Title Author(s) Citation Issue Date URL Publisher Rights 紙筆版 IAT を用いた自尊心査定の試み( fulltext ) 藤井,勉; 上淵,寿 東京学芸大学紀要. 総合教育科学系, 61(1): 113-120 2010-02-00 http://hdl.handle.net/2309/107256 東京学芸大学学術情報委員会 東京学芸大学紀要 総合教育科学系Ⅰ 61: 113 - 120,2010. 紙筆版 IAT を用いた自尊心査定の試み 藤 井 勉*・上 淵 寿** 教育心理学講座 (2009 年 9 月 28 日受理) 1. 問題と目的 (e.g., 尾崎,2006;佐藤・吉田,2009) 。この課題は主 にコンピュータを用いて実施されることが多い。具体 人は,自身で感じている感情を言語で報告すること 的には,画面上に呈示される刺激語を,右あるいは左 ができるし,自身で行った行動の理由を問われれば, に対応するキーを押すことで,画面の左右に示され 回答するのは容易であると考えている。人格が完全に た 4 つの概念に分類(あるいはカテゴリー化)すると 統一され,すみずみまで自己制御が効くという考え方 いうものである。IAT は,この分類課題において,特 は,近代西欧の人間観の中核であった(下條,1996, 定の 2 つの概念が強く結びついている場合,その反応 2008) 。 が容易であるために早くなるという原理を用いてい しかし,自動的制御研究の知見(Bargh, Gollwitzer, る。表 1 に示すように,IAT は 7 つのブロックからな Lee-Chai, Barndollar, & Trötschel, 2001;藤井・池田・上 り,その内の 1 ,2 ,5 ブロックは参加者に刺激語や 淵,2009)から,その常識は覆されたといえるだろう。 回答に関するルールを覚えさせるものである。 IAT で これらの知見は,自身でも気付かないような環境から 重要なのは,ブロック 3 ,4 ,6 ,7 である。ここでは, の刺激によって特定の目標が活性化し,その目標遂行 ジェンダー・スイテレオタイプを査定するジェンダー へと向けた行動が動機づけられることを主張する。し IAT を例にあげて説明する。 かも,その目標遂行のプロセスには,自身でアクセス 表 1 ジェンダー IAT の手続き(例) できていないのだ。 このように,近年,意識的なアクセスが困難な思 ブロック 内容 試行数 考や感情を測定することへの関心が高まってきた 1 カテゴリー分類課題(男性―女性) 20 (Nosek, Greenwald, & Banaji, 2007) 。新たな測定法が 2 属性分類課題(良い―悪い) 20 出現し,この測定は以前よりも身近なものになって 3 組み合わせ課題(男性+良い・女性+悪い) 20 いる。本研究では,潜在的な態度を査定するために 4 組み合わせ課題(男性+良い・女性+悪い) 40 Greenwald, McGhee, & Schwartz(1998)によって作成さ 5 カテゴリー分類課題(女性―男性) 20 れた,Implicit Association Test(以下,IAT と表記する) 6 組み合わせ課題(女性+良い・男性+悪い) 20 に焦点を当てる。 7 組み合わせ課題(女性+良い・男性+悪い) 40 1.1.IAT(Implicit Association Test) 標準的な IAT の手続きとしては,7 つの反応ブロッ IAT は,概念間の連合を間接的に測定する手法で クにおいて,2 種類の概念カテゴリー(e.g.,「男性」と あり,日本では「潜在的連合テスト」あるいは「潜 「女性」 )と 2 種類の属性カテゴリー(e.g.,「良い」と 在連合テスト」などの呼称が用いられることが多い 「悪い」 )に関連する刺激語を,指示されたカテゴリー * 学習院大学人文科学研究科 博士後期課程(171-8588 東京都豊島区目白 1-5-1) ** 東京学芸大学(184-8501 東京都小金井市貫井北町 4-1-1) − 113 − 東 京 学 芸 大 学 紀 要 総合教育科学系Ⅰ 第 61 集(2010) へとできる限り早く分類するものである。