地域医療 - 新潟県医師会

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地域医療
胃癌の腹膜転移に対する最新治療と
「患者申出療養」
-皮下埋め込みポートを用いた腹腔内化学療法-
県立がんセンター新潟病院 消化器外科
藪
崎
裕
1.胃癌における腹膜転移
S-1+ シスプラチン併用化学療法(SP 療法)が推
進行胃癌症例では腫瘍の漿膜浸潤により(図1
奨度1となっており、その根拠となった国内第
-a)、癌細胞の腹腔内への播種が始まり、手術時
III 相試験での生存期間中央値(MST)は13.0か
あるいは審査腹腔鏡検査時の洗浄細胞診が陽性と
月でした4)。一方、これまでに行われた腹膜転移
なります(図1-b)
。また、腹膜転移が確認され
陽性胃癌を対象とした臨床試験における MST は
た場合(図1-c)も併せて、胃癌取扱い規約第14
6か月から長くても12か月程度であり、予後はさ
版
らに不良となっています。
1)
ではこれらを StageIV に分類し、手術のみ
では根治不可能となります。洗浄細胞診陽性や腹
膜転移は難治性で、予後を規定する最も重大な因
2.PHOENIX-GC 試験
子の一つであり、その進行に伴って腹水貯留、消
パクリタキセルは経静脈投与後の腹水中への移
化管閉塞、水腎症などを来し患者の QOL を著し
行が良好であり、腹膜転移に対する有効性が報告
く低下させます。手術による根治は不可能である
されています。さらなる効果増強を目的として、
ため、生存期間の延長を目指して種々の治療法が
2006年から東京大学腫瘍外科において胃癌腹膜転
試行されて来ました。
移に対する腹腔内化学療法の第I相試験が開始さ
最新の胃癌全国登録データによると 、2002年
れました5)。1コース21日間として S-1(14日間
の胃癌患者全体(n =13,626)の5年生存割合は
内服、7日間休薬)と週1回(第1、8日目)パ
68.9%で、死亡原因の約40%を腹膜転移が占めま
クリタキセルの経静脈投与(全身化学療法)と、
す。胃癌治療ガイドライン第4版
では、HER2
留置した腹腔ポート(図2)からパクリタキセル
陰 性 切 除 不 能・ 再 発 胃 癌 に 対 す る 標 準 治 療 は
を腹腔内に投与(腹腔内化学療法)する併用療法
2)
3)
a
b
審査腹腔鏡により観察した
胃癌漿膜浸潤陽性例。
洗浄細胞診陽(Papanicolaou
染色X400)。
図1 胃癌腹膜転移の成立過程
新潟県医師会報 H28.11 № 800
c
胃癌腹膜転移陽性所見。
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腹腔ポート
腹腔ポートを用いた腹腔内化学療法
腹腔ポートを臍左下方の皮下に埋め込み、チューブの先端は腹
腔内(骨盤腔)に留置する。
図2 腹腔ポートによる腹腔内化学療法
が開発されました(IP 療法)
。
ましたが、腹水量(腹水なし・少量;骨盤腔内・
本療法は先進医療として承認された第 II 相試
中等量;骨盤腔を越える)に関しては IP 群に腹
験を経たのち 、2011年10月からはガイドライン
水が多い症例が偏りました。
の標準治療である SP 療法と比較する多施設共同
全生存期間の主解析(FAS 解析)での MST
の第III相試験(PHOENIX-GC試験)が登録2年、
はそれぞれ17.7か月、15.2か月という成績でした
追跡2年、計4年の研究期間として、当初は東京
が、
統計学的にはその差は証明されませんでした。
大学を中心に、新潟がんセンターを含む数施設で
しかし、SP 療法を拒否し IP 療法を受けた患者を
のスタートでしたが、最終的には腹腔内化学療法
除く感度分析と腹水量で補正した感度分析で検討
研究会として17施設が参加しています。主要評価
したところ(PPS 解析)
、IP 療法がより有効であ
項目は全生存期間、副次的評価項目は治療成功期
ることが示唆されました。特に、腹水量が多いほ
間、抗腫瘍効果、安全性です。予定患者登録数
ど IP 療法の治療効果が高くなり、本療法の特徴
180例(試験治療120例、標準治療60例)で、2013
を反映していると考えられます。主な副作用とし
年11月に登録終了、2015年11月に観察期間終了、
て(Grade3以上)
、白血球減少25%、好中球数減
今年6月に米国臨床腫瘍学会で結果が発表されま
少50%、貧血13%、食欲不振10%、下痢9%、悪
した 。
心7%などが認められました。
臨床試験では183例が2対1にランダム化割り
現在、この臨床研究の結果を基に、パクリタキ
付けされましたが、同意撤回や病状進行などで実
セルによる腹腔内化学療法の保険承認に向けて厚
際に治療を受けなかった患者を除くと、IP 群116
生労働省と審議を進めています。これまでは高度
例、SP 群53例、計169例となります。また、SP
医療から保険承認につながる制度はありませんで
群に割り付けられた6例にはプロトコール治療後
したが、昨年「未承認薬迅速実用化スキーム」が
の逸脱(患者の希望で他院にて IP 治療を施行)
新たに設けられ、先進医療Bから「未承認薬・適
が確認されています。患者背景では年齢、性別、
応外薬検討会議」に進むことができるようになり
PS、前化学療法、腹膜転移、組織型などには差
ました。本年9月15日の
「先進医療技術審査部会」
はありませんでした。層別化因子は施設、前治療
において、東京大学から提出された PHOENIX-
の有無、腹膜転移の程度(P1 / P2-3)としてい
GC 試験の総括報告書に関する内容が議論され、
6)
7)
