﹂ 流石はギルえもんだ││今の僕ならそれを褒め言葉として受け取れるが、残念ながら このときの思慮が浅い僕は、愚弄されたと勘違いしてしまったのだ。 ﹁凡庸って⋮⋮なんだよそれ。やっぱりお前、ぼくを馬鹿にしているだろう ! アップするのだぞ なら云いではないか﹂ ﹁お い お い 何 を 言 っ て い る の だ の び 太 よ。努 力 さ え 積 め ば、愚 者 か ら 凡 人 に グ レ ー ド ﹂ じゃあ努力する意味ないじゃない ﹁マシにはなるだろう ﹂ ! なりたいんだ ﹂ ﹁それじゃあ駄目なんだよ ぼくをみんなをアッて言われてるような、そんな人間に ? ! ? ﹁それってつまり、ぼくなんかが努力しても出木杉みたいな天才にはなれないんだろ 一話 サーヴァント召喚 18 ! ! きっとそれが、僕の偽りない本心だった。 勉強はめんどくさいから、運動は疲れるから││そんな理由で僕は現状に妥協してい たが、心の奥底では﹃みんなに認められたい﹄と思っていたのだろう。 どちらと僕の本心だった。 そして、どちらの感情に従うか。それは僕自身が決めることだった。 ちなみにジャイアンというのは愛称で、本名は剛田武と言う。 ジャイアンとは、僕を虐めていたクラスメイトの一人である。 ﹁⋮⋮なんかギルえもんって、ジャイアンをスケールアップしたような奴だよな﹂ やろう。光栄に思えよのび太﹂ ﹁それで云い。そのまま天を穿くような男になるところを、一幕だが我の目で見届けて ﹁⋮⋮ふんっ、今に見てるといいよ。すぐにビッグな男になってやるから﹂ れるかもしれないがな﹂ していたが⋮⋮どうやら、我が与えた水を吸い、大木に近づいたらしい。またすぐに枯 ﹁ほぉ。良い目になってきたな、のび太よ。先程までは、枯れ果てた苗木のような顔面を 19 ﹁ジャイアン⋮⋮巨人か何かか、のび太よ﹂ ﹁ぼくをいじめるクラスメイトの一人だよ﹂ む、興味が湧いたぞのび太よ。では今からそのジャイアンという雑種の面でも拝みにい ﹁ほぉ、お前で遊ぶ輩の一人とな。お前の目から見て、そいつと我は似ているのだ⋮⋮う くとするか﹂ ﹁今からって⋮⋮もう寝る時間だよ﹂ その時の時刻は午後の10時。その頃の僕なら明日に備えて睡眠を摂っている時間 だ。 悪魔を召喚するのなら夜のほうが良いと思い、眠い目を擦りながら我慢して起きてい たのだ。 学校に帰ってから三時間ほど昼寝をしていた僕だったが、眠いものは眠いのだ。 それにこの時間に外出したら母に叱られるだろうし、見回りの警察に補導されるかも しれない。 なので僕は明日ジャイアンに会わせてあげると、ギルえもんに頼み込んだ。 ﹁⋮⋮ま、仕方がないか。のび太には大木のように大きく育って貰わなくては困る故な。 一話 サーヴァント召喚 20 ﹂ ﹂ 今回ばかりは、お前の提案を受け入れてやろうではないか。 断腸の思いでな。我の寛大さに感謝するが云い﹂ 礼には及ばぬ ﹁うん、ありがとう。ギルえもん、すごい器が大きい ﹁フハハハハッ ! ﹁ではのび太。寝るとするか、布団を敷くことを赦す ﹁うん﹂ 声だった。 だが、ギルえもんから出てきた言葉は賞賛ではなく、鼓膜が破れるかと思うほどの怒 まぁそんなことを気にするギルえもんではないだろうと僕は思っていた。 全体的に黄金色なギルえもんに相応しい布団だ。黄色なのが気持ち的に少し汚いが、 一つは僕がいつも使っている白い布団で、もう一つは予備用の黄色い布団。 僕は押入れを開き、布団を二つ取り出した。 ﹂ 基本的に褒めてればそれで良い。そうすれば向こうが勝手に調子にのってくれる。 このとき辺りからギルえもんの手綱の引き方が分かってきた僕である。 !! ! ! 21 この我に、こんな犬小屋にも劣る寝具で床に就けだと 本来ならば我と同じ空間で寝るなど重罪物 !? ﹂ ﹁││この愚か者めがっ 不敬であるっ ﹁ご、ごめ⋮⋮でも布団を敷けって⋮⋮﹂ !! ﹂ 我にそのみすぼらしい寝具と眠れと言うのなら⋮⋮貴様には、寒い外で寝て ﹂ もらおう⋮⋮っ ﹂ ﹁そ、そんなぁ ﹁それが嫌だと云うのなら、さっさとその汚らわしい布切れを仕舞え﹂ ﹁わかったよ⋮⋮﹂ ギルえもんが脅すものだから、僕は折角出した布団を再び押入れにしまった。 