ブロック 1 IAT は開発以降,上述のような潜在的ステレオタ は 20 試行であり,呈示された刺激語が 2 つのターゲッ イ プ の 他 に, シ ャ イ ネ ス(Asendorpf, Banse, & Mücke, ト概念のどちらに関係するか,それぞれ対応する 2 つ 2002;藤井・杉森・相川,2008,2009)や不安(Egloff & のキー押しで分類する(e.g., ジェンダー IAT では,画 Schmukle, 2002) ,自尊心(Greenwald & Farnham, 2000;原 面左側に示された「男性」カテゴリーに関する刺激語 島・小口,2007) ,暗黙の知能観(藤井・上淵,2009a, b) は「 f 」キーで,画面右側に示された「女性」カテゴ や達成目標志向性(蓑田・藤井・上淵,2009) ,そし リーに関する刺激語は「 j 」キーで分類する) 。ブロッ て時間的展望(田渕・増本・小林・藤田,2009)など, ク 2 も 20 試行であり,2 つの反応キーを用いて,呈示 実に様々な領域において使用されてきた。多くの研究 された刺激語がポジティブなものかネガティブなもの の結果,IAT のような潜在的測度で査定できる対象と, かを分類する(e.g., ジェンダー IAT では,左に示され 質問紙のような顕在的測度で査定できる対象は,質が た「良い」に関する刺激語は「 f 」キーで, 「悪い」に 異なる可能性が示唆されている。人間の情報処理過程 関する刺激語は「 j 」キーで分類する) 。ブロック 3 も には,意識を介しない自動処理と,意識を要する統 20 試行からなるが,ブロック 1 と 2 を組み合わせた 制処理の 2 種類があるとする 2 過程モデル(Posner & 課題に回答する。具体的には,画面左側に「男性」と Snyder, 1975)が提唱されているが,潜在的測度と顕在 「良い」が示され,画面右側に「女性」と「悪い」が 的測度が予測する対象は,このモデルからの解釈が可 呈示され,ブロック 1 と 2 で呈示された刺激語を,左 能である。すなわち,意識を介しない自動処理の傾向 側の 2 種類は「 f 」キーで,右側の 2 種類は「 j 」キー は,潜在的測度によって予測することが可能であり, で分類する。ブロック 4 は 40 試行からなり,ブロッ 意識を要する統制処理の傾向は,顕在的測度によって ク 3 と同じ内容の課題を行う。ブロック 5 は 20 試行か 予測することが可能であると考える。 らなり,ブロック 1 とは反対のキーを用いて回答する すなわち,これらの研究から示唆されるのは,顕在 (i.e., 画面左側に「女性」カテゴリーが示され,画面 的測度からは予測できない,いわば潜在的な自己概念 右側に「男性」カテゴリーが示され,それぞれ「 f 」 , が存在すること,しかも,その自己概念が独特に予測 「 j 」のキー押しで,呈示された刺激語を分類する) 。 する行動があるということである。潜在的な自己概念 ブロック 6 は 20 試行であり,ブロック 3 ,4 とは組 を知覚することにより,よりよい自己理解が得られる み合わせが逆になった課題に取り組む(i.e., 画面左側 (潮村,2008)他に,不適応的な行動への介入が可能 に「女性」と「良い」が示され,画面右側に「男性」 になるかも知れない。 と「悪い」が呈示され,ブロック 1 と 2 で呈示された ただし,潜在的測度である IAT を実施するには時間 刺激語を,左側の 2 種類は「 f 」キーで,右側の 2 種 的・物理的な制約がある。この点を克服するために, 類は「 j 」キーで分類する)。ブロック 7 は 40 試行か 集団で実施することが可能な紙筆版 IAT の研究が進ん らなり,ブロック 6 と同じ内容の課題を行う。原理 でいる(e.g., 藤井,2009) 。 としては,ブロック 3 ,4 の組み合わせ課題とブロッ ク 6 ,7 の組み合わせ課題において反応時間が早い方 1.2.紙筆版 IAT が,その参加者の中で連合が強い組み合わせであると IAT は通常,パソコンなどのコンピュータを用いて 考えるのである。 実施することが多い。