六道の神殺し ID:107077

六道の神殺し
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じます。
︻あらすじ︼
草薙護堂にNARUTOの力を持って憑依転生する話。基本原作
沿い。
プロローグ │││││││││││││││││││││││
目 次 1話 ∼会談∼ │││││││││││││││││││││
1
6話 ∼転校生∼ ││││││││││││││││││││
5話 ∼初邂逅∼ ││││││││││││││││││││
4話 ∼媛巫女∼ ││││││││││││││││││││
3話 ∼決着∼ │││││││││││││││││││││
2話 ∼模擬戦∼ ││││││││││││││││││││
7
15
25
35
45
57
プロローグ
その電話は、学校で護堂が帰り支度をしているときにかかってき
た。
ディスプレイに表示された通知不可能の文字を見て、不審に思う。
通知不可能。
これが表示されるのは、主に海外からの電話だ。それだけに電話の
主が誰なのか、判別つかない。
電話に出るか少しばかり考え、結局でることにする。
﹁やっと出たわね護堂。この私をこんなにまたせるなんて、ずいぶん
と礼儀知らずなんだから。
まあいいわ、あなたがのんびりやなのは分かっていたことだし﹂
1
開口一番とは思えない言葉である。しかし、この口調から、誰から
の電話なのか察する。
この電話の主│エリカ・ブランデッリは非常に我侭な女である。
この女は、間違いなく世界の中心で輝いているのは、己だと思って
いるタイプだ。ゆえに、言葉が少しばかり、いや、聞く人によっては
非常に不快に聞こえるものが多い。まあ、性根自体は悪い奴ではない
のだが。
それがわかっているので、護堂のほうも特に怒ることなく、返答す
る。
﹁あのな、エリカ。通知番号が分からん時は、基本的に俺は電話に出な
い。今度からはメールにしてくれ。
それなら差出人でエリカだとすぐ分かる﹂
﹁もう、無粋な事を言うのね。メールだと護堂の声を聞けないじゃな
﹂
い。あなたのことが愛しくて、声が聞きたいと思うのがおかしなこと
かしら。護堂のほうもそうでしょうし、いいでしょ
﹁あのな、エリカ。俺が覚えてる限りでは、前に会ってからそんなに
?
たってないと思うのだが、どうだろうか
﹂
﹁私がそれで我慢できると思ってるのかしら
﹂
またなにか厄介な揉め事⋮神様や魔王関連でなにか
したんだよ
﹁うん、聞いた俺が馬鹿だった。しかし急に電話してくるなんて、どう
?
?
﹂
ドニの奴はどうしたんだよ。あいつなら神
?
の相手が出来るなら、尻尾を振って喜んで飛び込んでくるだろ
しかし、なんで俺なんだ
ぽ ん 世 界 の 危 機 に な る ん だ。人 類 全 体 が 呪 わ れ て て も 納 得 す る ぞ。
﹁⋮はあ、やっぱり神様関係か。なんで毎度の事ながら、こんなにぽん
は、いつだって世界の危機に直結するぐらい大事になるのだから。
気持ちが急降下していく。だがそれもしょうがない。神が絡む事態
その言葉に護堂の、放課後を向かえ明日から休みだわーい、と言う
よ﹂
ることで、護堂にひとつお願いがあるの
﹁察しがいいわね、護堂。ええ、その通りよ、またまつろわぬ神に関す
﹂
あったのか
?
﹁⋮⋮分かった。分かったよ。はい、俺の負けですよ。糞、前に命がけ
だよね、と。
でない者達がこの発言を聞けば、こう言うだろう。
関の山だ。しかし、イタリアの、いや、全世界のある事情から表には
とつの国が消えるなどと、本来であれば、酒の席のつまみになるのが
さらりとエリカはとんでもないことを言う。一個人を捕まえてひ
になるわ﹂
の神殺しの方々に頼むと、おそらくイタリアが地上から消滅すること
が貴方しか⋮⋮曲がりなりにも魔王である護堂しかいないのよ。他
我の療養中よ。そしてサルバトーレ卿が動けない今、私が頼める相手
﹁あのね護堂、サルバトーレ卿なら、貴方が山ごと吹き飛ばした時の怪
?
2
?
﹂
の戦いをしてからまだ一月程度だぞ。⋮でだ、俺はなにしたらいいん
だ
﹁さすが話が早いわね。マイペースなのが欠点ではあるけど、その察
﹂
捨てたりしてないよな
しのよさはとても好きよ。⋮とりあえずイタリアまで来てもらえる
かしら、そこで詳しいことは話すわ﹂
﹁了解。俺がこの間渡したお守りあるか
﹁どうしたんだよエリカ、俺またなんか悪いことしたか
?
から治さないといけない悪癖がたくさんあるわ。おかしなことを口
﹁あのね、護堂。貴方は私のことをあれこれ言うけれど、あなたも根本
│││││││││││││││││││││││││
の草薙護堂がそこにいた。
さきほどまでエリカが話していた相手、数千キロかなたにいるはず
﹂
がら、エリカの剣を指先でつかみながらこう言い放った。
を突きつける。剣を突きつけられた人物は暢気そうにあくびをしな
ディ・レオーネを手元に呼び出し気配の主に向けて振り向きざまに剣
か っ た の だ。胸 の う ち の 感 情 を 押 し 殺 し 彼 女 の 愛 刀、魔 剣 ク オ レ・
一度レベルの神童だ。そのエリカが、近くに寄られるまで気づかな
6にして大騎士の称号を授かるほどの天才である。これは10年に
気配が現れる。驚愕にエリカの顔が歪む。エリカは魔術世界で、齢1
プツン。いきなり通話が切れた。そしてエリカの後ろに突如人の
﹂
⋮⋮護堂
?
﹁いま手元にあるわ。このお守りがどうしたのかしら
?
?
?
﹂
にしたり、重要なことを相手をおどろかしたいなんて理由からだまっ
ていたりね
!
3
?
じとっとした目つきでエリカは護堂を見下ろしながら言う。そし
てこの言葉をたたきつけられた護堂は床に正座させられているのに
反抗する。
﹁いやーまあね、まあね。確かにエリカの言うことも、俺は分かるよ。
しかし、しかしだ。男の子には可愛い女の子をびっくりさせて、驚か
したいという思いがDNAのなかに刻み込まれているんだよ。この
思いはきっと、何歳になってもかわらんだろうな﹂
後悔や反省の態度をまったく感じさせない口調と暢気さで、悪びれ
しかし驚
もなく頭の悪いことを言い放つ。このマイペースに生きる点こそ、草
薙護堂のおかしさの真骨頂だと言える。
﹁⋮⋮はあ。このひとはどうしてこんなにあれなのかしら
﹂
て、頭が痛くなってくるのを自覚するエリカだが、同時にいまこの床
で反省︵形だけだが︶の正座をしている男の子が、当然のごとく神秘
の秘奥を体言することに畏怖の感情を抱く。今、エリカが口にした長
距離転移、これは魔術のなかでも最高峰に位置する代物である。エリ
カは、もしスポーツの選手ならオリンピックで金メダル確実と称され
るほどの天才だ。そんな彼女でも空間転移は使えない。いや、おそら
く彼女を超える地や天を極めた魔女や、彼女が信頼してやまない欧州
しかし、それも護堂であ
最高の騎士パオロ・ブランデッリですら使えないだろう。そんな秘術
を息をするように行う、それも数千キロも
ああ、飛雷神のことか。いや、なんか驚いてくれたのは
の世に7人しかいない、最強の称号を持つのだから。
﹁長距離転移
4
いたわ護堂。あなた長距離転移まで使えたのね
?
振り回したつもりが振り回されている。護堂の厄介な特徴に対し
!
るならば当然かと納得する。なにせこの少年は、自分が愛する上にこ
!
目的通りで、嬉しいんだけど、これそんなに便利な術じゃないぞ。移
?
もしかしてこのお守りって﹂
動したいところにマーキングしとかないと飛べないし﹂
﹁マーキング
﹁そ。それに俺のチャクラ、エリカたちは呪力っていうんだっけ
こめてあるからここに転移できたたけだよ﹂
を
まるで使い勝手が悪いかのような物言いだが、それでも日本からイ
タリアまで転移できるだけでとんでもないのだが。まあ、この人のお
かしさは、今に始まったことじゃないかと無理矢理に納得する。
色々と言いたいことはあるが今は
﹁もう怒ってないから、正座をくずしてもいいわよ。それよりも護堂。
﹂
愛する二人がこうしてひさしぶりにあったのだから、なにをするかな
んていわなくても分かるわよね
かにすることがあるだろう
﹂
﹁うーむ、エリカ。こういうのも俺は悪くないとは思うのだが、今はほ
かったのもあるだろう。あっさりと後ろに倒れこむ。
てふらつかないほどではない。また、正座を崩した直後で体勢が悪
力が強いがそれでもそこそこの大きさの女の子が胸に飛び込んでき
葉とともに飛び込む。護堂は平均的な同年代の男子に比べ、はるかに
先ほどまでの態度はどこへやら。正座を崩した護堂の胸に甘い言
?
顔をたてて引いてあげるわ﹂
﹁ふん、こんなので終わらすつもりはないのだけれど、今回はあなたの
が、少し緩む。
リカの頭を、また今度なと軽くなでる。それだけであきらかな不満顔
押しのけられたのが不満なのか、エリカが口を尖らせている。そのエ
そういいながらあっさりと上にいたエリカを押しのけ立ち上がる。
?
5
?
?
不満さとは無縁の声で答えるのだった。
6
1話 ∼会談∼
ついてきてほしいところがある。エリカに﹃頼み﹄とはなんなのか。
そう尋ねた護堂に対しての、どこかに電話しながらの、エリカの返
答である。
さっきから、エンジンの唸り
そしてエリカに共に車で移動することになったのだが、
﹂
サスがついてないのか
﹁エリカ、本当にこの車は大丈夫なのか
方がおかしいぞ
尻が痛くなってきた
を。まさか、こんなに車の運転が乱暴だなんて
こっちが逆走してるのか
﹂
⋮⋮⋮ ち ょ っ と 待 て。今 隣 を 車 が 逆 走 し て い っ た ぞ
⋮ あ あ 違 う、
し、安 全 だ。一 般 道 で 出 す に は、明 ら か に こ の 速 度 は お か し い。
﹁くそ、俺は降りるぞ。どう考えても、自分で飛んでいくほうが安心だ
!
リカがわざわざ直属にする以上、何かしらのおかしな要素があること
上 げ し て 感 心 し た ほ ど だ。だ が 違 っ た。考 え る べ き だ っ た の だ。エ
なエリカも、たまにはまともな判断をするのだなと、自分の行動を棚
リカの行動の方針、その大前提には﹃面白いかどうか﹄がある。そん
にしては、普通に見えるなと護堂は少し失礼な感想を抱く。なにせエ
エリカの御付のアリアンナと言う人を紹介された。エリカが雇う
詰った口調である。だがしかたない。さきほど
普段はマイペース気味で、暢気な返答が多い護堂にしては、切羽
!
!
!
でも逃がさないわ
﹂
けれど⋮まあ、貴方の場合はたぶん飛び降りても大丈夫でしょうね。
﹁あら護堂、どう考えてもこの速さで飛び降りるほうが危険だと思う
!
からエリカの心の声が、己のチャクラー呪力を通して伝わってくるの
ドアを開けようとした護堂の腕を、ガシリとエリカが掴む。その手
!
7
!
!
を、護堂は感じる。
あなたがいないと、もしなにかあったとき誰が私を守るのかしら
それに、場所を知らないでしょ
?
のは、こんなときでなくてもいいだろうに
それなら、仮に神獣がエリカを襲ってきても大丈夫だ。うん、そ
⋮⋮無力だ
︶
︵諦 め よ う。俺 に は き っ と 相 手 と、分 か り 合 う 力 が な い ん だ。俺 は
︵本当は違うが︶、とうとう護堂のほうが折れる。
ていても怖いものがあるのを、全く理解してくれないエリカの姿勢に
冷徹な言葉と共に、護堂の提案は切り捨てられる。大丈夫と分かっ
るじゃない。むしろ、この車と追突した相手を心配するべきね﹂
﹁却下よ。そもそもあなた、大型車が追突しても須佐能乎で守りきれ
放すわけないのだが。
だとしても面白さ第一のエリカが、こんなに狼狽している護堂を手
るだろう。
護堂の飛行能力は、魔女が使う飛翔術より速い。快適なフライトにな
堂なら1分以内に片をつけれる。最強のボディーガードだ。さらに
確かに仮にエリカが神獣に恨みを買っていて、襲われたとしても護
うしよう﹂
う
場所はエリカの呪力を追えばいける⋮⋮そうだ、だったら一緒に行こ
﹁大丈夫だエリカ、お前の魔術は強い。俺がいなくてもなんとかなる。
!
こんなときに自分の力が少しばかり恨めしくなる。心が通じ合う
?
絶望が護堂の心を埋め尽くしていく。きっと出荷される牛に心が
!