結構重い布団だったので、途轍もない徒労感が僕を襲った。 ﹂ ﹁では先に我の、人類最古の寝具を披露してやろうか⋮⋮﹃多重次元ポケット﹄っ ﹁うわっ ! !! だがッ だが、まだ童子の貴様を廊下で寝させては安眠できないと思い、仕方なく赦してやった。 ﹁貴様用の寝具を用意しろと言ったのだ ! ! ! ! ! 一話 サーヴァント召喚 22 ギルえもんが叫んだ次の瞬間、何も無い空間から黄金色のベットが出現した。 ずしりと床に落ち、僕の家は揺れた。 ⋮⋮母や父に叱られるとその時の僕は思った。でも僕の部屋に怒鳴り散らし来ない ところ、恐らく気づいていなかったのだろう。 ギルえもんの蔵の中には一部の空間を分離させる防音宝具があるようなので、もしや 知らぬ間にそれを使ったのかもしれない。 ﹂ ギルえもんの蔵には本当に何でも入っている。幾つの宝具を貯蔵しているのか聞け ていればよかった。 ﹁な、何これ││ていうかデカイ ﹂ ? だが、過去の僕はともかく今の僕は知っている。これの百倍以上の寝具を、彼はその た。 ギルえもんが蔵から出したベットは、僕の部屋似ぎりぎり収まるほど大きい物だっ は圧倒的に小さいがな⋮⋮それよりも、お前の部屋は小さいな。ここは犬小屋か ﹁王たる我が使うベッド。巨大で当然であろう。まぁこれでも、常に使っている物より !! 23 蔵に貯蔵しているのだと││ ││えっ ﹂ ﹁これでは窮屈だな。では、部屋を広めるとするか││﹂ ﹁えっ !? ﹂ よいぞよいぞ この宝具の名も改めなくてはな、就寝するまでに ! 案を考えとくか⋮⋮﹂ ﹁フハハハハッ ﹁す、すごい⋮⋮すごすぎて、凄いとしか言えない⋮⋮﹂ ? ギルえもんの蔵には色々な宝具が貯蔵されてるのだ。 名からして、ローラー形状の宝具なのだろう。 知らないが、ギルえもんが後に改めて付けたその宝具の名前は﹃次元ローラー﹄。 確かこのときギルえもんは、空間を自由自在に操る宝具を使用したのだ。元の真名は わったのだ。 先程までの六畳くらいの部屋が、一瞬にしてパーティー会場もびっくりの広さに変 このときの僕は、あり得ない現象を目にした。 ? ﹁クックック。どうだ、凄いだろう 一話 サーヴァント召喚 24 ! ﹁ぎっ、ギルえもんっ。そういえば、僕の布団はどこに行ったの ﹂ ﹂ いつもの白い布団に予備の黄色い布団。どちらもいつもの間にか姿を消していた。 ? 無 く な っ た こ と が マ マ に 知 ら れ た ら 怒 ら れ ﹁あぁ、それなら我の宝具で虚無に帰したが ﹁│ │ え っ こ、困 る よ ギ ル え も ん ! ﹂ ﹁ま、ママに叱られる れるんだよ ! ママは怒るとすごく怖いんだ おいギルえもん、どうしてく ! ! とはいえ、感謝の気持ちは恥ずかしくてなかなか伝えられないのだけれど⋮⋮ 謝している。 た。今思えばその行動は僕の将来を想ってのことだったので、昔はともかく今は母に感 ⋮⋮母が僕を叱るのは、僕がテストで悪い点を取ったり悪戯がバレたときだけだっ もちろん、いつもの穏やかな母は大好きである。それは今でも変わらない。 今は違うが、僕は怒っている母が心底から嫌いだった。 ちゃうよ⋮⋮﹂ ! ? 25 ﹁安 心 し ろ の び 太。な ら、あ の 劣 悪 品 よ り 大 き く 勝 る 布 団 を 用 意 す れ ば 云 い で あ ろ う ⋮⋮宝具ではないが、人類最古の不死鳥から毟った羽毛で製造された布団が二つある。 ほれ、受け取るが云い﹂ ギルえもんは僕の頭上に、羽毛布団を顕現させた。 失った布団の三倍くらい大きい布団だったが、その羽毛布団は信じられないほど軽く 柔らかったので、頭から覆いかぶったが痛くはなかった。 ﹁それで就寝するが云いのび太││よし、お前の部屋は今日からあの押入れだ。