しかし,参加者 1 名につき 1 台 最初に行った組み合わせ課題のパフォーマンスが, のコンピュータが必要になり,1 度の試行には平均 後続の組み合わせ課題のパフォーマンスに干渉するた で 7 分程度の時間を要するため,時間的な制約がある。 め,組み合わせ課題の実施順序をカウンターバランス また,他の手続きを実験に組み込んだ場合,パソコン する(i.e., ブロック 1 ,3 ,4 と 5 ,6 ,7 ,の実施順序を の操作の他に課題や質問紙への回答などの作業を依頼 参加者ごとに入れ替える)方法を用いるのと同時に, することが多くなり,参加者の負担や不安・緊張は増 ブロック 5 の試行数を 20 試行から 40 試行に変更する 大すると考えられる。紙筆版 IAT は,IAT の手続きを ことで,この効果を軽減できるとされる(Nosek et al., 紙と鉛筆を用いて行うものであり,集団での実施が可 2007) 。加えて,D 得点と呼ばれる得点の計算方法を 能であると同時に,比較的短時間で終了することがで 用いて反応時間を扱うことで,平均反応時間の個人差 きる。ゆえに,本研究では紙筆版 IAT を作成し,コン や認知的流暢性の個人差の効果も減少できるとされる ピュータ版 IAT(以下 PC 版 IAT)との相関を検討する。 (得点化の方法は Greenwald, Nosek, & Baniaji, 2003 を参 両者の相関が高いものであれば,今後は紙筆版 IAT を 照) 。 用いて研究を行うことも可能であろう。 − 114 − 藤井・上淵 : 紙筆版 IAT を用いた自尊心査定の試み 紙筆版 IAT は,PC 版 IAT と同様,7 ブロックで構 ている。 成される。PC 版との主要な違いは,PC 版は反応時 この社会的望ましさの影響を受けにくい測度として 間を指標とするのに対し,紙筆版は正答数を指標と 近年注目され,研究が急激に増加しているのが,前述 している点である。つまり,潜在的に連合の強い概 の IAT を用いる態度の査定方法である。では,IAT で 念どうしの組み合わせは,連合の弱い組み合わせよ 査定される自尊心は何を示すのだろうか。 りも正答数が増えるという考え方に基づく。ゆえに, 紙筆版 IAT は,ブロックごとに制限時間を設定して 1.4.潜在的自尊心 実施する。 本 研 究 で は,IAT で 査 定 さ れ る 自 尊 心 を, 前 述 紙筆版 IAT を使用した研究例には,岡部・木島・佐 の 2 過程モデルに従い,潜在的自尊心と定義する。そ 藤・山下・丹治(2004)がある。この研究では,大学 して,質問紙を用いて査定する自尊心は,潜在的自尊 生の超能力信奉傾向を,PC 版 IAT と紙筆版 IAT を用 心と対比させるために顕在的自尊心と呼ぶこととする。 いて査定している。その結果,両者の相関は有意な正 潜在的自尊心の及ぼす効果についての実験的な研究 の値をとっていた。ゆえに,同一の概念を査定する に,原島・小口(2007)がある。この研究では,質問 PC 版 IAT と紙筆版 IAT は,ともに正の関係にあると 紙を用いて顕在的な自尊心を査定し,IAT を用いて潜 予想される。今回は,社会心理学の領域で特に多く用 在的な自尊心をそれぞれ査定した。そして,場面想定 いられる,自尊感情に焦点を当てて紙筆版 IAT を作成 法による金銭分配課題を行い,顕在的自尊心が高い群 し,PC 版 IAT との関連を検討することとする。 において,潜在的自尊心が低い群が,潜在的自尊心の 高い群よりも内集団ひいきを示すという結果を得てい 1.3.自尊心 1 る。この結果は,顕在的自尊心と潜在的自尊心の不一 自尊心(self-esteem)とは,自分自身に対する肯定的 致,すなわち「ずれ」を解消するために行っている防 な感情,自分自身を価値ある存在として捉える感覚で 衛的な行動と解釈されている。顕在・潜在的自尊心の ある(伊藤,2002) 。日本においては, 「自尊心が高い」 間に不一致がある場合,人はそのずれを解消しようと 「プライドが高い」という表現はマイナスのイメージ 動機づけられるという。つまり,潜在的自尊心がネガ が持たれがちであるが,心理学では自尊心の高さは精 ティブである場合,現実のポジティブな顕在的自尊心 神的健康と関連し,自尊心の低さはさまざまな問題行 を守ろうとし,内集団ひいきのような防衛的行動がと 動と関連すると考えられている(レビューとして,伊 られやすいと主張する。