8
!
あれば、こんな感情を抱くのだろうと、自分の世界に沈んで逝くので
あった。
││││││││││││││││││││
絶望の時間が終わり、たどり着いたのはとある姫君が使っていた館
を改装したというホテルだった。
車から降りると同時に、自身の足で大地に立つ感触を、護堂は堪能
。そう少し涙を流す護堂の耳に今、おかしな会話が聞こ
する。内臓が、口まで上がってくるような感覚が消えていく。やっぱ
大地が一番
えてきた。
﹁私 た ち は 行 っ て 来 る わ。ア ン ナ は こ こ で 待 っ て い て も ら え る か し
ら。帰りもお願いするわ﹂
﹁分かりました、エリカ様。では会合が終わるまで、こちらで待機して
おきます﹂
なにを会話しているのかイタリア語がさっぱりな護堂には分から
ないが推測するに、帰りもあの車に乗るのだろう。そこまで考え護堂
は決断する。用件だけ聞いたら、さっさと飛雷神で日本に帰ろう。そ
う決意するのだった。
││││││││││││││││││││
ホテルの中に入りカウンターによらずに、エリカは早足に突き進
む。その後ろを青い顔をした護堂が、黙々と何も聞かずについてい
9
!
く。そして一室の前でエリカが立ち止まる。
﹁護堂、わたしがよぶまで待機していてもらえるかしら。本来、あなた
の 身 分 な ら V I P ル ー ム で 待 っ て い て も ら う の が い い の だ け れ ど。
ただ、今回はそうもいかないの﹂
エリカにしてはもうしわけなさそうな口調で告げてくる。別に護
また、なにか
堂としてもVIPルームなぞどうでもいいので、構わないのだが、そ
うもいかないと言うのが気になる。
﹂
﹁別にいいぞ。ただ、そうもいかないってのはなんでだ
しらの政治的な理由か
││││││││││││││││
た。
ポケットからスマホを取り出し、電子書籍アプリを立ち上げるのだっ
と訴えると部屋の中にはいっていった。そして一人残された護堂は、
そう告げるとエリカは何も言わず、ただ目で、もっと反省しなさい、
要な事を言わないって怒ったわけか、納得﹂
0秒に短縮されたせいで、計画が全部狂ったのか。そうか、だから重
のに、その張本人は空間を飛び越えて、一日かかる予定が、わずか1
﹁本当なら部屋を取っておいて、俺はそこに待機する予定だった。な
な理由になるわね﹂
以上、予定通りに開く意味がなくなったわ。そういう意味では政治的
この会合は、護堂が来てから開かれる予定だったの。でも護堂が来た
﹁いいえ、違うわ。単純にあなたが来るのが早すぎたのよ。本来なら
?
30分ほど経っただろうか。充電を忘れていたため、バッテリーの
10
?
残量が切れかけのスマホを眺めながら、雷遁は直流なのか交流なの
か、そして発電機の変わりになれるのか考えていた、護堂の元に部屋
に入ってくれとエリカからメールが送られてきた。ちなみに入る際
に、普通とは違う方法で入ってくれとの要望があったので、エリカが
持っているお守りを目印に、部屋の中に飛ぶ。そんな明らかに、異常
な方法で部屋にいきなり出現した人物にエリカを除く3人の人影が
驚く。
﹁始めまして、草薙護堂といいます。以後お見知りおきください﹂
エリカと同じ魔術師なら、日本語が通じるだろうと考え名を名乗
る。
そう自己紹介する護堂にいたずらを成功させた子供のような笑顔
でエリカが答える。
﹁お越しいただき真にありがとうございます、草薙王よ。あなたの第
一の騎士エリカ・ブランデッリの願いを叶えてくれたことに感謝しま
す﹂
部屋に入る前までの軽さがうそのようなかしこまった物言いであ
る。だが無理もない。いまこの部屋にはエリカと同等の大騎士に魔
術結社の総帥が2人いるのだ。そんなところで、護堂と談笑じみたこ
とをすれば、護堂自身が軽く見られることになる。エリカの考えを理
解しているので、特に護堂のほうもエリカの口調に突っ込みを入れな
い。護堂としては多少低く見られても、別にかまわないのだが。そん
な中、驚きから覚めたのか部屋の中にいた人たちが、護堂に対して日
本語で自己紹介をするのだった。
││││││││││││││││││
11
全員がお互いの名前や立場を確認できたところで今回、なぜ神殺し
の魔王である護堂がここに呼ばれたのか説明される。
神殺しの魔王、現代ではカンピオーネとも呼ばれる人類最強の王者
である。かれらはその名の通り神を殺し、神々が持っていた異能の力
│権能と呼ばれる│を奪い取り常人、いや魔術師であろうと起こせぬ
ほどの奇跡を手足のごとく扱うことが出来る。
また、魔王となるまえの人間であったころに、本来であれば人間ご
ときに神を殺すことができない、この当たり前の常識を打ち破り、神
に勝つ偉業を成し遂げた彼らは、魔術世界において王族のごとき敬意
と畏怖を払われる。そんな神殺しが唯一、しなければならない義務が
ある。かつて成し遂げたように、この世に降臨し災厄と破壊をもたら
す神々を殺すことだ。
そんな魔王の一人である護堂しかできない神様がらみのことと聞
いていただけに、これは正直護堂としても、予想外であった。
﹁まさか、エリカと戦うことになるなんてな。てか、あの人たち疑り深
いにもほどがあるだろ﹂
ため息をつきながら、疲れたサラリーマンのような声でつぶやく。
﹁あら、そうかしら。あれぐらいでないと権謀術数うずまく世界では
やっていけないわよ。まあ、護堂には政治的なしがらみなんて、無縁
のことだから関係がないでしょうけど﹂
あのあと自己紹介をし、エリカから告げられたのは、この人たちに
護堂の力を見せてほしいとのことだった。
本来なら、神がらみの問題は欧州では、護堂と同じカンピオーネの
一人であるサルバトーレ・ドニのところに、話が行く。
だがドニは、一月前の護堂との死闘での怪我が癒えてない為、神と
戦 う か も し れ な い 案 件 に 関 ら せ る わ け に は い か な か っ た の で あ る。
12
そこで、エリカは今回7人目の魔王である護堂に、頼むつもりであっ
た。
しかし、それに待ったをかけたのがあの部屋にいた、総帥たちであ
る。
いくら療養中とはいえ、盟主であるドニに話を通さず、外国のカン
ピオーネに助力を請うなどあってはならない。また、護堂自身カンピ
オーネになって半年もたっていない。そんな経験の浅い魔王で信用
できるのだろうか。これが総帥たちのだした結論だ。ならば実力が
確かならだいじょうぶなのですね。エリカがこう言い放ったらしい。
そして護堂が飛雷神で早く日本に帰りたいんだけど、と思っている間
に、エリカと模擬戦をして力を示し、総帥たちを納得させるという流
れになったのである。
﹁でもな、エリカ。別にこんなことしなくても俺がいいから話な、あん
13
らたうまい話をしってるんだろ。だせよ、ほらはやくよってやったら
誰もさからえないんだろう﹂
どう聞いてもチンピラのようなやり方だが、事実これをされると魔
術師はだれも護堂に逆らえない。護堂に逆らえるのは、同格の魔王か
神話の中の住人だけなのだから。
﹁そうね、一番手っ取り早い方法ではあるわね。でもね、護堂、この模
擬 戦 は わ た し に と っ て も 重 要 な の よ。私 は 前 々 か ら 思 っ て た の よ。
護堂と一度戦ってみたい。その力を直に確かめたいって。確かに私
﹂
は護堂の戦いを、近くで見てきたわ。それでも見るのと、実際にやる
のは全く違うわ
﹁戦いに対しても情熱を注ぐ。エリカらしいとはいえ、物騒だな。俺
りかけてくるのである。
どこか夢見る少女のような面持ちで護堂の肩によりそいながら、語
!
のように平和主義者の思考にはわからん﹂
神殺しの魔王としては異端の言葉をつぶやく。そして、そんな矛盾
した言葉を見逃すほど、エリカは甘くない。
って力強く主張してたじゃない﹂
﹁平和主義って思考じゃないでしょ護堂は。むしろ戦争はなくならな
い、人類が生きてる限りな
その言葉に対して護堂も力強く言い返す。
﹁だからこそさ。叶わない願いだからこそ、主義主張になり理想とし
てあり続けてくれる﹂
草薙護堂16歳、彼は行動は別にして平和︵になったらいいな︶主
義者である。だから今も彼は祈る。
世界の平和を。
自身の尻に、振動とエンジンの唸りを感じながら。
14
!
2話 ∼模擬戦∼
護堂が尻の痛みに耐えながらたどり着いたのはオアシスだった。
いや、実際にはオアシスなどではないのだが、先ほどまで地獄にい
た護堂には
地面があるだけでそこは天国に変わる。護堂がたどりついた天国。
そこはガルガーノ国立公園という場所だ。護堂自身は初めて来た
が、自然が多い。
そしてここなら、護堂の力を存分に発揮出来るだろうとのことだ。
最初は、コロッセオ近くのパラティーノの丘と言う場所で、模擬戦を
行う予定だったらしいが、エリカがこちらにしたらしい。
エリカ曰く
護堂があんな場所で力を振るったら世界遺産が滅ぶ
15
との事。
エリカの発言を聞いた総帥たちは、その提案を聞き入れ、こちらで
戦うことになったのだ。
護堂としてはいささか、納得がいかない。いくらなんでも、世界遺
産を粉砕するようなまねはしない。
確かに自分も山の一つや二つは破砕するかもしれないが、さすがに
貴重な物を壊す気はない。
もしそんなやつがいるとすれば、そいつは後先を考えず、その場の
思考で生きるタイプだ。
﹂
そう考えている護堂の視線の先で、エリカが後から来た総帥たちを
迎えている。
その中から一人、前に進み出る。
﹁ふむ、本当に私などが立会人でかまわないのかね、
﹃紅き悪魔﹄殿
そう疑問を投げかけたのは、﹃紫の騎士﹄と名乗った人物だ。
?
その疑問に対し、エリカも明朗に返答する。
﹁私などとはご冗談を。﹃紫の騎士﹄の活躍はこのエリカ・ブランデッ
リも聞き及んでおります。だからこそ、今回の立会人をおねがいした
のです﹂
こう返されては、立会人を断るわけにもいかない。了解したと﹃紫
の騎士﹄も気持ちのいい返事を返す。
ところで、この﹃紅い悪魔﹄や﹃紫の騎士﹄という呼び方だが、こ
れは魔術結社が代々受け継いできた名前である。
この称号を預かることは、非常に名誉なことらしい。そして護堂の
認識では、市川團十郎みたいなものかとなっている。
護堂もいつかは二つ名を名乗ろうと、画策している。そしてその名
前候補もすでに考えているのだ。
閑話休題
この場にいては戦闘の余波に巻き込まれるかもしれない、距離を
とったほうがよろしいかと。
﹃紫の騎士﹄のこの勧めに従い、二人の総帥はこの場から姿を消す。
それと同時にエリカと護堂も距離をとる。
﹁エリカ、ルールはさっき言ったとおりだ。どちらかが降参したら戦
闘終了。明らかにこれ以上の戦闘行為が不可能かもしれない場合は
一旦中止、レフェリーの判断で決着。あとはなんでもあり、これでい
いな﹂
さきほど車の中で交わした約束を、改めて口にする。これにより審
判役を勤める﹃紫の騎士﹄もある程度判断しやすくなる。
それに対してエリカのほうも首を縦に振る。
16
﹁ではお互い準備は良いですね、⋮⋮⋮始め
﹂
エリカと護堂。二人の模擬戦の口火が切られた。
│││││││││││││││││││││││
先に動いたのは当然エリカだった。
﹁鋼の獅子と、その祖たる獅子心王よ。│騎士エリカ・ブランデッリの
誓いを聞け﹂
エリカが呪文を唱えだす。それにあわせてエリカの呪力が高まっ
ていく。エリカが言霊により自らの呪力を操作しているのだ。
﹁我は猛き角笛の継承者、黒き武人の裔たれば、我が心折れぬ限り、我
﹂
が剣も決して折れず。獅子心王よ、闘争の精髄を今こそ我が手に顕わ
し給えー
に護堂に突きつけた剣だ。
﹁さあ、いくわよ。クオレ・ディ・レオーネ
人。人の形をしているだけの何か。
﹂
だがそれに相対するは、世界に現在7人しかいない真正の怪物の一
れほどに速い踏み込みだ。
恐らく剣道の有段者でも、このエリカの動きには対応できまい。そ
が人のそれではない。
エリカが剣を構え、護堂に接近する。その動きは、とてもではない
!
17
!
その言葉が終わると同時、エリカの手に剣が現れる。つい数時間前
!
