< パネルディスカッション > (1)Brexit の影響をどのように考えるのか ハーディング氏: Brexit について合理的なことを言うこと、どうなるのかを分析することは非常に難しいが、経済面に ついては英国の国内経済の需要にはあまり影響を与えておらず短期的な影響はあまり出ていない。ただ し、長期的には供給面で悪影響を与える。移民、外国からのFDIが減り、生産性、成長が低下すると 思われる。中期的には、一番見なければいけないものはポンド。為替に対するイギリスの輸出の弾力性 はあまり大きくなく、イギリスとしてはポンドが下がっても輸出はあまり増えない恐れがある。このた めポンド安に歯止めがかからなくなる可能性がある。 野上氏: Brexit の政治的・歴史的・国際問題的影響については、イギリスの有権者の中で離脱と投票した割合 は 3 分の 1。有権者の 3 分の 1 による意思表示で Brexit が決まったということは、直接民主主義をどう 考えるか各国における大きなテーマとなるだろう。どういった影響が今後出てくるかについては、イギ リス政府も着地点を決めていないし、イギリスの方向性が見えない中でヨーロッパがそれに対応するの も無理だ。また、イギリスが離脱の際、自分が欲しいものを提示したときヨーロッパが統一的に対応で きるかについて極めて疑問。中身については 27 か国のコンセンサスが必要だがEU委員会がまとめき れるかどうか。イギリス側の対応はよく言われるが、EU側が本当に対応できるかどうか疑問である。 (2)財政に対する今後の対応、方向性について 浜田氏: 財政が肥大化するといろんな問題があるということは確か。もし政府が債務を返済せざるを得なくな ったとき、政府は中央銀行に圧力を加えてヘリコプターマネーなどを実施することができるが、そうし た財政の拡大に伴うインフレの発生は、財政問題を解消させる一方で、国民に対して資産に比例した税 を課すことになる。マイナス金利についても、今までは政府が国債保有者に利子を払っていたものが、 逆に政府が国債を持っている人に税金をかけるということになる。そうなると、財政再建は理論的には すぐにできるが、当然ながらそうした方法が良いとは決して思えない。そこでさきほどのFTPLの話 になる。 金利を払うということは確かに生産的な行動ではない。財政負債が大規模になると金利を払うために 税金を集めるような状態になる。しかし、今日議論したFTPLという議論に立てば、デフレの状況で は赤字は国民に資産として持たせた方が国民の支出を増やすからよい、財政が赤字なのは悪ではなく、 景気の状況次第ではむしろプラスで恩恵であるという考え方が今後の主流になるだろう。ミクロの税金 の使い方、インフレの懸念などの問題は残るが、財政と金融のコンビネーションでインフレにならない ように上手くできるかが今後の課題だと思う。 1 (3)経済が上向くまで増税せずに待つとあったが経済が上向くために何をすればよいか ハーディング氏: 財政危機を心配する人に聞きたいことは、どのような財政危機を想像しているのかということ。どう やったらゼロ金利から財政危機になるのか私にはその過程がわからない。 債務問題の解決方法は5つ想像できる。①デフォルト、②経済成長、③税率を上げて返済、④インフ レ、⑤何も変わらず今のままが続く。日本の場合、債務を持っているのは日本人であるためデフォルト はない。移民が来たら話は別だが今の人口状態で成長する道もない。税率を上げての返済も今のような 高齢化社会では無理。ゆえに解決方法は④か⑤、特に一番可能性が高いのは今のままが続くと考える。 一番望ましいのは、順調な成長とインフレ。なぜなら景気が良くなれば財政出動の必要がなくなるから だ。過去 25 年の日本経済を見ると、経済が弱いため、税率を上げ政府支出を減らした際、すぐ景気が 悪くなり財政出動をするという繰り返しだった。債務削減の大前提はアベノミクスが成功してインフレ が 2%以上になること。債務はその後に心配したほうが良い。インフレ率を上げる魔法はない。成長して 失業者が減ると賃金が上がり、インフレ率も上がるだろう。 