このことは,顕在的自尊心と 藤,1998) 。自尊心は社会心理学的な研究の中で重要 精神的健康との関連にのみ注目し,単に顕在的自尊心 な役割を占めており,従来からの測定法である質問紙 を高めるような介入を行うことの意味に疑問を投げか を用いて,その査定が試みられてきた。数ある尺度の ける論文として重要であろう。従来の研究で扱われて 中でも,代表的な自尊心尺度は Rosenberg(1965)の尺 きた,顕在的自尊心の他に潜在的自尊心を扱うこと 度であろう。この尺度は,さまざまな心理学的尺度の も,より実践的な介入に有益である可能性があるとい 中でも絶対的な基準とも呼べるような位置づけを与 える。 えられていると考えるような研究者も多いという(潮 村,2008) 。しかし,質問紙法による査定方法には, 1.5.本研究の目的 社会的望ましさのバイアスが影響する可能性が従来か 上記のことから,本研究では IAT を用いた自尊心査 ら指摘されている。 (Edwards, 1957) 。この自尊心尺度 定のための予備的研究として,自尊心 IAT の紙筆版を も例外ではなく,潮村(2008)によれば,自尊心尺度 作成することを試みる。加えて,実験参加者の顕在的 は,自尊心の他に「自己謙遜(self-effacement) 」の低 自尊心・社会的望ましさを査定し,顕在的測度間での さも同時に査定していると考えられるという。すなわ 相関関係や,潜在的測度と顕在的測度間の関係も検討 ち,自尊心尺度の得点には,自尊心の成分の他に,少 する。 なくとも自己謙遜の低さという成分が含まれているこ とになる。自己謙遜は,東アジア文化において美徳と 2.方 法 されていることから,自尊心尺度への回答は,文化に よる社会的望ましさのバイアスが影響している可能性 参加者 東京都内の大学生および大学院生12名(男性 がある。実際に谷(2008)では,質問紙法で査定した 3 名,女性 9 名,年齢の範囲は20歳∼ 31歳,M = 24.08, 自尊心と,社会的望ましさ尺度との間に相関を検出し SD = 3.80) − 115 − 東 京 学 芸 大 学 紀 要 総合教育科学系Ⅰ 第 61 集(2010) 2.1.材料 2.2.手続き PC 版自尊心 IAT 実験手続の制御には Millisecond 実験開始前の参加者に対して,本研究で収集した 社 の Inquisit 3.0 を 用 い た。 刺 激 語 は Greenwald & データは統計的に処理され,個人が特定される可能性 Farnham(2000)を参考にした。以下,PC 版 IAT と はないこと,申し出ればいつでも実験を中断および中 表記する。 止できることを説明した。この説明を受け,実験参加 紙筆版自尊心 IAT IAT を紙とペンを用いて行うもので の意思を変更した参加者はいなかった。 ある。藤井(印刷中)を参考に,冊子体で構成した。 参加者に対し,最初に PC 版 IAT を実施した。一 以下,紙筆版 IAT と表記する。手続きは表 2 に示す。 致・不一致課題の実施順序は参加者ごとに相殺した。 自尊心尺度 山本・松井・山成(1982)で使用された, その後,1 日の間隔をおいて紙筆版 IAT を行った。参 自尊心を査定する尺度である。得点が高いほど自尊 加者は,実験者の教示に従って回答をするよう求めら 心が高いことを示すものであった。10 項目から成る。 れ,一致・不一致課題の実施順序は相殺した。また, 以下,自己報告式の尺度はすべて 7 件法で回答を求 PC 版 IAT と紙筆版 IAT の一致・不一致課題の実施順 めた。 序はマッチングを行った。すなわち,PC 版 IAT で一 バランス型社会的望ましさ反応尺度日本語版 谷(2008) 致課題を先に行った参加者は,紙筆版 IAT でも一致課 によって翻訳された,社会的望ましさを測る尺度で 題を先に行い,残りはその逆とした。最後に自尊心尺 ある(以下,社会的望ましさ尺度と表記する) 。自己 度・社会的望ましさ尺度への回答を求め,デブリー 欺瞞と印象操作の 2 因子で構成されている。各 12 項 フィングを行い終了した。