第27回(平成27年度)日本農業研究所賞の選考経過報告

日本農業研究所研究報告『農業研究』第29号(2016年)p.000~000
第27回(平成27年度)日本農業研究所賞の選考経過報告
西 尾 敏 彦
(第27回日本農業研究所賞受賞候補者選考委員会委員長)
「第27回日本農業研究所賞」の選考経過と、受賞されました方々の業績につ
いてご紹介申し上げます。
平成27年度の、第27回「日本農業研究所賞」は、昨年7月に第1回の選考委
員会を開催し、全国430の個人・大学・試験場に推薦を依頼しましたところ、
11月の期限までに、重複1件を含む10件の応募がございました。そこで、対象
となります9件につきまして、本年2月と3月に都合3回、委員会を開催し、
慎重に審査を重ねた結果、つぎの3件を授賞候補に内定して理事会に報告し、
去る3月15日の理事会におきまして、正式に「日本農業研究所賞」の授賞が、
決定されたところであります。
今回、栄えある「日本農業研究所賞」を受賞されます方々と、その受賞業績
を、50音順に申し上げますと。
〇北海道大学名誉教授 太田原 高昭氏の
「北海道農業の振興に果たす農協の役割に関する研究」
○前 農業・食品産業技術総合研究機構 理事長 堀江 武氏の
「水稲の生育予測モデルの開発とアジア稲作の地球温暖化影響に関する研究」
○北里大学名誉教授 陽 捷行氏の
「農耕地から発生する温室効果微量ガスの評価と削減技術の開発・普及」
の3件であります。
以下、この3件につきまして、ごく簡単にご紹介申しあげますと。
まず、太田原髙昭氏の「北海道農業の振興に果たす農協の役割に関する研究」
でありますが、
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ご存じのように、太田原氏は農業経済学をベースにした「農協の史的研究」
に基づき、今後の農協の展開方向を一貫して提起してきた、わが国「農協研究」
の第1人者であり、日本協同組合学会会長、日本農業経済学会会長も歴任した
この界の最高権威でもあります。太田原氏の「農協論」は、総合農協の組織特
性を重視し、
「営農指導」と「販売事業による産地形成」を、農協活動の2つ
の柱に位置づけ、それを通じて、地域農業振興に果たす農協の役割を、明確に
してきたものであります。
太田原氏はまた、こうした農協研究の蓄積や成果を、中国・韓国・台湾の農
協、および農産物出荷を中心とした各種農民組織の調査・研究にも研究領域を
拡大してきました。氏はわが国の「総合農協」のメリットを、東南アジア諸国
の地域農業の発展、農産物の出荷・販売組織の育成に活かそうと活躍中で、こ
うした国際比較研究の成果もまた、高く評価されるところであります。
太田原氏の活動は、これまでも、北海道農業の発展に寄与してきたところで
ありますが、とくに2005年に、彼が委員長として取りまとめました「食の安全・
安心条例」は、北海道が全国に先がけて制定した、歴史的な条例でありまして、
太田原氏の功績と高く評価されております。この間、各種農業団体や多数の先
駆的な農業経営者などの交流、研究会を通じて、北海道農業の発展に貢献して
きました。
また2013年に出版されました『新・北海道農業発達史』は、この半世紀に及
ぶ耕種、畜産など北海道農業の動きを、各方面からの、多数の専門家の力を結
集して編纂したもので、座長で、それをリードした太田原氏の献身があって、
はじめて刊行が可能になったものと、高く評価されております。
つぎに、堀江武氏の「水稲の生育予測モデルの開発と、アジア稲作の地球温
暖化影響に関する研究」でありますが、
堀江氏は、生育中の水稲の環境応答の過程を観測し、これをモデル化して積
み上げることによって、高い確度で、気象の変化から、水稲の生育・収量を予
測できる数理モデル「SIMRIW」を開発しました。
SIMRIWは気温、日照時間、品種に依存するパラメーターから生育ステー
ジを割り出すとともに、太陽放射量から群落のネットの光合成量と葉面積の拡
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大を求め、それを受光条件にフィールドバックし、日々の生育の進行と収量を
算出する動的モデルであります。堀江氏は全国各地で標準品種「日本晴」を早