そこで ﹂ 押 入 れ で 嫌 だ よ そ ん な の ぉ。ギ ル え も ん さ っ き、こ の 部 屋 で 寝 て も 良 寝ることを赦そう﹂ ﹁え っ !? いって言ってたじゃないか ! ! ﹁えー⋮⋮そんなー⋮⋮﹂ はそちらのほうが似合いだろう ﹂ 入れも広くしたのでな⋮⋮元のお前の部屋のように犬小屋ほどの広さだが、まぁお前に ﹁言ったが撤回する。よく考えれば、我の宝具で部屋の空間を拡張したとき、ついでに押 一話 サーヴァント召喚 26 ? このとき僕は、折角部屋が広々な空間になったのだからそこで眠りたい⋮⋮と思って いたのだが、今改めて考えればギルえもんの判断は正しかった。 部屋は高原のように広くなった。 いや、広くなり過ぎたのだ。 広すぎて落ち着かない。無性にムズムズするのだ。 恐らく一度経験したら、自分から率先して押入れで寝ていただろう。 欠伸を噛み殺しながら、僕は眠気を誘う声でギルえもんに言った。 ﹁ギルえもんもね⋮⋮おやすみ⋮⋮﹂ ﹁のび太、良い夢を見ろよ﹂ 僕はトボトボと、疲労している様子で押入れに向かった。 ﹁うん、わかったよ⋮⋮﹂ ﹁分かったならとっとと眠るが云い。我も床に就くとする﹂ ﹁まぁいいや。元の僕の部屋くらいの広さなら窮屈じゃないだろうし﹂ 27 一話 サーヴァント召喚 28 ⋮⋮これがギルえもんと僕の、始まりの一日の終わりだった。 とか。 僕はあの後、違和感があるほど広々している押入れに布団を敷き、彼のことを考えな がらゆっくり眠っていった。 とか。 色々なことを、不出来な頭で考えていた。 明日は彼と何して遊ぶか 明日出木杉くんに、ギルガメッシュのことを聞いてみようかな 共に暮らした一週間の思い出を想起する。 ⋮⋮今でも僕は、布団に入り夢の世界に行くほんのひとときの時間に、ギルえもんと たり前の存在になっていた。 まだちょっとしか会話していないのにも関わらず、僕の中でギルえもんは既に居て当 ? ? 29 本当に楽しく毎日だったのだ。 ││ギルえもん。 君は、僕にとってかけがえのない友だった。 30 一話 サーヴァント召喚 二話 武 剛田武。子供の頃はジャイアンという愛称で呼んでいた彼は、ここら一帯の小学生な ら誰もが恐れる俗に言うガキ大将だった。 今では丸くなり、昔の面影はあまり無い。武自身、近くの子供からお菓子やゲームを 巻き上げるという蛮行をしていたことは苦い過去だと思っているようだ。 だが、残念ながら││この頃の武は、悪びれる事なく蛮行を繰り返す乱暴者だ。 ﹁おいのび太。その漫画、俺に貸せよ﹂ 本屋で﹃パーマン﹄の最新刊を購入し、 ﹁早く帰ってギルえもんと一緒に読みたい﹂と ﹂ ウキウキ気分で家に帰る道中で、僕は武ことジャイアンに遭遇してしまった。 この時の僕は、心底から自分の不運を呪った。 お前、俺の言う事が聞けないってのかよ ! ﹁えっ、い、嫌だよジャイアン⋮⋮﹂ ﹁ナンだとのび太 ! 31 ﹁いや、そういう訳じゃないけど⋮⋮﹂ ﹁ならそれは、俺のもんで良いんだな﹂ ﹂ ジャイアンは僕の漫画を力尽くで奪った。 ﹁あっ、返してよぉ ! たほどだ。 になると決意したのだ。そして、実際に変わり立派な正義漢になった。風紀委員になっ 彼はその日を境に一転し、あの世の父が﹁あれが俺の息子だ﹂と胸を張れるような漢 くしてしまったのだ。 ⋮⋮ちなみに悪童だった武が更生した理由は、小学校の卒業式のときに事故で父を亡 くれた。 確か彼が更生したのは中学校に入学した頃だった。その頃辺りに謝罪と共に返して た︶は、中学に上がるときにやっと返して貰えたのだ。 と言っているジャイアンであるが、彼に奪われた本︵以前にも十冊以上持って行かれ ﹁今度返してやるよ﹂ 二話 武 32 まぁ、今の彼はご覧の有様なのだが⋮⋮ して倒れた。 ﹂ お前のモノは俺のモノ、俺のモノは俺のモノだ お願い 武は奪った漫画を読みながら、道端に倒れている僕の横を通り過ぎていった。 できる傍若無人ゆえだ。 