途中で実験の中断および終 目であり,合わせて 24 項目である。前者は,回答者 了を申し出た参加者はいなかった。 が,本当の自己像であると信じて無意識に回答を歪 曲することを指す。後者は,故意に回答を良い方に 2.3.仮説 歪め,真の自己像を偽る反応を指す。 実験にあたり,先行研究から以下の仮説を立てた。 谷(2008)で は, 先 行 研 究(e.g., Paulhus, Reid & ( 1 )PC 版 IAT 得点と紙筆版 IAT 得点は,正の相関 Douglas, 1991)を参考に,自尊心尺度は自己欺瞞とは を示す。 高い正の相関があり,印象操作とは無相関であると ( 2 )PC 版 IAT・紙筆版 IAT を用いて査定された潜 いう仮説を立てて調査を行い,同様の結果がみられ 在的自尊心得点は,社会的望ましさ尺度得点 ることを示した。ゆえに,本研究でも同様の結果が とは無相関である。 ( 3 )顕在的な自尊心尺度の得点は,社会的望まし 得られると予想する。 表 2 紙筆版 IAT の手続き ページ 内容および刺激語の数 制限時間 1 課題およびブロック 1 の説明,注意事項の記載 なし 2 ブロック 1:カテゴリー分類課題(自己―他者)20 語 10 秒 3 ブロック 2 の説明 なし 4 ブロック 2:属性分類課題(快な―不快な)20 語 10 秒 5 ブロック 3 の説明 なし 6 ブロック 3:組み合わせ課題(自己+快な・他者+不快)20 語 10 秒 7 ブロック 4 の説明 なし 8 ブロック 4:組み合わせ課題(自己+快な・他者+不快)40 語 20 秒 9 ブロック 5 の説明 なし 10 ブロック 5:カテゴリー分類課題(他者―自己)40 語 20 秒 11 ブロック 6 の説明 なし 12 ブロック 6:組み合わせ課題(他者+快な・自己+不快な)20 語 10 秒 13 ブロック 7 の説明 なし 14 ブロック 7:組み合わせ課題(他者+快な・自己+不快な)40 語 20 秒 15 質問紙(自尊心・社会的望ましさ尺度) なし − 116 − 藤井・上淵 : 紙筆版 IAT を用いた自尊心査定の試み さ尺度の「自己欺瞞」の因子とのみ相関がみ 3.3.PC 版 IAT と紙筆版 IAT の相関,および顕在的 な尺度との相関 られる。 ( 4 )顕在的な自尊心尺度の得点と,潜在的な自尊 PC 版 IAT 得点と,紙筆版 IAT 得点との相関係数, 心尺度得点の相関は,弱い正の相関か無相関 および顕在的測度である自尊心尺度,社会的望ましさ である。 尺度の相関係数を求めた。結果は表 3 に示した。以下, 仮説との対応をつけて考察していく。 3.結果および考察 3.4.PC 版 IAT と紙筆版 IAT の相関 3.1.データの得点化 予測通り,PC 版の自尊心 IAT と紙筆版の自尊心 IAT PC 版 IAT の得点化は,前述の Greenwald et al.(2003) との間に,正の相関がみられた。このことは,仮説 にならい,D-Score を算出し,分析に用いた。紙筆版 ( 1 )を支持するとともに,藤井(印刷中)の知見を支 IAT については,組み合わせ課題の正答数をカウント 持する。したがって,紙筆版 IAT を用いて潜在的自尊 し,6 ブロックの正答数から 3 ブロックの正答数を引 心を査定した場合も,PC 版 IAT を用いて潜在的自尊 いた差と,7 ブロックの正答数から 4 ブロックの正答 心を査定した場合と近似した結果が得られる可能性を 数を引いた差の平均値を取った。この方法では,値が 示唆する。 正であるほど潜在的自尊心が低いことを示し,値が負 であるほど潜在的自尊心が高いことを示す。PC 版 IAT 3.5.PC 版 IAT・紙筆版 IAT と社会的望ましさ尺度 との相関 得点の解釈と逆になるため,今回は符号を逆転させる ことで PC 版 IAT 得点と正負の方向が同一になるよう PC 版,紙筆版 IAT と,社会的望ましさ尺度の 2 つ にし,紙筆版 IAT 得点とした。また,組み合わせ課題 の因子との間には,いずれも相関がみられなかった。 の実施順序は,参加者ごとに相殺し,3 ブロックの正 このことは,仮説( 2 )を支持するものである。