植えから遲植えまで作期をずらした栽培を行い、実測した気象データと生育過
程、収量の関係を検証することによって、パラメーターを定め、これらの栽培
に用いられる技術の水準において期待できる生育・収量をさまざまな気象条件
下で精度よく予測するエンピリカルモデル(経験則モデル)を確立しました。
堀江氏はさらに、このモデルの活用範囲を拡大し、品種依存性のパラメーター
さえ得られれば、世界のどこでも、気象の変動に応じて、水稲の生育・収量が
予測できる数理モデルを開発し、今日では、韓国・中国など、海外でも広く利
用されているところであります。
堀江氏はまた、温度とCO2の複合処理が可能な温度傾斜型温室(TGC)を
用いて、水稲の生育・収量におよぼすCO2濃度と気温の複合的な効果や、その
品種間差異を調査し、近い将来の、気温とCO2上昇が水稲の生育・収量におよ
ぼす影響を算定式化し、これをSIMRIWモデルに組み込むことによって、
地球大循環シナリオによる気温上昇とCO2濃度増大の予測値に対応する将来の
水稲生産に及ぼす影響を予測した。この予測では、わが国では総じて北関東以
北で増収、それ以南で減収が見込まれ、アジアでは温帯北部および熱帯赤道付
近の両極で増収、インドや東南アジアの内陸部で減収をもたらすことが予測さ
れております。
これらの先駆的な研究成果は「気候変動にかかわる政府間パネル」IPCC
の報告にも採用され、世界的な世論形成に貢献したばかりでなく、内外の研究
機関でも、高く評価され、広く活用されているところであります。
最後に、陽捷行 氏の「農耕地から発生する温室効果微量ガスの評価と削減
技術の開発・普及」でありますが、
ご存じのように、農耕地から発生するメタンと1酸化2窒素は、CO2とともに、
地球温暖化の原因物質とされております。CO2に次いで寄与の大きいメタンは、
その発生源が水田、湿地帯、家畜であり、次いで寄与の大きい1酸化2窒素の
発生源は農業に使われる化学肥料とされ、いずれも食料増産に伴う農業の増加
が発生急増の原因とされてきました。
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陽氏は、未だ地球環境問題が顕在化する以前の早い時期から、これら微量ガ
スの研究に着手し、従来「硝酸からの還元・脱窒」のみが原因とされていた1
酸化2窒素が、
「アンモニアから硝酸への変化の課程」でも、生成されることを、
明らかにしました。
地球環境問題が顕在化した1980年代以降は、微量ガス測定のための「クロー
ズド・チェンバー法」を開発し、各地で得られたデータを基に、農業に由来す
る、微量ガスの発生実態を明らかにしました。すなわち、農耕地から発生する
メタン、1酸化2窒素の地球温暖化への負荷を明らかにし、制御技術を開発す
ることに精力的に取り組み、成果をあげてきました。
また、微量ガスの発生を抑制する農法の開発にも努力され、メタンについて
は生ワラ施用の回避や中干し期間の延長で、1酸化2窒素については、硝酸化
成抑制剤や被覆肥料の使用で、それぞれ、発生を抑制できることを、明らかに
しました。
陽氏は国内では、これまで農業環境技術研究所理事長として農業環境科学と
その技術開発を先導するなど、多くの貢献をしてきました。いっぽうで海外で
も、研究の範囲をタイや中国にも広げ、国際的な研究ネットワークを組織化す
るなどと活躍中で、その活動は世界的に高く評価され、IPCC「第1次評価
報告書」(1990年)における主要執筆者の1人に招聘され、さらにその後も、
「地
球環境研究」の成果のとりまとめでも活躍されるなど、高い評価を受けている
ところであります。
以上が、今回、
「日本農業研究所賞」を受賞されたお3方の業績でありますが、
いずれも、わが国農業はもちろん、アジア農業、さらには世界の環境問題にま
で貢献する、すばらしい研究でありまして、「日本農業研究所賞」に、まこと
にふさわしいと考えるものであります。
最後に、本日受賞の栄に浴されました太田原高昭、堀江武、陽捷行の3氏、
ならびにその奥さま方に、心からお祝いを申し上げますとともに、今後ますま
すご健康に留意され、わが国の農業の発展のため、ご尽力下さいますようお願
い申し上げまして私の報告といたします。
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