この頃の僕がギルえもんのことを武と似てると言い表したのは、そのセリフから連想 ! ﹁うぅ⋮⋮痛い、痛いよぉ﹂ ﹁いいかのび太 ! これは、武がよく言ってた言葉である。 ﹂ 小学生とは思えない体格から放たれる本気の一撃。それを頭にくらった僕は目を回 ! ﹂ えいっ ﹁ジャイアン絶対に返さないでしょ ギルえもんも楽しみにしているんだ だから返してよぉ ﹁⋮⋮ったく、うるさいなぁ ! ジャイアンは拳を固く握りそれを僕に撃ってきた。 ! ! ! 33 がっはっは、という下品な笑い声が聞こえる。 ﹁⋮⋮くそぉ。何で僕ばっか⋮⋮﹂ 悔しくて、僕は涙を流しそうになった。 だが涙腺をギュと引き締め、涙するのを堪える。 ⋮⋮ギルえもんに約束したのだ。 簡単に、涙は流さないと。 僕は頭部の痛みを我慢して、服に付いた砂埃を払い、俯きながらトボトボと家に帰っ ていった。 ﹁どうしたのび太。いつも以上に不細工な顔をして。それに服が汚れているぞ。転んだ 二話 武 34 のか この間抜けが﹂ ﹁⋮⋮別に、何でもない﹂ ﹁そうか。ならば敢えて聞くまい。 そんなことよりのび太。我のパーマンはどうした ﹁⋮⋮⋮⋮落とした﹂ 僕は、つい目を逸らしてしまった。 ﹂ 多分僕は、彼に嫌われたらどうしようと思っていたのだろう。 だが⋮⋮何故か僕は、ギルえもんにだけは弱味を見せたくなかったのだ。 本当ならば、﹁ギルえも∼ん﹂と彼に泣きつきたかった。 ﹁⋮⋮⋮﹂ ? さまいがきっとバレていた。 それに子供の嘘を見抜けないギルえもんではなかったし、恐らく目を逸らそうが逸ら た。だけど僕は、嘘を吐くのが下手だった。 自覚は無かった。奪われただなんて言ったら失望されるかもしれないから嘘を吐い ! 35 ギルえもんは、じぃとこちらを視る。 犬畜生ということか⋮⋮﹂ ﹁ふむ⋮⋮さてはあの野犬の仕業か。噛んで良い手の判別も付かぬとは、やはり所詮は ﹁⋮⋮⋮﹂ ﹁そうだんまりするのではないのび太よ。また新たに小遣いをやる故な、明日にでもま ﹂ た買いに行けば云い。我もそこまで続きが気になるわけではないし、現界中に読めれば それで云い﹂ ﹁⋮⋮ギルえもんさ、妙にジャイアンに優しくない 彼は妙に武に肩入れしていた。 今ならその理由はよく理解している。だが当時の僕から見たジャイアンは、ただの乱 ? とも思ったが、ギルえもんの話を聞く限りそうではない。 暴なイジメっ子だったのだ。 同族嫌悪の逆か そう、ギルえもん風に言うなら武は││ ? ﹁可能性が秘められているのだ。あやつは調教さえすれば、一流の猟犬に育つ素質があ 二話 武 36 ジャイアンが ﹂ る。お 前 と い う 凡 庸 の 英 雄 と 共 に 立 ち 並 ぶ 親 友 と な る 未 来 が 我 に は 視 え る ぞ。ク ッ クック﹂ ﹁⋮⋮僕の親友 ? ﹂ ? だがのび太、お前は違う。 最大限に引き出せないだろう。 もしあの野犬││ジャイアンとキザ男が組んだとしても、キザ男はジャイアンの味を がな。 ﹁あれは駄目だ。あのキザ男に野犬の世話は務まらぬ。悪友の枠には当てはまるだろう ﹁そうだけど⋮⋮﹂ るのだろう ﹁クックック。その目を見ればわかるぞのび太。あのキザ男のほうが適切だと思ってい しいことを僕は思っていた。 いつも一緒になって僕を虐めていたし、きっと良いパートナーになれる。と、嫌味たら もし彼に親友ができるなら、それはもう一人のイジメっ子のスネ夫こそが相応しい。 あり得ない未来だと僕は思った。 ? 37 お前なら、あの野犬の能力を最大限に引き出すことが可能だ。我が断言しよう﹂ ﹁⋮⋮ギルえもん、何言っているのかよく分からないよ﹂ ﹁じきに分かる時が来る。今はこれまで通り、素直にいじめられとけ﹂ ﹁そんなぁ⋮⋮﹂ 酷い言い草であるが、確かにギルえもんの言う通りだった。 ││剛田武。 昔は大嫌いだったアイツだが、今では僕の最も仲が良い友││親友だ。 今思えば、小学生のときの武だって、救いようがないほどの悪だったわけではない。 僕が消しゴムを無くしたとき、貸してくれたのはいつも武だった。 