能見氏: 現在の国債発行残高は日本人の貯蓄や日銀のバランスシートとの見合いになっているが、それが限界 に近づいてきたという危機感を持っている。過度に財政支出に頼るべきではない。すぐに消費税を 10%、 15%、20%にすべきというつもりはないが、国債が今国内でファイナンスされているが海外のセクター にファイナンスされるようになったら危機のトリガーが海外勢に引かれる可能性はある。その意味で、 やはり財政規律、PBそういったものを常に意識して政策を行う、また、国民的な合意の下で長期の財 政再建のメッセージを発し行動する必要がある。しかも、この財政の問題こそが社会保障制度に対する 将来不安や国に対する様々なペシミズムの温床になっているように思える。消費増税を含め財政再建の 取り組みは、どのようなバランスの中で進めていくのが良いかという問題はあるが、進めていかねばな らないことは明らかだと思う。 (4)アメリカ大統領選後の政策展望と日本の対応について―TPPはどうなるのか、また日本企業の 気を付けるべき点について 野上氏: TPPの帰趨は 2 つに分かれる。一つは現政権の下でTPPが通る可能性、もう一つは次期政権で通 せるかどうかということ。今の政権内でTPPが通る可能性は 2~4 割の間。ヒラリー候補としては現 政権でTPP通してほしい。彼女自身は広い範囲での貿易協定が望ましいことをわかっているが選挙の 過程でネガティブな発言をしてしまった。共和党の中にもTPPを推進しようという意見もあり、今度 の上院選と下院選の結果によっても情勢は変わってくるだろう。 浜田氏: 日本人が、トランプ候補が大統領になったときのコストを考えずにトランプ候補をおもしろがって騒 ぎ立てるのは危険だ。トランプ候補にはどのようにして国民を良くするかという理念がないようにみえ る。 ハーディング氏: TPPについては選挙戦でサンダース候補は反対、トランプ候補も反対、ヒラリー候補はいろんな問 題があると言っている。その人達が選挙後にTPPをやりましょうとは言えない。今年TPP法案の採 2 択はないのではないかと考える。また、ヒラリー候補の方が勝つ可能性は高いと思うが、大統領として 何ができるのか、アメリカの政策がどう続くかについて心配している。 (5)日本からの中国、ロシアに対する見方とアメリカや欧州からの中国、ロシアに対する見方について 野上氏: トランプ候補サイドの対ロ政策は多分何もない。オバマ大統領のロシアに対する見方はきつい。ヒラ リー候補が大統領になっても e メール問題を除いても非常にきついのではないかと思う。 ヨーロッパは対ロ政策で足並みが揃っているのかかなり疑問。東ヨーロッパはロシアに対してかなり 強硬だが、フランスなどは制裁を解除したいと思っているなど統一のポジションがとれない状況。日本 のロシアに対する認識としては、領土問題の解決、また最近ロシアが中国に接近しており、極東の安全 保障のバランスを保つためロシアと中国の関係をどのように変えていくかが重要となる。 (6)日本の戦略について―どういう分野に注力すべきか、生産性の向上について 能見氏: 日本はグローバル競争で生き残れる条件を備えており、戦う意欲と戦い方の問題。全部自分で行うの ではなく、コアの部分を守りながらもその周辺の様々なものを他の企業や研究機関の参画を求めてやっ ていくという方向が、日本の産業を飛躍的に強くしていくためのきっかけになるだろう。新しい産業と して例えば、ロボットやAIの一部の技術などは先端的な研究が進んでいて、ロボット技術は日本の技 術が海外から買収される状況になっている。ただ、産業として立ち上げる環境がまだまだ弱い。大企業 もベンチャーなどのM&Aをやるなど企業経営者にもっとリスクを取って欲しい。政府頼みではなく、 自分たちでやるテーマがほとんどだという意識が大事と思う。 (7)アベノミクスの方向性、今後の課題について 浜田氏: ある企業の経営が上手くいかない場合、市場から退出させることが全体の生産性を高めることになる。 日本は置き去りになる人を助けようとするが、新陳代謝をもっと早くする産業構造に変えていかないと いけない。