当然護堂もその動きに対応し
﹁待てエリカ。いきなり心臓狙いで突きは危ないだろ
⋮ッ。あっぶ
ね。今のがあたったら首が飛ぶぞ。エリカ、なんでもありとは言った
が
殺す気の一撃までOKといってないぞ﹂
情けないことを言っていた。その声に観戦していた誰かが、こけそ
うになる。だが仕方ない。護堂の近接戦闘能力は素の状態だと、エリ
カと同等なのだ。その同等の相手が武装していて、自分は徒手空拳。
誰でも、弱音の一つくらい吐きたくなる。
だが、そんな願いをエリカが受け入れるわけもなく
﹂
﹁護堂、勝負に待てはないわ。それになんでもありに同意したでしょ
う。今更そんなこと
を言っても遅いわよ
る。それでも護堂は閃光の如く、繰り出されるエリカの斬撃を必死に
避ける。避けきれないと感じた時には、近くの石を拾い数秒だけも
つ、盾代わりにする。
そんな状態が少しの間続く。護堂も石を使い反撃する。その石を
迎撃するためにエリカの意識がそれたところで、エリカの懐に飛び込
んでいるのだが、すぐにエリカに突き飛ばされ距離を取られている。
そして、そんな状況がいつまでも続くわけがない。ついにエリカの
﹂
剣が護堂の右腕を裂く。鮮血が散る。
﹁⋮ッ
18
!
聞く耳持たぬ。そんな感情を声に乗せ、エリカは護堂を攻め立て
!
護堂の顔が痛むに歪む。痛みに護堂の意識が奪われる。その隙を
!
逃さず、胴を狙い突きが放たれる。
刺さった。明らかに致命傷の一撃。護堂の口から血が漏れる。
エリカが剣を引き抜こうとする。その前に護堂は剣を握り、エリカ
に対して前蹴りを放つ。
剣を護堂の腹に残し、その蹴りを避けるために後ろにバックステッ
プでエリカが下がっていく。
どうみても勝敗はついた。草薙護堂は腹に剣を刺され、血を吐いて
いる。たいして、エリカ・ブランデッリは無傷。
そう判断し、やはり魔王とは言っても半人前かと﹃紫の騎士﹄は失
望する。最初に会ったときに、部屋に空間転移で来たのには驚いた
が、その腕前が実戦に伴わないのでは話にならない。背に腹は変えら
れないが、かの狼王をイタリアに招かなければならないのか。
そのことを考えながら、この模擬戦を終了させようとしたときにエ
リカが護堂に対して、明らかに怒りのこもった声で話しかける。
19
﹁どうしたの護堂、いつもの動きとは全く違うけど。まさか、私相手に
手加減しているんじゃないでしょうね。それなら、私に対する侮辱
﹂
よ、その行為は。本気を出せとは言わないけど、少しは真面目にやり
なさい
分かっていたのだ。護堂はこの程度では死なない。なにせ、サルバ
その光景を見て、エリカが笑う。
異常なまでの自己治癒能力。護堂が持つ能力のひとつだ。そして
程度で、死ぬほどの重症が完治する。
護堂の腕と腹の傷が煙を立てながら、塞がっていく。たったの5秒
だが、そうはならなかった。
を見守る全員が同じ感想を抱く。
この量では普通なら大量出血によって、この少年は死ぬ。この戦い
に傷口から湧き出る。
そう言葉を叩きつけられた護堂は腹の剣を抜く。そして血が大量
!
トーレ卿に上半身と下半身に分断され、
内臓が零れ落ちても生きていたのだから。そして護堂が力を見せ
たがらないのなら、出させるまで
そして朗々と呪文を唱えるのだ。
﹁鋼の獅子に指名を授ける。引き裂き、穿て、噛み砕け
滅せよ、勝利せよ
我は汝にこの戦場を委ねる﹂
!
前世のことはほとんど思い出せないが、なにかがあって自分はこの
前世の記憶の一部。
重要な場である。生まれたときから自身に備わっていた、異能の力と
戦はエリカは自分にとって、重要な物だといったが護堂にとっても、
護堂は獅子に襲われながらも、自分の世界に耽っていた。この模擬
││││││││││││││││││││
絶望的な戦力差の戦いが幕を開ける。
ダンプカーサイズの獅子と170半ば程度の少年。本来であれば、
その銀の獅子が本物のように動き出し護堂に襲い掛かる。
だ。彫像とはわけが違う。
ついには銀の獅子へと変貌する。そして、魔術で生み出された獅子
金属の塊は徐々に形を変えていき、
膨張し、巨大な金属の塊になったのだ。しかもそれで終わらない。
剣が護堂の元にたどり着く前に変化する。
そう言い終わると、エリカは護堂に向かって剣を投げつける。その
打倒せよ、殲
エリカの元に、護堂が足元に投げ捨てた剣が空を飛び、戻る。
!
異能の力を授けられた。どうして、授けられたのか分からないが、こ
20
!
のことは恐らく何年生きても分かることはないだろうと思っている。
重要なのはこの力が本来なら自分のものではない事だ。もし自身
に前世の記憶が少しでもなければ、特別性に浸り、今とは全く違う性
格になっていただろう。しかしそうはならなかった。
そして護堂は、この力とは別に自分で獲得した力を欲した。なに
せ、どうして備わっているのか、分からないものだ。ある日いきなり
使えなくなってもおかしくない。当然あるものが、ある日消える恐
怖。それを感じた幼い護堂は、もし喪失したとしても、代わりになる
ようにと己の体を鍛えた。
だが異能の力を全く使わないわけではない。なにせ元が強大な力
だ。もし、暴発でもしたら東京が消える。それを念頭に、異能の力の
制御の練習も始める。そうして、護堂は自らの力の制御と体を鍛える
のに、これまでの人生の大半を費やしてきた。そうして培った力を護
堂自身も、試してみたかったのだ。
異能の力を使えば、神が相手でも戦うことが出来る。これは、経験
上知っている。ならそれとは別。自分で鍛えた力が、どれくらいの相
手までなら通じるのか。それを、確かめたいと思う心が護堂の中に
あった。そしてエリカならその相手にぴったりだ。自分が知る中で
もとびっきりの天才。相手としては十分。エリカには言わなかった
が、それくらい護堂にとっても絶好の機会だったのだ。
結果は腕を切られ、腹を刺されたが。この結果に、護堂は内心落ち
込む。自分の本来の弱さに。特別な力がなければ、自分はこの程度だ
と。それでも、この戦いを降参はしない。それはエリカを裏切る行為
だ。車の中での会話、そのときの、護堂との試合に本当にうれしそう
な顔をみせたエリカ。あの笑顔を裏切る真似はしたくない。
だから、己で鍛えた体で戦うのはここまで。ここからは、異能の力
を使う。そしてこの力を総称し、護堂はこう呼ぶ。
六道仙術と。
21
││││││││││││││││││││
銀の獅子に吹き飛ばされた護堂の体が、木に叩きつけられる。それ
を見た﹃紫の騎士﹄がさすがに止めようとする。いくら自然治癒力が
高くても、あの質量にすでに何十発も殴られているのだ。
すでに護堂の服は原型をとどめていない。しかし止めようとする
騎士に対して、エリカが目で訴える。
まだよ。
﹁しかし、
﹃紅い悪魔﹄殿。もう草薙王は死に体だ。反撃しない相手を
﹂
これ以上嬲るのをみるのは、騎士道に反する。あなたが止めても、私
はあの獅子を止めるぞ
そう宣言し、今まさにとどめの一撃を加えんとする銀の獅子に対し
て魔術を行使しようとする。だが間に合わない。無慈悲にも獅子の
前腕は立ちあがりもしない、草薙護堂に振り下ろされる。
轟音。その光景にさすがの大騎士も目を逸らす。あの腕の下がど
のようになっているのか、想像するだけで目をつぶりたくなる。
そして、エリカに抗議しようと口を開いたところで
呪力が爆発した。
あの獅子の腕の下から、桁違いの呪力が噴出しているのだ。その莫
大な量に大騎士の心臓が止まりそうになる。そしてそんな騎士の前
でゆっくりと、銀の獅子が上に浮いていく。
違 う。浮 い て い る の で は な い。何 か に 持 ち 上 げ ら れ て い る の だ。
だれが持ち上げたのか。そんなものは決まっている。
22
!
草薙護堂だ。草薙護堂が数十トンある獅子を軽々と持ち上げてい
るのだ。
その護堂自身にも先ほどまでとは全く違う変化が起きている。ぼ
ろぼろになっていたはずの服、それが黒のズボンと黒のTシャツによ
くにた服に変化している。
そ し て そ の 上 に 白 い コ ー ト の よ う な 物 を 羽 織 っ て い る。﹃紫 の 騎
士﹄は日本の文化に疎いため、分からないが、それは羽織と呼ばれる
代 物 だ。そ の 羽 織 に は、背 中 に 勾 玉 模 様 が 九 つ 描 か れ て い る。そ し
て、黒髪のはずの護堂のそれが、白色に変色している。そして注視す
れば気づいただろう。護堂の日本人らしい黒目、それが紫色に変色し
波紋模様が広がり、その波紋を顕わしている黒の線上に、勾玉に良く
似た模様ー巴と呼ばれる紋様が等間隔で三つずつ配置されているの
に。
ようとしている騎士の視線の先で、護堂が動く。持ち上げていた獅子
の体を上空に投げる。軽やかな動きだ。
しかし、投げられた獅子のほうはたまったものじゃない。その軽や
かさからは、想像できないほどの速さで上空千m近くまで飛んでいっ
たのだ。そして獅子を投げた結果、護堂の手が空く。
その護堂の手に呪力が集中していく。集まった呪力は、護堂の手の
ひらの上で高密度に圧縮されていく。圧縮された結果、目に見えるほ
どの呪力の球が完成する。大きさはサッカーボール程度の大きさだ。
23
その姿を見るだけで、大騎士の体の震えが止まらない。
あれが、先ほどまで﹃紅き悪魔﹄の獅子に
︵⋮な、なんなんだあれは
あきらかに神殺しの魔王を超えている
︶
!
恐ろしい想像が大騎士の脳内を駆け巡る。そして、震える体を止め
すら上回っているのでは
いや、違う。神殺しの魔王どころではない。これは、まつろわぬ神
!
こ、こんな、こんな呪力が存在していいの
弄ばれていた少年なのか
?
か
?
?
しかし、それに込められた呪力は尋常じゃない。あれを作るだけで、
エリカがあと100人集まって命を振り絞ってようやくできるかど
うか。そんな術を簡単に行う。
その球ー護堂は螺旋丸と呼んでいる。その螺旋丸を、空中にいる獅
子に向かって護堂は投擲する。音を軽々と超え、飛んでいった螺旋丸
は獅子に着弾。一気に圧縮された呪力が開放される。
呪力の渦とでもいうべきか。それに飲まれた獅子は抵抗すら許さ
れず、その身を削られ消えていった。
││││││││││││││││││││
簡単にエリカの魔術を粉砕した、護堂がエリカと大騎士のほうを向
と、それにそぐわない気の抜ける謝罪に、こけそうになるのだった。
24
く。その行為に、騎士の心臓が死神に掴まれた様に萎縮する。今目の
前にいるのは、まぎれもなく王だ。先ほど、半人前などと評した自分
を殴り飛ばしたい。
その一応人の形をしているだけの、怪物が口を開く。なにをしゃべ
るのか。エリカに対する恨みか。止めなかった騎士に対する神罰か。
そう畏怖の念を抱いている騎士と、何も言わないエリカに対して
﹂
俺それを
許してくれるよな、な
﹁すまん、エリカ。確かあの剣って大事なものなんだよな
粉々にしちまったけど、大丈夫だろうか
!
?
エリカに対する謝罪であった。そしてエリカを含む全員が威圧感
?
3話 ∼決着∼
模擬戦とはいえ、戦闘中に謝罪をする。その行為のちぐはぐさにエ
リカの戦意が
抜けそうになる。﹃紫の騎士﹄も今ので落ち着いたのか、先ほどまで
の震えが止まっている。
騎士が今も、すまない、本当にすまないと謝っている護堂に疑わし
い目を向ける。
そして、エリカに向かってその疑問を投げる。
﹂
それとも、こちらが萎縮しているのを見て我々の緊張を解
﹁紅き悪魔殿、ひとつ聞きたいのだが。あれは、草薙王は素でやってい
るのかね
くために、わざとやっているのい
その疑問に、エリカの頭が痛くなってくる。やる気がないように見
えた動きをしていたと思ったら、六道仙人モードを出してきたので、
ついに真面目にやる気になったのかと思った心を返してほしい。エ
リカはなんとか、眉間を揉み解し騎士に対して、答えを返す。
﹁護堂のあれは天然よ。絶対に治らない不治の病みたいなものね。ど
んなことをしても、驚かないつもりだったのだけれど、さすがにあれ
はないわね﹂
エリカが騎士の前だというのに、草薙王と言う呼び方をやめる。ど
だい、護堂に威厳を醸し出せというのが無茶だったかと、考えを改め
る。なんにしろ今は、護堂に壊された剣を直すのが先かと手を前にか
ざす。そのエリカの手に、空から塵が集まってくる。
集まった塵は形を変え、護堂が粉々にしたはずの剣に形になる。
だから、いいかげんその謝罪を止めなさい。それと模擬戦の
25
?
