Title Author(s) Citation Issue Date URL Publisher Rights 他者軽視傾向を測定するIATの作成( fulltext ) 藤井,勉; 上淵,寿 東京学芸大学紀要. 総合教育科学系, 62(1): 287-291 2011-02-00 http://hdl.handle.net/2309/108098 東京学芸大学学術情報委員会 東京学芸大学紀要 総合教育科学系Ⅰ 62: 287 - 291,2011. 他者軽視傾向を測定する IAT の作成 藤 井 勉*・上 淵 寿** 教育心理学講座(学校心理学) (2010 年 9 月 27 日受理) る場合でも,回答者の知識構造をダイレクトに反映し 1.問題と目的 た結果が得られるとは限らないという(潮村,2008) 。 自己の直接的なポジティブ経験に関係なく,他者の 潮村(2008)は,その理由として 2 点を挙げている。 能力を批判的に評価・軽視する傾向に付随して習慣的 まず 1 点目は,多くの回答者は匿名性がいかなる場 に生じる有能さの感覚として定義される仮想的有能感 合でも保証されていると完全に信じることにためらい (Assumed-competence; 速水・木野・高木,2004)とい を感じている者が多いことである。そして 2 点目に, う概念がある。この概念が提唱されてから 6 年が経過 匿名性が完全に保証されていると信用できたとして し,その間に多くの知見が報告されてきた(e.g. 速水・ も,内なる自分への対峙という心理的な障害が立ちは 小平,2006;小平・青木・松岡 速水,2008;小平・ だかっていることである。多くの人は,自分は好まし 小塩・速水,2007;松本・山本・速水,2009) 。 い人間でありたいと思っているし,また好ましい人間 たとえば小塩・西野・速水(2009)は,仮想的有能 であると強く信じている。その好ましい人間であるは 感は,他者軽視を通して,無意識のうちに真実でない ずの自分が,偏見的な態度を有していたり,自己中心 仮想的な有能感を得ようとするという潜在的なプロセ 的な考え方を持っているということを認めるのは非常 スを含むと述べている。すなわち,仮想的有能感は本 に困難である(潮村,2008) . 人にとって意識可能なものとは限らず,他者軽視とい 速水(2006)を参照すると,他者軽視を測定する尺 う他者認知傾向の裏側に隠された自己認知傾向とされ 度は, “自分の周りには気のきかない人が多い” , “他 る(本研究でも,仮想的有能感は他者軽視と同義とし の人を見ていて「ダメな人だ」と思うことが多い”な て扱う) 。その上で,小塩他(2009)は,実験参加者 どの項目が含まれる。前述の潮村(2008)の議論を踏 の自尊心を潜在的に測定し,潜在的自尊感情と仮想的 まえれば,他者軽視傾向を測定する尺度は,その内容 有能感尺度との間に有意な正の相関を見出している。 ゆえに,社会的望ましさによって回答が歪曲される可 ところで,質問紙調査法などの自己報告尺度に対す 能性が懸念されよう。このことを受けて藤井・上淵・ る社会的望ましさの問題は,従来から指摘されてい 利根川・上淵・山田(2010)は,他者軽視傾向尺度と, 。たとえば,本邦でもシャイネ る(e.g. Edwards, 1957) 2 因子から構成される社会的望ましさ反応尺度(谷, スや不安,暗黙の知能観などの概念について,自己報 2008)の関連を検討した。藤井他(2010)では,大学 告と社会的望ましさが関連することは,Fujii, Noguchi, 生・大学院生 332 名を対象とした質問紙調査の結果, Tanaka, & Aikawa(2010)や藤井・野口・田中(2010) , 他者軽視傾向尺度と,社会的望ましさ尺度の下位因子 Uebuchi & Fujii(2010)によって示されている。 である印象操作(impression management)との間に有 社会調査や質問紙調査での回答は,筆記式で回答を 意な負の相関が検出された(r = -.34, p <.001) 。この 求める場合も,面接やインタビュー形式で回答を求め 結果を受けて藤井他(2010)は,社会的望ましさの影 * 学習院大学(171-8588 東京都豊島区目白 1-5-1) ** 東京学芸大学(184-8501 小金井市貫井北町 4-1-1) − 287 − 東 京 学 芸 大 学 紀 要 総合教育科学系Ⅰ 第 62 集(2011) 表1 本調査で使用した刺激語 響を受ける他者軽視傾向から仮想的有能感を推測する のではなく,社会的望ましさの影響を受けにくい潜在 有能な 無能な 的な測度(e.g. IAT: Implicit Association Test; Greenwald, 多彩な 能無しの McGhee, & Schwartz, 1998)を用いて,仮想的有能感を 卓越した 低能な 直接的に測定すべきではないかと述べている。実際に, 賢い 役立たずの 種々の IAT と社会的望ましさ尺度との関連を検討し 天才的な 劣った ている研究群(e.g. Egloff & Schmukle, 2002; Fujii et al., 才能のある 使えない 2010,藤井・上淵,2010a; 藤井・上淵,2010b; 藤井 優れた 価値のない 他,2010; 藤井・山口・上淵,2008)では,一貫して 出来る 愚かな 社会的望ましさと IAT の相関は有意ではなかった。 