38 地域医療 胃癌の腹膜転移に対する最新治療と 「患者申出療養」 -皮下埋め込みポートを用いた腹腔内化学療法- 県立がんセンター新潟病院 消化器外科 藪 崎 裕 1.胃癌における腹膜転移 S-1+ シスプラチン併用化学療法(SP 療法)が推 進行胃癌症例では腫瘍の漿膜浸潤により(図1 奨度1となっており、その根拠となった国内第 -a)、癌細胞の腹腔内への播種が始まり、手術時 III 相試験での生存期間中央値(MST)は13.0か あるいは審査腹腔鏡検査時の洗浄細胞診が陽性と 月でした4)。一方、これまでに行われた腹膜転移 なります(図1-b) 。また、腹膜転移が確認され 陽性胃癌を対象とした臨床試験における MST は た場合(図1-c)も併せて、胃癌取扱い規約第14 6か月から長くても12か月程度であり、予後はさ 版 らに不良となっています。 1) ではこれらを StageIV に分類し、手術のみ では根治不可能となります。洗浄細胞診陽性や腹 膜転移は難治性で、予後を規定する最も重大な因 2.PHOENIX-GC 試験 子の一つであり、その進行に伴って腹水貯留、消 パクリタキセルは経静脈投与後の腹水中への移 化管閉塞、水腎症などを来し患者の QOL を著し 行が良好であり、腹膜転移に対する有効性が報告 く低下させます。手術による根治は不可能である されています。さらなる効果増強を目的として、 ため、生存期間の延長を目指して種々の治療法が 2006年から東京大学腫瘍外科において胃癌腹膜転 試行されて来ました。 移に対する腹腔内化学療法の第I相試験が開始さ 最新の胃癌全国登録データによると 、2002年 れました5)。1コース21日間として S-1(14日間 の胃癌患者全体(n =13,626)の5年生存割合は 内服、7日間休薬)と週1回(第1、8日目)パ 68.9%で、死亡原因の約40%を腹膜転移が占めま クリタキセルの経静脈投与(全身化学療法)と、 す。胃癌治療ガイドライン第4版 では、HER2 留置した腹腔ポート(図2)からパクリタキセル 陰 性 切 除 不 能・ 再 発 胃 癌 に 対 す る 標 準 治 療 は を腹腔内に投与(腹腔内化学療法)する併用療法 2) 3) a b 審査腹腔鏡により観察した 胃癌漿膜浸潤陽性例。 洗浄細胞診陽(Papanicolaou 染色X400)。 図1 胃癌腹膜転移の成立過程 新潟県医師会報 H28.11 № 800 c 胃癌腹膜転移陽性所見。 39 腹腔ポート 腹腔ポートを用いた腹腔内化学療法 腹腔ポートを臍左下方の皮下に埋め込み、チューブの先端は腹 腔内(骨盤腔)に留置する。 図2 腹腔ポートによる腹腔内化学療法 が開発されました(IP 療法) 。 ましたが、腹水量(腹水なし・少量;骨盤腔内・ 本療法は先進医療として承認された第 II 相試 中等量;骨盤腔を越える)に関しては IP 群に腹 験を経たのち 、2011年10月からはガイドライン 水が多い症例が偏りました。 の標準治療である SP 療法と比較する多施設共同 全生存期間の主解析(FAS 解析)での MST の第III相試験(PHOENIX-GC試験)が登録2年、 はそれぞれ17.7か月、15.2か月という成績でした 追跡2年、計4年の研究期間として、当初は東京 が、 統計学的にはその差は証明されませんでした。 大学を中心に、新潟がんセンターを含む数施設で しかし、SP 療法を拒否し IP 療法を受けた患者を のスタートでしたが、最終的には腹腔内化学療法 除く感度分析と腹水量で補正した感度分析で検討 研究会として17施設が参加しています。主要評価 したところ(PPS 解析) 、IP 療法がより有効であ 項目は全生存期間、副次的評価項目は治療成功期 ることが示唆されました。特に、腹水量が多いほ 間、抗腫瘍効果、安全性です。予定患者登録数 ど IP 療法の治療効果が高くなり、本療法の特徴 180例(試験治療120例、標準治療60例)で、2013 を反映していると考えられます。主な副作用とし 年11月に登録終了、2015年11月に観察期間終了、 て(Grade3以上) 、白血球減少25%、好中球数減 今年6月に米国臨床腫瘍学会で結果が発表されま 少50%、貧血13%、食欲不振10%、下痢9%、悪 した 。 心7%などが認められました。 臨床試験では183例が2対1にランダム化割り 現在、この臨床研究の結果を基に、パクリタキ 付けされましたが、同意撤回や病状進行などで実 セルによる腹腔内化学療法の保険承認に向けて厚 際に治療を受けなかった患者を除くと、IP 群116 生労働省と審議を進めています。これまでは高度 例、SP 群53例、計169例となります。また、SP 医療から保険承認につながる制度はありませんで 群に割り付けられた6例にはプロトコール治療後 したが、昨年「未承認薬迅速実用化スキーム」が の逸脱(患者の希望で他院にて IP 治療を施行) 新たに設けられ、先進医療Bから「未承認薬・適 が確認されています。患者背景では年齢、性別、 応外薬検討会議」に進むことができるようになり PS、前化学療法、腹膜転移、組織型などには差 ました。本年9月15日の 「先進医療技術審査部会」 はありませんでした。層別化因子は施設、前治療 において、東京大学から提出された PHOENIX- の有無、腹膜転移の程度(P1 / P2-3)としてい GC 試験の総括報告書に関する内容が議論され、 6) 7) 新潟県医師会報 H28.11 № 800 40 一定の実績があると評価されました。