?
﹁安心しなさい、この剣は私が生きている限りは、仮に溶かしても元に
戻るわ
!
続きをやるわよ
﹂
そう護堂に呼びかけると、謝るのをやめ明らかにほっとした顔をす
る。その光景に、頭痛が強まるのを感じる。
その頭痛を振り払うように何度か、首を振り剣を構えなおす。それ
にあわせて、胸を下ろす動作をしていた護堂も構えを取る。
とたんに、あの威圧感が戻ってくる。視線だけで、後ろに飛ばされ
そうなほどだ。先ほどまで、弛緩していた騎士は急激に増した緊張感
に、足が無意識に後ろに下がっている。
無理もないかとエリカは思う。なにせ、今の護堂は持てる力を、十
全に発揮できる状態だ。すなわち、神を殺し、同格であるサルバトー
レ卿を半死半生に追い込んだ力を、完全に使える様になっている。前
に護堂から聞いた話が、エリカの脳内に再生される。
﹂
││││││││││││││││││││
﹁六道仙人モード
エリカが不思議そうに、護堂の言葉に相槌を打つ。その相槌に対
し、ああそうさと護堂は返答する。
﹁エリカも知ってるように俺の力は、正直俺自身、どこに底があるのか
分からないくらいに、危険な代物だ。そんでもってそれは、おれ自身
を蝕むくらいに強い﹂
それはエリカにも分かる。実際、もともと持っている力が大きいゆ
えに、生まれながらにして体が病弱になり、満足に外も出歩けないほ
ど、呪力に体が悲鳴を上げる事例が欧州の魔術界でも確認されてい
る。人間の脆弱な体では、己の物なのに耐えれないのだ。
26
!
?
そこまで考え、護堂が何を言おうとしているのかを察する。
﹁つまり、護堂はこう言いたいわけね。護堂自身の体は常人と変わら
ない。その体で全力を出そうとすると、肉体が崩壊するかも知れな
い。それを防ぎあなたの身を守る為の方法が、六道仙人モードだと﹂
﹁その通り、このモードになれば普段の体じゃ使えないほどのチャク
ラ、⋮呪力を最大限に引っ張りだせるようになる。それ以外にもエリ
カは見た事もあるし、分かるだろうけど、権能に匹敵する不思議な術
が多く使えるようになる﹂
この説明で、前々から護堂に対して抱いていた疑問が氷解する。普
段の護堂は、正直に述べるとそれほど凄くない。確かに術の腕前は怪
物の領域にある上に、体術の腕前もエリカに匹敵するほどだ。だが、
それで神に挑めるほどではない。エリカ以上の達人はいくらでもい
るし、術にしても護堂と比べることができる人間は片手で数えるほど
だが存在する。
自己治癒能力や呪術耐性の高さなどは、人外の域なのだが、それ以
外は総合して人類最高峰程度に、普段の護堂は収まっている。どうし
て普段の護堂は、あの最強状態の時に使っている六道仙術や瞳術を使
わないのか、不思議だったのだ。なんのことはない、通常の護堂では、
使うことが出来なかったのだ。
││││││││││││││││││││
今の護堂は正直に言うと、エリカでは絶対に勝てない。あの六道仙
人モードは、ただ護堂の体を呪力に耐えれるように、作り変えるだけ
に留まらない。あの状態になった護堂は、まず呪力や攻撃を察知する
感知能力が増大する。
数百キロ先の呪力を感知し、誰の呪力なのか判断できるほどだ。
27
また、あの眼が厄介な代物である。まず眼をあわせてはいけない。
眼を見るだけで、護堂は相手に幻を見せる。この幻を見せる過程で、
相手の精神に干渉する。この原理を応用し、幻をみせた相手を自分の
思い通りに操る人形に変えることも出来る。この幻術には、カンピ
オーネクラスの呪力耐性がないと、抗うことすらできない。
このほかにも、相手の魂を抜く、呪力を吸収する、視線の先に黒い
炎を発生させる、異空間に視界内の物体を飛ばす、記憶を読む、ブラッ
クホールを発生させるなど、明らかに眼が関係ないだろうと言いたく
なる能力のオンパレードである。
そのうえ眼である以上、視ることにも長けている。本来呪力は眼に
見えない。護堂がやったように、極限まで圧縮すればいけるかもしれ
ないが、普通は視ることが出来ない。
その呪力を視覚情報として、護堂は捉える。そのせいで護堂は呪力
から、おおよそどんな術や権能なのか判断できる。そして、未来視に
匹敵するほどの見切りまで備える。
攻撃感知とこの見切りをあわせることで、護堂は神速を捉え、軍神
や武神が相手でも引けを取らない体術を披露する。
そして、何よりも呪力が最大限に発揮できることで、普段の護堂で
は使うことのできない仙術が開放されるのだ。はっきり言おう、この
生物をこの世に生み出した奴は何を考えているのだと。
パワーバランスという言葉を知らないのか。そうエリカは改めて
護堂の戦力分析をして、思わず汚い言葉を使ってしまう。
弱点でもないかと分析したのだが、特に見当たらないのが腹が立
つ。だが構わないだろう。こんな子供の考えたような、出鱈目超常怪
物と今まさに試合をしているのだから。
││││││││││││││││││││
エリカは、最初のように踏み込もうとはしない。踏み込んだところ
28
でそのまま捕まえられて、締め落とされるだけだ。エリカは、切り札
である﹃ゴルゴタの言霊﹄を使うか考がる、が、使っても意味がない
とこの思考を切り捨てる。護堂は陰陽遁により権能と体術以外通用
しない。そのうえ、あの呪力量だ。エリカの魔術など、紙吹雪の様に
散らされるだけだろう。
さて、こうなるとエリカからは仕掛けられない。エリカから仕掛け
ないことに気づいたのか。護堂が今度は、先に動く。軽いジョブ。そ
して大気が弾けた。
弾けた大気はエリカの横を通過、森の一角を吹き飛ばす。それにエ
リカは全く反応できなかった。当たり前だ。今のに反応できるのは、
カンピオーネか神々、そして技量だけは
それらに並べる聖騎士くらいだ。
さすがに、エリカの腰が抜けそうになる。いくらなんでも、実力差
29
がありすぎる。今エリカの横を通った死神、あれですら護堂の拳に大
気が押されたに過ぎない。もし、あの拳が直撃すればどんな防御魔術
を使っても、防げない。その腰が引けた状態のエリカに護堂が降参を
促す。
﹁エリカ、もういいだろう。やっぱりお前はすごいよ、俺にこの状態を
出させたんだから。だから、止めよう。これ以上戦って、エリカを死
なせるようなことになったら俺は嫌だ。
エリカとしてはもっとやりたいんだろうけど、頼む。降参してく
﹂
れ。もし、エリカが降参しないなら、心情を曲げてでも俺が降参して
この勝負を止めるぞ
が、それ以上に傷付けたくない。自分の目的も達成し、エリカとの力
けないようにするのは難しい。護堂はエリカを悲しませたくはない
本格的な戦闘が始まれば、いくら護堂が手加減をしてもエリカを傷つ
終わらすつもりだ。確かに、どちらも現状は無傷。しかし、ここから
護堂の降参を促すにしては、悲痛な叫び。護堂は本気でこの勝負を
!
を示せという約束をこれで果たせただろう。
﹂
それでもエリカは動かない。どうするのか、悩んでいるのだ。その
それ以上近づくなら、戦闘続行と見るわよ
エリカの元に、護堂が近づいていく。
﹁護堂
はない。むしろ、恋人に対するような抱擁。
﹁⋮ちょ、ちょっと、護堂。今は戦っているのよ
情熱的な抱擁も私と
そしてエリカの体を護堂が抱き寄せる。だが、それは攻撃のためで
みすらしない。
通 り に 剣 を 振 る う。護 堂 の 首 に 当 た る。だ が そ れ だ け。肉 に 食 い 込
それでも、護堂は止まらない。そんな護堂に対して、エリカは言葉
!
エリカが眠ったことで、この模擬戦も終了した。眠るエリカを、地
││││││││││││││││││││
そこまで言ったところでエリカは夢の中に落ちていくのであった。
⋮⋮⋮⋮ふ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮き﹂
﹁⋮ご、ごどう。ひ⋮きょ⋮うよ。こ⋮⋮さな⋮⋮⋮て⋮こ⋮⋮めの
から力が抜けていく。
気づいたときには遅かった。ひどい睡魔が襲ってくる。エリカの体
の顔が間近まで近づく。そして、エリカと護堂の眼が合う。エリカが
そう言いながら護堂から離れようとして、体を動かしたさいに護堂
しては構わないけれど、今することじゃないでしょ﹂
!
面に落ちないようにお姫様抱っこをした護堂の元に姿を消していた
30
?
まさか、こ、殺したのですか
総帥と、護堂の気迫に押され、退避していた騎士が集まってくる。
﹁紅き悪魔殿はどうされたのですか
わぬ神がいることを霊視により知ることが出来たのです。
﹂
海岸に打ち上げられたのです。そして、この神具を狙っているまつろ
﹁こちらは、ゴルゴネイオンと言います。いまから2月ほど前に、ある
一枚の黒いメダルが姿を現す。
そういいながら、総帥が魔術でトランクを呼び出す。その中から、
す﹂
﹁おお、そうでしたな。今回、草薙王にはこの神具を預けたかったので
眠る姫を早くベットに運びたいのだ。
だのか教えてほしい。そしてアンナさんに預けるか、自分の手で腕に
護堂としては、そんな言葉は要らないので今回どうして自分を呼ん
その顕身の力、ほんの一端とはいえ空恐ろしいものを感じましたよ﹂
﹁それほどの呪力を保有しているとは思いもしませんでした。また、
とは﹂
﹁あなたの権能、確かに拝見させていただきました。まさか、これほど
賞賛を送る。
護堂から離れる。そして、総帥たちが怯えながら護堂に対して勝利の
る。今の護堂の眼ー輪廻写輪眼に、そんな目を向けられた騎士はまた
れば、寝ているだけだと分かるだろうに騎士に向かってジト目を向け
騎士が護堂を糾弾する。護堂はエリカの胸が上下しているのをみ
!
我々の手にあっても、神からは守ることはできますまい。しかし、
これほどの力をもつ御身であられるならきっと大丈夫でしょう﹂
31
?
総帥の手から護堂にメダルが手渡される。メダルを持っている間
は、エリカを空中に浮かす。そして、メダルを視た護堂はぽつりと呟
く。
﹁ゴルゴン、メデューサか。かなり古い代物だな。これは、蛇か。蛇の
力を蓄えているんだな。⋮⋮なるほど、もしこれが神の手に渡ればそ
の神は地母神に戻れるわけか。となると、こうするのが一番だな﹂
輪廻写輪眼の力で、メダルを解析した護堂は呪力を練り上げる。護
堂の手の中にある黒いメダル。そのメダルがその黒色よりもなお黒
まさか、メダルを使って何か良からぬこと
い、奇妙な紋様に覆われていく。ついにはメダル全体が完全に塗りつ
ぶされる。
﹂
﹁な、なにをされたのです
をするおつもりですか
分からないでしょうね﹂
どころかメダルがもうどこにあるかも、
よ、たとえ神でも異空間に封印された神具には手をだせません。それ
﹁更に万全を期すために、神威空間に転送しました。もう大丈夫です
して、漆黒に染まったメダルは、護堂の右眼に吸い込まれたのだ。
護堂は総帥たちを安心させるために、なにをしたのか説明する。そ
なんであまり長くはもたないですけどね﹂
﹁いえ、この神具を六道仙術で封印しただけですよ。ただ、即席の封印
き起こすカンピオーネらしい魔王なのか。そう思う総帥たちだが
まさか、この王も実は神との戦いに楽しみを見出したり、混乱を引
!
なんでもないようにさらりと言う。いま行われた偉業に流石の総
32
!