使える のろまな 本研究では,藤井他(2010)の主張を受けて,仮想 適格な 鈍い 的有能感を測定する IAT を作成することを目的とし, 強い 半人前の 刺激語の収集を行う。なお,本研究は IAT の刺激語を 収集することが目的であるので,IAT の構造,手続き る) 。これらの語について,1(有能な)― 7(無能な) などについては,別稿に譲ることとする(IAT の手続 の 7 段階評定で,どちらに近いと感じるかを回答する き,得点化の方法などに関しては,Greenwald, Nosek, よう参加者に求めることとした。 Banaji, 2003 を参照されたい) 。 2.3 手続き 参加者に対し,形容詞の印象の予備 調査と教示して,実験者が質問紙を直接手渡 2.方法 し,その場で回答を求めた。参加者が回答を終 了した後,実験者が質問紙を回収し,調査を終 2.1 参加者 成人男性および女性 34 名(男性 9 名, 了した。 女性 25 名)であった。 2.2 材料 3.結果 質問紙 IAT のカテゴリー語は, 「自己―他者」 , 「有能 な―無能な」とした。 「自己―他者」のカテゴリーの 刺激語に関しては,藤井・上淵(2010a)の自尊心 IAT 質問紙調査の回答に不備のみられた参加者はいな の刺激語を使用とすることとした。本研究では「有能 かったため,全てのデータを分析に使用した。本研究 な―無能な」の刺激語を作成するために,類語辞典等 で得られたデータを用いて,7 件法の理論的中央値で を参考にし,それぞれのカテゴリーに属すると予想さ ある 4 からの差について項目ごとに t 検定を行った。 れる 20 語を選定した(選定した語は表 1 の通りであ その結果,表 2 に示す結果が得られた。 表 2 各項目の t 値および理論的中央値からの差(N=34) 有能な t値 中央値からの差 無能な t値 中央値からの差 多彩な -21.18 -2.56 能無しの 22.60 2.56 卓越した -17.46 -2.47 低能な 23.24 2.44 賢い -21.56 -2.44 役立たずの 18.61 2.30 天才的な -14.23 -2.41 劣った 18.61 2.27 才能のある -17.83 -2.15 使えない 13.04 2.09 優れた -19.29 -2.12 価値のない 12.31 1.94 出来る -17.45 -1.94 愚かな 10.89 1.88 使える -10.29 -1.88 のろまな 11.04 1.56 適格な -8.92 -1.47 鈍い 7.99 1.21 強い -6.33 -1.00 半人前の 6.69 0.88 注)すべての t 値は 1 % 水準で有意であった。 − 288 − 藤井・上淵 : 他者軽視傾向を測定する IAT の作成 「有能な」 「無能な」のそれぞれのカテゴリーについ to measure implicit and explicit shyness. Poster presented at the て,理論的中央値(4)からの差が大きかった 5 語ず 27th International Congress of Applied Psychology, Melbourne, つを選定し,仮想的有能感 IAT の「有能な―無能な」 Australia. の課題の刺激語とした。 「有能な」の刺激語は「多彩 藤井勉・上淵寿(2010a) .紙筆版 IAT を用いた自尊心査定の試 な」 「卓越した」 「賢い」 「天才的な」 「才能のある」の 5 語であり, 「無能な」の刺激語は「能無しの」 「低 み 東京学芸大学紀要総合教育科学系Ⅰ,61,113-120. 藤井勉・上淵寿(2010b) .潜在連合テストを用いた暗黙の知能 能な」 「役立たずの」 「劣った」 「使えない」の 5 語と 観の査定と信頼性・妥当性の検討 教育心理学研究,58, なった。 263-247. 「有能な」カテゴリーと「無能な」カテゴリーの刺 藤井勉・上淵寿・利根川明子・上淵真理江・山田琴乃(2010) . 激語について,信頼性係数の推定値としてα係数を求 他者軽視傾向と社会的望ましさの関連 日本パーソナリ めたところ,それぞれ α = . 50,.74 であった。 ティ心理学会第 19 回大会発表論文集,67. 藤井勉・山口有紀・上淵寿(2008) .暗黙の知能観の査定にお ける IAT の有用性の検討 日本心理学会第 72 回大会発表 4.考察 論文集,1078. 本調査の結果から,仮想的有能感 IAT の「有能な― Greenwald, A.G., McGhee, D. E, & Schwartz, J. L. K. (1998). 無能な」カテゴリーに関する刺激語が決定され,仮 Measuring Individual Differences in Implicit Cognition: The 想的有能感 IAT が作成された。