ゆえ 答数から 6 ブロックの正答数を引いた差と,4 ブロッ に,IAT は,社会的望ましさの影響を受けないとする クの正答数から 7 ブロックの正答数を引いた差の平均 先行研究(Egloff & Schmukle, 2002;藤井・山口・上淵, 値を取った。他の尺度については,合算得点の平均値 2008;藤井・上淵,2009a, b)の知見を追認した。 を求めた。各尺度の基礎統計量と相関係数を,まとめ 3.6.自尊心尺度と, 「自己欺瞞」の因子との相関 て表 3 に示す。 顕在的な自尊心尺度得点と,社会的望ましさ尺度の 3.2.各尺度における性差 「自己欺瞞」の因子得点は,有意な正の相関を示した。 各尺度での性差を検討するために,各尺度の得点を 一方,自尊心尺度得点は, 「印象操作」の因子得点と 従属変数とし,性別を独立変数とした分散分析を行っ は無相関であった。このことは,同一の尺度を用いて たところ,印象操作得点のみ性別の主効果が有意であ 調査を行っている谷(2008)の知見を追認するととも り(F(1, 11)= 5.85, p <.05) ,印象操作の得点は男性よ に,仮説( 3 )を支持するものである。 りも女性の方が高かった。この傾向は谷(2008)の知 見と一致する。その他の尺度については,有意な性別 3.7.潜在的自尊心と顕在的自尊心の関係 の主効果はみられなかった(Fs<.97, ns) 。 PC 版および紙筆版 IAT を用いて査定された潜在的 自尊心得点と,自尊心尺度を用いて査定された顕在的 自尊心得点との間には,有意な相関は検出されなかっ 表 3 各尺度の相関係数および記述統計量(N = 12) M SD α 1 2 3 4 5 1 PC 版 IAT 1 .58* .37 -.13 -.19 .63 .28 − 1 .20 .30 -.41 6.38 3.66 − 1 .58* .37 3.96 1.23 .93 1 .32 3.02 .81 .81 1 3.27 .85 .81 2 紙筆版 IAT 3 自尊心尺度 4 自己欺瞞 5 印象操作 *p <.05 − 117 − 東 京 学 芸 大 学 紀 要 総合教育科学系Ⅰ 第 61 集(2010) た。ゆえに,顕在的測度を用いて査定される概念と, Between Implicit and Explicit Personality Self-Concept: The Case 潜在的測度を用いて査定される概念は質的に異なると of Shy Behavior. Journal of Personality and Social Psychology, 考える 2 過程モデルからの仮説(藤井他,2009)を支 84, 380-393. 持すると同時に,参加者自身が,潜在的な自尊心に気 Bargh, J. A., Gollwitzer, P. M., Lee-Chai, A., Barndollar, K., & Trötschel, R. (2001). The automated will: Nonconscious activation and 付いていない可能性も示唆されたといえよう。 pursuit of behavioral goals. Journal of Personality and Social Psychology, 81, 1014-1027. 4.まとめ Edwards, A. L. (1957). The social desirability variable in personality 本研究の結果から,PC 版 IAT の代替手段として, assessment and research. New York: Dryden. 紙筆版 IAT を用いても潜在的自尊心を査定可能である Egloff, B., & Schmukle, S. C. (2002). Predictive Validity of an Implicit ことが示唆された。また,従来から用いられている自 Association Test for Assessing Anxiety. Journal of Personality and 尊心尺度には,先行研究と同様の方向の相関が検出さ Social Psychology, 83, 1441-1455. れた一方で,IAT は PC 版・紙筆版ともに社会的望ま 藤井勉(2009) .