帥たちも護堂が何をいっているのか、最初理解できなかった。だが、
徐々に護堂の言葉の意味を分かり、この日最大の驚きを得る。
今言ったことが本当なら、草薙護堂は破壊の力だけでなく、封印術
のようなものを、しかも神具を封じれるほどの強力な権能を行使でき
ると言うことになる。そしてその力は、現在あらゆる魔術結社が欲す
る物だ。魔術結社が行う仕事の中に、神具や魔本などの処理がある。
しかし、物によっては最高位の魔術師が何日も係り、それでも処理で
きるか分からないものがある。
そして、ゴルゴネイオンはその処理できない物であった。それを、
わ ず か 一 分 足 ら ず で 封 印 す る。事 こ こ に 至 り、な ぜ エ リ カ・ブ ラ ン
デッリが草薙護堂こそが今回、最も向いていると推薦したのか知った
のだ。
戦闘力としてではなく、その特殊性こそを頼りにしたのだと。
さきほど、総帥たちは最大の驚きを得たが、彼らは知らない。護堂
がまだまだ奇跡を見せることを。
護堂が森に向け手を突き出す。その行為にまた、何かするのかと関
心が集まる。
護堂が手を向けたのはさきほど己の拳の余波で吹き飛んだ木々た
ち。その木々たちが元の形に戻っていくのだ。この行為もわすが数
秒で終わる。
﹁今のは一体全体、何をされたのですか﹂
驚くのも疲れたのか、能面のような顔で、誰かが護堂に聞く。そし
て、聞かれた以上護堂も答えるのだ。
﹁木遁と陽遁の力を使い、残っている木に生命力を与え戻しました。
根っこからえぐれた所には木を生やしたんです﹂
総帥たちは驚くのではなく、乾いた笑いを漏らす。そして彼らは、
ひとつの判断を下す。
33
﹁おお、もういい時間ですね。私は、娘との食事があるのでこれにて失
礼﹂
﹁そういえば書類がたまっていたな。帰って片付けなくては﹂
﹁ああ、今から家に帰っては深夜帰りになるな。はは、妻に怒られる
な﹂
今しがた見た数々の奇跡。自らの中で処理できないなら、見なかっ
た事にしよう。そして、それぞれ草薙護堂に別れの挨拶をし、この場
を離れるのだった。
そして眠るエリカと共に残された護堂はひとり寂しく呟く。
﹁そんな怖がらなくてもいいと思うんだけどな。確かに、俺の力は自
分でも怖いほどだけどさ。だからって、あんなにさっさと帰らなくて
もいいだろうに﹂
相変わらずピントがずれていた。
││││││││││││││││││││
その後、土遁を使用し土を整え、エリカを抱っこし、主人を待って
いたアンナのところに、護堂は戻った。その際六道仙人モードから通
常状態に戻っていなかったせいで、彼女が酷く怯えた為解除。そして
なんとか、涙目になっているアンナを言葉が分からないなりに宥めエ
リカを預け、そんな彼女から逃げるように、護堂は飛雷神で日本に帰
るのであった。
34
4話 ∼媛巫女∼
東京タワーの近くに、神社や仏閣が多い地域がある。その中のひと
つ、七雄神社で一人の巫女が身支度を整えていた。
少女の名前は万里谷祐理と言う。祐理はいつも通りに、自らの茶色
がかった、黒髪を櫛で梳く。その櫛が突如折れた。
﹁不吉だわ。なにか良くないことが起きる前兆でなければいいのだけ
れど﹂
非科学的な感想だが、彼女はこの出来事になにかを感じていた。そ
の何かは、分からない。
それでも、祐理の直感は嵐の到来を予感していた。
35
││││││││││││││││││││
身支度を整えた祐理は、拝殿に向かう。その途中、見知った人たち
に出会い挨拶をする。挨拶をされた大人たちは、祐理に向かい、丁寧
にお辞儀をする。
10代の少女にするには、馬鹿丁寧な挨拶。だがそれも仕方ない。
祭神を除けば、彼女がこの神社で最も格が高いのだ。そんな祐理に声
が掛けられる。
﹂
﹁やあ媛巫女、お初にお眼にかかります。少しお時間をいただけます
かね
ない。
物は、祐理に近づいてくる。その足からは、玉砂利の上なのに音もし
胡散臭さを感じるしゃべり方と軽薄さ。そのどこか道化じみた人
?
﹂
ただものではない。
﹁⋮あなたは
﹁や、これは失敬。申し遅れましたが、私、甘粕と申します。以後お見
知りおきを﹂
﹂
名乗りながら、名刺を祐理に渡す。その名刺に書かれた肩書きに、
不審を祐理は不審を覚える。
﹁正史編纂委員会の方が、どのような御用があるのですか
で、望む事象を知る。
集め、人海戦術で行う必要がある。しかし、祐理は違う。彼女は単独
クセスすることが出来ない。そのため本来は霊視をもつ人物を掻き
出来る。ただ、万能の力ではない。並みの霊視では、目的の情報にア
それによりこの世の過去、未来、現在に存在する情報を知ることが
渉する。
霊視ーこの技術はアカシャの記憶、いわゆるアカシックレコードに干
この青年ー甘粕冬馬が称賛するように、祐理の霊視の力は絶大だ。
こそ、我々は今回呪力を求めに来たのです﹂
﹁またご謙遜を。世界有数の霊視能力の保持者、そんなあなただから
﹁⋮私ごときにお手伝い出来る事など、そうないと思いますが﹂
せていただきました。お許しください﹂
そこで、媛巫女の力をお力を借りたいと思い、ぶしつけにも訪問さ
最近上層部の頭を痛くしているんですよ。
﹁実はですね、この国始まって以来の大災厄の種、とても困った問題が
を統括する組織が祐理になんの用なのか。
祐理は、目の前の20代後半の男性に質問する。一体、日本呪術界
?
現在、委員会で浮上している最優先事項。それを解決するために
36
?
は、この霊視が必要になる。
話を聞いていただきますよ﹂
﹂
﹁あなたには媛巫女として、委員会に協力する義務があります。おわ
かりですね
﹁⋮⋮わかりました。では、私に何をしろと
﹁⋮我々も賢人議会のレポートで知ることができたんですがね、どう
もこの国にカンピオーネが生まれた可能性があるのですよ。そして、
その少年が本当に羅刹の君なのか、真偽を確認していただきたいので
す﹂
カンピオーネ。羅刹の君。この言葉は祐理にとある魔王を連想さ
せ る。現 存 す る 最 古 の 魔 王、最 強 の 怪 物。爛 々 と 輝 く エ メ ラ ル ド の
瞳。
そして祐理にとって、いや世界中の魔術師の恐怖そのもの。その連
想を断ち切るように、甘粕の言葉は続く。
﹁あなたにお願いする理由が分かりましたね。あなたは幼い頃に、デ
ヤンスタール・ヴォバンにあっている。あなたなら、本物かどうかの
鑑定が出来るはずです﹂
﹂
﹁⋮信じられません。人間が王になるためには、神を殺める必要があ
るはずです。そんな奇跡を起こせる人物が日本にいたなんて
かめなければならない。
どうするのか考える必要がある。そのためにも、まずは本物なのか確
本当に草薙護堂が神殺しなら正史編纂委員会は、彼との付き合いを
あります﹂
わなかった。しかし、こうしてレポートがある以上、確かめる必要が
﹁同感です。だからこそ、私たちもその少年、草薙護堂が本物だとは思
!
それとも、武術を修め
﹁その草薙護堂と言う方について、詳しく教えてください。私たち同
様、なにかしらの呪術を学んだ方なのですか
?
37
?
?
ておられるとか
﹂
魔王がらみである以上、本気で取り掛かる必要がある。祐理にとっ
てカンピオーネは、まつろわぬ神と変わらない。それでも、誰かがや
らなければこの国の、ひいては民が苦しむことになる。ならば、例え
トラウマに関することでもやらなければならない。
﹁呪術や武術に関しては、素人のはずなんですよ。彼の家は、そういっ
た物に関ることはない家系ですからね。ただね、どうも奇妙なんです
よ﹂
そう言いながら、紙の塊を祐理に差し出してくる。
﹁それは、賢人議会のレポートと草薙護堂に関する情報を印刷したも
のです。それを読んでいただければ分かるのですが、レポートに書い
てあることと、委員会で調べた情報が食い違うんです﹂
祐理は資料を斜め読みだが、一通り目を通す。そして、情報のあま
りの食い違いに困惑する。
委員会が調査した限りでは、草薙護堂はどこにでもいる平凡な少年
だ。特にスポーツなどもしていなく、学校の成績の方も平均的。他人
と違うところは、体力テストの結果が平均値を上回っているくらい
だ。
それにしたって人間を逸脱しているわけではない。
しかし、賢人議会のレポートは違う。草薙護堂をこう評していた。
││││││││││││││││││││
草薙護堂はメルカルト及びウルスラグナを滅ぼし、カンピオーネへ
38
?
となられた。しかし、現在彼が持つ権能、これらは依然謎に包まれて
いる。
確かに草薙護堂は、権能と思わしき能力を行使する。だが、それら
は先ほど述べた二柱の性質と異なる。このことから、草薙護堂の振る
う能力は権能ではなく魔術に近いものだと伺える。
以上の理由から草薙護堂は元々、天仙級の術者だと推測する。その
ため、彼と関りを持つ者は彼を魔王に成り立ての半人前と侮ってはな
らない。
彼は奇跡を持って神を殺したのではなく、勝つべくして神に勝った
のだから。
││││││││││││││││││││
39
﹁媛巫女が困惑されるのも、無理ありませんね。調査結果ではこの少
年は白です。なのに、術の腕前は人類を凌駕していると記されてい
る。しかし、そんな人間はいません。生まれるわけがないからです。
その為、私の上司は一つ仮説をたてたんですよ﹂
﹂
﹂
わざわざ指を立てながら、説明する。その仮説に祐理も興味を引か
れる。
﹁⋮どのような仮説なのでしょうか
﹁そうですね、⋮ところで媛巫女は神隠しをご存知でしょうか
なく、6年前から続いている事件のことですね﹂
﹁⋮甘粕さんがおっしゃりたいのは、世間一般の意味での神隠しでは
隠しぐらいは知っている。
話題が変わる。なぜ話題を変えたのか、祐理には分からないが、神
?
?
神隠し。人がなんの前触れも無く失踪することを、神の仕業と考え
る概念だ。だが、6年前からこの言葉は日本の呪術師の間で、全く違
う意味を持つ。
神獣の神隠し。草薙護堂の存在が発覚する前に、委員会を悩ませて
いた事件の名前である。言葉通り、神獣がこつぜんと姿を消すのであ
る。
神獣は自然発生する。そして、この獣はただの獣とはわけが違う。
もし、熊や猪のように人里に下りると、災害の如き被害が生じる。そ
の為、委員会は神獣の発生を確認すると、すぐに討伐隊を編成する。
そして、いざ討伐隊が出撃しようとすると、その神獣が子猫や子犬に
思えるほどの巨大な呪力が、観測されたのだ。
そして、出撃した隊が現場に着くと、その呪力の主も神獣もいなく
なっていたのだ。そして委員会は、まつろわぬ神が降臨し、神獣と共
に姿を消したのだと思っていた。
だが不思議な事に、神獣が消えただけでそれ以降特に何もなかった
のである。それらの事情から、神獣の報告は間違いで、神と思わしき
反応も観測手の勘違いで終わったのだ、
その時は。しかし、終わってなどいなかった。また神獣の出現報告
が委員会に届けられる。それに呼応して同じように神と思わしき呪
力反応が捉えられる。そして、また姿を消す。
それがこの6年間、数件起きた。
日本にはまつろわぬ神がいる。それを、委員会の古老と呼ばれる者
たちに相談などもしたが沈黙。かくして神は間違いなくいるのに、神
獣をどこかに連れ去るだけでそれ以外は何もしない。
そんな奇妙な事件がこの国では起こっている。
﹁神獣の神隠し。連れ去った神がどのような意図で、この行為を行っ
ているのかわからないために、この事件が危険なのか、そうでないの
か誰も判断できず、問題そのものが宙に浮いている状態にあるんです
40
よ。ただ、この事件の真相をもしかすると明かすことが出来るかもし
れない。うちの上司はそういっていましたね﹂
﹁いえね、簡単は話し何ですよ。まつろわぬ神が降臨しているなら、こ
の国は大災害に襲われているはずです。しかし、そうはなっていませ
けれど、
ん。なので考え方を、変えたのです。連れ去ったのは神ではなく羅刹
の君だと。そしてそれを行ったのは、どの魔王様方なのか
来 ま せ ん。な ら ば 誰 な の か
答 え は 簡 単 で す。当 時 す で に 魔 王 と
どう考えても現存する魔王の誰かが動けば、その情報を隠すことは出
?
前に神を殺めたことになります
﹂
なにせこの少年、なにもかもが出鱈目な怪人物なんですから。無
女には確かめていただきたいのです。私としても心苦しいんですよ
に残しているかもしれない。そして、今回これが真実なのかを、媛巫
いる。もしかするとすでに滅ぼしているのかもしれないし、まだ手元
ど。そのうえ何の意図があるのか分かりませんが、神獣を連れ去って
ルト神を倒すまでは、誰もそんな存在がいることを知らせなかったほ
も、神から権能を簒奪しているベテランとなります。しかも、メルカ
し真実なら草薙護堂は、すでにこのレポートに載っている二柱以外に
﹁ええ、私としてもこんな仮説は笑い飛ばしたいんですよ。しかし、も
ば、齢一桁の子供が神を殺したと言うことになるのだから。
祐理は悲鳴のような声を上げる。それもしかたない。下手をすれ
!
んですよね﹂
﹁ありえません
この調査書を読む限りでは、草薙護堂は私と同じ1
ルカルト神の特徴と一致しない、権能を行使できても不思議ではない
なっていた草薙護堂が行ったのだと。それなら、ウルスラグナ神やメ
?
