トランプ氏の「米国への利益還流」法人税改革は実現す るか

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【第 126 回】 2016 年 12 月 20 日 森信茂樹 [中央大学法科大学院教授 東京財団上席研究員]
トランプ氏の「米国への利益還流」法人税改革は実現す
るか
トランプ次期大統領の法人税改革によって、多国籍企業が海外にため込んでいる利益を米国に還流することはで
きるだろうか
トランプ新大統領が掲げる
「還流税制」と「仕向地課税法人税」
トランプ米 次 期 大 統 領 の目 指 す法 人 税 改 革 については、法 案 作 成 権 限 を持
つ議 会 (共 和 党 )とのすり合 わせが進 んできたことに連 れ、その概 要 が少 しず
つ判 明 してきている。
トランプ次 期 大 統 領 は、現 行 35%の法 人 税 を 15%まで下 げると公 言 してい
る一 方 、IT多 国 籍 企 業 などが海 外 にため込 んでいる利 益 を米 国 に還 流 させる
ことを狙 った法 人 税 改 革 をテーマに掲 げている。
そこでここでは、法 人 税 制 の最 も興 味 深 い 2 つの改 正 案 、つまり低 税 率 国 に
留 保 されている米 国 多 国 籍 企 業 の利 益 への課 税 と、法 人 税 の仕 向 地 課 税 へ
の変 更 について、現 段 階 で得 られた情 報 を基 にその概 要 とともに実 行 可 能 性
を探 ってみたい。
前 回 (第 125 回 )で、米 国 企 業 がタックスヘイブンや低 税 率 国 にためている膨
大 な利 益 をどのように還 流 させるのかについて、共 和 党 とトランプ側 で協 議 が
行 われているとして、以 下 の 2 点 (要 旨 )を述 べた。
「わが国 を含 む多 くの先 進 国 は、国 外 所 得 免 除 方 式 をとっており、子 会 社 が海
外 で稼 ぎその国 で税 を支 払 えば、配 当 としてわが国 に還 流 させても非 課 税 とし
ている。一 方 米 国 は、全 世 界 所 得 課 税 方 式 をとっており、海 外 での税 引 き後
利 益 を配 当 として米 国 に還 流 させると、米 国 税 率 との差 額 を追 加 的 に米 国 で
課 税 される。このため企 業 は、米 国 に還 流 せず海 外 の低 税 率 国 ・タックスヘイ
ブンに利 益 を留 保 するという行 動 に出 る」
「共 和 党 は従 来 から、上 記 の企 業 行 動 を改 めさせるべく全 世 界 課 税 方 式 から
海 外 所 得 免 除 方 式 への転 換 を提 言 してきたが、民 主 党 ・オバマ政 権 に阻 まれ
てきた。一 方 トランプ案 は、海 外 に留 保 している利 益 をそのままで課 税 すること
を考 えている。双 方 が合 意 すれば、全 世 界 課 税 方 式 を改 めるとともに、海 外 に
留 保 された巨 額 の利 益 が米 国 内 に還 流 されることになる。これは米 国 経 済 に
とっては、きわめて大 きなプラスだ」
一時的な利益還流策をとっても
税率が低ければ効果は薄い
より正 確 に記 述 すると、次 のようになる。
両 者 (共 和 党 とトランプ側 )の目 的 は、低 税 率 国 に留 保 された多 国 籍 企 業 の
利 益 に課 税 しそれを還 流 させることである。トランプは、これを財 源 としてラスト
ベルト(錆 びついた工 業 地 帯 )のインフラ投 資 の財 源 に充 てると公 言 している。
その方 法 として、共 和 党 は、「過 去 」に海 外 子 会 社 で発 生 した所 得 には、一
回 きりの軽 減 税 率 (現 金 については 8.75%、それ以 外 は 3.5%)を課 し、「将
来 」分 については、企 業 が還 流 させても追 加 課 税 しない国 外 所 得 免 除 方 式 に
することを提 案 してきた(共 和 党 案 )。
一 方 トランプ側 は、還 流 するかどうかにかかわらず、米 国 企 業 が留 保 してい