知能観 IAT 紙筆版作成の試み 学習院大学 人 しさの影響を受けないことが実証された。加えて,顕 在的な自尊心と潜在的な自尊心は質的に異なる概念で 文科学論集,18,305-319. 藤井勉・池田倫子・上淵寿(2009) .達成動機づけにおけるプ あるという可能性が示された。 ライミング効果 東京学芸大学紀要 総合教育科学系,60, 131-139. 5.今後の課題と展望 藤井勉・杉森伸吉・相川充(2008) .IATを用いたシャイネス査定 の試み( 1 ) 日本教育心理学会第50回大会発表論文集,92. 本研究の制限として,十分なサンプル数が得られな 藤井勉・杉森伸吉・相川充(2009) .IAT を用いたシャイネス かったということが指摘されうる。今後は,更にデー 査定の試み( 2 ) 日本社会心理学会第 50 回大会・日本グ タ数を増やし,結果が頑健なものであるかを確認する ループ・ダイナミックス学会第 56 回大会合同大会発表論 必要はあるかもしれない。しかし,相関係数はサンプ 文集,594-595. ル数が多くなるほど有意になりやすいという傾向があ 藤井勉・山口有紀・上淵寿(2008) .暗黙の知能観の査定にお る中で,12 名のデータでも有意な相関が検出されたこ ける IAT の有用性の検討 日本心理学会第 72 回大会発表 とは,意味のあることと解釈する。 論文集,1078. 2 過程モデルを考慮すれば,自尊心尺度を用いた顕 藤井勉・上淵寿(2009a) .IAT を用いた暗黙の知能観の査定と 在的自尊心の査定にも十分な意義があろう。ゆえに, 予測的妥当性の検討( 1 ) 日本心理学会第 73 回大会発表 本研究は自己報告式の調査方法を否定するものではな 論文集,975. い。ただし,本人も意識することがないような潜在的 藤井勉・上淵寿(2009b) .IAT を用いた暗黙の知能観の査定と な自尊心を査定することで,冒頭で取り上げたような 予測的妥当性の検討( 2 )日本教育心理学会第 51 回大会発 介入について別の側面からアプローチすることもでき 表論文集,169. るかもしれない。本研究で使用した IAT は PC 版・紙 Greenwald, A.G., Farnham. S. D. (2000). Using the Implicit Association 筆版ともに,実際の行動などとの関連を検証したもの Test to measure self-esteem and self-concept. Journal of ではないため,信頼性および妥当性の検討を行う必要 Personality and Social Psychology, 79, 1022-1038. があろう。その手段としては,異なる概念を査定する Greenwald, A.G., McGhee, D. E, & Schwartz, J. L. K. (1998). 潜在的測度どうしの相関関係を検討することも方法と Measuring Individual Differences in Implicit Cognition: The して挙げられよう。すなわち,自尊心について,顕在 Implicit Association Test. Journal of Personality and Social 的測度を用いた研究で確認されている関係性(e.g., 負 Psychology, 74, 1464-1480. の相関を持つシャイネスなど)が,潜在的測度の水準 Greenwald, A. G., Nosek, B. A., & Banaji, M. R. (2003). Understanding でも確認されるかを検討することである。その点も含 and using the implicit association test: I. An improved Scoring め,今後は知見の蓄積が望まれよう。 Algorithm. Journal of Personality and Social Psychology, 85, 197-216. 6 .引用文献 原島雅之・小口孝司(2007) .