もしそれが本当なら彼は10歳、いいえそれより以
6歳のはずです
!
﹂
祐理に対して、最初に会ったときの軽薄さを捨てて、甘粕が問う。
ね
論、危険を伴う可能性もあります。それでも引き受けていただきます
?
41
!
?
その問いに、最初のようにすぐには頷きを返せない。甘粕冬馬が説明
したように、全てが謎に包まれた怪人物。カンピオーネであるなら、
危険なのは間違いないだろう。
祐理は悩む。どうするのか。引き受けるのか、引き受けないのか。
熟考のすえ、答えを出す。
﹁引き受けさせて頂きます。私にしか出来ないと言うなら、やるしか
ありません﹂
媛巫女としての責任を果たす。今、祐理の顔に浮かんでいるのはそ
れだけ。そんな祐理に対して、甘粕は唯一安心できる材料を提供す
る。
﹁ありがとうございます。それともうひとつ、あなたに頼んだ理由が
あるのです。こっちは完全に偶然だったんですがね⋮⋮﹂
甘粕から渡された最後の情報。それに祐理も驚く。この怪人物と
自身の間に、そんな縁があったなんてと。
││││││││││││││││││││
祐理は帰宅後、家族に今日あったことを伝える。それを聞いた、家
族は思い思いの反応をする。
母は、もしかするともうこの家に娘が帰ってこないかも知れないこ
とに涙を流す。
父は、己の無力さを嘆く。自身のちっぽけな手では、脅威から娘を
守ることもできないのかと。
妹はまた神殺しが姉を苦しめるのかと憤る。この優しい姉が、どう
してそんな理不尽に付き合わなければならないのかと。
42
食卓が落ち込む。なにせ、今夜が家族全員が揃って食事を出来る最
後の機会になるのかもしれないのだ。
祐理としても自身の感情を持て余す。
そんな、落ち込んでいた家族に妹ー万里谷ひかりが写真を撮ろうと
持ちかける。家族で撮れる最後かもしれない写真。その中では、全員
が無理に笑っている。祐理は、家族にこんな顔をさせたくなどなかっ
た。
それでも祐理は、武蔵野を守護する媛巫女。この国を暴虐の化身か
ら守る義務があるのだ。
││││││││││││││││││││
そりとばれないように家に入ったのだが、そこには妹ー草薙静花が待
ち構えていた。
﹁どこに行っていたか、か。実に難しいな、その質問は。形而学上の真
その辺り静花はどう思う
﹂
理にふれるほどの質問だ。そもそも、人はどこに向かい、なにをなす
のか
ると思ってるの
?
やっぱり、あれかな。お兄ちゃんにも、草薙一族の
?
43
さて、このようにして正史編纂委員会からは警戒され、万里谷一家
説明できる、できない、
を恐怖のどん底に叩き込んだ怪人物こと、草薙護堂。彼が今、何をし
ているかというと
﹂
﹁で、お兄ちゃんは結局どこにいってたの
どっち
?
護堂がイタリアから帰った時には、すでに日本は朝方。家族にこっ
床に正座され、問い詰められていた。
?
﹁⋮ふうん、結局説明できないんだ。それで、そんな誤魔化しが通用す
?
悪 癖 が 出 始 め た の か な。こ っ そ り、女 の 人 と 遊 ん だ り し て る ん で
しょ﹂
﹁そりゃ、お前俺もいい年頃だぜ。そういった相手の一人ぐらいはい
どこのだれなの
お兄ちゃんの行動しだいで
るさ。ただ、遊んでたわけじゃないぞ。世界の危機を救いに行ってた
んだ﹂
﹁や っ ぱ り い た ん だ
後高校生にもなって、世界の危機とか妄想をい
こうして、妹に問い詰められながら草薙護堂は思う。
うのは止めて﹂
こといわれるんだよ
は、またご近所さんから草薙さんの家はお盛んねなんて、恥ずかしい
!
いいから眠らせてくれ。ただそれだけを願うのだった。
44
!
!
5話 ∼初邂逅∼
静花の説教を、あの手この手で何とか誤魔化した護堂は、己の部屋
に戻り一睡。
そのまま夕方まで眠り、起床した護堂は部屋の片付けやトレーニン
グ、ソーシャルゲーム等をして土曜日を過ごした。
明けて翌朝日曜日、少しばかり寝坊した護堂の元に、階段を誰かが
駆け上がってくる音が届く。この家でそんな上がり方をするのは、一
人しかいない。
音の主は護堂の部屋の前で立ち止まる。そして勢い良く、扉が開か
れる。
﹁お は よ う、お 兄 ち ゃ ん。起 き て た ん だ。な ら 都 合 が 良 い か な。⋮
ちょっと、そこに座りなさい﹂
﹂
誤魔化さないで、正直に答えなさいよ。│お兄ちゃんと万里谷先輩は
何時の間に仲良くなったの
﹁本当なの、それ
ーじゃあ、追求は後回しね﹂
上か。いや、俺の知り合いにはいないな、そんな人﹂
﹁万里谷先輩
万里谷か、どこかで聞いたな。先輩って事は静花の年
すごすごと正座した護堂に、意味不明な質問をぶつけてきた。
?
流石に身に覚えのないことで追求しないでほしい。護堂は正直そ
?
45
静花が指差す。そこはどう見ても床の上。寝起きで頭の回らない
また正座しなきゃいけ
護堂は、朝から突撃してきた妹が、何を言っているのか分からない。
﹂
﹁おはよう静花。えっと、座るって床にかな
ないのかな
?
﹁うん、ちょっとお兄ちゃんに訊くことがあるからね。昨日みたいに
?
?
﹂
う提言したい。だが、ここで下手なことを言うと、昨日以上に厄介に
なる。
なので、現状は黙っている。
﹁ねえ、お兄ちゃんのいる高等部で一番の美人って誰か知ってる
でずっといる、静花のほうが詳しいんじゃないのか
﹂
﹁知らんな、それは。俺も入ってまだ二月程だ。そういうのは中等部
?
﹂
を誑かしたの
﹂
て。⋮⋮⋮それで、お兄ちゃんはどうやって万里谷さん
きたの。急な頼みで申し訳ないんだけど、お兄ちゃんと会いたいっ
﹁じゃ、本題に入るね。さっきね、その万里谷さんから電話がかかって
だよ
何度か口にしていたな。それで、その万里谷さんとやらがどうしたん
﹁⋮ああ、どうりで聞いたことがあるわけだ。うちのクラスの奴らが
ないことなの。どうせ万里谷祐理さんになるんだから﹂
﹁まあね。でね、うちの学校で誰が一番美人かなんて、競争するまでも
?
の
おかしいでしょ
﹂
﹁じゃあどうしてお兄ちゃんに会いたいなんて、電話がかかってくる
念だな、そんな人はしらないんだから﹂
その万里谷さんとやらを、手篭めにしたと思ってるんだろう。だが残
﹁⋮⋮ははあ、分かったぞ。静花がなんで俺に正座させたのか。俺が
?
!
電話番号を知っているんだ
知らないの
﹂
学校でもかなりの有名人だよ。旧華族のお家柄で、お別
﹁⋮万里谷さんはあたしの茶道部の先輩だからだよ。⋮⋮⋮⋮本当に
?
こで縁が出来たんだ
そもそも、なぜ会いたいんだ
しかし、ど
?
⋮⋮なあ、静花その万里谷さんは、他に
?
?
俺に会わなきゃいけない
?
俺が知らないだけで、向こうはこっちの事を知っている
﹁⋮本当になんでその子は、会ったこともないのに呼び出したんだ。
でてくるぐらいのお嬢様なんだもん﹂
れの挨拶で﹃皆様ごきげんよう﹄なんて、
?
46
?
﹁⋮それを言われると確かになあ。そもそもその人は、なんでうちの
!?
も何か言ってなかったか
﹂
﹁⋮ん∼、あ、そうだ、最後にお兄ちゃんの事を一つ質問されたんだけ
これ、何のこと
﹂
ど。⋮⋮小学生ぐらいの頃に、お兄ちゃんになにかおかしなことがな
かったか、聞かれたんだけど
?
なら、護堂は白。草薙護堂はカンピオーネではない。
ンピオーネか、そうでないかを確かめるために。そして霊視を信じる
巫女ー万里谷祐理はそう挨拶し、護堂を真正面から視る。護堂がカ
した無礼、お許しくださいませ﹂
﹁よくいらしてくださいました、草薙護堂様。御身を急にお呼び立て
出迎えた。
鳥居をくぐり、境内に足を踏み入れる。そんな護堂を一人の巫女が
労した。ともあれようやく護堂は目的地である神社に着いた。
わけにいかない。その為同行したがる彼女を説き伏せるのに酷く苦
しかし、祐理の目的が護堂の考えている通りなら、静花を巻き込む
のを不安がった静花があたしもついていくと宣言。
七雄神社に向かっていた。家を出る時に、祐理一人で護堂と会わせる
あの後、静花に開放された護堂は祐理の指定した待ち合わせ場所ー
││││││││││││││││││││
た。
谷祐理がどうして護堂に会いたいのか、なんとなく察するのであっ
ことがある。そして、なぜそのことを万里谷は知っているのか。万里
小学生の頃になにかなかったか。そう考え、護堂に一つ思い当たる
?
彼は神殺しではなかった。しかし、祐理の心のざわつきは治まらな
い。
47
?
祐理の直感が護堂の中に眠る、権能とは違う何かを感じ取っている
からだ。祐理はその何かを捉えようと、精神感応の触手を伸ばす。触
れた。そう思ったときには、祐理の意識は奈落の底に落ちていった。
││││││││││││││││││││
祐 理 が 意 識 を 取 り 戻 す。そ し て 辺 り を 見 回 す。広 い。い つ の 間 に
そう口にしようとして気づく。声が出ない。
か 彼 女 は 暗 い 世 界 に い た。ど こ ま で も 白 い 床 だ け が 広 が っ て い る。
ここはどこ
なぜこんな場所にいるのかを探るために、彼女は意識を落とす前に
何をしようとしていたか思い出そうとする。
︵⋮確か、草薙様の精神に触れようとしてそれで⋮︶
そうだと思い出す。草薙護堂の中の力、それを探ろうとしたら祐理
︶
の意識が護堂の中に引きずりこまれたのだ。だとすると
︵ここは草薙様の精神世界
界の中から脱出するためにも、まずは行動するべきだと歩き出す。
なんにしろここで立ち止まっていても、状況は好転しない。この世
える。
ないわけではないが、カンピオーネでないのならまだ何とかなると考
ともあれ、ここからどうするべきか。祐理は今の状況に不安を覚え
何かしらの術で祐理の精神を自身の中に招いたのだろうか。
ネでなくとも、得体の知れない怪人物であることを思い出す。ならば
そうとしか考えられない。それと同時に祐理は護堂がカンピオー
?
48
?
││││││││││││││││││││
体感時間で30分ほど歩いただろうか。ここではあまり疲れない
ことに祐理は感謝していた。祐理は自身の体力に自信がない。1キ
ロも走ったらへばるほどだ。その為疲労がたまらないことは、祐理に
とって唯一の救いとなっていた。
更 に 1 0 分 ほ ど た っ た か。人 影 が 見 え た。二 人 い る。一 人 は こ の
世界の中でも更に黒い人影、もう一人は床の色より白い人影。黒の人
影の前に、白い人影が跪く。そして、白は両手の手のひらを上に向け、
頭よりも高い位置に持っていく。
黒はその手に、己の手のひらを重ねる。数秒たっただろうか。黒が
手を離し、煙の様に消える。白のほうにも変化が起きる。膨張したの
だ。驚きに固まっている祐理の前で、その膨張は続いていく。ついに
49
は山の如き大きさになる。大巨人となった白の人影に尾が生える。
その数、実に10本。そしてのっべらぼうのようだった顔に眼が現
れる。一つ目だ。その眼は血のように赤く、波紋が広がり波紋上に巴
が浮かんでいる。その眼が下に向く。じっと一点を捉える。祐理だ。
祐理を視ているのだ。彼女を指先一つで潰せそうな巨人に視られて
いることに、ついに祐理が恐怖を覚える。
巨人が祐理に手を伸ばす。逃げようとしたがあっけなく捕まえら
れた。手のひらに乗せられた祐理は、巨人の顔の前まで持っていかれ
る。巨大な紅き眼が祐理の視界一杯に広がる。
その眼の輝きに意識が呑まれそうになる。頭を振り、視界から外そ
うとするのだが、祐理の意識に反して視線はその眼に向けられる。飲
糞、許してく
まれていく。呑まれていく。祐理の意識がこの精神世界より深いと
ころに落ちそうになる。その刹那
﹁万里谷さん、起きるんだ。そのままだと戻れなくなる
れよ﹂
!
