2017 年 1 月 13 日 国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター (NCNP) Tel:042-341-2711(総務部 広報係) 神経傷害・神経疾患において オートファジーが神経突起構造の崩壊を促進するしくみ (GSK3B-MCL1-BECLIN1 シグナル系)を解明 国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP、東京都小平市、理事長:水澤英洋) 神経研究所(所長 武田伸一)疾病研究第五部の若月修二室長、荒木敏之部長らの研究グループは, 神経傷害後や一部の神経疾患において神経の突起構造が壊れていく際に、 「オートファジー」が神 経を積極的に壊す方向に寄与していることを示し、その構造崩壊促進機構を初めて明らかにしま した。 オートファジーは、もともと細胞が栄養欠乏に陥った際に、細胞内の分子や小器官を分解して エネルギー供給の材料とするしくみとして発見され、その後、蛋白や細胞内小器官の分解を通し て細胞の恒常性維持や機能調節など多様な役割を果たすことが明らかとなっています。神経細胞 においては、普段からオートファジーによるタンパク分解がいつも行われていることにより、異 常な蛋白の蓄積が防がれ、神経細胞の健全性が維持されているものと考えられていました。しか し、多くの細胞種においてオートファジーを引き起こす刺激となることが知られている「栄養欠 乏」によっては神経細胞でのオートファジーは誘導されにくく、神経細胞におけるオートファジ ーの制御機構には不明な点が多く残されていました。また、傷害や病気によって神経の軸索が徐々 に失われる(このことを神経軸索の「変性」と言います)際には、軸索中でオートファジーが活 発に起こることが観察されていましたが、オートファジーが軸索を壊そうとする反応なのか、壊 れるのを止めようとする反応なのかもはっきりしていませんでした。 今回我々の研究グループは、神経損傷などの神経を傷害する刺激によって、MCL1 と呼ばれるタ ンパクのリン酸化(*1)と分解が誘導され、これによってオートファジーを制御するタンパクの 一つである BECLIN1 が MCL1 から離れてオートファジーを強く引き起こす、というメカニズムを示 しました。更に、神経軸索中で活性化されたオートファジーは、軸索構造の崩壊を促進するとと もに、神経損傷部位に壊れた神経突起構造を貪食するマクロファージを呼び寄せて細胞の残骸を 処理する働きを高めていることがわかりました。本研究成果は、これまでに知られていなかった 神経細胞におけるオートファジー活性化機構を明らかにしたものであり、一般に細胞を保護する 仕組みであると考えられるオートファジーが、神経変性の際には細胞構造を積極的に壊す方向に 働いていることを示すものとして注目されます。この成果は,米国科学雑誌「Journal of Cell Biology(ジャーナル・オブ・セル・バイオロジー) 」オンライン版で、日本時間 2017 年 1 月 5 日 に発表されました。 (冊子版では 2017 年 2 月 6 日発行号に掲載されます) 。 1 国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP) ■研究の背景 2016 年のノーベル医学生理学賞を受賞された大隅良典先生(東京工業大学栄誉教授)がそのメ カニズムを明らかにされたことで注目された「オートファジー」は、もともと細胞が栄養欠乏に 陥った際に、細胞内の分子や小器官を分解してエネルギー供給の材料とするしくみとして発見さ れ、その後、蛋白や細胞内小器官の分解を通して細胞の恒常性維持や機能調節など多様な役割を 果たすことが明らかとなっています。 神経細胞におけるオートファジーの役割に関しても、活発な研究が行われてきました。これま での研究報告によると、人工的にオートファジーが起こらなくした神経細胞では、神経難病(パ ーキンソン病、アルツハイマー病、筋萎縮性側索硬化症など)で見られるのと類似した神経細胞 内の異常な蛋白凝集が観察されることが明らかにされたことから、神経細胞においては普段から オートファジーによるタンパク分解がいつも行われていることにより、異常な蛋白の蓄積が防が れ、神経細胞の健全性が維持されているものと考えられています。 神経細胞は、軸索や樹状突起と呼ばれる長い突起をもち、他の細胞と連絡することで機能して います。傷害や病気によって神経の軸索が徐々に失われる(このことを神経軸索の「変性」と言 います)際には、軸索中でオートファジーが活発に起こることが観察されており、オートファジ ーが神経変性の進行に関与する可能性が考えられています。しかし、多くの細胞種においてオー トファジーを引き起こす刺激となることが知られている「飢餓(栄養の欠乏)状態」によっては 神経細胞でのオートファジーは誘導されにくいこともわかっており、神経細胞におけるオートフ ァジーの研究は困難で、変性する軸索中で見られるオートファジーが軸索を壊そうとする反応な のか、壊れるのを止めようとする反応なのかもはっきりしていませんでした。 我々の研究グループは、2011 年、2015 年に発表した一連の研究において、軸索の損傷が起こる と軸索内の骨組みを形成している「微小管(*2)」と呼ばれるたんぱく(細胞骨格)の安定性を制 御するメカニズムが変化することによって神経突起構造崩壊が誘導されることを明らかにしまし た。 (図 1)このメカニズムにおいて、神経傷害後、GSK3B と呼ばれるリン酸化酵素が活性化して、 細胞骨格を不安定化して神経変性を誘導するシグナル伝達が起こることがわかっています。 ■研究の内容 今回,研究グループは、以前の研究で見出したリン酸化酵素 GSK3B が、MCL1 と呼ばれるタンパ クをリン酸化(*2)することにより、これまでに明らかにしたのとは別の細胞内シグナル伝達を 惹起することを明らかにしました。MCL1 は普段はミトコンドリアの膜上に存在しています。ミト コンドリア上では、MCL1 は、BECLIN1 というオートファジーを制御するタンパクの一つと結合し ていると考えられます。