僕がマラソンで周回遅れするとき、背中を押してくれたのはいつも武だった。 武は常に僕の敵だった││でも敵だと思っていたのは僕だけで、武は僕を、友人だと 思ってくれていたのかもしれない。 ⋮⋮まぁ、今更それを武に聞くつもりはないが。 我が至上の宝具のうちの低ランクの物を幾つか使い、あの野犬が泣き喚くほどのイタズ ﹁だがのび太よ。我のマスターがやられっぱなしというのも気に食わない故な。どれ、 二話 武 38 ラをしてやろうではないかっ どうだ ! ﹂ ? いい案だとは思わぬかのび太よ﹂ ? ギルえもんに、認められたかったのだ。 要はない﹂ ﹁││精一杯努力して、アイツを負かすほど強くなってやる。だからいま仕返しする必 なぜなら││ だが僕は、常にそれを断った。 ギルえもんはよく僕のために宝具を使おうとしてくれた。 ﹁いつか僕が、アイツの頭に岩のようなタンコブを作るからね﹂ ﹁それ、何故 ﹁⋮⋮いや、別にいいよギルえもん﹂ 39 けようとする友達想いの良いやつなのだ。 普段は自己中心的な彼であるが、いざというときは自分を捨て石にしてでも友人を助 それにスネ夫だって救いようがない悪というわけではない。 彼の鼻に付くような態度も寛容に受け止めることができる。 は不快に思っていたが⋮⋮相手の理解を深めようと短絡的な思考を捨てた今の僕なら、 金持ちなのを鼻に掛けて自慢話を言い散らしていたスネ夫のことを小学生の頃の僕 ││まぁ今思えば、きっとそれがスネ夫特有の﹃味﹄なのだろう。 がらせを僕によくしてきた。 僕に暴力的な虐めをしていたのが武だとしたら、スネ夫は精神的なネチネチとした嫌 違う方向性の悪ガキだった。 骨川スネ夫。父親が会社社長で幼少期から裕福な生活を送っていた彼は、武とはまた 三話 スネ夫 三話 スネ夫 40 41 スネ夫のことを言い表すとしたら⋮⋮そうだな、﹃小悪党にもなりきれない善人﹄と 言ったところか。 彼を知る者なら否定するだろうが、僕は知っている。 彼の善性を、彼の人の良さを。 嫌味ったらしくも、何度も困る僕を助けてくれたから││僕はスネ夫という人間の良 さを、知ることができた。 ⋮⋮スネ夫は否定するだろうが、彼は武と同様、僕のかけがえのない友人だったのだ。 恐らくスネ夫も僕を友人だと思っていてくれたはずだ。 だってそうだろう││未だにスネ夫は僕との仲を腐れ縁だと吐き捨てるが、その腐れ 縁を切ろうとしなかったのは、少なからず僕のことを友達だと思っているからだろう るようなことを言ったことはない。 僕は一度たりともスネ夫の前で﹃お前は僕の友人だ﹄とか、そんな背中がむず痒くな い嫌味でそう返すはずだ。 そして僕も││﹃あぁ僕と同じだ。鎖のように固い縁で嫌になるよ﹄と、スネ夫っぽ ろう。 ﹃違う、切りたくても切れなかったんだ﹄││多分彼は、そんな感じの返答をするのだ ? 三話 スネ夫 42 そしてスネ夫も、僕を友人だとは言い表さない。 ││それでも僕らは、互いに友人だと思っているのだろう。 鎖のように固い縁は、簡単には切れない。 ★ 土曜の休日、電話でスネ夫に﹃良い物を見せてやるから空き地に来い﹄と呼び出され た。 良い物を見せてくれると言うのだから、期待して空き地に行こう。疑うことを知らな かったこの頃の僕は心躍らせて空き地に向かった。 ﹂ スネ吉兄さんのお土産なんだ ﹁おー、すごいなー ﹂ ! 一発でいいから僕も使ってみたいと、スネ夫に頼み込もうと思っていた。 で、この頃の僕にはスネ夫が持つ本物感溢れるエアガンは魅力的に映った。 だから僕は、少なからずエアガンに興味を持っていたのだ。安物しか見たことないの で、よく自作の的を射ていた。 そして射撃といえばエアガンだ││祭りのクジで獲得できるような安物のエアガン 僕は昔から射撃が得意だった。 の物は、全て僕の興味を引くような代物だったと思う。 ⋮⋮そういえばスネ夫はよく僕に自慢をしていたけど、僕一人を呼んで自慢するとき その綺麗な輝きに、この頃の僕の目は奪われた。 銀色に煌めくエアガン。 ! ? ﹁││へへーん。見ろよのび太、これおフランス製の最高級エアガンだぜ。いいだろぉ 43 ﹁ねぇスネ夫││﹂ ﹁おっとのび太。お前には使わせないからな ﹁えっ、そんな⋮⋮﹂ ﹂ ! けた。 そうだった、スネ夫はこういう意地悪な奴だったと、このときの僕はスネ夫を睨みつ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ してほしいものだけどね﹂ ﹁のび太みたいな貧乏には一生縁の無い代物なんだぞ 見れるだけでもこの僕に感謝 ! ﹁そんなに睨んでも貸さないよ∼だっ おいのび太、そこに空き缶があるから適当な 場所に並べてくれよ ! 僕ちゃんのおフランスの最高級エアガンで、撃ち抜くところを 見せてやるからさ∼﹂ ! ほ、ほんと ! !? しれないからさ﹂ ﹁││っ ﹂ ﹁そんなこと言うなよのび太。並べてくれたら、一発分だけ使わせてやる気になるかも ﹁⋮⋮自分でやんなよ。僕は帰る﹂ 三話 スネ夫 44 やったー ﹁ほんとほんと﹂ ﹁わーいっ ﹂ ! それを使わせてくれたことは一度たりても無かった。 スネ夫は口が上手く、僕は騙されやすい性格をしていた。 当然、スネ夫と交わしたこの約束が守られるはずなくて││ ﹂ !! ﹁よし、全部並べたな﹂ ﹁じゃあ貸してよスネ夫 ? スネ夫は馬鹿にするように舌を出した。 のび太なんかに貸すわけないだろ 何言ってんの ! ﹁はっ ? ﹂ スネ夫が僕にエアガンを貸すわけない。以前にも何度かは僕に物を自慢してきたが、 ⋮⋮この頃の僕は、本当に救いようがない阿呆だったのだ。 設置した。 僕はスネ夫の言葉を信じて土管の側に置いてあった空き缶を、空き地の至るところに ! 45 ﹁や、約束したじゃないかー ﹂ ﹁そ、そんなぁ⋮⋮あんまりだよぉ﹂ にはならなかったんだよ﹂ ﹁確かに﹃貸してやる気になるかもしれない﹄とは言ったな。でも残念ながら、そんな気 ! ﹂ ? とっとと家に帰って寝てしまおう。 ど う せ こ の ま ま こ こ に 居 て も ス ネ 夫 に エ ア ガ ン の 自 慢 を さ れ る だ け だ ろ う し │ │ 今日は休日だがスネ夫のせいでこのときの僕には大きな疲労感があった。 寝である。 所謂ストレスというものが溜まっていたのだ。そのストレスを解消する手段こそが昼 だったりする。勉強も運動できないという理由で毎日のようにからかわれていたので、 小学生の頃の僕は放課後、家に帰ったら高確率で昼寝をするのだがその理由がそれ 嫌な思いを解消するなら寝るのが一番だ。寝て、荒れた精神状態を元に戻す。 ⋮⋮このとき僕は、スネ夫を放置して家に帰り不貞寝をしようと考えていた。 気分が沈んだ僕に見せつけるように、スネ夫は的に向けて銃を構えた。 だろ ﹁へへっ、まぁちゃんと僕ちゃんが撃つところは見せてやるからさ。それだけでも光栄 三話 スネ夫 46 このときの僕は深い溜息を吐いた後、踵を返して家に帰ろうとした││ !! ﹁開口せよ、我が﹃多重次元ポケット﹄ ﹂ らだろう。多分土管がなかったら、彼は車道側にある遠くの塀に立っていたはずだ。 このときギルえもんが土管の上に立っていたのは、空き地にある唯一の置物だったか いて歩いてしまう。 とき、たまに僕は頭上の位置辺りにギルえもんの姿があるような気がして、つい上を向 僕と一緒に外出するときも、ギルえもんは塀の上に歩いていたな⋮⋮今でも外に出る もんが外で黄金の靴を土で汚す場面を僕は見たことない。 立ったことは一度も無かった。家の中では流石に床の上に足裏を付けていたが、ギルえ ギルえもんと過ごした一週間の日々を思い出してみたが、ギルえもんが地面の上に ⋮⋮そういえばギルえもんは、妙に高い場所が好きだった。 ││振り向くと土管の上に、仁王立ちをしているギルえもんの姿があった。 突如として響き渡る彼の黄金の声││ ﹁││尻尾を巻いて逃げるのはまだ早かろう﹂ 47 ギルえもんの背後に十個の剣が現れる。 ﹂ そしてギルえもんはその剣を、空き缶の方向に掃射した││十本の剣は、見事に空き 缶を射抜いた。 ﹂ ぼ、僕ちゃんが撃ち抜くはずだったのに∼ お前のモノは我のモノ ! ﹁あー ﹁フハハハハッ !! い。しかもあろうことか、その下賤の身で我に睨みを利かすだと ? ギルえもんの威圧︵ギルえもん曰く猫の威嚇程度らしい︶に恐れ慄いてスネ夫は平伏 この戯けが﹂ ﹁⋮⋮おい道化モドキ。我はお前に、我に対し気安く語りかけることを赦しはしていな ギルえもんもまた睨み返した。 スネ夫を歯を食いしばりながらギルえもんを睨む。 ﹁くっそ∼。ギルえもんめぇ⋮⋮っ﹂ !! ! ﹁えっ、ご、ごめんなさい⋮⋮﹂ 三話 スネ夫 48 した。 ﹁ほぉ、謝罪は一級品ではないか﹂ 言うではないか雑種 よい、特別に先程の不敬は赦してやる﹂ ﹁も、もちろんですよ∼。貴方さまに敬意を示せる至極の喜び、私、感動しています ﹁フハハハッ ! エ ア ﹂ ﹃空気砲﹄を使わすという点に限れば、スネ夫ほど適切なマスターはいないと思う。少 いてくれる。 場でしか使わん﹂らしいが⋮⋮彼は多分、ちょっと褒め殺しにすればすぐにその剣を抜 多重次元ポケットの中に貯蔵される最強の秘密宝具﹃空気砲﹄は彼曰く﹁それ相応の ギルえもんは褒められるとすぐに調子に乗るのだ。 ⋮⋮今思えば、ギルえもんの扱いが一番上手かったのはスネ夫だった。 この後もスネ夫はギルえもんを褒めちぎった。 ﹁クックック。当然のことを云うでない雑種﹂ ﹁い、いやー、ギルえもんさまはカッコイイなーっと﹂ ﹁何か言ったか雑種﹂ ﹁ははー⋮⋮ふっ、チョロ﹂ !! ! 49 なくとも僕はそう思っている。 ﹂ ﹁おい雑種。先程、我がマスターを蔑ろにするような発言が聞こえたのだが⋮⋮﹂ スネ夫はニコニコと狐のような笑みで僕にエアガンを手渡した。 のび太くん。約束どおり、僕ちゃんのエアガンを貸してあげるよ !! その自覚は以前からもあったのだ。でも彼の黄金に出会ってから、その自覚は前以上 のび太という人間は、常人より大きく劣った存在である。 求めてしまえば、僕は今以上に弱くなる。 ギルえもんの手は借りたくない。こんな偉大な方に、助けをこいたくない││助けを この頃の僕はきっと、それがとてつもなく嫌だったのだろう。 だ。そう、ギルえもんのお陰で、だ。 スネ夫はあくまでギルえもんに目を付けられるのが怖くて僕にエアガンを渡したの もんと出会ってからの僕は⋮⋮僅かにだが、変わっていた。 恐らくギルえもんと出会う以前の僕なら笑顔で受け取っていただろう。でもギルえ ⋮⋮確かこのとき僕は、スネ夫の一転した態度に心底からの不快感を覚えたのだ。 ! ﹁いえいえ、決してそのようなことは申していません 三話 スネ夫 50 に強くなっていた。 だからこのときの僕は││ ﹁⋮⋮別にいいんだぜ、のび太。明日返してくれればいいし﹂ スネ夫にエアガンを手渡したのだ。 そう心に言い聞かせ、僕は惜しい気持ちを同伴させながらも、この頃の僕はちゃんと 金をいっぱい稼ぎ、これ以上の物を購入してやるのだ。 でもそれをするときは今ではないのだと、このときの僕は我慢した。大人になってお を吐露すると、やはり一発だけ撃ってみたかった。 そう心に決めたこの頃の僕はスネ夫にエアガンを返そうとした。このとき僕の心情 エアガン以上の品質の物を購入しようではないか。 欲の発散をしてやる。僕がギルえもんのように大きくなったら││その時に、スネ夫の 使ってみたいという欲の否定はできない。だから、いつか自分で買って、そのときに ││我慢することを選んだ。 ﹁いや、やっぱいいや。大人になったらこれ以上の物を使うし﹂ 51 ﹁僕も別にいい。正直撃ってみたいけど、社会人になって給料貰ったときに買うからさ﹂ ﹁⋮⋮ふんっ。馬鹿なのび太のことだし、絶対に就職できないと思うけどね﹂ ﹁いやまぁそうかもだけど⋮⋮それは、これから勉強を頑張ってなんとかするよ﹂ ﹁⋮⋮そうかい。ま、僕は無理だと思うけどね﹂ スネ夫はそう言い捨て、エアガンをくるくると回しながら空き地を去っていった。 