顕在的自尊心と潜在的自尊心が内 Asendorpf, J. B., Banse, R., & Mücke, D. (2002). Double Dissociation 伊藤忠弘(1998) .特性自尊心と自己防衛・高揚行動 心理学 集団ひいきに及ぼす効果 実験社会心理学研究,47,69-77. − 118 − 藤井・上淵 : 紙筆版 IAT を用いた自尊心査定の試み 評論,41,57-72. 下條信輔(1996) .サブリミナル・マインド 中公新書 伊藤忠弘(2002). 自尊感情と自己評価 船津衛・安藤清志(編) 自我・自己の社会心理学 北樹出版 pp. 96-111. 下條信輔(2008) .サブリミナル・インパクト ちくま書房 潮村公弘(2008) .潜在的自己意識の測定とその有効性 下斗米 蓑田裕久・藤井勉・上淵寿(2009) .潜在的測定法による達成 淳(編)自己心理学 6 社会心理学へのアプローチ 金子書 目標理論へのアプローチ― Implicit Association Test を用い 房 pp. 48-62. て― 東京学芸大学紀要 総合教育科学系,60,141-148. 田渕恵・増本康平・小林知博・藤田綾子(2009) .自伝的記憶の Nosek, B. A., Greenwald, A.G., & Banaji, M. R., (2007). The Implicit 想起内容と顕在的・潜在的時間展望の関連 日本心理学会 Association Test at Age 7: A Methodological and Conceptual 第 73 回大会発表論文集,886. Review. In Social psychology and the unconscious: The 谷伊織(2008) .バランス型社会的望ましさ反応尺度日本語 automaticity of higher mental processes. Bargh, John A. (Ed.). 版(BIDR-J)の作成と信頼性・妥当性の検討 パーソナリ New York, Psychology Press, pp. 265-292. ティ研究,17,18-28. 岡部康成・木島恒一・佐藤徳・山下雅子・丹治哲雄(2004) . 山本真理子・松井豊・山城由紀子(1982) .認知された自己の 紙筆版潜在連合テストの妥当性の検討─大学生の超能力信 諸側面の構造 教育心理学研究,30,64-68. 奉傾向を題材として─ 人間科学研究,26,145-151. 注 尾崎由佳(2006) .接近・回避行動の反復による潜在的態度の 変容 実験社会心理学研究,45,98-110. Paulhus, D. L., Reid, D. B., & Douglas B. (1991). Enhancement and 1 自尊心は,自尊感情とも呼ばれる。混乱を避けるために, denial in socially desirable responding. Journal of Personality and 本論文では両者を同一の概念と考え,引用文献中に自尊心 Social Psychology, 60, 307-317. と記載があっても「自尊心」と表現する。 Posner, M. I., & Snyder, C. R. R. (1975). Attention and cognitive control. In R. L. Solo (Ed.), Information processing and cognition: The 謝 辞 Loyola symposium. pp. 55-85. Hillsdale, NJ: Erlbaum. Rosenberg, M. (1965). Society and the adolescent self-image. Princeton, NJ: Princeton University Press. 本研究にご協力いただいた実験参加者の皆様と,貴 重なご示唆を賜りました伊藤忠弘准教授(学習院大学) 佐藤広英・吉田富二雄(2009) .潜在連合テストによるオノマト に,心よりお礼申し上げます。 ペの印象評価― SD 法との比較 心理学研究,80,145-151. − 119 −
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