今回の研究の結果、神経損傷などの神経を傷害する刺激によって、神経 軸索内で GSK3B が活性化すると、MCL1 は GSK3B によってリン酸化されることがきっかけとなって BECLIN1 から離れて分解されてしまうこと、MCL1 から離れた BECLIN1 が、軸索の中でオートファ ジーを活性化することが明らかとなりました。 2 国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP) このようにして、神経軸索中で活性化されたオートファジーは、神経傷害後の変化にどのよう な役割を果たしているのかについて、研究グループでは更に検討を行いました。その結果、オー トファジーを起こすのに必要な分子の量が細胞内で減少した状態の神経細胞に傷害を起こすと、 神経軸索変性の進行が遅くなることがわかりました。さらに、神経細胞内で MCL1 の量を減らすこ とによって、BECLIN1 によるオートファジー活性化を人工的に誘導すると、そのことによって軸 索が変性する こともわかりました。これらのことから、神経軸索中で活性化されたオートファジーは、軸索 の変性を進める作用があることがわかりました。 我々の研究グループの以前の研究で示した「細胞骨格の不安定化」など、神経傷害後に神経軸 索を変性させる細胞内シグナルは、今回明らかにしたオートファジー活性化のほかにも存在する ことがわかっています。それでは、このようないくつかの細胞内シグナル経路の中で、オートフ ァジーの活性化は、他のシグナル経路とは違う特別な役割を持つのでしょうか。今回の研究にお いて、研究グループは、オートファジーがエネルギーを産生するための仕組みであることに注目 し、オートファジーによって軸索内で産生されるエネルギーが何に必要なのかを検討しました。 その結果、神経傷害後にオートファジーを抑制すると、変性によって壊れてしまった細胞の残骸 などを食べてしまう血液中の細胞(マクロファージ*3 と呼ばれる細胞)が傷害部位に集まりにく くなってしまうことがわかりました。これらの結果から、神経傷害後に神経軸索中でおこるオー トファジーは、神経軸索の変性を加速し、神経損傷部位にマクロファージを呼び寄せて細胞の残 骸を処理する働きを高めていることがわかりました。 ■研究の意義・今後の展望 今回の研究で、MCL1 の分解により BECLIN1 が引き起こす神経軸索中のオートファジーによって、 神経軸索の変性が起こることがわかりました。このようにして神経細胞の中でオートファジーが 誘導できることはこれまで全く知られていませんでした。今回の研究では、神経傷害をモデルと してオートファジーの役割についての検討を行いましたが、研究グループでは、このようなオー トファジーが、さまざまな神経の病気においてどのような役割を果たしているのかを今後検討す ることによって、神経難病などの治療に役立てることを目指しています。さらに、神経の発達過 程や学習・記憶など神経細胞の生理的な変化においても役割を果たす可能性についても今後検討 していきたいと考えています。 ■用語解説 1.リン酸化 タンパク質分子などにリン酸基を付加する反応。リン酸化によってタンパク質分子のはたらき が変化したり、細胞内での局在や他のタンパク質分子との会合状態が変化したりすることから、 細胞の生存や機能維持に極めて重要である。 2.微小管 細胞の構造を支える骨組み(細胞骨格)の一種。チュブリンと呼ばれるタンパク質が多数重合 3 国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP) したり、バラバラになったりすることで、細胞の形態維持や変化,細胞分裂,繊毛の運動など、 細胞のさまざまな機能に重要な役割を果たす。 3.マクロファージ 白血球の一種。貪食細胞などとも呼ばれる。死んだ細胞や体内に侵入した細菌などを捕食して 除去する機能、免疫における機能などをもっている。 ■挿入図と解説 (図 1)研究グループが以前の研究で示した細胞骨格の安定性制御機構 (図 2)本研究成果内容の概略図 軸索変性におけるオートファジーの生理機能 4 国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP) ■原論文情報 論文名: GSK3B-mediated phosphorylation of MCL1 regulates axonal autophagy to promote Wallerian degeneration 著者: Shuji Wakatsuki, Shinji Tokunaga, Megumi Shibata, Toshiyuki Araki 掲載誌:The Journal of Cell Biology DOI: 10.1083/jcb.201606020 URL:http://jcb.rupress.org/content/early/2017/01/03/jcb.201606020 ■助成金 本研究は、精神・神経疾患研究開発費(27-7) 、文部科学省新学術領域研究「脳内環境:恒常性 維持機構とその破綻」 (26111731、24111559) 、科学研究補助金基盤研究 C(24500398) 、武田科学 振興財団、ファイザーアカデミックコントリビューションの研究助成を受けて行われました。 ■お問い合わせ先: 【研究に関するお問い合わせ】 荒木敏之(あらき としゆき) 国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター神経研究所 疾病研究第五部 部長 Tel:042-346-1716 Fax:042-346-1746 E-mail:[email protected] 【報道に関するお問い合わせ】 国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター 総務課 広報係 〒187-8551 東京都小平市小川東町 4-1-1 TEL: 042-341-2711(代表) Fax: 042-344-6745 本リリースは、厚生労働記者会、厚生日比谷クラブに配布しております。 5 国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP)
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