る利 益 には発 生 時 に 10%で課 税 して、課 税 繰 り延 べを認 めないというもので
ある。
どちらも、「留 保 利 益 を還 流 させなくても配 当 したとみなして課 税 する」という
点 で共 通 しているが、課 税 されれば巨 額 なマネーが米 国 に「還 流 」してくる。
しかしこのような税 制 には問 題 もある。
留 保 しているままで課 税 することになれば、企 業 は国 籍 を低 税 率 国 に変 えて
租 税 回 避 するインバージョン(租 税 地 転 換 )に走 る可 能 性 が出 てくる(第 125
回 参 照 )。
また配 当 とみなしてワンショットで課 税 するという案 は、税 率 が高 いと企 業 は
還 流 をためらい、税 率 が低 すぎるとインフラ投 資 の財 源 に不 足 が出 てくる。
04 年 にブッシュ大 統 領 が行 った一 時 的 な利 益 還 流 策 (リパトリエーション税 )
は、配 当 として還 流 させたものの 85%は非 課 税 とするというものであった。米
国 法 人 税 率 は 35%なので、結 局 5%程 度 の課 税 (35%×15%)ということであ
る。
この税 制 の結 果 、下 図 のように米 国 企 業 のリパトリエーションは 04 年 に急 増
しており、還 流 効 果 はそれなりにあった。だが、還 流 資 金 の大 部 分 は自 社 株 買
いに使 われ、設 備 投 資 や雇 用 増 にはつながらなかったといわれている。お金 に
色 はついていないので、何 に使 われたかは明 確 ではない。
◆米 国 企 業 によるリパトリエーション
出典:みずほ総合研究所「みずほインサイト」(2015 年 2 月 18 日付 安井明彦・欧米調査部部長)
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注 目 すべきことが一 つある。それは、還 流 マネーには、アイルランドなどにた
めたユーロ建 ての資 金 などが含 まれているということである。それらの資 金 が
米 国 に還 流 する際 には、ドル買 いが生 じるので、還 流 が始 まった 04 年 の末 に
はドル高 ・円 安 となった。この点 には注 目 する必 要 がある。
仕向地課税法人税とは何か
消費税(VAT)とどう違う?
もう一 つは、法 人 税 を仕 向 地 課 税 (最 終 消 費 地 課 税 )に変 えるという提 案 で
ある。
仕 向 地 課 税 とは聞 きなれない概 念 だが、消 費 税 (VAT)がそうである。輸 出
時 にはその者 に課 税 されていた消 費 税 分 は還 付 され、仕 向 地 である相 手 国
(消 費 税 があればの話 だが)に輸 入 される際 に課 税 を受 ける。
トヨタがドイツに自 動 車 を輸 出 する際 には、トヨタの自 動 車 に含 まれる日 本 の
消 費 税 8%分 はトヨタに還 付 され、ドイツで輸 入 される際 に、ドイツの消 費 税
19%が輸 入 者 に課 せられるのである。これは間 接 税 の二 重 課 税 を防 ぐための
仕 向 地 課 税 という国 際 的 に合 意 されたルールである。
企 業 から見 れば、原 材 料 等 の輸 入 財 については付 加 価 値 分 の控 除 は認 め
られず、輸 出 財 については還 付 される仕 組 みということになる。
この税 制 (仕 向 地 課 税 法 人 税 )は、英 国 シンクタンクのマーリーズ・レビュー
(報 告 書 )の中 で提 言 され、またブッシュ大 統 領 時 の、米 国 大 統 領 税 制 諮 問 委
員 会 「成 長 及 び投 資 税 制 案 」(05 年 )の一 つでもある。その案 では、課 税 ベー
スは 、「売 上 から設 備 投 資 を含 む仕 入 れを控 除 し、さらに賃 金 を差 し引 いた
キャッシュフロー」となるキャッシュフロー法 人 税 も提 唱 している。トランプ案 がこ
れと同 様 かどうかは現 時 点 では明 確 ではない。
仕 向 地 主 義 法 人 税 のメリットは、法 人 税 率 が企 業 の立 地 選 択 に影 響 しない