そんな声が聞こえたかと思うと、祐理の頬に衝撃が走る。その衝撃
が祐理をこの世界から浮上させていった。
││││││││││││││││││││
誰かに抱きかかえられている。そして頬が痛い。そう思いながら、
祐 理 は 眼 を 開 け る。視 界 に 男 の 子 の 顔 が 入 る。草 薙 護 堂 だ。草 薙 護
堂が祐理の体を抱きかかえているのだ。同年代の子に、そんな行為を
されていることに恥ずかしさを覚え、すぐに離れようとする。
だが、体に力が入らない。
そのせいで、精神トラップに引っかかったん
﹁無理して動かないほうがいい。君は俺を霊視か、それに準ずる能力
で視ようとしたんだろ
だ。起こすのがもう少し遅れていたら、君は廃人になっていた。その
前にこちら側に戻せてよかったよ﹂
安堵する声でそう述べる。だが、祐理としては聞き捨てならない。
﹂
この少年が言うことが本当なら、もう少しで精神が死ぬところだった
のだ。
震える声で護堂に問う。
﹁お、御身は、御身は一体何なのですか
││││││││││││││││││││
態だ。しばらく横にならないと、体が麻痺したままになる﹂
﹁⋮とりあえず休めるところにいこう。今の君は神経が参っている状
?
50
?
社務所に移動し、護堂は祐理の体を畳の上で横にさせる。祐理とし
ては恥ずかしかったが、体に力が入らない以上どうしようもない。そ
﹂
んな祐理の腹の上に、護堂が手を載せる。
﹁草薙様、なにをするおつもりですか
弱弱しく祐理が問う。護堂は何も言わない。怪人物かつ初対面の
少年の前だ。とたんに恐ろしくなる。今この少年になにをされても、
体が動かない以上抵抗すら出来ないのだから。
ある種の覚悟を決める祐理。そんな彼女の前で、護堂の手が緑色に
光 る。祐 理 の 体 が じ ん わ り と 暖 か く な っ て い く。祐 理 も 気 づ く。こ
の少年の治癒術が、彼女の体の異常を治しているのだ。
数分が経過した。護堂が手を離す。
﹁もう動けるよ。あとは時間が経てば体力のほうも戻るはずだ﹂
そう言われ、手足を動かす。いつもより力が入らないが、先ほどま
そして、さっ
での全く動かないほどではない。体を起こし、護堂のほうに向き直
る。
﹁さっき、万里谷さんは俺に何なのですかって聞いたね
は、この国の魔術師って事でいいのかな
﹂
きまでの異常な事態にそれほど驚いていない、ってことはやっぱり君
?
﹂
﹁そうだよ、って言いたいけど、俺が神殺しだって思ってないんだろ
すか
﹁⋮分かりました。では、率直にお尋ねします。御身は神殺しなので
ことの出来る質問なら、返答するよ﹂
﹁⋮万里谷さんの方も俺に聞きたいことがたくさんあるだろ。答える
る巫女の一人で、ささやかですが呪術の心得もございます﹂
﹁はい、その認識に間違いはございません。私はこの武蔵野を守護す
?
51
?
顔にはっきりと書いてあるよ。その理由聞いてもいいかな﹂
?
?
﹁草薙様も先ほどおっしゃられていたように、私には霊眼があります。
その力で私はカンピオーネなのか読み解けるのです。そして草薙様
は、カンピオーネではありません。しかし、それとは別に御身の中に
力を
感じるのです﹂
﹁それで疑問に思った君は、より注視しようとして俺の精神世界に囚
われたのか﹂
護堂は、さてどうしたものかとごちる。どうもこの少女の力は、護
堂の真実に気づいているようだ。今のところはエリカしか知らない
ことを。このことを話すのは、極力止めるようエリカからも口止めさ
れている。
しかし
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
祐理は護堂の方を、探るように見ている。たださすがに今度は、霊
視で見ようとはしないようだ。そんな姿をみて、まあいいかと思い直
す。あくまで極力だ。事情があればエリカも許してくれるだろう。
﹁⋮今から言うことは、誰にも言わない。それを約束してもらえるな
ら、俺の中の力やどうして、俺がカンピオーネだって分からないのか
を説明するよ﹂
その言葉に対して、祐理は首を縦に振る。
﹁分かった、話すよ。この話しを聞いてどう判断するかは万里谷さん
に任せる。まず、俺には万里谷さんが気づいたように、巨大な呪力が
ある。ここまではいいね。この呪力は俺が生まれた時から、元々あっ
たものなんだ。
そして、この呪力は神様たちの神力より大きい。そして、俺はこの
52
呪力を用いてイタリアで神様を斃したんだ。万里谷さんも魔術師な
ら知っていると思うけど、神を斃した人間はその神が持っている権能
を簒奪することが出来る。その際に、体が戦闘用の肉体に
作り直されるんだ。これは神殺しの母、パンドラが使う神を贄にし
て行われる魔王転生の儀式によって成される。そしてこの時にね、俺
の呪力は他の神殺したちが魔術や権能の干渉を防ぐように、この術式
を無効化したんだ。ようするにね、俺は神を斃せる魔王なんだけど、
権能の簒奪は出来ないことが分かったんだよ。多分そのせいで、万里
谷さんも俺が神殺しだって分からなかったんじゃないかな﹂
そう言い切る。そんな話しを聞いた祐理は、信じられないという顔
で護堂を見ていた。その顔があの時の神様たちの顔と重なる。
││││││││││││││││││││
ここでなにがあったのだろうか。地面は巨大なクレータが、数多く
出来ている。森は焼失し、遺跡は大地ごと掘り返され残ってすらいな
い。
そんな爆心地のような場所に人影がある。しかし、ここにいる人間
は一人だけ。それ以外は、この世ならざる者たち。
そんな、人外達が今起こった出来事が信じられなかった。その中の
1柱ーパンドラが彼女でも見たことがない現象に困惑していた。
つい先ほど、ある少年が神を殺めたのだ。新たなる神殺し誕生を祝
福するため、わざわざ彼女は現世に来た。だと言うのに、この新たな
息子は﹃簒奪の円環﹄の干渉を攻撃として弾いたのだ。
そんな忌まわしき女神があたふたしている光景に、軍神は腹を抱え
て笑っている。今斃されたばかりの神王は、ざまあみろと言った顔を
している。
そして、この微妙な空気を作り出す原因になった護堂は、申し訳な
53
さそうにパンドラに話しかけるのだった。
││││││││││││││││││││
生まれながらにして神を超えた呪
そんな光景を護堂は、脳裏に思い出す。
﹁そ、そんなことはありえません
力を、その身に宿すなんて。嘘をおっしゃらないでください﹂
﹁そう言うと思ってたよ。でも、これが真実なんだ。カンピオーネで
あって、カンピオーネではない。神殺しだけど、神殺しではない。そ
んな過去になかった唯一の例外に、俺はなったんだよ﹂
祐理にはやはり信じられない。しかし、この少年が言うことが本当
なら、なぜ調査とレポートに食い違いがあったのか、つじつまがあう
数年前から、この国で神獣
のだ。それを確かめるために、もう一つ質問をする。
﹁⋮⋮草薙様は、神獣をご存知でしょうか
しょうか
﹂
が 姿 を 消 す 事 件 が 発 生 し て い ま す。そ の こ と に 心 当 た り は な い で
?
蛛だろ
﹂
それやってたのは俺だ。力の制御にやっと慣れ始めてた頃
で、試験運用の為の相手として捕まえてたんだ﹂
﹁ッ
神獣の姿まで知っている。ならば言っていることは、嘘ではない。
﹂
﹁⋮分かりました、草薙様のお言葉、信用させていただきます。ところ
で連れ去った神獣は、どうされたのですか
?
54
!
﹁あー、静花にも聞いた奴か。うん、あの呪力の大きい鹿とか馬とか蜘
?
?
決定的だ。この少年は、正史編纂委員会の外部には漏れていない、
!!!
﹁処理したよ。あんな力の塊が町や都市に入ったらどんなことが起き
るのか、子供の頃の俺でもすぐに分かったからね﹂
﹁では、草薙様、最後の質問に⋮﹂
そう続けようとした祐理の前に、護堂が手を突き出す。
もう少し砕けた口調になってくれ
﹁万里谷さん、さっきからずっと言おうと思ってたんだけど、その草薙
様って言い方どうにかならない
ると、助かるんだけど﹂
﹁申し訳ございません、私の口の利きように至らぬところが⋮﹂
﹁それを止めよう万里谷さん。ここからは敬語はなし、様付けも禁止。
普段友達に話すような口調でいいんだよ。俺も万里谷さんのこと万
﹂
困ります。神殺しの方とは私如きでは身分が違いますし、
里谷って呼ぶから﹂
﹁そんな
男性を呼び捨てなど出来ません
﹁ふうん、じゃあ神殺しとして命じる。敬称を禁ずる﹂
﹁⋮⋮はぁ、では、その、草薙ーーーーさん﹂
﹁草薙さんに、後一つだけ問います。あなたは、神を殺す前から、神殺
しに匹敵する実力を兼ね備えていたのですよね。そして今、名実共に
﹂
羅刹の君へとなられました。そんなあなたは、これから何をなしてい
くのですか
今までもこれからも、特には変わらないな﹂
行って、家に帰って、神獣やまつろわぬ神が現れたらそれらと戦う。
﹁何をするのかって言われたら、今までと変わらないぞ。普通に学校
トラブルメーカーには変わらないのだから。
しは神殺し。
の真意を問いただす必要がある。なにせ、どんか人物であろうと神殺
には神殺し。過去にはこの国を神獣から守ったらしいが、今現在の彼
これは極めて重要だ。草薙護堂は権能を簒奪出来ていないが、実際
?
55
?
!
!?
﹁変わらないってそんな﹂
﹁ほら、俺は結局神様って奴と戦って、それで何かが変わったわけじゃ
前にイタリアで日本の魔術結社はそれ
ないからね。それと提案があるんだけど。この国で神様が現れたさ
いに、正史編纂委員会だっけ
か
﹂
こうして、日本呪術界と後に彼の能力から﹃六道仙人﹄と呼ばれる
ます、草薙さん﹂
﹁⋮その提案を受けさせていただきます。これからよろしくお願いし
ない。そんな人物なら、多少は信用出来るだろう。
れも、すぐに解除し治療も施した。彼女の知る魔王とは似ても似つか
理は捕まえられたが、それは彼の内面を覗こうとした彼女が悪い。そ
分かるが、彼の性格は穏やかだ。また、あの精神トラップとやらに祐
媛巫女は嫌でも関らなければならない。そして、今までの会話からも
祐理に悩む余地はない。彼が神殺しである以上、正史編纂委員会や
﹁うん、俺がこの国で知っている魔術師は万里谷だけだから﹂
﹁私がですか
﹂
その際に、委員会に話しを通す時の窓口に、なってもらえないだろう
分だけど、たくさんある。万里谷もその委員会の構成員なんだよな。
だけしかないって聞いたんだけど、その委員会の力を借りることが多
?
ようになる魔王の初邂逅は無事に終わったのだった。
56
!
?
6話 ∼転校生∼
草薙護堂は学校では、地味な生徒であった。勉強の成績は普通。体
育では手を抜いている為、体つきは良いのにそれほどスポーツが得意
だとは思われていない。
なぜ手を抜かなければならないのか。それは彼が普段しているト
レーニングにある。彼は無人島に飛雷神で移動し、そこで六道仙人
モードになり、神威空間と言う彼だけが入れる異空間で訓練してい
る。
彼がする修行方法は簡単だ。実体のある分身を作り、その分身と組
み手をする。しかも一組ではなく、複数の組を作ってだ。そして、こ
こからが重要なのだがこの分身には一つ特徴がある。分身が得た経
験値が、本体の護堂に還元されるのだ。
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すなわち、人の何十倍もの効率で訓練できる。
そんな反則同然の練習を続けていた為か、本気で走ったりすると通
常状態でも呪力強化なしで100mを10秒台で走れるほどの身体
能力になった。その為手を抜かないと、部活動もしていない護堂で
は、色々と怪しまれる。
そんな理由から護堂のクラスの立ち居地は、少し体を鍛えている1
生徒として認識されていた。しかし、つい最近あることから護堂の名
前は校内で有名になった。
お昼のほうをご一緒に頂こうと
そのあることとは一人の女子生徒が関係していた。
﹁草薙さんはこちらにおられますか
思って、来たのですが⋮﹂
徒ー万里谷祐理が尋ねてくる。この少女の存在こそが、護堂の名を校
お昼休みになったので、食事にしようとしていた護堂の元に女子生
?