今後は「未 議論を重ねていく中で最終的には臨床試験として 承認薬・適応外薬検討会議」を経て、早ければ来 施行することに決定したために、先進医療と同じ 年度には公知申請をおこない、実臨床での保険治 体制を整えた申請が必要となりました。さらに厚 療が実施可能となる見込みです。 生労働省の指導により、安全性を担保するために 「患者申出療養」を使って自由にどこでも腹腔内 3.患者申出療養 化学療法を施行することができなくなりました。 一方、保険治療が始まるまでの間、厚生労働省 現時点では腹腔内化学療法研究会を中心とした全 が今年度から導入した「患者申出療養」制度に基 国30施設に限定されており、新潟県立がんセン づいた初めてのケースとして、腹腔内化学療法を ターはその中のひとつに選ばれた、県内では唯一 希望する胃癌腹膜転移の患者に対し提供すること の施設となります。 が可能となりました。本年10月14日には塩崎恭久 患者の費用負担: 「患者申出療養」でのパクリ 厚生労働大臣から「患者申出療養」に関する告示 タキセル腹腔内投与は健康保険が適用されず、薬 がおこなわれています。 剤費、人件費および研究の実施に必要な費用等の 「患者申出療養」は元来、先進医療を受けたい 負担が発生します。その金額は初期費用として けれども受けられない(年齢や臓器機能などが適 62,000円(既に先進医療等で腹腔内投与を受けて 格基準を満たさない)患者に対して、先進医療と いる場合は22,000円) 、投与1回あたり約16,000円 同等の治療を提供する目的でつくられた制度です です。1年間で34回まで投与が継続されることが (図3)。従って、PHOENIX-GC 試験と比較す 予想されますが、その費用は合計約606,000円(既 ると、年齢・臓器機能・再発例・前治療などの部 に腹腔内投与を受けている場合は約566,000円) 分で適格条件がかなり緩和されています。 ただし、 となります。その他の診療や検査には健康保険が 図3 患者申出療養制度 啓発パンフレット(厚生労働省ホームページより) 新潟県医師会報 H28.11 № 800 41 図4 「腹膜播種陽性または腹腔細胞診陽性の胃癌に対する S-1+パクリタキセル経静脈・腹腔内併用療法の臨 床研究」実施計画書 適用されますが、通常の治療と同じく自己負担分 2009 annual report of the JGCA nationwide の支払いが発生します。患者申出療養の費用と保 registry. Gastric Cancer 2013 : 16 : 1–27. 険診療の平均的な総額は、 自己負担が3割の場合、 3)日本胃癌学会(編) : 胃癌治療ガイドライン 1コース(3週間)あたり約70,000円です。金額 医師用 2014年5月改訂 . 第4版 , 金原出版 , はおおよその目安であり、実際の金額とは多少異 東京 , 2014. なる場合があります。 4)Koizumi W, Narahara H, Hara T, et al : S-1 選択基準、除外基準は先に述べたように、 「患 plus cisplatin versus S-1 alone for fi rst-line 者申出療養」は臨床試験として実施することにな treatment of advanced gastric cancer りましたので、 「患者申出療養」にも選択基準、 (SPIRITS trial): a phase III trial. Lancet 除外基準が設けられています(図4) 。 Oncol 2008 : 9 : 215–221. 当院倫理審査委員会は9月14日に「患者申出療 5)Ishigami H, Kitayama J, Otani K, et al : 養」を承認し、運用に向けて本格的に準備を始め Phase I pharmacokinetic study of weekly ることを正式に決定しました。11月中には診療を intravenous and intraperitoneal paclitaxel 開始できる予定です。 combined with S-1 for advanced gastric 詳細は当院地域連携・相談支援センター レイ cancer. Oncology 2009 : 76 : 311-314. ンボープラザまでお問い合わせください。 TEL 025-266-5161(直通) 、025-266-5111(代表) 6)Yanaguchi H, Kitayama J, Ishigami H, et al : A phase 2 trial of intravenous and intraperitoneal paclitaxel combined with 文献 S-1 for treatment of gastric Cancer. Cancer 1)日本胃癌学会 (編) : 胃癌取扱い規約. 第14版, 2013 : 119 : 3354-3358. 金原出版 , 東京 , 2010. 2)Nashimoto A, Akazawa K, Isobe Y, et al : Gastric cancer treated in 2002 in Japan : 7)Ishigami H, Fujiwara Y, Fukushima R, et al : ASCO annual meeting 2016 : Abstract No. 4014. 新潟県医師会報 H28.11 № 800
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