ことである。海 外 に生 産 拠 点 を移 しても国 内 に輸 入 すれば課 税 される一 方 、国
内 生 産 でも海 外 に輸 出 すれば税 負 担 を負 わないからだ。
また、移 転 価 格 の操 作 による利 益 移 転 が生 じないという長 所 もある。
このため、社 会 保 障 などで国 内 的 に財 政 需 要 を満 たすために税 収 を確 保 し
たいというときに、法 人 税 率 を上 げても、企 業 の国 際 競 争 力 や立 地 競 争 力 の
確 保 には影 響 を及 ぼさないということである。
ドイツがメルケル大 連 立 政 権 の下 で消 費 税 を 3%引 き上 げた際 、ドイツ産 業
界 は強 い反 対 をしなかったが、それは消 費 税 が国 境 調 整 される(輸 出 時 には
還 付 される)ので、企 業 の国 際 競 争 力 を損 なわないということが大 きな理 由 で
あった。
ただし、消 費 税 (VAT)と異 なるのは、仕 向 地 主 義 法 人 税 の場 合 、賃 金 が課
税 されない(法 人 税 では賃 金 は損 金 で課 税 ベースに入 らない)ことである。そこ
で、国 内 生 産 を全 て輸 出 に充 てる企 業 は巨 額 な還 付 を受 けることになる。逆
に、輸 入 財 価 格 に織 り込 まれる海 外 の利 潤 には課 税 がなされる。
うまく実行に移されるとは
とても思えない
しかしこのような税 制 には多 くの問 題 が生 じてくる。
消 費 税 (VAT)は、インボイスによって個 々の取 引 ベースで課 税 ・還 付 するこ
とが可 能 である。しかし法 人 税 体 系 の中 でこれを行 うということになると、年 間
を通 じたキャッシュフローの計 算 をした後 にならざるをえないことになる。このよ
うなことが果 たして執 行 可 能 かという問 題 を生 じさせる。
輸 出 が還 付 されるということになると、輸 出 を巡 る膨 大 な不 正 が発 生 する可
能 性 がある。消 費 税 (VAT)はインボイスにより、取 引 相 互 間 のけん制 が働 く
仕 組 みになっている。
また、還 付 を受 ける輸 出 大 企 業 は、国 民 から「優 遇 税 制 」との大 きな批 判 を
受 けるだろう。一 方 輸 入 産 業 (例 えば中 国 から消 費 財 を輸 入 するような小 売
業 )は輸 入 に法 人 税 がかかり、それを顧 客 に転 嫁 するのは大 変 で、大 きな打
撃 を受 ける可 能 性 がある。すでに米 国 の小 売 輸 入 業 界 は大 反 対 のロビー活
動 を開 始 している。
税 収 的 には、輸 出 還 付 の一 方 で、輸 入 産 業 から課 税 することとなるので、輸
入 超 過 の米 国 では増 収 になるかもしれない。為 替 レートにも大 きな影 響 を及 ぼ
す。
もう一 つ大 きな問 題 は、世 界 貿 易 機 関 (WTO)の問 題 である。輸 出 時 に輸 出
分 の法 人 税 を還 付 するのは、輸 出 補 助 金 とみなされ、WTO違 反 となる可 能 性
が高 い。トランプは、「それなら仕 向 地 主 義 の消 費 税 (VAT)もWTO違 反 だ」と
いって水 掛 け論 に持 ち込 むつもりかもしれないが。
さらには、現 行 の法 人 税 制 度 と大 きく異 なるため、たとえばわが国 の外 形 標
準 課 税 のように、居 住 地 主 義 課 税 を行 う外 国 政 府 からは法 人 税 とみなされ
ず、同 国 企 業 が支 払 った税 金 が外 国 税 額 控 除 の対 象 にならないという問 題 も
生 じかねない。
そのほか、国 境 を超 える金 融 取 引 にはどう課 税 するのかという問 題 も残 る。
法 人 税 率 15%、仕 向 地 課 税 法 人 税 ──筆 者 には、現 実 にとても実 行 に移 さ
れるとは思 えないのだが……。
(中 央 大 学 法 科 大 学 院 教 授 、東 京 財 団 上 席 研 究 員 森 信 茂 樹 )