内に広めた。
なにせ、彼女はこの学校一の美少女かつお嬢様。また、男子生徒と
彼女が積極的に関係を持つことがなく、浮ついた噂もなかったほどで
ある。そんな彼女がある日を境に、男子生徒と一緒にいるところを目
撃されるようになった。
スキャンダルである。しかも会うだけではなく、今日の様にお昼ま
で一緒に食べる。護堂のクラスメイト達が興味を持たないわけがな
い。ある質問を護堂はされた。その質問に対して護堂は適当に答え
ようとしたのだが、同じような質問をされた祐理が先にこう答えてし
まった。
﹁私が草薙さんと一緒にいるのは、彼が私にとって重要な人だからで
す﹂
無論祐理は神殺しとしての護堂を指して、重要だと言ったのだ。し
かし、それを聞いたクラスメイト達はそんな事情を知らないので、言
葉の意味をこう捉えてしまった。
万里谷祐理は草薙護堂と付き合っていると。
この噂は瞬く間に拡散される。家に帰った護堂が静花に詰問され
たほどだ。なんとか護堂は、静花の勘違いだけでも正したが、それで
噂が消えるわけではない。かくして、護堂は女子にすら人気のある美
少女の心を奪い取った男として、悪い意味で校内一有名になったの
だった。
││││││││││││││││││││
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教室で食事をするには、不躾な視線が多すぎる。その為祐理と護堂
は屋上に移動し、昼食をとるようにしている。
﹁すみません、草薙さん。わたしが不用意な返答をしたせいで、草薙さ
んに迷惑をかけてしまって⋮﹂
﹁⋮ 万 里 谷 は 悪 く な い よ。む し ろ こ ち ら こ そ 悪 い。俺 な ん か と 付 き
合ってるなんて言われても迷惑だろ﹂
﹁い、いえ、迷惑というわけではありません。ただ、やはり草薙さんと
付き合っていると言われて、混乱することが多いのは事実です﹂
混乱するほどかと護堂は落ち込む。自分が祖父と違って女性に好
かれにくいのは分かっていたが、祐理程の美少女にはっきり言われる
とやはり傷つく。なにせ学生時代には10股の伝説をもつ祖父とは
違い、今のところ護堂に好意を持ってくれた女性は、エリカぐらいな
のだから。
そんな凹む護堂を見て、自分は草薙さんを落ち込ませるような事を
言ってしまったのかと祐理は気づく。そして、思うのだ。草薙護堂は
カンピオーネとしては、彼女の知る魔王とはやはり全く違うことに。
もしこの状況に陥っている魔王が護堂ではなく、他の魔王であれば
権能を駆使して、自らに対し無礼を働く民衆を決して許さないだろ
う。少なくとも彼女の知る魔王ーヴォバン侯爵であれば彼の持つ権
能を使い、戯れ程度の感覚で魂を縛り、塩の彫像に変え、狼たちの狩
りの獲物にし、必死に逃げる人を何百頭もの狼が追いかけ絶望の文字
に心が支配されたところで食い散らかすことだろう。
翻ってみれば、護堂のあり方はその辺りの只人と対して変わらな
い。むしろ穏やかとすら言える。今祐理の目の前でしているように、
しょんぼりしている姿をみると彼は普通の学生で、神を殺せるような
人には見えない。
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だが、真実は違う。彼はいざ戦いとなれば、人々の矢面に立ち災厄
をもたらすまつろわぬ神を滅ぼす戦士。権能を簒奪していなくとも、
神を殺す力を持つ人類最強の魔王なのだから。
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落ち込んでいた護堂だが、いつまでも沈んでいては昼休憩が終わっ
てしまう。気を持ち直し惣菜パンにかぶりつく。そして前から少し
気になっていたことを、祐理に質問する。
﹂
﹁そういえば万里谷さんは、俺の事を委員会の方にどんな風に報告し
たんだ
﹁⋮委員会では現在草薙さんは、小学生の頃に神殺しを成し遂げたこ
とになっています。そして、なぜ神を殺したのかが分からなかったの
ああ、アストラル界の事か。たしか、この世ではない場所だっ
は、幽世で戦った為と報告しました﹂
﹂
﹁幽世
け
あれば、草薙さんが神殺しを成し遂げていても分からなかったのは、
不思議ではないので﹂
﹁そっか、ありがとう万里谷。俺の真実を話さず、委員会の方に報告し
てくれて﹂
﹁い、いえ、その、草薙さんと誰にも話さないと、約束しましたので⋮﹂
徐々に祐理の声が小さくなっていく。そんな彼女を見て、あんな荒
唐無稽な話しを信用してくれたことに感謝する。そして、口約束なの
に守ってくれる律儀な彼女なら、仲良くなって損はないと護堂は確信
する。
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?
?
﹁はい、幽世は生と不死の境界、あの世とこの世のはざまです。そこで
?
﹂
﹁万里谷、少し時間良いかな
﹁はい、何でしょうか
﹂
││││││││││││││││││││
あった。
﹂
堂の精神に触れる。そのとたん、彼女の意識がまた落ちていくので
そう伝えると祐理は、護堂を視る。前回と同じように精神感応で護
さいね﹂
﹁⋮草薙さんを信用します。ですが、もしまた囚われたら助けてくだ
に大丈夫なのかを考える。
護堂は微笑みながら、祐理に語りかけてくる。その顔を見て、本当
﹁大丈夫、今の万里谷なら、精神トラップは発動しない。⋮安心して﹂
ぬかもしれません﹂
みたら、またあの世界に囚われます。そうなったら今度こそ、私は死
﹁草薙さん、それはあなたのお願いでも出来ません。あなたを霊視で
葉に頷くことは出来ない。
だが護堂を霊眼で視たらどうなるのかを知っている祐理は、その言
視で見てくれと言っているのだと。
に思った。そして気づく。彼が言っているのは、生身の目ではなく霊
そう言われ、もう見ているのに何のことなのだろうと、祐理は不審
﹁もう一度俺の事を、君の眼で見てくれないか
?
祐理の意識はまた精神世界にいた。ただ、今度は前回と違う。あの
61
?
?
暗い世界ではない。祐理が今いる場所。花畑だ。空に太陽が輝き、多
種多様な花に囲まれている。そんな彼女の前に一箇所だけ花が生え
ていない広場がある。その広場には、白い丸テーブルと椅子が2つ置
︶
かれ、日除け代わりなのか傘が立ててある。その椅子の片方には誰か
またこの世界にいるじゃないですか
が座っている。その人物が祐理を手招きする。
︵草薙さんのうそつき
!
︵く、草薙さん
﹁きちんと説明せずに、こっちに招いたから、最初またトラップだと
││││││││││││││││││││
だった。
そう言いながら祐理の手を取り、広場の机までエスコートするの
﹁すまない万里谷、怖い思いをさせて。あっちで少し茶でも飲もう﹂
が、間違いなく草薙護堂だ。祐理に近づいた護堂は話しかけてきた。
服が学生服ではないし髪の色も違う、また奇妙な眼になっている
︶
近づくにつれ、その人の顔がはっきりとする。
た祐理の元に座っていた人物が立ち上がり、近づいてくる。
ように、簡単に祐理を捕まえることが出来るのだろう。そう悩んでい
だ ろ う か。そ う 考 え 逃 げ る か 検 討 す る。無 駄 だ。ど う せ あ の 巨 人 の
これが精神トラップならあの手招きしている人物が、自分を殺すの
!
思ってびっくりしただろ﹂
62
!
なんなら、ほうじ茶もある
護堂がどこからか、カップとポットを取り出しながら祐理に語りか
けてくる。
﹁万里谷は紅茶かコーヒーどっちがいい
けど﹂
とか伝えないと。
﹁草薙さん、私は⋮
に招いたのですか
現実の世界でもお茶は出来ると思うのですが
﹂
﹁⋮そうだったのですね。しかし、どうして草薙さんは私をこの世界
茶でもしようかなと考えたんだ﹂
俺が許可する限りは喋る事だって出来る。それで万里谷を招いて、お
くする偽者の精神世界なんだ。それに対してこっちは本物の俺の中。
引きずりこんだ者の精神を破壊して、二度とそういったことを出来な
れは俺の許可なく内面を探ろうとすると、勝手に発動する。そして、
そこから説明するか。まずこの間万里谷が捕まった奴なんだけど、あ
﹁あー、そうか。トラップの方だと喋れないから驚いてるのか。まず
たのに。
喋れる。でも、なぜ。この間は悲鳴を上げることさえ、出来なかっ
﹂
そう聞いてくるが、祐理はこの世界では喋れないのだ。それをなん
?
時間も空間も質量も俺の思いのままだから。⋮俺は万里谷に委員会
たんだ。もう昼休みの時間もあまりなかったらからね。こっちでは
﹁ああ、万里谷の言うとおりだよ。ただね、俺が万里谷を招待したかっ
の言うお茶会をしても良かったはずだ。
ら危険はないのだろう。だが、今祐理が言ったように現実の方で護堂
そう疑問を呈する。護堂自身が、霊視で干渉した祐理を招いたのな
?
63
!
?
との窓口を頼んだ。
そうである以上、俺は多分万里谷と長い時間付き合っていくことに
なる。だから、まあ、親睦を深める為にね﹂
最後の言葉辺りは自身がなさそうに喋る。そんな彼を見て、祐理は
少しおかしくなる。親睦もなにも護堂は神殺しの魔王だ。彼が祐理
に窓口を頼む以上拒むことは出来ない。だと言うのに、まるで友達の
ように仲を深めようと言うのだ。
そんな魔王らしからぬ律儀さに、心の片隅のどこかにあった、祐理
自身気づいていなかった護堂への警戒心が解けていく。
﹁もちろん、万里谷が俺なんかとお茶なんて嫌っていうなら、すぐに現
実に戻ろう。⋮⋮何も言わないって事は、やっぱり嫌か。分かった、
現実に戻ろう﹂
そう呟く護堂をあわてて祐理が止める。
﹁いえ、草薙さん。私などでよければお付き合いさせていただきます﹂
祐理はまだ気づいていない。元々彼女は、男性との交友関係などが
ない。そんな彼女が、護堂に対してだけは気を許し始めていること
に、己自身気づいていなかった。
││││││││││││││││││││
祐理を己の中に招いた翌日、護堂の教室は少しざわついていた。な
んでも、今日転校生がこのクラスに編入するらしい。そのおかげで、
今日に限っては護堂の方になにかしらの視線を向けるものはいない。
是幸いとばかりに机にうつぶせになって、護堂は寝ていた。
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チャイムが鳴る。護堂も起きる。そして教師が入ってくる。
﹁席に着け。知ってると思うが今日からこのクラスに転校生が来る。
外国からの留学生だ。お前ら失礼なことをするんじゃないぞ﹂
教師が転校生とやらを教室に入るように促す。その入ってきた転
などとテンションが
校生をみてだれかが、きれい、などと呟いた。男子は転校生が女子で、
しかもモデルでも出来そうな美しさにうおお
あがっている。
そして護堂は心が無になっていた。赤みのある流れる金髪、日本人
では到底叶わないメリハリのある体つき。そして、護堂がとても見覚
えのある顔。それらが護堂を色即是空に至らせる。その少女は黒板
に向かわず、まっすぐに護堂のところに向かう。
﹂
そして護堂にしだれかかる。その行動に、誰かが息を呑む。
﹁チャオ、護堂。久しぶりね。護堂の方は元気にしてた
いて、無理矢理昏睡させたことに心が傷ついたりしたのを治したり
﹁ええ、私もちょっと色々あったわ。護堂が私を言葉でだまして近づ
﹁お、俺のほうもい、色々あったからな。はははははは﹂
堂の愛なら日本からイタリアまですぐのはずなのに﹂
﹁あらそう、心配してたのに会いに来てくれないなんて酷い人ね。護
事がないから、心配してたよ﹂
﹁や、やあエリカ。俺は元気だったよ。エリカの方はメールしても返
?
めちゃくちゃにする
︶
只の彼らに一つの連想をさせる。その連想故に、全員が護堂を性犯罪
者でも見るような目になる。その視線を受けて護堂の心がますます
65
!
ね。あんなことをしなくても護堂なら、私をめちゃくちゃに出来たの
心が傷つく
!
に﹂
無理矢理昏睡
!
︵だました
!
クラス一同の心が一つになる。そして、それらの言葉は思春期真っ
!
虚無に近づく。
そんな目を向けている中の誰かが、エリカに問う。
﹂
﹂
⋮あのね、私の未来の旦那をそういう
こうしてあっさり数日間で、護堂はクラスの地味な存在からみんな
罰が下るんだなと。
それらをバックに護堂はただ思う。やっぱり神様殺したりしたら
まるクラスの殺意。
連想ゲームを聞きながら、不思議そうな顔をしているエリカ。更に高
なぜか勝手にクラスのボルテージが上がっていく。そんなひどい
﹁いや、この転校生もだよ。さっきの言葉はどう聞いたって⋮﹂
﹁万里谷さん可愛そう﹂
か
﹁つまりこいつ結婚相手がいるのに万里谷さんと付き合ってたって事
はつまり、この転校生は護堂の嫁、あるいは妻。
その言葉に今度こそ全員の殺意が一気に高まる。旦那ということ
?
それって護堂の事
﹁あ、あの、あなたは、その虫けらの知り合いなんですか
﹁虫けら
?
風にいうのはやめてちょうだい﹂
?
の中で、虫けらのごみ屑へとジョブチェンジしたのだった。
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?