違った意見があるのに上手く言えない、違った観点がある人材を使いこなせていないという 点が、日本の構造問題としてある。ただ、政府は構造改革ができる方向に 7,8 割がた舵を切っている。 構造改革はどこの国でも難しいが日本が特に劣っているわけではないというハーディング氏の意見に 賛成する。 (8)日本の今後の戦略について ハーディング氏: 日本は他の国と比べて強みがある。構造改革は結構進んでいる。したがって悲観的になる必要は全く ない。アメリカ企業から学ぶ点があるとすれば、市場の創出だろう。アマゾン、グーグル、フェイスブ ックなどアメリカの企業は、技術が進んでいるから成長したというよりも新たなマーケットの創出が上 手かったという面が大きい。日本企業は研究開発で獲得した技術力は高いものがあるが、どうやってマ ーケットを広げるかといった、もう少しグローバルな観点からの考えが強まると良いのではないか。 イギリスがEUから離脱できるのは、地理的に安全保障面の懸念をあまり抱かずにすんでいるからだ。 日本は東アジアの安全保障の問題の存在などを考えればアメリカとの同盟以外の道があまりみられな い。 3 (9)外交安全保障の課題、今後の戦略について 野上氏: 自由民主主義に基づく戦後の国際秩序は日本にとって好ましいものだったが、これが欧米では中から の挑戦を受けており、アジアは外からの挑戦を受けている。それに対して日本は世界の秩序を守るとい う決意を明確に打ち出すべき時期だと考える。秩序維持のために日本も何かができるという意識を広く 持つ方が良い。アメリカやインドなど、日本と同じ考えを持った国と一緒になって世界秩序を我々が守 ると言って良いのではと考える。世界の秩序維持が自分の利益になるという意識が必要だ。 (10)移民問題の影響について ハーディング氏: 欧州の移民はほとんどが人口面の圧力がある中東やアフリカから来た移民である。そして地球温暖化 が進むにつれて、欧州に入りたい移民はもっと増えるだろう。 日本のことを考えれば、以前は移民が来ても良いと思っていたが、今の欧州の問題を見ると、本当に 移民を受け入れた方が良いのかどうか慎重に考える必要があると思っている。 (11)格差、グローバリズムの問題について 能見氏: 日本の格差問題は相対的にみればまだ間に合うと思っている。大企業を中心に労働分配率が大きく低 下しており、これが消費停滞などにつながっている。企業は勇気をもって賃金を上げてほしい。労働生 産性は、労働コストのカットではなく、付加価値引き上げ、サービスの価格化という方向性で高めてい くべき。また、ゾンビ企業撤退のためにも最低賃金を 1,000 円程度まで上げるなど、所得政策とセーフ ティネットを構築すべき。 (12)QEが段々と効かなくなってきた場合、国債買い入れは減額すべきか 浜田氏: 財政を使うと金利に上昇圧力がかかるため国債の買い入れを増やすという流れであればアベノミク スは上手くいく。景気が悪くなり金利も低下、国債の買い入れを拡大しなくても良いという状況では今 のままであり望ましくない。 ひとつ言いたいのは、将来の税負担についてはほとんど心配しなくて良いということ。日本ほど対外 資産を潤沢に持っている国はなく、そういう意味では日本の国債についてはそんなに心配しなくてよい。 ただ、国債を借りて利子を返してという行為自体は何の生産性も生み出すことのない無駄なことであり、 ミクロの国債負担コストが全くないわけではない。FTPLのいうところは、国債は価値がないわけで はない、国債を将来世代への負債という面だけで捉えるのではなく、需要が不足しているところに使う 有効な手段と捉えるべきだ。ヨーロッパの景気が悪いのは、金融政策ができないからと思っていたが、 貨幣を統一するために財政を縛りつけていることもマイナス要因ではないかという印象を持っている。 (文責:みずほ総合研究所) 本概要は、パネリストの方々の許可を得て、みずほ総合研究所が取りまとめたものです。すべての文責はみずほ総合研 究所にあります。 4
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