IAT と社会的望ましさ Implicit Association Test. Journal of Personality and Social との関連を検討した研究群の結果(Fujii et al., 2010, Psychology, 74, 1464-1480. 藤 井・ 上 淵,2010a; 藤 井・ 上 淵,2010b, 藤 井 他, Greenwald, A. G., Nosek, B. A., & Banaji, M. R. (2003). Understanding 2010; 藤井他,2008)から,本研究で作成された仮想 and using the implicit association test I: An improved Scoring 的有能感 IAT も,社会的望ましさとの相関関係は見ら Algorithm. Journal of Personality and Social Psychology, 85, れないと推測できるが,そのことを実証することで, 197-216. この IAT の有用性を示す一助となるであろう。また, 速水敏彦(2006) .他人を見下す若者たち 講談社 速水・小平(2006)は,他者軽視傾向尺度と自尊心尺 速水敏彦・木野和代・高木邦子(2004) .仮想的有能感尺度の 度の得点の高群・低群を組み合わせ,委縮型,自尊 構成概念妥当性の検討 名古屋大学大学院教育発達科学研 型・仮想型・全能型の 4 分類を行っている。ここで, 究科紀要,51,1-8. このような二次元の有能感の類型は,Bartholomew & 速水敏彦・小平英志(2006) .仮想的有能感と学習観および動 Horowitz(1991)の愛着の二次元・ 4 分類モデルと類 機づけとの関連 パーソナリティ研究,14,171-180. 似したところがあると指摘している。上記の点の確認 小平英志・青木直子・松岡弥玲・速水敏彦(2008) .高校生に も含めて,今後は,この IAT を使用した研究の蓄積が おける仮想的有能感と学業に関するコミュニケーション 望まれる。 心理学研究,79,257-262. 小平英志・小塩真司・速水敏彦(2007) .仮想的有能感と日常 引用文献 の対人関係によって生起する感情経験―抑鬱感情と敵意感 情のレベルと変動性に注目して― パーソナリティ研究, Bartholomew, K., & Horowitz, L. M. (1991). Attachment styles among young adults: A test of a four-category model. Journal of 15,217-227. 松本麻友子・山本将士・速水敏彦(2009) .高校生における Personality and Social Psychology, 61, 226-244. 仮想的有能感といじめとの関連 教育心理学研究,57, Edwards, A. L. (1957). The social desirability variable in personality assessment and research. New York: Dryden. 432-441. 小塩真司・西野拓朗・速水敏彦(2009) .潜在的・顕在的自尊 Egloff, B., & Schmukle, S. C. (2002). Predictive Validity of an Implicit 感情と仮想的有能感の関連 パーソナリティ研究,17, Association Test for Assessing Anxiety. Journal of Personality and Social Psychology, 83, 1441-1455. 250-260. 潮村公弘(2008) .潜在的自己意識の測定とその有効性 下斗 米淳(編)自己心理学 6 社会心理学へのアプローチ 金子 藤井勉・野口友希・田中千絵(2010) .IAT を用いた不安の測 書房 pp.48-62. 定―他者評定による客観的な指標を用いて― 日本社会心 谷伊織(2008) .バランス型社会的望ましさ反応尺度日本語版 理学会第 51 回大会発表論文集,234-235. Fujii, T., Tanaka, C., Noguchi, Y., & Aikawa, A. (2010). An attempt − 289 − (BIDR-J)の作成と信頼性・妥当性の検討 パーソナリティ 東 京 学 芸 大 学 紀 要 総合教育科学系Ⅰ 第 62 集(2011) 研究,17,18-28. Uebuchi, H., & Fujii, T. (2010). “Implicitness” of implicit theories 謝辞 of intelligence: The problem of measuring implicit theories. Poster presented at the 27th International Congress of Applied 本調査に快くご協力を賜りました参加者の皆様に, Psychology, Melbourne, Australia. 心より御礼お申し上げます。 − 290 −
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