創造は模倣から始まる

【順天堂人のためのメンタルヘルス講座 第36回】
獨協医科大学越谷病院こころの診療科教授 井原 裕
創造は模倣から始まる
昨今、論文を書く際に憂鬱なのが、剽窃の問題です。英語を母語としない者にとって、
英米人の論理構成を模倣することは必須ですが、文章自体を写せば剽窃とされます。
李下に冠を正さぬためには、神経質にならざるを得ません。
ただ、
昨今の剽窃批判は、
いきすぎの気もします。2015年の東京五輪エンブレム問題は、
デザイナーに原作へのリスペクトがなかったから非難は免れません。
しかし、
そもそも創造は
模倣から始まります。
モネには
『ラ・ジャボネーズ』、
ゴッホには
『花魁』
という作品がありますが、
これは「盗作」
ではなく、印象派の画家たちの浮世絵や琳派へのオマージュでしょう。
今や文化人となったタモリですが、
彼の本質はパロディストで、
最近も
『日本の車窓から』
(『世界の車窓から』
のパロディ)
を作っています。
デビュー当時の寺山修司のまねなどは、
口調や声だけでなく、論理展開まで似ています。寺山にも
「ふるさとの訛りなくせし友といて
モカ珈琲はかくまで苦し」
という歌があって、石川啄木の有名歌の本歌取りでしょう。
ポール・マッカートニーは「ビートルズは町一番の盗作バンド」
と自嘲気味に語ったと
いわれています。名曲『イエスタディ』は夢で浮かんだメロディで、
「盗作だ」
と言われや
しないかと心配になって、みんなに聴かせて回って、やっと自分のオリジナルであることを
発見したとのことです。
山下達郎は『クリスマス・イブ』のなかにパッヘルベルの『カノン』
を、
ビリー・ジョエルは
『ディス・ナイト』
のなかにベートーベンの
『悲愴』
を挿入しています。
ベートーベンの
『エリーゼ
のために』は、
日本語の歌詞をつけて『 情熱の花 』
(ピーナッツ)、
『 キッスは目にして!』
(ザ・ヴィーナス)
などとして歌われています。
『リパブリック讃歌』
に至っては、
「オタマジャクシは
カエルの子」
「ゴンベさんの赤ちゃんが風邪ひいた」
「新宿西口駅前の…」など替え歌の
やりたい放題で、
もはや原曲を知らない人のほうが多いでしょう。
原作者への配慮は必要ですが、一方でパクリ批判も行き過ぎると気持ちがすさみます。
人間の存在自体、両親の遺伝情報のコピーですから、
「人間万事塞翁がコピー」
とも
いえるのです。
<執筆者紹介>
▼東北大学(医)卒。順天堂大学講師、准教授を経て、2008年から現職。
日本の大学病院で唯一の薬に頼らない精神科を主宰。