道路まで行ったとき││ ﹁⋮⋮お前、変わったよな﹂ ﹂ ボソボソとした小さな声でスネ夫は呟いた。 ﹁えっ。何か言った ? んだけが残っている。 スネ夫は振り向かずに、この頃の僕の視界から消えた││空き地には、僕とギルえも ﹁別に、何も言ってないよ﹂ 三話 スネ夫 52 ﹁どういうこと ことを赦す﹂ ﹂ ││射的という奴だ。確かのび太は射撃が得意だったな。その腕前、我に見せてみる ﹁のび太よ、我の戯れに付き合え。 そしてそれをこの頃の僕に投げ渡した。 ようなものを出した。 そう命じた後、ギルえもんは突如として多重次元ポケットを開き、そこから水鉄砲の ﹁いや、ただの戯言だ。忘却せよ﹂ ? 概察しが悪い﹂ ﹁そういうことを言ったのではないのだが⋮⋮あの道化モドキもそうだが、のび太も大 としてくれなかったよ﹂ ﹁まぁスネ夫は嫌がらせが大好きだからね。ギルえもんが来なかったら、きっと貸そう チャチな玩具を貸していればよかったものを⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮ あ い も 変 わ ら ず、不 器 用 な 男 で あ っ た な。最 初 か ら 素 直 に 我 が マ ス タ ー に あ の 53 ﹂ そして僕が設置した空き缶を押し潰すように、幾つかの金の的が出現した。 多分本物の金。純金である。 ﹁⋮⋮狙うのを躊躇っちゃう的だね。空き缶じゃ駄目 ず てっ つ秘密宝具だ。 ぽ う く う き ほ く う う き ほ う ﹃終末を告げる災禍の雫﹄は、我が持つ最強の剣﹃天地乖離す開闢の星﹄に次ぐ火力を持 み ﹁貴 様 も そ の 水 鉄 砲 を 使 う が 云 い │ │ な に 案 ず る な の び 太 よ。 そ の いう奴だろう。 さっき射抜いてなかったっけ、とこの時の僕は思ったが、それは突っ込んだら負けと ﹁却下だ。この我にゴミを射抜けとでも云うつもりか貴様は﹂ ? クックック。なぁに安心しろのび太。我も手加減せずに、﹃天地乖離す開闢の星﹄を 使ってやる﹂ ﹁うん。やっぱもう帰ろうか﹂ 三話 スネ夫 54 55 ギルえもんは気紛れで世界を滅ぼそうとする。いやまぁ、多分冗談だとはこの頃も今 も思っているが⋮⋮冗談だったのだろうか ││次の日の朝。 いたのだが⋮⋮その話については、ギルえもんのためにも詳しくは語らない。 勝負が終わったと同時にギルえもんは﹁寝る﹂と一言告げて、半日くらい霊体化して 競い合ったのだが、意外にも僕が圧勝した。 ちなみにこの後の話。玩具レベルの秘密宝具の銃を使いポイント制でギルえもんと ? ﹂ ! ! ! 一人を空き地に呼んでいたのではないだろうか ││今度スネ夫と会話するときにでもそれを聞いてみようか 今でもよく嫌味を言うし、それに聞きたくない自慢話を語るけど、そんな欠点も含め ら、きっと僕の予想は当たっているはずだ。 なぜなら、スネ夫と僕は腐れ縁だから││鎖のような固い絆で結ばれば幼馴染だか だけど僕には⋮⋮何となくだがスネ夫の気持ちが分かる。 単には語らないのだ。 ま、でもきっとアイツのことだし否定するだろうが││スネ夫は自分の本音をそう簡 ? とはいえあくまで僕の根拠のない予想なので、真偽はスネ夫のみが知るところだろう スネ夫が僕だけを呼び出すときに自慢する物は、全て僕が好みそうな物だった。 ? ⋮⋮最近になってやっと気づいたのだが、もしやスネ夫は元々僕に貸すつもりで、僕 スネ夫は性懲りもなく僕にまた物を自慢しようとしていた。 き地に来いよ ﹁おいのび太 おフランス製のあやとりの糸を買ってきたんだ 見せてやるから空 三話 スネ夫 56 て彼は骨川スネ夫なのだ。 僕にも使わせて だから僕は││ ﹁うんっ ﹂ ! 僕らは、友達だ。 何度も何度も、スネ夫の欠点に付き合ってやろう。 ! 57
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