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一定の実績があると評価されました。今後は「未
議論を重ねていく中で最終的には臨床試験として
承認薬・適応外薬検討会議」を経て、早ければ来
施行することに決定したために、先進医療と同じ
年度には公知申請をおこない、実臨床での保険治
体制を整えた申請が必要となりました。さらに厚
療が実施可能となる見込みです。
生労働省の指導により、安全性を担保するために
「患者申出療養」を使って自由にどこでも腹腔内
3.患者申出療養
化学療法を施行することができなくなりました。
一方、保険治療が始まるまでの間、厚生労働省
現時点では腹腔内化学療法研究会を中心とした全
が今年度から導入した「患者申出療養」制度に基
国30施設に限定されており、新潟県立がんセン
づいた初めてのケースとして、腹腔内化学療法を
ターはその中のひとつに選ばれた、県内では唯一
希望する胃癌腹膜転移の患者に対し提供すること
の施設となります。
が可能となりました。本年10月14日には塩崎恭久
患者の費用負担:
「患者申出療養」でのパクリ
厚生労働大臣から「患者申出療養」に関する告示
タキセル腹腔内投与は健康保険が適用されず、薬
がおこなわれています。
剤費、人件費および研究の実施に必要な費用等の
「患者申出療養」は元来、先進医療を受けたい
負担が発生します。その金額は初期費用として
けれども受けられない(年齢や臓器機能などが適
62,000円(既に先進医療等で腹腔内投与を受けて
格基準を満たさない)患者に対して、先進医療と
いる場合は22,000円)
、投与1回あたり約16,000円
同等の治療を提供する目的でつくられた制度です
です。1年間で34回まで投与が継続されることが
(図3)。従って、PHOENIX-GC 試験と比較す
予想されますが、その費用は合計約606,000円(既
ると、年齢・臓器機能・再発例・前治療などの部
に腹腔内投与を受けている場合は約566,000円)
分で適格条件がかなり緩和されています。
ただし、
となります。その他の診療や検査には健康保険が
図3 患者申出療養制度 啓発パンフレット(厚生労働省ホームページより)
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図4 ‌
「腹膜播種陽性または腹腔細胞診陽性の胃癌に対する S-1+パクリタキセル経静脈・腹腔内併用療法の臨
床研究」実施計画書
適用されますが、通常の治療と同じく自己負担分
2009 annual report of the JGCA nationwide
の支払いが発生します。患者申出療養の費用と保
registry. Gastric Cancer 2013 : 16 : 1–27.
険診療の平均的な総額は、
自己負担が3割の場合、
3)日本胃癌学会(編) : 胃癌治療ガイドライン
1コース(3週間)あたり約70,000円です。金額
医師用 2014年5月改訂 . 第4版 , 金原出版 ,
はおおよその目安であり、実際の金額とは多少異
東京 , 2014.
なる場合があります。
4)Koizumi W, Narahara H, Hara T, et al : S-1
選択基準、除外基準は先に述べたように、
「患
plus cisplatin versus S-1 alone for fi rst-line
者申出療養」は臨床試験として実施することにな
treatment of advanced gastric cancer
りましたので、
「患者申出療養」にも選択基準、
(SPIRITS trial): a phase III trial. Lancet
除外基準が設けられています(図4)
。
Oncol 2008 : 9 : 215–221.
当院倫理審査委員会は9月14日に「患者申出療
5)Ishigami H, Kitayama J, Otani K, et al :
養」を承認し、運用に向けて本格的に準備を始め
Phase I pharmacokinetic study of weekly
ることを正式に決定しました。11月中には診療を
intravenous and intraperitoneal paclitaxel
開始できる予定です。
combined with S-1 for advanced gastric
詳細は当院地域連携・相談支援センター レイ
cancer. Oncology 2009 : 76 : 311-314.
ンボープラザまでお問い合わせください。
TEL 025-266-5161(直通)
、025-266-5111(代表)
6)Yanaguchi H, Kitayama J, Ishigami H, et
al : A phase 2 trial of intravenous and
intraperitoneal paclitaxel combined with
文献
S-1 for treatment of gastric Cancer. Cancer
1)日本胃癌学会
(編) : 胃癌取扱い規約. 第14版,
2013 : 119 : 3354-3358.
金原出版 , 東京 , 2010.
2)Nashimoto A, Akazawa K, Isobe Y, et al :
Gastric cancer treated in 2002 in Japan :
7)Ishigami H, Fujiwara Y, Fukushima R, et
al : ASCO annual meeting 2016 : Abstract
No. 4014.
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